堕ちた提督   作:Yasoshima kakeru

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行き場亡き二人

食堂はお祭り騒ぎ状態だった。

主に他鎮守府の艦娘が騒いでいる。ただ、艦娘同士の仲間意識はあるようで竹野の鎮守府の艦娘たちもそれなりに楽しんでいるようだった。

厨房の方では九十九里浜の間宮と、ここの鳳翔が楽しげに喋りながら何かを作っている。

すでに料理の大部分はできているようで、ここでは見たことがないようなまともな食事が並んでいた。腹を満たすことだけが目的の食事ではない。

 

「君のところの鳳翔もなかなかやるじゃないか。どうして今まで食堂を担当させなかったんだ。」

 

とワーグナーは言うが、竹野も今日初めて鳳翔の能力を知った。

 

「明日からは食堂を担当してもらうことにします。」

 

鳳翔はこう言っては何だが戦力としてはほかの空母と比べて大きく劣る。

その為、新型の兵装実験艦として運用するつもりであるから調理担当として訓練が多少減ってもそこまで艦隊に影響はないだろう。そんなことを考えながら厨房からワーグナーの方に目を移すと

 

「提督。何で夜戦させてくれなかったの!」

 

と彼のもとに川内が走ってくる。そのまま減速せずにワーグナーに突進する。

竹野は反射的に身構えるが、川内の突進はこの数か月の間に竹野が受けた攻撃的なそれではなく、一種の感情表現だった。

 

「夜戦はないと説明しただろ?」

 

「違うって!夜戦はない=夜戦nightってことじゃん。だーかーらー!やーせーん!しよっ!」

 

夜戦の夜という頭痛が痛いと似たような何かを感じる主張をして騒ぐ川内をワーグナーは

 

「ああ。そうだな。神通頼んだ。」

 

と神通に押し付ける。神通は少し嫌そうな顔をして

 

「わかりました。」

 

と川内を連れていく。神通。水雷戦隊の旗艦としてかなり善戦していたのに特に激励の言葉もなく、苦労人だ。

 

「激励の言葉をかけてあげないんですか?」

 

「彼女は分かってるさ。」

 

ワーグナーは熟年夫婦みたいなことを言い出す。

彼がそれでいいのなら竹野が口を出すことではないし、彼はそもそも帰還した艦娘と誰一人喋ってすらいない。

 

「君の方こそどうなんだ?」

 

竹野は首を振り

 

「彼女らが楽しそうにしているんです。私が踏み入っていい場所なんかありませんよ。」

 

と悲し気に言うと。

 

「私たちは歓迎しますよ。」

 

とワーグナーの傍にいた翔鶴が気を使ってそう言ってくれる。

 

「ありがとう。」

 

とても指揮を執っていた時と同じ人には見えない程に小さくなった背中を見て内藤とマフダは後ろで笑っていた。

竹野はワーグナーと向かい合って座る。食堂は一度静かになり、

 

「さあ!今作戦の成功を祝って乾杯しようじゃないか。グラスは持ったか?」

 

ワーグナーは立ち上がりジョッキを天高く持ち上げ、声を張り上げ言う

 

「チアーズ!」

 

乾杯と言ったりチアーズと言ったり一貫性がなかったため九十九里浜鎮守府の艦娘以外は困惑していたがそれもすぐに終わり食堂はひときわ騒がしくなる。

 

「久しぶりですよ。」

 

「そうなのか?」

 

ジョッキを軽く飲み干したワーグナーが言う

 

「食堂に人が集まること自体珍しいですから。」

 

大体いつもは腹が減ったら勝手に食事を作り食べるだけの場所だ。

全員が一緒に食事をすることはない。一体感を持たせるため、部下の意見を引き出しやすくするため。いろいろと恩恵も大きい。いつか毎日こんな風になればいいと思うが、今はそれ以上にこのにぎやかな雰囲気を見ると泣けてくる。

ワーグナーは自分の部下の艦娘たちと談笑して、竹野の鎮守府の艦娘たちも楽しそうにしている。

竹野は自分の居場所がないことを強烈に見せつけられ席を立つ。

 

「どうした?」

 

ワーグナーがそう聞いてくる。

 

「少し報告作業が残っているので私はこれで。」

 

そうごまかしたが、ワーグナーは恐らくこちらの真意をわかっているだろう。けれど特に竹野を止めることはなかった。

 

「ご苦労さんだな。」

 

とだけ言う。

 

 

食堂を出た竹野は報告作業と言ってごまかしたが当然それは嘘で、特にすることもなく手持無沙汰なままドックに向かう。すでにすべての艦娘が帰投しており港湾のライトは消えていた。そのうえドックにいつもいる明石も不在で静かだった。

絶海の孤島であるこの島では食堂を離れれば離れるほど頼りになるのは星明かりだけになる。

今日は新月ほどではないが月はまだ小さく頼りない光しか放っていなかった。

海上は静かで心が落ち着く。

モンゴルの夜よりも波音があるここのほうが心地いい。

しばらく歩くと兵器の残骸が見える。恐らく大日本帝国時代の戦車だろう。

この島は二度要塞化されたことがあるらしい。

最初は太平洋戦争で大日本帝国に、二度目は国連軍に。

様々な防衛設備の残骸と艦砲射撃の傷がこの島には残っている。

太平洋戦争では硫黄島の激戦とは違いここでは何も起きなかったが。それでも配備されていた戦車の残骸は残っていた。

けれどこの島は国連軍による二度目の要塞化後大規模な攻撃を受けている。艦砲射撃により滑走路も通信設備もやられてしまった。通信設備は修復されたが滑走路には未だ大穴が開いている。

竹野はその大穴の中に足を放り出し穴のふちに腰を掛け、空を見上げる。

そして今までの事を思い出す。

 

「何してるの。」

 

思い出そうとした矢先声をかけられる。

 

「いいのか飛龍。食堂にいなくても?そんなに早く私の過去が知りたいか?」

 

「そういう訳じゃない。」

 

飛龍は否定する。では一体何のためにここに来たのか。

 

「実は酒が飲めなくて困って飛び出してきたのか?」

 

そう茶化してみるが、飛龍の返事はない。星明りだけで飛龍の表情を読み取ることは困難だった。

 

「私と同じで、居場所がなかった....か。」

 

そこからは沈黙が続き、飛龍のすすり泣く声が波音の隙間から聞こえるまで誰も沈黙を破らなかった。

けれど、泣いている飛龍に竹野から声をかけることはしなかった。竹野から聞けば絶対にはぐらかそうとするからだ。

宙ぶらりんになった足で空に円を何度も描き時間を潰す。普通に生活していればまず数えないような数字まで数えたころようやく飛龍が泣くのをやめた。だからと言って口を開くことはなかった。

竹野は大穴から足を抜き立ち上がる。そのまま砂浜に向かった。飛龍は何も言わずに竹野についてくる。

制服ではなくラフな格好に着替えていた竹野は砂浜に躊躇なく腰を降ろす。飛龍は竹野から少し離れたところに座る。

 

「泣いてる女がいたら抱きしめろって誰かに教わらなかったの?」

 

「理由を問い詰めようとしなかっただけでも十分評価されるべき行動だ。」

 

女が泣いていても理由を聞くな。彼女らは同情を求める生き物だからだ。

そう、偉そうにマークがご抗弁垂れていた。

めんどくさいと思わないのか?と言い返せばだからお前はチェリーなんだよと煽り倒された。と、どうでもいい記憶を思い出す。

 

「どうせ、女なんていたことないくせに。」

 

言い返すことが出来ないが。

 

「それは関係ないだろ。お前は指揮官としての私が嫌いなだけだろ?」

 

とは言い返し話題をずらしておく。

 

「私は、指揮官としても人間としても、あんたが嫌い。あんたがsd2の撤退を許さなかった時、私がどう思ったと思う?」

 

切り替えた話題もそれはそれで話しづらい。

「やっぱり見捨てるんだ、この裏切り者!」そう思ったと言われるのが妥当だが、そんな分かり切ったことをいちいち聞いてくるほど飛龍は女々しい艦娘ではないだろう。

 

「私は、助かった。」

 

竹野がそうつぶやく。今度は表情こそ見えなかったが飛龍が驚いていることは分かった。

 

「そう。だけど、なんでわかっちゃうかなぁ?どうして?」

 

竹野も確信をもってそう言ったわけじゃない。食堂から抜け出してきたこと、わざわざこちらにそれを聞いてきたこと。何となく自分ならそう感じると思っただけだ。

 

「なんとなく。」

 

「答えになってない!」

 

飛龍が噛みついてくる。同時に彼女は顔の表情がわかるくらいに近づいてきた。

 

「なんで泣いてるの?」

 

驚きの声を出したのは竹野ではなく飛龍だった。竹野はその理由を答えることはなく

 

「仲間は死んだけど自分は助かった。そう思ってしまって自分を責めてるんだろ。あらかじめ言っておくが対処法はないぞ。」

 

そういう。その竹野の声は震えていた。飛龍が竹野のそんな姿を見たのは初めてだった。

その時の彼の顔が彼がどういう人間か現しているように飛龍には見えた。

顔はいつも通りで何も崩れずに冷静で、ただいつもと違うのは頬に涙が伝っている事だけ。そうして必死で外に感情が漏れることを防いでいた。

彼女が思っているよりも竹野はもろい人間なのかもしれない。

そう思うと急に目の前にいる人間が小さく儚く見えてしまう。静かに姿を消してしまうかもしれない。

飛龍は竹野の過去も知らない。本当に10万人を冷徹に見捨てて、これも演技なのかもしれない。

けれど飛龍にはそうは思えない。この前見た目をそうなのだろう。

彼は大勢の部下を失い、戦友も失った。その後悔に何年もむしばまれている。単細胞な飛龍は疑うことをやめていた。

そして、彼女の体は動き竹野を優しく抱きしめていた。竹野は驚いていたが拒絶することはなかった。

 

「逆だろ。女が泣いてる男を抱きしめてどうする。」

 

竹野がそう言って来る。

 

「違う。これは、私たちに真実を教えないままどこかへ逃げないよう拘束してるだけ。」

 

飛龍は無茶苦茶な言い訳をする。

とは言っても飛龍にもほかの艦娘たちと同じように提督と言う人間に生理的嫌悪はあるわけで彼女自身が襲われることはなかったが彼女が一線を越えるまえ仲間が襲われているのを見て見ぬふりをしたこともある。

抱きしめたはいいものの飛龍は完全に硬直してしまう。

そんな飛龍をたかが人間ごときの出力で引き離せるわけもなく、

 

「ここの平均気温知ってるか?」

 

と竹野が間接的に暑いと言うまでそのままだった。

飛龍と竹野の間に情愛の類は一切なかった。

二人は、本来あって当然な生存に対する本能につけられた傷を舐めあっていたに過ぎなかった。

 

二人はまた黙り込み食堂から捜索のために出てきた天龍達に見つかるまで静かに波の音をただ意味もなく聞いていた。




国連軍と防衛連合軍で表記が統一されていないと思うかもしれませんが意図的に表記を分けています。ゆくゆく明らかになりますが国連軍と防衛連合軍は同じものではありません。
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