村上の予想通り、マークはすぐに退院した。主治医も彼と言う人間をよく知っているため特に止めようともしなかった。
「マーク。出撃用意は整えてるはずだ。戦域の情報についてはまだ上がってきてない。第一攻撃群旗艦アシュベータ出撃。」
村上の命令に呼応して艦長が
「レッコー!両舷半速後進用意。タンクブローも確認しとけ。」
と手ばやに指示を出す。
「マークだ。先に出させてもらうぞ。」
第二攻撃群の旗艦のほうが防波堤の近くに配置されており先に離岸したはずのアシュベーターよりも早く港を出る。
続いてアシュベーターも港を離れ速度を上げる。
「リングアップエンジン!」
艦長の指示が飛んだあと村上も指示を飛ばす。
「今回の航行ルートはおおむね安全化されている。グアムまでは複縦陣で航行する。その後警戒陣にてソロモン諸島に侵入。その後ブリスベンでオーストラリア海軍とニュージーランド海軍残党と合流する。またすでに米海兵隊と米空軍はシドニーにて待機している。飛ばせ。なるべく早く入港する。」
二週間以内にシドニー入港と言うのは従来の潜水艦では無茶な日程だが、アシュベータは後がなくなった米海軍の全面的な支援を受けた国連軍が作り上げた超攻撃型の潜水艦だ。静穏性など無視し、水上艦からの砲撃を受けないためだけに潜水能力を付与された潜水艦だった。
当然速度は無茶苦茶で原子炉をぶん回し潜航すれば49ノットでの巡行が可能だった。
ただ残念なことにそこまで出せば艦娘が付いてこれなくなることがあるため現実的にはそこまでの速度は出せないのだが。
「少将!偵察情報が入りました。」
指示を出し終えた村上のもとに部下が駆け寄り報告してくる。
「わかったすぐ向かう。準備しといてくれ。艦長。後は頼みます。」
そうして発令所を出る。
梯子を滑り降りて自室から鞄を持ち出し会議室に向かう。
会議室に入るなり部下の一人がスクリーンを天井からおろし電気を消す。
「10分ほど前に入った情報ですが敵の兵力がニュージーランド空軍の報告通り100万を超える大部隊であると判明しました。」
スクリーンには高高度偵察機によって撮影された写真が映し出される。数える気にはならないが少なくとも30万では収まらないだろう。
「さらに敵部隊は北上中でありフィジーやバヌアツに避難指示が発令されました。また、敵部隊には一定の統率が取られていることからそれなりの知性がある上位個体による戦略的な部隊移動とみられ攻撃目標はグアムである可能性が浮上してきました。」
仮にグアムが落ちればオーストラリアやニュージーランドへ、インドシナ経由でいくことになる。移動に時間がかかること以外にも防衛圏の縮小も免れないだろう。
「敵の移動速度は?」
「一日で270キロ程度移動していると思われます。」
となるとグアムでの補給なしでブリスベンに入港しようと思っても厳しいだろう。
途中で敵と鉢合わせ燃料の少ない状態での戦闘を行わざるを得ない。
珊瑚海かソロモン海が主戦場になる可能性が高い。敵の兵力とこちらの兵力を考えると珊瑚海での裸での殴り合いは避けるべきだ。
ソロモン海で敵を待つのが最適だろう。
「ポートモレスビーで待機中の米海軍航空隊に機雷敷設を依頼してくれ。」
正直な話機雷で深海棲艦が沈むことはまれだが艦娘に機雷を攻撃させ間接的に攻撃することはできる。それに人類も馬鹿ではない。機雷の中には濃硫酸を詰めたものやそこら中に高速で鉄片をまき散らす対深海棲艦のものも用意されている。
「了解しました。」
連絡要員の一人が退室したあと報告が再開される。
「敵の移動が確認されたことで我々への命令も更新されました。敵の殲滅から敵部隊のグアム侵攻を阻止するための時間稼ぎが目標になりました。なるべく損害を避けながら第二、第三艦隊の到着を待ち、その後反転攻勢を仕掛け、一気に敵の大部隊を葬ることが最終目標です。」
時間を稼ぐだけとはいっても稼ぐ時間と、投入できる支援の量で大きく結果は変わってくる。
幸いソロモン海で戦闘するのなら日米豪の支援もかなり期待できる。
「日米豪の各軍に支援をどこまでできるか聞いておけ。それと司令部にどの艦隊がいつまでに到着できるか聞き出せ。」
士官たちは村上の指示で動き出す。村上も会議室を出て通信室に向かう。
通信室の映像通信設備でマークを呼び出す。
「どうした村上?」
「聞いてると思うが命令が変わった。」
マークは頷いて
「ああ。聞いてる。ちょうどよかった。そのことで少し話したいことがある。」
村上はただ情報を共有しようと思っただけだがマークにはほかにも要件があるようだ。
「なんだ?」
「これを見てくれるか。」
マークから何かのファイルが送られてくる。内容は、
「アイスランド陥落?」
「そうだ。司令部は俺たちにもこの情報を出すのを渋っていたそうだが、知人がこれを送ってくれた。」
村上は急いでファイルに目を通す。
だが、それは間違いなく大敗北の記録でしかなかった。アイスランドから深海棲艦上陸の報を受けた英国は、国連軍の支援を受けずに真正面から深海棲艦と撃ち合いロイヤル・ネイビーは事実上消滅し、先日フランス海軍がビスケー湾で壊滅したこともありヨーロッパはまともな海軍戦力を失った。
大西洋では米軍が大急ぎで第二艦隊に予備兵力を投入して空母打撃群を組織しており依然として人類側は大西洋の完全な制海権掌握を許してはいないが第二艦隊の優先事項はアメリカ東海岸の防衛でありヨーロッパの海岸を守ることではない。
アメリカはすでに空母8隻を損失、第七艦隊に至っては全艦喪失というとんでもない事態が発生しており、その影響もありヨーロッパに展開していた第六艦隊は解体されほかの艦隊に再配備されている。
「これは、だいぶまずいことになってきたんじゃないのか?」
「戦略課の連中が言っていた通りヨーロッパ方面軍が新設されこちらの兵力が減らされる恐れもあるな。」
非常にまずい事態であるのはそうなんだが一体今回の作戦にどう関係があるのか?
マークは基本的に作戦に関係ない話を伝えるために連絡してくることはない。今回は村上から通信を開始したが、恐らくそうでなくてもマークは連絡してきただろう。
「これが今回の作戦とどう関係がある?」
聞くと
「今の国連艦隊司令長官が誰か知ってるか。」
「ノーマン・デ・ローネンス。彼がどうかしたのか?」
確か、フランス人だった....
「彼はフランス海軍壊滅後から頻繁に国際電話でフランスにいる誰かと会話している。」
フランスにいる誰か。それが誰かは分からないが、目的だけはわかる。
「欧州への正式な派兵か....。何とか止めれないか?アイスランドが制圧されたとしても深海棲艦たちの進行速度は遅い。こっちの作戦が終わるまで派兵を待つように頼めないのか?」
マークにそう言うと、
「欧州の世論が納得すると思うか?目の前に現れた敵はすぐに攻めてこないから増援は待っててね。と、でも言うのか?」
と、もっともな意見が返ってくる。
どうせ大西洋には攻めてこないと思ってろくに深海棲艦のことを知らない世論を納得させるよりとっとと派兵して分担金を払わせたいと言う事なのだろう。
つまり、政治的な理由で想定よりもこちらの兵力が減るということだ。
インド洋で活動中の第三艦隊あたりはこちらにこれないかもしれない。
「司令部もいい加減にしてほしいな。」
「まあ愚痴を言って今さら変わる組織じゃない。なんせ国連と言う元アメリカ傀儡政権が強化されただけの組織だ。」
分担金を多く払う国にすぐなびく組織だ。期待するのが間違いだ。
「俺たちは軍人。政治とは切り離されていないといけない。愚痴はここまでだどうする?」
マークがそういい村上は考えを巡らせる。
「数的不利があまり大きすぎる。この数的不利ならゲリラ戦が一番。ただ海上でゲリラ戦は厳しいな。」
海上でのゲリラ戦の前例がないわけではない。
アンダマン海西岸で村上の指揮のもと実際に海上版ゲリラ戦が展開されたこともある。
ただ、アンダマン海西岸はリアス式海岸であった上にただの駐屯部隊だったから長時間かけて制圧できただけであり、広大な海で、さらに敵の圧倒的な大部隊の移動を止めるのはゲリラ戦では無理だ。
「敵を誘導してこちらのキルゾーンに誘い込む。島も多いしできないこともないが?」
マークはそう聞いてくる。ゲリラ戦と比べれば大部隊を計画的に運用してそれなりの効果は見込めるが敵は100万を超える大部隊で釣り上げる部隊を間違えれば兵力を分散して運用しているこちらが壊滅する危険性が高い。
それに敵の部隊数が多すぎてこちらが処理しきれなくなる可能性が高い。
「それにしても兵力差があまりに大きすぎる。ちまちま処理してる間に伏兵が待機してる場所にほかの部隊が到着して壊滅させられる未来が見える。」
いかなる戦術を用いてもあまりにも大きすぎる戦力差を打開する方法が見つからない。
防衛なら別だがこちらは戦力差があるにも関わらず敵の侵攻を止め少しの増援で殲滅までしろというのだ。
歴史を見てもこんな無茶苦茶な命令の前例などない。
13倍の敵を引き止め、6.5倍の敵を殲滅しろというのだ。わかりやすい無茶だ。
負けが見えている。
「低速戦艦に大量の武装でものっけて固定砲台化させるか?」
とマークが冗談を飛ばす。
今から珊瑚海を取り囲むように堤防でも作るか?元気なアメリカなら本気で言い出しそうだ。
元気な....アメリカ?
「マーク。いま米空軍の兵力はどの程度なんだ?」
「空軍か?またどうしてそんな?」
アメリカは西海岸を失った後急速に軍拡を進めている。内陸部の工場で戦車と大量の航空機を作り、東海岸の造船所で二度目の週刊空母を始めようとしている。
「あんまり知らないが、とんでもない数を持ってると思うが?」
予想通りだ。
「マーク。こんなのはどうだ。」
「何か思いついたか?」
村上は不敵な笑みを浮かべる。大体いつもこうだ。どちらかがいい案を思いつけば不敵な笑みを浮かべその笑みを見たもう一方はわざわざ思いついたのかと強調して質問する。
「まず艦娘たちで敵を誘い出す。そしてこちらの都合のいい場所に誘い込む。」
「それは、俺が言ったやつだぞ。」
マークは少し不機嫌そうにする。
「伏兵はおかない。誘導する部隊の動きに合わせて空母と戦艦を移動させ島の裏側から射撃する。」
「だとしても火力が足りないだろ。」
マークはまだ反論する。
「さっきの質問が無関係だと思うのか?」
ようやくマークは気が付いたようだ。
「誘導した場所に、大量の爆弾と人類がもつ最新の水上艦による精密な射撃をお見舞いする。」
「レーダーで捕捉できなくても関係ないということだな。」
「そう言う事だ。」
人間が深海棲艦に有効な攻撃手段を持たなかった理由の一つに深海棲艦があまりにも小さすぎたことがあげられる。
もちろん、対ドローンなどの小型目標に攻撃する手段は持っていたが、近接信管で爆発した砲弾の破片や機銃の火力でどうにかなる程深海棲艦はもろくなかった。
結果高性能なレーダーを積む水上艦はただの巨大で遅い的と化したのだ。高い誘導性を持つ対艦ミサイルも深海棲艦が横に水平移動すれば追尾不能になる。
あまりに小さな目標が強大な火力を持っていたのだ。
今までの戦術は全て無効化されてしまったと言っていい。
ただ、さすがに深海棲艦も爆弾の直撃を受けて無事に済むわけではない。
「爆弾と砲弾の雨を降らせてやろうじゃないか。見せてもらおうか。昔、日本が苦しめられた米帝プレイを。深海棲艦から攻撃不能な高高度から爆弾を、深海棲艦では補足できない水平線の向こうから大量の砲弾を降らせてやろう。」
速やかに米空軍と日米豪の艦隊に連絡が行われソロモン諸島から112キロのラインに誘導可能な砲弾の運用能力を持つ艦が配備され21キロのラインに旧型艦が配備された。旧型艦は敵空母の攻撃にさらされる可能性が捨てきれないが仕方ない。
誘導には航空自衛隊が早期警戒管制機を5機展開することになった。ついでに爆撃機の交通整理も実施するそうだ。
本命の米空軍はポートモレスビーとシドニー、マニラ、シンガポール、クアラルンプール、ニューデリーの航空隊を一挙に集中させ攻撃すると言ってきた。
さらに本土で新設されたばかりの航空隊も呼び出し4500機でローテーションを組み爆撃するらしい。
米国の深海棲艦に対する憎悪がとんでもないことは分かったがさすがに恐ろしすぎる。
130万に対して少し少ないと思うかもしれないが深海棲艦が迎撃能力を持たないのをいいことに、ステルスも迎撃機への対策も防弾装備も捨てた対深海棲艦のためだけの爆撃機の爆弾搭載能力は146トンもあるそうだ。
爆弾と艦砲射撃の上に低速の艦娘の島を挟んだ死角からの射撃に空母艦載機による攻撃もある。火力不足には陥ることも、継戦能力を失うこともないだろう。
心配するのは艦娘たちの体力が持つかだ。
ただ、今回の作戦では人間が大量の機雷を敷設して敵の移動を抑制する一方でこちらは安全地帯を知っているため艦娘たちの危険も若干軽減できる。
「作戦はこんなものでいいだろ。後は俺たちの指揮にかかってる。司令部への連絡はこっちでしておく。頼んだぞマーク。通信終了。」
映像通信を終わり部下に作戦概要をまとめて司令部に送るように指示を出す。米空軍などにはいちいち司令部を経由すると長くなりそうだったから直接連絡しておいたが第二艦隊に作戦を説明する暇はさすがにない。
流石にそれぐらいはしてくれてもいいだろう。
連絡を済ませた村上は気を引き締めなおし戦闘指揮所に向かった。
この回でも一つ前の回でも実在の国家や組織に対して悪い印象を与えるような記述がありますが、作者にはいかなる政治的意図もございません。
またこの話はあくまでフィクションであり、人物名および団体名などが一致したとしてもそれは偶然の一致であり作者の意図したものではありません。
流石に書いた方がいい気がするので書きました。