炸薬の臭いと耳がおかしくなるほどの轟音。
その中で誰もおびえることなく、ただ取るべき行動をとる。
いつ見ても恐ろしい。あくまで演習用の兵装。艦娘相手なら殺傷能力はない。それでも兵器の攻撃にさらされることなくただ行軍する様子はいつ見ても、何度見ても戦争の狂気を感じずにはいられない。
「伊勢!新兵装の具合はどうだ!」
竹野は叫ぶ。
「なかなかいいですよ。」
航空戦艦。昨今迷走を続けているアメリカ海軍は空母と戦艦を合体させた改アイオワ級の建造を開始していると聞く。はたしてそれが有用なのかどうかは分からないが。
空母と最新のイージスシステムを搭載していた駆逐艦を全損したアメリカは方針を転換せざるを得ないのだろう。
「よし、黄艦隊が勝利したと判定できるだろう。戦闘終了。」
やっと轟音がやみ模擬海戦が終了した。
模擬海戦の多くは目的をもって限定して行うものとどちらにも指揮官が付き制限なく行われるものがある。今回はかなり多くの制限下で行われた伊勢の試験的な側面がある。
「特に言っておくべきことはない。各自補給ののち、待機に入ってくれ。解散。」
そう指示を与えると背後に加賀がいることに気が付く。
「お水いりますか?」
村上が額の汗をぬぐいながら振り返ると加賀はそう言う。
「ああ助かるよ。」
水のペットボトルを受け取るとびっくりするほど冷たかった。そろそろ本格的に夏が始まる。ここはかなり暑くなるだろう。
「それで。まさか私に水を渡すためだけにここまで来たわけじゃないだろ。」
「ええ。司令部からお電話がありました。」
「今日は君が秘書艦だったか。すまない、最近は訓練の指導ばかりで事務作業を任せっきりになってしまっていたね。」
天龍の練度を低下させないため、秘書艦は原則日替わりになっていた。もちろん引き継ぎ作業がめんどくさすぎるような案件がある場合一週間同じ秘書艦が付くことも珍しくはないが。
「提督でなくても進めることが出来る仕事を部下がやるのは当然のことだと思いますが?」
相変わらず冷たい。
「それで誰からの電話だ?」
「司令部教育課がヨーロッパへ研修に行くように、と。」
ヨーロッパへの研修か。いかにも面倒ごとが起こりそうだ。
「それとこちらがその資料です。」
加賀は村上が飲み終わったペットボトルと交換するように資料を渡してくる。どこまでも気が利く娘だ。
ざっと目を通す。行程は一週間。出発は三日後。どうしてこうも無計画なのだろうか。
目的は島の防衛が多い太平洋戦線と上陸を阻止する戦いの多いヨーロッパ戦線の違いを学ぶため。
国連軍の影響が強いヨーロッパでは上陸されてからの地上戦が優先されている。上陸して能力の下がった深海棲艦に海からは艦娘。
陸からは大量の自走砲と野戦砲による絶え間ない攻撃が行われる。
一年ほど前の太平洋戦線では日本列島に上陸部隊が展開されることもしばしばだったが二サエルの立て直しがおおむね成功し、今は艦娘は支援砲撃のための存在ではなく主戦力として運用されている。
艦娘がただの支援火器程度の意味しか成さないヨーロッパで一体何を学ぶのか?
「不満そうですね。自分には研修など必要ないと?」
「嫌味っぽいこと言うな。ヨーロッパ方面軍から学べることがあるのか疑問なだけだ。」
「冗談ですよ。」
加賀は少しも顔の様子を変えずにすらすらと冗談を言う。
「それは失礼した。」
目的は分からないがその行動に悪意がないのは明白で、彼女が何かしら自分への評価を改めてくれたようで悪い気はしない。
「私が留守の間は君たちだけである程度の作戦行動をとってもらうことになるが大丈夫か?」
「それは問題ないでしょう。私が言うまでもなくあなたが一番よくわかってるでしょう。」
知識の面でも戦闘の面でもボトムアップを意識して訓練をしてきた。攻撃されて怯み、反撃できない艦娘たちではない。特に心配はいらないはずだ。
「重大事態が発生すればまず近海警備群の指揮下に入ることになってる。私は関知できない。頼むぞ。」
加賀は静かにうなずいて
「帰ってきたときあなたが不要だと言えるように頑張ります。」
冗談なのだろうか?
出来れば冗談であってほしい。村上は苦い笑みを浮かべる。
執務室に戻った村上は準備を一通り終わらせる。そこで気が付いたのだが誰かひとり艦娘を連れて行かなければならないらしい。
普通は秘書艦を務めている艦娘を連れて行くのだろうが、どうにも不安だ。
いざというときは近海警備群の指揮官が本土から指示を出すらしいが毎日行っている軽い出撃まで手は回してくれないだろう。
そのため秘書艦ができる艦娘を連れて行くのは難しい。
「蒼龍。ついてくる気はないか?」
就寝時刻を過ぎ、加賀も自室に帰った静かな執務室で村上はそうつぶやく。
「ないですね。」
もしかしてとは思っていたがまさか本当にいるとは。
「理由は?」
「ヨーロッパの惨状をご存じですか?」
「AaronMankindか?」
蒼龍は頷く。
「連れていく人は考えたほうがいいですよ。いくら敵とはいえ無抵抗の深海棲艦の処刑があちこちで行われているらしいですから。」
「駆逐には見せられないな。」
実年齢は変わらない場合もあるが駆逐娘に処刑を見させるのは何となく気が引ける。
「なおさら君が来てくれるとありがたいんだが。人間の脳みそを吹っ飛ばすのは見慣れてるだろ。」
「見慣れてますが、抵抗がないわけじゃありません。」
生物の死を冷静に何の抵抗もなく見ることが出来るのは精神病質者ぐらいだ。
「飛龍....?」
選択肢の中からなぜか一番問題を起こしそうな人物を選択してしまった。
「私に何か用ですか?」
しかも都合悪く蒼龍を探しに来た飛龍が執務室に入ってくる。
「ねえ飛龍。ヨーロッパに行きたくない?」
蒼龍の目が怪しく光りなぜか飛龍を連れて行かせようとする。最近あの二人は仲がいいらしい。
「いや、まて。それはまずいだろ。」
村上がそう言うと今度は飛龍がこちらを見て
「私がトラブルでも起こすと思ってるんでしょ。」
と見透かした様子でそう聞いてくる。
何となく彼女の胸の中で泣いている身として反撃しにくい。
「そういう訳ではない、こともないが。」
ある意味で言うなら、とんでもない指揮官に仲間を何人も殺されるまで我慢し続けた彼女は忍耐があるのではないだろうか?
そう言う事にしておこう。
妥協を重ね結局同行するのは飛龍になった。
出発の日になると、いい加減慣れた様子でいつものパイロットが輸送機を着陸させる。
「忙しい人ですね。」
「面倒ごとばかり起きるのでね。」
そう互いに軽く言葉を交わして輸送機に乗る。
今回はパイロットとではなく飛龍といろいろ話し込んだ。
彼女の過去についてもいろいろ聞いた。悪い話ばかりではなかった。
改二になるまでの彼女は優秀な教官の元、軍人の基礎を叩き込まれ、教官に尊敬すら覚えていたようだ。
練度が上がり、激戦地での戦いに十分対応できると判断されてからが地獄だったようだ。
「何があるか分らんな。」
「そうですよ。まさか、掃き溜めの様な鎮守府に戦犯が送り込まれて、いろいろ反応を起こしてうまくまとまるなんて思ってもみなかったなぁ。」
そう話し込んでいいるうちに輸送機はパリに向けて着実にその行程を消化していった。。
「花の都、パリー!」
到着早々異様なテンションで飛龍が絶叫している。こういうところを見るといくらひどい目にあっても心はまだ人間にしてみれば中学生程度でしかないことを実感できる。
「遊びに来ているわけじゃないぞ。」
「いいじゃん。あの狭い島から出るの久しぶりだし。」
まあそれもそうだ。
「竹野提督ですね。私は第3教育隊、補佐教官のマーリン・プルースです。この研修の担当者です。まずは講堂でヨーロッパ方面軍についてザックリ勉強してもらいます。迎えの車がそこまで連れていきますのでご心配なく。」
そうしてマーリンは手で車を示し乗車を促す。
乗り込むと、運転手はフランス語で何かを言ってから車を走らせる。
車窓から眺めるパリはとても花の都には見えなかった。エッフェル塔は補修工事が行われていないのか、錆が目立ち、町のいたるところに血痕や銃弾の跡が残っている。
「いつからこんな状況に?」
「三年前、深海棲艦がイベリア半島に上陸してからです。それより前から深刻な難民問題はありましたがここまでひどくなったのはそこらへんからです。研修が設けられた理由は分かりませんが、どうしても見せたいものがあります。いいですか?」
運転手の提案を受け入れると運転手は大きな幹線道路をそれて、かろうじて車がすれ違えるような道に入って行く。しばらく走り路肩に車を止める。
「少し待っててください。」
運転手は車の後ろに回りコートを引っ張り出してくる。
「軍の制服は脱いでこれを上から羽織ってください。」
それで今から見せられるものが何となくわかった。
飛龍はいつもの和装ではなく迷彩服に身を包んでいた。村上は飛龍にコートを渡して自分は制服の上を脱いだ。
「恐らくとんでもないものを見ることになると思うが、暴れるなよ。」
飛龍も空気が変わったのをわかったのかただ頷いた。
運転手についていくと広場に出た。その広場を取り囲むように人が集まっていた。人だかりの中央には選挙カーのようなものが配置され、その上でいかにもカルトらしい服装の性別すら判別のつかない人間が立っている。
その人物はマイクを受け取りしゃべり始める。
「私たちは。ヒトだ。私たちは、ホモ・サピエンスだ。地球の構成員として私たちは栄光の時代を築いてきた。我らは繁栄すべくして繁栄した。弱い者たちを淘汰して、必要のない文明を破壊した。それを排斥された弱者たちは虐殺だ何だと騒ぎ立てた。間違ってる。彼らは我らの慈悲に感謝すべきだ。しかし、私はかつての征服者たちに言いたい。どうして慈悲など与えてしまったのか!どうしてだ!」
「不完全だったからだ!」
「弱かったからだ!」
人々は熱狂し、叫ぶ。まさにカルトだ。
「その通りだ。かつての征服者は弱かった。劣等種を存続させてしまったのだ。劣等種に我らの尊大さを教えることは難しい。奴隷として搾取しつくして穢れた血で私達の新天地を汚した。インディアンを滅ぼすことが出来なかったアングロサクソンたちはブリテン島に取り残され、今、死を持っている。海峡トンネルを爆破した大統領は未来永劫、第二のナポレオンとしてその名を轟かせるであろう!」
新大陸でインディアンを搾取したのはフランスも同様だ。カルトによくあるそれっぽさだけの無茶苦茶な歴史だ。
「我らが劣等人種ではなく選ばれた人種であり続けるためには理性を捨てる必要がある。理性はヒトの感覚を鈍らせる。アリストテレスは言った。人間は社会的動物だと。しかし、時には野生に戻る必要がある。人間は社会的であり、暴力的であるべきなのだ!ヒトの知性が生み出す暴力。それこそが至高なのだ。化け物に頼る必要などない!」
「化け物たちに死を!」
「我々を裏切った弱者たちにも死を!」
また、人々は叫ぶ。演説者はゆっくりと何度も頷いて
「そうだ。裏切り者にも死を、我らの座を狙う汚い化け物たちにも死を与えるのだ!我々は正義などではない。返り血を率先して浴びる。だから、我らは理性を取り戻せない。我ら教団はこれ以上拡大しない。何故か?優秀な人種を残すためだ。私達の唯一の弱さは簡単に踏みつぶせる下等な種にも慈悲を与え、自らの心を痛めてしまうことだ。だから、我らを正義として扱われなくていい。必要なのは、我らのこの偉大な事業に理解を示してくれることだ。賛成すら必要ないのだ!」
「大義のための犠牲に神の福音を!」
「私たちの穢れを見せよう。君たちは目を背けてはいけない。けれど、私の様に返り血を浴びる必要もない。」
演説者は目で合図を出し、すでに衰弱している深海棲艦を人々の前に引っ張り出す。
「見ろ!これが化け物だ。この化け物は我らの同志がヒトの力だけで捕らえたものだ。いま、ここで、ヒトの残虐性こそ地球の支配者たる根拠であると示す!我らの残虐性こそ、崇高であり、恐れるべき力なのだ!」
演説者が剣を受け取り天に掲げる。
顔を隠した白装束数名が押さえつけ、口に当てられた金具で深海棲艦の口を強引に開かせる。
「さあ!証明しよう!我らの力を!」
演説者はその剣を深海棲艦の口に突き刺し、そのまま頭を貫く。勢いよく血が噴き出し、演説者の着ている白装束を染めていく。深海棲艦の頭はうなだれ取り押さえていた数人も手を放す。
「暴力こそ我らの武器だ!何が理性だ!何が法だ!そんなもの、支配者たる我らの慈悲の塊!我らが慈悲を与えなければ化け物どもに居場所などないのだ!」
演説者はひと際大きな声でそう叫ぶ。
「暴力こそ至高。残虐性こそ我らの武器。暴力こそ至高。残虐性こそ我らの武器。暴力こそ至高。残虐性こそ我らの武器。」
人々は何度もそう繰り返し、大合唱となっていく。
ただ、ただ、飛龍がフランス語を理解できていなくてよかった。そう思った。目の前で深海棲艦が串刺しにされ、ぎょっとしていたが何を言っていたのか理解していない様で何よりだ。
「これがAaronMankindですか?」
「ええ。でもこれはまだましな方です。彼らは駆逐艦娘と姫級の敵を決闘させ我ら防衛連合軍の弱さを説き、その姫級を大量の薬物で弱らせた後に同じように殺害する。そうして自分たちの優位性を説く。なんてこともしばしばあります。」
深海棲艦、艦娘ともども外皮以外は普通の生物と同じような強度しかない。実際、防衛連合軍の士官が艦娘の抵抗を受けた時のマニュアルには口、または目を狙うように書かれている。
けれど、そんな状況に持ち込むのは至難の業だ。
顔を隠していたからわからないが先ほど、深海棲艦を押さえつけていたのはどうせ艦娘だろう。
「わかっていませんね。それこそ残虐性ですよ。」
恐らく教団の一員とみられる白装束が一人話しかけてくる。
フランス語で話していたのがまずかった。
「防衛連合軍の方々でしょう?あなたたちこそ真に優秀な方々です。けれど、あまりに優しすぎるのです。その優しさを解放しましょう。そうすれば妙案が見えてくる。我らヒトは破壊の限りを尽くせるのです。それが支配者の権利であり、支配者を理解しない奴らへの慈悲です。身の程を知り死んでいく。上位存在に殺されるのです。あなたはキリストが死をお与えくださったとき憎悪をいだきますか?違うでしょう。」
運転手は任せてくれと言った様子でこちらに目配せする。
「その通りです。私たちに必要なのは残虐性だ。すぐに戻って艦娘たちに最期の祝福を与えるとしましょう。さあ。」
運転手はこちらに手を差し伸べる。村上もうまく合わせて
「そうですね。なぜあんな化け物を兵器としてでも使ってしまったのでしょう。彼らは何の意味もなさない劣等種だ、行きましょう。」
白装束は満足そうに頷きながらこちらを見送る。
車に戻ると運転手はすぐに車を出す。
しばらく走ってから、
「アジアやアメリカではまだ教団の影響力はないと聞いています。新人士官にどうにかできる問題ではないことは分かっています。それでも、このままではヨーロッパ方面軍は深海棲艦との戦いではなくほかの原因で壊滅するかもしれません。そうならないことを祈りますが。」
ほかの原因。想像もしたくない。
「早急に大規模作戦を成功させて防衛連合軍の権威を回復させる必要があるでしょうね。」
「それをしようとして私は運転手に降格させられました。私は優秀な将校ではありませんでしたがそれなりにプライドを持って仕事をしていましたから。」
運転手がなぜあの場所に自分たちを連れて行ったのかわかった。
「あなたの意思を継げるように頑張ります。」
「お願いしますよ。村上さん。」
村上....?
「昔君に会ったことがあるか?」
「ええ。私が士官学校を卒業したときあなたがスピーチをしてくれました。私も雰囲気が似ている人だな程度にしか思いませんでした。でも、新人士官があの場所でとんでもないものを見せられて最初に「あれがカルト集団か?」なんて冷静に聞きませんよ。」
新人士官にしては冷静すぎるということだ。言われて見れそうだ。そもそも、新人士官にしては歳を取りすぎだ。
「さっきから何を話してるのかさっぱりなんですけど。」
運転手と話していると横から文句が飛んでくる。
真実を教えるのはまだ早いかもしれない。
「パリの観光名所について話してる。」
「いや、絶対うそでしょ。」
飛龍は不満そうな顔でこちらを見てくる。そんな顔で見られても話しはしないが。
「お?」
「そうです。あれが防衛連合軍ヨーロッパ支部統括指令センターです。」
日本にある高層のビルとは違いひらっべたい建物が見えてきた。
ヨーロッパ方面軍は何を教えてくれるのだろうか?
今回はかなり過激ですが、本作に人種差別を助長する意図は全くないということをまた書いておきます。
次は水曜日か木曜日あたりに投稿したいですが....。
頑張ります。