竹野が取り出したその本は黄ばみ、古臭い本だった。
表紙も今では考えらえないような古臭いデザインで、何とも言えない。
「その本は?」
蒼龍が聞くと
「これは逃走した裏切りの疑惑がある士官が私に渡したものだ。」
「情報部の介入があったなら取り上げられてもおかしくない物品だけど?」
確かにそうだ。だが、情報部は軽く確認しただけで竹野にこの本を返した。
「情報部の気まぐれだと思うことにしておく。とにかく、情報部が追っていた男が、情報部関係者ではない私にこの本を渡したわけだから何か隠されている可能性は十分ある。」
「何か、おかしなことを言われなかった?」
「上司の汚職を調べるときはまず袖を見ろ。なんてことを言っていたが。」
蒼龍は何度か頷いて、竹野から本を取り上げ
裏表紙についていた5㎜CDを取り出す、
「そのCDは調べたが、破損していて何も聞こえなかったぞ。古いものだから仕方ないが。」
蒼龍はCDをウイルスに感染してもいいどうでもいいパソコンにつなぎながら答える
「袖は英語でなんて言いますか?」
「sleeveだな。」
「そう、スリーブ。スリーブをまず見ろ。」
スリーブ。CDを包んでいた外装をまず見ろという事か?
「ブラックライトとドライアイスと虫眼鏡を持ってきて。」
蒼龍が言うと、加賀が素早くものを用意する。あいにくドライアイスはなかったが消火用の液体窒素が備蓄されておりそれを使うことにした。
ブラックライトを当てると、簡単にその秘密がわかった。
「諜報員としては三流のやり方です。でも諜報員でも何でもない人間に渡すことを前提にしているなら適度な難易度ですね。」
蒼龍はそう評価して、文字列を見る。外装の袋にはびっしりと文字列が並んでいた。
「復号鍵で間違いないですね。後はこのCDに入っているファイルの形式を突き止めないと。」
蒼龍はパソコンを操作してファイルを調べる。
「よし。これで行けそう。」
蒼龍が謎の文字列をメモ帳アプリで開き、さっきの復号鍵で読める形にする。
そうして浮かび上がってきたのは、数字と訳の分からない英字の配列だった。
「これは、なんだ?」
「存在しない企業の出入金記録ですね。」
蒼龍は簡単なことだと言った表情でそういう。
「こっちが取引の日付、こっちがどこからどこに送金されたのか、そしてこれがどれだけの金が動いたのか。」
「汚職の証拠、にしては桁がおかしいな。」
平均しても約2億ドル近い金が二か月に一度程度の頻度で動いていた。
こんなとんでもない汚職はいくら何でもあり得ない。
「どこかの政府が極秘で行っていた計画の資金の記録でしょうね。」
「政府が支援したことを隠すための工作か。」
「まず間違いなくそうですね。世界各地のあらゆる銀行を経由して、少しずつ架空の会社が金を落としていますからこの金がどこに消えたのかも、どこから来たのかもわかりませんね。」
「せめてどの国かは分からないか?」
「根拠はないですが、ここまでワールドワイドに金を回せるのは、スイス、イギリス、アメリカ、ソ連、フランス、年代的に可能性は低いですが中国の可能性も否定はできないでしょう。調べてみないことには何とも。」
「頼めるか?」
「私の得意分野です。喜んでやるような仕事ではないですけどね。」
竹野は記録をよく見て、手がかりを探す。
だが。この記録は数年分しかなく、さらに冷戦期の記録であるためこの時代、どこの国も極秘で巨大事業をやっていた。だからなおさら特定が難しい。
ここは蒼龍に任せておくしかないだろう。
「よし。蒼龍の調査を待つ間に、君たちの存在についても調査を進める。」
「どういうことだ?」
長門は首をかしげる。
「まず。君たちは自分がどこで生まれ、どうして艦隊に加わったのか知っているか?」
「知らないな。」
「何も思い出せないか?」
「ああ。思い出そうとすれば私の名前を持っていた軍艦の最期が思い浮かぶが、そんなオカルト的な話では納得がいかないだろ?」
「ああ。確かに君たちは旧海軍の艦艇と強い相関性を持っている。だから、旧艦艇の生まれ変わりだと言う勢力もいる。オカルティズムな話を排除するなら、誰かの意思で、あるいは君たちの意思で相関性を持たせたに過ぎないと考えるのがよっぽどまともだろうな。」
艦娘が神の兵士として天から与えられた存在ならここまでの地獄は出来上がらなかっただろう。
絶対に誰かが、あるいは何かが艦娘を作り出した、あるいは呼び覚ましたのだ。それも、非常に人間にとって都合のいい形でだ。
「そこで、すでに飛龍にも声をかけたが心理分析を受けてもらいたい。」
「比較対象は?」
蒼龍は作業を進めながらそう聞いてくる
「他の鎮守府で死ぬ直前まで虐待された艦娘だ。」
自らの命よりも人間に服従することを選んだ艦娘もいるのだ。
「それは....。」
長門は絶句する。
「君たちは特異な存在だ。大抵の艦娘は死ぬまで追い詰められてもどらだけ尊厳を踏みにじられても、決して反抗の意思を見せない。」
「どうして?」
竹野は首を横に振り
「それがわかれば何も苦労しない。君たちからしてみれば抵抗しないことが理解できないかもしれないが。私たち人間もそうだ。歴史を見ればいつの時代も自由を獲得するため人間は権力者に抵抗した。だが、君たちはまるで抵抗すること自体が間違いだと言うかのように、抵抗するという選択肢をはなから放棄している。それがなぜかわからない。」
「歴史に見るなら、抵抗の意思を砕かれたと考えるのが妥当では?」
加賀がそう言うが、一体いつ艦娘たちの意思を人間が砕いたというのか?
「違う。逆だよ。艦娘は最初から人間に従順だった。自ら弱者になることを選んだ。人間は最初、艦娘におびえていた。自分たちよりも強い力と丈夫な体。それだけではなく、人間並みの知性を獲得しうる能力を持っていた。後は言わなくてもわかるだろう。人間は増長し、艦娘に対して攻撃的になった。人間は抵抗意思を砕いてなどいない。前提に人間に対する好意。いや忠誠心があった。」
「それは....。」
加賀はそれを完全に否定することはできなかった。
自分は最後には抵抗して、この鎮守府に送られた。
だが、彼女が抵抗する前に、その選択肢自体が存在していなかったといわれてみればそんな気もしてくるのだ。
少なくともいえるのは、一度上官の意思に刃向かってから自分の中から大量の不満が噴出したのは確かだ。
「思い当たることがあった顔だな。」
「言われてみればそう感じないこともありません。」
「蒼龍。こういう質問はされたくないかもしれないが、君に出された命令に抵抗したことはあるか?」
蒼龍は表情を変えることなく
「全くありませんでした。命令されたから人間を殺し、命令されたから同族を殺し、命令されたから犯罪者を生かしました。私が殺すことで世界が救われるなら....なんて自己犠牲の美しい言い訳すら必要なく、ただ目の前で失われる命に重みなど感じず、必要性しか考慮しませんでした。」
「前提として命に価値を感じていないのか?だから自分が死ぬほどの脅威を感じても抵抗しないということか?」
「長門さん。それでは人間を攻撃しないことを説明できませんよ。」
加賀の言うとおりだ。命の価値を感じていないなら人間を守っているのも、人間を攻撃しないことも説明できない。やはり都合が良すぎる。
「話は少し変わるが、二サエルから出た暗殺の命令にはどんなものが?」
「彼は暗殺を野蛮な最終手段として考えていました。死というのはどれだけ自然な流れであっても根拠のない陰謀はついてくる。やがてそこからほころびが生じることもある。彼はそれをよく理解していました。けれど彼は私にたった一度だけ暗殺任務出しました。私はそれに失敗しました。」
「内容は?」
「自分が殺されるなんて全く考えていない一般人を葬ればいいだけの簡単な仕事でした。ターゲットは精神科で働く医者でした。何の変哲もない善良な市民を体現したような人間を殺せと二サエルは言ってきました。」
「精神科医?どうしてまた。」
「私には二サエル情報官の目的までは分かりませんでした。何度も言いますが彼の目的がわかっているなら苦労はないですよ。」
「司令長官が敵であるかもしれないならその精神科医は相対的に味方ではないのか?」
長門はそういうが
「現実では敵の敵はまた別の敵ですよ。そう簡単な話ではないですよ。」
「目的は何にせよその精神科医についても調べてみよう。本土への輸送機を手配する。これで分かったと思うが艦娘の存在は人間にとってあまりにも都合が良すぎる、明確な根拠はないが何かが隠されている。」
竹野がそういうと加賀が、
「それは戦争を終わらせる道となりえるのでしょうか?」
と聞く。その声で執務室は静寂に包まれる。
「わからない。隠れている闇を暴いたところでそれは戦況に変化をもたらすものではないかもしれない。逆に士気を下げるものかもしれない。」
「そうですか。」
「でもな。この戦争には終わりが見えない。深海棲艦をどれだけ殺そうとも奴らは消えないし、地球全土を荒涼とした土地に変えてまで戦争を続けても残るのはなんだ?」
「でも、それが人間の計画であるならそれは望んだ結果。そこからまた繁栄するためのビジョンあってのことでしょう。」
「その世界には少なくとも君たちの居場所はないよ。」
「あら、あなたはそんな状況になっても私たちの味方でいてくれるのかしら?」
加賀の抑揚のない声の中に、不安と若干の期待が見えた。
けれど、竹野は「いつでも君たちの味方だ。」など軽く言えるほど若くも青臭くもなかった。
「どうだろうな。君たちは兵士であり私はその上官だ。わかりやすい関係だな。だが、もし君たちを敵だと司令部が言えば私は君たちの弱みを攻撃して命令を忠実にこなすのかもしれないな。」
これが誰の望む答えでないことはわかっていたが竹野には正直な意見を言った方がいいように思えたのだ。
「そうですか。」
加賀がそれ以上何かを言うことはなかった。
戦争中に無謀な人類史上主義を掲げるAaronMankindはまともではなくカルトと呼ばれて当然だった。だが、深海棲艦との戦いが終わった時、次の脅威となるのは間違いなく艦娘だ。都合のいい存在が途端に不都合な存在へと変貌する。
「そうならないためにも君たちの出自を知る必要があるな。君たちが異星人の侵攻部隊でないと証明しなければな。」
竹野はそう、笑って見せた。
それが作り笑いだと誰にもわかる顔で、そう笑って見せた....