堕ちた提督   作:Yasoshima kakeru

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公然の秘密

竹野が指示を出してからしばらくは何も進展がなかった。

いつも通りの事務作業に、より高度で専門的な戦術指導。南鳥島鎮守府の評価もかなり改善し、どうしようもない流刑地といわれることも少なくなった。

憲兵隊の大改革をうまく逃げ延びた一部の提督は云われない噂をいまだに流布しているらしいが竹野にとってそんなことはどうでもよかった。

定期的に演習をすることができ、ちゃんと支援や娯楽などが持ち込まれ戦闘マシーンではなく軍人として彼女らを扱ってくれればそれでよかった。

どうでもいい奴らのたわごとよりも、艦娘が必要ない軍人となった時自分はどうすべきなのか。それが彼の一番の悩み事だった。

 

「提督。確認お願いします!」

 

明石がレンチ片手に書類を渡してくる。

新型装備の実戦テストの報告書だった。

 

「いつのやつだ?」

 

「提督が留守の間のやつですが?」

 

竹野は書類に目を通し、

 

「砲身の強度は?」

 

と聞く。明石は少し驚くが、すぐに納得した顔で

 

「整備状況によりますけど、最低でも200発は耐えられる設計です。」

 

と答える。よほどのことがなければ一回の戦闘で200発も撃つことはないだろう。

 

「わかった。後は頼んだぞ。」

 

竹野は胸元からペンを出し、慣れた手つきでサインする。

その足で射撃訓練場に向かい、艦娘たちのものと比べれば明らかに小さい口径の拳銃で訓練に参加し、武道場では駆逐軽巡艦娘相手に試合をして見せた。

 

「やっぱり、つぇーな。」

 

天龍が汗をぬぐいながら窓のそばで涼んでいる竹野に近づいてくる。

 

「まだ負けんさ。」

 

そうは言っても、竹野の肉体は年相応に衰えが始まっておりモンゴルでの自堕落な生活も相まって昔ほどの機敏さはなかった。

それでも明らかにパワーの違う艦娘を組み伏せられるのは昔よりも最低限の動きを意識しているからだろう。

 

「お前が秘書業務で衰えたんじゃないか?」

 

「本気で殺そうとしてた龍田が負けたんだ。だから、俺が負けても問題ない。どちらにせよ、俺が世界水準超えてるのは確定だからな!」

 

一体その自信はどこから出てくるのやら。

 

「そうだな。」

 

自信満々の天龍を置いて武道場を後にする。食堂で鳳翔さんの料理を食べて、海岸を歩き、水平線をぼんやり数時間眺めてみても、竹野の心の中のもやは消えなかった。

 

自分は誰の味方であるべきなのか?

 

それだけがわからなかった。それだけだったが、あまりにも致命的すぎる疑問だった。

 

 

蒼龍と飛龍は本土につくまで一言も言葉を交わさなかった。

二人は比較的仲が良い。だがこの鎮守府では違った。秘密主義の蒼龍と感情も何もかも常にオープンな飛龍では間が持たなかった。蒼龍が廃人だった頃は面倒を見たが、正気を取り戻してからの蒼龍と気が合いそうにないと飛龍は感じていた。当然蒼龍のほうから話しかけるわけもなく輸送機が到着するまで二人は言葉を交わさなかった。

輸送機がたどり着いた後、蒼龍と飛龍は別れてそれぞれの目的地に向かった。

 

蒼龍はある男に会うために密会によく使われる料亭に向かった。

人間御用達の料亭に艦娘という異質な存在が入り込むことを嫌悪した店主に入店を拒否されたが、待ち合わせしている相手の名前を言ったとたんに態度を変えて店の奥にある離れに案内された。

 

「お久しぶりですね。」

 

先に部屋にいた男は蒼龍を見て言う。

そして部屋にいた付き人を退室させる。

付き人の足音が聞こえなくなってからようやく男は口を開く。

 

「ご用件はなんでしょうか?」

 

そうへりくだってこちらの顔色をうかがう様子には、かつての傲慢は微塵もなかった。

この男は、こうやって顔色を伺いながら上の人間の懐に入り込み、自分より下の人間。いや人間だけではなかった。そんなように、弱者を虐げて高級官僚になるに至った男だ。改心しているなどと期待するだけ無駄だ。

この男の弱みをこちらが握っている以上この男の人間性などどうでもいい。

それに、艦娘を娼婦として政治家、官僚、どこかの役員に差し出し、接待の"道具"として利用していたこの男を告発せずに利用し、こんな人間をのさばらせている時点で蒼龍も同罪だ。

二サエルとの接点がない大物官僚をプライドのために使わない、など意地を張っている余裕はすでにない。存分に利用させてもらおう。

 

「この資金出所と、行き先を調べてくれますか?」

 

選択肢はないが蒼龍は疑問形で聞く。

男は何も言わずに封筒を受け取りCDから取り出した資料の写しを見る。

 

「これだけの資料で出所と行き先を調べるのは非常に困難だと思いますが。」

 

「このレベルがむつかしいと言うなら、何のために私の同胞をラブドールにして人脈を作り上げたんです?」

 

男は不愉快そうな顔をして

 

「それもそうですね。わかりました可及的速やかに報告します。」

 

「私を馬鹿にしていますか?そんなお手本のような官僚答弁を聞くためにわざわざここまで来たわけではありませんよ。今すぐ調べて明日の朝までに結果を出してください。さもなければ....」

 

そう蒼龍が返すとさらに不機嫌そうな顔をするが、暫くしてあきらめたのかあちこちに電話をかけ始めた。

蒼龍は腕時計を見て時間を確認すると

 

「朝には戻ります。」

 

と言って料亭を後にする。

 

 

同じころ、飛龍は蒼龍が殺そうとしていた精神科医のもとに向かっていた。

 

久々の街にウキウキしながら電車に揺られ、その医師がいる病院に向かう。

だが、飛龍はかなり無知だった。知ることに関してほかの艦娘より強いこだわりがある一方で、外出を許可されることはなかった。

そんな艦娘が上機嫌な顔で座席に座っているのをよく思わない人間は当然存在した。

アジアでは比較的艦娘軽視の意見は少ないがそれは公開処刑を平気で行うヨーロッパと比べての話で、小さなもめごとや事件に防衛連合軍は目をつむっていた。

 

「よう。化け物が座る席はないって知らないのかい?」

 

そう飛龍に話しかけてきたのはいかにも怪しげな男たちだった。

飛龍も昔のような馬鹿ではない。自らの無知が招いた面倒な事態に適切な対応ができる程度には大人になっていた。

だが面倒ごととはこちらの努力とは無関係に事態が進行することであり、それをうまくかわすことができるほど飛龍が賢く大人であったのかと聞かれればそうではないというしかない。

 

「やめなよ!」

 

飛龍が立ち上がり作り笑顔を向けながらその場を立ち去ろうとしたとき、一人の少年が彼の数倍は大きい大人たちと飛龍の間にたちそう言った。

男たちは不機嫌な顔をするわけでもなく、少し笑ったかと思うと少年を殴りつけた。

すぐに駆け寄ってきた母親を蹴り飛ばし

 

「すみません。すみません。」

 

と何度もいう母親の言葉に全く耳を傾けず、さらに殴りつける。

母親が飛龍に悲痛な顔で助けを求めるが、彼女は動かなかった。

頭の中を軍法裁判にかけられるのではという心配で埋めて、戦うことを拒否したのだ。

軍法裁判にかけられても竹野が守ってくれると脳内で自分を説得してみるがそれが全くの見当違いで意味のないものだということを彼女が最も理解していた。

彼女がおびえていたのは行動を起こした後のことではなく、本能的な人間への恐怖だった。

上官を殴りつけた時とは全く別の恐怖。

竹野に人間のいい面を見せられてしまった弊害だった。

 

「いいのかな?ほら、止めれるもんなら止めてみろよ。」

 

「あんたたちは法に裁かれる。艦娘を殴りつけるのと子どもや女性を殴りつけるのではわけが違う。」

 

そう返すので精いっぱいだった。

だが、言い方も迫力も弱すぎた。そのため男たちは増長した。

同じ車内にいた乗客たちはほかの車両に移りこちらと目を合わすまいと興味を抑えてそっぽ向いている。

 

「自分で自分を化け物扱いするのか。笑えるな。そうだな。ならお前を殴ってもこれ以上罪は重くならないな。」

 

そう言って彼らの拳は動くが、飛龍には結果が見えていた。

飛龍に打撃が到達すると同時に鈍い音が出て男はこちら必死に悲鳴をこらえてこちらをにらめつける。

一方の飛龍は一切体制を崩さずに直立していた。

そこが限界だった。飛龍は素早く動き、男たちを拘束する。なるべき傷つけないように動けただけまだましだろう。

次の駅につくと、ほかの乗客が通報したようで男たちは警察に連れていかれた。

 

「ごめんなさい。」

 

飛龍は車両に残された母親と自分をかばってくれた少年に何度も謝罪をした。

 

「謝るのはこっちの方です。大人な対応で立ち去ろうとしていたのに私の息子が。」

 

そう言って母親は、子供の頭をつかんで下げさせる。

そうして母親とその子供は隣の車両に移っていった。

車内は再び静かになり、線路の継ぎ目が作る音が周期的に聞こえてくる。

飛龍は山ほど席が開いている車内でつり革すら持たずに立っていた。

 

私たちは、いつまで虐げられるのか。

 

そんな疑問が湧いてくる。

理解がないもの、自分たちを知ろうとすらしないもの。

そんな人間の方が多い。苦労して戦った先にあるのは自分たちが自由に暮らせる世界ではなく、仕事が変わるだけだ。自分たちの奴隷的扱いは変わりはしない。

南鳥島鎮守府には同じような思いをもつ艦娘が多くいる。

けれど、本土の艦娘はこんな事をいつもされているのに人間に服従することを一切ためらわない。

それを知るためにここに来たのだと切り替え、再び医者のもとに向かう。

 

 

「すみません。連絡させて頂いた、竹野の使いですが。」

 

ようやくたどり着いた町の小さな病院の高齢の看護師に声をかける。

 

「先生。約束の方が来ましたで。」

 

と奥のほうに声をかける。

奥からの返事はなかったが、看護師はギシギシと音のなる廊下を歩き先生のもとに案内してくれた。

看護師は何も言わず、けれどこちらがどういう存在でここにる先生が昔はどんな人間だったのか知っているようだった。

 

「飛龍です。今日はよろしくお願いします。」

 

そう言って診察室の椅子に腰をかけると部屋の奥で何やらごそごそとしていた医者は

 

「あった。」

 

といいながら振り返り、飛龍にその銃口を向けた。

 

「ちょっ!」

 

と飛龍は慌てるが、その程度の銃弾で艦娘は死なないことを思い出し席に座りなおす。

医者は銃口を向けながら

 

「どうして私に、艦娘のカウンセラーを要求した?何を知っているんだ。」

 

医者は震える手で銃を握りそう聞く。

 

「座ってください。その銃では私は殺せない。それに私はあなたの命を狙った組織ではありません。」

 

「信用しろと?馬鹿らしい。あの時もそうだった。味方だと言って近づいて、同僚を....私の妻を殺したじゃないか。」

 

飛龍の手にはどうしようもなく、竹野に電話をかけてスピーカにする。

 

「あー。初めまして。私は竹野。今そこにいる飛龍の上司です。事情を説明します。」

 

そうして竹野は一部の事実を隠し、嘘を織り交ぜながら説明する。

蒼龍が命を狙っていた事実は隠され、蒼龍が暗殺のさい調べ上げた医者の友人の名前を出して、その友人の紹介できたと平然と嘘を語った。

ようやく医者は銃をしまい、飛龍のカウンセリングを始めた。

カウンセリングを進めるうちに、医者は興奮したのか口早になっていった。

最初の騒動を忘れ、何度も質問がされた。

答えやすい質問に、答えにくい質問。答えたくない質問もあったがすべて正確に答えた。

 

「うーん。上官への信頼の根拠は明確。ただの上官と部下の関係で不必要な接触も過剰なコミュニケーションの強要もない。そうですか。」

 

医者は満足げだった。

 

「結果は後日メールで送ります。」

 

「一つ聞いてもいいですか?」

 

そう聞いたのは、竹野だった。どうやらすべて聞かれてしまったようだ。

 

「何で平気な顔で人のプライバシー踏みにじってるのよ!」

 

飛龍が吠えるのを無視して、

 

「あなたは、どんな論文を発表しようとしたんですか?」

 

医者は固まった。

 

「本当はそれは聞きたかったんですね。」

 

医者はつぶやく。

 

「精神科医を騙せるとは思いません。認めます。でも、きっとあなたが導いた結論と私がたどり着いた結論は同じだ。」

 

「同じ?」

 

「ええ。すべての艦娘は同じ感性と性格をもち、個性をプログラムされているということです。」

 

医者は小さく頷いて。

 

「結果は送ります。でも、これが最後です。二度と私のとこに来ないでください。」

 

と言った。

竹野には聞き出したいことが山ほどあったが今は無理だろう。

 

「気が変わったら私に連絡を。」

 

「変わらないと思いますけど。」

 

飛龍は電話を今度こそ切り、小さな診療所を後にする。

しばらく歩いてから急に胸が苦しくなってきた。

 

個性をプログラム?

 

どうして?

 

私の頭の中で考えられるのはそのプログラムを組んだ何かが許可したことだけ?

 

疑問が消えないが仮にそうだとすれば、都合の良すぎる艦娘と、死ぬまで従順であり続け性欲のはけ口にされても文句ひとつ言わない自分の仲間を説明するのに十分だった。

 

何者かに作られた存在。

 

そんな自分には後にも先にも自由などない。




気がついたらかなり日が開いてしまいました。

艦娘は誰が為に?物語は中盤に入っていきます。
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