出港から十数時間が経ち、ようやく吹雪たちに守られながらファロはバリクパパンに入港した。
そのころになってようやく深海棲艦の部隊がマカッサルから撤退した。
それが確認されたあと救助部隊が編成され、輸送機数機がバリクパパンから出撃した。
彼らは無事に帰ってきたが、輸送機に乗っていたのも彼らだけだった。
「お疲れ様です。」
その夜、蒼龍は竹野の部屋にやってきて言う。
「肉体労働をしたのは君たちのほうだろう?」
「わかりやすい肉体労働をしているだけで責任から逃げられるんです。どちらの負担が少ないのかは好みでしかない。そうでしょう?」
「それで?まさか私とすでに失われた命について女々しい議論をしに来たわけじゃないだろ?」
女々しい議論。その言い草は死んでいったあの基地の軍人への冒涜だ。だがそれをわかた上で自虐としてそんな言い方をしているのだろう。
「ええ。ファロと言われて何が頭に浮かんできますか?」
「ポルトガルの地名だな。おそらくあの船はポルトガル船籍だった。」
「その通りです。あの船の航行報告を確認しましたが護衛もなしにインド洋を突っ切っていました。ただの旧式の船ができる芸当ではありません。」
インド洋の制海権は太平洋よりか幾らかましなだけで安全な航行ができる確率は極めて低い。
どんなからくりがあるのかわからないがまず間違いなく偶然近くにいたポルトガル船籍の船ではない。
「よし。あの船に乗り込むぞ。」
「騒ぎが起きますよ?」
「最悪騒ぎが起きたとしても、ここは防衛連合軍の軍政下の町だ。奴らは騒ぎを憲兵たちに訴えないだろう。奴らにとって憲兵に船を捜査されることは非常に都合が悪い。俺たちが奴らにとらえられなければ何も問題は起きない。」
「もう少し思慮深いかと思ったんですが。」
「何か問題はあったか?」
竹野は荷物の中から拳銃とマガジンを取り出し蒼龍に渡す。
「私は持ってますからいいですよ。」
そう言って蒼龍は上着の内側に忍ばしていたホルスターを見せる。
「君も同じ考えじゃないか。」
「あなたを守る余裕はないかもしれませんよ。」
「相手が人間であるなら守ってもらう必要はない。」
竹野はズボンに銃を突っ込み固定して上着を整え腰の銃を隠す。
「行くぞ。」
蒼龍は呆れたように頭を振り黙って竹野の後を追い部屋を出る。
「現在警戒警報が発令中です。」
ホテルのフロント係がそう制止してくる。竹野は軍服を着ていなかったし、蒼龍も袴をはいているわけでもなく、ごく普通の薄手の上着を着た女性にしか見えないかった。
「軍関係者です。」
そう言ってIDを見せる。実際のところ民間人が機械も使わずにそのIDが本物であるかなど判断はつかないが、わざわざ身の危険を冒してまでおかしな嘘をつく人間などいない。
「失礼しました。お気をつけて。」
フロント係は優雅な動作で二人を送り出す。
「私たちが宿泊している倉庫のような場所とは大違いですね。」
蒼龍が自嘲めいて笑う。
「そんなにひどいのか?」
「倉庫に放り込まれたなら不満はありますが、さして支障はありません。ですがあの倉庫には負傷してうめいている艦娘が山ほどいました。悪意を持ってあんな場所に放置しているわけではないでしょう。ただ損傷した艦が多すぎたんでしょう。」
「戦闘報告はまだ確認していないがこの前の作戦で敵の攻勢用部隊に確かな損害を与えたはずなんだがやはり別の攻撃部隊がいたんだな。」
「数を減らしておいたからこそ、この程度の地獄で済んだ。そう考えるしか救いはありませんね。」
たった一隻の船を守るため竹野の部隊も中破が8という、それなりの損害を被っていた。
「詳しくは南鳥島に戻ってからだがどうにも納得がいかないな。」
そんなことを考えているとようやく波止場に止まっているあの赤い船を見つけた。
赤と言っても鮮やかなわけでもなく薄汚れた赤で逆に印象を悪くしてしまうような塗装だった。
「見えるか。」
蒼龍は単眼鏡を取り出して船の方を見る。
「甲板に三名ほど。中はどうかわかりませんが昼間乗っていた大勢の人はただ避難するために乗り込んだ人々で間違いないでしょう。殺しても構わないならここから狙撃しますが?」
蒼龍はそう言いながらえらく現代的な弓を取り出し矢をつがえる。
「まて。騒ぎを起こさずに情報を奪えるならその方がいい。敵も情報が奪われたことを知らなければ対策のしようがないだろう?」
「了解です。」
蒼龍はその弓を小さく折りたたみ上着の下にしまう。
そして二人は闇に紛れながら船に近づき無警戒にも降ろされていたタラップを登り船に乗り込む。
蒼龍は誘い込まれているのではと警戒したが船に乗っていたのは事情を完全には知らない雇われの船員であるようで意識が低い様子だった。
ハンドサインで意思疎通をしながら貨物室に下りる。貨物室の扉は避難のために乗船していた一般人が開けるには難しいものだったが蒼龍からしてみれば時代遅れの簡単なものだった。
貨物室にたどり着くとそこに人の気配は全くなかった。
「予想よりもひどいな。」
だがそこにあったのは膨大な量の文書だった。
そう、この船はレイヴン開発投資銀行の機密書類を乗せた脱出船だったのだ。
「私もです。せいぜい機密文書すこしと飾られていた多少価値のある絵画だとかを持ち出すために来た船かと思っていました。」
「つまりレイヴン開発投資銀行はつい最近まで東ティモールと言ういつ攻め落とされてもおかしくない場所で業務を続けていた。そう言う事か?どうして拠点を移さなかったんだ?」
「さあ?」
「まあいい。可能な限り調べてみよう。」
そう言って二人は資料をあさり始めた。
膨大な資料だったが共通点はなく、一見すれば普通の銀行の取引記録にしか見えない。
だがこの銀行が普通の銀行ではないことは分かっていた。
そんな前提で書類を見ていたからこそあることに気が付いた。
「蒼龍。これを見てどう思う?」
「不自然なまでにクリーンな取引ですね。」
「やっぱりそう思うよな。」
出入金記録を見てもどれも自然で怪しいものがない。だがそれもおかしな話だ。膨大な取引の中で全く怪しい取引がないのだ。
「次はこれを見てくれ。」
「明らかに不審な取引ですね。侵攻の影響で余裕がなくなったんでしょうか?」
「いや違う。この雑な取引がある時点からさっきのようなクリーンすぎる取引に変わった。蒼龍、1995年以降の取り引きをよく調べてその取引先を記録してくれ。」
「まさか、ある時点でこの計画がアメリカの手を離れたとでも?」
連邦政府の手の中にこの銀行があったころは行員に黙っておくように言っておけばよかった。だが状況が変わり連邦政府の支援を受けられなくなり、ごまかす必要性が生じた。
そう考えればつじつまが合う。
「分からない。だがその可能性も浮上してきた。」
蒼龍と竹野は大急ぎで取引相手を調べる。
期間を絞っても膨大な数だったが幸い日が上るまでに大体の書類を調べ終えた。
「じきに日が上る。とっととここを出るぞ。」
「了解。」
蒼龍も竹野も銃を抜き、警戒しながら貨物室を出る。
来た時とは違い敵の配置を把握できないまま船を進むため耳を澄まして敵の動き把握するしかなかった。
今になって応援を連れてこればよかったと思う竹野だったが今さら何を言っても無駄だ。
そうやって予測が不十分な時ばかりねっらたかのように不都合なことが起きるものだ。
統計に基づかない経験則でしかないが世の中にはそんなものを大真面目に研究している人間もいるのだ。
「マーフィーが現れたな。」
そう言って竹野は手に持った銃を目の前に現れた船員に向ける。
船員はとっさの事にも関わらず一瞬で反応して射線を切るがそれよりも竹野は早く反応し足首を打ち抜く。
だが船全体に銃声が響き渡り状況が悪化するんのは目に見えていた。
「蒼龍、突破する。すまない頼めるか?」
「あなたが私の司令官である以上、たとえ私が銃弾を受けても無傷ですまない体だったとしても喜んで命令に従いますよ。」
その蒼龍は口ではそう言ったがその目はその命令に納得などしていなかった。
「倫理や道義を通すことが出来る程の余裕がないのは私の責任だ。すまない。」
「だから構わないと言ってるじゃないですか。」
蒼龍はそう言うと物陰からでて船員の銃撃にさらされる。全く彼女は動じずに船員を次々に殺害していく。
竹野も援護したがほとんど無意味だった。
竹野が目指したのはせいぜい脱出のための安全確保だったが蒼龍は殲滅を目指して動いていたのだ。
竹野が肩を撃ち戦闘不能にした相手だろうが関係なく射殺した。
戦場では何も間違っていない判断だということは竹野にもわかっていた。
例え肩を打ち抜いたとしても死ぬかもしれないと思った人間に多少の痛みなどないも当然なものだからだ。
「蒼龍。もう十分だ。相手に増援を送る余裕はないし、もう目撃者も残っちゃいない。」
そう、止めようと背後から肩に手を置いた竹野に蒼龍は反射的に銃口を向ける。
そして大きく目を見開き立ち尽くした。
蒼龍の体には傷一つなかったが彼女の服はボロボロになり、肌の大部分が露出していた。
彼女に上着をかけて
「帰ろう。」
と言い。蒼龍から銃を取り上げる。
彼女は無抵抗に銃を手放しとぼとぼとホテルに戻った。
フロント係は蒼龍の姿を見るなり、急いで着替えを用意してそれを蒼龍に着させた。
部屋に戻り、焦点の合わない目をしていた蒼龍に
「しばらく君はほかの艦娘と同じように一兵士として過ごせ。君にばかり負担がかかりすぎた。」
そう言われて蒼龍はようやく気力を取り戻し
「待ってください。今回の事は私の心が弱かったばかりに起きたことです。どうか見捨てないで....」
そのとき竹野は初めて年相応の蒼龍を見た。
艦娘に成年を越えたものはいない。どれだけ熟練の兵だろうが生まれてから十年かそこらでしかない。
親に愛されようとする子供。親以外の大人からの信頼を得ようとする反抗期の少女。
それと何も変わらない。ただ彼らの日常が戦争の中にあった結果、いびつな形で愛情を求めてしまっているに過ぎない。
第二次世界大戦でホロコーストに賛同した子供たち、戦争を万歳三唱で迎え入れた子供らと何も変わらない。
殺すことで親が喜ぶなら、子供らは喜んで殺人鬼となる。
そんな当たり前の事を今まで竹野たち軍人は艦娘だからと大丈夫だという根拠のない理論で無視してきたのだ。
「蒼龍。私は君が私にとって都合の悪いものを殺してくれるからそばに置いてるわけじゃない。」
「化け物には化け物なりの役割があります。」
そういった蒼龍の顔から彼女の子供としての側面は消えていた。
「そうだな。だが、ヒトの軍人にも彼らなりの役割がある。その役割を果たせなければ当然怒られる。いや、怒られる、で済むだけまだましな方だ。取り返しのつかない死を招いたり、国家の崩壊を招くこともある。そんなことが起きたら誰も許しちゃくれない。もしかしたら今日の君の行動が、あるいは私の行動が世界に破滅をもたらすかもしれない。だから何だってんだ。責任なんてくそくらえだ。部下を守るという役割を果たさずに10万も艦娘を殺しておいてのうのうと生きてる私だとか戦略部の人間だとかそんな奴が偉そうに説法たれることが出来るようなしょうもない世界だぞ。そんな世界に君が果たしたいと思う役割なんてあるのか?」
「だとしても!」
「繰り返す気か?ちょっと大人になって気が付いたんだろう。自分がヒトを殺しても何も解決しないと。だから命令を破ってあの医者を生かしたんだろ。殺す理由が見当たらないターゲットはあの医者が最初じゃなかった。違うか?」
「それは....」
「化け物には化け物なりの役割がある。どうせ誰かの言葉の受け売りだろ?」
「....」
「その言葉を否定した結果、こんな訳の分からない司令官がいて好き放題してる鎮守府に飛ばされたんだろ?自分の過去を否定するな。私は君に愛情を注ぐ資格のある人間じゃない。だから、ここは君の生涯の一部分にすぎない。頼れる人間、信じたい人間。そんなのが現れる世の中にするために今はこんなクズの部下として働いてくれ。できるな?」
「....はい。」
蒼龍はうつむきながら小さく返事をする。
しかし見る見るその顔は歪んでいき、泣き出してしまった。
飛龍に言わせれば抱き着くのが正解らしいが、そうとも限らないだろう。
竹野はお茶を蒼龍の前に置き、無線をいじり情報を集める。
案の定、あの船は通報などせずに静かに港を離れたようだ。
これで敵に不審な二人が何かをかぎまわっていたという情報がわたってしまうだろう。
今できるのは手に入れた情報が敵にこちらの動きをばらすに値するものがあることを祈るばかりだ。
私は演劇に関してあまり詳しくないので今回のタイトル少し変に思われてるかもしれないという心配があります。