「提督。帰港早々に申し訳ないですが少し問題が発生しました。」
輸送機に乗って蒼龍たちよりも早く南鳥島に戻った竹野を加賀が出迎える。
「歩きながらでいい。何があったか説明しろ。」
「はい。二日前こんなメールが届きました。」
そう言って加賀は端末を竹野に渡す。
アドレスは見たことがないものだったが送信元が誰なのかはすぐに分かった。
「艦娘の生態系における特異性。論文か?」
著者は8名の学者。その中にあの心理学者の名前もあった。
「ええ。そしてほかの七名について調べましたがいずれもすでに死亡していました。」
「まさかだが....」
「そのまさかです。二日前、医者との連絡が途絶したため青葉を情報収集のために本土に派遣しましたがあの病院の看護師によればもう一週間は見ていないそうです。」
「看護師はほかには何と?」
「彼の友人と同じ末路を迎えたのだろうと。」
「つまり死んだと?」
「そうか考えて問題ないでしょう。」
情報源。それもかなり重要な情報源を失った。
「手詰まりってわけじゃあない。加賀、ここに書かれた取引先が何者か調べてくれ。」
そう言って加賀に今回の遠征で得た情報を渡す。
「私は蒼龍さんのように特殊な教育課程を経ていませんがどうやって調べろと?」
「奇遇だな。私もそんな教育を受けた覚えはない。そのせいで何度出し抜かれたことか。」
加賀は微笑んで
「わかりました。」
と言って加賀は去っていく。
加賀がいなくなったあと竹野は執務室には向かわずに射撃訓練場や演習場を見て回る。
そして執務室に戻り
「なんだかこの鎮守府には私が必要ない気がしてきたよ。」
と秘書艦をしていた瑞鶴に嘆く。
指揮も戦闘訓練も戦術に関する講義も全て艦娘で運営されており竹野が指導しなくても十分戦える戦力が維持されていた。
「そうなってくれると私もうれしいんだけどなぁ。」
瑞鶴はふてくされた顔で肘をつき、ペンを咥えていた。
「そういえば君は男性恐怖症だとかだった気がするが大丈夫なのか?」
「提督さんから男を感じないから問題ないです。」
何とも失礼な話だ。たまにしか現れない唯一の男である竹野が色恋沙汰とかけ離れた人間だったのがよかったのだろう。
精神疾患への対処で正解はない。いつもそううまく行くわけではないことはわかっているがもう心配しなくてもいいだろう。
「なるほど。えらく失礼な言い草だ。」
とはいっても彼が村上と名乗っていた時代にはそれなりの仲だった人間もいた。
だが、多忙すぎた彼とその女性との間には溝ができ気がつけば彼は一人になっていた。
官僚だった彼は体裁のために自分の彼女がほかの男と肉体関係まで持っていることを知りながらわかれようとはしなかった。
彼女が別れを切り出した時も何の感情も湧かずに別れた。
彼女は冷たい男ね。と言ったが、竹野は体裁のため彼女は金のため相互に利用していただけだった。
「どうせ彼女なんていたことないでしょ。そんなんだと偏屈おじさんまっしぐらだよ。」
「彼女はいたよ。まあ付き合い始めた時からすでに愛し合っていたか定かじゃない関係だったけどな。」
「ふーん。」
瑞鶴はその回答に興味を失ったようで気のない返事をする。
「瑞鶴はどうなんだ?過去の最低な男どもじゃなくて将来君のそばにいるかもしれない誰かの理想像はあるのか?」
「へっ?私?うーん、どうだろ。未来の話をされてもなぁ。」
瑞鶴は考えたこともなかったといった風な顔をして言う。
「戦争が百年ぐらい続いた例はあるにはあるがその時代は今みたいな総力戦だったわけじゃない。君が生きてる間にこの戦争は終わる。いや終わらせる。」
「なんか。変わったね。」
意外な返事が返ってくる。
「変わった?」
「なんかさ、昔の提督は未来のことを言いながら何かに縛られてた。今思えば大勢の部下を失ったあの戦いに縛りつけられてたんだなって。あの子たちに報いなきゃって思って動いてたんだよね?」
「否定はできない。贖罪の意識から再度軍に加わった、そう思われても仕方ない。」
「でも今は違うんだよね。なんかこう、わかんないけど自分を私たちを呪縛から解くために働いてるのかなって。」
竹野は複雑な顔をする。
「そうなのか?」
「全然納得してないね。私の思い込みかもしれないから忘れて。」
瑞鶴はそう言ってまた書類と向き合って仕事を再開した。
竹野も仕事を始めたがすでに完成した書類に目を通しサインするだけの仕事だった。
「お茶にする?」
時刻は三時を周り瑞鶴が圧をかけながら聞いてくる。
「あ、ああ。」
彼女はやはり書類仕事が嫌いなようで待っていたとばかりに席を立ち執務室に置かれているティーポッドをガチャガチャといじり始めた。
おそらくそんな幼さを見たからだろう。
変わったといわれても実感はないがこの鎮守府の弱さを持った艦娘たちを見て、昔の部下たちにかけられていた記憶の魔法が解けたのだろう。
彼女らは精一杯頑張って竹野に認めてもらうために強くなろうとした。
戦争が終わることを望みその中で手柄を上げようと働いていた、彼のもとにいた多くの有能な士官とは根本的に違ったのだ。
艦娘は化け物ではない。けれど、彼女らはバックグラウンドもなく急に大人になれる存在だった。
そんな都合のいい話がないことに誰も気が付かなかった。もちろん気が付いたものもいただろうがそれを黙殺するしかなかった。
「瑞鶴。君は何歳だ?」
「え?私は6歳だけど。」
「人間の6歳児がどんな生活をしていると思う?」
「国によるけど少なくとも恵まれた国の6歳児は安全な場所で教育を受けてる。」
「その通りだ。例外はあれど、親の愛を受けながら多くの大人に守られて生きている。未来を担う世代だと教えられてな。」
「....」
「君の生活はどうだ?愛を注いでくれるものもいなければ、安全を確保してくれる大人もいない。逆に大人を守るため危険を犯すことを強要される。」
「それが艦娘として生まれたものの運命だから。」
瑞鶴は悲しげな目をしていた。
「そんな目を6歳児にさせたくない。そう思ったから変わったのかもしれないな。」
「六歳児って。」
瑞鶴は笑う。
「ああそうだ。思考回路と体だけは大人だが、心の年齢は6歳児だ。あまりにも理不尽が多すぎて、心が成熟するしかなかった六歳児だ。」
「仕方ないよ。私たちは艦娘。誰が何と言おうが兵器に過ぎない。」
「それはヒトが君たちに戦闘を強要するための言い分だ。ヒトは君たちを作ったわけでも君たちの存在をよく理解しているわけでもない。君たちが兵器だという根拠はどこにもない。」
瑞鶴は浮かない顔をして
「でもそう思う人は多くない。同じことを言っていた人を見たことがある。私を保護するって言った人も結局は私たちを保護する自分がかわいかっただけ。制御できる可哀そうな者たちが欲しいだけ。私たちが自立すれば保護だ何だと言っていた人たちも手の平を返して弾圧してくる。」
「だろうな。君たちが自由に生きる権利を獲得すればそれはヒト達にとってとんでもない不利益を生み出す。」
「提督は私たちが人間に反旗を翻した時、どっちの味方をするの?」
「ここに来た当初、龍田に「君たちが既存の人類の社会を破壊して人類から権利を奪い取ろうとするなら敵対せざるを得ない。」そう言ったんだ。だが、今は同じことを君の目を見てはっきりと言うことが出来ない。」
「はっきりしないね。」
瑞鶴が竹野をそうやって煽るが彼は実際どうすべきなのかわからなかった。
瑞鶴はコーヒーを注ぎ竹野の前に置く。
「そう言えばやけに執務室のガムシロップの消費量が多いが誰の仕業かわかるか?」
竹野は瑞鶴に聞く。
最近では竹野は執務室にいる方が珍しいが、それでも気が付けるほど異常な速度でガムシロップが消費されているのだ。
「長門さんだと思う。秘書艦業務で執務室にいることも多いし。それにあの人....ね。」
瑞鶴はいたずらっぽく笑う。
「なる程な。それとなく言っておいてくれ。艦娘が生活習慣病にかかるのかは知らないけど気を付けろってな。」
「了解~。」
瑞鶴はコーヒーを混ぜながら生返事をする。
「出かけてくる。」
そんな瑞鶴を執務室に残して竹野は演習場に向かう。
「やってるな。」
竹野はそう、探していた艦娘に声をかける。
「おう!なんだ提督?」
天龍は元気よく返事をする。
「あれからどうかと思ってな。」
天龍は艤装の一部を外しながら護岸に座る。
「難しく考えるのは俺の性に合わない。すぐに未来を見ろって言われても無理な話だ。少なくとも俺はあいつを愛してたと思う。」
「彼がどんな人間でどんな過去を抱えているのか知らないのにか?」
「そうだ。俺は提督の過去も知らなかったんだぜ?よくあんな大胆な行動ができたと自分でも思うぜ。」
天龍は恐らく蒼龍と同じで記憶をいじられたのだろう。
それをしたのがヒトなのか、はたまた妖精なのかそれは分からないが天龍がやけに素直だったのは記憶を消されてヒトの恐ろしさを知らない無垢な艦娘だったからという理由ではないのだろう。
彼女が持っているプログラムの中で芽生えたごく小さな個性がそうさせたのだろう。
「それならいいんだ。その提督を悪く言ってすまなかったな。」
「おう。じゃあ俺は訓練の続きがあるから。」
天龍は艤装をはめなおしてまた海に出ていく。そんな天龍の姿を見て
「強くなったな。」
と感想がこぼれる。
「第15回負荷実験終了しました。」
ボードを持った実験助手が白衣を着た主任に話しかける。
「結果を報告。」
主任は振り返るもせずそう言う。
「被験者は自殺。理由は他と同じくHomo fictusとの共鳴です。また今回の実験によって管理番号0028の破損を記録。管理番号0028はプロトコルに従って処分します。」
「ご苦労。」
報告を聞いた白衣の男は何度か頷いたあと、
「次の実験準備を始めてくれ。」
と今度は別の実験助手に言う。
「少し早すぎませんか?すでに9名が死亡、4名が身体に致命的欠損を負い、2名が精神疾患で施設送り。ここらで一度データ収集を止めては?」
主任は少しイラついた声で実験助手に言う
「君は大学で論文の書き方を習わなかったのか?たった15回の実験で何がわかるというんだ?たった15回で信用できるデータが得れるとでも言いたいのか?」
「それは。ですが倫理的問題が。」
「いいか?これは戦争なんだよ。アメリカは第二次世界大戦中、ソ連と共闘したが仲良しこよしで手を取り合っていたか?そうじゃないだろう。ソ連の腹の内を探り、核開発だって独自で進めた。同じだよ。Homo fictusを戦争に利用する必要はある。だが、この戦争が終わった時速やかに彼らには歴史から退場してもらう必要もある。倫理がどうこう言うのはすべてが終わってからでいい。彼らの死は悲劇ではない。彼らは英雄なんだ。彼らは未来のために殉職した。彼らの功績を墓標に刻むのはその時でいい。」
実験助手にはこれ以上何も言うことが出来なかった。
それが正解ではないことは分かっていたのに。