堕ちた提督   作:Yasoshima kakeru

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妥協した協力者

「提督。解析が完了しました。」

 

「早いな。」

 

「ほとんどは蒼龍さんの“善意の第三者”のおかげです。」

 

「事情すら教えずに脅迫する。さすが蒼龍と言った感じだな。」

 

竹野は苦笑いをする。

 

「それで?何がわかった?」

 

「これが個人名まで特定できた出資者です。見覚えは?」

 

「あるに決まってる。」

 

そこには防衛連合軍ヨーロッパ方面軍副指令サイモン・ガナフィットをはじめとした高級士官たちの名前が並んでいた。

 

「なあ。嫌な予感がするんだが。」

 

だが、どうにもおかしい。

 

「加賀。この前の騒動でサイモン・ガナフィットは死んでたりしないか。」

 

「少々お待ちを。」

 

加賀は慣れた手つきでデバイスを操作して名簿を表示する。

随分板についてきたものだ。

 

「やっぱりな。」

 

サイモン・ガナフィットも、ほかの士官たちもこの前の騒動で亡くなっていた。ガナフィットは頭と胸に二発ずつ撃ち込まれて、部屋にはほかの弾痕はなく四発全てを正確に命中させていた。

まず間違いなくプロの犯行だ。そしてこんなことをする可能性がある人物は絞られる。

 

「わきが甘すぎる。」

 

サイモン・ガナフィットは恐らく謀略だとかに長けた人間ではない。ほかの士官たちも同じだろう。ただ防衛連合軍の高級士官であったから敵に引き込まれたに過ぎないのだろう。

だが二サエルの監視の目をすり抜けることはできずに殺された。

ストーリーとしてはよくできているが、二サエルと言う人間が暗殺などと言う劇的な要素を使うと思えないのだ。

 

「裏切り者が司令長官に殺された。つまり司令長官は味方?」

 

「裏切り者をただ粛清したわけではないのなら二サエルの策の可能性もある。何かほかの目的のためにあえて殺人という手段を選択した可能性もある。」

 

「司令長官は一体何を?」

 

「そもそも、彼は裏切り者に気が付いてもそう簡単に殺しはしないだろう。情報部の手にかかれば“噂”を作り出したり、“陰謀論”を作り上げることも出来る。スパイだとわかった士官に与える情報を完全に制御して都合のいい情報だけを流し続けることなど彼にとっては容易い。無能なスパイほど恐ろしいものはないからな。」

 

「つまりスパイの身元が割れている以上、殺す意味も価値もないということですか?」

 

「その通りだ。そもそもあの騒動で殺された高級士官のほとんどがスパイだったと知ることが出来るのはごく少数だ。私たちと謎の組織、ほかにも二サエルや情報部の一部の人間なら知っていてもおかしくない。が死んだ士官の関連性を見出すことも意味を理解できるのもごく少数だけだ。」

 

「あの騒動は何者かに対するメッセージでしょうね。」

 

蒼龍は執務室の扉を押しながら言う。

帰ってきて早々に着替えを済ませたようで艦娘と言われなければ分からないほどに一般人の特徴をつかんでいた。

 

「メッセージですか?」

 

その問いに竹野が答える。

 

「敵組織に対する宣戦布告。あるいは、無能なスパイを粛清し、座席を確保したかだ。」

 

「座席?」

 

「二サエルは防衛連合軍を見限って別の組織に籍を移そうとしているのかもしれない。だがその組織に座席の空きがなければ困るだろう?」

 

「自分の席を確保するためにしては殺しすぎだと思いますが。」

 

加賀は聞くがそれは違う。

 

「敵組織からしてみれば二サエルが味方になるならば素人のスパイを生かしておいてリスクを作る必要などない。仮にこの二サエルの暴挙に誰かが気が付いても問題にならない。」

 

二サエルにしてみれば情報部の警戒網も陳腐なものに映る。

だからこそ暗殺という劇的なメッセージを使ったのだろう。

 

「それはつまり?」

 

「司令長官が裏切った可能性がある。」

 

二サエルの裏切りはあまりに致命的すぎる。

防衛連合軍の機密情報すべてにアクセスできるうえに、CIA、アメリカ政府の機密情報まで大量に保持している。

さらに、二サエルと言うプロパガンダと謀略の天才を相手にすることになる。

一体どこにどんな罠が仕掛けられているのかわかったものではない。

下手に動けば世論からの攻撃でまたも軍を去ることになる。

 

「嘆いても仕方ありません。私たちの勘違いの可能性もありますから。」

 

加賀がそうフォローしたが蒼龍は無慈悲に真実を伝える。

 

「これを。」

 

蒼龍が示したのはメールでのやり取りの記録だった。

騒動の一週間後から始まったやり取りはもはや疑う必要もない程明確な裏切りの証拠だった。

 

「こんなものどうやって入手した?」

 

「司令長官は慎重すぎたんです。司令長官が使った回線は中国のPMCのものです。ですが残念なことに中国の会社が持っている情報は中国政府に“友人”がいる人間にとって公開されているの同じです。」

 

「“友人”ねぇ。」

 

慎重すぎてミスを犯す。まあ、あり得ない話ではない。

 

「可能性の話をするならば私が裏切ったか司令長官が裏切ったかです。」

 

蒼龍が竹野が思っていたことを見透かしたかのように言う。

 

「その通り。君が裏切った可能性も否定できない。」

 

仮に蒼龍が裏切っていたとするならばうまく誘導することも出来るだろう。

あえてそれを自分から言うのを見れば蒼龍が裏切っている可能性は低いと思いたいが、陰の世界で生きてきた人間ならそう言った心理の穴をついてくる可能性もある。

 

「どうやって証明する?昔の私のように善意を簡単に信じることはできないぞ。」

 

「信じてくれとは言いません。私だってあなたを完全に信じているわけではありません。それでも私が裏切っているだけならそれこそ司令長官にとってミジンコ程度の脅威でしかないでしょう。あなたに嫌疑をかけたところで現場レベルの問題は生じてもそれ以上ではありません。」

 

「なるほど。それもそうではあるな。」

 

そう竹野が難しい顔をして蒼龍のほうをみる。

だがその蒼龍は目線をせわしなく動かし何かを警戒しているようだった。

 

「加賀ほかに報告は?」

 

竹野は自然な会話を続けながらも机の裏に仕込んである拳銃に手を伸ばす。

蒼龍も少しくたびれた上着の内側に手を伸ばし、竹野に目で合図を送る。

 

「少々お待ちください。資金の流れですが時期によって額がかなり変動していました。」

 

加賀は全く何も気がついていない様子で報告を続ける。

そしてついに状況が動く。

 

執務室の扉が許可もなく開き、二人の女が入ってくる。

当然、竹野と蒼龍の銃口が正確に二人の脳天を捉える。

しかし、発砲することはなかった。

 

「ムーン?」

 

蒼龍が困惑した様子で声を出し

 

「と、オーマー少佐?」

 

続いて竹野も驚いて言う。

 

目の前に立っていたのは予想外の組み合わせだった。

ムーンだけが来たのなら納得がいく。防諜に失敗して二サエルからの刺客が送り込まれたのだと。

だが、オーマー・ラッコエがいるというならば話は別だ。

余裕がなくて調べることが出来なかったがどうにもこの女は別の怪しさがあるのだ。

あの衛星通信車の中での行動がどうにも憲兵隊の動きとは思えなかった。

憲兵は警察組織であり、即決で殺害を実行するとは思えない。

情報部がいくら胡散臭い組織だろうと、あの場で降伏の意思を見せたアーサー・マクドネルを捕縛するのは非常に合理的な判断だ。

逆に言うならばオーマーが仮に本当に憲兵隊の人間であるならば警告もなく殺害に移るのは感情に流されたとしか説明できない。

そして不自然にも何故オーマーが感情に流されたのか説明するようにアーサーがフォローした。

確かに彼らにとって都合のいい質問をしたのは竹野だ。だが竹野という人間は気になったことをすぐに口に出して聞く。

そのことを知っている人間であるならば容易に竹野の発言を誘導できただろう。

あの時はアーサーの動きにばかり目が行っていた。

その後は暗号がどうのこうので時間を奪われ忘れていたが、もしやオーマー・ラッコエは....?

 

「すみません少し驚きました。」

 

竹野は平静を装い銃を降ろし二人を席に誘導する。

 

「では遠慮なく。」

 

ムーンはマナーなど全く気にしないと言った様子で席に腰を降ろす。

ムーンがどういうタイプの諜報員なのか知らないが、社交ダンスを優雅に踊ることが出来る淑女なスパイではないのかもしれない。あるいはこちらがそう思うようにまたも仕込まれているか。

 

「それで?こちらの許可なく上陸したうえで執務室に許可もなく押し入る程重要な要件とは?」

 

「私は先日、オーマー・ラッコエの始末を二サエル・フラメル・アダン司令長官に命令されました。そして私はその命令を無視して全く別の死体とオーマー・ラッコエの私室に放火。その後検視結果を待たずに逃走しました。匿ってください。」

 

どうにも話が見えてこない。冗談を言っているような顔でもないが、言っていることが天下の情報部幹部ムーン様のやることとは思えない。

無計画すぎる。

 

「杜撰な嘘でだませると思われているのなら非常に不快ですが。」

 

「私が二サエルをだまして動くことが出来るほど聡明だと評価してくださるのはうれしいことです。ですが私はあえて無計画で彼に喧嘩を吹っ掛けたのです。どうせ回りくどい計画を立てるよりも頭を空っぽにした方が時間を稼げる。計画の実態を把握することよりも計画それ自体が存在しないと証明することの方がよっぽど難しいですから。謀略とは存在する可能性それ自体が脅威になり得るんです。」

 

ムカつく女だ。

 

「だとしても、私があなたを匿ってどんなメリットが?」

 

「どうせあなたは二サエルと敵対する。あの日、あの情報を受け取った時点でそうなることが運命づけられているんですから。あなたは軍事力を。私には情報網と情報戦のノウハウがあります。情報を開示するつもりは全くありませんが協力関係になってもデメリットはないでしょう。」

 

こちらが隠しているつもりでもムーンはある程度こちらの動きを把握してここに来たのだろう。

あのディスクのことがどこからばれたのか。

あの精神科医に接触したのがまずかったのか?

蒼龍が決定的な尻尾をつかませはしないだろうが、ほかの特殊教育を受けていない艦娘に同じことを要求するのは酷な話だ。

 

「デメリットはないように見える。でもそれは現実がボードゲームでないのだから幻想にすぎない。情報で不利である以上、主導権がそっちにある。こっちは実質的な傀儡軍だ。そんな物に成り下がる気などない。」

 

「その程度は見破れる頭はあるようですね。」

 

「官僚時代に馬鹿らしい権力闘争に明け暮れていたからな。メリットデメリットで語る一見すれば頭のよさそうな論法にはほとんどの場合裏がある。」

 

「そうですか。ですがあいにくこちらもあなたの部下になる気など全くありませんよ。」

 

「あんたみたいなじゃじゃ馬を制御できる気がしないからそんなことはこっちから願い下げだ。」

 

ムーンは首をかしげる。

 

「話が見えてきませんね。」

 

「そっちが話を見えないようにしているのだからこっちも膠着状態にさせてもらっただけだ。」

 

ムーンは不機嫌な顔はしなかったものの明らかにイラついていた。

結局その顔も本心が現れているように見えるだけかもしれないのだから信用ならない。

二サエルはこんな奴らと一体どうやって信頼関係を築いたのやら。

 

「そちらが何かしら誠意を見せないのであればとっとと二サエルに突き出すまでだ。」

 

「それは困りますが、できないことを言わない方がいいですよ。嘘ばかりついていると本命の嘘が通りませんからね。」

 

“本命の嘘”などと言うのは実に情報部員らしい。

 

「では、あなたの本命の嘘とはいったい何でしょうか?」

 

「私の真の目的には興味を失いましたか?」

 

ムーンは微笑む。答える意思などないことは分かっていたが。

また手詰まりだ。

ムーンも余裕そうな顔をしているが彼らも竹野の保護を受けなければムーンは簡単に殺されるだろう。

だがそれが弱みだと認めるとこちらの交渉材料を増やすことになるだろう。

 

「それを聞いても教えてくれないだろう。どちらが譲歩するのか。それだけの話。」

 

「ならばあなたは何を私に求めますか?」

 

「オーマー・ラッコエの本当の所属と、以後の調査にこちらの艦娘を同行させろ。」

 

「なる程。しかしそれでは私があなたのお仲間を言いくるめるかもしれませんよ。」

 

「彼らは素直すぎる。だから君みたいなねちっこい人間に絡めとられはしないでしょう。」

 

ムーンは感情の読めない顔でしばらく考えたのちに

 

「こちらの条件は二サエルが裏切ったことを示す明確な証拠の開示。それが無理ならば精神科医佐藤喜一がこちらに送った未発表論文を見せてください。」

 

メールを開示すれば蒼龍の情報屋まで露見するだろう。飛龍が直接乗り込んだことで得ることが出来た論文の方が情報それ自体の価値は高いがこれからムーンと共闘するならば反抗手段を早期に失うのはよろしくないだろう。

 

「では未発表論文を開示する。」

 

「わかりました。オーマー・ラッコエはCSISの対外工作員です。もっと言うならばMI6の命令を受けたCSISの命令を実行している工作員です。」

 

突然の暴露に慌てたのはオーマー少佐だった。

 

「正気ですか?訂正します。私はブルガリア国家情報庁所属の対外エージェントです。」

 

恐らくそれがばらされてもいい別の身分だったのだろう。今更無駄なことだが。イギリスからカナダそしてブルガリア、一体誰の命令なのかわからなくなりそうだ。

 

「あなたを救出するようにMI6から要請があったわけでもないのに救出したんです。別にあなたの身分がばれようと私には痛くもかゆくもありません。」

 

「了解した。つまりオーマー少佐と打合せされたような会話をしたアーサー・マクドネルはMI6の工作員で本来は別の誰かに私の持っている情報を渡すはずだったわけだな。確かにあそこまで決定的な証拠を見ればどんな馬鹿でも敵の正体を知ることが出来るだろうな。」

 

ムーンは否定もせずに頷く。

これでわかった。ムーンも二サエルに騙されている。

あのディスクは決定的でも何でもなかった。

蒼龍がいなければ気が付くことすらできないような証拠とも言えないものだ。

謎の組織の実態も目的も当然わかりはしない。

せいぜい税金を無駄にしたなどと大騒ぎするためのスキャンダル程度にしかならない情報だった。

しかしムーンはそれを知らない。そしてラッコエも情報の内容までは知らない。

 

「では互いに協力していきましょうか。」

 

竹野が手を出すとムーンも立ち上がり手を握る。

 

「期間は分かりませんがよろしくお願いしますよ。」

 

二人の間には明らかに壁があったがこの際仕方ない。

そうせざるを得ないのだから。

 

 

「お久しぶりですねキング。」

 

二サエルにからかわれたアーサーは苦笑して

 

「私はそんなんじゃありませんよ。ところで順調ですか?」

 

と聞く。

今度は二サエルがアーサーの方を見て笑う。

 

「順調以外の回答があるとでも?私は彼らの保母ですよ。彼らの出方など簡単に分かる。今もどこかで私を失脚させようと頑張っている事でしょう。」

 

「止めなくても?」

 

「私は彼らに失脚させられるのを待っているのです。」

 

「どうしてまたそんなことを。」

 

「その方が上手くいく。それだけの話です。」

 

アーサーにはさっぱりわからなかったがどうやら何かあるらしい。

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