堕ちた提督   作:Yasoshima kakeru

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殺意の欠けた戦闘行為

竹野は輸送船の重厚なエンジン音で目を覚ます。

非常な騒音だが案外落ち着く音だ。

 

「今どこです?」

 

竹野はお世辞にも寝心地のよくないベッドから体を起こし船橋に上がって聞く。

 

「あと二時間で入港です。」

 

恐らくはMI6かどこかが手配したであろう船員がそう答える

 

「引き続きよろしくお願いします。」

 

竹野は階段を駆け下りて貨物庫に向かう。

基本はコンテナ船が使われているが今回は巨大な屋根付きの貨物区画を持つ輸送船をわざわざ手配した。

おかげで荷下ろしにいつもの数倍の時間がかかってしまったが。

貨物区画に艦娘が乗り込みいつものように護衛の艦娘が数名の随伴する形だ。

合計で1000名近くの艦娘で東京中の通信施設を攻撃し、一方的にこちらの情報を流す。

二サエルの得意分野では絶対に戦わずに暴力で解決するという、一見すればAaronMankindの主張を肯定するかのようなやり方だ。

もし仮に意味もなく情報部員以外の人間を殺せば彼らと同じになってしまう。

あくまで自分たちは行動は危険人物を排除するためだけだと主張を通すために正当性だけは失えない。

 

「お疲れか?」

 

貨物室ではまだほとんどの艦娘が眠りについている。

すでに起きていた蒼龍と飛龍を連れて甲板に出る。

 

「自信のほどは?」

 

飛龍が挑発的に竹野に聞く。

だが、竹野は珍しく自信なさげに

 

「さあな。」

 

とだけ言う。

指揮官としては間違った対応であることは百も承知だが、なにせいつもとは舞台が違う。

戦場と言っても戦うべき相手も装備も違う。

一つでも間違えば集まってきた憲兵隊に制圧される未来もある。

しかし、飛龍にはその心配だけには見えなかった。

竹野は何かもっと重大な決断を迫られているような顔で水平線を見ていたのだ。

 

「解決できるかはさておき、私達も悩みぐらいは聞くよ?」

 

飛龍が気遣ってそう言ったことを瞬時に悟った竹野は表情を変えていつものように目に光をともす。

 

「いつもとは違う相手との戦いを前にちょっと億劫になっていただけだ。装備を確認しておけ。お前たちも今回は一味違う作戦をすることになるかならな。それにしても少し意外な組み合わせだな。」

 

そう言って竹野は飛龍たちの方を見る。

 

「他の鎮守府では一般的な組み合わせですよ。」

 

蒼龍は事務的に答えるが、南鳥島鎮守府はかなり事情が異なる。

 

「そうだな。ほかの鎮守府ではな。」

 

決して仲が悪いわけではないが、あまりにも思考、判断のやり方が違う。

蒼龍が異常すぎるだけではあるが、飛龍の判断基準も若干おかしい。

 

「仲良くしている分には構わないでしょう?」

 

「君には普通の世界に戻ってほしいと思う反面、二サエルと戦うためには裏に人間であってほしい。そんな考えがあるから何となく君がほかの艦娘と同じようにしていることに違和感を覚えるのかもしれないな。忘れてくれ。私が解決しなければいけない問題だ。」

 

蒼龍は相変わらず地味な私服で不満そうな顔をする。一方の飛龍ははかま姿で少し身震いをする。

 

「冷えるだろう。戻りなさい。作戦開始まではまだだいぶ時間があるからな。」

 

竹野はそう言って二人から離れる。

そうしてもう何度目かわからない違和感の正体について無駄だとわかりながら思案する。

 

 

輸送船が接岸してから半日が経過した。少しづつ艦娘を降ろし、あらかじめ決められていた配置につかせる。

情報で分断を図るために東京中の通信施設を破壊せずに制圧するのにはかなり骨が折れた。

ムーンが交渉で味方につけた通信施設も念のために制圧下に置き万全の体制を整えた。

ここまでは順調で情報部との戦闘もなかった。

しかし、そううまくいくことばかりではなかった。

計画が二サエルに露見したらしい。

だがそれは正直問題ではなかった。作戦の実行までもう10時間もなく、確証がない状態で二サエルが反乱の可能性を示唆したところで無駄だ。

すでに二サエルの舌は封じた。世論戦などさせはしない。

情報部の特殊部隊との戦闘が完全に避けられなくなったがこちらにも考えがある。

恐らく二サエルの支配下にない部署の部員に避難指示を出し、先手を打っておく。

あくまでこちらは二サエルを危険人物と断定し、排除のために表立って行動していることをアピールしておく。

二サエルが退避する可能性も考えて大急ぎでヘリポートに強襲し支配を確立。機動的に包囲網を縮小し物理的な退避路をふさぐ。

こと戦術行動に関して竹野が二サエルに後れを取ることはない。

まあ、仮にこれで後れを取ってしまったのならもう竹野たちに勝ち目はない。

 

「手は打ちました。突入のタイミングは予定通りでお願いします。」

 

竹野はそこで慌てることはない。二サエルがこちらの計画の概要を把握することぐらい想定内だ。

何なら作戦の詳細な計画が漏洩しても問題はない。

堅実な計画を組んだ分いつものようなイリュージョンとはならない。

恐らく死者が出る。それが艦娘なのかヒトなのか?

些細な問題だ。

 

「現在時刻フタマルマルマル時計合わせ。作戦を開始する。第1から第4班速やかに行動を開始。」

 

竹野の指示で本部近くで分散して止まっていたトラック四台が走行を開始する。

一方の竹野はこれもまたMI6かどこかが用意したであろう指揮通信車から指示を出す。

すでにここら一帯は総数300の艦娘の制圧下にあり交通規制も実施されている。

大々的に作戦を実行した結果市民は落ち着いた様子で野次馬となっている。

トラックは高さ2m程度のメインゲートを強引突破で破壊しビルの入り口の前に停車する。

こちら側の完全停車を待たずにガラス張りの入り口の向こうから銃撃が飛んでくる。

ガラスが粉々に砕け散りトラックにも多数の弾丸が着弾する。

だがこの程度は想定内だ。向こうだって通じると思って仕掛けてきてはいないだろう。

 

「第一から第四班突入開始。その他全班は私からの指示がない限り現状を維持せよ。これから指示を出す班は指示通り・・・

 

竹野は手早く変更点を指示する。

運用している部隊の数がとても一人で管理できる量ではないが通信施設の制圧をただ維持するだけの部隊にそこまで支持は必要ない。

おかげで何とか指示は間に合っていた。

 

 

加賀は指示通り突入を開始する。

小口径の拳銃や自動小銃程度では傷が一切つかない体に改めて驚く。

しかし敵も手練れ。効果がない弾丸だと割り切って錯乱以外の成果を求めていない。

だが、こちらも対人戦闘を数週間で叩き込まれた。その程度の錯乱で隊列を乱すことはない。

 

「扶桑を戦闘に陣形を取りなさい。突入するわよ。」

 

加賀の指示で隊列を組み移動を開始する。すでに大部分が破壊されているガラス製の扉を蹴破り柱に隠れている特殊部隊員を射殺する。

倒れた敵の脳天に確実に一発入れてエレベータに向かう。

一班はエレベーターで司令長官室に向かい二班はバックアップ、第三班がビルのコントロール室の制圧に向かい第四班が念のために入り口で待機する。

裏口は疎か、地下道もふさいでいる。そのため二サエルが逃走できる可能性は極めて低いが。

そのうえ蒼龍指揮下の即応部隊も待機している。

無難で堅実。その作戦が何を意味するのか、加賀は竹野と同じ結論にたどり着く。

だがいつもの鉄仮面がはがれることはない。動揺しても感情が隠し通せるのは表情筋が死んでいるだけかもしれないが。

とにかくもう妄信することはない。竹野はよくしてくれただがそれだけ。任務で返せばいい。信頼も尊敬も必要ない。

 

「加賀さん?」

 

「コントロール室の制圧が済みましたか?」

 

「え?」

 

声をかけてきた綾波が驚いた様子で言う。

 

「いえ....ただ上の空な様子でしたので。」

 

「そう。問題ないわ。」

 

加賀はいつもの顔で答える。

指揮官を任された以上任務は果たす。

 

『コントロール室、制圧完了』

 

無線からそう聞こえてくる。

 

「行きましょう。」

 

エレベータのコントロールを奪い敵の移動を制限してこちらだけ一方的に素早く動ける。

エレベーターを使うと言うリスクを飲むだけの価値はあるとの判断だ。

扶桑と比叡が扉の前に立ち、扉が開いた時即掃射を食らっても耐えられるように並ぶ。

 

「ポイント2到達。」

 

『了解だ』

 

報告を手早く済ましアサルトライフルの最終チェックをする。

異常がないことは分かっているが気が紛れてちょうどいい。

エレベータの表示に目をやり目標の階への到着のタイミングを予測する。

 

ポーン

 

と気の抜けた音とともに扉が開く。

扶桑と比叡はライフルを構えながら少しづつ前に出る。

 

「ポイント3到達。」

 

『コントロール室からの報告によれば30階から40階にある監視カメラのほとんどが破壊されたようだ気を付けろ。』

 

ここは32階。直接35階に向かうの危険すぎるとの判断で途中で降りた。

 

「了解です。聞いたわね。最新の注意を払って進む。陣形はさっきと同じ。」

 

扶桑と比叡を盾にして前進する。地の利を利用されないように図面は叩き込まされたが相手もそれは予想していたようでいたるところにバリケードが構築されていた。

だが艦娘の前にはあまりにも無意味だった。

バリケードの中に手りゅう弾でも仕込んで安易に破壊できないようにしたとしても、手りゅう弾では艦娘にかすり傷ぐらいなら作れるかもと言った程度にしか効果がない。

 

「ライトクリア」

 

「レフトクリア」

 

順調にフロアが制圧されていることを確認して階段に向かう。

コントロール室の制圧はできたが各階に設置された手動隔離装置で階段は隔壁で閉鎖されていた。ある程度艦娘の攻撃を意識しているのか今度は扶桑が蹴っただけでは破壊できなかったが馬力のある艦娘で同時に蹴り飛ばすと壁の固定の方が破壊された。

階段をゆっくりと登りながら33階に向かう。

厄介なことに警備上の理由で本部ビルは一階ごとに階段の場所が変わる。

今度も隔壁があったがこれも破壊する。今度は隔壁の破壊と同時にフラッシュバンが投げ込まれる。

しかし映画のように視界を数秒奪えるような代物ではなく少し驚かせる程度にしか効果がない。

知らなければ驚くことだが加賀は冷静にフラッシュバンを投げ込んだ人物を投げ込んできた隙間を狙って射撃する。

この反撃は予想外だったようで完全には見えないが隔壁の隙間から血を流してもだえている人物が見える。

隔壁を蹴り飛ばしその人物を確認する。まだ息はあるようだ。

 

「所属は?」

 

「答えると思うか....ゴッ」

 

挑発的なまなざしがゴーグルの奥に見えたと思うと男は口から血を吐いて息絶えた。

急所に一発ですぐに死ぬ。その感覚が加賀にはわからない。

 

「行きましょうか。」

 

そう言って立ち上がりながら頭に一発確実に入れる。

円形に広がるように加賀を取り囲み警戒していた艦娘たちは隊列を元に戻す。

再び戦艦二人に先頭に置き行動を前進する。

だがそれもすぐに止まらざるを得なかった。敵が見えない場所から銃撃を始めたのだ。

それも今までの軽い攻撃ではなくそれなりの威力を持った攻撃だ。

もし弱点となる目にでも当てられたのなら致命傷となることは避けられないだろう。

 

「一度引いて立て直しましょう。」

 

と指示を出し着弾する弾の向きや音を聞き敵の位置を予測する。しかしそれもうまくいかない。

相手はこちらがそうするであろうことを予測して掲示用のボードなどを適切に配置して音の反響を意図的にコントロールしていた。

完全に相手のホームでの戦いだ。

とはいっても加賀も対人戦を想定して訓練を受けている。制圧射撃を繰り返し徐々に前衛の二人を移動させる。

比叡がようやく敵の姿を捉えて発砲する。

だが敵はそれよりも早く比叡に対して発砲、その弾丸は比叡の胸のあたりに着弾して防弾チョッキをいともたやすく貫いた。

しかし、艦娘。それも戦艦級の装甲を抜くことは叶わず、徐々に修正され目のあたりに一発と胸のあたりに二発ほど着弾したようだが比叡が落ち着いて反撃したことで勝敗は一瞬でついた。

 

「どれだけ練度が高いの?」

 

だが加賀はその様子に戦慄して、改めて特殊部隊の脅威を認識した。

だがそれも対策法を知らない艦娘を知識量で殴ることが出来たからだ。

こちらの知らない弱点を狙って攻撃して状況を把握させる間もなく制圧する。そういった戦いをされないために教育された。

 

「大丈夫?」

 

加賀は無表情なまま比叡に容体を聞くと彼女は親指を立て問題ないと言った様子でこちらを見る。

 

「気を付けて。敵はこっちを十分殺し得る。」

 

比叡もさっきの戦いで少し危機を感じ取ったのかそう警告する。

比叡だって回避行動をとったのだ。にもかかわらず敵はあと一秒もあれば確実に比叡の目を打ち抜いていた。

 

『十分脅威は認識できたようだな』

 

そんな会話のすべてを聞いてか聞かずかは知らないが竹野が言う。

 

『奴らは人間だからまあだいい。練度は高いが撃てば死ぬ。だが情報部強制捜査班は艦娘も取り込んでやがる。うちの蒼龍のような輩がいるかもしれない。気を付けろ。』

 

「了解。」

 

 

竹野は謎の不信感を覚えていた。こちらは兵力を隠す気などはなからないのだから敵がこちらの出せる兵力を把握している前提で動いている。

ファーストコンタクトは強制捜査班の艦娘だと思っていた。

小火器程度では負傷すらしない。威力偵察を兼ねてこちらに損害を与えることも出来るだろう。

にもかかわらず敵はすでに数名の特殊部隊員を死なせてしまっている。

戦車に向かって小銃しか持たない兵士を立ち向かわせて後ろに戦車を待機させておくというのは完全な間違いだ。

相手にだって指揮官はいる。一体どういうつもりだ?

 

「ムーン何か情報はないんですか?」

 

「今掴んでいる情報では強制捜査班の動きを完全に把握することはできないな。封鎖は確かに迅速だったが強制捜査班は独立した指揮系統を持っている上に優先通行権を持っている。こちらの監視から逃れるのはそう難しいことではないだろうな。」

 

強制捜査班が逃げたというのか?

二サエルには何か手があるということなのか。

やはり違和感がある。

 

「加賀。わかっていると思うが気を付けろ何かがおかしい。」

 

『了解。』

 

 

竹野からの不安なお告げを受けてから数分、33階にいた数名の伏兵を殲滅し終える。

危ない場面は多々ああったが決定打にかける。

戦闘員一人一人からは明確な殺意が見える。

だが彼らの後ろにいるであろう指揮官の殺意が見えない。

多くの艦娘が気がつくことができない指揮官の殺意だが最低限の指揮をできるように竹野に教育されていた加賀にはその殺意を少しだけ感じとることができた。

だが今回は何も見えてこない。

彼女の経験不足かあるいは....

 

階段を上りまた同じことをする。フロアの構造は少し違うが敵が戦い方を変えることはない。

対処に慣れてきた加賀たちは危なげなくフロアを制圧する。

次のフロアに司令長官がいる。

 

「ポイント5通過。」

 

『少し待機しろ』

 

竹野にも何か思うことがあったのであろう。加賀たちを制止する。

少しして考えを決めたのか竹野は

 

『私が直接出向いて二サエルを拘束する』

 

と言ってきた。

それは作戦全体を司る指揮官がすべきではないことであり、現場の指揮官に対する冒涜だ。

だが加賀はそんな意味のないことを言いはしなかった。

そんなこと竹野が一番わかっている。現場の意向を無視され、数千キロ離れた安全地帯の人間の決定で部下10万を殺された彼にそんなことをいう必要はない。

 

「了解です。三班、準備は?」

 

『問題なしです。』

 

明石が無線の向こうで言う。

それを聞いて加賀はハンドサインで移動を指示する。

エレベーターホールを中心に扇状に展開して竹野の到着を待つ。

またもエレベーターは気の抜けた音で到着を伝える。

 

「なっ!」

 

扉が開き中から出てきた竹野の姿に加賀は絶句した。

血まみれで倒れていたわけでも銃口を頭に突き付けられていたわけでもない。

ただ自然体で拳銃だけを持ち、防弾ベストすら着ずに立っていたのだ。

 

「正気ですか?」

 

「私の出した答えだ。これが最善策だよ。」

 

加賀は必死で言葉の意味を理解しようとする。

 

「司令長官があなたの説得で考え方を改めるとでも?」

 

竹野は笑って

 

「彼がそんなことで動く人間ならここまで苦労させられていないさ。」

 

加賀はセーフティーすら解除されていない竹野の銃と顔を見比べる。

 

「なんだ?」

 

「いえ。殺意もまとわずに敵地に乗り込む、それが正しいことだとは私にはどうしても思えません。何か考えあってのことなのでしょうが私はお勧めできません。」

 

「私は正気だし、これが今私が持っている情報から導ける最善策だ。」

 

「つまり戦術的に間違っているとは理解されているのですね。わかりました。可能な限りの護衛を致します。」

 

加賀は呆れたように少し微笑んで言う。

 

「私の職域ではないことは分かっている。わがままに付き合ってくれ。」

 

「了解です。」




船橋は民間船。艦橋は軍艦。らしいのですが、軍が管理する輸送船は果たしてどう呼ぶべきなのでしょうか?

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