1945年7月16日 アメリカ合衆国ニューメキシコ州アラモゴード砂漠
強力な化け物が産み落とされた。
それは兵器というにはあまりにも強力で、その破裂音は神に対する一方的な独立宣言だと、とらえることもできた。
けれど私には現実が見えている。
この兵器はやがて我が国を苦しめる。
ナチスは倒れ、ジャップももう虫の息だ....だから何だというのだ?
平気な顔で数千万人を殺すスターリンといつまでも仲良くできるとでも?
我々が散々馬鹿にしてきたアジアの国が日本と同じように突然成長を始めたら?
現実とはそんなものだ。いつまでもこの圧倒的な兵器が我が国だけの技術であるはずがない。
KKK?くだらない。人種はアイデンティティではない。
アングロサクソンが生き残りたければほかを滅ぼすしかない。
そうしなければかつてのモンゴルのように同化されてしまうだけだ。
私はグッとこぶしを握りこむ。
「神は死んだ。」
だからどうした。ニーチェよ心配するな。今ここで私たちアメリカ人が自由のために殺したのだ。
必要のない存在は淘汰されるだけ。
神でさえ....
「損害報告は終わりか?」
将校の一人がうんざりした顔で聞く。
だが情報部の報告は終わらない。
「いえ。まだまだあります。口頭で伝えておかなければならないほど重要な損害が....」
村上が到着してからかれこれ三十分以上損害報告を聞かされている。
衛星、早期警戒管制機、情報収集船。
どれも情報優勢という唯一の勝ち筋のために必要な装備品だった。
その多くがほんの数時間で失われた。
稼働機は全てやられ、各地の港湾設備も攻撃をうけアメリカとの貿易ルートも苛烈な攻撃にさらされ防衛部隊が瓦解、おそらく補給はしばらくできないだろう。
「聞くが、どうして高高度で活動している警戒機がやられるんだ?」
そんな疑問を投げかけた士官に横の士官が耳打ちする。
「司令長官が裏切った。聞いてないのか?」
驚いた様子で士官は聞き返す。
「どうしてだ?」
「また村上が余計なことをしたらしい。」
おそらくこちらに聞こえるように言っている噂話を完全に無視して村上は報告を確認し終える。
そして立ち上がる。
「お待ちください!」
情報士官が慌ててこちらを引き留めようとするがそちらには目線もやらず村上は答える。
「現行も、予備も、全部暗号がばれている。今何か手を打っても無駄だ。それよりもやらなきゃならないことがある。」
情報士官は黙り込んだがほかの士官が村上をにらみつけて言う。
「敵に電話でもして、私もすぐに合流しますってか?お前の名声なんかとっくの前にうそだったとばれてるんだよ!調子になるなよ!」
「そうか....。」
村上は何も答えなかった。
なぜならそうやって自分を非難した将校は昔、彼がかばってやった将校だったからだ。
彼はソロモン海の真相を知っている。それでも非難してきたのだ。何を言っても無駄だ。
村上は痛いような視線の主を探すことなく会議室を堂々と出ていく。
会議室の外ではオーマーが申し訳なさそうな顔で立っていた。
「すまない。」
SASでも待機させておいて安心しきっていたのだろう。
あるいは英空軍が出撃していたら少しは状況がましだったかもしれないとでも思っているのだろう。
「私たちでは相手にならなかった。それだけの話です。ムーンは?まさか彼女もグルでこっちを扇動したとでも?まああり得る話ですが....」
聞いてみたがどうやら違うようだ。
オーマーは首を横にふり、明確にそれを否定する。
「盛大に騙された後にこんなことを言っても信じてくれないでしょうが少なくとも私はムーン程度にここまでうまくやられるような人間ではありません。」
「そうですか。なら今彼女はどこに?」
村上は追及はしなかった。いま彼女を責めても無駄だ。何の解決にもならない。
「CIAに報告しているところです。」
「つらつらと人の秘密を暴露しないでもらいたいですね。」
ちょうど噂の人物が現れて文句を言う。
「ムーン。あなたまで裏切ったのかと思って心配しましたよ。」
ムーンは呆れた顔をして
「二サエルが私を仲間に引き込もうとしたことは一度もありません。私はとるに足らない多くの人間と同じなんです。どれだけ背伸びしてもアピールをしても彼が私のことを認めることはありません。」
そう言う。
「そうですか。二サエルの本当の目的についてはお気づきですか?」
ムーンやオーマーの実力に関して少し疑問視し始めていた村上は彼女を試す。
「これですね。」
ムーンはタブレットに表示されている記事を見せる。
反体制的なメディアの書いた記事には『防衛連合軍最高司令官の裏切り』と言う文字が踊っていた。
「報道規制は当然敷かれていたと思うのですが?」
村上は少しも慌てることなくムーンの推理を引き出そうと試みる。
「偽情報を流して戒厳令が敷かれている理由はごまかしていました。にもかかわらずこの速さで情報が漏れた。だとするとこの記事の情報提供者は二サエルだと思われます。」
「どうして彼がそんなことをする必要が?」
「血判を押すことを要求されたからではないでしょうか?」
こういったやつらはなぜこうも訳の分からない言い回しをするのかはさて置いて、やはりムーンも相手が悪かっただけで能力のない人間ではないようだ。
「つまり二サエルは敵にとっても明確な脅威であって、二重スパイとさせないために裏切りを大々的に広報させたということですね。」
「計画を考えて実行したのはニサエルでしょうが、恐らく敵は何かしらの証明を求めていたのでしょうね。」
「BBCだかCNNに報道させるのではなく利用しにくい反体制的なメディアに報道させたとこも含めて計画でしょうね。」
二サエルは暗殺と暴動を利用して村上を利用したのだ。
流石に分かりやすいパンくずを安易に追いかけるような人間ではない村上も結局二サエルにとっては利用できる愚者でしかなかった。
「もしあなたが敵に加わったとき自分が操れる人間なのかどうかの見極めも含めてこうも面倒なやり方をしたんでしょう。」
二サエルの行動にはすべて裏がありその裏面は一つであるとは限らない。
本当に厄介で厄介で仕方がない。
「それでこれからの方針は?」
オーマーがため息を一つついて切り替えた様子で聞く。
「まずは損害確認でしょう。軍事面はさて置いてどれだけの工作員が信用できるのか、どの部隊が裏切っていたのか。私はそれを調べます。あとはこちらのネットワークがどれだけ生きているのかも調べなければいけませんね。」
「次期司令長官の人事への工作もお願いできますか?」
「了解です。誰を任命するようにさせれば?」
「中越中将を指名させてください。」
ムーンは廊下の先から通行人が来ていることを見ると小さく頷いて何事もなかったかのような様子でまとっていた貫禄を消して歩き出す。
通行人はとるに足らない存在に化けたムーンを意識の片隅にも置くこともなくすれ違う。
オーマーは感心した様子で口を開けている。
「では私も。」
それから少しだけ話しをしてオーマーと別れる。
村上は会議室に戻ることはなく通信室に向かい南鳥島鎮守府に連絡をしておく。
「長門か?私だ。」
『そうだ。提督か?』
「ああ。二サエルが逃走した。そっちの部隊は問題ないか?」
『そうか。色々と問題は起きているがまだ戦力を温存しておく余裕ぐらいはある。もともと備蓄は多いほうだったからしばらくは戦えるだろうがこんな補給状況が続くならば厳しくなってくると思う。』
長門の報告は現実的なもので彼女らしいともらしくないとも言えた。
意地というのか、強がりというのか。彼女は厳しいだとか難しいだとか言うことはなかった。
だが今回は違った。他者の命を預かる指揮官となることの意味を理解できたようだ。
「成長したな。」
『どういうことだ?』
長門は本当にわかっていない様子で聞き返してくる。
こういったところは成長していないようだ。
「現状は理解した。おそらくしばらくそっちには戻れない。もしかしたら二度と戻れないかもしれない。」
『逮捕でもされたのか?』
「そうじゃない。もしかしたら南鳥島を放棄することになるかもしれない。」
『ここを放棄するということは』
長門の声から動揺が見て取れる。
南鳥島は本土防衛の重要拠点だ。南鳥島の放棄が本土での戦闘に直結するとまではいわないがそんな重要拠点を捨てざるを得ないということはこちらの劣勢を示すことの他ならない。
「司令部の奴らはまだ何とかなると思っているようだがどうにもならない。戦術と情報の優位で戦ってきたのにそれがなくなった。恐らく今までのやり方では時間稼ぎすらできない。」
『なるほど。撤退の準備を進め進めておけばいいのか?』
「そうしてくれ。また連絡する。今度はもしかすると戦闘用の回線かもしれんが。」
『そうならないように祈ってくれ』
長門は電話越しに少し笑っているようだ。
なにがおかしいのやら。
「じゃあな。」
そう言って電話を切る。
村上は通信室を出てそのまま防衛連合軍本部ビルを出る。
タクシーを止めて永田町まで走らせる。
運転手は何度か二サエルの裏切りが真実かどうか聞いてきたが
「それを知れる立場にないから困惑している。」
と答えておいた。
もし仮に身分がばれそうになったとしても今回は村上の名前で半ばクーデターのような作戦を実行しているため、いざとなったら騒動を聞きつけて急いで九十九里浜から駆け付けた竹野という別人を名乗ればごまかせる。
首相官邸前に止めろとでも言えば面倒なことになりそうなため桜田門あたりで下車してそこからは歩いて向かう。
タクシーが走り去ったことを確認してから上着を脱いでかばんに押し込む。
あんな報道がされた直後に防衛連合軍の軍服で永田町を歩けばたちまち報道陣に取り囲まれる。
すでに若干視線を集めてしまったが仕方ない。
足早にそこを離れて首相官邸に向かう。
現内閣でそれなりにかかわりがあるのは法務大臣の先生だけだ。
アポなしで直撃しても追い返されることは目に見えているが、本人と出会えたなら一時間ぐらいはこちらに時間をよこしてくれるだろう。その程度の借りはあるはずだ。
腕時計を見ながら永田町の周りを歩き回り時間をつぶす。
「お久しぶりです。」
予想通り老婆は姿を現した。
「あなたは?」
SPが警戒した様子でこちらを見る。いつもの散歩コースでいつもと違うことが起きているのだから警戒しなければおかしいのではあるのだが。
「元防衛省の村上です。」
「あぁ。あなたね。そう。村上。そんな人いたかしら。」
露骨に嫌そうな顔をして白を切る。
SPは余計なことに口を出さず何も言わずに警戒を緩める。
いちいち政治家のくだらない人間関係に深入りしたくないということだろう。
「少しよろしいですか?」
「2時間後に閣議が始まるのでそれまでなら問題ありませんよ。」
いやそうな顔はしているがそれだけでわざわざ接触してきた人間を追い返すような人物ではないことはわかっていた。
「それで?」
官邸の一室に通されSPが退室したことを確認してから大臣は話を切り出す。
「次のサミットに私を同席させてはいただけませんか?」
「G20に、もう政府関係者ではない人間を出席させろと?無理だということはあなたが一番知っていると思いますが?」
大臣はこちらの目的を探ろうとしているが、村上はもう一議員程度に考えを読まれるような人間ではなかった。
「そちらの長官が裏切ったことに関係する何かですか?」
「知っているなら話が早いものです。一刻も早くアメリカの諜報関係の責任者と会合を行いたいのですが何かしらのつてなどはございませんか?」
「つてなんて言われてもこっちが持ってるのは外交チャンネルだけですよ。」
「そう言えばお孫さん結婚するらしいですね。国際結婚。いいですよね。」
大臣はギョッとして動揺を隠せない。
このタイミングでそんな話を持ち出してくるということは裏でどんな話が進んだのか知っているということだ。
「こういう時代です。政略結婚なんてものが起きても仕方ないでしょう。」
「責めようってわけじゃありません。その結婚で作った人脈を使ってほしいという話です。」
「私に接触してきたのはそれが目的ですか?」
大臣は抵抗することをあきらめて緊張を解き聞いてくる。
「コネだけで見るなら外務大臣の力が一番借りたいものです。ですが私が接触しても相手にされないでしょう。それに信頼に足る人間ではないかもしれません。」
「変わったのですね。青臭い考え方が抜けたようで。」
「今の私なら権力闘争に勝利できるでしょうか?!
大臣は笑って
「勝利ですか。なんだか貴方らしくない。いつだって中途半端にライバルを追い込んで最後には手を差し伸べていた青年はもういないのですね。」
と少し悲しそうな顔をする。
「昔の私のほうが好きでしたか?」
「そうかもしれませんね。今のあなたは何かが抜け落ちたようで不気味です。」
「十年もあれば人は変わります。」
村上はそう冷たく返す。
大臣はよく知った素直で愚直男はそこにはいないことを悟った。
自分がそうなると予測していた人間の人格が想定と違うものだったことに対する不快感なのか、それとも権力を維持するためにあえて目を背けていた裏世界から想定外の使者が来たことに対する不快感なのか。
その不快感に対処することはない。自分はそうして権益をこれからも守っていくのだろう。
「CIA日本支部の責任者との会合をセッティングしましょう。」
「感謝します。サミットの件もお願いします。それまでにすべてに処理を終わらせておきます。」
「サミットに乗り込むのも変更なしですか?」
「ええ。もっともサミットでするのは事後承認程度ですがね。」
「同意が得られるとでも?」
「日本とアメリカ、カナダ以外はもう名ばかりの大国です。この三国には先に話を回しておきますよ。」
一礼をして村上は部屋を出ていく。
その背中を見送りながら静かに目を閉じる。
「一体何をたくらんでいるのやら。」
すこし加筆しました。
それなりに重要な部分の加筆だったので報告しておきます。