堕ちた提督   作:Yasoshima kakeru

45 / 62
上澄みの悪と、泥だらけの正義

村上が恐れていたことがついに起きた。

各地で戦線が次々に崩壊したのだ。

陸戦のように明確な戦線ではないがぼんやりとした勢力域というものは海にもある。

それが次々に失われた。

理由は明白だった。

情報不足と戦闘支援システムの不具合だ。

高度な支援システムは軒並み使い物にならなくなり戦闘能力はさがり、通信はすべて傍受されこちらの動きは筒抜け。

一方で衛星や哨戒機は使い物にならなくなり敵の動きはさっぱりわからない。

支援システムの不具合も何かしらバックドアが仕掛けられていたと考えていいだろう。

物量と純粋な戦闘能力で艦娘を遥かに凌駕している深海棲艦にあろうことか人間の指揮官がついてしまったのだ。

艦娘と人間のように深海棲艦と会話して戦闘計画を立てて作戦を実行しているのか何かしらの方法で深海棲艦を誘導しているだけなのかはわからない。

だが間違いなくこれまでのようにはうまくいかない。

明らかに戦力が不足している。

 

 

第二回緊急作戦会議

 

「それでは配布資料の四ページをご覧ください。概算での戦力差です。」

 

「艦娘三千八百万体、深海棲艦約二億七千万だと?勝てるわけがないだろう?」

 

数字のインパクトも強いが何よりも、こちら側の新兵の割合が高すぎる。

 

「直近で熟練兵が失われたのはどこです?」

 

「大スンダ列島での撤退戦で指揮官を失った部隊が今回の侵攻に対処したようで....」

 

「まさか指揮官なしで今までとは違う敵と戦闘させたのか?」

 

情報将校は黙り込む。

 

「そう責めるな。君ほど優秀な人間には理解できないのかもしれない。だがそういう時もある。責めたってどうにもならない。起きてしまったことは仕方ないのだよ。」

 

そう言って村上との間に割って入ったのは防衛連合海軍元帥ポーク・ラッセルだった。

二サエルに失脚させられた前元帥の忠犬だったが失脚後は元元帥の残した派閥などを切り売りして人事に干渉、権力の座に返り咲いた。

しかし二サエルが対処していないということはその程度の人間だ。

能力は決して高くない。

それに、さっきの発言一つでどうして権力の座にいられるのかわかった。

こいつは身内で傷を舐めあって聞こえのいいことを言って権力を維持している。

改めて手を打っておいてよかった。もし仮にこんな奴が司令長官になったのなら大変なことになる。

 

「竹野提督でしたっけ?あなたの言いたいこともわからなくはありません。そこで私から提案です。この場で司令長官を決めて非常時にリーダーシップを発揮する人間を決めませんか?このままいけばニサエル前司令長官の任命した中越中将が司令長官として指名されます。ですか裏切り者が選んだ次期司令長官は信用できません。」

 

「待ったくださいラッセル元帥。二サエルは狡猾な男です。あえて優秀な人間を司令長官の席につかせないための策であることは十分に考えられます。」

 

ラッセルは待っていたというような不快な笑みを浮かべて答える。

 

「狡猾?あなたがうまくしてやられただけじゃありませんか。上司に何も報告せずに行動して最悪な結果を招いておいてよく言いますね。私はあなたのしりぬぐいをしてあげるといっているのですよ。村上少将。あっ!違いましたね。竹野提督。」

 

やられた。あまりに対処すべき事案が多過ぎて小物の相手を後回しにしたことが災いした。

比較的戦線が安定している時なら司令長官を任命後すぐに失脚させても問題ないが、首脳部の混乱は今は絶対に避けるべき事態だ。

この会議に集まっている人間で中越に票を投じる可能性のある人間を計算する。

結果はわかり切ったことだがとても相手にならない。

近海警備群司令となってからもしばらくは苦労したらしい。

4年前第一艦隊司令であったことがいまだに足を引っ張っているのだ。

 

「私は異論ありません。信用されていないのに要職を与えられても困るだけです。」

 

中越も状況が悪いことを理解している様子で、最低限裏切り者ではないと印象をつけるため仕方なくこの提案を受けるしかなかった。

 

「では決議を取りましょう。」

 

結果は言うまでもない。全会一致でラッセルが任命された。

村上もここで余計な抵抗をする無駄さをよく理解していた。

 

会議は踊るされど進まず

 

そんな言葉がお似合いな無駄な時間だった。

具体的な話は何も進まずにラッセルが激励の言葉をかけるだけ。

敵が本格的に行動を開始する前にいろいろと手を打たないと本当にまずいことになる。

 

 

「ため息ばっかついてるともっと疲れるよ」

 

ホテルの一室で報告書に囲まれて頭を抱えていると飛龍がそう話しかけてきた。

 

「いろいろとあるんだよ。」

 

「肩でも揉もうか?」

 

「艦娘の握力でもまれると人間の骨は容易く折れるんだぞ知ってたか?」

 

飛龍はあきれた顔で

 

「加減ぐらいできる。私のこと何だと思ってるの?」

 

「一度腹部にきついの打ち込んできた女。」

 

「事実だからといっても傷つく人もいるんだよ。」

 

あなたはその傷がつかないほうの人間では。

出そうになったそんな言葉を咀嚼して飲み込む。

 

「君も疲れてるだろ。自室に戻れ。」

 

「ここ数日トレーニングしかしてない。知ってるでしょ?その程度でつかれるほどみんなやわじゃない。」

 

本土に連れてきた艦娘の大半は九十九里浜に送りほんの一部の練度の高い艦娘を手元に残していた。

全員が高い技量を持った艦娘だ。ここで遊ばしておくにはもったいない。

 

「そうだな。でも私もこの程度でつかれるほどやわじゃない。いいから戻れ。」

 

そう飛龍を諭すが彼女は聞かない。

 

「心配なの。提督は自分が思っているよりもずっと弱い人だから。」

 

「....」

 

一度泣き顔を見られたのがまずかった。

 

「大穴に向かって愚痴を叫ぶよりは私に話してくれたほうが気が楽になると思う。それに私は単純で馬鹿だし、提督を騙して利用したりできない。」

 

少し前の自分なら飛龍に少し心の内を明かしていたかもしれない。だが今となってはそれは無理な話だ。

 

「本当に大丈夫だ。」

 

普通の声色でしゃべろうと懸命に挑んで出た言葉は弱々しかった。

 

「全然大丈夫じゃないじゃん。」

 

「出ていってくれ。」

 

「いやだといったら?」

 

飛龍は引き下がらない。

 

「命令するまでだ。自室にて待機せよと。」

 

飛龍は不機嫌な顔をする。

 

「それは命令とは言えない。感情を根拠にした従う価値もない命令。」

 

飛龍を少し賢くしすぎたようだ。

 

「感情的になっていると?」

 

「怒りに任せて命令を下すのも、絶望して無気力に命令を下すのも一緒。提督の言う指揮官としての心構えにかけてる。」

 

うまい返しだ。

こう言われては指揮官として誠意を見せなければならなくなる。

 

「本当にたくましくなったな。」

 

暴力ではなく口で抵抗の意思を示すようになったが、本質は変わっていない。

彼女ならきっと....

 

「なら」

 

「いずれ私が何をしたかわかると思う。でも今はまだその時じゃない。でも安心してくれ。私は人類も艦娘も裏切るつもりはない。」

 

飛龍は悲しそうな顔をするが仕方ないことだ。たとえ教えられないような事実があっても誠意を見せることは不可能じゃない。

 

「今はそれで満足しとく。信じてるからね。もう裏切らないでね。」

 

「わかってる。」

 

飛龍の顔には不安が色濃く出ていたがそれをぬぐうことはできない。

継続的な痛みも心を成長させる。飛龍にはもっと強くなってもらわなくては困る。

 

部屋を出ていく飛龍を見送ってまた資料に目を戻す。

そして携帯電話を取り、ある人物に電話をかける。

 

「初めまして。」

 

『この番号にかけてくるとは何者だ?』

 

声の主は怪訝な声で明確な不快感を示す。

 

「私は元国連軍少将の村上と申します。今は竹野という名前で防衛連合軍に所属しています。」

 

『なるほど。蒼龍の紹介だな?』

 

「そう言う事です。」

 

電話の相手は蒼龍が利用している高級官僚だった。

艦娘を娼婦として売買し、人脈と富を築いた根っからのクズだが本人は艦娘に手を出すどころか客観的に見て美形である艦娘の容姿に関心も示さないことからただの汚い男と侮ることはできない。

 

『私を利用するのは高いぞ。』

 

「何をご所望ですか?」

 

『防衛連合軍の提督職に就いている人間に私が求めるものなど艦娘しかないだろう?そうだな。ちょうどこの前ある客が比叡を完全に壊してしまってね。金剛型四体で手を打とう。』

 

「私は蒼龍の紹介で来ました。彼女と同じやり方であなたを利用させてもらいます。」

 

『つまり艦娘擁護派の急先鋒である君が私のやっている汚い商売を黙認すると?』

 

「いつの話です?私は自らの武勲のために艦娘10万を無意味に殺した男ですよ?」

 

『馬鹿にしないでくれ。ソロモン海で何が起きたのかぐらい知っている。』

 

こいつはどこまで知っているのだろうか?

 

『甘ったれた理想を捨てきれずにモンゴルに逃げ、帰ってくるなり大騒動。まったく若いとは恐ろしいね。』

 

村上は若さからはすでに数歩離れているのだが否定はしない。皮肉を言っている相手に大真面目な返答をしてもさらに馬鹿にされるだけだ。

 

「私がいま対峙している敵は自分の理念や理想を守りながら戦える相手ではなかった。ただそれだけです。」

 

『そうか。必要なら悪魔とでも取引すると。では要件を伺おう。』

 

男に要件を話してしばらく、電話の向こうは静かだった。

やれば彼の身に危険が及ぶことが容易に予測できる案件だった。

その為できる出来ないの判断以上に結論が難しい。

 

『できるならばやりたくない。脅されているから仕方なしにやるべき案件でもない。』

 

「ならどうする?やられる前にやるか?」

 

暴露された側が暴露した側の暴露を後出しでしても全く相手にされない。

人脈で遥かに劣る村上ではこの男を封殺することはできない。

 

『いや。この案件受けさせてもらおう。』

 

「もう少し手間取るかと思ったのですが。」

 

『私が拒否したらどうするつもりだった?」

 

「その豪華なイタリア料理ごと吹っ飛んでもらうだけです。ガス爆発とでも適当に理由を付ければいいでしょう。」

 

男は電話口で愉快そうに笑う。

 

『すべて監視していると?』

 

「もっとも、あなたは監視に気づいたうえで協力的に演じておられるようですけど。」

 

『それはどうだろうな?』

 

「こちらが取れる手段は非常に少ない。だからあなたを始末する以外に打つ手がない場合もあることを覚えておいてください。」

 

こんな脅しで男の動きを抑制できるとは思わない。

おそらく隙を見せれば死ぬのはこちらだ。

 

『少し勘違いしていたようだ。』

 

「....?」

 

『君は正義を妄信して私を傲慢で最低な権力者だと決めつけるような人間ではなかったのだ。』

 

「最低な権力者だとは思っていますよ?」

 

『だが私がとって食えるような人間だと勘違いしてはいない。君は素直な偽善者よりも厄介な、卑怯な善人だということだ。』

 

「独特な響きですが不思議と違和感はありませんね。」

 

『私が約束を守る人間には見えないだろうがに私だって良心はある。たまには善行をして自己満足に浸らないと精神の均衡を保てない。今回の件はある程度信用してもらって構わない。』

 

そう言われても信用などできない。それでも何もないよりはましだろう。

 

「信じられませんね。期待はせずに連絡待ってますよ。」

 

村上は電話を置きため息をつく。

 

「私は飛龍のように優しい言葉で励ましはしませんよ。」

 

「あんな化け物相手にしてよく疲れないな。」

 

蒼龍にそう嘆く

 

「あの程度ではつかれていられませんよ。工作員に休息できる時間があると思いますか?」

 

「ないな。家族、愛人、自分の子供すらも敵と見なして生きることはどれほど苦痛なんだろうな。君にとって私は敵なのか?」

 

「どうなんでしょうか。あなたが二サエルの元へ走ったりすればあなたと私は最悪の最後を迎えることになります。私は誰の指示を受けているわけではありません。」

 

蒼龍はあり得ないことといった口調で村上にそう言ったが、彼は少しも笑うことなく

 

「その時はここを撃って私の息の根を確実に止めてください。」

 

と言って自分のこめかみを叩く。

 

「そうならないことを祈ってます。」

 

蒼龍には今はそうとしか返せなかった。




最近感想が増えて嬉しい限りです!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。