第六回緊急作戦会議
会議の空気が変わったことにすべての士官は気付かざるを得なかった。
今まで存在感を消していた竹野から殺気があふれ、肩の階級章は彼が竹野などというふざけた身分を処分したことを示していた。
「竹野提督は責任に耐え兼ねて軍を辞めた。代わりに....紹介する必要はないと思いますが、村上傑少将がこの会議には参加します。」
ラッセルがそう発言して席につくと会議が始まる。
言いたいことは山ほどあるだろう。ヨーロッパではある程度騙せたがここは違う。
四年前、ソロモン海で敗北するまでこの会議室にいる幾人かは彼の部下だったのだから。
「いろいろと言いたいことはあるだろうが私からいうことは何もありません。挨拶もそこそこに今は対策を考えることが優先です。」
村上の茶番を見て士官たちはこの会議を支配する人間が誰から誰に移ったのかもう聞くまでもなくわかった。
「それで、村上少将あなたの考えは?」
士官の一人が聞くと村上は山本に目で合図を送り資料を配らせる。
「どういうつもりだ?」
案の定最初に口を開いたのは中越だった。
「どういうつもりも何もそうしなければ軍が壊滅する。必要な犠牲だ。」
「十億人もの人々を見捨てるのが作戦だというのか?」
「少なくとも死守命令を発動して軍を壊滅させるよりはましな戦略です。」
村上の提案は恐ろしいものだった。
オセアニア、インドネシア、アフリカ、スカンディナヴィア半島、ブリテン島、南アメリカ大陸沿岸部からの完全撤退。
それも軍を引き抜くだけで、住民の避難プランがない計画だった。
「戦略的に必要のない土地の放棄は仕方ないことです。」
村上の声からは何も感じ取れなかった。
まるでそこで死んでいく命につゆほどの関心もない様子だった。
「君の興味は土地と資源だけか。よく分かった。議論の余地もない。」
中越は椅子に深く腰をかけ目を瞑って無言のまま存在感を放つ。
「あなたはもう少し賢明な人間だと思っていました。代案もないのに一丁前な道義心と理想論だけは持ち合わせている。俗に言う老害というやつですか?」
中越は安い挑発に乗りはしなかった。沈黙を貫き、断固として意見を変えない姿勢を見せる。
「村上少将。ではこれでどうでしょう。避難する時間を稼いで、順次撤退していくのです。」
士官の一人が中途半端な代案を出してくる。
「愚策です。十億の人間をどこに、どうやって、避難させるんです?」
二サエルが裏切ってから仮に半年敵が動かなくても十億の人間を避難させることなどできはしない。
もし仮にできるのであれば村上はもっと早くこの会議でそれを提案していた。
村上の中で十億の犠牲を出すことは決定事項でありその提案をするのはどのタイミングでも良かった。
「それは....」
村上はあきれたような顔をして士官にさらに詰め寄る。
「仮に避難ができたとしましょう。無防備な市民を乗せた船を守りながら危険海域を抜けるために私たちが払う損失がどれだけあると思います。兵力が減れば守れる土地も減る。私がさっき上げた地域以外からの撤退もしなければならない。そしてその作戦でまた兵力を失い、やがては軍は壊滅する。死守命令をして時間を稼ぐのは交渉のため。相手が交渉に応じない勢力であるならばそんな命令ただの自己満足だよ。」
実際は交渉は不可能とまでは言えない。
しかし、交渉できたとしても二サエルが仲間に入り圧倒的に優勢であると容易に予測できるこの状態で一体何を交渉材料にするのか?
こちらで人を殺処分するから士官だけは許してくれとでも言えば交渉してくれるかもしれない。
そんなことをしても敵にはこちらを生かしておく必要性などないから契約は履行されないだろう。
「一つ話をしましょう。勇敢なカウボーイの話です。カウボーイは人の亜種とみられる原住民を殺しつくしました。そうして強大な国家を作り上げた。カウボーイはその国の国民たちから英雄と呼ばれた。死んでいった原住民人の亜種はカウボーイの物語の舞台装置でしかない。人間とは自分以外の犠牲なら美談や、ひどい時なら差別と軽蔑の対象にする。死んで当然の民族だとね。家族を殺されたと大騒ぎする人間もまとめて殺してしまえば声など上がらない。確かに一時的には信用を失うでしょうが、どうせ半年も経たずにみんな忘れる。涙を流しながらニサエルを批判して各国の連携を呼びかければなおいい。」
「狂ってる。そんなの狂気だ!本国に報告させてもらう。」
「批判なんてこの会議に必要ない。この会議内容を外部に漏らすようなら破滅してもらうだけだ。」
声を挙げた士官に村上は自分の携帯電話を見せる。
そこにはその士官が艦娘を強姦している動画が表示されていた。
「こんなものどこで....」
士官は動揺する。
村上はあの官僚の行動を抑制するため、定期的に彼に仕事を与えていた。
ほんの数分で彼はこの動画を入手して見せた。仲間内で動画を回したりしていたようだ。
艦娘自体を回したりもしていたようだがいちいち構っていてはきりがない。
規律を厳格化すれば裏でこういうコミュニティーが出来上がるのは普通のことだ。
「もう騙されるのはこりごりなのでね。信頼なんかより鎖で拘束したほうが手っ取り早いと思いましてね。」
「村上少将少なくとも昔のあなたはそんな人間ではなかったはずです。」
別の士官が今度は困惑交じりに聞いてくる。
彼は昔の部下だ。熱い男でありながら、柔軟で優秀だった。
「君は弱みに心当たりがないからそんなことを聞くのだろうが無駄だよ。本人に弱みがなくとも結局厄介な人間関係は付きまとう。少し話は変わりますが妹さんは元気ですか?最近は敵のインフラ破壊も激化しています。内陸部のデンバーといえども送電網の破壊を心配しなければいけない。不安だろう。心中お察しするよ。」
困惑は怒りに変わり、やがて絶望となる。ここで何かを言えば入院している妹が殺される。
村上の言葉の裏に何があるのか誰にでもわかった。自分の知っていた上官は変わり果て、絶望的に高い壁となって自らの前に立っている。
彼の能力は知っている。四年前と関係性は何も変わらない。なら従えばいいじゃないか。それしかないじゃないか。部下と上司、昔と何も変わらない。同じはずなのにどうしてこんなに悲しいのか。どうしてこんなにつらいのか。
「そうですね。余計な感情論でした....。」
誰も村上に口出しはできず会議は形骸化して機能不全に陥った。
しかし、村上一人の力ですべてを処理することなど到底不可能だった。
何とか威厳を保っているがニサエルのような化け物には決してなれない。速やかな士官の成熟を祈るかここにいる士官を更迭するしかない。
中越がうまくやってくれることに期待しておこう。
「現場には配置転換のための部隊移動だと言ってごまかしてください。下手な正義感に振り回されたくはない。」
村上は無慈悲にそう告げてまたしても最初に会議室を出ていく。
中越はほんの少しだけ心配そうな顔で村上を見送りようやく沈黙を解く。
「私が一番衝撃を受けているよ。人は変わるがそれが原因で能力が落ちることはない。私では彼に反論できなかった。きっと彼の言い分は正しいのだよ。多数を救うために少数を見捨てるしかないときもある。今回は種を救うために民族を見捨てる。スケールが少し、いやかなり大きくなっただけだ。そう割り切るしかない。村上の判断を否定できない以上私たちは最善を尽くすしかない。」
「ですが!」
中越は首を振って
「躊躇して悩んでいる暇はない。敵には村上よりも慈悲がない。みんな死ぬか他人の血が全身にこべりついたままそれでも生きるかだ。」
中越はうまく士官たちをなだめる。
しかし、それもそう長くは続かないだろう。きっと村上は無慈悲な決断をこれから何度もするだろう。
そのたびに脅迫して協力を取り付けていれば、やがて手痛いしっぺ返しを食らうだろう。
二サエルの改革では防衛連合軍の膿を全て出すことはできなかった。膿を出しきるには出血を伴う治療が必要だ。
本当にさよならだ村上。
そう頭の中でつぶやいて中越は村上の支配を打破するための策を巡らせ始めた。
「どういうこと?本当に何があったの?」
会議室を出た村上は飛龍に詰め寄られる。
「聞いてたのか?」
「答えて!」
飛龍の語気が強くなるのを見ても村上は無反応だった。
「飛龍大尉、君に辞令が出たのを忘れていた。」
そう言って村上は書類を渡す。
「どういうつもり?」
「異動なんてよくあることだ。君の能力が認められて本土の部隊へ異動になった。それ以外にはいかなる理由も存在しない。」
「本音を言って!」
「本音?粘着質な元部下に絡まれて面倒に思っている。」
村上のあまりにも酷い回答を聞いても飛龍は落ち着いて質問を返す。
「提督のやり方には口を出さない。けど私にぐらい本当のことを教えて。何を隠して、何のためにそこまで傷つこうとしてるの?」
飛龍は本当に成長した。
「邪魔だ、どけ。」
しかし、どれだけ冷静で核心をついた質問でも相手がまともに取り合わなければ意味などない。
「どくわけないじゃん。」
飛龍は通路に立ちふさがるがそれなりの広さがある通路を一人でふさぐことはできなかった。
飛龍を押しのけ通路を進むと彼女は何も言わずについてきた。
「答えるまで離れない。」
彼女は宣言通り一日中つきまといしまいにはホテルの部屋にまで上がり込んできた。
「そろそろ答えてくれてもいいんじゃない?」
「君は私が変わってしまったことを認めたくないだけだ。あそこまで二サエルに馬鹿にされれば性格の一つや二つ簡単に変わる。どうしてくだらない仁義や正義を守っていたのか今となっては不思議でしかない。すべてが馬鹿らしい。」
飛龍は少しだけ返答に困った様子だったがそれでもまだこちらを信用している目をして聞いてくる。
「ならどうして軍をまたやめないの?どうしてここに残るの?」
「どうせ軍をやめたところでこの空虚な心は埋められない。」
村上はもう出ていってくれと祈った。だが飛龍はまだこちらを信用した目でそこに立っていた。
「嘘だってわかるに決まってるじゃん。本音をいうまで帰らない。」
その言葉は飛龍にとってある種の願望のようなものだったのだろう。
「ならこの空虚な心を埋めるため多少役立ってもらおうかな。」
村上のその言葉を聞いて飛龍の顔がパット明るくなる。
しかし数秒もせずにその顔は絶望に包まれた。
「出会った時から思っていたんだ。こんなわがままな艦娘を犯すことほど楽しいことはないとな。顔も体つきも、申し分ない。だが艦娘は皆従順すぎて犯しても何も楽しくない。君のような艦娘はその点最高だ。」
村上は軍服の上着を脱ぎ飛龍の顎をなぞり。いやな目つきで飛龍の体を執拗に見回す。
顎をなぞっていた手を首、肩、胸へとおろしていき彼女の胸を揉む。
「なかなかいいものを持ってるな。」
村上のそんな言葉に飛龍は答えられなかった。
恐怖で体が固まる中で弱い力で村上を押し返すが彼は動きを止めることはなかった。
「出会ったときはもっと暴れたのにここでしおらしくなられてもつまらないだけだよ。せっかくこんなのも用意したのに。」
村上は飛龍の前で小さな瓶を振る。
それが艦娘用の睡眠薬であることはすぐに分かった。
「まあいいさ。趣味じゃないが多少の慰めにはなる。」
村上は飛龍の胸をぎゅっと握りつぶすように揉んだかと思うと彼女をベッドに押し倒した。
覆いかぶさると無抵抗な飛龍の唇を奪い着物をはだけさせる。
飛龍は涙目になって目でやめるように懇願するがもちろん、村上にはやめるつもりなど一切なかった。
「提督....やめて....。」
消え入るような声で懇願しても無駄だ。
「いいねぇ。だけどもうちょっと強く抵抗するといいんだけどなぁ。それに、色気のない下着だな。」
袴の下から飛龍の下着を引っぺがしてそれを眺める。
「睡眠薬で眠らされてからするかこのままするかどっちがいい?」
村上は飛龍に最悪な質問を飛ばす。
そうして自分は立ち上がり上裸になる。
視線を飛龍のほうに向けると急速に近づいてくる何かが見えた。
その何かは村上の顔に衝撃とダメージを与えたが思ったよりも衝撃は小さかった。
「最っ低!」
飛龍はそう吐き捨てると村上から下着を奪い返して部屋から大急ぎで逃げ出す。
村上はそんな飛龍を見送りながら口内の出血点を探っていた。
「ビンタにしては強力だったな。」
村上は苦笑いしてベットに腰掛ける。ベッドにはまだ飛龍の体温が残っていた。
恐らくこれが人の温かさに物理的にも精神的にも触れるのは最後だろう。
いやな最後だ。
「百両役者ですね。」
蒼龍がまたしてもどことなく現れてそう茶化す。
「ひどいな。渾身の演技だったのに。」
村上の返事は弱々しかった。
「思ってたよりもきついな。」
「それは飛龍だってそうだと思いますよ。信用していた人間に突然襲われたら復帰できない心の傷を負うことだってある。心の強さなんて誰にもわからないんですよ。」
蒼龍の言うこともよくわかっている。
だからこそ必死に感情を押し殺すしかなかった。村上には悲しむ資格なんどないのだから。
「これでもう後には退けなくなった。後は別々の道を行くだけだ。きっと飛龍なら私の期待に応えてくれる。」
村上の目にほんの一瞬狂気が映り、消えていく。
どうして死人を見ているかのような気分になるのか、蒼龍にはわからなかった。
登場人物の大半が感情を頭でしか理解してないやべー奴だと最近気がついた。