ヴィクトリアスはアークロイヤルと共に川を南下して運河にたどり着いた。運河の入り口には国連軍の戦車とイギリス陸軍の戦車が並んでいた。
「イギリス陸軍第2機械化師団のナセルだ。そちらの指揮官は?」
「指揮官は死亡した。現在は私が指揮をとっている。」
アークロイヤルはそう答える。
「直接会うのは初めてだな。パージルだ。」
ナセルの隣に立っていた少し小柄な男が口を開き軽く挨拶をする。
「君たちが橋を落としてくれたおかげで敵は一時的に侵攻を停止した。だが恐らくすぐにまた動き出すだろう。我々には部隊を再編する時間もなければ防衛戦を構築すること時間もない。何としてでもテンプル・ミーズ駅とバス・ロードを守る。」
ナセルが状況整理と、作戦を伝える。
「バースは安全なのか?」
パージルの質問にナセル歯切れが悪そうに答える。
「正直に言えばわからない。でも今できるのは安全だと信じるしかない。」
戦いが始まった最初のころは通信が出来ていたが今はもう通信網破壊が済んだのか、信じたくないがすべての受信局がもう存在していない可能性もある。
「了解した。地上戦は飛行隊で支援する。すでに私たちの損耗率は25%を超えています。全滅だと数値上判断されても戦闘は続けるしかありませんが、これ以上の損害が出れば飛行隊の発着艦に問題が生じます。空母は護衛艦がいなければただの的です。」
「わかりました。我々も万全とは言えませんが、半日ぐらい稼いでやりますよ。」
パージルはそう言うがヴィクトリアスは艦載機からの報告でパージルの師団が壊滅的被害を受けていたことを知っていた。ただでさえ数が少なく火力が出ないのに数万単位の損害無視の波状攻撃を繰り返し受け耐えられるはずなどなかった。
「前線は私達が張ります。まだこっちには最新の戦車が360両あります。」
ナセルは力強くそう言ったがたかだか360両で何ができるというのか?
ヴィクトリアスもパージルも恐らく気が付いていたであろうがその指摘はしなかった。指摘してどうにかなる問題ではなかったからだ。
最後まで戦うことを誓って三人の責任者は握手をする。
そうして別れて準備に取り掛かる。
「Ark。どうする?」
「捌ける間は運河の上で戦闘して、捌けなくなれば運河の水門を破壊して貯水を放出する。」
接岸されている船は水位が下がれば着底して横転するだろう。そうなれば運河で好き勝手に動きまわるのは難しくなるだろう。
「水位が下がった後停泊している船を片っ端から破壊して重油をばらまけ。この運河を火の海にしてやる。私たちが目立てば目立つほど敵は集まってくる。そこで一気に焼き払う。」
「なら敵のヘイトをわざわざ買ってやるんだな。任せておけ。目立つことは得意だ。」
ネルソンが胸を叩く。確かに何もしていなくても目立つ彼女だがそう言う事ではない。
戦果を挙げて敵の脅威となる必要があるのだ。
「第189装甲師団の防衛ラインが崩壊。敵は橋の残骸を陸上から迂回してこちらに接近中です。」
シェフィールドの警告を受けてヴィクトリアスは速やかに残りの直掩を全て射出する。
艦載機の補充だけはなんとかできたため艦戦は十分にあった。万全とはいえないが、空母としては文句なしに戦えそうだ。
「こちらの戦闘機はまとめても300に満たないのに相手は戦闘機だけで10000は軽く超えているな。」
アークロイヤルは愉快そうに言う。
攻撃機も合わせれば敵航空部隊は30000は超えているだろう。そのすべてがこちらに向かって来る。
「対空戦闘用意!」
可能な限りの対空砲の角度を調整して射撃を開始する。過剰すぎる量の敵機は回避行動を満足に取れない様で、味方との事故や、対空砲弾で面白い程落ちていく。
その攻撃をしのいでも戦闘機部隊が運動エネルギーを失った無防備な敵機を一撃離脱で排除していく。
連携不足の敵に対してブリストル鎮守府の面々はもう何度も死線を潜り抜けた仲間だった。
互いをよく知り合っている部隊と、新兵を寄せ集めた部隊では戦闘力に圧倒的な差がある。
「敵機11時方向、仰角33°。対空砲弾、Fire!まずい!敵機直上!」
ネルソンがお騒ぎするがヴィクトリアスは冷静に敵を排除する。
「撃墜した。Atlanta、秋月!弾幕をもっとも張って!」
「こっちだって!つッ!やってんの!」
敵の圧倒的な物量に早くも優勢が揺らいできた。
艦戦の損害は少なかったが補給できなかった対空砲や主砲の弾薬が不足し始めていた。
「ふっぐっ!まだ、まだ戦ってやる!」
摩耶に爆撃が直撃してさらに弾幕は薄くなっていく。摩耶の艤装は火と煙を出しながら彼女の体力を奪っていく。
「1時方向敵急降下爆撃!」
「ふっざけるな!見えねぇんだよ!」
摩耶は煙で視界をふさがれているにも関わらず、統制された一斉射撃で敵の爆撃隊を薙ぎ払う。
しかし全滅には追い込むことはできずに爆撃機は攻撃の最終段階に入り急降下して加速していく。
「摩耶!敵機直上!」
シェフィールドの警告は遅すぎた。
最初から目標は決まっていたのだ。弱った敵を倒し頭数を減らす。
「ガァッ!!!深海棲艦のくせに...小癪なことしやがって。」
「9時方向、雷撃隊多数。2,6時方向からも来てるぞ。雷撃コースを弾幕でふさげ!摩耶は回避だ!」
アークロイヤルの指示が飛んだがもう誰も対処などできなかった。
「避けられるかよ...ちきしょー。」
先ほどの爆撃で機関も舵もやられた摩耶に回避のすべなどなかった。
彼女の足元に大きな水柱が上がり、摩耶は大きく傾いた。
「どうせみんなすぐに来るだろ?ちょろい人生、いや艦生だったなぁ。」
摩耶は力なく右腕をうなだれ、傾斜を大きくしていく。
そこに執拗な雷撃が行われ、ついに摩耶は浮力を完全に失って轟沈した。彼女めがけて降下していた急降下爆撃機が水面に接近するがもうそこに摩耶はいなかった。
攻撃を中止した爆撃機を秋月は逃がさなかった。摩耶が最期に残してくれたチャンスなのだから。
「なっ、なんてことを。」
「秋月まだ来るぞ、弾幕を張るんだ!」
動揺している秋月にアークロイヤルが声を張り上げる。
「はい!敵機雷撃機4時方向。仰角12°射撃開始!」
多大な犠牲を払いながらも艦隊は奮戦し、敵航空隊の攻撃をしのぎ切った。
けれど、航空戦の結果、制空権を喪失し、絶望的な状況で砲戦に移行していくこととなった。
ヴィクトリアスは矢筒のほうに手を伸ばしてハッとした。
残りの艦載機は一飛行隊中隊だけ。
彼女は最後の部隊を空に送り出す。
満足げにその飛行隊を眺めていると
「その弓なら十分殴り合えるだろ?」
そうアークロイヤルが言ってきた。戦艦のようには戦えないだろう。けれどまだヴィクトリアスには十分な燃料と戦意があった。
「もちろん。」
「艦隊、後退を始めろ。」
アークロイヤルの指示をネルソンをはじめとした艦娘が後退を始める。
ネルソンは鬼神のごとく活躍で敵を薙ぎ払っていた。こちらの心配などすべて吹き飛ばして、単艦で戦艦水鬼四体を相手取りダメージを負いながらもまるで何もなかったかのように射撃を続ける。
彼女がいなければ今ごろ艦隊は脱兎のごとく配送していただろう。
「余は各艦がその責務を全うすることを期待する!怯むな、私に続け!」
戦場での彼女は圧倒的だった。
そんな彼女に率いられる戦艦部隊の士気は異常なほど高く、量的な不利を一切見せつけなかった。
「ネルソン。水門を破壊しろ。もうここらでいいだろう。」
「了解した。各艦聞いたな?水門を破壊しろ!」
ネルソンの怒号とともに運河の流れが急激に変わる。今まで静かだった水面が大きく揺らいで勢いよく流れていく。水位はさがり、接岸されている船がどんどん傾いていく。
「戦艦部隊だけで敵を止めておく。重巡と軽巡、それに駆逐は船を破壊して重油をそこら中にまき散らすんだ。」
ネルソンが余裕の笑みを浮かべて戦艦以外を下がらせる。戦艦だけで何とか埋めることができるほど狭い運河だったからよかったがそう長くは持たないだろう。
『ナセルだ。無事か?』
「まあなんとか耐えている。」
『そうか。すまない。こちらはもう限界だ。だがただで死んでやるつもりはない。一矢報いてやる。』
「分かった。あなた方と戦えて光栄でした。」
『私もだよ。パージル、君たちも戦えて光栄だった。』
しかしその返答はなかった。
『神よ国王を守りたまえ!』
その通信の直後に大きな爆発が起きた。恐らく残っていた爆薬や弾薬を爆破したのだろう。
敵の攻勢がほんの少しだけ弱まる。だが戦線がまた新たな深海棲艦で埋め尽くされるまでにそう時間はかからないだろう。
「敵がスパイクアイランド方向からも接近しています。」
シェフィールドがまた警告を飛ばす。
「来るぞ。」
アークロイヤルは一本だけ残してすべての艦載機を射出する。
敵は少数ですでに手負いだったが、戦艦も混じった部隊で、空母と随伴していた駆逐艦では火力不足だった。
ヴィクトリアスはそのすべて頑強な装甲で多少の砲撃を耐え、弓を鈍器のように振り回しながら副砲で的確に急所を狙う。
アークロイヤルは弓を捨て、両手で相手の口をこじ開けその中に艦載機用の爆弾や魚雷を放り込む。
「私がお前たちを躾けてやろう。」
アークロイヤルは戦艦を殴り飛ばし、おおよそ空母とは思えない動きで敵を圧倒した。だが知れは空母の適正な運用方法ではなかった。
「ガハッ!鉄の味だ。」
蓄積されたダメージが吐血として彼女に現れ、次第に動きが鈍くなっていく。
「Ark!そろそろ下がったほうが!」
「あっ、ああそうだな。」
彼女はその声につられてほんの一瞬だけ、ヴィクトリアスが心配で彼女のほうに目を向けた。
もう言うまでもないだろう。その一瞬の間にアークロイヤルの右腕は引きちぎられていた。
「まって!Ark!」
アークロイヤルはすでに存在しない右手に防御の指示を出し、左手で攻撃した。
差し違える形でアークーロイヤルが崩れ落ちる。
ヴィクトリアスは残った敵を掃討してアークロイヤルのもとに駆け寄る。
「いい戦いぶりだった。」
「Ark。あなたは。」
アークロイヤルの傷は致命傷だった。
「これを....」
それでも彼女は左手で矢筒から最後の一本を抜きヴィクトリアスに手渡す。
「これは?」
「Fairey Swordfish。この機体が何と呼ばれていたか知っているか?ストリングバッグだ。空戦中以外なら何でもできる汎用性からそう呼ばれたんだ。これで運河に火を放て。焼夷弾を積んである。」
「いつもいつも、Swordfishばっかり。そうね。Arkが言うようにいい機体なのか確かめさせてもらうね。」
「そうしてくれ。火を放ったあとは、あの難民の子供を探して逃げるんだ。」
アークロイヤルは驚きの提案をしてきた。
「私だけ逃げるなんてできない。」
「みんな死んで、誰も助からなかった。では、あまりにも虚しすぎる。何のためにここまでしたのか。勲章なんかいらないが、せめて私たちが守った何かが欲しい。いろいろ迷惑かけた。最期の迷惑はこれぐらい厄介じゃないと。」
ヴィクトリアスはアークロイヤルに微笑みかけて
「わかった。」
とだけ返事をする。その返事を聞いてアークロイヤルは目を閉じる。
ヴィクトリアスの腕の中の彼女から力が抜けていく。そっと水面に彼女を横たえるとゆっくりと沈んでいく。
濁った水が彼女を飲み込んだのを確認してからヴィクトリアスは動き出した。
「もう十分追い込めたかしら。」
ネルソンは運河の中央部まで後退し、敵を大量に誘い込んだ。
しかし運河が広くなればなるほど、敵に圧力が強まった。退路を確保しながら後退していたつもりがいつの間にか四方を敵に囲まれていた。
「複縦陣で敵中央に突撃する!聞こえなかった?複縦陣だ!いくぞ!」
ネルソンは自分の足元が重油にまみれていることに気がついて最後の抵抗を試みる。敵の中央を強引に切り開いてこの場を抜け出そうとしたのだ。
「Shoot!」
ネルソンの砲撃で戦艦部隊の最後の悪あがきが始まる。
この戦いの中で最高の士気の中で狂ったように戦艦娘たちは砲撃を繰り返し、道を切り開いていく。
「ビッグセブンの力をとくと見よ。そして恐れおののけ。」
戦艦水鬼が束になってネルソンに襲いかかるがそれでも彼女は止まらなかった。ほかの艦娘が次々に力尽きて落伍していく中でも彼女だけ突出して、進み続けた。
けれどシェフィールドはネルソンがどうなるか知っていた。
どこまで行っても敵は途切れることはない。
陸も川も深海棲艦で埋め尽くされていた。
「進むんだ!突破するんだ!」
もう誰も彼女の後ろにいないにもかかわらず怒号を飛ばし、射撃をとめることはない。
戦艦水鬼を1ダース倒してもまだ進み続けていた。
だが、終わるのは突然だった。
「ミライ?キボウ?ソンナモノナイヨ。」
ネルソンは目の前に現れた敵につかみかかろうとしたが振り上げた腕は弱弱しく宙をつかんだ。
欧州水姫の腕がネルソンの腹部を貫通していた。
「ほぅ…これが…「沈む」っと言うこと…これが…戦いでの死か…暗く…暗くなって…そう…か…。」
自分の体を貫いている敵の腕を興味深そうに眺め、ネルソンはそうつぶやく。
欧州水姫はネルソンの体から勢いよく腕を抜く。
支えを失ったネルソンはその場に崩れ落ちて重油まみれの水面に吸い込まれていく。
その重油をみて欧州水姫はぎょっとするがもう遅かった。
ソードフィッシュが上空を通過していく。
運河は火に包まれて、そこかしこで深海棲艦の悲鳴が聞こえる。
「Arkたちの無念は果たせたかな?」
ヴィクトリアスは副砲だけ残して艤装を外し、急いで難民キャンプに走る。
こういった不憫な展開のほうが書きやすいのは人としてどうなんだろうか?