一週間前 防衛連合海軍本部ビル 臨時士官執務室
「情報の整理が完了しました。」
ムーンがノックもせずに入室して端末を操作しながら村上の前に立つ。
恐らくムーンに調べさせていた損害状況の調査結果だろう。
「報告してくれ。」
「はい。二サエルの指揮下かどうかは分かりませんが、情報部強制捜査班所属の戦闘要員及びサポートスタッフが全員行方をくらましました。」
「他には?」
「襲撃当時現場の警備をしていた部隊の尋問は済みましたが彼らは目的を知らなかったと考えてまず間違いないでしょう。他にもタイタンやマーズなどの高級情報官の尋問も行いましたがこちらに関しては確証が持てませんので全員権限をはく奪しました。」
「諜報ネットワークはどうなっている?」
「改良ののちに再構築を完了しました。裏切り者から情報が漏れる可能性はありますが、こちらの通信が筒抜けになることはないでしょう。」
「誰も利用しなければ情報が漏れることはない。けれど、何も進められない。少しの漏れは見逃すしかないでしょう。報告はそれで終わりですか?」
「少しお耳に入れておきたいことが。」
ムーンが珍しく心底めんどくさそうにいう。
「なんだ?」
「こちらを。」
ムーンが差し出してきたのはフランス語の報告書だった。
「AaronMankindの新派閥か。これはひどいな。」
AaronMankindを擁護するつもりはないが少なくとも彼らはヒトとして最低限の論理回路を介在させていた。
だがこの報告書に書かれている奴らは違う。
「まるで野獣だな。」
旧派閥は人の暴力性に救いを求め、艦娘や深海棲艦を狂った戦術をもって撃退することを説いていた。
だがこの新派閥にはそんなゴールがなかった。
ただ艦娘の人権を否定して、集団で彼女らを襲い強姦する。そのくせして捜査に手が差し迫った時に言うのだ。
「艦娘は人間じゃないから自分たちは無罪で一人で歩いていた艦娘が悪い。」
と。
むちゃくちゃな言い分だが今の世の中で警察の執行能力は知れている。
法は艦娘の命よりも人が自由であることを優先する。
「これを見せて私にどうしろと?」
「ヨーロッパに向かうのなら気を付けたほうがいいということです。こいつらは見境なくこちらを攻撃してくる。それに安易な快楽に流れた若者が構成員の多くを占めており、AaronMankindが繰り出してくる私兵ほどではないですが厄介です。」
戦闘訓練を受けていなくとも若い男が数にも言わせれば大抵のことはできるだろう。
もちろん戦闘規則で拘束されている一般的な艦娘を前提にするのであればだが。
蒼龍なら戦闘訓練を受けた軍人五十人ぐらいを相手にしても簡単に制圧してしまうだろう。
「一応覚えておく。」
ムーンが報告を終えて部屋を出ていこうとしたとき電話の呼び出し音が鳴る。
『準備ができたぞ。約束の時間に遅れるな。』
電話の相手はあの官僚だった。こちらの返事も待たずに電話は切れる。
「ムーン。護衛を何人か見繕ってくれ。この前話した計画が進展しそうだ。」
「忙しい人ですね。」
そう文句を言いながらもムーンは手早く仕事を済ませる。
こういうところはさすがニサエルがそばに置いていただけある。
「出発はいつです?」
「可能な限り早く。」
「了解です。」
現在 ダンケルク
「オーマー中佐、報告は聞いた。リカルド・マクシュメル・シュレインの娘ニーヴ・シュザリロ・シュレインがここに来たんだな?」
村上は電気の消えた会議室に入るなり話を始める。
部屋の隅で気配を消していたオーマーは立ち上がり資料を渡す。
「これが詳細です。」
ニーヴの父は深海棲艦を利用しているすべての元凶たる組織の幹部だ。機密保持の観点から仮に組織Xとでもしとこう。
アイルランドの有名な資産家である彼は組織Xに出資して取り入ったのだ。その記録がレイヴン開発投資銀行に残っていた。
数少ない組織Xの手掛かりだ。その娘は交渉材料としてこれ以上ないものだ。
「ニーヴを追跡しろ。それとヴィクトリアスも保護しろ。彼女はもしかすると....。」
「了解です。ニーヴとヴィクトリアスはNewSaviorを名乗る組織の....アジトに相当する場所で監禁されているようです。特別介入ユニット運用の許可を。」
「まてその新しい救済者とやらについて詳しく教えろ。」
「AaronMankindによる先日の蜂起が失敗して彼らの組織は弱体化しました。そのためAaronMankindが活動の規模を縮小、見世物にするための艦娘の需要が減りました。一方で、ニサエルがあの蜂起の裏でターゲットにしていたのは組織Xと内通しているもののみで艦娘を売買していた人間の多くが生き残りました。結果彼らは浮いた在庫の処分のために艦娘を性風俗の商品として販売、AaronMankindが下等生物扱いしていた艦娘を市民たちほかの娼婦と同列には扱えないために売人たちはNewSaviorを自称する組織を作り上げ上手い具合に心理を利用して艦娘と性行為することを正当化したわけです。」
「つまりはマッカートニーは昔から同じようなことをしていたわけか。」
「彼の轟沈報告のうち3割が虚偽です。そのさらにいくつかは自分のドールとして利用していたときに死亡したようです。」
轟沈を出せば出すほど出世は遠のく。だから一定以上に轟沈を出したものが出世をあきらめて別の手段で稼ごうとした前例はいくつかある。
だが、どれだけ乱暴に扱えば死に至らしめることができるのだろうか。
生殖器官の強度は人と変わらない。だから銃弾を撃ち込めば死に至るが
「....はぁ。....痛ましいことだな。」
ここでマッカートニーを逮捕しても無駄だろう。
ほかの売人が取引量を増やすだけだ。
これを見ているとあの官僚のやっていることがずいぶんましに思える。
問答無用で政治家や権力者の夜伽をさせられることになるが命までは奪われないだろう。確かに理性も知性もない野獣では情報屋として利用することすらはばかられる。
一方の軍は戦争に問答無用で艦娘を送り込み、死ぬことまで強要する。
その上、上官によっては貞操まで無茶苦茶にされる。どちらがましなのか。
同じ穴の狢同士意味のない非難の応酬を繰り返すことは無駄だ。
「敵がニーヴの価値に気がついている可能性は?」
「情報が不足している今確かなことは申し上げられませんが売人は商品の確保に躍起になっていちいちチェックなどしていないと考えていいと思われます。」
「需要があるということなのだろうな。」
「艦娘を人間と認めなければ聖書に反することもない、顔もいい、体つきもいい、誤って殺してしまっても問題はない。逆にどうやったら需要がなくなると?」
ひどい話だがこれは現実だ。
「そうだな。後は頼む。」
村上は部屋を去る。
オーマーには見慣れた報告だが、村上にとっては耐え難いものだろう。
人間はそう簡単に変われない。良い方にも、悪い方にも。
オーマーが作戦を開始したのは村上の許可が出てから一時間ほどだった。
『AllStation、This is HQ RadioCheck。』
「A1、loud」
『A2、loud』
『A3、loud』
『AllStation、This is HQ Atck Ack 』
「copy」
蒼龍は久々の装備見ても何も胸が踊らなかった。
当然だ。
この装備でやってきたことには何の誇りも持てないことばかりだった。
深海棲艦を殺すことが明確な正義であるとは思えないが少なくとも深海棲艦を殺すことに政治的な理由も宗教的な対立といった理由も介在していなかった。
今回の作戦は危険なカルトから艦娘と少女を救出するという一見すれば正義のような行いだが実態は異なる。
艦娘が強姦されようが無垢な少女が犯されようが軍は関知しない。
今回はその少女に利用価値があるから保護することになっただけだ。
そしてそういう時、情報部の動きは極めて素早く正確だ。
「A1一階正面から侵入開始。」
蒼龍はそんなことを考えながらも扉を蹴破って中で酒を飲んでいる数人に銃口を向ける。
彼らを殺す必要はないが、目撃者を生かしておく意味もない。
この町で誰かが死んでも親族ですら死因を知ることはない。
深海棲艦に殺されたかどこかのカルトに殺されたか、はたまた難民にたった一ユーロのために殺されたか。
死因など知っても何もならない。死という結末を抵抗なく受け入れられなければこんな町にいつまでも住んではないだろう。
出てきたガードマンを速やかに射殺して客は体格ごとに脅威度をつけて危険なものから射殺する。
ガードマンがSMGで抵抗を試みるが当然艦娘も装甲を破れるはずもなかった。
脳幹に一発づつ正確に射撃して弾薬を節約していく。
こんな時に弾薬の値段や戦闘服の汚れを気にしている自分の最低さに嫌気がさす。
「クリア。バックヤードに移動する。」
サプレッサーを使ったがそれなりに大きな音が出たため逃走している可能性も考えたが幸いプレイルームとでも言うべきだろうか?それとも彼らを強引に宗教だと定義して懴悔室とでも呼ぼうか、そんな場所で好き勝手に艦娘で性処理している人間は蒼龍が銃弾を撃ち込むまで熱心に腰を振っていた。
十字架や拘束具は宗教的な意味よりも性的な属性を強く持ちただのSM用品でしかなかった。
性処理に使われていた艦娘は救出に歓喜したが彼らには、解体あるいはこんな汚れ仕事をする運命しか待っていない。
年齢層は様々で、十代から五十代まで。顔がいいのもいれば悪いのもいる。人畜無害そうな顔した人間もいかにも悪そうな人間もいた。しまいには女までいた。
けれど彼らからは宗教特有の匂いがしなかった。
ソープランドにくるような感覚でここに来ているのだろう。
献金と称した利用料だけでそれなりの財を築けそうだ。
「私はフランス政府の人間だぞ!君たちの行動は政府に承認されていないはずだ!」
蒼龍は大騒ぎする男のほうを見る。
年齢は三十歳程度だろうか。優秀そうには見えない。
だが身なりがほかの人間よりいい。情報が得られそうだ。
蒼龍は男の太腿を撃ち抜いてから聞く。
「ここに少女が来なかったか?」
「何を言っている?それよりも貴様!よくもやってくれたな!」
蒼龍はもう片方の太腿を撃ち抜きもう一度質問を繰り返す。
「少女が来なかったか?」
男はぞっとして素直に自白する。
「マッカトニーが用意した艦娘と一緒に少女が来ていた。どこにいるのかは知らない。それでいいか?」
この男に情報的な価値がどれだけあるかわからない。
「HQ this is A1 情報的な価値があるかは判断できないが政府に関連する人間を拘束した。」
『A1 背後関係はこちらで調べる。拘束の必要はない速やかに殺害せよ。』
その無線を聞くなり蒼龍は引き金を引いて男を殺す。
乾いた銃声が一つ鳴りなんの感慨もなく男の命を奪う。
「さてどうするか。」
入手できた図面には存在しなかったプレイルームの存在から考えるに図面は何の意味も持たないだろう。
しかし、情報部の監視の目を抜けて大規模な改装ができるとは思えない。
A2とA3は出入口を固めているに過ぎない。もし仮に地下室でも存在していれば挟撃されかねない。
現時点で敵の戦力を推定するに脅威とはならないだろうがこの作戦は若干の情報不足の中で実行されている。
可能性はできる限り潰すべきだ。
「隊を分ける。那智、半分を率いて二階に上がれ。残りの半分は一階で待機。指揮は私がとる。」
蒼龍はどうにも足音の反響がおかしいと気がついていた。
それだけで地下があると考えるのは早計だが情報部の特別介入ユニットの練度ならば奇襲でもされない限りこの程度の敵に負けることはありえない。
それに屋内戦闘である以上数が多いことが有利になるわけでもない。
「了解した。」
那智隊が二階に上がるのを見送って蒼龍は小銃を握りなおす。
耳を澄まして感覚を研ぎ澄ます。
「10時方向。5メートル2メートル下方。」
蒼龍は小声で指示を出しハンドサインを出す。
やはり何かがいる。
「銃を捨てろ!この艦娘の命が惜しいならば動くんじゃない。特殊部隊を送り込んでくるぐらいだ。殺されたくないんだろ!」
蒼龍が示した方向から声がする。
プレイルームにいなかったことから考えてヴィクトリアスのことだろう。
はっきり言って司令部にとってヴィクトリアスの命はそこまで重要ではないだろう。
だが、
「銃を捨てて。」
蒼龍はそう指示を出す。
「よし。いいじゃねえか。って艦娘かよ。聞いたことねぇぞこんな奴ら。」
床板を持ち上げて地下から上ってきた男はヴィクトリアスの肩を担ぎながら出てくる。口からチューブをねじ込まれ反抗はできないようだ。
衣服ははだけ、乱暴された形跡はあるが、もしかするとすんでのところで救出できたのかもしれない。目にはいまだ鋭い光がともっており薬で鎮静化されている割にははっきりと意識を保っていた。
そんなヴィクトリアスの気迫もあってか、想像通り敵はニーヴのために自分たちが来たとは思っていない様子だ。なら利用させてもらうだけだ。
「どうする?」
出てきた男の一人がそんなことを言う。
「そちらが望むなら安全を保証する。以後関わらないと約束するなら言い値を払う準備ができている。」
蒼龍はとんでもなく下手に出る。
相手にヴィクトリアス価値をさらに誤認させる。
「どうやって保証するんだ。お前らにとって俺たちなんか簡単に制圧できるだろ。」
「ならこいつらを地下に閉じ込めればいいんじゃねぇか?」
「すぐに抜け出せるだろ。」
「抜け出せばこいつを殺す。それでいいだろ。」
男たちはこそこそと話をするが丸聞こえだ。
「必要なら逃走完了まで待つ。」
蒼龍は最低限の提案で相手を警戒させないように場をコントロールする。
「わかった。地下室に入っておとなしくしてろ。」
最後まで従順を演じて地下室におとなしく入りニーヴを保護する。
会話しながらモールス信号でA2とA3、那智隊にも指示を出しておいた。
今頃ヴィクトリアスも保護されているだろう。
相手が馬鹿で助かった。
装備もなく、艦娘の殺し方も知らない民間人が艦娘を殺せるわけがないことに気がつかなかったのだろう。
『AllStation This Is HQ パッケージ2の保護を確認。A1は状況を報告せよ。』
「This is A1 パッケージ1を保護。」
『了解した。全ユニット撤収。』
「A1了解。」
蒼龍は手早く証拠の隠滅のために死体を集積し薬品で処理をして外に出る。
ぼんやりと焦点の合わない目で空を見上げるヴィクトリアスを車に押し込み車体をたたいて出発の合図を出す。
ゆっくりと走り出した車の荷台に飛び乗ってニーヴを乗せた車両を取り囲むようにして情報部のセーフハウスに移動する。
マッカートニを泳がせる方針が決定したため基地には戻れない。
蒼龍は手にこびりついた血液を見ながらぼんやりと昔を思い出す。
大義のため無抵抗な市民を殺し続けたあの日々を。
ヴィクトリアスには太陽がまぶしすぎた。
今までも太陽のことをまぶしいと思ったことはある。
けれどそれはブリテン島がいつも曇り空であったからで、今のまぶしさとは違う。
ほんの数日で自分が置かれている状況が変わった。
軍に見捨てられ、ボロボロになってたどり着いた場所で司令官に裏切られ、守りたいものは自分の力で守ることもできず、全てが終わった後、抜け殻となった自分だけが地獄の一歩手前から強引に引き戻されたようなものだ。
今さら恩着せがましい。
それなら最初から守ってくれればいいじゃないか。
太陽のまぶしさのせいで目が痛い。
頬に涙が垂れる。
自分はこんなにも弱かっただろうか?
そんは筈はない。
そんなはずはない....
許さない。
認めない。
全て壊してやる。
司令官も、艦娘も深海棲艦も
いや、無理だ。子供一人守れないものが壊せるはずがない....
それならば、自分自身だけでも壊してやる。
「うぁー!」
ヴィクトリアスは叫びながらそばにいた蒼龍から銃を奪い銃口を咥えて引き金を引く。
初めて選択できた。与えられたものではない大きな選択だ。
誰にも邪魔できない。誰の命令でもない。
体が軽い。自分を縛り上げる鎖が壊れていくようだ。
見かけの状態とは全く違い、ヴィクトリアスにとってこの瞬間が今まで生きてきて一番の自由で幸せな時間だった。
めちゃめちゃ不穏ですが公式のアニメも不穏ですし問題なし。