「なんで。」
ヴィクトリアスは引き金を確かに引いた。
だが自分はまだ生きている。
「なんでも何も、あなたの精神状態が危険だと警告されていたから手を打っただけ。」
「へ?」
ヴィクトリアスは間抜けな声で蒼龍のほう見る。
「それに相手が誰であれ武器を奪われるような失態はしない。」
奪われるどうこうの前に信用できない相手の目につく場所に無防備に武器を置いたりしない。
つまりヴィクトリアスはまたしても選択肢を与えられたわけではなかったのだ。
「それじゃあ....私は勘違いしていただけ....?」
そんな様子を見ていた蒼龍は肯定も否定もせずにヴィクトリアスから銃を取り上げマガジンを装填する。そしてスライドを引き、ヴィクトリアスにそれを差し出す。
「いつでも最善の選択肢が目の前にあるわけがない。もうあなたは軍に戻って素晴らしい道徳心を持った指揮官の下で働くなんてことはできない。私たちと来るか、それともさっきと同じ選択をするか。選択しなさい。」
ヴィクトリアスは蒼龍の方を見る。
彼女の目は単純な興味で支配されており、こちらの選択に干渉する意思はないように見える。蒼龍から銃を受け取ったヴィクトリアスは銃口を手で包み込み発砲する。
銃声とともに手に衝撃が走る。手の上には潰れた銃弾が残り実弾であることは疑いようがなかった。
「そうか。」
ヴィクトリアスはそう呟いて目を閉じる。
考えてみれば苦痛しかない人生、いや艦生だった。
引き金を引くだけの単純な工程ですべてを終わらせられるのにも関わらず、ヴィクトリアスの手からは力が抜けていく。
「私は、私は。」
ヴィクトリアスの目からは涙がこぼれる。
そんな涙の中に蒼龍は初めて人を殺した日の自分を思い出す。
命令通り人を殺しその夜、潜伏先のホテルの一室で一人で泣いた。
しかし上官は自分を慰めることもなくまた新たな標的を指定してきた。
それから大勢殺した。相手が紛うことない悪人であれば多少ましだったかもしれないが殺した相手の中には艦娘の権利などを求める活動家などもいた。
自分が守ろうとした相手に殺される恐怖と裏切られたことに対する憎しみが向けられるたびに吐いて、泣いて、やがて何も感じなくなった。
優しさでは暗殺者を作れない。冷酷である以前に合理的な男だった。
いや女だったか?記憶があいまいで思い出せない。しかし。自分を指導した人間はそんな奴だったということだけは思い出せた。
思い出しても無駄なくせに中途半端にそんな記憶に執着してしまう。
「心が動くうちに目一杯泣けばいいよ。」
蒼龍は聞こえないようにぼそっと呟く。
そうして今度こそ目を閉じて、軍用車特有の荒々しい揺れに身をゆだねて眠りにつく。
その間も車は走り続け、ダンケルクから十数キロほどのなんの変哲もない一軒家にたどり着く。
変哲があればセーフハウスとして問題ではあるが。
「HQ This is A1.パッケージ1および2がLZ35に到着。」
『AllStation This is HQ.作戦完了を宣言する。全ユニットに続いて護衛行動ES2の開始を宣言する。』
それからほどなくして情報部のステルスヘリが飛来して来る。一軒家の畑にヘリが着陸すると、ニーヴとヴィクトリアスを収容してまた飛び去っていく。
あの二人はこれからどうなるのだろう。自分の父親がしていることを何も知らない少女に、仲間を殺した男に命を救われた艦娘。
二人は何も知らない。知ってほしいとも思わない。
そう祈っても無駄だろう。蒼龍の願望がどうであれ世界はなるようにしかならない。
作戦が終了したころ村上も要件を澄ましてパリに戻ってきた。
想定よりはるかに難航したがなんとか目的は達成できた。
「それで?」
しかし村上には休む暇もなく、オーマーの報告を聞く。
「作戦は成功しました。NewSaviorのアジトにいた33名を殺害、艦娘14体を保護しました。」
「保護した艦娘は?」
「記憶削除ののちに軍務に復帰させる予定です。」
艦娘の記憶を都合よく抹消するプロセスはある研究所によって完成されていた。
研究は禁止されていたが、艦娘をコントロール可能な兵器として運用するための研究は裏で行っていたのだ。
そう。天龍が参加させられていた研究だ。
「ろくでもない研究ばかりすすむな。」
村上が呆れたように言うと。
「そのろくでもない研究のおかげで彼女らを殺処分せずに済むんです。」
オーマーは卑怯なことをいう。だがそれも事実であった。
「そうだな。ヴィクトリアス以外の記憶は消せ。彼女はやはり飛龍たちと同じで特別だ。」
「それはつまり....」
南鳥島鎮守府の真実と言えばいいのだろうか。
あの鎮守府は特別な場所だった。
そして艦娘も特別だった。
彼女らにはしなければいけない仕事がある。
「この話は、やめだ。」
村上は一瞬語気を強めて明確に回答を拒絶した。
オーマーはその気迫に一瞬固まるが頷いて別の話題を提示する。
「それで目的は達成出来ましたか?」
「及第点といったところだ。」
「いよいよですか。本当に大丈夫ですか?」
「しっかりと準備はした。」
そういうことじゃない。
「違う。あなたが大丈夫かと聞いているんです。」
「なら聞くが君に変わりが務まるとでも?」
オーマーにできることは何もない。村上はこの数か月でオーマーやムーンを置き去りにしてはるか先に行ってしまった。
こちらが経験で積み上げたものを圧倒的な才能でひっくり返してしまった。
そんな奴でなければニサエルと対峙することなどできはしないのだが。
「それはそうですが。あまり無茶されると。」
「心配するな。気にする必要はない。」
気にするなという言葉の中に全く別の意味が含まれていたことにオーマーは気づけなかった。
「それでブリテン島での損害についての報告は?」
「信用できるデータから算出した損害の最低値ならすでに出ています。」
「よし報告しろ。」
「まず人的損害ですが、軍人12万人以上、民間人2500万人以上の死亡が確認されています。難民の全数把握は不可能ですので最大で3000万人程度増える可能性があります。経済損失はドル換算で450億ドル程度だと思われます。研究及び学術の損失は軽微で交換不可能な資料が失われたとは聞いていません。ただ文化の面において損失が非常に深刻で未確認ですがバッキンガム宮殿が焼失したとの報告を受けています。」
「国王も死んだらしいし、おそらくそれも事実だと考えるべきだろうな。」
ブリテン島での数千万、下手をすれば数億の命はやりようによっては十分に延命可能な命だった。だが結局は延命に過ぎない。しかしそれを世間は容認しないだろう。
やはりここは"英雄"と言う最強のプロパガンダを使うべきだろう。
「マニラに情報部の連絡要員を送れ。」
マニラ 太平洋方面軍東南アジア軍団司令部
中越はアムンゼンと会っていた。
アムンゼン指揮下の部隊は順調に配置転換を進めマニラまで艦載機の損失損失のみで切り抜けてきた。
昔の村上やマークを感じさせる素晴らしい指揮だ。
「まずはここまでほとんど無傷で移動してきたこと。見事だ。」
「ありがとうございます。ですがこれでオーストラリアの人々は死ぬことになります。」
「電話口でも聞いたが君は司令部が大勢を見捨てたことを確信しているのだな?」
「ええ。まず間違いなくこの作戦は偽造です。」
中越が困った顔で沈黙してもアムンゼンの視線は揺らがない。
「認めよう。だが司令部が決定したのは君の想像するものよりもっとひどい。オセアニア、インドネシア、アフリカ、スカンディナヴィア半島、ブリテン島、南アメリカ大陸沿岸部が撤退の対象だ。これで死ぬのは十億人近くだ。国連軍と各国政府には通知済みだ。これを報道しようとしたジャーナリストが大勢、情報部に殺害された。」
アムンゼンはそれを聞いて悔しそうな顔をする。
「私が司令部の人間だったとしてもこの計画から目を背け無言で承認してしまうでしょう。こうでもしなければ守り切れない。」
物量差は挽回できず練度も下がり続けている今の軍では現在の勢力圏を維持できない。そんなこと算数ができる人間ならわかるはずだ。
「私だって何も言い返せんだよ。」
優秀な指揮官であればあるほど村上の行動がいかに合理的な判断であったのか、そしてこんなとんでもない計画を実行する村上の手腕がどれだけのものかわかってしまうのだ。
認めたくないのと同時にこれ以外の、いや、これ以上に優れた策が思い浮かばないのだ。
「私たちがこの計画を妨害すればいずれ人類は滅ぶ。この作戦は私たちが手を出せる領域ではない。」
「それでも軍人としてのこんなことを知って何も言わず見過ごすわけには行きません。」
「だが....」
アムンゼンは中越を制止して作戦計画書を取り出す。
「私の独断で動かせてください。世論がこの惨状に気がついてからでいいのです。」
よく読まなくてもそれが避難計画であることが分かった。
「絶望的な状況の中だからこそ、少しだけの希望があってもいいではありませんか。」
中越のことを見るアムンゼンの瞳には"英雄"のそれがあった。
「君は大人になるべきだ。」
けれど中越は彼を"英雄"にする気にはなれなかった。
英雄をそばで見てきたからこその結論だ。
「大人になることがいつも正しいことではないはずです!」
だが、"英雄"は凡人に止められないからこそ"英雄"なのだ。
「そうか。君に世界の人々を背負っていく覚悟があるのか?」
「覚悟がどうだとか知りませんが、やらなければいけないことはおのずとわかります。」
英雄というのも一種の精神病だ。自分の正しさを信じて疑わない。
自信から来る妄信、他者の評価から来る全能感。そんなものが人を変えていくのだ。
「わかった。力は貸す。だが覚えておいてくれ。君の怒りも正義感も利用されかねない。」
中越はそれだけ助言して作戦計画書に目を落として具体的な助言を行う。
「海南島の防衛連合軍軍政地域で補給と調整を行って待機だ。一週間もすればインドネシアの人々も避難を始めるだろう。おそらく避難船は支援を受けられない違法な航行をすることになる。その船を支援する。」
「確実性にかけると思いますが?」
「今から軍内部に手を回して輸送船を用意することなどできるはずがない。できたとしても調整が間に合わん。続けるぞ。距離だけで考えるならマラッカ海峡で活動するのがいいように思えるが残念ながら今の敵は高度な指揮を受けている。つまりこんな大勢が逃走しそうな経路はふさいでくるだろう。それを予想してシンガポール基地には司令部から監視兼アドバイザーとして幹部が送り込まれた。つまり強力な戦力を持っているインドネシア基地は動かない。よってここに構えるのは死にに行くのと同義だ。」
「ではどこに?」
「司令部はフィリピンの保持を決定している。つまりフィリピン領パラワン島は防衛の対象だ。ここに来て書類ばかり見ている司令部の馬鹿さが役に立った。君にはカリマンタン島とパラワン島の間の護衛を頼む。モールス信号ならアマチュアで使っている人間もいるだろう。それを使って呼びかけを行う。君たちの部隊であれば若干の戦力不足でも戦えるだろう。」
「わかりました。では調整を済ませて出撃しますタイミングは?」
「こっちから知らせる。」
そう言って中越は立ち上がって部屋を出る。
電話で連絡を手早く済ませて作戦の準備を進めることにした。
ニサエルは無心で壁紙のシミを眺めていた。
いつもならば相手のありとあらゆる仕草を観察して抜き出せる情報すべて抜き出してやるのだが、今回はそううまくいかない。
「久しぶりだな。」
「久しぶり、ですか?私はあなたに会うのは初めてですよ。」
ニサエルは本当に目の前の男と会うのもしゃべるのも初めてだった。
ではどうして男がそんなことを言ったのか?
「まさか君が私の秘密について知らないということはないだろう?」
当然知っている。だが答える意味もない。事実を語ることが信用につながるというのは安直すぎる。
嘘を織り交ぜ存在しない真実なんてものを形成してそこにたどり着かせる。
雨降って地固まるとはよく言ったものだ。
人間は目の前の退屈な経験からよりも劇的な物語から多くを学ぶ。
「またつまらないことを考えているな。言っただろ。君は私を出し抜けないし私も君を出し抜けない。」
「そうですね。」
ニサエルは心のこもっていない単調な声で返事をしたかと思うと資料の束を机に置く。
「もう終わったのか?」
「その程度の仕事本来なら半日で終わります。どこかの誰かが余計にこちらを待たせさえしなければ今ごろほかの仕事に移っていますよ。」
「仕事以外のことに意味を見いだせないのが私たちの唯一の欠点だな。」
「欠点?笑わせないでください。必要ないものを人生から排除できないことのほうが欠点ですよ。」
男がまたごちゃごちゃと言っている。
優秀な男であることは間違いない。こうやって傲慢な印象を与えること自体が相手の策である可能性も否定できない。だからムカつくのだ。
それでもニサエルは少しも表情に出すことなく微笑んで言う。
「あなたとはうまくやっていけそうだ。また一緒にお仕事させてもらいましょう。」
更新が遅れました。
立体機動山城、この作品でもやろうかな。(アニメ3話の話です。)