ブルネイから北北西に148海里の洋上
「発 マニラ通信基地 貴隊はすぐに南下を中止して行動目的及びを可及的速やかにマニラ基地にて説明せよ。とのことです。」
「Nothing Hard(感度なし)とでも返しておけ。」
「了解です。」
士官たちが浮足立っている。状況としてあまりよろしくない。
たしかに今自分たちがとっている行動は英雄的なそれだ。
成功すれば極めて高い名声を得る。
しかしアムンゼンは若いながらもこの状況が望ましくないことを知っていた。
こんな状況では引きの判断を誤りかねない。部隊の全滅は戦線のさらなる後退を意味し司令部はフィリピンの放棄に踏み切るだろう。せっかく救った命も助けられず貴重な戦力を無駄に消費することになる。
「いいか、引きの判断を誤るな。私が引けと言ったらすぐにフィリピンまで北上してあとは近海警備群に任せる。ここで下手に損害を拡大するわけにはいかない。」
インドネシアやアフリカから移動してきた部隊が近海警備群の指揮下に入り近海警備群の兵力は150万を突破していた。さらに南鳥島鎮守府や九十九里浜鎮守府などの曲者指揮官の鎮守府が暴れまわっているため敵は依然として日本近海への侵攻ルートは確立はおろか近海警備群へのプレッシャーを与えることすらできていなかった。
「まあよくわからんが私たちにとっては都合がいい。敵部隊はフィリピン侵攻に踏み切れていない。敵が体勢を立て直す前に回廊を作る。敵とのコンタクトは7時間後だ。全隊増速せよ。」
アムンゼンには広域での戦略はこの際どうでもよかった。
自分の行動が軍人のエゴでしかないことをわかっていたからだ。
合理的かつ冷静に考えるのであれば人々を見捨てることが最適な回答だ。
避難民はやがて難民となり、治安の悪化や生産性の低下や公衆衛生の低下を招く。
難民を兵士として最低限雇用できるヨーロッパと違いアジアでの難民はただ支援物資をむさぼるお荷物でしかない。
それでも助けなければいけないのはなぜか?
それは自分たちが軍隊であるからだ。
軍隊は軽蔑や恐れの対象となってしまうと機能できなくなる。
もし大勢を見捨て何もしなければ
それを村上は分かっているはずなのだ。村上は支援なしで戦うことがどれだけ無謀か知っている。
にもかかわらず今回彼は無慈悲な決断しか下さなかった。
それがどうしてかわからない。
彼が正気を失っていると言えば簡単だが、そうであるならば中越大将が村上の行動を黙認したことが謎だ。
中越大将であれば村上を制止することは容易いはずだ。
「不知火。今回の司令部の動きどう思う?」
「知らないわよ。」
相変わらず不知火の機嫌は悪い。
実際のところただ荒っぽい性格であるだけなのだがこの際どうでもいい。
「なんかないのか?」
「私の考えが聞きたいの?」
「何かの参考になるかもしれないからね。」
「そうね。いくら何でも動きが早すぎるとは思う。」
アムンゼンは首を傾げる。
「この作戦が浮上したのは二サエルの裏切りからしばらくたってからだった。その間に守備隊の損害は膨らみ続けていたにも関わらず司令部は有効な手を打てなかった。けれどこの作戦が実行されてからの動きはとてつもなく早い。それはつまり司令部が会議というファクターを通していないのではないでしょうか?」
「つまり誰かの独断?あるいは恫喝で司令部を強引に動かしていると?いやだれかではないな。村上の独断あるいは恫喝だろうな。」
しかしそうなるとどうして中越はこちらにそのことを教えなかったのか。単純に忘れていたからだろうか。それとも何か理由があってのことなのか。
「だとするなら、どうして中越大将は私にそのことを教えなかった?」
「憶測で語るなら、中越大将が村上少将と共犯関係にある、あなたを真実から守るためにあえて隠している。あるいは中越大将は別ですでに行動を起こしていてその計画が漏洩することを恐れたか。」
「別の計画か。」
「例えば防衛連合軍の司令部に対する強制執行を計画しているか。」
「強制執行だと?防衛連合軍の上位組織など存在しないぞ?」
「防衛連合軍は国連軍から分離した組織。その新しい組織に国連軍が抱えていた大問題も引き継がせると思う?」
国連軍を制止するのは誰かという問題だ。
国連軍は安全保障理事会で最低一国でも常任理事国の同意を得られれば解体されないのだ。しかも厄介なことに戦争初期でパニックになっていた各国は国連軍に対して大幅に譲歩して柔軟な対応が可能なように国連憲章第七章の改変に踏み切り完全に抑制装置が外れたのだ。
最初は各国から人員を借りる形だったのが自分たちで募集を始め、さらに兵器の購入ルートまで自立させてしまった。加盟国が分担して資金を出しているにもかかわらず加盟国の意向を平気で無視する組織が出来上がったのだ。
結果アメリカは国連軍から距離を置いてしまった。
そんなことが起きた後に設立された防衛連合軍に何の抑制装置も取り付けられていないはずがないのだ。
「それはそうだが防衛連合軍司令部に影響を与えられるのなんてそれこそ....連邦政府....か?」
「それぐらいしか考えられません。」
確かにそれなら筋は通る。しかし中越司令にそんな力があるとは思えないのだ。
防衛連合軍内の軍人から支持を集めていると言っても所詮は猿山の大将に過ぎない。
「背後に誰かがいるかもしれないな。だが誰だ?」
『アムンゼン司令至急CICへお越しください。繰り返しますアムンゼン司令至急CICにお越しください。』
だがそれを考えている暇はないようだ。艦内放送が流れて隊は戦闘態勢に移行していく。
少なくとも現時点では中越は明確な敵ではない。それだけで十分だと考えるしかない。
「不知火。死ぬなよ。」
「期待に応えて見せますよ、司令。」
不知火はそう答えるとウェルドックの方に走っていく。
アムンゼンも階段を駆け下りてCICに向かう。今日は長い一日になりそうだとそう直感しながら。
「AllStation This is HQ radio check」
『HQ 通信監視部より報告。全部隊通信状況はクリア。』
「Copy 作戦を開始する。第一班は最大船速にてクダッに突入港湾整備を実行せよ。本隊は計画通りに護送船団を組め。各艦対空対潜監視を厳となせ。」
「司令!情報部によると前方16海里に敵艦隊の目撃情報アリです。」
「情報部?まさかあいつらが素直に支援してくれるとでもいうのか?」
「いえそれどころではありません。どうやら作戦について知っていたようで複数のルートからクダッに救助部隊が来るらしいとのうわさを流すなどの工作を数日前から実行していたようです。」
「どういうことだ?」
「やるなら中途半端は許さないということなのかもしれません。」
「続報です。情報部偵察機からの観測情報です。全て推定値ですが、駆逐艦、ニ級2000、ハ級4500、イ級12000。軽巡へ級800、ト級が1200。重巡、ネ級300一部改在り。戦艦、タ級150、レ級40。正規空母はなし。代わりに護衛としてヌ級軽空母400を発見。観測時点での時間1036。速度を26ノットで北上中。敵偵察機の離陸の確認はなし。情報部はこの艦隊を697艦隊と命名し暫定の脅威度判定をDとする。とのことです。」
「戦闘前に脅威度判定まで出してきたか。動きが早すぎる。ますますわからんな。第234、235水雷戦隊へ697艦隊を護送船団接近前に葬れ。第96航空艦隊は攻撃機を上げて援護してやれ。第236、237水雷戦隊は空いた穴を埋めろ。」
情報部の動きが気になるがそれはひとまず置いておく。
数はそれなりだが主力艦が少ないことから偵察部隊に過ぎないのだろう。
こちらも40万を超えるなかなかに巨大な兵力だがつい最近アムンゼンの指揮下に入った部隊も連携は期待できない。もしこの偵察部隊が所属する艦隊の主力部隊が近海にいればかなり手を焼くだろう。衛星監視システムがハッキングの影響から立ち直れていない状況で敵の正確な位置を正確に把握するのは難しい。
出来るだけ力量を知っている部隊でかたをつけたいがそこに固執すると損失を生む恐れがある。
いずれにせよ艦隊すべてをうまく使わなければ護衛などできない状況が訪れるだろう。
『234からHQ コンタクト』
どうやら始まったようだ。敵は2万程。対するこっちの兵力は二個水雷戦隊で4000程
数の差は5倍ほどあるが訓練施設もなく、連携も取れていない深海棲艦相手ではこの程度の兵力差なら問題はない。
それに今送り出した部隊の力量はよく知っている。
『発第102航空艦隊、鳳翔。5時方向に不審な航跡を確認。各艦対潜警戒せよ。』
「五時方向だと?どっからきやがったんだ。」
この艦隊発見の方を受けてから転進してきたのか、あるいはすでに敵制圧下にあるジャカルタから来たのか。
『発第102航空艦隊、鳳翔。敵潜水艦を発見爆撃開始の許可を。』
「第102航空艦隊。直ちに爆撃機を離陸させろ。潜水艦に対する攻撃を許可する。第435水雷戦隊へ船団の突出部となり取りこぼした潜水艦の対処及び弾受けをしろ。輸送船に一発も当てさせるな。」
艦娘であれば被弾をしてもこの船やほかの輸送船に収容すれば済む話だ。輸送船一隻沈められると助けられる避難民が4桁ほど減ってしまう。
無常な判断だがそれぐらいしないと厳しいものがある。
『第102航空戦隊加賀です。敵潜水艦の大半はカ級と断定しました。現在火力投射を続行中です。』
「HQ了解。」
『こちらブリッジ。雷跡を確認。以後揺れに注意されたし。』
やはりうち漏らしが出たようだ。
「機銃手、魚雷を破壊しろ。こっちの艦隊はこの船を除いてただの商船だ。回避には期待するな。」
そうなのだ。大急ぎでばれずに用意するには商船を借りてくる意外に手はない。そうやって隠したのもどうやら無駄だ様だったがそれは今だから言えることだ。
それから細かい指示を与えたりしてしばらく南下を続けていると突然アラームが鳴り響いた。
「警告!FCコンタクト!方位34!衝撃に備え!」
対艦ミサイルが飛来してきたのだ。
「SeeRAMで迎撃しろ!」
砲雷長の怒号が飛ぶが
「間に合いません!」
と無慈悲な返答が帰ってくる。
「3・2・1・着弾!」
船に轟音が響き大きく揺れる。
「損害報告!」
「右舷後方上部に被弾。浸水は確認されていませんが複数の通信装置がやられた恐れがあります。」
こんなことさすがに想定外だ。確かについ先日深海棲艦側が高高度偵察機を飛ばしたりしていることが確認されたが対艦ミサイルを配備しているなど聞いていない。
SeeRAMが機能しなかったのもそのためだ。誰も使い方を知らないのだ。ミサイルなど深海棲艦との戦闘では使い物にならないそれが常識だったのだから仕方ないがそんなことを言っていてもどうにもならない。
「ミサイル防衛体制を取れ!いま最も近い海岸まで何海里だ?」
「73海里です。」
「取舵一杯。なるべく海岸から距離を取れ。」
敵が仮に占領地で深海棲艦以外の兵器生産を始めたとしてこの短期間で船舶を作るのは無理がある。
開発期間を仮にゼロだとしても船の製造期間をゼロにすることは物理的に無理があるのだ。
信じたくはないが深海棲艦とかいう謎の技術を持っている敵だ、対艦ミサイルを数週間で開発したとしてもおかしくはない。
地対艦ミサイルならミサイルと発射装置だけの生産で物理的な矛盾は生じない。
ならば地上から距離を取るのが正解だ。幸い敵の第一波攻撃は艦娘数十万の圧倒的な弾幕によってほとんどが破壊されていた。
被弾したのは司令船への一発とそれぞれ別の輸送船に一発づつで2発合計で3発命中したようだが輸送船をも被害は軽微だった。
「輸送船団は地上から一定の距離をとって北上する。情報部にボルネオ島西岸を偵察させろ。第95、96航空艦隊は輸送船団から離脱、ミサイル発射地点への空爆準備を開始せよ。第42艦隊と第153巡航艦隊は沿岸砲撃の準備だ。本艦はこれより敵ミサイルの有効範囲に関する調査を行う。」
「正気ですか?」
「ただの輸送船でやるよりはましだ。」
「それはそうですが。」
「ここで前進を止めれば敵はどんどん北上してくる。そうなればミサイルの射程範囲は広がり、クダッに残された人々も殺される。安心しろ。自分の命を引き換えに避難民を救うなんて自分に酔ったことは考えていない。」
「それならいいですが。」
「船団を組みなおす。輸送船の護衛を少し削り先行する本艦の護衛についてもらう。敵のミサイルが飛んで来たら撃ち落とせ。幸い敵のミサイルは超音速兵器ではない。通常の弾丸でも迎撃は可能だ。」
第一波で打ち込んでこなかっただけで超音速兵器がないとは限らないのだがそんなことをあえて言う必要はない。
そんなことを言い出したら敵が弾道ミサイルを持っているかもしれないという悲観的な妄想で東京から逃げ出す羽目になってしまう。
「やると決めたらやり切る。無茶な作戦を実行できるかもしれない作戦にするのが指揮官の仕事だ。やるぞ!」
「了解です。」
下士官たちはそんなアムンゼンを見てシドニーからの撤退戦を思い出していた。
数がインフレしてますがそりゃあ、オセアニア一の海軍基地と一鎮守府とでは数は違うから....(震え声)