村上は去っていくCIA職員の背中を見送りながら報告を受ける。
「そうか、アムンゼンが動いたんだな?」
村上の問いにムーンは答える。
「ええ。アムンゼンは隷下の艦娘を率いてマニラを出港後司令部の命令を無視して南下を開始、その後海南島で補給後カリマンタン島に進路を取りました。それで会合はうまくいったんですか?」
「まあ....ほどほどだ。報道工作は?」
「反体制的なメディアへの工作も含めて順調に進んでいます。」
アムンゼンを戦争の英雄として祭り上げ、彼を司令部の重要ポストに入れ、防衛連合軍に新たな風が吹いていると世論を勘違いをさせる。
防衛連合軍の信用を短期間で取り戻すための壮大な茶番を演じようというのだ。
「わかった。では私も仕事をしようか。」
「また汚れ仕事ですか?」
ムーンは心配そうに聞く。
「十億人以上殺した私の手に汚れる余地は残っていないさ。」
「だといいですが。」
彼にかかっているストレスは計り知れない。にもかかわらず不思議と彼の顔には疲労は浮かんでいなかった。
シャルルドゴール空港には情報部が用意した早期警戒管制機が待機していた。
「村上少将お待ちしておりました。」
一目でわかった。それは防衛連合軍の装備ではなく米軍の持つ最新装備だ。
「連邦政府の動きが早いのか、それともあっちの既定路線にこっちが誘導されたのか。どっちだと思う?」
「私では知りえないことです。言えるのは今のCIA長官は生え抜きのバケモノです。」
「なるほど。」
村上は決心したかのようにタラップを上っていく。
機内に入った村上は会議室に入り一連の報告を受ける。
「現状はこんなところです。」
「アムンゼンの作戦はこのままだと失敗するということだな。」
「申し訳ありません。情報部には全面的な支援をさせていますがいかんせん敵が予想をはるか上回る戦力を機動的に投入してきています。パース海軍基地艦隊の南下に合わせて敵部隊70万が北上を開始しておりこの部隊が戦域にたどり着けば間違いなく殲滅されます。」
「作戦終了予定日時とその艦隊が戦域に到着する日時を教えろ。」
「終了は4月17日。敵の到着予想は4月15日です。」
「あと一日半か。」
海路で部隊を輸送するのは無理があるだろう。となると....
「ワーグナーに例の件がどうなっているか聞いてくれ。」
「九十九里浜のワーグナー大佐ですか?」
「ああ。」
「了解です。」
クダッから西北西に58海里
「敵艦載機多数。補足しきれません!」
「情報部からの報告によれば南から大部隊が接近中とのことです。」
「交戦中の各部隊、もう抑えきれないと言ってきています。」
CICでは悲鳴が飛び交っていた。すでに司令船自体の被害馬鹿にならず、通線設備は虫の息だった。
「きりがない!進路をクダッに向けて直進しろ!」
「そんなことすればこの船が沈みますよ。」
「今の速力で蛇行して航行していては艦娘も一緒に沈められてしまう。作戦に失敗した上にここで兵力を失ってたまるか!」
だが。
直進を始めたその時だった。
「輸送艦に魚雷が多数命中。4隻が速力低下で落伍し始めました....。」
ミサイルをたたくために飛ばした艦戦に未帰還が多数出たために制空権は損失。ミサイル攻撃は止んだが深海棲艦の艦載機の攻撃に対処しきれず空母たちが集中的に攻撃された。さらに商戦を守るために集中体形だったのもまずかった。砲戦の適正距離に空母が多数存在していたのだ。
撤退戦ならそれでもよかったが今回は攻撃側。最初から空母をたたかれないように配置を考えるべきだったのだ。
「第222航空艦隊にまだ艦戦が残っているはずだ。出撃させられないのか?」
「第222艦隊は被害が甚大であったために轟沈を出しながら戦線を離脱しました。艦戦は残っていてもそれを射出する艦娘がいません。すでに彼女らは戦闘する体力を残していません。」
「近海警備群はまだ来ないのか?」
「今の戦況で支援を頼んでも来てくれる艦隊などいませんよ。商船の乗組員をこの船に移して船を放棄。その後作戦を中止して最速で離脱すべきです。」
貴重な輸送艦や艦娘を損失して何の戦果もなし。
そんなこと許されるのだろうか?
自分の傲慢が作ったこの事態の代償を艦娘に背負わせるのがどうしても許せない。
「続行だ。工程の5分の4は消化しているんだ!難民を救助すれば近海警備群もこちらを支援せざるを得なくなる。」
「司令。ラッセル司令長官からお電話です。」
アムンゼンは恐る恐る受話器をとる。
『村上からの伝言を伝える。君の役目はひとまず終わりだ。艦隊をまとめて全速力でクダッに向かえ。交戦は許可しない。以上だ。まあ気にするな奴はいかれてる。君程度で相手にはできないさ。』
「くそが!!!」
アムンゼンは受話器を地面にたたきつける。
受話器のプラスチックカバーは砕け散り中の配線や基盤がそこらに飛び散った。
まだ自分の責任を問う電話のほうがましだった。
自分には能力があると思っていた。
だが結局村上は自分をうまく扱うために冷酷な人間を演じ、あえて失言してオセアニアだけに被害がとどまらないことを伝えたのだ。
自分はまんまとそれに乗せられた。
「司令?」
「あっ....。」
アムンゼンから出たのはそんな間抜けな声だけだった。
「司令!味方爆撃機と大量の輸送機が戦域に侵入してきましたがどうすれば。」
アムンゼンは黙り込んでいた。
「司令!指示をください!」
失意のアムンゼンにはその言葉は届かない。
「終わったよ。私も作戦も。もう不要らしい。」
状況の責任を全てとれるほどアムンゼンは大人でもなければ真の意味で絶望したことがなかった。
アムンゼンは所詮本当の意味で戦争を知らないもやしっ子でしかない。
司令船は戦場の中でもずば抜けて安全で、砲弾の衝撃を肌で感じたのも今回が初めてだ。
アムンゼンの優秀さは軍人としてのものではなく棋士と言った方がいいものだった。
それが村上に付け入る隙を与えた。
「準備攻撃用意!」
村上の指示で爆撃機のウェポンベイが開いていく。
ソロモンの時と同じで空海の連携で打撃を加える作戦を取ったのだ。
だが地形的な有利がなければ同じようにはいかない。そのため村上は狂気の一手を繰り出した。
「マスタードガスの散布を開始。」
「本当にいいんですね?」
「国連軍はヨーロッパで化学兵器を大量に使っている。何を今さら。」
村上はそう言うが海上に薬物をばら撒くのと沿岸部だけで限定的に使用するのとではわけが違う。
「わかりましたよ。This is HQ Bomber execution.」
その命令で爆撃機が次々に毒ガス散布を開始した。
深海棲艦も艦娘も表皮を装甲化しているが所詮は有機物。化学兵器を防ぐことはできない。適切な防護もなく肌の大部分が露出している深海棲艦には深刻な問題だ。
できることなら神経ガスあたりもばらまきたかったがさすがに米軍の許可が出なかった。
毒ガスで敵の航路を限定し、何とか敵を押さえ続ける。
それでも、こっちが出せる戦力は一万がいいところだ。
情報部の動かせる部隊を何とか拡張しようと試みたが数週間でできることには限界がある。
70倍近い戦力差を埋めるのは正直無理がある。
それなら無理せず後退をし続ければい。
「降下開始!」
敵の目前に艦娘を空挺降下させて戦闘を実行。敵を引き付けたら毒ガス散布範囲を走り抜ける。
艦娘にはあらかじめ毒ガス対策が必要ではあるがアメリカの工業力であれば装備一万セット程度、一週間もかからず用意できる。
「あとは、現場指揮官がどれだけ育ったかだな。」
長門は不快な装備に身を包み飛行機の中でじっと出番を待っていた。
村上不在の間鎮守府に残された艦娘は連日連夜出撃に次ぐ出撃で練度を上げ続け。本土に残された艦娘はワーグナーのもとで訓練を受けさせられた。
九十九里浜の艦娘と合わせて一万二千の艦娘で毎日毎日訓練を受けさせられた。
ワーグナーは自分たちが客で無くなった途端に豹変した。
村上も大概いかれた野郎だったが、ワーグナーは少し毛色が違った。
訓練の鬼とでも言えばいいのだろうか?
何時間でも際限なく訓練を延長し、72時間無補給で訓練をさせられたりもした。
ようやく宿舎に帰ってきても寝具は撤去されており6時間の睡眠ののちたたき起こされてまた訓練。
ただ不思議と理不尽な仕打ちには思えなかった。合理的には見えない体育会系の訓練だったがどうにもワーグナーの訓練には目的が見えるのだ。
その目的はすぐに分かった。村上はワーグナーに圧倒的劣勢の状況に空挺降下して損害なしで撤退することを要求していたのだ。
その為に無補給無支援でいかに精神状態を保ち疲労を見せずに戦うのか。
ある意味で守られていた艦娘を戦争の泥沼に突き落とし、泥水を啜らせる。それが村上の決定だった。
「やってられないな。」
「どうしたの長門?」
長門はそう陸奥に嘆くが、内心全く別の事を考えていた。
「竹野。いや村上は勝手だなと思ってな。」
「指揮官なんてそんなものでしょう?でも案外....。」
「いやではない....な。」
「降下開始2分前。」
いい加減聞きなれたジャンプマスターの怒鳴り声で装備を再確認する。
ただでさえ艤装で動きにくいにもかかわらず毒ガスから身を守るための装備が動きをさらに邪魔する。
極めつけは装甲車などを降ろすための大型パラシュートだ。
戦艦クラスの艦娘を一般的なパラシュートで降下させるのは無理だったためだ。
「降下開始一分前!」
「気張って行くぞ!」
長門は指揮下の艦娘総勢50体をそう激励する。
「GO!GO!GO!」
ジャンプマスターの指示で長門たちはいっせいに降下する。
副砲の反動で速度を制御しつつ降下していく。たとえ副砲でも上空から撃ち込めば戦艦級の深海棲艦の装甲であっても抜くのは容易い。
「これで命中させられると思っているのか?」
そんな愚痴がこぼれるが案外当てられないこともなかった。
弾速の減衰がない上に弾道を計算しなくても狙った場所に当たる。確かに訓練すればできなくはない芸当だがそれを平気な顔で要求するのは狂気でしかない。
減速はしたつもりだったが開傘の衝撃は訓練の時よりも大きかった。
体に急激なGがかかる。
「開傘した。」
『了解。援護射撃を開始する。』
パラシュート降下中の無防備な自分たちを援護するためにA-10Xが空域に侵入してきた。
白リン弾をばらまきながら低速で旋回し、的確に深海棲艦にダメージを与えていく。
これができるなら最初からやってくれと思ったりするがそううまくいくわけでもなく最初はうろたえていた深海棲艦の反撃が開始されると次々に撃墜されていった。
被弾すること想定で設計されているとはいってもそれはせいぜい機関砲程度。第二次世界大戦レベルの艦砲を受ける想定では作らていない。
「陸奥!見てられない。降りるぞ。」
「ちょっと!どうするつもり?」
長門は残り十数メートルの地点でパラシュートを切り離してすぐに戦闘を開始する。着水の衝撃で脳まで揺れるが気にしていられない。
無防備な自分たちを守るために戦っている彼らが無防備では本末転倒ではないか。
「一、二番砲塔、てー!」
長門は無我夢中で三、四番砲塔の旋回を待たずに射撃を開始する。
しかしその行動はとても褒められたことではない。敵のヘイトが一気にこちらに向いたのだ。
「落ち着きなさい!現場指揮官が冷静さを欠いてどうするつもり。」
だが、長門はただ冷静に一言
「冷静さを欠いてなどいない。」
と言った。
長門がほかの部隊よりも数秒早く着地したのは情だけの行動ではない。確かに襲われているA-10を救う意味もあったがそれよりも深海棲艦側に指揮官が付いても生まれるほんの数秒の野性的な判断を誘発するための行動だった。
その行動にまんまと引っかかった深海棲艦は長門の方に気を取られ大急ぎで砲塔を回していたがそこから砲弾が発射されることはなかった。
ほんの数秒の間だったがあまりにも無防備な背中を晒しすぎたのだ。
「沈め!馬鹿が!」
長門の砲撃を合図に一斉に艦娘たちが襲い掛かり敵を沈めていく。
ただでさえマスタードガスや、白リン弾などの兵器で混乱していた戦場に艦娘が空挺降下してきたのだ。深海棲艦側にはそれに対応しうるだけの指揮官も装備もなかった。
「敵が引いていくがどうする?」
長門は村上に戦況を説明しがてら指示を求める。
『今のは敵の前衛でしかない。南下して敵の主力と交戦する。』
「正面で撃ち合えばこんな小手先の方法が通用しない火力で叩き潰されるぞ?」
『敵に冷静な戦況判断ができていれば危険だが敵が今持っているのはよくわからんガスとよくわからん砲弾で攻撃されたかと思ったら突然艦娘がどこかから湧いてきた。これの程度の情報で、正確に戦況を判断できるのならそれは魔法の類だ。敵がこっちのベールを剥ぐ前に敵をもっと南に押し込む。』
「了解だ。」
ボルネオ島とカリマンタン島で表記がぶれていますが深い意味はないです。