堕ちた提督   作:Yasoshima kakeru

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韓信と曹操

アムンゼンは不気味なほど静かな海を航行していた。

よくわからないが敵の攻撃は全て止み、簡単に撃破できる敗残兵のような深海棲艦だけが定期的に輸送船の近くに現れる。それをまるでプロモーションのように素早く排除して、多くの避難民を救出する。

裏で何が起きているのかさっぱりだが、わかるのは自分と自分の部隊が見世物にされているということだ。

 

「気味が悪いと言ったらありゃしない。俺たちが安直すぎたのか、それとも村上たちが規格外すぎたのか。」

 

そうぼやくと士官の一人が答える。

 

「どちらも違いますよ。あなたの判断は決して安直などではなかった。ただ若さゆえに手段を間違えただけです。もしあなたがこうやって必死に人々を守ろうとしなければ村上少将は別の見世物を探してきたでしょう。つまり、あなたの行動は村上少将ですら必要だと判断していた。」

 

「こっちは死地に行く心づもりでここにきた。にもかかわらず村上は誰だっていいと。あいつにとってこっちは取るに足らない存在だってことだ。」

 

「まあ見事に釣られた訳ですから否定はしません。」

 

「敵部隊壊滅を確認しました。」

 

「わかった。再度増速。このまま北上する。」

 

アムンゼンは気の抜けたCICの状況を見てまずいとは思っていたが、今注意しても無駄だろう。自分たちはまたも本当の意味での危機を経験しそびれたのだ。

 

「配置換えを要請するべきだな。今のままじゃ村上にお膳立てされて奴の手の中で踊る演者にすらなれない。」

 

「そこまで悲観的にならなくてもいいのでは?」

 

「悲観的になっているわけじゃない。若さだけで担ぎ上げられているのは癪なだけだ。もう一度キャリアをやり直すよ。それを村上が許してくれるのかわからないが、俺はまだ若い。何とかするさ。」

 

「明日を語るのはいいですが今は彼の手の中で踊ってでも救える人を救いましょう。」

 

「わかってる。」

 

 

作戦開始から三時間が経っても村上は継続して南下を指示していた。その間に村上が搭乗している機体も空中給油を受け、かれこれ丸二日近く空の上にいた。

 

「まだ南下をするんですか?敵のミサイル攻撃も激しくなってきていますしそろそろ引き上げるべきだと思いますが?」

 

村上にそう指摘してきたのは若い士官だった。

 

「いま南下をやめれば敵はどう思う?」

 

「どう思うですか?」

 

「ああ。」

 

若い士官は少し考えて答える。

 

「増援を警戒して撤退したか、あるいは防衛ラインがあるのではないか、と思うかもしれません。」

 

「そうだな。しかしこう考えるかもしれない。実はたいした戦力ではないのかもしれない。」

 

「それは....」

 

「敵に精神的な余裕を与えればこちらの戦力について冷静に分析するだろう。そうすればこっちの化けの皮が剥がれる。」

 

雑兵の数だけが売りの深海棲艦だがそれ故に指揮官不足は深刻だろう。

しかし、残念なことに人類は指揮官なしの深海棲艦に追い込まれていた。圧倒的な物量というものは小細工など容易く破壊することが出来る。故に、より巧妙な小細工を仕掛け、こざかしい戦い方をしなければならないのだ。

 

「ですが、これ以上深追いすればいよいよ引き際を見逃しますよ?」

 

「敵が反転攻勢に出たところでその進行速度は知れている。だがこっちは計画がなくともかなりの速度で後退できる。包囲などさせる気はない。仮にこっちの想定を超える指揮官がいるのなら最初の攻撃でパニックを起こしてもそれをすぐに収拾してこっちに攻撃を仕掛けてくる。」

 

若い士官は不満そうではあるが彼には村上に反論できるほどの知識も経験もなかった。

強気な村上だったがはっきり言って現状では艦娘の命を保証できる程の情報も優勢も確保できていない。

行き当たりばったりとまではいかないが、一瞬でも判断を誤れば部隊が容易に壊滅しかねない。

 

「爆撃部隊に通達。先行して毒ガスを散布。周囲の気象情報を再確認してくれ。」

 

村上の指示で機内では情報官がまたせわしく動き始める。

 

「海上の風は許容範囲内です。付近を航行中の民間船舶なし。汚染についても許容値に収まるものだと予測できます。」

 

「第四次攻撃を承認する。空母は速やかに艦載機を発艦させろ。」

 

 

村上の指示で蒼龍は艦載機を上げる。

気が狂うほど何度も繰り返した訓練おかげというか、せいというか限界まで艦載機をぶん回しても回避行動がおろそかになることはなかった。

元から極めて高い戦闘力を誇っていた蒼龍に更なる教育を施せばもはや手をつけられなくなるわけで、中長距離は艦載機で対応し近距離は体術で弾丸の一つすら使わずに深海棲艦を引きちぎる。

しかしすでに蒼龍だけが突出している訳ではなく部隊全員の実力が彼女に怒号の勢いで迫っていた。

もともと戦場で戦うことを想定して訓練をしていたわけではない蒼龍だったが、それでもそこらの艦娘ではとても考えられないレベルの実力だった。

 

「前方5海里の海上に落伍した深海棲艦を確認しました。攻撃しますか?」

 

加賀の提案に蒼龍は首を傾げ

 

「そんな弱った深海棲艦にこっちの爆弾を使う価値はない?先行している巡洋戦艦部隊に位置情報を打電。そっちに処理させなさい。」

 

艦載機の爆弾を使えば一度母艦に戻って再補充する必要がある。飛行隊が優先して処理すべき目標ではない。

その通りだといえばそうだが安全を優先するならば叩けるときに叩くべきだ。

しかし今は安全策が取れないから防護服を着て毒ガスの中を進んでいる。

そして蒼龍の予測は的中した。

 

「観測機より報告。十一時方向より敵空母及び巡洋艦を主力とする部隊が反転してこちらに向かってきています。距離は15海里、こちらとの相対速度は82ノットです。」

 

「わかりました。艦隊増速。全航空隊に攻撃を指示せよ!敵の部隊の目的は威力偵察だ。時間をかければ敵はからくりに気付く。速やかに叩き潰せ。」

 

『第43艦隊榛名です。こちらもそちらと同じ敵艦隊を補足しました。砲戦に移行します。』

 

先行していた巡洋戦艦部隊の一つが支援を申し出てきた。

蒼龍は考える。航空部隊だけが攻撃を仕掛ければ、時間的には最速で敵を葬ることができる。だがそれは最善なのか?

おそらく違う。空海が連携して攻撃を仕掛けたほうが敵の報告はより大きな誤報を生み出す。

敵に恐怖を植え付け、敵の指揮官の頭を失敗の二文字で埋め尽くす。

 

「村上少将。私たちの航空隊の指揮権限を委譲します。」

 

蒼龍の提案の意図を一瞬で理解した村上は

 

『了解だ。第43艦隊、君たちは私が直接指揮を出す。榛名問題ないか?』

 

『はい。榛名は大丈夫です。』

 

『よし了解した。』

 

蒼龍はしばらく通信に耳を傾けて村上の指揮を聞いていたがこの数か月で指揮を学んでから、彼の指揮がどれだけ常軌を逸しているのかよく分かった。

航空隊への指示では多くのものが、低空だとか急降下だとか言うが彼はそんなことは言わない。

効果的な戦術であることには疑いようのない急降下爆撃だが情報部からの正確なデータリンクがある状態でわざわざリスクの高い急降下爆撃を行う必要などない。

AWACSに積まれたコンピューターで最適な投下時間と高度を算出して初撃で敵の対空砲火を弱体化させ、今度は急降下爆撃を行う。

機体が急降下する音に気を取られている敵に静かに侵入した雷撃機からの本命の攻撃を確実に当てていく。

そうして戦艦を無力化してから第43艦隊の登場だ。怯えきった敵に派手な砲撃を加えていく。

あえて小型の艦艇を見逃しつつ敵を蹴散らす。

敵部隊はこちらの総戦力の三分の一程度の規模だったがこちらは十分の一の戦力も使用することなく敵を壊滅させたのだ。

その間に別の部隊が敵の敗残兵に肉弾戦を仕掛けて執拗に痛めつける。

ようやく第一次攻撃の損害を把握して立て直しを図っていた敵艦隊はまたもパニックに陥るだろう。

そして敵の目である無人偵察機はF-35Xをはじめとする米軍の戦闘機に片っ端からたたき落とされ戦況が優勢だと判断した米軍による地上のミサイルへの攻撃を開始された。

 

「こうなってしまっては立て直しに苦労しそうね。」

 

加賀がそうつぶやくのを聞いた蒼龍は

 

「慢心は身を滅ぼすかもしれませんよ。」

 

と注意したが正直なところこの短期間での一万近い兵力を吹き飛ばされた敵がこちらの作戦終了までに立て直してこれるとは思えなかった。

もし避難誘導が遅れて敵の反撃が始まったとしてここまで南下してしまっては再侵攻して来るにしても時間がかかる。それに村上は容赦なく毒ガスをばら撒くだろうし簡単に進むことなどできるはずがない。

もし目標が敵殲滅であったのなら結果は違うかもしれないが、時間稼ぎだけが目標の今回の作戦ではもう敵が戦略的に勝利することは起こりえないだろう。

陸上に上陸してゲリラ戦を実施する計画がおじゃんになった村上は今どんな顔をしているのだろうか?

 

 

ここから敵が巻き返してくる可能性が低いという報告を聞いて村上は安堵と同時に戦術研究の機会を失ったことを残念に思っていた。

勝因は敵の攻勢自体に無茶があったことや、大規模な支援が受けられたこと、練度が極めて高い艦娘で艦隊が構成されていたこと、戦域までの移動での消耗がなかったことなどいろいろだ。

だが最も大きな理由は敵にはここで無理に押す必要性が存在していなかったことだろう。

こちらが無理に無理を言わして戦ったのに対して敵にとって今回の戦闘は『倒せたらいいな。』程度の重みでしかなかった。

もしこちらに損害が出ていればそれだけで戦略的には負けだったのだ。

そのため村上は敵が反撃に出た時点で部隊を上陸させてなれない陸上での戦闘で地味な戦闘を繰り広げるつもりだった。ゲリラ戦は戦闘センスに頼る深海棲艦には部が悪いと言う仮説を確かめるためにもできれば実施したかった計画だったがまたいつか。いやどうせやらなければいけないときが来るだろう。

 

 

東京 防衛連合海軍本部ビル

 

ビルの前には報道陣が並び、その騒動の中心で方に星条旗を付けてむつかしい顔をしている軍人が一人。

その目はビルのほうからこちらに向けられている銃口を見ていた。

彼はそれに一切動じることなく腕を組んで部下から受け取った三つ折りの紙を開いていく。

その銃口に一切屈していないのは彼だけではなく多くの記者も同じだった。

理由は簡単だった。

男の後ろにはビル丸ごと吹き飛ばすのに十分な戦車が並び、上空は大量の攻撃ヘリがビルを取り囲むように飛んでいたからだ。

男は紙を開き終えると声を張り上げてそこに書かれた文を読み上げる。

 

「防衛連合軍憲章第一条第四節により現時点を持って司令長官を解任。現在の司令部を解体し、最高司令部に所属する指揮官は速やかに出頭せよ。この命令に従わない場合、防衛連合軍憲章第十二条第三節に基づいて強制執行を実施する。強制執行に際して発生する人的、物的、その他あらゆる損失に大してアメリカ合衆国政府、及び英国亡命政府は責任を負わない。以上。第53代アメリカ合衆国大統領リカルド・フォン・シューマン。英国亡命政府首相フレドリック・ジェームズ。」

 

読み終えた男は一つ小さな息を吐くとまたその紙を丁寧に折りたたむと部下に渡してビルのほうに向かって歩き出す。

防衛連合軍の兵士たちは震えながら彼に銃口を向けるが結局砲声の一つもならなかった。

情報部の部隊も、憲兵隊もアメリカ側につきこのビルをすでに離れていた。抵抗してくる部隊がいないのも当然だろう。

ラッセルがアメリカに歯向かって抵抗するはずがない。日和見で世渡りのうまい彼が自ら逃げ道をふさいだりするわけがない。

司令長官室に乗り込むとラッセルは驚いた演技して見せるがその目はいたって冷静に自分の保身だけを考えていた。こんな状況で冷静に保身を考えられる人間はそうそういない。だからこそ司令長官という不相応なポジションに立てたのだろう。

 

「ポーク・ラッセル。君の身柄はこちらで預からせてもらう。手を頭の後ろで組め。書類とパソコンに触ればここで射殺することになるからな。」

 

またラッセルは怯えたような演技をするが彼は全く動じていない。恐らくアメリカ政府にいる知人のことを思い出して使えそうな人間でも見繕っているのだろう。

関係者の拘束が済んだ後は大量の文章とハードディスクを回収する。

ただ今度も情報部と村上少将はいかにも怪しいにもかかわらず調査対象外だった。

不満だがCIA長官が直接絡んできた案件だ。下手に動けば二度とアメリカに帰れなくなる。

 

「隊長....。」

 

「言いたいことはわかるがやめておけ。知らないほうがいいこともある。」

 

部下をそう諭し、彼は執行を再開した。

 

その翌日。連邦政府と英国の指示のもと新たな人事が決定された。

司令長官に中越。最高司令部の人間も大部分が入れ替わりアムンゼンも抜てきされた。

彼は拒否したらしいが、世論形成もすでに終了しており彼はすでに英雄にされてしまっていた。

腐敗した司令部の命令を無視して多くの市民を救った彼が英雄でなければ誰が英雄と言えようか?

そんな勢いで反体制的なメディアですら彼を絶賛した。

その流れはアムンゼンごときが止められるものでもなかったし彼がインタビューで村上がやったことだと説明してもその記事が世に出ることはなかった。

その村上は司令部から追い出されて戦術研究課に異動させられることになっていた。

ただ、そんな人事は見せかけのものでこの大規模な人事の裏で情報部に竹野という名前が追加されていることに気がついたのはごく少数だった。




今回のタイトルはかなりひねったので自慢させてください!

韓信は背水の陣で有名な井陘の戦いを勝利に導いた漢の武将です。
そして曹操は後漢を(事実上)滅ぼした武将です。
こっちは必至こいて戦ったにもかかわらず、結局は負けていく。ああ無常。
と言った。意味を込めたタイトルです。

まあ、後漢の崩壊に関しては複雑で董卓が後漢を破壊したとも言えなくはないような気も....
というかそもそも時代違うし....

まあ、多めに見てください。
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