ブラウンは淡々とこの戦争の真実について語り始めた。
「計画が始動したのは1950年の4月。ソ連が核実験を成功させたことに伴ってアメリカは一方的な優位を失った。そこで軍部はトルーマンにとんでもない計画を提案した。それがノア計画だ。そしてそれを承認させた。彼の名誉のために言っておくが戦争の勝利から数年しかたっていない状況で大統領と軍部のパワーバランスがどうなっているかなど言うまでもないだろう。そんな中でマッカーサーを解任した彼は十分その責務を果たしている。」
「ですが、次の大統領が計画を止めれば済むだけの話では?」
「本当に軍部の統制下にあった計画であればそれだけで終わりだ。だが計画はすぐに軍の手の中から離れていった。ノア計画を主導するArk機関が設立された。その後、大統領職には任期があり、情報漏洩を防ぐためという言い分で、大統領ですら知ることが出来ない極秘計画が誕生した。そしてそのArk機関の監視を軍から引き継いだのが当時、設立されたばかりのCIAだ。」
「CIAは手綱を握りなおせたんですか?」
「当時のCIA上層部は握りなおせたものだと勘違いしていた。計画立案者の能力についての見積もりは甘く、責任者が持っていた危険思想を矯正しようとしなかった。」
「危険思想?」
「彼は世界初めての核実験を学生の時、教授の招待で観覧していた。その時彼はこう思った、人類は神に成り代われる。と。その記録は軍によって削除されマンハッタン計画に関わった一部の物理学生の名前も削除されていた。設立当初のCIAが軍が隠していた機密情報にアクセスできるはずもなく危険な人物を中核に置き計画は本格的に稼働し始めた。米国政府と計画のかかわりを隠すためにレイヴン開発投資銀行が設立されたことは知っているのだと思うが、とにかく計画の存在を知っていた人間は少なく、倫理など無視した計画だったという事だけ知っておけばいい。」
「話を聞く限り、核兵器で世界を焼き払うと言うのがノア計画の概要ということになりますがそれでは艦娘や深海棲艦について説明出来なのでは?」
「核兵器を全世界で使用すれば政府によって選ばれた人間の住処も失われる。そこで軍も核兵器を使用せずに人類の分布を大幅に変化させる必要性が生じた。」
「それが深海棲艦?」
「いや。その役割は本来艦娘が負うはずだった。」
「艦娘がですか?」
「そうだ。深海棲艦は意図的に生み出されたものではない。」
「そこら辺の事情に目をつむったとして、深海棲艦も艦娘も今の技術水準で作ることが出来るとは思えません。」
「そこで何かしらの計画が始動され技術的な問題を解消したらしいがその計画に関してArk機関側からCIAには何の説明もなかった。」
「問題にならなかったのですか?」
「それ以上の問題への対処にCIAは追われていた。政府が求めたのは非現実的な計画ではなくより現実的な対ソ連戦闘計画だった。同時にCIAは中南米への介入を強めていた。チェゲバラの息の根を止めるため、カストロ議長をこき下ろすため、目的は様々だったが当時のCIAには自分の下部組織を監査して監督する余裕はなかった。」
「まさかそれで数十億人を殺すことが出来る計画の監督を怠ったのですか?」
「CIAを出し抜けるのはKGBだけ。そんな考えが当時のCIA上層部に蔓延していた。能力もない、スパイと言うものが何かよく知らない。そのくせ血の気だけはある戦地帰りの閣僚どもには部下を怪しむという考えが根本からなかった。」
「では計画が見直されたのはいつなんですか?」
「何度か計画を見直そうという話が上がってきたがそのたびにArk機関の担当者が巧みな説明をして切り抜けていた。」
「巧みな説明?」
「計画の凶暴性を一切説明せずに自国の威信が低下していることをついて予算を捻出させたり、戦略兵器の新設計など研究の分野を拡大して何とか予算を搾り取ろうとした。」
「その努力の甲斐あってソ連が崩壊するまでは計画を維持し続けた訳ですね。」
「そうだ。だが1995年の会議で計画が明らかに時代錯誤であることや詳しい計画の内容の開示をArk機関側が拒否したこと、さらには世界を容易に破壊しうるライバルが崩壊したことで計画は存在意義を失っていた。結局その会議で計画の即時停止と研究成果及び設備の押収が決定された。」
「けれど研究所には何も残っていなかった。」
「その通りだ。CIAの部隊が研究所に突入したときすでにArk機関は姿をくらませていた。レイヴン開発投資銀行の経営権すら奪い返せず、強硬手段に出ようとしたCIAは大統領に制止された。」
「莫大な予算をとんでもない計画につぎ込んでいたことがばれるのを恐れたということですね。」
「どうだよくある話だろ。見逃せば数十億人が死ぬかもしれないということに目をつむればな。政治家たちは計画を本気で実行しようとしている人間がいるとは思わなかった。それに技術的に無理があると複数の軍関係者から説明を受けたらしい。」
「けれどArk機関にはその技術力あった。」
「これを見ろ。」
ブラウンは封筒から数枚の写真を取り出しそれをこちらに見せてくる。
その写真には艦娘らしきものが映っていた。
「この写真は第一次フィリピン海海戦でとられたものだ。」
第一次フィリピン海海戦は人間と深海棲艦の最初の戦いだ。少なくともそうであるはずだった。
「第七艦隊を壊滅させたのは....艦娘?」
「この写真を見る限りそう言う事になる。」
「艦娘が敵であるならば現在の状況を説明するのが極めて困難になります。もしそれが事実であるなら今人類に打つ手はない。深海棲艦だけでいっぱいいっぱいの人類が艦娘までも相手取って戦えるはずがないわけですから。」
「そうだ。もし艦娘が敵であるのであれば人類は抵抗が無意味な状態だ。いや、人類の大多数と言った方がいいか。ノア計画で生き残るごく少数の人間にとっては危機でも何でもないからな。」
村上はブラウンのとらえにくい態度に多少イラついていたが一度冷静になって考える。
「艦娘は舞台装置?」
「ようやく気が付いたようだな。人類が本気で抵抗すれば深海棲艦の脅威など数年あれば排除できる。人類は平和的な外交手段では連携できないが強大な敵に抵抗するためであれば簡単に連携する。だから拮抗を演じるために艦娘は用意され、その未知の存在を容易く受け入れさせるために深海棲艦と言ういかにも邪悪な見た目をした艦娘よりも未知な敵を作り出し人間のくだらない正義の尺度を利用した。」
「けれど、Ark機関の思惑通りにはならなかった。」
「Ark機関の想定をはるかに上回る程に人間は醜かった。Ark機関はたった一年で艦娘を改造し妖精と言うインターフェイスを作り上げ今のレベルの人類でも艦娘を利用できるようにまでした。にも関わらずそれ以外の人類は大量の兵士が死んでいく現状に目をつぶり、勝てるかどうかわからない戦争であるにもかかわらず戦後処理について話し合ってみたり、混乱に乗じて商売敵の国に火種をばらまき混乱を招いたり。と、ろくなことをしなかった。」
「中国の内乱にやはり米国が関与していましたか。」
「言い訳だが、CIAが関与しようがしまいが燃え上がるには十分な火種があの国にはあった。」
「ですが引き出せたかもしれない協力の芽を早々に摘んでしまったことに変わりありませんよ。」
「話を戻す。艦娘が舞台装置としての役割を終えるタイミングは分からんが着々と人類は支配地域を損失している。Ark機関がフロンティアとして必要と考えている領土がどれほどあるのかによってタイミングは変動するがアメリカ全土、あるいはヨーロッパ全土程度だろうな。」
「そのどちらかから軍が撤退すれば全世界は核の炎に包まれると?」
「だろうな。恐らくミサイル防衛が無駄な量の飽和攻撃を仕掛けてくるだろう。敵の技術水準を考えればその程度容易だと考えるべきだ。」
「ではもし艦娘と人類が深海棲艦を押しのけたとしたらArk機関はどう動くでしょうか?」
「さあな。少なくとも人類が団結しているところを見て感動し、計画を中止するような奴らではないことは確かだ。艦娘の脳にチップが仕込まれていて、たった一つの指令で人類に歯向かう可能性も否定できないしな。」
ブラウンは何かの映画で見たことがあるような話をするがその可能性も現状否定できない。
人類が艦娘への依存度を高めれば高めるほど危険は増していく。国連軍が存続しているのは事態を把握しているアメリカ上層部の人間がそうさせているからなのかもしれない。
「そう悲観的になるな。艦娘の数と、深海棲艦の数、比べて見ろ。チップだとかを仕込むまでもない。」
それはそれで悲惨な事態だ。だが確かに自分を神か何かだと勘違いしているArk機関の連中がチップを仕込んで騙し討ちというストーリーを望むとは思えない。
それよりも神から最後の慈悲を与えられながらもそれを使いこなせず敗北していった下等な人間達と言うストーリの方が彼らにとっては都合がいいだろう。
「それで?まず何から始めるべきですか?」
「お前の考えを述べてみろ。いや考えではないな。お前の計画ではこの後どうする予定なんだ?」
「まずは現在の防衛連合軍上層部の首を飛ばします。そして二サエルが裏切ったことを大々的に公表して敵を明確化します。」
「ノア計画について公表すれば米国の立場はなくなる。いま米国の協力なしに戦闘を続行するのは不可能だ。」
「だから生贄が必要なんですよ。CIAにすべての罪を擦り付けて沈めるんです。」
「CIA長官に対してよく言ったものだな。」
「貴方だってこれ以外に選択肢がないということを知っているはずです。」
「用意できるのであればほかの生贄が欲しいところだがこれだけ大きな計画を裏で実行していたと公表して信じてもらうにはCIAほどの巨大組織でなければ役不足だろうな。だが残念ながらCIAを生贄にすることは許容できない。CIAには今後もしなければならないことがあるということもあるがそれ以前に、CIAの暴走と言う結論では結局アメリカが非難を受けることを免れない。」
「自国が起こした問題にもかかわらずこの期に及んで自己保身のためにまた隠蔽ですか?世論が求めているのはもっと単純な対立構造です。Ark機関の事を公表して複雑な事情を説明するよりももっと単純な....」
「気が付いたか?単純な構造にしたいのならCIAを突然引っ張り出してくるよりも簡単な方法がある。」
ブラウンはただ冷酷にそう告げた。
「君の協力の申し出を受ける代わりに私たちが要求することはただ一つだ。」
「それが本当に交換条件になるとでも思っているのか?」
ブラウンは鼻で笑ったかと思うと
「私たちの要求で君が失うものはいずれ君自身の手によって結局損なわれるものに過ぎない。違うか?」
ブラウンの事を甘く見ていたことは否めない。だが間違いなくこいつは二サエルの上司としてほんのわずかな時間だったかもしれないが彼の事を制御下に置いていた実力を持っている。甘かったのだ。こちらの考えも計画も全て知った上でこの男は今日この場所にいるのだ。
「条件を飲みましょう。一か月以内に主要国の首脳あるいはそれに近いしい権限を持った人間を集めてください。」
村上にはそう言うしかなかった。
「一か月?二週間あれば十分だ。連絡役は西村に任せる。以上だ。」
「計画の説明はいらないと?」
「防衛連合軍も、国連軍もぶっ壊し、人類共同戦線を作らせる。そんな単純な計画、わざわざ説明されなくとも理解できる。」
ブラウンはそう言うと応接室から出ていった。
そこから話はスムーズに進んだ。会談で多少もめたがアメリカ代表が強引に話を進めて国連軍代表者を半ば脅迫するような形で同意させた。
『準備はすべて整ったと?』
「いや。まだだ。」
村上は西村と会話しながら最後の調整をしていた。
『何か足りないのか?』
「プロパガンダが不十分です。防衛連合軍への民衆の失望を取り払うためにはもっと強力な手が必要なはずだ。」
『あいにく私が使える手札に強力なプロパガンダを打てるものはありませんよ。』
「報道各社に記事を書かてください。」
『どんな?』
「物語に出てくるような“英雄”の話です。」
『記事じゃないのか?』
「大半が真実だと信じる物語は記事と同じですよ。」
『あくどいことばかりうまくなっていくな。感心しないぞ。』
「あなたが言えることじゃないでしょう。」
その二週間後アメリカ、日本、フランス、ドイツ、ロシア、カナダ、ブラジル、イタリア、英国亡命政府の各首脳が集まり会談が開かれた。
そこで防衛連合軍と国連軍の統合について協議が開始されることになる。
分かりにくいので補足しておきますがフィリピン海海戦から約一年後初めて艦娘が人類側で登場しておりそれまでの間人類は人間の兵士だけで深海棲艦の攻撃を耐えていました。
村上の戦闘技術はこの一年の間に磨かれたというわけです。
補足
数回前の「渡り鳥」の序盤の記述と今回の終盤の記述に矛盾が生じていましたので「渡り鳥」の回を修正しました。
恐らくほかにも記述のブレや矛盾などが在ると思います、もしよろしければ報告いただけると幸いです。