訓練所は時間のせいもあって静かだった。
使われた形跡はなくほとんどの艦娘が戦闘訓練をここ最近行っていないことを改めて実感する。
肉弾戦の練度などあまり必要ではないが、龍田の様子を見るに大体の技能が同じようなレベルだろう。
かく言う竹野も自分が戦闘訓練をしたのは開戦初期の訓練が最後だ。そもそも艦娘の戦闘と人間の戦闘など似て非なるものであるの。
人間が撃てる拳銃の軽く数倍の威力を持つ艦砲を撃つ彼女らと同じ練習をすれば人間など爆風でズタボロになってしまう。
「思い出すな。」
艦娘の出現から半年ほど経ったとき初めて艦娘のための拠点が完成した。
式典も行われることはなく静かにその基地は稼働し始め、銃の射撃訓練所とは比べ物にならない爆音が響き渡っていた。
竹野は手探りで戦術を考えその戦術を可能にすべく艦娘を指導した。
基礎的なことから突拍子もない訓練まで様々なことをやった。
「何を思い出すのでしょうか?」
昔のことを思い出していると誰かが訓練所に入ってきているようだった。
時計を見るが時間はまだ七時を回ったとこだった。
「集合は八時だぞ朝潮。」
「わかっています...」
朝潮は言葉に詰まったようで黙り込んでしまう。
「何か言いたいことがあるなら言って構わないぞ。」
彼女が飛ばされた原因は上官への過度な進言とされていた。が、どうせ例にも漏れず仕事のできない上官に、言って当然な意見をして飛ばされでもしたのだろう。
飛ばしただけなら問題ではないのだが次の提督はかなりの自信家であったようで意見されたことに腹を立て意図的に危険な海域に送り込み大破させ、落伍し始めていた朝潮に撤退を許可しなかった。
落伍したおかげというのもおかしいが漂流していた朝潮を掃海任務中の旧オーストラリア海軍の艦艇が保護し別の鎮守府に配属されたものの、意思疎通がうまくできない状態であるためここに送られてきた。
だから上官に何かを言うのは彼女にとって難しいことなのだろう。
「いえ。何でもありません。ご迷惑をお掛けしました。」
そう言ってどこかへ行こうとする。だが目的があってここにきたのは、間違いない。
「待ちなさい。私が出ていくから好きにしてくれ。」
変に刺激してもいけないが何をしようとしていたか気になる竹野は訓練所を出た後にこっそりと訓練所に戻る。
中を覗いてみると朝潮が訓練の準備をしているようだった。
ほかの鎮守府では意欲的でよい行動だと楽観的に言い放てるが、この鎮守府でそのような行動をとるのは何か危険な兆候であるようにも見える。
朝潮は訓練設備の点検をして艤装や訓練用の砲弾などの残数を調べているようだった。どうせちゃんと管理されていないだろうということに、いい加減気が付いた竹野は予め点検もすませ備蓄も調べているが声もかけずそのまま見守る。
しばらくして朝潮は作業を済ませたようで訓練所を後にする。
結局彼女は訓練所の準備をしていただけだった。だがそれが問題だ。彼女はただ従順なふりをしているだけだと竹野にはわかっていた。
竹野があの場所にこの時間からいたということは点検も準備もしていると思うのが当然。
朝潮は点検を済ませたのかどうか聞こうとしていたのだろう。だがやめてしまった。理由は簡単。
もう誰にも自分の行動を決めさせないためだ。しかしそれは兵士として致命的な問題だ。軍規によって軍に拘束され危険な任務も上官の命令で実行する。
今の朝潮を出撃させても恐らく彼女のフィルターで許可された命令しか受け付けないだろう。たとえ竹野が時間をかけて作り上げすぐに意図が分からない複雑な作戦であってもだ。
「やはり、少し小細工でもするか。」
司令官には仲間の命も自分の命も預けない。
そう決めてから何度目の危機だろう。新たに着任した司令官は私たちを招集して訓練をさせるつもりだ。
けれど、どうせ訓練の事故の責任も取るつもりはないのだろう。だから点検も何もかもあらかじめ済ませておくつもりだった。
でも邪魔が入った。司令官が訓練所にいた。意味もなくほっつき歩いていた。そんなに暇ならおとなしく寝ておけばいいのに。
深海棲艦などより無能な味方のほうがよっぽど危険なのにどうして司令部は私達だけで戦わしてくれないのだろうか。
「集合時間は八時だぞ?」
そんなこと言われなくても分かっている。
「わかっています...」
司令は一体ここで何を?そう聞こうとした。
でもその声は出なかった。もしかしたら点検でもしていたのかもしれないという仮定は捨て去る。
今まで上官が私にしてくれたことと言えばなんだろう。思い出してみると聞く気も失せた。
「何か言いたいことがあるならば言っていいぞ?」
いちいち発言許可がなければこちらが喋ることすらできないとでも思っているのだろうか?
怒りがこみあげてくる。
「いえ。なんでもありません。ご迷惑をお掛けしました。」
訓練所を出ようとすると司令が私を呼び止める。
「待ちなさい。私が出ていくから好きにしなさい。」
腹が立った。なんだか見透かされているような気がして。
しっかり点検を済ませて砲弾の残数を数えて記録をする。そして駆逐宿舎に戻る。
司令官に道中で会うこともなく駆逐宿舎にたどり着くつく。同じ朝潮型も陽炎型も白露型も私が守らなければ。そう自分を鼓舞してみんなを起こす。
なかなか起きてこない娘もいるが何とかして起こす。司令官には怒る隙も与えたくない。
集合の十分前には駆逐艦全員をまとめて訓練所に向かった。だがまたしても司令官は先にいた。腕時計をみて時間を確認してからこちらを見る。
これでは文句は言えないだろう。わざわざ早く来ていたのにその労力を無駄にしてやった。
「早いな。後五分ぐらいは遅くても大丈夫だったのに。まあ早いに越したことはないが。」
司令はそんなことを言う。軽巡の方々が懐柔され駆逐艦の中にも司令官を好意的に見る娘が出始めている。そのうちの一人が
「提督は前の提督とは違うのかい?僕たちを殴ったりけったりしないのかい?」
時雨がそう聞く。
「少なくとも前の提督よりはましだと自負しているよ。そろそろ始めようか。」
当たり前だ。面と向かって暴力を振るのか聞いても、「はい、そうです」と答えるわけがない。
ごまかすに決まっている。
「まずは君たちの能力を見たい。制止している目標への射撃、動いている目標への偏差射撃、魚雷投射の順でテストさせてもらう。まずはそこからだ。」
そうしてテストが始まる。
私はそれなりの精度を出したつもりだったがあの司令官はあり得ない程の高精度を目標にして訓練をすると言い出したのだ。
射撃のテストは問題なく終了したが魚雷投射のテストで問題が発生した。
魚雷の一本が訓練用ではなく戦闘用のものだった。
「ここの管理をしていたのは誰?」
司令が怖い顔をしてそう聞く。私は無意識に手を上げていた。
「朝潮。訓練が終わってから執務室に来るように。」
そうとだけ言ってテストは再開された。魚雷は炸裂したが標的艦はただのラジコンであり誰もけがをしていなかったのが幸いだ。
そんなことを考えていた朝潮だが次第に彼女は恐怖にむしばまれ息を荒くしていた
「ほんとに大丈夫なの?」
満潮が心配そうに聞いてくるが
「ええ。大丈夫。」
そう答えるのが限界だった。
散々な結果でテストを終えて朝潮は執務室に弱々しく向かう。
「点検したのは君なんだな?」
司令は最初にそう聞いてきた。私は頷くことしかできなかった。
「ならばなぜあんな事故が起きた?」
私にもわからない。
「わかりません。」
「責任は君にあるんだよ。わからないでは困る。」
責任...昔の提督を思い出す。最悪な記憶だ。私が予想した通りの事故が起きた時、彼は責任など取ろうとせず。あろうことか、私が意図的に事故を起こしたと豪語した。
「申し訳ありません。」
「謝罪は求めてない。どう責任を取るんだ!」
司令は声を張り上げる。
「すみません。」
「だから!何度言わせるんだ?謝罪など無益なことをする必要はない!」
ならば私はどうすればいいのだろうか。
「責任を取って一人で戦果を挙げてきます。」
「できるのか?できないだろ。あのテストの成績で単艦で出撃?そんなこと許可できると思うか?」
「ならば。夜伽でも...。」
「あのなぁ...」
司令官の声が明らかに変わった。なぜか急に柔らかい声色になり呆れていた。
「おかしいと思わんのか?」
「何がでしょうか?」
「わかってるだろ。」
「練習用の魚雷の中に実物が混ざっていたことですか?」
「そうだ。どうしてそれに対して反論しない。わかっているだろ、自分が点検でミスをしたはずがないことぐらい。」
私は黙り込む。次に喋る言葉は考えなければいけない。司令官をなるべく立てるようにうまくこの状況を打破...するには....
「司令官に歯向かったら...沈め...られ。ちゃ...」
言葉にならなかった。いろんな感情がごちゃ混ぜで自分が何が悲しくて、何が怖くて泣いてるのかわからなかった。
朝潮はやはり相当ため込んでいたらしい。朝潮は顔をぐちゃぐちゃにして大泣きしていた。
年頃相応の顔だった。朝潮にそっと近づいて頭をなでる。それが果たして正解なのかどうかはわからない。そもそもどうあっても指揮官に触れられたくない艦娘も存在しているだろう。だが朝潮の場合はそうではない。なんとなく昔の癖で手が伸びてしまったがどうやら今回は殴られたりせずに済みそうだ。
「悪かったな。」
そう語りかけると。
「ひどい...ですよ司令官。」
相変わらずの口調で、泣いているのによそよそしい。
「悪かった。」
恐らく朝潮に詳しく説明してやる必要はないだろう。
彼女ならどうして竹野がこのようなことをしたのかわかっているだろう。
「好きなだけ文句を言えばいい。生まれて十年もたってない艦娘に簡単に言い負かされるほど私は思慮の浅い人間ではない。言い負かせられるならやってみろ。」
それから泣きつかれたのか朝潮は竹野の手の中で眠っていた。
かわいらしい顔にはもう濁りはなかった。
「いつになったら厳しい訓練ができるようになるんだろうな。」
眠っている朝潮にそうぼやき満潮をよぶ。
満潮は竹野が朝潮を抱きかかえているのを見て殴り掛からんばかりの勢いで迫ってきたが、朝潮の顔を見て動きを止める。
「連れて帰ってやってくれ。」
「わかったわよ。」
朝潮の顔を見るときとこちらを見るときで明らかに満潮の顔が違うのが気になるがこの際もうどうでもいい。
結局時間は夕方になっておりその日の訓練を全て中止にしようとしたのだが意外にも戦艦も重巡も訓練を実施していたらしい。
鎮守府の風通しは徐々に良くなっているのは明らかで腐臭のしそうだったこの島も徐々に活気を取り戻しているように竹野には見えた。
書くことなし!