朝潮は肉体的な活動限界へと着実に近づいていた。
隊長である彼女がそうであるのだから部下である艦娘は、より深刻な状況であることが容易に予想できた。
「司令部へ。1Eのダメージが許容上限を超えました。」
『アムンゼンだ。そちらの状況はリアルタイムで確認している。フェーズ2の実行まで敵を押さえつけろ。』
すでに十数名の艦娘の殉職が確認されておりその中には数名のエースが含まれていた。
限界を超えて戦闘を継続したところで物語のように覚醒したりすることはない。艦娘の性能はファンタージーのそれだが、その肉体は基本的な化学、物理法則に従っている。
飛龍のやり方ははっきり言って精神論の他ならない。
だが、
『フェーズ2を開始する。1E2E、離脱に備えろ。』
朝潮はその指示を聞き背中のロープを勢い良く引く。
するとバルーンが射出され空に上がっていく。
「フルトン回収システム。これが飛龍の精神論を作戦へと昇華させるための方法ですか?」
アムンゼンは部下の言葉に首を縦に振ることはなくこう言った
「あれはフルトン回収システムなどという古いシステムではありませんよ。回収に使用するのは大型の輸送機ではなく小型の無人機、それをAIが指揮管制し、そのAIに指令を与えるのもAIです。人間の処理速度をはるかに上回るAIでなければこれだけ大勢の艦娘を事故なく、そして最適なタイミングで回収することなどできませんよ。」
竹野はプライベートジェットの中で戦場の映像を眺めていた。
「これが飛龍の作戦ですか?」
蒼龍がそう聞いてくる。
「いや、彼女一人では敵を叩き潰すところまでしか思いつかないだろう。回収方法を思いついたのはアムンゼンだろうな。馬が合わないかと思ったが案外いいコンビだな。」
「こうなることを予測していたのでは?」
「ここまでスムーズに事が運ぶとは思っていなかった。こうなるとわかっていれば飛龍を中越直属の部下にすることはなかった。」
「もし作戦がうまくいかなければどうするつもりなんです。情報部艦隊はいまあの海域に展開できませんよ。」
「私たちは子守じゃない。彼らが彼らの力だけで勝利を収めることができないのならば私たちが今こうやって裏で手をまわしているのもすべて無意味というものだよ。」
「達観していますね。」
「どちらかというとあまりにも敵が強大すぎるからあきらめている。高い確率で自分がArk機関の都合で間引かれることになる。そう考えると逆に冷静になれる。」
「嫌な考え方ですね。」
「仕方ないだろ。それであと何分で到着だ?」
蒼龍は機内の内線をとると少し話してから竹野のほうを見る。
「一時間と二十分だそうです。」
「そうか。ならもう少し作業を進めよう。」
竹野はそういうと目の前のパソコンに視線を戻して機内にはエンジンが発生させるノイズと打鍵音が響いていた。
「1Eの離脱を確認しました。続いて2Eの離脱を開始。」
「合同艦隊の支援攻撃を強めろ。第一艦隊第一第二第三攻撃群は強攻しろ。」
アムンゼンは性根場を迎えていた。攻撃を徐々に弱めて敵に対するプレッシャーが低下していく中で撤退戦に挑まなければならないのだ。
「敵からの反撃が徐々に強まっています。」
「第二艦隊第三攻撃群を前進させてください。第四攻撃群を後退させながらポジションを変え、第一艦隊第四攻撃群の航空隊に支援攻撃をさせてください。敵艦隊に南西方向からのプレッシャーを与えれば敵の反撃を受け流せるはずです。」
しかし、アムンゼンは冷静にそう指示をする。
押すわけでもなく後退するわけでもない。相手に絶対にペースを譲らないための行動をとったのだ。
「損害報告が多数上がってきていますが敵の攻勢は弱まっています。」
「2Eは?」
「離脱完了。現在1E2Eともに確認作業中です。」
「フェーズ3に移行する。」
「まだ確認作業中です。同士討ちの恐れがあります。」
「現時点で離脱できていない艦娘の命を救う方法などもはやありません。同士討ちになったとしても攻撃する。そうしなければまだ救える命を取りこぼしてしまう。」
「了解しました。コードクリスタル。フェーズ3開始の許可を出す。」
『コード確認。凍結材の散布を開始。フェーズ完了まであと14分』
「海面温度の低下を確認。」
「チャージング工法のできない補助艦および戦闘艦を離脱させてください。同時に戦闘艦にフェーズ完了まで射撃の禁止を通達。せっかく作った氷を破壊されてはこまる。」
「外気温が急激に低下中。まもなくマイナス20度。一部の深海棲艦と艦娘が航行不能に陥っています。」
「艦娘はすぐに離脱させてください。深海棲艦は放置で構いません。今撃っても弾の無駄となる上に深海棲艦の離脱を手助けしかねない。」
「海面温度さらに低下。氷塊が急速に成長中です。」
「あと何分でフェーズを完了できる?」
「あと8分です。」
「報告。一部の深海棲艦が攻撃の有効範囲から抜け出しました。」
「確認しました。14B北北東0.7海里の敵を攻撃してください。」
『14B比叡了解。攻撃開始します。』
「三分で片をつけていただけるとありがたい。」
『問題ありません。』
「任せました。」
「司令、敵はどうやら凍結材を毒ガスと誤認して活動を控えているようです。あと五分もすれば状況を把握して大規模な攻撃に移る可能性が。」
「五分で状況を理解できますかね。」
「油断していいことなんてありませんから。」
アムンゼンは部下の言葉に苦笑いをしながら返す。
「五分後敵が反撃してくると想定して防衛体制を構築します。ポジションQ4に配置を転換してください。なお10C、3D、23Aは戦闘不能になっていますので隣接する部隊は防衛範囲を1.33倍に拡大してください。」
『11C了解。』
「あと数分耐えれば勝敗は決するはずです。ここが最後の山場となるはずです。」
「はずが多いですね。」
「これはシミュレーションではなく戦争ですからね。」
予想より少し早い4分後敵が最初の攻勢を開始した。
盤石な防衛体制を敷いてはいたが相手もこれから起こることをなんとなく予想しているようですでに不随となっている四肢を必死に振り回し死に物狂いの抵抗をしていた。
「司令、敵が大挙して一転に押し寄せています。ポジションQ4は包囲には優れていますが一点集中の攻撃にはそこまで強くありません。配置転換をすべきです。」
「いま包囲を解除すれば作戦が無意味になる可能性が高い。それはわかっているはずです。」
「その作戦のために私たちは数分を作らなくてはならない。ですがこのままではその数分が作れないと言っているのです。」
「合同艦隊に座標を送れ、一度だけ斉射を許可する。」
「正確な射撃は期待できませんよ?」
「期待してない。対空砲弾を使わせろ。」
「そんなもの今の時代積んでいますかね?」
「積んでいるさ。」
『ああ。数発だけだが積んでいる。対空砲弾装填。一斉射リンク確認。3.2.1.Fire』
アムンゼンはジャックリーの経歴を知っていた。彼は数回だけだが村上とともに戦闘をしていたこと。そして村上が彼を酷評したのが最初の一回だけだったことも。
村上のやり方と実力をたった一度で見抜き対応したわけだ。
対空砲弾や機雷など村上の好きなびっくりアイテムを積んでいるはずなのだ。
「しかし対空砲弾では艦娘を傷つけることはないでしょうが深海棲艦を傷つけることもできませんよ。」
「確かに意味のない攻撃です。作れる隙はせいぜい一秒ぐらいでしょう。ですが一秒あれば戦局をひっくり返せる。彼女がいるんですから。」
『3E飛龍です。着弾と同時に一気に反撃に出ます。』
「よろしく頼みます。」
『弾着まで3.2.1!』
弾着から0.47秒遅れて飛龍の飛ばした雷撃隊が魚雷を投下して0.81秒後に爆撃隊が爆撃を行った。その爆撃に対応しようとした深海棲艦はその魚雷を捕捉することなどできなかった。アムンゼンが作った一秒で雷撃を行い自身の爆撃隊でさらに数秒を作りたった一人で最前面の敵を消し飛ばした。
そして彼女の隷下の艦娘も一気に反撃に出る。たった一秒の隙をこじ開けて敵の前衛を食い破っていく。戦艦クラスの敵を軽巡クラスで叩きのめし飛龍は最前面に出て白兵戦を挑んだ。死に物狂いで反撃に出ていたはずの敵も鬼のような部隊の出現でしり込みをする。
死に脅迫されて高い士気を保っていた敵により恐ろしいものをぶつけて強引にその催眠を解く。アムンゼンにはできない芸当だ。飛龍を1Eや2Eに入れなかったのはこのためだ。戦場の空気を破壊する手段をアムンゼンは他にもっていなかった。
「恐ろしい艦娘ですね。」
「悪魔のようですが、意外と子供じみている。それが彼女です。」
「子供ですか?あれが?」
「見ていればわかります。彼女は親に捨てられた子犬のような顔をする時がありますから。」
「そうですか。」
『フェーズ3完了。』
「了解。フェーズ4を開始します。コードエクソダス。」
『コード確認。ブースターを点火。』
敵の攻撃部隊を叩き潰ために飛龍が考えた作戦の最終段階がついに始まった。
半径14キロを凍結させて低下している深海棲艦の移動速度をさらに鈍化させる。
ここまでは完了した。深海棲艦は氷を割りながら進むか氷の上に上がり歩くしかない。
そして氷を抜け出せば集中砲火に遭う。だが深海棲艦を倒すには艦娘も氷の上に上がるしかない。それではここまでしてこの状況をセッティングした意味が薄れてしまう。
『ブロック1.2.3ともに加速中到達まで二分。』
そこで飛龍はこういった。
『タイタニックの逆をやればいい。』
と。つまり馬鹿でかい氷山を深海棲艦にぶつけた圧死させるというかなりぶっ飛んだ作戦だ。しかし、NASAに協力要請を出しロケット用のブースターを借りることで問題の多くが解決してしまった。
極低温状態でも性能を発揮し複数あれば氷山を動かすことが可能な出力を提供する。もちろん戦果を挙げることは条件となるがいま海氷の中に取り残されている敵の数は最低でも75万、最大なら120万これでも敵の数パーセントにすぎないがこれだけの敵を数百名の損失で叩き潰して文句を言われるようであればもうどうしようもない。
「衝突まで三十秒。衝撃に備えてください。」
「すべての艦隊に通達を包囲陣形を解除して速やかに後退してください。」
「後退を開始しました。現在すべて想定内で進行中。」
「飛龍。そろそろ引け。」
『わかってる。』
そして三十秒が経過した。爆音が空に響き巨大な波が船を襲う。
「船体前方にダメージを受けました。チャージング航法を行う場合注意が必要です。」
警報が鳴り響いているが船自体のダメージは中程度のものだった。
「ほかの基幹システムに問題は?」
「現在確認中ですが、ダメージは想定内に収まったものとみられます。」
「戦果の確認はまだですか?」
「合同艦隊が観測機を挙げたようですがあの波が生み出したしぶきのせいで状況の確認には時間がかかるとのことです。」
「ソナーに反応は?」
「氷塊とみられるものは確認できますがそれ以外には何も。」
アムンゼンは深呼吸をして落ち着きを取り戻すことを試みる。
『仮に作戦が成功していたとしてもNew Deal作戦はそれで終わりじゃない。アラスカで待っている。』
ちょうど中越からの励ましなのかよくわからないメッセージが送られてくる。
「あのお方は何がしたいのでしょうかね。今回の作戦も少し離れたところから見るだけにとどめていたわけですし。」
「なんだか現場にはよくわからない陰謀が山ほどあるようですが気にしたら負けです。」
「司令は司令で闇を抱えていそうですね。」
「そういうな。」
『こちら合同艦隊です。確認戦果94万。現在確認作業を続行中。』
「それはよかった。進路をポイント6に向けてください。上陸支援作戦の用意を始めてください。」
アムンゼンはそういうと椅子に深く腰を掛けてため息を一つついた。
「聞いたかい?」
「またあなたですか。」
「いつになったら私のことを名前で呼んでくれるのか?」
ニサエルは何とも言えない表情をする。
「私は前にあなたのことを名前で呼びましたがあなたはそれを拒絶した。」
「確かにあの名前は私のものだったが同時に私という個を表現するには不十分なものだったからです。」
「私にとってあなたを表すのにあの名前以上にふさわしいものはありません。」
「ひとまずその話はおいておきます。ベーリング海の件です。」
「手痛いダメージだとでも?」
「そこまでのことではありません。戦力の数パーセントを失ったところで問題はない。あの地域の指揮官にもそう言っておきました。面白い作戦を展開されて少し戸惑ってしまったようです。」
「大きな問題にならないのならば気に留める必要はないでしょう?」
「君が本心でそう思っているとは思えない。君はそんなに馬鹿じゃない。」
「それはどうも。」
「あの戦闘をどう見る。」
「我々の指揮官と敵の指揮官の能力差を象徴する出来事だったと考えます。」
「どうしてそんなことが起きた?」
「私が防衛連合軍を離れたからですね。もとから防衛連合軍の指揮官の層は厚かった。けれど組織の腐敗と分断政策によって機能不全に陥っていた。私はポーク・ラッセルが付け入る隙を作りました。彼ならば腐敗を放置するだろうと考えたからです。ですが残念ながら彼は私の期待したような働きをしてくれなかった。」
「人選ミスか?」
「いえ。そんな単純なミスを犯すと思いますか?」
「思わない。」
「もちろん彼以外にも手駒は配置していましたがブラウンにすべてをつぶされました。」
「君はブラウンと戦って負けたと。」
「どちらかというとCIAと一人で戦って引き分けに持ち込んだといってもらったほうが恰好はつきますがね。」
「君ならCIAと一人で戦っても完封ぐらい容易くできるはずだがね。」
「CIAからの攻撃は想定外でしたから。」
「攻撃は予想外だったから守り切れなかったと?君がCIAがあの状況で介入してこないと本気で思っていたとでも?」
「いろいろと事情がありました。本来ならば私の裏切りから一か月間、CIAは手を出さないことになっていました。」
「気になる話だな。」
「いつかあなたにも事情を教えますよ。」
ニサエルは不敵に笑うこともせずにそう淡々と告げた。
相手の男は面白くなさそうにその様子を見ていた。