堕ちた提督   作:Yasoshima kakeru

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動乱の種火

四日後 アラスカ

 

「勝利に乾杯。」

 

中越がグラスを上げアムンゼンのグラスと当たり心地いいガラスの音が暗い部屋に響く。

 

「二人きりで祝杯を挙げる。そのためだけに私をここに呼んだというのは本当ですか?」

 

「心の底から君の勝利を祝っている。だが私の心の底はたった一つの事象で埋まるほど狭くない。」

 

中越はグラスを置くと資料を取り出す。

 

「まずは今回の作戦の戦略的な評価が終了した。簡潔に伝えるならば可もなく不可もない作戦だった。という評価だな。アラスカとの輸送路の安全確保には成功したと評価されたが日本海への侵攻を防いだという戦果については認められなかった。」

 

「どうしてですか?」

 

「現時点で敵が日本海に侵攻するという仮定を支持する根拠は敵の配置状況のみだ。敵の配置から作戦を予想して敵を攻撃するという行為を何度も繰り返す能力は今の我々にはない。」

 

「希望を与えることにはなります。」

 

「うまくいった作戦を基準にされて評価されることの苦しみを君はよく理解していると思うが?」

 

「まあ、それは。」

 

「それと、私たちの新しい名前が決まった。Militares Vires Ad Superstesだ。」

 

「ラテン語ですか?」

 

「よくわかったな。」

 

「英語ではないけれど何となく意味が分かる。それならラテン語ではないかと。」

 

「それもそうか。意味は生き残るための軍事力。」

 

「子供が考えたような名前ですね。」

 

「その通りだ。肉親を二人とも失った子供が保護施設で書いたものだそうだ。ちなみにその子供も敵の侵攻で行方不明になった。」

 

「....」

 

「悪趣味だろ。とにかく、私たちは今日からMVASを名乗ることになる。私は司令長官から格下げされ環太平洋地域の最高責任者に就任することになる。ヨーロッパ方面の軍はいいとしてインド洋の軍も私の指揮下から離れることになる。それが多少気がかりではあるな。」

 

「私はどうなるんです?」

 

「知っていると思うが君は民衆からの評価が極めて高い。不本意かもしれないがそれ相応の場所に飛ばされることになる。君の年齢ではあり得ないような人事が下る可能性が高い。それと飛龍も戦地を離れることになるかもしれない。」

 

「私はさておき、飛龍が能力を最大限発揮できるのは戦場ですよ?」

 

「分かっている。だがこれは私にはどうしようもない。国連軍の幹部も防衛連合軍の幹部も手出しできない次元で話が進んでいる。世界の政財界が影響力を最大限行使して人事に入り込もうとしている。これから解体される国連軍や防衛連合軍で権力を持っていたとしても無駄だということだ。」

 

「飛龍が何と言うか心配ですね。村上は?」

 

「村上は戦術研究課から外されることになる。」

 

「理由は?」

 

「十億人以上殺しておいて処分されないなんてことはない。」

 

「責任はラッセルが負うことになったのでは?」

 

「彼は自身の不名誉な過去と死刑を天秤にかけたんだよ。」

 

「それでも実刑は免れないと思いますが?」

 

「だとしても何もしないよりもましだろう。」

 

「それはそうかもしれませんが。でも、村上は竹野として何食わぬ顔で過ごしていますよね。彼はどうして逮捕されないんです?」

 

「英米は村上という人間を捜査している。だが同時に竹野という人間の事を守っている。二枚舌だよ。」

 

「いまさらですね。」

 

「そういう訳で村上はひとまず僻地に送られることになるが情報部には何ら影響はない。それどころか竹野は村上として会議に出席したりする必要がなくなる。二重の生活をしなくてよくなるわけだ。」

 

「結局村上の望んだ展開であると?」

 

「そう言う事になるな。」

 

アムンゼンは視線を資料に落とす。そして気になる記述を見つけた。

 

「情報部は国連軍の情報セクターと合流するんですか?」

 

「形式上はそうなっているが実態は情報部が国連軍の情報セクターを屈服させた形だ。」

 

「情報部に手駒が増えただけだと。」

 

「つまりはそう言う事だ。」

 

「肝心の軍事力はどうなるんでしょうか?」

 

「劇的な変化はない。だが、勝てる軍隊に再編されるはずだ。君がベーリング海でやったことと同じことが世界各地で行えるようになる。」

 

「それには有能な指揮官が大勢要りますが?」

 

「自分で有能だと言うか。」

 

「あなたが私にそうあれと望んだからですよ。」

 

「国連軍の指揮官の再教育と同時に艦娘にも高度な教育の場を設けることになった。」

 

「飛龍のおかげですか?」

 

「彼女が功績を上げたこともある。だが世界はそれだけで動くほど柔軟な頭を持っている人間ばかりのものじゃない。ここまで行動が速いということは何らかの圧力がかかったと考えたほうが自然だ。」

 

「またそう言う話ですか。」

 

「軍人が軍事以外の領域で戦わねばならない状態は望ましいことじゃない。だが残念ながら軍人である私には軍事以外の領域からの攻撃を防ぐ手段がない。不甲斐ないな。」

 

「仕方ありませんよ。ですが艦娘に教育を与えることについては私も賛成です。彼女らの中にもかなり頭が切れる娘もいる。そこらの提督なんかよりも指揮官として素晴らしい適性を持っている艦娘も多い。」

 

情報部のやり方は確かに強引だがそれが一概に間違っているというわけではない。

独裁者の政策がそれだけですべて間違っていることなどありはしないように強引なやり方で成立したルールがそれだけで間違っているはずはない。さらに言ってしまえば、道義的な正しさなど効率や合理性という観点から見ればのろまなだけのやり方だ。

それでも自分たちが道義的な正しさを求める理由はそうでなければ人間ではないからだ。

情報部のやり方はいずれ世界から批判され平和な世界では攻撃対象にもなり得る。

戦後の世界において情報部の存在は危険でしかない。

 

「そうだな。君の秘書艦だった不知火くんも新たに創立される教育の場に送ってみてはどうだ。」

 

「いえ、近頃は飛龍と仲良くしているそうで。そっとしておきます。」

 

「寂しくはないのかね?」

 

「少しは寂しいですよ。彼女とはかなり長い仲ですから。ですが私では飛龍とうまくやっていけません。不知火はいい潤滑剤になってくれるはずです。」

 

「そうか。」

 

中越は少しだけ微笑んでそう言う。

そして机の上に広げた書類を片付けて再びグラスを持つ。

ほんの少しだけアルコールの香りがする酒を一気にあおりグラスを置く。

 

「やはり支給される酒はまずいな。」

 

そういって唇をゆがませてボトルを持ち上げて目線をボトルのラベルに向ける。

アムンゼンもグラスを持ちグラスに入ったウイスキーを飲む。

不快なアルコール感を感じ次にのどが焼けるような感覚が走る。

 

「確かに。一瞬で安酒であることがわかりますね。」

 

アムンゼンもそういって苦い顔をしてグラスを置く。

二人は徐々に飲むペースを上げていく。そうして夜は更けていった。

 

 

二か月後 キール

真新しい軍服に身を包んだ艦娘が並ぶ異様な光景がキールにはあった。

もともと艦娘に対する抵抗意識の強いヨーロッパではその光景は異様なものだった。

MVAS創設式典が行われるのだ。

 

「デモの状況は?」

 

竹野は手に持ったタブレットを眺めながらムーンに聞く。

 

「ぼちぼちといったところですね。」

 

「そうかぼちぼちか。」

 

竹野はその適当な報告を聞き流して監視カメラを見る。

式典会場の警備には旧防衛連合軍憲兵隊と旧国連軍ヨーロッパ方面軍で警備人員はそれなりのものだ。

さらにはMVAS情報部が遊軍として待機している。

 

「例の件はどうだ?」

 

「はい。NewSaviorは勢力をを拡大しておりブラックマーケットでは艦娘や深海棲艦などの売買が加速しています。」

 

「おおむね予想通りだな。」

 

「供給元を抑えるまではこのまま彼らは放置することになります。」

 

人道的には助けるべきであるし戦略的にも彼らを救出することには意味がある。

だが現実的には“この程度”のことにリソースを割くほどMVAS情報部に余裕はない。

練度が低い艦娘の数パーセントが拉致され非人道的な扱いをされていたところでだから何だと言わなければならないのが現状だ。戦況に大きな影響が出ているのであれば情報部も動く。だが長期的な影響は多少あれどそのためにモグラたたきをしている暇はないというのが情報部の判断だった。

 

「仕方ないことだ。」

 

「必要な犠牲だと?」

 

「いや、私たちのような人間の傲慢さによって生じた不要な死だ。」

 

「そうですか。」

 

ムーンはよくわからない反応だけ示して去っていた。

 

 

『....よって我々は統合を果たすことになりました。いま私たちはとてつもない脅威にさらされています。しかし我々はようやく敵の正体にたどり着いたのです。憎き深海棲艦もまた異界のものではなく所詮は同じ人類が作り上げた兵器にすぎなかったのです。我々は希望を捨ててはなりません。これまでの歴史を見ればわかる通り最後には自由と民主主義が勝利するのです。ごく限られた人間で構成される正体のわからない組織は民主的でも自由でもない。我々は必ず勝利する。そのためには団結が必要なのです!我々は....』

 

竹野は式典の様子をカメラ越しに眺めていた。

 

「公表された情報だけでは結局敵の正体はわからないそういうことになってしまうんですね。」

 

蒼龍がそう悲しそうに言う。

 

「すべての事実を闇雲に明らかにすることがいいわけじゃない。アメリカにとって不都合な情報を隠すことでかの国の支援が得られるのであればそうすべきだ。そろそろだ....」

 

『こうして組織の立ち上げに携わってくださったすべての方に感謝いたしま....ガシャン........医者を呼べ!大至急だ!』

 

カメラ越しに移る様子は混乱に満ちていた。演説をしていたMVASの長官が銃撃されたのだ。

 

「蒼龍、戒厳令を発動しろ。」

 

「そんな権限私たちにはないけど?」

 

「どうとでもこじつけられる。これだけ多くの組織がかかわっている状況だ。正確にどこが最上位の権限を現場で保有しているかなどわかりはしない。戒厳令が敷かれたという情報をばらまけ。それで話は終わる。」

 

「了解しました。では計画通りに。」

 

蒼龍は最後まで不満そうな顔をしていたがあきらめたように指示を受け入れた。

 

『AllStation.現時点をもって戒厳令が発動された。MVAS各隊は実戦装備に換装し待機せよ。秩序回復のために無制限の発砲を許可する。以上。』

 

竹野は速やかに状況を掌握していく。

 

『情報部各隊に伝達。計画実行を許可する。無制限の発砲を許可する。』

 

そして準備された攻勢計画を発動する。

 

『ユニット1から5は無線封止実行。情報部とのかかわりを一切残すな。』

 

『了解。』

 

そう一言だけ返して蒼龍は無線を切断する。

そしてMVASヨーロッパ司令部への“攻撃”を開始した。




めっちゃ期間が空きました。かなり期間が空いてしまったため作品の中に矛盾が生じる可能性があります。優しく指摘していただけるとありがたいです。
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