扶桑が五右衛門風呂で修理できたこともありドックの修復作業の進行は鈍化しそうであったが修理を完了した明石が鉢巻を巻きノリノリで現場を指揮し、ドックではこの前よりも派手な工事が始まっていた。
資材をうまくやりくりすると言っていたので竹野は予め割り当てた資源を渡し明石に作業は丸投げしていた。
鎮守府施設にはやっと血が通い始めていたがやはり血栓は複数存在していた。
瑞鶴がこちらを相変わらず怯えているがあれは解決まで時間の問題だろう。
竹野以外に男がいないこの環境は男性恐怖症を治療しやすい環境であったようだ。彼女よりも問題なのは蒼龍の方だった。
赤城、蒼龍の二人が空母宿舎で引きこもっていたが、赤城は入渠施設の復活により元気を取り戻した。
一方の蒼龍は体に損傷があるわけでもなく報告書を見てもこの鎮守府ではよく見るような経歴であった。
もちろんとらえ方は人それぞれでありこちらが問題でないと思っても相手からすればひどい経験である場合もあるのだが。
ただこの蒼龍には少し怪しい経歴があった。
「先日は申し訳ありませんでした。それで用とは?」
飛龍の目はまだ信用しないぞと言う意思にあふれていた。自分の過去がばれてしまえばまた窮地に立たされるのだろうと考えるとぞっとする。
それまでに関係性を良好と言えるまでに持っていきこちらから告白できるといいのだが。
「蒼龍の件だが、憲兵隊の報告書では情報が足らないし、当然前任の提督の報告書は嘘ばかりだ。姉妹艦ではないが何か知っていそうだと思ってな。」
「彼女はここに来た時から一言もしゃべらず空母宿舎に入りそのままずっとふさぎ込んでいます。私が知っていることはそれだけです。聞き出すつもりもありません。もうよろしいでしょうか?」
「わかった。下がっていい。」
飛龍と入れ替わるように遠征の報告のために睦月が入ってくる。
「作戦完了のお知らせなのです。」
「輸送した資源を記録したうえで補給ののち1500まで海上待機でお願いします。」
「了解です!」
駆逐の素直な可愛さに感謝しつつ待機を命令する。
今まで待機していた艦娘などいなかったからここらにはあまり脅威はないのであろうが一応そういうやり方にも慣れてもらうことにした。
明石に滑走路に放置されていた無人高高度偵察機U-4 を復活させてもらい監視を強化し、近海では常時高速艦による哨戒を実施しつつ待機にも高速艦を割り当てている。
少なくとも敵の大部隊が突然出現しでもしない限り問題はないはずだ。
もっとも大部隊が情報部の監視網を潜り抜けた例は現状ないのだが。
防衛体制を強化し練度を着実に上げている一方で司令部による作戦の指示はなく各鎮守府は可能な限り安全な海域を増やすように指示が出ているだけであり、気楽なものだった。
竹野としては可能な限り出撃は避けるべきではあると考えてはいるものの演習弾を使った戦闘と実戦では感覚が大きく異なる。
新造艦がいないこの鎮守府ではあまり心配すべきではないのかもしれないが戦場に出た経験があるなら、今度はPTSDを心配する必要がある。
それも考えるなら一度は戦場に出させるべきなのだろう。しかしそうなってくると本格的に事務作業の人手が足りなくなってくる。
少し前に山本にこちらに来てくれるように頼んでみたのだがあっさりと拒否された。
ぜひお願いしますなどと言っていた彼はどこに行ったのだろうか。
「と、いう訳で事務作業の得意そうな艦娘を見繕ってここに連れてきてくれないか?」
もちろん今回も厄介な仕事を押し付けられたのは天龍だった。
「なんで俺なんだよ!」
こちらの意見に反論してくるのはいい傾向だが指揮官としては何とも悩ましい。
「命令だ。よろしく頼んだぞ。」
しかし、なぜ司令部は秘書艦などと言う訳の分からない制度を導入したのか?
竹野が司令部に秘書官を誰かよこすように要請したが却下された。
せめて選択肢ぐらい残してほしいものだ。竹野が事務方で書類に埋もれていたのは官僚時代が最後で軍に入ってからは山本があまりにも優秀だったこともあり、最終チェックで目を通すことしかしていなかった。
そのため文句を言いに行くこともなく山本と顔を合わせる回数が少なかったため竹野は山本の顔を見てもすぐに思い出せなかったのだろう。
やってできないような仕事はないのだがここは手慣れた艦娘に任せるのが一番だろう。
提督から渡された仕事はどう考えても面倒な仕事だった。
この問題ばかり抱えた艦娘ばかりの鎮守府で秘書艦の経験が豊富な艦娘を探すのはどう考えても難しい。
「それで泣きついてきたの?」
龍田が微笑みかけてくる。しかしこの顔は何度も見たことがある。龍田は天龍を軽巡宿舎から追い出し
「頑張ってね天龍ちゃん。」
また微笑む。手伝う意思はないということなのだろう。やっぱりあの男はクズなのではとも思いつつ天龍は軽巡宿舎を後にする。
「誰か頼りになりそうな艦娘いねえかな。」
空を見上げながらしっかり者の多そうな空母宿舎に向かう。
「天龍だ。誰かいるか?」
丁度空母の訓練時間であるようで空母宿舎はもぬけの殻の様であった。天龍が戦艦宿舎に向かおうとすると突然扉が開き中から幽霊が出てきた。ぼさぼさの髪で死人のような顔をして天龍に近づいてくる。
「く!....来るんじゃねえ。」
天龍は剣を取り出して構える。しかし剣をつかむ手はその幽霊に抑えつけられる。
オカルトにしてはやや馬力がおかしい気もするのだが天龍は気が付かない。
訓練を終えて帰ってきていた空母たちが大騒ぎする天龍に気が付き幽霊を抑え込む。空母の力で拘束してもしばらく暴れ続けたがやがて静かになった。
そこでようやく天龍は気が付いたがそれは幽霊でも何でもなくただみすぼらしい恰好をしただけの蒼龍だった。蒼龍は直射日光を眩しそうに眺めている。
「蒼龍。何で?」
飛龍が驚きを隠せないと言った表情で続ける。
「私が呼びかけても全然反応がなかったのに何で突然?」
飛龍の顔は驚きから困惑に変わるが蒼龍は何もしゃべらない。
あまりにみすぼらしい恰好をしていたため蒼龍は空母たちに五右衛門風呂に放り込まれ服を着替えさせられようやく蒼龍だと一目でわかる姿になった。騒動を聞きつけた竹野も現場につき動向を見守っていた。
「これは鎮守府の雰囲気が良くなったから出てきてくれたと好意的にとらえていいのか?」
明石にそう聞いてみるが
「私だって提督と同じで艦娘一人一人の感情を完璧に読めるわけじゃありません!」
と残念な回答が返ってくる。仮に明石にそんな能力があれば大概の鎮守府は司令官が明石になるだろうが。
「蒼龍はどうしてここに流されてきたの?」
飛龍が近づいてきてそう聞いてくる。
今回は拒絶の意思はあまり見られない。さすがに自分から近づいておいて上手に出るのは気が引けたのだろう。
「それがわかったら苦労しない」
実のところ蒼龍に関する記述は明らかに偽造されていた。もともと所属していた鎮守府が提出した報告書だけならよくあることだが憲兵隊の方の記述も偽造されていた。
竹野がそれに気が付いたのは昔関わっていた極秘事項を覚えていたためだった。
特殊要員として艦娘が暗殺などに使用されることは珍しいことではない。その艦娘の所属を偽装するために作られた架空の鎮守府が存在しており、蒼龍の所属はその鎮守府だった。
しかし、その鎮守府に所属したが最後、ほかの鎮守府に移動することなどあり得ない。
逃亡するなら始末される世界だ。記述ミスも考えたが報告書を書いた人間は裏の世界ではそれなりに有名な士官だったためミスではないだろう。
そこで竹野の疑惑は確信に変わり飛龍にそれとなく聞いてみた。飛龍はこちらに敵意を向けてはいたが蒼龍の秘密を知ってはいないとすぐに分かった。
「私が何も知らないとわかってからしか教えてくれない。つまり最初から信用されていないということですね。」
飛龍が抑揚もなく言い放つ。信用できないのは事実だ。
「ここで軽々しく信じてるなんて説得力のない言葉を並べる指揮官のほうがいいか?」
「そういうところも含めて私はあなたが嫌いです。」
「私はしっかり意見をいう部下は好きだぞ。」
飛龍がこちらを睨んでくる。少しおちょくりすぎたようだ。
「蒼龍の過去はこっちで調べてみる。だが今の蒼龍はうちの鎮守府の大事な戦力だ。彼女を復帰させてくれるな?」
「あなたがやるよりはスマートにやって見せますよ。」
どうやら朝潮を泣かせたことはすでに知れ渡ってしまっているようだ。竹野は苦い笑いを浮かべつつ、
「頼んだぞ。」
と言って立ち去る。執務室に戻ると天龍がうなだれた様子でだらけていた。
「何してる?」
「疲れた。みんな、嫌だって言うんだぜ。あれからいろんなとこ行ったけどよ、誰も承諾してくれないんだよ。」
案の定苦戦しているようだ。ふと思ったが天龍は事務作業はできるのだろうか?
「天龍。秘書艦の経験は?」
天龍の顔に焦りが浮かび
「やっぱりもうちょっと粘ってみる。」
と出ていこうとするがその手をつかみ
「一日だけでいいから。」
そう言って座らせる。その日は訓練を各自でやらせて天龍に秘書の仕事を叩き込んだ。嫌がっていたが意外にも覚えは早く、山本の二十分の一ぐらいの速度で仕事をこなせるようになった。もとの仕事量がただの鎮守府と竹野が元居た第一攻撃群では違うため及第点だろう。
「やりたくない。」
などと言っているが変わりが見つかるまでは彼女にやってもらうしかない。
龍田もそれなりに天龍の事を気にかけているようでたまに執務室に顔を出すようになった。
天龍が秘書艦として事務作業を済ましてくれるようになり手が空いた竹野は指揮室の機材に被った埃を払い本格的に出撃の準備を進めていた。