竹野はあまり気が進まないながらも作戦計画を立てていた。
この危険な海でも非武装の輸送船がいまだに多く行きかっており年間40隻以上の船が沈められ、小さな漁船も合わせればその数はゆうに300隻は超える。
おもな貿易先はアメリカである。かの国は沿岸部の大部分を失っているが戦力を集中運用して貿易用の港だけは確保していた。
島国である日本やイギリスは深海棲艦と戦わざるを得ないがアメリカなどは製造拠点を内陸に移し徐々に国力を回復しつつあり、防衛連合軍の拠点をシカゴに移す案が持ち上がったりしている。
ただ、米海軍の大部分は依然として日本の支援のもとで活動しており立て直しが進んでいるとはいえ沿岸部を喪失し造船能力のほとんどないアメリカが再び海軍大国となるには時間がかかる。
何にせよ未だアメリカ空軍と陸軍は健在であり日本は主に偵察機などをアメリカからの輸入に頼っている。
そのため海運航路の安全確保が必要なのだ。竹野がここに着任してから複数の通報が入っておりいずれもほかの鎮守府に対応してもらっていたが鎮守府の整備も完了し艦娘たちの再教育もおおむね完了した。
そろそろ実戦に移ってもいいころあいだろう。
風の噂だがどうやら提督が久々の出撃を命令するかもしれないらしい。
ここらの哨戒任務で最近になって久しぶりに海に出た。
だが今度は練習弾ではない実弾の撃ち合いをするらしい。自分たちはそれをするための存在であり本当なら出撃の機会をくれる提督に感謝をしなければならないのかもしれない。
しかし、どうやってもそんな気分にはなれなかった。私は提督とそう何度も喋ったことがあるわけでもない。
だけれど彼は明らかに今まで私が会った提督とは違い私が初めて配属された鎮守府と同じ空気を醸していた。
中越司令だっただろうか?憲兵は彼の事を嫌っていた。だが私たちには憲兵が彼の事を嫌う理由がわからなかった。
しばらくして彼は私たちのもとを去っていった。そこから私の不運が始まった。私の言葉遣いが気に食わなかったらしく殴られ、蹴られ散々な目に遭った。
私からあの提督を奪った二サエルと言う男が許せなかった。
しかし、私を助けたのもあの男だった。あの男が司令長官に就任して憲兵隊に大規模なテコ入れが入った。
そして私は憲兵たちに助けられた。けれど私の向かった鎮守府ではもれなく提督が逮捕されていき気が付けばここの流刑地にたどり着いていた。
逮捕された提督たちが様々な圧力を使って軍隊に残ろうとすれば二サエルはここに配属してその司令官を精神的に追い詰める。ここはそういう場所だ。
憲兵がどれだけ強化されても根本的には何も解決しない。憲兵にばれないようにしているだけで内地の奴らがやっていることはどうせ同じだろう。
私はこの提督がどんな奴だとしても別に今更構わない。でも少しは期待してもいいのかもしれない。
「鈴谷、出撃してくれるか。」
どうやら御指名らしい。
「りょうかーい!」
こいつはこの喋り方をしても何も言ってこない。別に私も挑発するためにこんな喋り方をしているわけではないのだ。私には彼が何を思って私の言動を見逃しているのかわからない。
「というわけである程度敵の編成は読めている。通商破壊の部隊に若干の護衛が付いていると思われる。鈴谷を中心に航空機主体で潜水艦を始末したのち護衛艦が逃走しなければ攻撃せよ。特に変わった指示はない。潜水艦をとっとと消し去って砲撃戦に集中するように。」
変わった指示ではない。装備も対水上艦装備を多めに積み対潜装備を控えめに積み込む。今の提督は新米らしいが初陣がこれでいいのだろうか?
「これでいいの?もっと敵をしっかり叩かなくても?」
「相手は通商破壊部隊だ。コストとしては安いものだ。そんな部隊のために無茶をする必要もない。護衛艦が逃げたら、基地航空隊に追跡を命令して敵の拠点でも探すさ。」
提督の優先事項は艦隊の損害を最小限に抑えることであるようだ。日常的な通報に対応するたびに損害を被ってはいられないということなのだろう。
「わかったら出撃してくれ。」
その声で司令室にいた艦娘が外に出る。
竹野は指令室にならぶモニターを注意深く見る。
艦娘たちの戦いは見えない場所ですべてが終わる現代戦とは真逆で目標が小さいため交戦距離はかなり近いものになる。
空母同士の戦いでも平均40キロ前後だ。対潜戦闘も昔の様に肉薄して爆雷を投下するのが主流だ。
しかし、そのたびに損害を出されてはたまったものではない。
そのため竹野は昔から航空機主体の攻撃を行うようにしていた。いい加減学習したようで護衛に駆逐艦程度が出てくるようになったらしいが、航空機を相当数失ったところで潜水艦を撃沈すれば戦術的にも戦略的にも勝ちだ。
しばらくして、ローテーションを組み艦隊から先行して哨戒していた航空機が敵を発見したとの報告があった。
速やかに水上爆撃機による爆撃を開始するように指示を出す。
彼女の練度はまだそこまで高いわけではないがそれ以上にただの通商破壊に参加している敵の潜水艦の練度は低い。
次々に撃沈の報告が入り護衛を行っていた敵艦のみが残されていた。駆逐の砲撃は適正距離ではないもの鈴谷や羽黒などの射程距離に敵は入っており一方的に攻撃を開始する。
天気が晴天であること付近に島がないことを鑑みて随伴していた時雨などの駆逐には今回はおとなしくしていてもらおう。
結局、敵の駆逐艦は射程距離の外にいるこちらの艦隊を補足すらできずに沈んでいった。
燃料、弾薬にもかなり余裕があったため出撃した付近の情報収集を任せて竹野は指令室を出る。情報部作成の日本近海の海流だとか天気の特徴、風の方向や地形などの情報はあるのだがどれも衛星スキャンであり実際に見てみると違う場合もままある。
結局その日の出撃はそれ一件だった。竹野は少し違和感を覚えていた。深海棲艦の太平洋における戦力は推定1400万でありそれですら数年前のデータだ。
本来もっと攻撃を強めてきてもおかしくないにも関わらずなぜか日本近海は平和だった。
逆に言えば北海戦線や大西洋戦線は地獄で、フランスはノルマンディーが艦砲射撃で壊滅しイギリスも一時リヴァプールを占拠されていたが上陸して弱体化した深海棲艦をタコ殴りにして奪還に成功したらしい。
しかし、防衛連合軍のヨーロッパ方面軍の損耗は激しく情報部の調べによるとブリテン島全土に退避命令が出されるのも時間の問題らしい。
人類は敵の目的すらわからないまま失地を続けている。イギリスが落ちれば次はここだというのに防衛連合軍アジア方面軍は内部に複数の問題を抱えている。気が遠くなるようなことを考えていると鈴谷たちが帰還してきたようだ。
「帰投しましたー。」
相も変わらず軽い様子で鈴谷が報告にやって来る。
「特にいうこともない。久々の出撃お疲れだった。明日の訓練は平常通り行うからよく体を休めておくように。」
「まじー。休みでもいいじゃん!ケチだなー。」
「ハイハイ。帰った帰った。」
そう天龍が追い出しにかかる。随分秘書艦らしくなってきた。露払いはお手物のか。頼もしい。
「天龍。調べることがあるからここを頼んだぞ。」
「はあ?まあわかったよ。」
小言を言われるかと思ったがそう元気もないようだ。
いい加減交代で回せるようにしないと天龍の練度も下がってしまうだろう。
そんなことも考えつつ部屋を出る。向かった先は資料室である。だが目当てのものは資料ではない。
「遅いですよ。提督。」
「それで蒼龍は何かしゃべったか?」
蒼龍に関する情報を極秘で共有するため誰も来ないこの場所に飛龍を呼び出したのだ。
「なにも喋らない。提督は何か分かったの?」
出撃の指示もさることながら竹野は蒼龍に関してもそれなりの情報をつかんでいた。
「門外不出で頼むぞ。」
飛龍は言われなくても分かってと言った顔をしてこちらを見る。
「彼女は二サエル司令長官の飼い犬だった可能性が高い。」
「じゃあ何のためにここへ?」
わざわざ自分の飼い犬をこんな場所で数年間縛っておく意味が分からないのももっともだが
「私を監視するつもりだったのかも知れないが...」
「でも提督は彼女の経歴を見てすぐにただ者じゃないって分かったわけでしょ?それなら監視なんてできっこないと思うんだけど。」
もっともだ。二サエルがそんな初歩的なミスを犯すとは思えない。彼は自分の過去を知っている。本当に隠したいならばもっとうまく隠すだろう。
「二サエルは私にだけ彼女が特殊な存在だと知らせたくて意図的に仕組んでいた。そう考えるのが妥当だが目的がわからない。」
二サエルの何かとんでもない陰謀に加担させられているのではないかとも思えてくる。今まで竹野はここにいる艦娘たちは傷付き弱った可哀想な存在として見ていた。だがもしや。
「ちょっと。どうしたの?らしくない顔して。」
飛龍に肩をゆすられ最悪の想定が止まる。
彼らの負の臭素をあまりに嗅ぎすぎたのかもしれない。彼女らと同じ軍に所属しているだけで味方ではないのではと言う考えをふり払う。
「何でもない。引き続き蒼龍のことを頼むぞ。」
そう言って竹野は資料室を後にする。しかし彼の中で何かがおかしくなり始めていた。