ダンガンロンパメサイア   作:じゃん@論破

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(非)日常編3

 この空間に閉じ込められてから数日、僕たちはここに来た最初の日と同じように、体育館に集合していた。本当なら脱出の手掛かりを見つけるために方々を探索していたいところだ。それでもこうして集まっているのは、モノクマに呼び出されたからだ。

 

 「おいコラ〜〜〜!オマエラいつまでそんなほのぼのスクールライフ見せつけやがるつもりだコノヤロー!今すぐ集まれ!集まりやがれ!耳揃えて雁首も揃えやがれ!!」

 

 耳と首どっちを揃えればいいんだか。しかもどこに集まればいいのか言われなかったから、みんな食堂だったり玄関ホールだったりを右往左往していた。最終的になんとなく体育館に全員集合したけれど、合ってるのかは分からない。

 次はどこに集まればいいかを考えていたら、体育館の天井から奇天烈な音楽が降ってきた。

 

 「ばびょ〜〜〜んっ!!遅いぞオマエラ!!何をあちこち道草食ってたんだよ!!」

 「どこに集まりゃいいか言わないんですから、そりゃコンなことになりますよ」

 「うるせ〜〜〜!!集まるったらだいたい体育館って相場が決まってんだろうが!!今まで何見てきたんだオマエラは!!」

 「なんの話だろ?」

 

 意外と僕たちの感覚とモノクマの感覚は一致していたみたいだ。初日になんとなくみんなが体育館に集まったのも、学園生活で集まる場所と言ったら体育館か運動場だからなのかも知れない。しばらく姿を見せていなかったと思ったら、いきなり沸点マックスで登場した。唐突に人を呼び出すわ、なぜかブチ切れだわ、やりたい放題だ。

 

 「それで何の用だよ。エラそうに呼び出しやがってうざってえな」

 「偉いもんっ!」

 「偉いかな?」

 「モノクマが一番偉いぞって校則に追加しちゃおっかな」

 「しょうもないですね。暇潰しが目的なら僕は帰らせてもらいますよ」

 「用事はあるから!帰らんといて!」

 

 軽快なだけでなんて中身のない会話なんだ。

 

 「オマエラねえ、ボクはオマエラになんて言った?これはコロシアイ学園生活だよ?コロシアイしないと!もっと血ドッバドバとか、骨バッキバキとか、首なんかトルネードスピンしてブッ飛んだりとか、そういう展開ないの?つまんねーんだよ!」

 「何を怒られてるんだ(アタシ)らは」

 「コロシアイなんかするもんか……!僕らは全員でここから出るんだ……!」

 「そうだよ!はぐとちぐと、あとみんなで仲良しこよしなんだからね!」

 「仲良しこよしか〜そっか〜。オマエラはオマエラなりに友情を育んで結束を高めているんだね。うんうん、それもまた学園生活の1ページだね。っざっけんじゃねーよ!!!

 「本当にうるさいな」

 

 言語野がそのまま喋ってるんじゃないかというくらいモノクマは脈絡なく捲し立てる。怒ったかと思ったら優しく首肯して、また怒った。こんなヤツに情緒なんてあるはずがないから、情緒不安定の真似でもしてるのか。真似だと言った方がまだ理屈が通っている。

 

 「ボクが見たいのは仲良しこよしのらーぶらーぶなイチャコラ学園ラブコメじゃねえんだよ!!もっとギスギスざらざらありとあらゆる人間関係の角が立ちに立ってカドケシみたいな殺伐ラブコメが見たいんだよ!!」

 「ラブコメはラブコメなのネ」

 「オマエラは仲が良いとか協力し合ってるとか言ってるけど、本当のところは互いの腹の内を探り合ったり、疑い合ったり、口には出せない不満が溜まったりしてるでしょ?溜まりに溜まったフラストレーションはいつか大爆発して新聞の一面を飾るような事件を起こすんだよ!そして家族親族一族郎党根掘り葉掘りマスコミに追い回された上に週刊誌にあることないこと書かれるんだよ!それではいけません!」

 「妄想の飛躍がひでえな」

 「というわけで、ボクはオマエラに適度なガス抜きの機会を与えることにしました。オマエラ!モノカラーの通知を確認してください!」

 「?」

 

 そうモノクマが言うとともに、ボクたちのモノカラーが小さく音を出した。ディスプレイを表示して通知を開くと、腹立たしい色合いと演出とともにでかでかとメッセージが表示された。

 

 「ど、動機?」

 「オマエラが健全なコロシアイ生活を送れるように、ボクからのささやかなプレゼントです。喜んで受け取ってね!うぷぷぷ!」

 「つまり、殺人を起こすための動機ってわけですか」

 「そのとーり!第一の動機は、“生存投票”でーす!」

 「“生存投票”?」

 

 ディスプレイに表示されたのは、この場にいる全員の顔写真と“0”という数字。そしてずらりと並んだ顔写真の上にある、“生存投票”の題目。ただそれだけのシンプルなものだった。しかし、そこに込められたモノクマの悪意は敏感に感じ取れた。

 

 「これから24時間以内に、オマエラにはこの中の5人に投票してもらいます!ただし自分には投票できないし、同じ人には1度しか投票できません!」

 「投票とは……?」

 「どうせ嫌いなヤツに投票しろとかだろ。くだらねえ」

 「いいえ?違いますけど?」

 「あ?」

 「知ったかぶりしちゃって恥ずかしいね芭串クン。人の話は最後まで聴かなくちゃね」

 「てめえヒトじゃねえだろうが!」

 「芭串さん、落ち着いて」

 

 ギスついた人間関係、自分以外の誰かに投票、コロシアイの動機……芭串君の考えは尤もらしいけど、モノクマは否定する。モノクマが動機として提示したなら、これは間違いなく僕たちをコロシアイへ誘おうとする悪魔の囁きだ。なら、どういうことだ?

 

 「これからオマエラはオマエラ自身以外の“生存してほしい人”に投票してもらいます!」

 「生存してほしい……人?」

 「オマエラにとって大切な人、死なれると困る人、利用価値のある人、理由は問いません!オマエラが持つ100票の投票が行われた後、そこにはオマエラの総意が表れることでしょう!完全に民主的で、かつ残酷なほどリアルな総意がね!」

 「どゆこと?みんなから一番生きてて欲しいと思われてる人ってことでしょ?別に残酷じゃないじゃん」

 「最多得票者がいるということは、逆に最低得票者がいるということだよ。つまり……」

 「ここにいる全員から、“死んでも構わないと思われている人”が決まるわけです!すなわち、オマエラのアイツに生きて欲しいという思いの裏にある、コイツは死んでもいいという無関心を炙り出す!それが“生存投票”です!!」

 

 嬉しそうなモノクマの声がひどく腹立たしい。こんな回りくどくて残酷な動機は予想してなかった。無関心なんて、そんなのは言葉の綾だ。こんなもので僕たちの総意が得られるなんて、況してや投票結果を恣意的に解釈するなんて、横暴もいいところだ。こんなものに騙されてはいけない。

 

 「それだけですか?」

 「んえ?」

 「あなたが投票をしろと言ったらやらざるを得ないのでしょう。最低得票者ももちろん現れるでしょう。ただ、その結果で手前どもの結束は崩れません。限られた意思表示の機会から得た結果を拡大解釈したに過ぎません」

 

 極めて理論的に、庵野君が異を唱えた。ほぼ僕の思ったことそのままだ。あまりそういう強気なことを言わない庵野君なのに、今日は珍しくモノクマに楯突いた。それを聴いたモノクマは、それならばと、あるいは待ってましたとばかりに口角を吊り上げた。

 

 「つまり、ただの数字じゃ満足できないってこと?うぷぷ♬まったくもう、庵野君てば欲しがりなんだから!いいでしょう!最低得票者にはその立場に相応しいペナルティを与えましょう!」

 「ペナルティ?」

 「うぷぷぷぷ♬こんなこともあろうかと、密かに用意していたボクのスーパー発明品が早速役に立つみたいだね!」

 

 そう言うと、モノクマはぷっくり膨れたお腹を軽く撫でた。すると楕円形の境目に沿ってお腹がぱかっと外れた。そういう仕組みになってたのか。中を軽く弄って手を引くと、何か握っていた。

 

 「モノトキシン2053〜〜〜!」

 

 間の抜けた音楽が鳴った。誰も何も言わない。モノクマだけが楽しそうに、手に握った小ビンをこれ見よがしに高く掲げる。中には透明な液体が入っているだけだ。どういうものなのか……だいたい想像はつくけれど、まだ分からない。

 

 「うぷぷ♬今回の“生存投票”で残念ながら最低得票者になってしまった人には、こいつをブチ込みます!しかも致死量ギリギリをね!あ〜かわいそかわいそ!」

 「ち、致死量!?いったいなんなのそれは!」

 「なにって、毒だけど?」

 

 やっぱり、毒か。しかしモノクマが発明したというのだから、僕たちの知っている毒──そんなに知らないけど──とは違うものなんだろう。

 

 「体内に入ればありとあらゆる体内組織をじわじわと破壊していき、想像を絶する痛みと苦しみを三日三晩味わい続けた後に体液という体液をスプラッシュして死ぬ。そんなハチャメチャエクストリームな猛劇毒だよ!」

 「な、なにそれ……?そんなの……ひどいよ……!」

 「ボクも本当はもう少し研究してからオマエラにお披露目したかったんだけど、庵野君がどうしてもって言うからなあ。しょうがないなあ」

 「て、手前はそんなことは……!決して、そんなつもりでは……!」

 「辯明(べんめい)は不要だ、庵野。口は災いの元と云う。今はヤツに取られる足を揚げないことが賢明だろう」

 

 でもこれはきっと……つまり、そういうことか。

 

 「然るにこの“生存投票”……拙僧たちの中からひとり、犠牲者を決めろと。そういうことですね」

 「そういうこと!でも生贄を決めるからと言って絶望するのは早いよ!な・ぜ・な・ら!モノトキシン2053は解毒可能だからです!」

 「なに?」

 「もし“生存投票”が完了する前にコロシアイが起きたら投票は無効となります!最低得票者にこの毒をブチ込むのもナシ!残念だけどね。そして“生存投票”の完了後、モノトキシン2053が誰かにブチ込まれた後でも、コロシアイが起きればボクが解毒してあげます!」

 「な、なんだそりゃ……!」

 「ずいぶんしっかりルールを決めるんだね。まるで、こうなることが分かっていたみたいだ」

 「ボクは用意周到だからね。先の先のそのまた先を読んで準備してるのさ」

 

 つまり僕たちには、時間も選択肢も用意されていないということだ。“生存投票”で誰かを犠牲にするか、コロシアイをして犠牲を回避するか。でもそれは、ここにいる誰かが確実にひとり、死ぬということだ。遅くとも、4日後のこの時間までに。

 

 「そんじゃまた明日!24時間後にここに集合ね!あ、1票でも棄権したら即脱落(ブッコロ)だから!よろしく〜!」

 

 そう吐き捨てると、モノクマは舞台の奥に消えていった。またしても僕たちは、モノクマの気紛れというか傍若無人っぷりに振り回されることになった。唐突に与えられたコロシアイの動機。それは僕たちを直接的にコロシアイに導くものじゃなく、僕たちの疑心暗鬼を加速させるためのものだった。遠回しで、歪んでいて、そして確実だ。コロシアイをさせるためには、僕たちの結束にほんの少しのひび割れを作ることができればいいのだから。

 


 

 「さて、どうしますか?理刈さん」

 「えっ……?」

 

 モノクマが去った後の沈黙を破ったのは、またしても尾田君だった。彼はこの切羽詰まった事態をあっさりと受け入れ、もう次にすべきことを考えている。ほとんどの人は、モノクマから突きつけられたこの残酷な動機を受け入れることもできていないっていうのに。

 理刈さんだってそうだ。急に名指しされた彼女は、小さく声を漏らして尾田君を見た。どうするか、なんて答えがあるはずがない。

 

 「黙っていては4日後にこの中の誰かが死ぬんです。所見でもなんでもどうぞ」

 「どうぞって……わ、私はなにも……!どうして私に……?」

 「朝食会はいつも仕切っているじゃないですか。こういうときにこそリーダーの出番かと思いまして」

 「リーダーなんてつもりは……!だ、だけど……そうよね。何か手を打たないと……!」

 

 いったい、尾田君はどういうつもりなのか。理刈さんを追い詰めるような言い方をする。だけどその目は彼女のことを見てはいなかった。周りのみんなを見ていた。尾田君に誘導された大多数の人が理刈さんに視線を浴びせる中、彼は周りのみんなを観察していた。はたと目が合った。僕は反射的に逸らす。

 

 「そ、そうだわ!全員が同じ票数になるように投票するのはどうかしら!順番を決めてやれば、みんな5票ずつできるわよね?」

 「なるほどー!理刈さんあったまいー!」

 「モノクマのことですから、そんなことは想定済みでしょう。敢えて言いはしませんでしたが、全員が同数ならば全員が最低得票者だ、などと言いだしかねません」

 「なっ……!そんなの後出しでしょ!?認められないわ!」

 「僕らが認める認めないの話ではないんです。忘れていませんか?僕らは今、モノクマに監禁されて、いつでも殺され得る状況なんです。コロシアイをしろなんて言われてお互いを警戒していますが、最も警戒すべきはモノクマなんです。本当にあなたたちは、アホですか?何も分かってない」

 「んだよ!だったらテメエはどうするってんだ!」

 「決まってるでしょう?投票するしかないんですよ。解決策なんかあるわけがない。ここはモノクマの世界、モノクマの神が如き暴虐が罷り通る場所なんです。僕たちは常にヤツの爪を喉元に突きつけられている。それをいい加減に理解しなさいと言っているんです」

 

 いつの間にか全員の注目を集めながら、尾田君は語る。その言葉はどこか怒りを含んでいた。その矛先は、この理不尽な現実でも、全ての元凶であるモノクマでもない。モノクマの支配下にあるという現実に向き合おうとしない、できずにいる僕たちだ。

 

 「あ、あなたが解決策を提示しろって言ったんじゃない!」

 「そんなこと言ってません。誰を犠牲にすべきかとか、動機についての分析とか、そういうことを聞きたかったのですが。まったく、ここまでされてなお逃れる術があるかも知れないなんて思う神経が分かりません」

 「わけ分かんねえことばっか言ってんじゃねえぞこのヒョロガリが!」

 「いや、尾田の言うことも一理ある。俺たちはもっと早くこの事態を予見すべきだった。コロシアイをしろと言ってしないのならば、せざるを得ない状況を作るだろうと」

 「熱くなっていがみ合ってたらモノクマの思う壺だ。尾田君はつまり、覚悟を決めなくちゃいけないってことを言ってるんだ。ここまでのことをする相手に、生半可な気持ちじゃ太刀打ちできないって」

 「言い方というものがあるわ。そう簡単に生きるとか死ぬとか、考えられる余裕なんかない人もいるの」

 

 それ以上、尾田君は何も言わなかった。ただ、深いため息を吐くだけだ。呆れるような。諦めるような。だけど三沢さんの言うように、命のやり取りをする覚悟ができている人なんてほんの一握りだ。だってほんの少し前まで、僕たちはそんなことを考えなくてよかった。そんなことを考えなくちゃいけない今この時の方が異常なんだ。それさえも、尾田君に言わせればただの現実逃避でしかないのかも知れない。

 

 「だ、だけど……本当にどうしようか?このままじゃ、誰かが……」

 「ひとまず、投票は一旦しないでおきましょう。24時間以内には投票をしなければいけないけれど……それでも、今すぐじゃなくてもいいわ」

 「いやはや。これはなんとも(コン)迷極まる事態ですな」

 

 解決策など思い付くわけもなく、ひとり、またひとりと体育館を離れていく。24時間という期限は長いようで短い。こんな短い時間の中で僕たちは犠牲をひとり決め……あるいは犠牲を回避するために……。いけない。そんなことは、決して許してはならない。どうすればいい。どうすればコロシアイを回避できる……。誰も死なせないためには……みんなが生き延びるためには……!

 

 「イント!そう心配するな!」

 

 どん、と背中を力強く叩かれた。カルロス君だ。既に一度命の危険を経験しているというのに、彼は朗らかに僕を励ましてくれる。

 

 「オレの一票はイントに入れるよ!イントがいなくちゃ、オレは今ここにいないからね!」

 

 数人が残るも重苦しい空気が漂う体育館で、彼の笑顔はとても眩しく映った。周りを見ると、みんなが僕たちを見ていた。その目に映る色は、不安だ。たった一票、誰かが自分以外の誰かに入れることが確定した。つまり、自分が最低得票者になるリスクが高まったことになる。そこまではっきりとした不安ではないかも知れない。それでも、漠然とした不安感は泥水のように肌に不快な感触をこびり付かせる。

 それは……それだけはダメだ。

 

 「み、みんな……!」

 

 僕は、やっとの思いで口を開いた。

 

 「お願いが……あるんだ」

 

 もうそれしか方法はない。やるしか……ないんだ。

 


 

 遂にモノクマは強硬手段に出た。予想していたことではありますが、僕が思っていたよりも早い。ここに来て数日、外部から助けが来る気配はありません。モノクマが阻んでいるのであれば、その対応に追われながら僕たちを監視してコロシアイをさせるのは相当にコストがかかることでしょう。ただでさえ希望ヶ峰学園を乗っ取っていて、食糧などの供給もしているわけですから。つまり、モノクマはこのコロシアイに時間をかけたがらないはずです。だから24時間という時間制限を設けたのでしょう。

 だとすれば、なぜはじめから動機を与えなかったのでしょう。初日から何らかの動機があれば、既にコロシアイが起きていた可能性はあります。それをしなかったのは、僕たちにここでの生活をある程度送らせたかったから?何の為に?

 

 「ふぅ……」

 

 まだまだ情報が足りません。この建物の中はかなり調べましたが、ろくな情報はありません。本当に希望ヶ峰学園なのか、それすらも確定的なことは言えない状況です。まとまらない考えを文字に起こせば、少しは頭の中を整理できるかと思いましたが、散らかった頭の中が散らかったまま出力されただけでした。

 ペンを置き、そっと本を閉じる。ここに来てから何らかの記録になればと日記を付けるようにしていますが、今のところモノクマに関して分かることはほとんどありません。代わりに書くことと言えば、ともに閉じ込められた彼らのことばかり。少しともに過ごすことで、いくらか言葉を交わすことで、何人か目に留まる人はいました。

 

 「……」

 

 備え付けの糊付き付箋を剥がして、僕なりの観察結果を書いては壁に貼り付けていく。まずは既にグループを作り味方を増やす強かな者。月浦と陽面ははじめから知り合いだったのでしょう。共依存というヤツでしょうか。個人としての力はないものの、この状況で絶対的な味方がいるのは大きい。それに、甲斐と湖藤。甲斐が湖藤をケアするという名目で常に一緒にいます。殺す機会をうかがっているのか、あるいは目撃者を確保して身を守るためでしょうか。

 得体の知れない者もいくらかいます。事前に同級生については下調べをしましたが、詳細がよく分からない者もいました。特にあの狐はいったい……。

 そして、何かを隠している者。互いに初対面で隠し事くらいするものでしょうが、人付き合いのためのそれとは明らかに違う。知られてはまずいことを隠している、ぎこちなく不自然な振る舞い。庵野も怪しいですが……最も警戒すべきは、益玉。彼はいったい、何を知っているのでしょうか?なぜ知っているのでしょうか?もしかしたら彼は僕の才能を……?

 

 「いや」

 

 やめましょう。僕としたことが、少し焦っているようです。情報も足りないのに憶測だけを加速させても考えを凝り固まらせるだけ。こんなことをするくらいなら、この5票を誰かに()()ことを考えましょう。

 5票集まれば、まず最低得票者は避けることができる。いったい何人がこのことに辿り着いているか……一応理刈によって投票は差し止められていますが、律儀にそれを守っている人がいるのでしょうか。投票ひとつとっても、互いを疑うタネはいくらでもあります。加えて、おそらく各個室に備え付けられている凶器。男子は工具セット、女子には人体の急所マップと針。これを凶器にするもよし、脅迫材料にするもよし……早々にこれを開封している軽率なヤツがひとりでもいればやりやすいのですが。

 部屋で考えていても事態は動きません。ひとまず、人目を避けて票を交換する相手を探しに行くとしましょう。狙い目は自然には票が集まりそうにないヤツ……何人か心当たりがいます。食堂にでも行ってみますか。

 


 

 モノクマも随分とややこしいモンを寄越しやがったもんだ。直接犠牲者を選ぶんじゃなくて、選ばれなかったヤツが犠牲になるなんて、性根が腐ってやがる。これじゃあ(アタシ)らには打つ手がないじゃないか。あんまし小難しいことを考えるのは苦手だ。ともかく、まずは誰に投票するかを考えるか……。

 

 「……ちっ」

 

 益玉のヤツはなに考えてやがんだ。根性のあるヤツだと思ってたけど、あれはやり過ぎだ。そんな寝覚めの悪いこと……なんでそこまで言えるんだ。

 モノクマから動機を寄越された(アタシ)は何をどうすればいいか分からなくて、少し体育館に留まってた。そしたら益玉がいきなりデケえ声だして、(アタシ)らに頼み事をしてきた。このコロシアイの動機、“生存投票”で(アタシ)らがどうするべきか。あんなこと言われちまったら、もう(アタシ)らに選択肢はない。

 

 「あ」

 

 乱暴に頭をかいて部屋の中を歩き回る。いらいらしてるわけじゃないけど、動いてないと落ち着かない。やり切れない感情が内側から(アタシ)の体を操ってるみたいだ。その拍子に、テーブルの上に置いといた焼却炉のカードキーが落ちた。そういえば、今日は(アタシ)がゴミ当番か。どうせやることもないし、火を見てたら気が紛れるかも知れない。(アタシ)はそれを拾って、地下のゴミ捨て場に向かった。

 部屋からゴミ捨て場に行くまでの間、見事に誰ともすれ違わなかった。みんな部屋にこもってんのか、それともたまたまか。ゴミ捨て場にもどうせ誰もいないだろうと思ってたけど、ドアを開けると人がいた。青い髪に丸っこい背中、宿楽だ。

 

 「よう。こんなとこで何してんだい」

 「あっ、岩鈴さん。いや別に……ちょっと」

 

 何気なく声をかけたつもりなのに、なんだか宿楽はコソコソゴミ捨て場の隅を見つめてた。いつもだったらこんなはっきりしない態度は背中をぶっ叩いて治してやるところだけど、今はそんなことしてる場合じゃない。人を元気付けられるほど、今の(アタシ)には余裕がない。

 カードキーで焼却炉のシャッターを開けて、火を点けて、ゴミ捨て場に堆く積もったゴミ袋を放り込む。それだけのことだけど、そう簡単な仕事でもないらしい。モノクマが言うには、燃えないゴミを放り込むと底に溜まって焼却炉がイカレちまうらしい。だから分別はしっかりしなくちゃいけないのに、細かいプラスチックはまだしも、電池とか金属を可燃ゴミで出すバカ野郎がいる。誰だ、ったく。

 

 「あ〜、めんどくせえ」

 

 適当なゴミ袋を広げて、明らかに分別できてないものはトングで弾いていく。心底めんどくさいけど、今はこの面倒な仕事がちょうどよく気を紛らわせてくれる。それにしたって分別のできなさがひどい。特に狭山は全部同じ袋に入れて出しやがる。なんで狭山か分かるかっていうと、あいつの毛が混じってるからだ。

 

 「あっ、いた。宿楽さん」

 

 ゴミの分別に集中してると、背後から声がした。甲斐だ。どうやら宿楽を探してたみたいだ。用件は……だいたい分かる。本当なら(アタシ)だって、こんなことしてないで、宿楽に言うべきことがある。けどまだ、(アタシ)の中では整理がついてない。自分でも納得いってないようなことを人に頼むなんて、(アタシ)にはできなかった。

 

 「こんなとこで何してるの?岩鈴さんのお手伝い?」

 「ああ、甲斐さん。そういうわけじゃなくて……なんというか、ワタシなりにみんなの力になろうとしてるところ、かな?」

 「ふ〜ん?そうなんだ。宿楽さんも、この状況をなんとかしようと頑張ってるんだ」

 「そ、そんな大したことじゃないよ……ワタシ、別にみんなみたいにすごいことができるわけじゃないし、せめて地道に手掛かりを集めるくらいはしないとと思って」

 

 目と手は広げたゴミの分別を続けながら、耳だけで宿楽と甲斐の会話を聞く。というか、反響して聞こえてくる。照れくさそうな宿楽に対して、甲斐の返事はどこか上の空だ。これから伝えようとしてることばかり考えて、それどころじゃないんだ。

 

 「……あ、あのね。実は私、宿楽さんのこと探してて……ちょっと、お願いっていうか、相談っていうか」

 「相談?ワタシに?」

 「あの……動機のことなんだけど」

 

 やっぱりそうか。遠回しに話す甲斐の態度にやきもきしながらも、自分がそれ以前の問題なのは分かってる。だから(アタシ)は口を挟まないで、ただ横でそれを聞くのに徹することにした。

 

 「ど、動機?なに……?」

 「実は、動機が発表されてみんなが帰っちゃった後に、そのとき残ってた人に向けて益玉君がお願いしたことがあってね」

 「お願い?自分に投票して〜、とか?」

 「……ううん。そうじゃなくて」

 

 甲斐が息苦しそうに深呼吸をする。つっかえていたものを吐き出すように、言葉を続けた。

 

 「益玉君が、自分には()()()()()()()()って」

 「……うん?」

 「自分が最低得票者になるように、手分けしてみんなに声をかけてって……言ってたの」

 「な、なにそれ?最低得票者って……モノクマに殺されちゃうってことじゃないの?益玉さん、そんなこと言ってたの?」

 「……」

 

 甲斐は無言で頷いた。宿楽が納得しないのも当然だ。(アタシ)だって納得してない。コロシアイなんてバカみたいなマネするわけにもいかないけど、だからって自分から犠牲になろうなんて思わない。モノクマに直接抵抗できなくても、自分から自分の命を諦めるようなことはしたくない。それどころか、それを人に協力してもらうように頼むなんて。

 

 「このままじゃ……みんなが不安で疑心暗鬼になっちゃう。そうやってみんなの繋がりをめちゃくちゃにするのがモノクマの狙いだから、自分を最低得票者に確定させることで、余計な諍いをさせないようにしたいって」

 「いや……言ってることは、なんとなく分かるけど……。だからって、なんで益玉さんが?カルロスさんを助けてくれたり、モノクマに一番に立ち向かって行ったり、意外と頼りになる人じゃん!益玉さんがいなくなることないよ!」

 「もし益玉君を助けても、他の誰かが必ず犠牲になるんだよ。それはもしかしたら私かも知れないし、宿楽さん自身かも知れない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、っていう状況が、モノクマが私たちに仕掛けた殺人の動機なんだよ」

 「それでも……そんな、益玉さんを見殺しにするみたいなこと……」

 

 説得する甲斐だって、益玉の言ったことをすっかり受け入れてるわけじゃない。それでも、お互いに疑いあって和が乱れる今の状況を打破するために必要だと頭では理解して、益玉の頼みをきいてるんだ。

 

 「岩鈴さん!聞こえてたでしょ!」

 「……ああ」

 「そんなの納得できないよね!岩鈴さんからもなんか言ってよ」

 「(アタシ)は体育館で益玉から直接頼まれたよ。あんたに話してなかったのは、(アタシ)自身がその提案に納得しきれてないからだ」

 「だったら……!」

 「ただ、そんなこと生半可な覚悟で、ましてや冗談で言えることじゃないよ。あんときの益玉の眼は、本気(ガチ)で覚悟を決めた人間の眼だ。迷ってる人間の眼じゃなかった」

 

 (アタシ)に言えるのはそれくらいだ。宿楽に益玉の頼みをきけとも無視しろとも言えない。あいつの覚悟を伝えることしか、(アタシ)にはできなかった。情けない。目が覚めたばかりのあいつにしゃんとしろなんて発破かけといて、(アタシ)より益玉の方がよっぽど肝が座ってる。益玉に合わせる顔がない。

 

 「それじゃ……伝えたから。私は他の人にもお願いしに行くから……じゃあ、ね」

 

 重苦しい空気の中で、甲斐は絞り出すようにそう言った。こんなところまで宿楽を探しに来たってことは、もうずいぶんあちこちを駆け回ったんだと思う。甲斐だってこんな頼みをして回るのはしんどいだろうに、気丈なヤツだ。(アタシ)もいい加減、覚悟を決めないといけないかもしれない。

 


 

 「アホですかあなた?」

 

 ストレートに罵倒されてしまった。今まで見た尾田君の表情の中で一番の呆れ顔だ。だけどそんなことは構わない。罵られようと叩かれようと、こうするしかないんだ。こうするべきなんだ。

 尾田君の表情は呆れ顔から訝しげな顔にシームレスに移行し、僕の目をしっかり捉えて逃がさない。隣にいた虎ノ森君も困惑したような、驚いたような顔をしていた。

 

 「何か考えがあって言ってるんでしょうけど、悪手としか言いようがないですよ」

 「そんなんじゃないよ……。ぼ、僕は……みんなが疑心暗鬼にならないように言ってるだけなんだ」

 「……なぜですか?」

 

 夕食の席で、僕と尾田君がみんなの視線を集めている。僕がしたお願いはほとんどの人に伝わってたけど、念のためもう一度全員に向けてお願いをした。そのときが初耳だった人もいたみたいだけど、声を上げたのは尾田君だけだった。

 

 「なぜあなたは、そんなにも死にたがるんです?」

 「……み、みんなが、死ぬより……マシ、だから」

 

 これは恐怖だろうか。それとも緊張か。声が震えて上ずった。けど、この言葉に嘘はない。みんなが目の前でモノクマに殺されるくらいなら、僕は自分を犠牲にしてみんなを守る。だから僕は……。

 

 「理解不能です。あなたは他人のために死ねるかも知れませんが、他人はあなたのために死んでくれませんよ。リスクとリターンが釣り合っていません」

 「君には……きっと理解できないと思ってたよ。それでもいい。理解できなくたって、僕に投票する理由はないんだから」

 「さあ、どうでしょうね。あなた程度の人間が、僕の行動を予測できると考えていることが不愉快です。意味なく逆らうかも知れませんね」

 「そのせいで……自分が死ぬことになっても?」

 

 言葉が止まった。尾田君が一瞬目を泳がせる。口を固く結んでいる。何か言いたくないことがあるサインだ。それとも、言えないことなのか。

 

 「気分を悪くしたなら、ごめん。だけど僕の頼みを否定するなら、敢えて僕に投票することだって君にとっては大いにリスクだ。君のことだからきっと票を───」

 「分かりました」

 

 それは、明確な拒絶だった。それ以上言うな、と尾田君に言葉を阻まれた。やっぱり、彼はこの動機を乗り切る手段を実行していたみたいだ。それに伴うリスクがある限り、僕の頼みをきく方が彼にとっても好都合のはずだ。

 

 「話はまとまったか?それならさっさと夕食にしてくれ。はぐが待ちきれないんだ」

 「ぐーぺこ……」

 「あなたたち……益玉さんは私たちのために言ってるのよ。それをそんな……」

 「それが分かってるなら、その先の言葉も慎むべきだ。そうだろう?」

 

 やっぱりというか、案の定、月浦君は僕の意図を都合のいいように解釈している。僕は別にみんなが疑心暗鬼になってコロシアイに発展することがないようにしたんであって、些細なぶつかり合いまでもなくしたいわけじゃない。そこまで徹底して波風を立てないようにすると、行き場のないフラストレーションが水面下でどう変化するか分からない。

 

 「まあ……言いたいことは言えばいいんじゃないかな。僕は気にしないから」

 

 うぅん、なんだかうまく言えなかった。僕が気にする気にしないの問題じゃないような。それでもこれ以上言葉を続けることはできなくて、僕は自分の席に戻って、谷倉さんが作ってくれた晩ご飯をみんなと食べ始めた。みんなで食べる晩ご飯は、ここ数日は会話が生まれて賑やかだったけれど、今日は張り詰めた空気のせいで静まり返っていた。食器同士の触れ合う音ばかりが食堂に響いて、なんとも重苦しい雰囲気の食事は終わった。

 これでよかったんだ。この場は僕が犠牲になれば丸く収まる。モノクマのことだからその先も何か仕掛けてくるだろう。それでも、他の誰かを犠牲にしてまでそれを見届ける意味はない。僕は、僕にできる最大限のことをするだけだ。

 そして、モノクマが動機を提示してからの24時間は、呆気ないほど何事もなく経過した。

 


 

 「結果発表ォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

 体育館にモノクマの声がこだまする。舞台の上からするするとスクリーンが降りてきて、プロジェクターから投じられた映像が広がっていく。みんなの顔と名前が二段に並んでいた。こんなものまで用意していたのか。結果なんて分かりきってるのに。

 

 「というわけでオマエラ全員、時間までに5票投じきったね!さすがにこんなところでむざむざ殺されるヤツはいなかったか!コロシアイも起きてないし」

 「いいから早くしろよ」

 「うぷぷ♬そうですね。そんじゃあ、オマエラの中で一番、誰からも生きていてほしいと思われなかったのが誰なのか、結果を見ていきましょう!」

 

 芭串君に促されて、モノクマは敢えてそんな言い方をする。大丈夫だ。この投票結果はそんな意味を持たない。モノクマが合図をすると、映像は次の段階に進んだ。全員が持つ100票が各自に分配されていく。僕のお願いは僕を最低得票者にしてほしいということ。つまり僕以外の全員が1票は投じられていることだ。僕の票はなるべく得票数が少なそうな人に入れたけど……。

 

 「それではァ〜〜〜!結果!こうなりました!」

 

 ピロピロと軽薄な音が流れて、僕たちの顔の上の目盛りが黄色く染まっていく。思いのほか票は割れて、突出して高い人はいてもお情けの1票だけという人もいない。どうやら僕以外にも、全員の票を均そうと考えた人が何人かいたみたいだ。そして、結果が出る。

 

 「はい!こうなりました!というわけで残念ながらみんなに最も死んでも構わないと思われているのは……益玉韻兎クンでした!可哀想にねえ〜!」

 

 画面いっぱいに僕の顔が映し出される。もし僕以外の誰かがここに映っていたら、その人はどんな気持ちだっただろう。現実味を帯びた死が背後に立つ恐怖。逃げられない自分の運命を呪う悔しさ。でも、よかった。それは今、僕の感情だから。

 

 「ま、益玉君……!」

 「いまさら恨まないでくださいよ」

 「うん。みんな、ありがとう」

 「というわけで益玉クンにはみんなの総意として、モノトキシンをブチ込んであげちゃいます!」

 

 ぷしゅっ、と音がした。僕の首元からだ。鋭い痛みと冷たい感覚。すぐに焼けるような熱さに変わる。明らかに有害な物質が血液に乗って全身に巡るのが分かる。首が、胸が、指先が、全身が毒に冒されて激痛が走る。

 

 「うっ……!!ぐあっ……!!あああッ……!!」

 

 痛い。痛くて、熱くて、苦しく、おかしくなりそうだ。生きることを諦めたくなるような、この苦しみから解放されるならなにをされてもいいと思えるほど、最悪な気分だ。もはや自分が立っているのか倒れているのか、目を開けているのか閉じているのか、激痛に断末魔をあげているのか窒息して声も出せないのか、なにひとつ分からない。

 

 「うぷぷぷぷ!うぷぷぷぷぷ!あーっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!!」

 

 モノクマの高笑いが耳から脳へ潜り込む。がらんどうになった頭蓋骨の中でその哄笑が反響して意識を掻き乱す。噴き出す汗。溢れ出す涙。吐き出す唾。体のありとあらゆる防御反応が、打ち込まれた毒を排除しようと暴走する。どれくらい時間が経っただろう。ほんの数秒か、あるいは数時間か。ボクの意識は限界を迎え、ふっと途切れた。

 


 

 体に針金が通されたようだ。動かす度に全身を冷たく鋭い痛みが襲う。いつの間にか僕はベッドの中にいた。肌触りが心地良かったシーツすら今はサボテンのように感じる。目だけを動かして近くの様子を探る。この場所は見覚えがある。保健室だ。

 

 「あっ!起きた!起きたよ!」

 

 耳元で底抜けに明るい声がした。寝起きでまだ朦朧としていた意識を吹き飛ばすような声だ。陽面さんか。ということは近くに月浦君がいるな。この二人が僕の看病を進んでするとは思えないから、他にも誰かいるんだろう。

 

 「益玉君!だ、大丈夫……なわけないか……」

 「モノクマの説明通りならまだ死ぬわけではありませんが……倒れられたときは肝を冷やしました。目が覚めてよかったです」

 

 他にいたのは、甲斐さんと庵野君だ。少し離れたところに見える金髪は、きっと湖藤君だろう。そうか。僕は体育館でモノクマに毒を打たれて、気を失ったのか。まだ全身に痛みが走るけど、あのときに比べたらいくらかマシだ。

 

 「ごめんね、益玉君……ごめん……」

 「どうして甲斐さんが謝るの……?これは……僕がお願いしたことだ。これでいいんだ……」

 「くっ……!益玉君。あなたのその愛、しかとこの胸に刻みました……!あなたこそ、真に愛深き人です……!」

 「目が覚めたんなら僕とはぐは失礼する。はぐ、行くよ」

 「あっ、待ってよちぐ〜!じゃあみんな、またね!益玉さんも元気で!」

 

 きっと他意はないんだろう。場違いなほど屈託のない笑顔で言われると、皮肉めいた言葉もそのままの意味で受け取らざるを得ない。月浦君ならまだしも、陽面さんはそんな皮肉を言う性格でもないわけだし。

 

 「益玉くん。簡単に、君が気を失ってから今までのことを説明させてね」

 

 入れ替わりで近付いてきた湖藤君が、僕の記憶がない間に起きたことを説明してくれた。体育館で僕が気を失った後、カルロス君が僕を保健室まで運んでくれたそうだ。僕に協力したことに責任を感じた甲斐さんが手当を申し出て、甲斐さんが心配で湖藤君が、もしもの場合に備えて庵野君が、興味本位で陽面さんと付き添いで月浦君が保健室に残って、後の人たちは食堂に集合しているらしい。

 

 「モノクマが言うにはモノトキシンは……三日三晩、その……痛みが続くらしいから、交代で看病をしようっていう話にもなった。その当番を決めてる頃だと思うよ」

 「そっか……ありがとう」

 「それから、なんとかして解毒する方法を探してもいる。モノクマが作った毒だし、薬に詳しい“才能”の人もいないけど……できる限りのことはするよ」

 「そうなんだ……。湖藤君ならなんでも知ってそうだけど」

 「買い被りすぎだよ。僕はただの古物商なんだから」

 「あと薬に詳しそうなのは……尾田君とか、菊島君とかかな……」

 

 なんだか痛みとだるさのせいか、頭が上手く働かない。脳がそのまま口を動かしているみたいだ。頭の中で考えたことがそのまま声に乗って出て行ってしまう。言わなくていいことを言ってしまった。

 

 「ともかく目が覚めて良かったです。しかし……これからどうすれば……」

 「益玉くんを助ける方法を探すんだ。このままぼくたちが何もしなければ、彼のしたことが無駄になる」

 「苦しいかも知れないけれど、頑張ってね益玉君!私が必ず……必ず助けてあげるから!」

 「う、うん……ありがとう、甲斐さん」

 

 正直、手を握られるだけでもかなりしんどい。彼女の純粋な気持ちを傷付けたくなくて、なんとか表情には出さないように堪えた。その後は庵野君を残して甲斐さんと湖藤君は食堂のみんなと合流し、僕は彼と交わす言葉もなく、体力を温存するためもう一度眠ることにした。死に至る毒に冒されているというのに、眠りに落ちる心は穏やかなものだった。

 


 

 今日の晩ご飯中の雰囲気は、昨日のそれとは全然違った。どことなく張り詰めた息苦しい空気が支配していた昨日と打って変わって、今日はなんとなく安心したような空気に満たされていた。だけど同時に、誰も何も言えない重苦しさもあった。きっとみんな、益玉君のことを気にしてるんだ。

 

 「甲斐様?進んでおりませんが……お口に合いませんでしたでしょうか?」

 「えっ。あっ、ち、違うよ!美味しいよ!……はぁ」

 「谷倉さん、甲斐さんは益玉君のことが心配なんだ。責任を感じちゃってるだけだよ」

 「左様でございますか。お優しいのは甲斐様の美点でいらっしゃいますが、あまり気を病まれませんように。まずはしっかりご飯を召し上がって、ご自愛なさることです」

 「うん、ありがとう。谷倉さん」

 

 お茶を注ぎに来た谷倉さんに心配されてしまった。だけど、やっぱり益玉君のことは気懸かりだ。少し会話しただけだけど、そこまで気が滅入ってるわけじゃなさそうだった。案外気丈な人なんだ。だけど、気を失ってたときに呟いていた譫言はいったいなんだったんだろう。

 

 「みんな、聞いて頂戴」

 

 おおよそ全員が食べおわる頃に、理刈さんが前に立って呼びかけた。ホワイトボードには今日の議題が書いてあった。益玉君の看病係と、解毒の方法を探ること。

 

 「タイムリミットは3日後。それまでに可能な限り益玉君の体から毒を取り除く方法を探るのよ。私たち全員を生かすために犠牲になろうとしている彼を、そのまま見過ごしておけないわ」

 「そうだ!みんなイントのために頑張ろう!何かアイデアがある人はいつでも言ってくれ!オレはなんでもするぞ!」

 「彼を解毒するだけなら簡単な方法がありますが……それでは本末転倒ですしね」

 「また尾田くんはそういうこと言う……」

 「いえ、分かりませんよ。なぜ彼が敢えて自分から死に急ぐようなマネをしたのか、未だにその理由が不明です。進んで毒に冒されることによって、コロシアイをさせようとしている可能性も……0ではありません」

 「何を言ってるんだ。それで自分が死んだら元も子もないじゃないか」

 「どうも彼は死を恐れていないような節があります。カルロス君の一件といい今回といい。彼が生まれつきそういう人間だとしても納得しかねます」

 「なんでもいいのでは?結局のところ、拙僧たちはこうして満足に生きています。今は益玉殿が(コン)生に留まれるか否か、でしょう」

 

 いつも尾田君はみんなを不安にさせるようなことを言う。だけど、彼の懸念も少しは分かる。カルロス君がモノクマに殺されかけたときも、自分が最低得票者になるようにお願いしたときも、なんだか……益玉君は、自分の生き死にとは違うところを見ているような。まるで益玉君自身の命を軽んじてるような、そんな気がする。

 

 「それから、夜中にも常に誰かが益玉君を付きっきりで看病してあげなくちゃいけないわ。ゴミ当番と同じように、谷倉さんと……狭山さんは除いてローテーションを組みましょう」

 「ローテーションっていうか、3人決めればいいだろ。どうせそれ以上は必要ないんだ」

 「え〜?ちぐ、なんで〜?」

 「遅くても3日後には結果が出るからだよ。僕らが益玉を救えるか救えないか。あるいは……」

 「と・も・か・く!」

 

 机の下から語りかけるような月浦君の負のオーラをまとった発言を吹き飛ばすように、理刈さんは力強く遮った。

 

 「まずは直近の課題として、今日の看病を誰がするかを決めるわよ」

 「それなら、私がやるよ。看病ならよくやってたし」

 「女子ひとりで大丈夫なのか?益玉が死を回避するために甲斐を襲う可能性はないか?」

 「イントに限ってそんなことがあるか!だけど、夜中にひとりぼっちはマツリちゃんが可哀想だ。オレが一晩中話し相手になってあげよう!」

 「大丈夫だよ。慣れっこだから。それに今の益玉君じゃ私を襲うどころか、寝返りもまともにうてないよ」

 

 いつも怖いことを言う人ばかりじゃなくて、毛利さんも益玉君をいまいち信じ切れてないみたいだった。益玉君の行動が不可解なのはそうだけど、そんなことは後で本人からいくらでも聞ける。今はとにかく、彼の命を救うことが大事だ。

 

 「それじゃあ今日は甲斐さんにお願いして、みんなは早めに寝ること。くれぐれも変な気を起こさないように。益玉君が進んで最低得票者になってくれたおかげで、あんな投票は何の意味も持たなくなったの。そこを忘れないように」

 

 最後に理刈さんが全体に釘を刺して、夕食会は解散となった。みんなの前で喋ったせいか、益玉君の危機的な状況に緊張しているのか、異様に喉が渇いた。まずは喉を潤してから、夜通し看病のための準備をしよう。確か冷蔵庫にミネラルウォーターがたくさん冷えてたはずだ。

 

 「ん?」

 

 なんか、厨房に気配を感じるような。モノクマでもいるのかな。こそこそするなんてらしくないの。ともかくあんなのに構ってる暇はない。ちょっと行儀が悪いけど直接飲んじゃえ。適当に手前に置いてあったボトルを取って一口あおった。

 

 「あっ、おいそれ──」

 「ふぇ」

 

 声がした。やっぱり誰かいたみたいだ。誰だろう。声の方に振り向こうとして…………振り向けなかった。意識がそこでぶっつり途切れた。

 


 

 痛い

 

 痛い 痛い 痛い痛い痛いいたいいたいっ!!!いたい…………!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴッ

 

 

 

 

 


 

 頭が痛い。縫い付けられたみたいに瞼が重い。体も動かない。空気にのし掛かられてるみたいだ。ここどこだろう。ベッド?私の部屋?なんで私、ベッドに寝てるんだろ。今って夜?朝?あれ……私、益玉君の看病するんじゃなかったっけ……?

 

 「えう」

 

 時計は5時半の少し前を指していた。朝には少し早いけどもう夜が終わる時間だ。寝返りを打った勢いで起き上がる。脳が転がって痛みと不快感がいっそう増した。なんでこんなところに……?私は寝てる場合じゃないのに。益玉君の様子見てこないと。

 立ち上がろうとして、脚がもつれた。くらくらして真っ直ぐ立てない。壁に手を付きながら、なんとか歩いて部屋を出た。廊下の空気は、しんと張り詰めていた。

 なんでこんなに体が重いんだろう。なんでこんなに頭が痛いんだろう。なんでこんなに気持ち悪いんだろう。私の体が私の体じゃないみたい。真っ直ぐ歩けないし自分の熱い吐息が不愉快だ。いつもならあっという間の保健室までの道のりが、ひどく長く感じる。

 

 「はぁ……うあぅ……はぁ……」

 

 えずきそうになるのをなんとか抑え込もうとして、代わりに生あくびが出る。風邪でも引いたのかな。体調なんて崩してる場合じゃないのに、自分に鞭打って一心不乱に保健室に向かう。早くしないと。益玉君が待ってる。

 あ。氷枕忘れた。後で持って来ないと。あれ。保健室のドア開いてる。なんでだろ。え……?なにこの臭い?私、まだ寝ぼけてるのかな。気持ち悪い。鼻にこびり付くような……鉄と酸の臭い。

 

 なんで?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんで保健室でこんな臭いがするの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんで床が真っ赤になってるの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんで……ベッドの上の益玉君が血まみれなの?

 

 

 

 「え……?ま、益玉君……!?」

 

 

 

 駆け寄ろうとした脚が何かに躓く。

 

 

 冷たくて重たい、不気味な感触。

 

 

 益玉君が心配なのに、今すぐ益玉君に駆け寄りたいのに、それを無視できなくて足下を見た。

 

 白くてきれいな肌から血の気が引いて、ぐったりとした体が床に広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「み……さわ、さん……?」

 

 私の足下で、三沢さんが頭から流した血で床を染めていた。




今作は日常編を少し短めにしてみることにしました。中だるみ防止という意味と、伏線を仕込む回を明確にすることで執筆に緊張感を持たせるためです。同じことを違う言い方で二度言ってしまいました。
というわけで前話は伏線てんこ盛りだったんですが、どれくらいあったんでしょうね。いつ回収されるものなんでしょうね。こりゃあ何度も読み直して検証するより他にないですね。ね。

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  • 益玉韻兎
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