エレベーターが動き出す。私たちを日常から非日常へと連れ去っていく。いや、この学園に来てから私たちの日常は失われていた。どうしようもない非日常を日常だと思い込んで、いつかこうなることを予感していながら考えないようにしていたんだ。だから、これは私たちが招いた結果だ。
エレベーターが滑っていく。水平に、斜めに、上下に。もはやどこへどう移動しているのかさえ分からない。感覚が曖昧になる。振り回されるような雑な運転でなんだか酔ってきた。気持ち悪い。緊張で内臓が締め付けられる。
「いつまで続くのでしょうか」
ぽつりと庵野君がこぼした言葉が、やけに明瞭に耳に届いた。すぐ隣に立ってるからか。その言葉に答える人はなく、エレベーターが目的地に到着するまで、他に言葉を発する人はいなかった。
ゆっくりと停止したエレベーターの前は、目から入った光が脳を焼くほど眩しかった。広々とした円形の空間の中央に、さらに円形の枠組みが設置されていた。そこから少し離れた場所に、この部屋全体を見渡すような背の高い玉座が置いてある。そこにはモノクマが足を浮かせた間抜けな姿で座っていた。
「やあオマエラ!ようこそ!」
私たちの到着を待っていたモノクマが、玉座から飛び降りて目の前に躍り出る。くるっと一回転して、その部屋の広さを全身で表現するように胸を開いた。
「こここそが、オマエラの命運を決定する“学級裁判”が執り行なわれる神聖な部屋、“学級裁判場”なのです!」
「どうやら地下のようですね。こんなものまで造るとは……」
「さあさあ、オマエラはそれぞれ自分の名前が書いてある証言台の前に立ってね。18人もいるんだからキリキリ動く!」
モノクマに急かされた私たちは、何か罠や仕掛けがあるんじゃないかと思いつつも従った。モノクマが用意した場所っていうだけで、ただ証言台の前に立つだけでもおっかなびっくりだ。取りあえず全員が証言台の前に立つと、円形に並んだみんなの顔が、ひとりひとりよく見える。それはつまり、みんなからも私の顔がよく見えるってことだ。
「いや〜、こんだけ揃うとさすがに圧巻だね!20人でここに来られなかったことが悔やまれるよ……。益玉クンと三沢サンにも見て欲しかったなあ」
「あ、あの……ひとつ伺いたいのですが、
青い顔をした谷倉さんが指さしたのは、20の証言席の2つに立てられた、ちょうど人ぐらいの高さがある立て札だった。その先には益玉君と三沢さんの顔写真があって、血のような赤で大きく×印が描かれている。モノトーンになったその写真や飾りは、それが二人の遺影であることを何よりも物語っていた。
「死んじゃったからって仲間外れは可哀想でしょ?こうやってみんなと一緒にいられるようにボクが気を回してあげたんじゃないか。友情は生死を飛び越えるんだよ!」
「なんと冒涜的な……お二人の死を侮辱しています」
「うぷぷぷぷ♬さあて、この裁判が終わった後、遺影はいくつ必要になるかな」
堪えきれないとばかりにモノクマは口を手で押さえて笑う。その言葉を聞いて、裁判場の空気が明らかにピリついた。緊張はある。恐怖ももちろんしている。どうすればいいか、何を話せばいいか分からなくて混乱している。
ただそれ以上に、私は絶望していた。益玉君と三沢さんを殺害した犯人はきっと見つかる。謎もきっと湖藤君たちが解いてくれる。だけどその後は?学級裁判のルールは残酷だ。あの扉の奥に足を踏み入れた瞬間に決定していたんだ。また私たちの中の誰かが、命を落とすということが。
「それじゃあオマエラ!いよいよ学級裁判を始めましょうか!ワックワクのドッキドキだね!」
益玉君……。初めて会ったときは、ひ弱で怖がりで頼りなさそうな、そんな印象だった。だけど本当は、誰よりも友達想いで、誰よりもモノクマに立ち向かっていて、誰よりもコロシアイを避けようとしていた。そのためには、自分の命さえも投げ出せるような、そんな勇敢な人だった。
三沢さん……。誰にでも優しくて、お料理も上手で美人で、非の打ち所のない人だった。いつも誰かのことを気にかけていて、私が倒れた後もすぐに益玉君の看病を代わってくれる、立派な人だった。
そんな二人を手にかけて、平然と私たちと一緒にこの裁判場を囲んでいる人が……この中にいる?本当に?まだ信じられない。だけど今はそれでいい。その答えを明らかにするために、私は、私たちはここに立っている。
これから始まる全てが命懸けだ。
命懸けの追及。
命懸けの弁護。
命懸けの推理。
命懸けの証明。
もう逃げも隠れもできない。目の前の謎と真実に、向き合うしかない。
『獲得コトダマ一覧』
【モノクマファイル①-1)
被害者:益玉韻兎
死因 :激しい殴打による脳震盪を原因とするショック死
死体発見場所:医務室
死亡推定時刻:23時から24時ごろ
その他:鼻や口からの出血・嘔吐のほか、後頭部や胸部に軽度の骨折がある。
モノトキシン2053により激しく衰弱していた。
【モノクマファイル①-2)
被害者:三沢露子
死因 :連続的な頭部打撲による脳震盪及び脳挫傷を原因とするショック死
死体発見場所:医務室
死亡推定時刻:23時から24時ごろ
その他:顔面に軽度の骨折がある。頭部以外に目立った損傷なし。
また、服薬の形跡なし。
【真っ赤なタオル)
医務室の床に落ちていたタオル。三沢が氷枕に使っていたせいか、湿っている。
【三沢の死体)
頭部を激しく損傷しており強く殴られた痕跡があるが、傷口に凶器の破片は見られなかった。
益玉の死体からは離れた、医務室の入口付近に倒れていた。
【床の血)
益玉が寝ていたベッドの下には血痕が散らばっていた。
散り方は激しいが、致命傷になるほどの出血ではなさそうだ。
不自然に途切れている部分がある。
【甲斐の証言)
早朝に目が覚めた甲斐は、頭痛を感じながらも医務室に向かった。
その間、怪しい人影などはなかった。
益玉と三沢の死体を発見した後は、その場で気を失った。
【谷倉の証言)
冷蔵庫と冷凍庫の中が昨日の夜と少し変わっていた。
朝食の付け合わせにしようと冷蔵庫に冷やしておいた小鉢がなくなっていたことに気付いた。
【空きペットボトル)
食堂のゴミ箱に大量に詰め込まれていた、中身が空のペットボトル。
どれも倉庫にあったミネラルウォーターのもののようだ。
【焼却炉のシャッター)
焼却炉の使用を制限するために設置されている昇降式のシャッター。
通常は鍵を使って開閉するが、鍵が破壊されていて強引に開けられた痕跡がある。
【燃えかす)
焼却炉の中に残っていた何かの燃えかす。
もとの形は判別不可能だが、本来は燃えないものを無理に燃焼させたために燃え残ったもののようだ。
【王村の異変)
捜査時間中、普段は能天気な王村の様子がおかしかった。
三沢の話を避けたり、歩き方が覚束なかったり、不審な点が目立つ。
「まずは、学級裁判の簡単な説明から始めましょう。学級裁判の結果は、オマエラの投票により決定されます。正しいクロを指摘できればクロだけがおしおきされます。もし間違った人物をクロとしてしまった場合は、クロ以外の全員がおしおきされ、みんなを欺いたクロだけが晴れて卒業となります!」
まるで何度も繰り返した言葉のように、モノクマは淀みなく簡潔に学級裁判を改めて説明した。つまり、私たちの命は私たちが握っている。その運命は、これから私たちがどんな議論を交わすかにかかっているということだ。
「それでは、議論スタートです!」
いざ始まると、私はたちまち呼吸すら強張る激しい緊張に襲われた。これからの発言ひとつが、自分の命を左右するかも知れない。声色が、仕草が、視線さえもが常に誰かに監視されているようで、じっとりとした嫌な水気を背後に感じる。それは私以外の皆も同じで、お互いがお互いの顔を見回して出方を窺い合っていた。
「みんなどうしたネ!黙っててもなんも始まらないヨ!」
裁判場を包む重たい緊張を引き裂くように、長島さんが明るく励ますような声を上げた。とにかく空気を破壊することが得意な長島さんだけど、今はその無邪気さがありがたい。長島さんが発言したことで、他のみんなも発言しやすくなった。
「ぎ、議論なんて言われても……何から話せばいいのか分かんないから……」
「正直に言うなら今のうちだよ!犯人さんは手を挙げて!」
「いまさら名乗り出るわけないですねっ!そもそも本当に拙僧たちの中に犯人がいるかも疑わしいですが!」
「それも含めて、これからの議論次第だと思うよ。だから取りあえず……こういうときに大事なのはアリバイとかかな?」
「そうね。それじゃあアリバイの確認から始めていくとしましょう」
湖藤君の提案に理刈さんが同調して、まずは全員のアリバイを確認するところから学級裁判は始まった。どうすればいいか分からず膠着していた裁判場の空気が、あっという間に裁判らしくなった。やっぱり、湖藤君は頼りになる。
「モノクマファイルによると、事件発生時刻は23時から24時、真夜中ね。まずはその時間帯にアリバイがあるという人はいるかしら?」
「基本的に全員部屋にいる時間帯ですね。アリバイのある方などいるのでしょうか?」
「アリバイならあるぞ。私はその時間、狭山の毛繕いをしていた」
「毛繕いされていました!お互いに証明できるのでアリバイ成立ですね!」
「なるほどね。毛利さんと狭山さんはアリバイ有り……と」
「その時間帯は、はぐは寝ている時間だ。僕が保証する」
「それってアリバイって言えんのか……?つうか、そもそも共犯とかあるんじゃねえのか?そしたらアリバイ証明とか意味ねえんじゃ……」
「その
議論の中で不意に浮上した、共犯という可能性。王村さんがそれを言うまで、私はまったくそれを考えていなかった。犯人だ一人だという保証なんてない。だとすれば、二人がお互いに証明しているアリバイなんて何の意味もなくなってしまう。冷静に、菊島君がモノクマに質問を投げかける。
「お答えしましょう!共犯そのものは校則違反でもなんでもないので可能です。ただし、クロの権利を得るのは直接手を下した人だけです!いくら手伝っていても、直接殺人に関わっていなければクロにはなりません!」
「つまり……共犯者にメリットはないっていうことだね」
なんだかよく分からないモノクマの答えを、虎ノ森君が簡潔に纏めてくれた。リスクを冒して殺人に協力しても、クロの権利を得られないんじゃする意味がない。ということは、共犯者の可能性はひとまず考えなくていいのかも知れない。
「月浦と陽面だったら共犯もあり得るんじゃねえのか?普段からいつもべったりしてるじゃねえか。どっちかが犠牲になってもどっちかを出すとか、言い出しそうじゃねえか」
「はぐもちぐもそんなことしないよ!ね、ちぐ!」
「もちろんさ。二人一緒に外に出ないと意味がないだろ。はぐには僕がいないとダメだし、はぐがいないと僕が生きてる意味がない。お前は何を言ってるんだ?」
「お前が何を言ってんだ」
「とにかく、今のところアリバイを証明できるのは狭山さんと毛利さんだけということね」
共犯の可能性を排除したとしても、月浦君の主張する陽面さんのアリバイは、アリバイと呼べるほどの証拠能力がないと判断された。月浦君は不服そうにしていたけれど、さすがに無理があると思っていたのかそこからさらに食い下がることはしなかった。
「アリバイから推理していくのは無理そうね……毛利さんと狭山さんは、何かアイデアはある?」
「いきなり無茶振りしてきますね。拙僧はな〜んも思いつきません!」
「何のためにアリバイ証明したんだよ!?議論引っ張ってけよ!」
「拙僧そういうのはしたくないので!毛利さんに一任します!」
「お前もたいがい無茶振りするな……だが、ここは第一発見者の証言を聞いてみるのがいいんじゃないか?」
「第一発見者……って、わ、私?」
理刈さんから毛利さんに投げられた無茶振りのボールが、今度は毛利さんから私の方にパスされてきた。みんなの視線がそのボールを追うように移ってきて、一斉に私に注がれる。みんなの注目を浴びるのは初めてのことじゃないけど、場所が食堂から裁判場に変わるだけでこんなにも感じる重圧が違うものなんだ。
取りあえず、私は自分の見たもの、感じたものを感じたままに言うしかない。ちょっとずつ、私は自分の記憶を辿る。
「私は……今朝、自分の部屋で目が覚めて、それで益玉君の看病をするために、保健室に向かったの。なんだか頭が痛くてふらふらしたけど、とにかく行かなきゃって思ってたから、壁伝いにこうやって……」
「人影を見たり、不審なものがあったりしなかった?」
「うぅん……具合悪くてそれどころじゃなかったけど、そういうのはなかった気がする。さすがに誰かいたら気付くと思うよ」
「それで、死体発見時の状況は?」
「えぇっと、保健室に行くまでは必死だったからあんまり覚えてないんだけど、保健室に近付いてきたあたりから……嫌な臭いがして、余計に気持ち悪くなって、中を見たら……益玉君と三沢さんが死んでて……」
「そっか。辛い思いをしたね」
「私が……もっと早く保健室に着いてたら……」
「死亡推定時刻は真夜中頃です。多少早く着いたところで為す術はありません。無意味に自分を責めるのは議論進行の妨げになるので慎んでください」
「慰めるのと責めるのを同時に……!?」
目で見た景色だけじゃなく、そのとき感じた頭の痛み、気持ち悪さ、不快な臭い、それら全てが思い出される。ただでさえ緊張でくらくらしてるところに、そんなことを思い出したせいで余計に脳内が掻き乱される。このままだと吐きそうだ。呼吸が荒くなって、涙が溢れてきて、頭が重くなる。
「ありがとう甲斐さん。無理をさせたわね」
「結局たいした情報はなかったなぁ。犯人らしいヤツがいたわけでもねえし」
「こういう場合は、第一発見者を疑うのがセオリーなんじゃないか?そいつが犯人なら発見時のことなんてどうとでも言えるだろ」
「へっ……」
滲み出た汗を拭って議論の行方を見守っていようと一息吐いたところに、月浦君から思いがけない追及が飛んできた。第一発見者──つまり、私のことを疑ってるっていうことだ。私が、益玉君と三沢さんを殺したと、そう言ってる。
「そ、そんなこと……!しないよ……!」
「そうだよ!そんなわけないでしょ!」
絞り出した言葉に呼応するように、宿楽さんが声を上げてくれた。だけど月浦君は変わらず私を睨み付けている。
「なんでそんなわけないんだ?証拠でもあるのか?」
「甲斐さんは保健室の前で気絶してたんだよ?月浦さんも見たでしょ!?あれはどういうことなの!」
「そんなもの演技くらいできるだろ。死体を見て気を失う殺人犯なんているわけがないからな。浅知恵だけど効果的だ」
「えー?気絶の演技なんてはぐできないよ?白目できないもん」
「はぐはそんな演技しなくていいんだよ」
「はい!よろしいでしょうか?」
月浦君の追及に待ったをかけたのは、用意してもらった専用のお立ち台の上で手を挙げた狭山さんだった。
「気絶が演技かどうかは分かりませんが、事件前夜に倒れたアレは演技ではありませんでした!」
「なに?」
「拙僧、事情により酔っ払いの相手には心得があります。昨夜のあの甲斐さんは演技などではなく、歴とした泥酔でした!」
「……なぜ酔っ払いの相手に心得があるのかは、今は不問にしておくわ。信じていいのよね?」
「もちろんです!」
「まあ、すねにあざも出来ていらっしゃいますし、気を失って倒れたのも本当だと思います」
「へっ?あざ?」
何気ない谷倉さんの一言で、私は思わず自分の足を確認した。確かに、すねに赤黒い痕ができていた。全然痛くないから言われるまで気付かなかった。それを見てまたみんなの視線を集めたことに気付いた。そんな、人に見せられるような脚じゃないから恥ずかしい。
「では甲斐さんの証言は信用しておくとして……他に目撃証言とかはあるかしら?」
「……目撃証言ではありませんが、疑問ならひとつ」
再び議論が止まりそうになる裁判場の雰囲気を察したのか、今まで静観していただけの尾田君が手を挙げた。みんな、次の尾田君の発言に期待しつつも、嫌な予感を覚えていたみたいだ。尾田君が喋ると、いつも空気が悪くなる。
「三沢さんは益玉君の看病のために保健室にいたはずです。にもかかわらず、益玉君と三沢さんはどちらも殴り殺されていました。どちらかが殺されているときに、どちらかが声を上げて人を呼ぶなり、止めに入るなり、手掛かりを残すなりできるものではありませんか?」
「益玉君は体を動かせないから止めに入るのはできないと思うけど……犯人の手掛かりを遺すことくらいはできるかも知れないね」
「ですが現場にそれらしき痕跡はありませんでした。益玉君はベッドの上で殺害され、三沢さんは頭部の打撲により殺害されていました。なぜ二人は外部に助けを求めなかったのだと思いますか?」
ちょっとだけ驚いた。てっきり尾田君はすごく後味の悪い結末でも考えているんじゃないかと思ってたから、真っ当な疑問を投げかけてきたことが意外だった。こんなことを考えてるとバレたら、余計に尾田君から目の敵にされてしまいそうだ。
それはともかく、尾田君の疑問に対する答えを私は持っていない。確かに、犯人は一度に二人を殺害したわけでもないだろうし、どうして保健室から逃げようとした痕跡がなかったんだろう。
「ふふ……尾田。それは本気か?或いは俺たちを試す
「はい?なんですか?」
尾田君の疑問に答えたのは、不敵に笑う菊島君だった。
「構わないさ。高々
「なに笑ってんだ!アンタが犯人か!?」
「お前は物を短絡的に考え過ぎだ。折角男を喜ばせる
「今さらっとド最低なこと言った!?100回辞任するレベルだよ!?」
「何が言いたいのか分かりませんね。小説家先生の語彙は我々浅学の者には理解しにくいものですから、単刀直入にお願いします」
横槍を入れてきた岩鈴さんに最低の返しをしてから、菊島君は尾田君に正対した。尾田君は尾田君で、絶対に意味が分かってるはずなのに挑発するような返事をする。二人とも息を荒げたりこそしていないものの、なんだかピリピリした雰囲気を感じる。絶対口には出さないけど、陰険と最低の対決だ。
「お前の問いの答えなど分かり切っていると言っている」
そう言って、菊島君は自分の推理を披露しはじめる。
「助けを求めるということは、第三者を保健室に招くということだ。なぜ二人ともそれをしなかったのか。それは、第三者に
「困る、というと?」
「殺害現場を見られてしまわないようにしたのだろう」
「さ、殺害現場って……保健室のことか?ん?いや、二人は被害者なんだから別に困ることなんて」
「ああ、そういうことか」
「さっぱり分からない!
カルロス君が頭を抱える。虎ノ森君や他の何人かは今の菊島君の言葉で察したみたいだけど、私はまだ全然分からない。なんで被害者の二人が、保健室の惨状を見られて困ることがあるんだろう。
「つまり、二人とも殺害現場を見られては困る立場だった。二人とも、殺害の
「殺害の実行犯……!?二人とも……!?そ、それって……!」
「そう。益玉韻兎と三沢露子は、どちらも被害者であり、どちらも加害者であった。昨夜あの保健室では、死亡した二人によるコロシアイが起きていたのだ」
「
にわかには信じられない推理だった。そんなバカなことがあるはずがない。益玉君は誰よりもコロシアイを憎んでいた。三沢さんは誰よりもみんなの和を大事にしていた。そんな二人が、よりにもよってその二人が、お互いを殺すなんて、そんなことあり得ない。私は反論した。
「そ、そんなわけないよ!コロシアイなんて、あるはずないよ!だって、二人ともあんないい人だったのに……!」
「ふふふ、“いい人”か。確かに益玉も三沢も、俺たちに危害を加えるような
「でも……!でも……!」
私の反論はいとも容易く、そして倍以上になって返されてしまった。今まで私たちが見ていた益玉君と三沢さんの顔は、二人が自分たちを信用させるために取り繕っていた顔だったってこと?本当は心の中でコロシアイのチャンスを窺ってたってこと?
そんなの、納得できるわけがない。
【議論開始】
「益玉と三沢はなぜ外部に助けを求めなかったか……それはそのどちらもが殺人に関与していたからだ」
「な、なんだってー!」
「益玉は死に至る毒に冒されていた。自ら犠牲を申し出てはいたが、死を実感し恐ろしくなったのだろう。近くには手頃に殺せそうなか弱い三沢がいる。ヤツは死の恐怖に敗れ、三沢へ不意の一撃を食らわせたのだ」
「ふむ……さすがの三沢さんでも、殺意を感じれば抵抗くらいはすると思いますが、殺害までするでしょうか?」
「ただでさえ弱っている益玉だ。数発殴られただけで死亡してしまうほどに衰弱していたのだろう。そして益玉を返り討ちにした三沢も、益玉の不意打ちで命を落としてしまう。不可解な殺人現場の完成だ」
「あの二人が殺人……!?にわかには信じがたいけれど……」
「
「そういう訳だ。では、“反論”を聞こうか」
「それは……違うよ!」
事実に合致するかどうかはさておき、菊島君の推理は一定の筋が通っているように聞こえた。だけど、実はそうじゃない。彼の推理には綻びがある。間違った結論へ進んでしまわないように、益玉君と三沢さんの死を正しく受け止めるために、私はその綻びに向けて言葉を放つ。
「菊島君、君は知らないんだね」
「何をかな?」
「保健室には、犯人が三沢さんを殺害するのに使用したはずの鈍器がなかったんだよ」
「そ、それは本当?凶器がないってすごく重要な情報じゃない!」
予想通りというかなんというか、菊島君は私の反論なんて気にも留めてない風に平然としていた。むしろ理刈さんの方がよっぽどリアクションしている。だけど、きっと菊島君はこれを知らなかったはずだ。現場の捜査はしてないはずだし、今の推理には凶器のことに全く触れてない。
「それがどうした。三沢を襲った際に凶器が壊れでもしたのだろう。人の頭は案外頑丈だからな」
「いいえ。それも違います」
「ん」
私に代わって反論を引き継いだのは、尾田君だった。引き継いだというより私の発言の順番に割り込んできたような感じだ。若干語気が荒くなって、眉をひそめ眼光は鋭くなっている。明らかにイラついてるみたいだ。
「三沢さんの頭部の傷は調べましたが、異物は発見されませんでした。通常の鈍器が破壊されれば、何らかの痕跡が残っているはずです。それがないということは、三沢さんの殺害に使用された鈍器は破壊されていないと考えるべきです」
「では見落としたのだろう。ベッドの下や棚の裏の
「否!拙僧が隅々まで調べました!毛利さんからサラミを頂いたので!」
「……」
三沢さんの殺害に使われた凶器は破壊されていない。けど保健室のどこにもそれらしいものはない。見落としたわけでもないとすれば、やっぱり可能性はひとつしかない。誰かが処分したんだ。犯人でもない人にそんなことをするメリットはないし、仮にいたとしたらもう名乗り出ていてもおかしくないはずだ。そうなってないということが、全てを物語っていた。
「もういいですかね?間違っていると分かり切っていたのはあなたの意見の方でしたね、菊島君」
「……まあいいだろう。今は噛ませ犬に甘んじておくとしよう」
「強がりとは思えない余裕っぷり……ううむ、大物ですね」
「無駄とは言いませんよ。おかげで議論すべきことが明確になりました」
斯くして菊島君の推理ははっきりと否定されてしまった。そこから分かったことはない。既に私たちが集めていた証拠で論破することができた。果たしてそれは時間を浪費しただけかと思えば、尾田君はそうは思っていないらしい。
「三沢さんの殺害に使用された凶器は、一体どこへ行ってしまったのか。これが次に議論すべきことです」
それは、まだ私たちが知らないことだ。もしかして菊島君は、この議論を誘発するために敢えて成立していない推理を披露したのかも知れない。そう思ってしまうほど、菊島君は余裕の笑みで尾田君を見ている。当の尾田君は気持ち悪そうに、気に入らなさそうに、気分悪そうに、モノカラーで集めた情報を眺めている。
「ちょっと待ってくれ。おいらぁまだ全然ついて行けてねえんだが、モノクマがよこしたぁ……えっと……」
「モノクマファイルだよ!覚えてね!」
「そう、モノクマファイルだ。それだと、益玉も三沢も撲殺だってんじゃねえか。だったらよう、三沢を殺した凶器も益玉を殺した凶器も同じなんじゃねえのか?」
「それが違うんだよ、王村さん。モノクマファイルには、益玉くんは“殴打”による死亡、三沢さんは“打撲”による死亡とある。つまり、殴殺と撲殺の違いだ」
「そりゃあどう違うんでえ?」
「つまりは、拳骨で殴って殺すか、凶器を使って殺すか、ってことだね」
「へえ。そんな分け方をするんだな」
私は既に湖藤君から聞いてたから二回目の説明だった。二人の死因の違いはモノクマファイルにも分かりづらいけどはっきり書いてある。つまり、これはかなり重要な情報だっていうことだ。
「普通、凶器が手元にあるのにわざわざ殴殺する人はいないよね」
「命のやり取りになると誰でもテンションがあがって普通はしないようなことをするものだよ。凶器の存在を忘れたのかもしれない」
「でも、三沢さんは凶器で殺害してるよ」
「二人の被害者の殺害方法が違い、片方は凶器を使わず、片方は凶器を使って殺害している。そして凶器は失われていない。ここから導かれる結論はひとつです」
尾田君は敢えて自分では言わず、誰かが気付くのを待っているみたいだ。湖藤君はもう気付いてるみたいだけど、他の人たちは首を傾げている。凶器を使った殺人と使ってない殺人、凶器が壊れたわけではないのにその違いがあるのは……。私は思い付いたことをそのまま口にした。
「途中で、凶器を手に入れた?」
「その通りだよ、甲斐さん」
尾田君に代わって、湖藤君がそう言った。一応尾田君の方を見てみると、特に否定するわけでもなく、ぷいっと視線を逸らした。たぶん当たってるってことなんだろう。当たってるのにこんな素っ気ない態度を取られるんじゃ、もうどうしようもない。
「途中で、ってどういうこと?」
「だから……犯人はまず益玉君を殺害したんだよ。そのときは凶器がないから殴殺した。その後で凶器を手に入れて……三沢さんを撲殺した」
「いやあ、それはちょっと無理があると思うな」
私だって確信があって言ってるわけじゃない。尾田君の誘導に乗って思い付いたことに則って事件を整理したらそうなるってだけだ。なのに、虎ノ森君は私に向けて異を唱えた。どうしよう。
「三沢さんは益玉君の看病をしていたんだよね?なら保健室で一緒にいたはずだ。そうしたらやっぱり、外に助けを求めなかったことがおかしくなってしまう。それに、凶器が存在したりしなかったりするとは思えないな」
「だ、だからそれは……」
「二人は別々に殺されたっていうことじゃない?」
「うん?別々に?」
まともな反論もできず、かと言って虎ノ森君の意見に納得することもできず、私はただ口ごもってしまった。そんな私に助け船を出してくれたのは、やっぱり湖藤君──ではなくて、意外にも宿楽さんだった。
「別々にっていうのは、どういうことかな?」
「いや〜あのね、いま閃いたことだからそういうつもりで聞いて欲しいんだけど、三沢さんが益玉さんの看病することになったのって、夕食後に急に決まったことじゃん?」
「誰かさんのせいでネ!」
「いやあ面目ねえ」
「だから看病のために色々準備とかしてて、保健室を開けることもあったんじゃない?」
「それはつまり……犯人は三沢さんが保健室を離れるタイミングを見計らって、保健室に侵入して益玉君を殺害したということか?しかも、後から来た三沢さんも手にかけたと?」
「だと思うんだけどなあ。このモノクマファイルの死亡時刻だって、1時間って広く取り過ぎじゃない?」
「まあ確かに……カメラで全て見ていたにしてはだいぶ暈かしていますね」
「ドキーーーンッ!!」
あからさまに、わざとらしく、モノクマがリアクションした。あまり気にしてなかったけど、考えてみればモノクマは監視カメラとモノカラーで私たちの行動を全て把握しているはずだ。死亡推定時刻なんて、秒単位で分かったっていい。それなのに1時間も範囲を広げて曖昧な書き方にしたのは、そこに事件に解決に繋がるヒントが隠されているからだ。
「じゃあ本当に、益玉君と三沢さんは別々に殺害されたということかしら……」
「しかし、証拠がありませんね。今までの議論で得られた情報は、全て推定でしかありません」
庵野君の懸念は尤もだ。二人の殺害方法の違いから、二人が別々に殺害されたというのは、可能性の話でしかない。三沢さんなら、途中で益玉君をひとりにすることがないように準備をしていたかも知れない。この話には、それが確かだと言える根拠が欠けていた。
私は考えていた。何かないか。三沢さんの行動を裏付けられるような証拠……決定的でなくてもいい。なにか、手掛かりでもあれば……。
【証拠提示】
A.【真っ赤なタオル)
B.【焼却炉のシャッター)
C.【王村の異変)
「あっ」
思い付いた。三沢さんの行動を辿る手掛かりになりそうな情報。それを直接示すものでなくても、何かきっかけになりそうなこと。私は、そのカギを握る人に目を向けた。
「王村さん」
名前を呼ばれると、小さな体がびくっと跳ねてお立ち台から落ちそうになった。みんなの視線が一斉に王村さんに注がれる。王村さんはその視線から自分を守るように頭巾を深めに被って、私の方をこわごわ見つめ返した。明らかに挙動不審だ。やっぱり何か知ってるんだ。
「王村さん、もしかして昨日の夜のこと、何か知ってるんじゃないの?三沢さんのこととか……」
「し、し、知らねえよ!おいらあ何も知らねえ!」
「どう見ても動揺してんじゃねえか!知らねえわけねえだろ!」
「いやあ……さ、酒が切れちまって、禁断症状が……気にしねえでくんな」
「余計に気になるよそれは……!?」
誰がどう見ても王村さんは何かを隠している。けど、簡単には口を割ってくれそうにない。でもここで引き下がったら、何か大事な重要を見落としてしまいそうな気がした。ここは多少強引にでも、王村さんに知ってることを全部話してもらわなきゃダメだ。
【議論開始】
「王村さん……知ってることを教えてほしいの。昨夜の三沢さんについて、何か知ってるんでしょ?」
「知らねえよ!おいらあ何も知らねえって!」
「どう見てもなんか隠してるだろ!男のくせにウダウダ言ってんじゃないよ!全部出して楽になっちまえ!」
「隠せば隠すほど立場は弱くなります。早めに決断されるがよろしいかと」
「ええいちくしょう!なんだよどいつもこいつも寄って集ってイジメやがってよう!知らねえって言ってんだろ!おいらあ昨日晩飯の後は“ずっと部屋にいた”ってんだよ!」
「本当かな……?」
王村さんが嘘を吐いてるのは明白だ。だけど、それを示す根拠を提示しないと王村さんは口を割ってくれそうにない。直接的な証拠じゃないし、王村さんが関わってるっていう確かな根拠があるわけでもない。だけど、きっと突破口になるはずだと確信できる証拠がある。
「実はね、昨日の夜に谷倉さんが今日の朝ご飯を用意しててくれたの」
「それがなんでい!」
「でも、今朝確認したら、それが減ってたんだ。誰かがつまみ食いしたんだと思うんだけど、もしかして……」
「おいおいおい!それもおいらのせいだっつうのかよ!?」
これは三沢さんとは関係ない罪の疑いだ。それも、証拠もなにもない。ただ、やりそうな気がする、というだけの理由で疑ってる。だから王村さんが怒るのも当然だ。もし、本当に知らないのなら。
「確かにおいらぁ四六時中酒飲んで酔っ払ってるダメな大人かも知んねえけどなあ!冷蔵庫開けて人様のぬか漬けまでつまみ食いするような碌でなしじゃねえっつうんだよ!なんでもかんでもおいらのせいだと思うない!」
「ぬか漬けなんて言ってないよ?」
「冷蔵庫にしまってあったとも申しておりません」
「ちくしょう!!!」
「ボロ出しのスコアアタックRTAか?」
「テメエ王村この野郎!四六時中酒飲んで酔っ払ってるダメな大人な上に人様のぬか漬けまでつまみ食いするような碌でなしじゃんか!!」
全然正当な怒りじゃなかった。むしろ逆ギレて開き直りながらボロを出すなんて器用なことをしてた。この人が私たちの中で最年長なんだって思うと、なんだか色々と心配になってくる。
「おい王村。これ以上は……さっきからそうだったが、足掻くほど見苦しいだけだ。言うべきことがあるなら言え」
「ぐっ……!」
「どうなんだ。お前は三沢と会ってるのか」
「言っちゃえ言っちゃえー!」
証言台が丸く並んでる意味を、私は今知った。ひとりを責め立てるときに全ての方向から声が飛んでくるんだ。自分からみんなの顔が見えるということは、みんなから自分の顔が見えるということだ。誰かひとりが不利になると、たちまち証言台は晒し台に変わる。王村さんは息苦しそうに声を詰まらせて、どんどん顔を青くしていく。
「……あ……ってた、よ……!三沢と……!」
「あ、言った」
「おいらぁ昨日の晩……三沢と、会った……!」
「最初から正直に言えばいいんだ。で、何があったんだ」
「会っただけだ!本当にあっただけでなんもしちゃいねえよ!」
「王村さん。ただ会っただけのことをそんなに必死に隠す必要はないよね?」
「うっ……」
王村さんの往生際が悪過ぎて、なんだか本当に王村さんをいじめてるように思えてきた。でもここで引き下がって答えを間違えるようなことになったらシャレにならない。ひどいことをしてるように見えても、これは大事なことなんだ。
そんなみんなの思いを代弁するように、湖藤君がにこやかに言った。威圧するような雰囲気はない。むしろ聞き分けの悪い子供に言い聞かせるような、温かみと厳しさを兼ね備えた言い方だった。
「この裁判は、ぼくたち全員の命が懸かってるんだ。その中には当然、王村さんも含まれている。言いたくないことや言いにくいことはあるかも知れないけれど、何が真実に繋がるか分からないんだ。最後に後悔しないように、言うべきことはしっかり言うことが王村さんのためにもなるんだよ」
「これ本当にいい大人が言われるセリフか?」
「くっ……!わ、分かったよ……!ほ、本当に全部話す……話したらあ!」
やけくそ気味に、王村さんは叫んだ。私たちはみんな呆れて白い目を向けていたけれど、もはやそんなことも気にならないくらい、王村さんは逆上しているみたいだ。せめてこれから王村さんが話すことで、少しでも事件の真相に近付くことができたらいいんだけど……。不安は尽きない。
裁判編です。
過去作の裁判では一章から長ったらしくなってしまったので、今回はあっさりめでいこうかと思います。
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