ダンガンロンパメサイア   作:じゃん@論破

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(非)日常編2

 

 新しく開放されたエリア。建物の2階と地下の施設。それぞれが集めた情報を共有して、全体として今後どうしていくべきかを考える。もう誰もコロシアイや学級裁判なんてしたくない。その思いは一緒だ。それなのに、一丸となってモノクマに立ち向かおうとすると途端にその結束は脆くなる。

 

 「モノクマの言うことになんか従う必要はない。オレたちでなんとしても出口を探して脱出するんだ」

 「でも校則破ったら一撃でお陀仏アル。卡卡(カーカー)はその覚悟があるカ?」

 「んぐ……」

 

 毅然とモノクマと戦う道を示すカルロス君だけど、長島さんのような現実主義の人には無謀にしか映らない。

 

 「何を言ってるのですか。人生何事も諦めが肝心なんですよ。みなさんでここで暮らしていくのです。脱出したいなどと思うから不和が起きるのですよ」

 「こんな息の詰まる世界で一生を過ごせと?馬鹿な。あり得ないな」

 

 開き直ってここで暮らそうと言い出す狭山さんの能天気さは救われる気持ちもあるけれど、菊島君の言うようにそんなことはあり得ない。外の世界をそう簡単に諦められるわけがない。

 

 「ひとまず様子を伺った方がいいのではないでしょうか。コロシアイさえしない分には、安全は保証されています」

 「それもモノクマの気分一つで変わりかねん。第一、コロシアイさえしなければと言うが、ヤツはなんとしてでもコロシアイを起こさせるつもりだ」

 

 谷倉さんの穏当な意見が落としどころかと思いきや、毛利さんの冷静な意見もスルーはできない。

 

 「うぅん……」

 「やはりこういうときはリーダーを務める方の意見が重要だと僕は思いますよ。理刈サン、どうなんですか」

 「……え?」

 「話聞いてました?」

 「………………あっ、ご、ごめんなさい、ちょっと……何かしら?」

 「ど、どうしたんだ?らしくもねえ」

 「理刈さん、ちょっと参っちゃってて」

 

 尾田君から理刈さんに話が振られる。だけど理刈さんは、あれから結局元気を取り戻すこともなく、なんだかぼーっとする時間が増えたような感じがする。心ここにあらず、ずっと上の空っていう感じだ。やっぱりコロシアイと学級裁判がショックだったんだろう。今も全然頭が働いてないみたいだ。

 

 「もういいです。役に立たないことが分かったので」

 「ちょっと尾田さん!そんな言い方ないんじゃあないですか!?理刈さんだってあんなもん見せられて平気でいられるわけないでしょ!」

 「平気でいろなんて言いませんよ。人間なんですから、いくらでも落ち込めばいいです。ただやることはやってもらなきゃ困るんですよ」

 「それができないのが落ち込むってことでしょ!落ち込んだことないんかアンタは!」

 「ええ。そんな非生産的な活動に費やす時間とカロリーが無駄です」

 「この人生効率厨が!」

 「なにその悪口」

 

 理刈さんのために声をあげたのは宿楽さんだった。探索のときから元気のなかった理刈さんのことを特に気に懸けてたから、尾田君の言いぶりが我慢ならなかったんだろう。何より、彼女にとっっては周りのみんなは“超高校級”の才能を持ったスーパーエリートばかりだ。宿楽さんだってその一人なんだけど、どうも彼女は自己評価が低い。逆に周りのみんなの評価が高いということでもある。だから理刈さんを下げる言い方が気に入らないんだろう。

 

 「こうしている今も、外の世界がどうなっているか分からないんです。モノクマが何か仕掛けてくるかも知れないんです。脱出するなら脱出する、そうでないならそれなりにすべきことをする。僕たちには一分一秒という時間が惜しいのです。もたもたしていたらまた昨日のようなことになりますよ」

 「ならないよ!なら、ないよね?」

 「そ、それは私に聞かれても……分かんないよ……」

 「ともかく僕たちは全員で同じ方を向いてなければいけない。下らない方向性の違いなんかでモメている場合じゃあ──」

 「ケンカはダメだよ!」

 

 ヒートアップしていく尾田君と宿楽さんの口論は、その一声でぴしゃりと止まった。ここにいる誰の声でもない。それは、食道の入口から聞こえてきた。見ると、いつの間にかそこにモノクマがいた。新しいエリアの探索が終わった私たちに、さっそく何か嫌みでも言いに来たのかな。

 

 「まったくもう。昨日の今日でまたそんなにケンカしてる場合じゃないでしょ!ボクが見たいのは殺伐としたコロシアイゲームじゃなくて、オマエラが仲良くらーぶらーぶな──」

 「なんですか気持ち悪い。大した用がないなら出て行ってください」

 「えっ」

 「そうですよ!もうここにはこんなにラブリープリティーなマスコットこと狐々乃ちゃんがいるのですからして!クマなんてイマドキ流行りません!」

 「だいたいこうなってるのもお前が原因だろ!どの面下げてきたんだこの野郎!」

 「な、なんだよう。オマエラ、ボクを邪魔物扱いしようってのか!ボクはこんなにオマエラのことを想ってるのに……!ね、ね、湖藤クン」

 「うーん。なんでぼくを頼るのかな」

 「湖藤君にくっつかないで。しっしっ」

 

 いつものグイグイくる感じじゃないから、ここぞとばかりにみんながモノクマへの不満をぶつける。ぶつけたからといってモノクマが心変わりしたり気持ちを入れ替えることなんて期待してない。ただ、少しばかり憂さ晴らしになるだけだ。

 当のモノクマは、怒ってくるかと思いきや、あっさりと撃退させられてべそをかきながら部屋の隅の方に追いやられていった。

 

 「うぅ……みんなが冷たい」

 「なんだ弱っちいな。気持ち悪い」

 「用がないのに暇だからって出て来たんでしょう。はあ、白けました。もういいです」

 

 モノクマが突然現れて話の流れを破壊したせいで、尾田君も宿楽さんもこれ以上話す気が失せたようだ。結果的にこれ以上ギスギスしなくなりそう、かな?

 また私はこういうときに何も言えなかった。尾田君の危機感も、宿楽さんの気遣いも分かるからだ。この建物の中にいる限り、モノクマの支配下にあることは変わらない。さっきは適当に追い払えたけど、モノクマが本気で私たちに悪意を向けたとき、私たちがそれに抵抗することは許されない。だからといって、今の理刈さんに無理をさせたって、争いの火種になるだけだ。

 

 「それは、おかしいことじゃないよ」

 「へ?」

 「甲斐さん、迷ってるんだよね。迷うことはおかしいことじゃない。迷って何もできなくなるのがいけないんだ」

 「……」

 

 どうやら湖藤君は、またしても私の心を読んだみたいだ。いったい私の何を見てそんな的確な事が言えるのか。言葉にもしてないのに。

 

 「迷って何も出来ない……それ、まさに今の私じゃん」

 「そう思う?それなら、何かしてみたらいいんじゃないかな」

 「何かって?」

 「なんでもいいさ。大事なのは行動することだからね。行動の意味が後から付いてくるはずだよ」

 「そうかなあ」

 

 ともすれば湖藤君のアドバイスはいい加減に聞こえる。的確なのに抽象的で、なんだかふわふわしてる。そこは私が考えるべき部分ってことなんだろうけど。行動か。そしたら、みんなが探索したところを一通り見て行こうかな。報告は聞いてたけど、やっぱり自分の目で見ておいた方がいいはずだ。

 


 

 私たちが探索した音楽室とその後に立ち寄った図書室、芭串君たちが探索した図工室、その他2階の教室や設備は、特におかしなところはなかった。いや、普通の学校だとしたらあまりに充実し過ぎててそれはそれでおかしいんだけど、希望ヶ峰学園っていうだけでそれくらいのことは飛び越えて納得させられてしまう。

 新しく開放されたのは2階だけじゃなく、地下階にもあったらしい。広々としたプールと男女に分かれた更衣室は、地下とは思えないくらいに高い天井と開放的な空間だった。水着がないからあんまり意味がないけど。そして、最後に薬品庫に立ち寄った。ここはただの風邪薬から取扱いを間違えたらとんでもないことになる毒物まで、色んな化学薬品がしまってあるらしい。おそらくモノクマの本命はここだろう。私たちに毒の存在を意識させて、疑心暗鬼を誘ってるんだ。だからこんなところにいるだけでも、余計な疑いを与えかねない。そのはずなんだけど……。

 

 「あれ?」

 

 別に覗いたりするつもりはなかった。だけど、薬品庫のドアがちょっとだけ開いてたから、誰かいるのかと思ってちょっと慎重になっただけだ。音がしないように薬品庫のドアをゆっくり開けて、そそくさと薬品庫の中に滑り込む。薬品が並んだ棚が通路を作っていて、その一本一本を注意深く覗いてから先に進む。疑心暗鬼にならないようにって思ってたのに、いまの私の行動はやっぱり誰かが良からぬことを考えてるって疑ってるからなのかも。

 洗剤の棚、医薬品の棚、低危険度薬品の棚……この先はいよいよ人体に悪影響を及ぼすレベルの薬品、毒と呼べる薬品の棚だ。こうなってくると、誰かがいるかも知れないというのは私の杞憂であってほしい。毒の棚にいるところを見られただけで、その人にとっては大変なことだろう。そしたら見ちゃった私も無事で済むのかな?

 

 「……あっ」

 

 いた。毒の棚に。それも高危険度、取扱注意、持出厳禁(書いてあるだけ)の場所だ。黒くて大きく膨らんだシルエット。服から覗く手や首は細く不健康そうだ。頭は帽子のようにつばが広がった形をしていて……あれは帽子か。その手は棚に置いてある毒のひとつに伸びている。それが何の毒でどういう効果があるのかは分からない。でも、どう考えても放っておいていい状況じゃない。

 呼吸が浅い。何か思い詰めているんだろうか。なんだか上気してるようにも見える。興奮状態みたいだ。冷静じゃない。何かを覚悟してるように……毒を顔に寄せて……!

 

 「いけない!!」

 「っ!!」

 

 思わず声を出してしまった。見るからに危ない状況だったから、つい。気付いたら声だけじゃなく体も乗り出してた。いきなりのことだったとはいえ、私の危機管理能力のなさもひどいものだ。ヤバいときほど頭が冷静になっちゃうくせに、大事なことは何も考えない。どうなってるんだか。

 私の大声に驚いたのか、その人は毒の瓶を落としそうになってなんとか堪えた。その代わりに別の何かを落とした。ハンカチかな。

 

 「あっ……ご、ごめ……ん」

 「……油斷(ゆだん)した……!」

 

 たぶん初めて見る、菊島君の焦り顔だった。それはすぐにいつもの澄まし顔に変わって、こっちに近付いて来る。

 

 「あ、あの……!わたし……!菊島君が毒を……その、何か思い詰めてるみたいな……」

 「……はあ。見られてしまったか。俺としたことがこんな凡庸な失態を犯すとは」

 「菊島君……そんな、早まっちゃ」

 「何をどう勘違いしているのかは──大凡(おおよそ)見當(けんとう)が付く」

 「いや……!こ、こないで!」

 

 直感的に逃げなきゃいけないと体中が騒ぐ。だけど体の部分部分が勝手に動き出そうとするから、私は尻餅をついた。菊島君は私の目の前まで歩み寄る。私に覆い被さるように体を倒して……!!

 

 「きゃああっ!!」

 「きゃあとは隨分(ずいぶん)だな。(かしま)しいヤツだ」

 「……へ?」

 

 襲われる、かと思ったら、菊島君は手を差し伸べてくれてた。

 

 「年頃の子女が地べたに尻を付けているもんじゃない。早く立ちなさい」

 「えっ……あっ……あ、ありがと……」

 

 軽率にも、私はその手を取った。菊島君が私を口封じするつもりなら油断させて襲う可能性だってあったかも知れないのに。全く、つくづく私は危機感がない。でも菊島君は、そんな乱暴なことは考えていないみたいだった。

 いったい、ここで何をしてたんだろう。

 

 「こんな所で何をしているんだ?」

 

 先に聞かれてしまった。

 

 「い、いや……私は、新しいエリアを見て回ろうかと思って……。そしたら、薬品庫に誰かいたみたいだったから、ちょっと慎重になっちゃって……」

 「ふむ。何者(なにもの)かが毒を使って怪しげな企てをしていないかと勘繰り、その謀略を(ぬす)み見ようとしたのだな」

 「解釈の根っこが腐ってるなあ」

 「まあしかし俺が(わる)いな。見苦しいものを見せた」

 「見苦しい……?というか、なんか危なそうに見えたけど。何してたの?」

 「んん……(かく)してもいらぬ疑いを生むだけか」

 「???」

 

 菊島君は、ちょっと答えにくそうに言い淀む。私の方をちらちら見てるけど、なんなんだろう。

 

 「先に言っておくが、甲斐が聞いたから答えるんだぞ」

 「うん。そうだよ?」

 「よろしい。(じつ)はだな……少し、毒をな」

 「毒を?」

 「なめていた」

 「…………え?」

 「正確にはなめようとしたところを甲斐に見られてしまった。だからなめようとしていた」

 「同じだよ!何してんの!?」

 

 まさかだった。毒を手に取ろうとしてたのは見えたから、何か良からぬことでも考えてるのかと思ったけど、人に使うんじゃなくて自分に使うのか。やっぱり菊島君、何か思い詰めて早まっちゃったんじゃないか。

 

 「いやいや、安心したまえ。何も死のうとしているわけじゃない。誰かを殺すつもりもない」

 「なに……?どういうこと……?」

 「詳しく聞くか?もっと引くぞ」

 「聞かずにいられないよ。もう十分引いてるし」

 

 死のうとはしてないってあっさり言うけど、死ぬつもりもないのになんで毒なんかをなめるんだろう。

 

 「要するに」

 「うん」

 「自慰だ」

 「……G?ってなに?」

 「自らを慰む、と書く。マスタアベイションという言い方もあるな」

 「マス……はっ!?はあっ!?な、なな、なん……!!」

 「言っただろう。引くと」

 「引くどころじゃないよ!」

 

 何を言うかと思ったら、じいってそれ……毒を舐めるのが?何言ってんのこの人?っていうかなんでこんなところでそんなことしてんの?

 

 「変態!」

 「ふふ」

 「照れないで!キモい!」

 「なんてひどいことを言うんだお前は」

 「だ、だってそんなの……!意味分かんないし……!」

 「分からないからと言って拒絕(きょぜつ)していては永遠に分からないままだ。步み寄ることこそが理解への足がかりだ」

 「尤もらしいこと言ってセクハラしないで!」

 「セッ……俺はお前が聞いたから恥を忍んで說明(せつめい)しているのだろうが!」

 

 なんか分かんないけど怒られちゃった。言われて見れば確かに私が聞いた。予想だにしない回答だったせいですっかり気が動転してたけど、そもそも私が薬品庫を覗いたせいでこんなことになってるんだった。忘れてた。

 

 「ご、ごめん……その、ど、どういうことなのか……」

 「……まあ改めて說明(せつめい)するのも如何と思うが……要するに、劇物フェチというヤツだ」

 「というヤツだって言われても……なにそれ?」

 「毒物・劇物・有害物質類を攝取(せっしゅ)することに性的興奮を(おぼ)える、ということだ。無論、毒に耐性があるというわけではない。强力(きょうりょく)な毒を攝取(せっしゅ)すれば腹を下したり(からだ)の痺れや意識の混濁も起こしたりする」

 「ええ……なんにもいいことないじゃん。やめなよ」

 「止めろと言われて止めれるものなら性犯罪はとっくに消えている」

 「ううん……」

 

 相変わらず口が悪い。汚くはないけど悪い。その上、毒で興奮する変態らしい。なんだかとんでもないことを知ってしまったような。菊島君は照れてるような誇らしげなようなキショい顔をしている。自分で言うのもなんだけど、こんな状況で私みたいなのを相手にそんな話をしてて、誰がどう見ても悪者は菊島君なんだけど。

 

 「ああ。ほら、これを見ろ」

 「な、なにそのぼろきれ」

 「俺のハンカチだ。これに毒を染み込ませて嗅いだりしている。藥品(やくひん)で傷んでボロボロだろう。これが證據(しょうこ)だ」

 「キモい性癖の証拠見せないで」

 「ここに()てからしばらくの(あいだ)は手持ちのアンモニアでなんとか糊口を凌いでいたが……久々にこれほど大量かつ强力(きょうりょく)な毒性物質の山を見て、羽目(はめ)を外してしまったようだ」

 「じゃ、じゃあ……本当に誰かに毒を盛ったり早まったりするんじゃないんだね?」 

 「當然(とうぜん)だ。こんにゃくで人が殺せるか?」

 「意味分かんないよ……」

 

 分かりたくないし、やりようによっては殺せそうだ。そんなことよりも、目的はどうあれ人を傷付けるために毒を使うわけじゃないなら、それは本人の自由に任せておいても構わないだろう。というかこの件に関して、これ以上突っ込むほど私が損するだけな気がする。

 

 「ああ、甲斐。くれぐれもこのことは口外無用で(たの)むぞ。自分のフェティシズムを言いふらされるのは、流石に堪える」

 「言いふらさないよこんなキモいこと!」

 「あまりキモいキモいと言われるのも心にくるぞ。俺は(かお)に出にくいが」

 「ご、ごめん……」

 

 なんか自然と口から出てたけど、確かに菊島君はちょっとだけ心が傷ついてるような顔をしていた。いつもと比べてちょっとだけ眉尻が下がっている。性癖っていうの?別に自分で選んだわけでもないし、あんまり言うのも可哀想かも。もちろん、こんな話題を自分から人に言うつもりもない。言われなくても今すぐ忘れたいくらいだ。

 

 「交換條件(じょうけん)と言ってはなんだが、代わりに何か(かく)してそうなヤツを(おし)えよう。上手くやれば弱みを握れるかも知れないぞ」

 「前々から思ってたけど、ホント菊島君って最低だね」

 

 やっぱ可哀想じゃないや。私は言わないって言ってんのにそんな話するのは、絶対に菊島君が言いたいだけだ。自分の秘密は話して欲しくないくせに。

 

 「尾田は閒違(まちが)いなく何かを(かく)しているな。それもかなり重要なことだ」

 「それは……確かに、尾田君はちょっとよく分からないところあるけど……」

 「出自か、名前か……才能かも知れんな」

 「もういいって」

 「あとは狹山(さやま)だな。狐が人閒(にんげん)になるなど俄には信じがたい。それが眞實(しんじつ)にせよ嘘にせよ、何かしらの理由があるはずだ。眞實(いんじつ)ならそうなった理由が、嘘ならそう見せかける理由が」

 「ううん……結局人間の姿で出て来たなら、もうそんなのどうでもいいよ」

 「果たしてそうかな?そしてあと何か(かく)してそうなヤツといえば……谷倉だな」

 「へ?」

 

 意外な名前が出て来て、思わず私は興味を持ってしまった。尾田君と狭山さんは、菊島君じゃなくても怪しいと思ってしまうだろう。方や何を考えてるか分からない上に自分のことは話そうとしない人、方や狐から人間になったなんて訳の分からないことを言う人。お互いを信頼しなくちゃいけないこの状況で、あの2人の存在は正直、かなりイレギュラーだ。

 だけど、その2人と並んでその名前が挙がるとは思わなかった。谷倉さん?みんなのためにご飯を作ってくれて、所作のひとつひとつがとてもきれいで、誰にでも分け隔てなく優しくしてくれるあの谷倉さんが、何かを隠してるって?

 

 「なんでそう思うの?」

 「お。興味を示したな?」

 「別に菊島君みたいな気持ちで言ってるわけじゃないよ」

 「ふふふ……まあいいだろう。(かく)し事というのは大なり小なり誰にでもあるものだ。お前にもあるだろう、甲斐」

 「知らない」

 「なんとなく(かく)していること。なるべくなら知られたくないこと。絕對(ぜったい)に守り通したいこと。祕密(ひみつ)と言っても程度は樣々(さまざま)だ。俺がいま()げたヤツらがどの程度の氣持(きも)ちでその祕密(ひみつ)を抱えているかは分からないが……明らかに何かを(かく)そうという素振りが見える。俺が言うのもなんだが、この生活において祕密(ひみつ)というものは非常に危險(きけん)だ。いらぬ誤解を生みかねない」

 「うん。身を以て知ってるよ」

 「ならば、不和の種である祕密(ひみつ)は暴かれて然るべきだとは思わないか?」

 「言ってることめちゃくちゃだよ!」

 

 結局、人の秘密を暴いて楽しみたいだけじゃん!恥ずかしいとこを見られたことを誤魔化すのにそこまでする!?本当に菊島君って、なんというか……。

 

 「最低だよね」

 「よく言われる」

 「じゃあもっと恥じた方がいいよ」

 

 私みたいなのが言葉で菊島君に勝てるはずもない。ただでさえちょっとやそっとの悪口じゃびくともしないんだから、分からせようと思ったところで疲れるだけだ。

 ともかく菊島君の心配はしなくてよくなった。代わりになんかもやもやした気持ちを抱えることになっちゃったけど、それだけはよかったかな。

 


 

 また夜が来る。人も草木も眠る真夜中。誰にも見られずに行動するには打って付けの時間だ。人は安らかな眠りに就く。だが警戒心の強い人間には、逆に安らぎのない時間になる。静謐と安寧の時間なんかじゃない。暗躍と謀略の時間だ。

 だからそんな時間に部屋の外に出ることは、自分がどちらかであることを示すことになる。つまり、何かを企んでいる側か、何かを企んでいる人間を嗅ぎ回る側かだ。どちらにしろ、他人に見つかることはリスクになる。コロシアイなんてものを強いられてる今はなおさら。だから本当なら、僕は部屋に戻って寝ているはずだ。こうして夜中に建物の中をこそこそ移動したりなんて、普通はしない。

 

 「……?」

 

 異変に気付いたのはついさっきだ。いつもなら夜の10時にはベッドで寝息を立てるはずのはぐが、10時3分まで夜更かしをした。なんとなく寝付けないと言っていたが、それはウソだ。はぐのことは僕が誰よりも──はぐよりも知っている。その証拠に、僕が側で寝かしつけていたらはぐは狸寝入りを始めた。

 嗚呼、はぐが夜遊びに興味を持ち始めてしまった。興味を持つのはいい。それははぐの心から生じたものであって、何よりも尊重されるべきだ。でも実際に夜遊びをしようと考えてるなら、それは止めなくちゃいけない。そんな不良みたいなこと、はぐには夢の中でだってさせられない。そもそも今までのはぐなら、興味を持つことさえなかったはずだ。誰かがはぐを唆したんだ。

 すぐにそいつを捕まえて責任を取らせなくちゃいけないが、そのためには──全部の髪を毟って皮膚を剥がしても足りないくらい不本意だが──はぐを泳がせる必要がある。たとえ一瞬だとしても、はぐが夜遊びをしたことがある子になってしまうのは我慢ならない。必ずその前に止めなければ。

 果たして、僕ははぐの動向を探るため、はぐを唆した大罪人を突き止めるため、夜の校舎内ではぐを尾行している。まさか、僕がこんな日が来ることになるとは。大罪人には必ず、はぐにこんな役回りをさせた報いを受けさせてやるぞ。

 そう心に誓いながら、僕は物陰からはぐの様子を伺う。そこで僕は、驚くべき光景を目にした。

 

 「!」

 

 なんてことだ……!はぐが可愛い……!

 はぐが周囲を警戒しながら移動している。スパイか忍者さながらに、壁伝いに移動したり、耳をそばだてたり、忍び足で足音を殺したり。見よう見まねなのに音は完璧に消せている。しかしパジャマのまま大袈裟に動いて移動する様は、遠くで見ていてもかなり目立つ。忍ぼうとして逆に目立ってしまうなんて、やっぱりはぐは人の注目を集める天賦の才があるんだ。しかもパジャマ姿でなんて、この僕でさえ初めて見た。

 

 「うっ……!む、むねが……!」

 

 恐ろしく愛らしいはぐ……!僕でなきゃ心臓止まってたね……!

 そのはぐが突然動きを止めた。もっと可愛いはぐを見ていたかったが、そこが誰の部屋なのかを理解して、僕は我に返った。そうか。はぐに悪い遊びを教えたのはあいつか。はぐは改めて周りを見回して、人がいないかを確かめる。そしてそのドアを叩こうと──。

 

 「はぐ!」

 

 したのを僕が止めた。いきなり大声を出したせいではぐを驚かせてしまった。胸に手を当てて怯えた顔でこっちを見る。まさか、僕にそんな顔をするなんて……はぐはそんな子じゃない。はぐは僕を信じてるし僕もはぐを信じてる。だから心配することはあっても怯えるなんてことは絶対にない。やっぱり何か隠してることがあるんだ。

 

 「ち、ちぐ……?なん、で……?」

 「ごめん。はぐが寝たふりしてるの分かってたから、心配になって様子を見てたんだ。夜中に出歩いたら危ないだろ」

 「……ごめんなさい。でも、でも……!」

 「こいつに何の用があるんだ?」

 

 部屋にかかったプレートを指さして、はぐに問う。本当はこんな取り調べみたいなことはしたくない。でも、これははぐのためなんだ。はぐが悪い道に行ってしまわないようにするには、こうするしかないんだ。

 

 「……ちぐ。はぐたち、ここから出られると思う?」

 「何言ってるんだ、当然だろ?はぐをこんなところに閉じ込めておけるわけがない。この先何があっても、僕が絶対にはぐをここから出してみせる。もちろん、僕も一緒にだ」

 「それっていつ?どうやって出て行くの?」

 「それは……今は手掛かりが足りない。出る方法がないことはないみたいだけど、あれは論外だね。出られたとしても問題が多すぎる」

 「じゃあやっぱり出られないんだ。ずっとここで暮らしてくしかないんだ」

 「どうしたんだよ、はぐ?何か怖い夢でも見たのかい?」

 「ちぐは怖くないの!?はぐたち、コロシアイをしてるんだよ!?嫌だよ、もう……!おうちに帰りたい……!助けてよ……!」

 「大丈夫だよ、はぐ。たとえ周りのヤツらがみんな死んだって、僕が必ず側にいるから。僕は最後まで──いや、永遠にはぐの味方だから」

 「……それじゃあ、ちぐはさ」

 「ん?」

 「はぐのために誰かを殺してくれるの?はぐのために死んでくれるの?」

 

 嗚呼……やっぱり、はぐをこんな風にしたヤツは許せない。はぐが僕に対してこんな表情をするわけがない。はぐが僕に対してこんなことを言うわけがない。全部そいつに操られてるんだ。だって、その答えなんか決まり切ってるから。

 

 「はぐのためなら、僕は誰だって何人だって殺すよ。でもはぐのためでも死ぬのは無理だ。僕にははぐが必要だし、はぐには僕が必要だから。そうでしょ?」

 「……ちぐぅ……!」

 

 何より大切なのは、僕とはぐが離ればなれにならないことだ。その障害になるならあらゆるものは排除されるべきだし、僕が命を落とすのは論外だ。もちろんはぐが命を落とすなんてことは選択肢にすら挙がらない。こんなことは当然のことだ。はぐはそんなことまで忘れてしまったのか。

 

 「あっ……!」

 「おや。陽面殿。おひとりで来られる予定だったのでは?」

 「っ!!」

 

 背後から声がした。脳の奥まで響き渡るうえに耳にこびり付く声だ。とっさに振り向いてはぐを守る。そこには、薄明かりにぼんやりと浮かんだ狭山の顔があった。人間になって高い位置から見下ろすその瞳は、見ていると吸い込まれそうな深みを感じる。にやりと吊り上がった口角から次に出て来る言葉に警戒する。

 

 「仲睦まじきは美しき哉。願わくば拙僧の部屋の前以外でやってほしいものですね」

 「コ、コンちゃん……!」

 「拙僧に用があるのでしょう?ささ、どうぞ中へ。月浦殿もどうぞどうぞ」

 「お、おい……!」

 

 狭山はニコニコしながらはぐと僕を部屋の中に連れ込む。はぐは不安そうにしながらも、ゆっくり中に入る。僕が止めようとするのを狭山が後ろから押して、まとめて中に入れ込んでしまった。こいつの部屋の中は獣臭さを消すためかやたらとキツい香を焚いてる。しかも訳の分からない呪具だかなんだかがあって不気味だ。こんなところで一体何をしようっていうんだ。

 どう考えても、こいつの誘いに乗ってはいけない。どうやらはぐを誑かしたのはこいつらしいが、イレギュラーであるはずの僕の存在に全く動じていない。たぶん、はぐを誑かした時点でここまで読まれていた。それどころか織り込み済みの可能性だってある。そうなった場合、事態はもっと面倒だ。

 つまり、こいつの狙いははぐじゃない。僕だ。

 

 「さてさて。先ほどおふたりでお話してましたね?本当にここから出られるのか?と」

 「お前には関係ないだろ」

 「いいえ、ありますね。少なくともここでは、誰かが外に出ようとすれば全員にその影響があるのです。そこは理解してもらわないと困りますね」

 「はぐを連れ込んで、何をするつもりだ」

 「別にとって食おうというわけではありませんよ。拙僧は陽面殿の不安を和らげてあげようというのです。要はカウンセリングですね」

 「そんなもの必要ない。そういうのは僕の仕事だ」

 「お言葉ですが、月浦殿では不十分だから拙僧に頼まれたのでは?」

 

 ヤバい。キレそうだ。言うに事欠いて、僕でははぐのケアが不十分だと?はぐが狭山にカウンセリングを頼んだ?デタラメもいい加減にしろ。はぐが僕以外を頼ることなんてあり得ない。はぐが一番信頼してるのは僕なんだ。僕を頼らずに他の誰を頼るっていうんだ。

 

 「いいですか?陽面殿は不安なんです。ここから出られる日は来るのか?自分は一体どうなってしまうのか?またコロシアイが起きてしまうのではないか?とね」

 「そんなことは分かってる。だから僕が常に側について守ってるんだろ」

 「分かってないですねえ。それでは根本的な解決にならないのですよ。たとえ陽面殿が無事だったとしても、学級裁判になれば問答無用で命を懸けさせられるのです。そもそも身の安全を守れていたとしても外に出ることはできないのです」

 「……」

 

 知ったようなことを言う。確かに、自分の身の安全を守っているだけでは、このコロシアイ生活を生き抜くのは難しい。たとえ自分たち以外の全員がその過程で死んだとしても、モノクマが満足しない限りここから出ることはできない。あるいは最後に用済みだと殺されてしまうかも知れない。

 だとしても、僕は僕にできる最大限をするしかない。それ以上のことが、こんな人間なんだか狐なんだか分からないヤツにできるとは思えない。

 

 「なら、お前に何ができるっていうんだ」

 「その悩みを解決して差し上げましょう。すべて狐々乃にお任せあれ」

 「ちぐ……コンちゃんがね、はぐの不安を消してあげるって言うの。だから、ちょっとお話しようと思って……」

 「そう言ってはぐを誑かしたんだな」

 「ええ、ええ、なんとでも仰って頂いて構いません。その手の視線は慣れております。科学と論理の発達した大都会に生きる現代人は、とかくスピリチュアルなものを否定したがるものですからね。ですが、非科学には非科学なりの理というものがあります」

 

 狭山はにやりと笑ってはぐに近付く。その顔に悪意は窺えない。でも、このままにしておいてはいけないと直感が騒ぐ。

 

 「月浦殿はお静かに」

 「うっ!?」

 

 止めようとした僕に狭山は親指一本だけを向けた。飛びかかろうとした僕の勢いを利用して、喉元にその指を突きつける。ぐっと押し込まれただけで、僕はその場に崩れ落ちた。声が出ない。息が苦しい。

 

 「ちぐっ!」

 「ご安心なさい。死ぬことはありません。拙僧の霊力でしばし声を召し上げただけです」

 

 何をいい加減なことを。喉を突かれれば誰だって声が出なくなる。こんなのは非科学の理なんかじゃない。でも、はぐにそれを伝える手段を奪われた。呼吸が浅くなるせいで体が上手く動かない。

 

 「いいですか陽面殿。拙僧の目をよくご覧なさい。拙僧の言葉をよくお聴きなさい。あなたの苦しみは必ず癒えることでしょう」

 「あっ……!ああっ……!」

 

 ダメだ!はぐ!そいつの言葉を聞くな!こいつは何かを企んでる!はぐ!

 

 頭の中でいくら叫んでも、それがはぐに届くことはなかった。




二章の中で一番書きたかった件が書けました。
こういうキャラクターばっかり思い付く。助けてくれぇ

あなたのお気に入りのキャラクターを教えてください

  • 益玉韻兎
  • 湖藤厘
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  • 虎ノ森遼
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