ダンガンロンパメサイア   作:じゃん@論破

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(非)日常編4

 

 撫でつける毛並みは艶があり、軽く押し込むと僅かに反発する。その奥にある暖かい肉体は、一呼吸ごとに膨らんではしぼむを繰り返し、そこにある確かな生命を感じさせる。未だに信じがたい。いま私の膝の中に収まっているこの黄金色の狐が、あのド派手な出で立ちの長身に変化するなど。

 時刻は真夜中。既に夜時間になっていて、本来なら各自の個室に戻るよう約束していた時間だ。しかし、益玉の事件が起きてからというもの、それを破る者が目立ち始めたように思える。事件の前から意図して破る者も意図せず破る者もいたが、今は前者が多い。それは、明確に私たちの結束が崩れていることの表れなのだろう。危険な兆候だと思うが、こうして狭山の毛の手入れをしている私には、それを咎める権利などないだろう。自分がどういう立ち位置なのか、周りからどう思われているのかくらいは分かる。

 

 「手が止まっていますよ」

 「……っ、ああ」

 「お悩みですか?いけませんね。拙僧の理想とする世界は悩みとは無縁ですよ」

 「お前は呑気なものだな。危険だとは思わないのか?」

 「なにがでしょう」

 「事を急ぎすぎじゃないか、と言っているんだ」

 

 はじめにその話をしたときは、何かの冗談かと思った。ここにいる全員を取り込んで強制的にコロシアイを止めさせ、ここでの暮らしを受け入れるなど。前半はともかく、後半の考えは反発を食らうことは必至だろうと思った。だから私は、ここまで大ごとになるなんて思っていなかった。まさか理刈や月浦がそんな思想に与するとは思わなかった。庵野と岩鈴を部屋に軟禁し、他のメンバーも一枚岩とは考えにくい。既に狭山の作った『狐々乃一心教会』は、このコロシアイ生活の最大派閥となってしまっていた。

 だが、同時に私は非常に危険だとも感じていた。共感者を増やすのはいい。しかし狭山のやり方は強引過ぎる。心の弱っている者を見つけては、言葉巧みにその心の隙間に入り込んで自分の思想に染めていく。既に他に信じるものを持っている庵野と、心が頑丈すぎて隙が見つからない岩鈴は無理に神経がすり減るようにし、他のメンバーにそれを誇示して残った者たちの心を揺さぶる。少しずつやっていけば、きっと誰にも気付かれないうちに私たち全員を乗っ取ることもできたのだろう。

 

 「なにをそんなに焦っているんだ?」

 「善は急げと言うでしょう。焦ると言えばそうなのかも知れませんが。モノクマは私たちにコロシアイをさせようと手を打ってくるでしょう。ですから先手を打つ必要がある、それだけですよ」

 「それでお前自身が反発を招いては本末転倒ではないのか?」

 

 私の問いかけを、狭山はフフンと鼻で笑った。そして、また気持ちよさそうに目を閉じて私に撫でられる。

 

 「反発する者ほど染まりやすいものなんですよ。否定してやろうと、騙されまいと、強くあろうとする者ほど心の隙は大きくなり、御しやすい。岩鈴殿は例外ですがね。逆に思想の自由を認め寛大な態度をする者や、端から興味も何も抱かない者の方が扱いにくいのです。ですから庵野殿には少し()()()()()いただきました」

 「なぜそこまでする必要がある?コロシアイをしないだけなら、既に私たちの間で同意ができている。敢えてお前をトップにする構造を作る必要があるのか?」

 「モノクマに対して全員が横一列の花いちもんめでぶつかっては簡単にその結束は破られてしまいます。そうでなくとも個々のクセが強い面々なんです。最も効率的な人民統治方法は、分割です。明確な首長と明確な階層構造、そこに生まれる対立と牽制のし合いが、世に言う平和の正体ですよ」

 

 さすがにそれは暴論ではないか、と思ったが、やはりそこでも狭山は底知れない考えの深さをちらつかせて、反論しようという気さえ削ぐ。要するに狭山が自分をトップにするのは、自分の利益を求めることと同時に、敢えて格差を生んでここに外の世界と同じ社会を再現するためらしい。いちおう外の世界は平和と言われていた。だからそれを再現したものも平和と呼んで然るべきだと、こういう理屈らしい。

 

 「拙僧だって死に急ぐつもりはありませんよ。階層構造がある程度固まったら、トップの座は毛利殿にでも譲って、拙僧は狐としてのんびり暮らしていきますよ」

 「私にか?なぜだ」

 「今もこうしてお世話になっているので」

 「お前がそんな義理を立てるとは……意外だな」

 「そうですか?まあ義理立てととるか面倒の押しつけととるかは毛利殿次第ですが」

 

 狭山は大きなあくびをした。能天気にも見えるこの態度の裏でも、頭の中では次に起こすべきアクションを考えているのだろうか。たった一日で学園内の人間関係をがらりと変えてしまった狭山が、次に何をするかは誰にも分からない。あるいは気付かれずに既に事が進行しているのかも知れない。何かが起きていることは分かるのに、何が起きているのかはまるで分からない。狐に化かされているようだ。

 

 「ああそうだ。毛利殿。月浦殿が謀反を企てているようなので、お昼時間は彼についていてあげてください」

 「なにっ?」

 「陽面殿をこちらに引き込めば諦めるかと思いましたが、そこまで甘くはなかったようです。有能な彼のことですから、密かに謀反の準備でも進めているのではないですかね。別に構いませんが、プレッシャーを与えておきましょう」

 

 本当に、正気なのだろうか。こいつは死ぬことを恐れているのか?恐れていないのか?それさえも分からなくなってくる。

 


 

 狭山さんたちのコロシアイ離脱宣言から一夜明けて、私たちはまた食堂に集まっていた。狭山さんたちは相変わらず私たちとは完全に別行動をするつもりらしいけど、今日はまだ私たちと一緒に食堂にいた。だけどそれは、別に私たちと仲良くするためじゃない。

 

 「……な、なんで……?」

 

 目の前に立つ狭山さんに、私は思わず問いかけた。今ここには、庵野君と岩鈴さんの他に、もう1人足りない。

 

 「ですから、湖藤殿を『禁房の処』といたしました。別に報告する義理はないのですが、ご心配なさるでしょうと思いまして」

 「今度は湖藤かよ……!なんで閉じ込めた!」

 「彼は勝手に庵野殿と岩鈴殿を解放しましたので」

 「え?」

 

 狭山さんによれば、湖藤君は朝早くに庵野君の部屋と岩鈴さんの部屋にかかっていたロックを外したらしい。なぜ湖藤君がそんなことをしたのかは分からない。でもそれが狭山さんの逆鱗に触れ、すぐに取り押さえられてしまったらしい。

 

 「あなた方が拙僧たちと思想を同じくしないことは構いません。我々は新しく生まれた勢力ゆえ、与しない者がいることは想定しています。ですが我々の正当な活動を妨害するとなっては見過ごしておけません。故に。我々なりのやり方で対処させていただきました」

 「だ、だからって閉じ込めるなんて……!」

 「そうだよ!だいたい庵野さんと狭山さんを閉じ込めるのだって、どこらへんが正当な活動なのさ!」

 「目に見えた障害は排除する。我が身を守る上では重要なことです」

 「ココノ……Señorita(お嬢ちゃん)にこんなことをするのは正しくないとは思う。だけど君のしていることはあまりにも乱暴だ。これ以上は見逃せないよ」

 「ちょ、ちょっと待ってみんな!暴力はダメよ!落ち着いて!」

 

 いよいよ我慢ならなくなったカルロス君が、威嚇するように指を鳴らして一歩進み出た。岩鈴さんに力で勝った狭山さんと言えど、カルロス君相手には分が悪いのか、なんでもない風を装いつつも一歩下がった。入れ替わりに前に出て来た理刈さんが、気が立ってるカルロス君を制する。

 

 「私たちは別に、みんなと争いたいわけじゃないの!ただコロシアイをしないように済む方法を模索してるだけで……!」

 「その答えが、目に付いた者を手當(てあ)たり次第に幽閉することか。人を信じぬ王はいずれ斃されるぞ。或いは美しき友情に絆されて大團圓(だいだんえん)でも迎えるつもりか?」

 「それは……!私だって……こんなやり方が間違ってることくらい……!」

 「理刈殿」

 

 止めに入った理刈さんが口を滑らせる。その瞬間、後ろにいた狭山さんが目を剥いた。私たちに向けられたものではないのに、それを聞いた私たちの背筋まで凍るような、冷たい声だった。でも、一番その声に顔を青くしたのは、狭山さんに肩を掴まれた理刈さんだった。

 

 「それはいけませんね……いけませんよ。外部の方が拙僧のやり方を非難するのは大いに結構。しかし内部にいるあなたがそれを言うのは……いけませんねえ。それは反逆の芽ですよ」

 「い、いや……!わ、私は……別にそんな……!」

 「分かりますよ。口が滑ったんですね。口が滑るということはそういう気持ちがあるということです。ですよね?」

 「ちがっ……!ご、ごめんなさい……!私は、狭山さんに逆らうなんてそんな……!」

 

 理刈さんの怯え方は明らかに異常だった。誰がどう見ても狭山さんはやり過ぎだ。なのに、それに声を上げることも許されないらしい。その先に何が待っているのか、理刈さんの反応を見ればある程度の予想はつく。狭山さんは理刈さんの手を掴んだ。その表情は、恐ろしいほど笑顔だ。

 

 「分かっていますよ。それは理刈さんが持つべきではない心。未だ捨てきれずにいる弱き心です。それは捨てなくてはいけません」

 「や、やめて……!私は……!」

 「皆さん、失礼します。我々はすべきことができましたので」

 

 もはや私たちは蚊帳の外だ。狭山さんは抵抗する理刈さんを引きずってずんずん私たちに迫ってくる。食堂から出ようとしているんだ。その気迫に押されて、私たちは自然と道を開けてしまう。私は声が出なかった。いま止めないと、理刈さんはきっと……他のみんなと同じように部屋に閉じ込められてしまうんだろう。ただ一言、止めてと口にすれば……口にしたところで、果たして狭山さんは止まるのだろうか。

 止まるはずがない。そんな程度で止まるならこんなことになってない。きっと私もまとめて部屋に閉じ込められてしまう。そう思う心が、私の口を閉じさせた。

 

 「ふんっ……情けない。拙僧を止める言葉も持たないとは」

 

 通り過ぎざま、狭山さんは私たちにそう吐き捨てた。その言葉は呪いのように私の脳に響いた。目の前で理刈さんが、湖藤君も庵野君も岩鈴さんも連れ去られたというのに、私はやっぱり何もできない。狭山さんを止めることも、抗議の声を上げることもできない。

 私たちはコロシアイをしたくないだけだ。その想いは同じはずなのに、どうしてこうもすれ違うのだろう。どうして私たち同士で争いが起きてしまうのだろう。何より質が悪いのは、この争いにモノクマは関わってないってことだ。この争いは、私たちが私たちのせいで起こしてしまったものだ。その事実が、余計に私の頭を痛めつける。

 

 「こらーーーっ!!」

 

 立ち去ろうとする狭山さんの歩みを止めたのは、意外な声だった。それは、力も身長も彼女とは比較にならないくらいちっぽけで、だけど私たちよりよっぽど狭山さんの暴走を止められる力を持った存在だった。それが、短い手を広げて狭山さんの前に立ち塞がる。

 

 「何やってんの!そんなに次々みんなを閉じ込めるのは認めないよ!」

 「おや、ずいぶん遅かったですね。あなたは一番に拙僧を止めに来ると思ってましたが」

 「こっちにも色々準備とかあるの。だいたいオマエラ、こんなことしてる場合じゃないんじゃないの?」

 

 それは、モノクマだった。顔を真っ赤にさせて狭山さんに怒っている。悔しいけど、今の狭山さんを止められるのは、モノクマしかいなかった。いくら狭山さんでも、モノクマに手を出すことはできない。

 

 「こんなことしてる場合ですよ。拙僧としても本意ではありませんが、正しく導くのが首長の役目なので。それよりあなたも、本気で拙僧を止めるつもりなら、庵野殿を処したときに現れるべきでしたね」

 「その気になればボクがみーんな解放してあげられるんだからね!」

 「それは過干渉では?あなたはあくまで傍観者であるはずです。ここで拙僧らが何をしようと、直接妨害するのは規則に抵触すると思いますが」

 「ぬぐがぐ」

 

 ダメだ、と思った。忘れていたけど、簡単に手が出せないのはモノクマも同じだった。モノクマは規則違反をした人を好きにすることはできても、そうでない人に理由もなく手は出せない。そういう規則だ。ここの規則に縛られてるのは私たちだけじゃなく、モノクマも同じなんだ。もしかしたらこれで狭山さんが止まってくれるかと、ちょっとでも期待した私がバカだった。

 

 「いいの?こんなことしてて、庵野君たちがいきなりぶっ倒れでもしたら、狭山さんがクロってことになっちゃうんだよ?それはまずいよね?」

 「ご心配なく。クロになるのは直接手を下した者のみ、その意味もきちんと理解していますとも」

 「こいつ……!?2週目か……!?」

 「拙僧ごときが気付いているのです。そちらの方々の中にも、理解されている方はいると思いますよ」

 「うぬぬ……でも、それじゃあ……!」

 「うぬぬ……でも、それじゃあ……!」

 「……ん?」

 

 モノクマ相手に、狭山さんは説得されるどころか舌戦で圧倒している。実際、私たちの間でコロシアイが起きてもモノクマは干渉して来ないんだ。明らかな暴力行為でも命のやり取りは行われていない、あくまで私たちの間だけで起きるいざこざに、首を突っ込むことは認められてないんだ。

 あまりのもどかしさのせいか、悔しげに歯噛みするモノクマの声が、ダブって聞こえた。

 

 「狭山サンは一回自分のやってることを思い返してみた方がいいかもだよ!」

 「狭山サンは一回自分のやってることを思い返してみた方がいいかもだよ!」

 「んん?」

 

 気のせいじゃない。実際のモノクマの声がダブってる。その証拠に、私たちの目の前には狭山さんの前で手を広げるモノクマと、それと全く同じポーズをして横に並ぶモノクマがいた。

 

 「モ、モ、モノクマが増えたあ!?」

 「えっ?ええーーー!?い、いつの間にい!?」

 「えっ?ええーーー!?い、いつの間にい!?」

 「なにふざけてんだ!テメが増えてんのにテメエが驚くわけねえだろ!」

 「増えるもなにもこれはぬいぐるみの皮を被ったロボットか何かでしょう。何台も同じ物が用意してあるに決まってるんですから、驚くほどのことではありません」

 

 と言いつつ、尾田君はモノクマから目を離そうとしない。言うことは尤もかも知れないけど、今まで1体ずつしか出て来なかったモノクマが2体出て来た。それが何を意味するのか……私たちの間にイヤな緊張が走る。でも、一番驚いてるのは当のモノクマだ。

 

 「と、とにかく狭山サンは手当たり次第に人を閉じ込めるのは止めといた方がいいよ!そんじゃ!」

 「と、とにかく狭山サンは手当たり次第に人を閉じ込めるのは止めといた方がいいよ!そんじゃ!とう!」

 「うげーーーっ!?」

 「な、なんだァ!?ケンカか!?」

 

 最初にいた方のモノクマが、慌ててその場を去ろうとする。もはや狭山さんへの忠告も雑にして、食堂のドアの向こうに消えそうになる。その後を追った2体目のモノクマは、全く同じことを全く同じ言い方で復唱し、最後に初めて自分の言葉を発した。先にいたモノクマの背中にキックを食らわせて、転んだそのお尻を踏みつける。

 

 「まったく!やってくれるよね!ボクの許可なく勝手なことしてさ!」

 「あ、あのう……どういうことでしょうか?モノクマ様同士でケンカですか?」

 「ボク同士でケンカ?うぷぷぷ!そんなことしないよ!ボクたちはみんな同じ意識を共有して巨大なネットワークを形成してるんだ。どっかの妹だか弟だかよりずっとずっとハイスペックなんだからね!誰かのお腹が空けば誰かが代わりにご飯を食べるし、誰かがトイレに行きたくなれば代わりに行ってくれるし」

 「しょーもない冗談アル。他人がご飯食べても自分のお腹は膨れないネ」

 「うぷぷぷぷ!ともかく、自分とケンカはできないでしょ?そういうことだよ」

 「でも実際、いまモノクマ同士のケンカを見てるんだけど……なにこれ、夢?どういうタイプの夢?」

 「夢でも幻でも幻想でもなーい!これは現実!現実ったら現実なの!」

 

 モノクマを足蹴にするモノクマが興奮するたびに、踏まれた方のモノクマの体がぼてんぼてんと波打つ。どうやらすっかり伸びてしまったみたいだ。

 

 「お前はいったい何がしたいんだ?」

 「別にぃ?ちょっと先走っちゃったヤツがいたから回収しに来たっていうだけだよ。こいつは後でしっかりおしおきしてやらないとね!」

 「お、おしおきって……」

 「ああ。虎ノ森クンにしたようなのじゃないよ。こんなヤツにそんな大掛かりなことするのはもったいないからね!とにかくオマエラは気にしなくていーの!ゆったりたっぷりの〜〜んびりコロシアイライフを楽しんでね!そんじゃーねーぃ!」

 

 なんだか気になるような気にならないような。後から出て来たモノクマは前にいたモノクマを連れて消えてしまった。モノクマ同士で内輪もめすることなんてあるのかな。菊島君と尾田君は難しい顔をしてるけど、私たちは何が何だか分からない。いつの間にか狭山さんと理刈さんもどこかに行ってしまった。きっと私たちがモノクマに気を取られている間に、さっさと行ってしまったんだろう。

 

 「なんか……もうまとまりとか、そういう次元じゃないような気がする……」

 

 すっかり弱気になった宿楽さんがこぼす。人は減る一方なのに、私たちは狭山さんを相手にしても結束することができない。それを理解していながらもお互いに歩み寄ることができないのは、きっと誰もが心のどこかで確信してるからだろう。

 もうギリギリなんだって。少し何かを間違えてしまえば、コロシアイはいつでも起きうるんだって。

 


 

 私は食堂にいた。部屋に戻ったってやれることなんてない。芭串さんからもらったメモも、図書館で見つけた謎の紙も、今の私にとっては何の意味もなさない。解いたって意味が分からなきゃ、解けてないのと一緒だ。どうせこれもモノクマが私たちをもてあそぶために用意したダミーだ。結局、私は誰の何の役にも立ててない。本当に気が滅入る。

 

 「はあ……」

 「ため息を吐いたら幸せが逃げるぜぇ。楽しいこと考えな」

 「王村さんはお気楽過ぎるんですよ。うらやましいですけど……」

 「おいらぁお前さんらよりちょいと長生きしてるからな。ものの道理ってもんをよおく弁えてんだ」

 「説得力ないなあ」

 

 狭山さんが理刈さんを連れて行った後、食堂には私と王村さん、甲斐さん、谷倉さんの4人だけだった。後のみんなは部屋に戻ったか、それともなんとか狭山さんを止めようとしてるのか、それも分からない。

 

 「私は……いずれこの状況も変わると思います。良い方向に変わればいいのですが……」

 「狭山さんをなんとかして止めないと、本当に取り返しのつかないことになっちゃうよ!王村さん、狭山さんと仲良かったよね?なんとかできない?」

 「無茶言うない。おいらあ別に狭山の保護者じゃねえぞう。あいつが酒飲みたいっつうから分けてやっただけでえ」

 「お、おさけ?」

 「キツネになりゃあ法律なんか関係ねえって」

 「だからってダメでしょ!何考えてんですか!」

 

 顔を赤くした王村さんがへらへら言う。そんなこと理刈さんが知ったら卒倒しそうだ。そうでなくても王村さんはお酒で失敗してることがあるのに、よくこんなお気楽な態度でいられると逆に感心する。これくらいの図太さが私にもあればなあ、なんて。

 

 「まあなんだ、年長者として言わせてもらうけどなあ。ああいう何を言っても何をやっても分からねえヤツってのはどこにでもいるもんだ。なるべく関わらねえでいんのが良い。触らぬ神に祟りなしってヤツだ。シャレじゃねえけどな」

 「放っておいて取り返しのつかないことになっちゃったらそれこそシャレにならないですよ……。そうなったら私たちだって無関係じゃいられないんですよ?」

 「そりゃあ……まあ、そのときだ。また尾田とか湖藤がなんとかしてくれんだろ」

 「ほんっとに頼りになる人ですよ!!」

 

 お気楽というか、もはや何もかも諦めてるような態度だ。私だって狭山さんを止められるわけでも、他のみんなのことを元気付けてあげられるわけでもない。ただのゲームが好きな女子高生だ。仮にも超高校級の才能を持った王村さんを叱るなんてことはできないけど、それでも思いっきり皮肉を叩きつけてやるくらいのことはさせて欲しい。私は無力感と失望感に溢れた胸を抱えて食堂を出た。ここにいてもできることはない。

 

 「もう!王村さんはダメなんだから人を巻き込まないでよね!宿楽さん待って!」

 「ひでえこと言うなあ、甲斐は。なあ谷倉よ」

 「私から申し上げることはございません」

 「え……」

 

 食堂を出る私の後ろから、甲斐さんが追いかけてくる声が聞こえた。飛び出したものの行く宛なんかどこにもない。私は追いかけてきてくれた甲斐さんを、なんとなく歩く速さを落として追いつかれるようにして、声をかけられるのを待った。

 

 「宿楽さん。王村さんに期待しちゃダメだよ。ダメな人なんだから」

 「ううん……でも、このままじゃもう……。誰かに頼りたくもなっちゃうよ」

 「頼るなら私を頼ってよ。友達でしょ?」

 「とも……!な、なんか、そんな正面切って言われるとこそばいっていうか……畏れ多いっていうか……」

 「畏れ多いことなんてないよ!」

 「だって、私ただの女子高生だし、超高校級の人たちとこうして一緒にいること自体が、なんか……」

 「またそんなこと言って。宿楽さんだって“超高校級の脱出者”なんでしょ?立派な才能持ってるんじゃない」

 「本質はただのゲーム好きなんだけどね……」

 「そんなこと言ったら私だって本質はただのお節介だよ」

 

 私は別に謙遜とか卑下とかじゃなく、本当に自分の力不足を感じてるだけなのに、甲斐さんはこんな私のことをものすごく心配してくれる。甲斐さんはお節介だなんて言うけど、人から感謝されるお節介はもはや才能なんだと思う。その点は、私は体験型謎解きゲームをクリアするスキルをいくら突き詰めても、結局は自己満足にしかならない、と思う。なんというか、そもそもみんなと私では出発地点から違うような、そんな感じだ。

 

 「それにね宿楽さん。大事なのは才能が役に立つかとか、普通の高校生か超高校級の高校生かなんてことじゃないんだと思うの。今ここで起きてることに対して、どう向き合っていくか、どう解決していくかだと思うの。宿楽さんは、それを冷静に考えられる人だと思うよ」

 「そ、そうかな……?私、そんな大した人間じゃないよ」

 「だって普通の高校生だったら、今ごろ狭山さんに取り込まれてるよ。あっちは“超高校級のシャーマン”なんだから」

 

 それもそうかも、と思った。狭山さんの才能が、ああやって人を手込めにすることなら、今のところその影響を受けてない私は、ある意味普通じゃないのかも。

 

 「別に狭山さんに賛成してる人がだらしないとかそういう話じゃないけどね」

 「でも、だったら私どうすればいいのかな……?湖藤さんも閉じ込められちゃったし」

 「うん……湖藤君を部屋の外に出すのは簡単だと思うけど、それが狭山さんたちにバレちゃったら私たちも危険だしね……。でも、取りあえず部屋の前に行ってみる?何かヒントをくれるかも」

 

 甲斐さんは名案のように言った。なんだかちょっと前から、甲斐さんは湖藤さんをやたらと頼りにしてる。湖藤さんも甲斐さんに助けられてるから、持ちつ持たれつって感じなのか。なんかこう、二人ともふんわりした雰囲気というか、お互いに助け合っていく感じが似合うから……うん、それ以上の詮索をするのは野暮だ。この二人の、今のこの関係が一番てえてえ。

 

 「ん?どうしたの宿楽さん。なにその顔文字……人?」

 「あ、いやっ、なんでもないっ」

 

 やべえ、顔(文字)に出てた。ナマモノ萌えを本人に伝えるとか御法度すぎる。

 


 

 狭山さんたちがなんか難しい言葉で言ってた、それぞれの個室に閉じ込める方法っていうがどうやってたのか気になってた。湖藤さんの部屋に向かう前に庵野さんや岩鈴さんの部屋がどうなってるか見てみたら、ドアノブの周りにプラスチックのパーツが取り付けられていた。ちょうどドアノブが上にも下にも回らないよう、カタカナのコの字型のパーツで固定してる。なるほど、これじゃあロックを外してもドアが開けられないわけだ。

 

 「これ、小さい子が勝手に部屋の外に出て行っちゃわないようにするためのヤツだよ。外側からなら簡単に外せるんだけど……こんな使い方があるなんてね」

 「ていうかこれどこから持って来たんだろ……モノクマってこんなのも用意してんのか?」

 

 品揃えが良いというよりは、手当たり次第になんでもかんでも持って来たような気がする。私たちの中に、部屋から勝手に出ないようにしなきゃいけないような人なんて……本来はいないはずだから。私たちがその気になれば、庵野さんも岩鈴さんも簡単に解放することができる。でも、もしそれを誰かに見られていたら、今度は私たちが閉じ込められてしまう。だから、安易に手を出すことはできない。中にいる二人には申し訳ない気持ちになるけど、仕方ない……。

 

 「……なんというか、えげつないよね」

 「うん。私たちが二人を解放させようと思えばできちゃうのが……余計にもどかしいというか」

 「敢えてやってるんだとしたら、狭山さんって本当に何者なんだろう。キツネになったり人間になったり……能力者?」

 「いや現実にそんなのいない……はずなんだけどなあ。なんだか今までの常識がめちゃくちゃにひっくり返されるような気になってくるよ」

 

 本人と直接相対しても、その姿を思い浮かべても、狭山さんは私たちに相当な影響を与えてくる。“超高校級のシャーマン”に精神を揺さぶられ始めたらもうヤバいんじゃないか。なるべく狭山さんのことは考えないようにしつつ、私たちは湖藤さんの部屋の前まで来た。

 湖藤さんの部屋は他の人たちの部屋が押し戸になってるのに対して、スライドドアになってる。いつも車椅子に乗ってる湖藤さんに配慮してのことなんだろう。コロシアイは強いるくせにこういうところの気配りを欠かさないのがモノクマの憎たらしいところだ。でも今は、そのスライドドアのノブにチェーンがかかってて、ドア横の壁に取り付けられた金具とつながってる。開けようとしてもチェーンが引っかかって開けられないっていうことだ。

 

 「これはまた厳重な……ここまですることないのに」

 「湖藤さんのことは特に警戒してるみたいだね」

 「湖藤くーん!起きてるー?」

 

 もうみんな朝ご飯を済ませてるくらいの時間だから起きてはいるだろうけど、ずっと部屋の中にいるんじゃ暇すぎて寝てるかも知れない。私だったらどうしてるかな。やっぱ寝てるかな。と、そんなしょうもないことを考えてると、ドアが少しだけ動いた。チェーンのたわみ分だけ開いて、中から湖藤さんが覗いている。

 

 「あ、甲斐さん。それから……だれかな?見えないや」

 「宿楽でーす」

 「宿楽さんか。おはよう」

 

 相変わらず湖藤さんは朗らかで能天気な声を出す。閉じ込められてるっていうのにずいぶん呑気だな。

 

 「呑気なこと言ってる場合じゃないでしょ。大丈夫?」

 「うーん。大丈夫じゃないかな」

 「えっ!?」

 「ご飯は陽面さんが運んできてくれたんだけど、トイレが一苦労でさ」

 「もうっ!そんな呑気なこと言ってる場合じゃないでしょ!漏らしたりしてないよね!?」

 「さすがにだよ甲斐さん」

 

 甲斐さんも深刻なんだか焦ってるんだかよく分からない心配をしてる。トイレがまともにできないっていうのは死活問題だけど、湖藤さんならなんとかするでしょその辺。いくらなんでも子どもじゃないんだから。

 

 「それで、今日はどうしたの」

 「普通に会話してるけど閉じ込められてますよ」

 「まあね。こればっかりはサイコメトリーでもどうにもならないや」

 「またそんなこと言って。そもそもなんで庵野君と岩鈴さんを解放したりしたの。こうなることは分かってたでしょ」

 「うん……まあ、出来心ってやつ?興味本位でね」

 「それだけでそんな危険なことする人じゃないでしょうに。なんか狙いがあったんでしょう?」

 「本当はね。誰かが聞いてるかも知れないから教えないけど、ぼくの思った通りだった」

 

 まさか湖藤さんくらい思慮深い人が、単に狭山さんへの嫌がらせや興味だけでそんなことをするとは思えなかったけど、本当に何か考えがあってやったことらしい。それで得られた情報は、自分が閉じ込められることになっても、そのリスクを負うくらいの価値があることだったんだろうか。それとも既に何か手を打ってるのか?だからこんな余裕なのか?やっぱり、“超高校級”の人たちは底が知れない。

 

 「大丈夫ならいいけど……あんまり心配させないでよね」

 「うん。分かった。それにしても朝から大変だったね。理刈さんかな?」

 「へ?」

 「またひとり閉じ込められたんでしょ」

 「な、なんで分かるの!?ずっと部屋にいたんでしょ!?」

 「ちょっとだけドアを開けて、外の音が聞こえるようにしてたんだよ。狭山さんの声と、誰か女の子の悲鳴が聞こえたからさ。次に狭山さんの機嫌を損ねるとしたら、理刈さんだと思ってたし」

 「こっわ」

 

 本当にエスパーなんじゃないかって思えるくらい、湖藤さんの勘は今日も冴え渡ってる。勘というか推理?声を聞いたんならまあ納得できないことはないかも知れないって感じだけど……。

 

 「ねえ湖藤君。教えて。私たちはどうしたらいいの?」

 「どうしたらって?」

 「狭山さんがみんなをどんどん自分の考えに染めたり閉じ込めたりしていって、もうモノクマに対抗して結束するどころじゃないんだよ。それに、残った私たちもまとまりないし……」

 「うーん、それも既に狭山さんの術中だと思うけどね。さすがにコロシアイをしたくないっていうのは本音だけど。彼女が理想とするのは、みんながお互いを信じて手を出さない世界じゃなくて、みんなが自分の身を守るために何もしない世界だから」

 「うぅ……まさにそんな感じだよ……」

 

 私たちが陥ってるこの膠着状態が、既に狭山さんの思い通りだったなんて……。それを実現できちゃう狭山さんもヤバいけど、気付いてる湖藤さんもヤバい。なんかもう、“超高校級”同士の腹の探り合いって、私なんかの及ぶ範囲じゃないって感じだ。

 

 「じゃあ、なんか対抗策とかないの?湖藤君なら分かるんじゃない?」

 「この手のはひとりじゃどうにもならないからね。解決するにはみんなの連帯が必要だよ。それが難しいから困ってるんだけどね」

 「歯痒い……」

 「取りあえず、いま甲斐さんと宿楽さんは一緒にいるわけだから、そこから始めてみたら?少なくとも信頼しあってるから、こうして閉じ込められてるぼくのところに一緒に来てくれたわけでしょ?」

 「そういうことを面と向かって言われるとなんかむず痒いけど……」

 「面じゃなくて点で向かってるからぼくは何とでも言えちゃうよ」

 「湖藤君ありがと。しょうもないこと言ってないで、本当に困ったら助けを呼んでね」

 「は〜い」

 

 甲斐さんもすっかり湖藤さんのシュール過ぎるジョークへの対応が上手くなった。私はまだなんて返せばいいか分からなくて困っちゃうけど、別に全部に反応してあげなくていいんだ。次から参考にしよ。というわけで、私と甲斐さんは湖藤さんのアドバイス通りに、私たち同士で連帯を深めることにした。と言っても具体的にどうすればいいか分からない。

 なんとなく校内をふたりでぶらぶらして、購買の辺りまでやって来た。

 

 「連帯って言うけど、何をしたらいいのかな?」

 「まずはやっぱり、目標の共有からじゃないかな?私がいつもボランティアで行ってる施設とかだと、最終的に病気を治そうね!とか元気に走れるようになるまで頑張ろうね!とか、そういうところから始めるよ。向かうところがはっきりしてる方が、これからどうしていくべきかが分かりやすくなるからね」

 「じゃあ私たちは……狭山さんを倒すっ!」

 「いや倒しちゃダメだから!まずはみんなを解放してもらうでいいよ」

 「そっか。う〜ん、お願いしたら解放してくれないかなあ」

 「それができたら苦労しないよ……」

 

 購買部にはモノクマが設置したガシャポンが置いてある。色んなガラクタや珍品が出て来るこのガシャポンを回すには、モノクマがこの建物のあちこちに隠したコインが必要になる。宝探しっぽいこのレクリエーションが割と私は好きで、常日頃から床や家具の隙間などに目を光らせるようになっていた。

 甲斐さんと取り留めのない会話をしながら購買にやってきて、適当にその辺の売り物を物色する。ただ話に集中するよりも、こうやって何かをいじってたりする方が逆に集中できる気がする。

 

 「まずは私たちの味方を増やそうよ」

 

 私は、なんとなくそんな風に切り出した。

 

 「何をするにも人手は多い方がいい。それに相手が“超高校級”なら、こっちも“超高校級”を揃えればいいんだよ」

 「なんだかより対立が深まりそうな感じがするんだけど……」

 「だから、ここは敢えて残りのメンバーの半分だけを仲間に引き入れる!」

 「どういうこと?」

 「狭山さん陣営vs私たち陣営だと、その二つが真っ向からぶつかってバチバチになっちゃうけど、三つの勢力図にすることでお互いに牽制しあって、迂闊に手が出せないようにするんだよ。乱れた世を治めるには敵でも味方でもない相手を作るのがいいって、昔のマンガで読んだ」

 「なんだか説得力があるようなないような……仲間に引き入れるとして、誰に声かける?」

 「う〜ん……谷倉さんとか長島さんとか、あと菊島さんとかはお願いしたら助けてくれるかも!なんだか頼もしそうだし!」

 「あ……そ、そうかもね……」

 

 なんだか甲斐さんは苦々しい顔をしてる。谷倉さんはあの性格だから、もしかしたら第三陣営の方が性に合ってるかも知れないけど、菊島さんや長島さんはきちんとお話して分かってもらえば協力してくれそうだ。それに、“超高校級”なだけあってちょっと人は変わってるけど、悪い人じゃなさそうだし。

 

 「人を増やすのもいいけど……湖藤君は私たちのことを言ってたよ」

 「私たち……言ってたけど、うん。何をどうすればいいのか全然分かんなくて……」

 「そうだなあ。私と宿楽さんはもう友達だから、今さら何かっていうのも……」

 「あう……こっぱずかしいなあ」

 

 本人から面と向かって友達と言われるとちょっと照れくさい。私はサングラスで目が見えないけど、甲斐さんは素顔でそんなことを言う。うーん、この陽の雰囲気。こんな人が私と友達になってくれるんだから、やっぱり希望ヶ峰学園はワンダーランドだ。希望があるわ。

 

 「ガチャガチャでも引いてみようか。これから私たちが団結するんだっ!ていう目印になるようなものとか出て来るかも知れないよ」

 「手の甲にバツマーク!あとは体のどこかに数字とか!」

 「そういうのじゃなくてさ……まあいいや。引いてみよう」

 

 狭山さんはきっと今後、徐々に勢力を拡大しようとしてくるだろう。そうなったときに、残った私たちがお互いを信じられなくなったら困る。それを防ぐために、予め仲間になった人につける印とかがあるとカッコイイし分かりやすいね。あとアチいし。

 興奮する私をよそ目に、甲斐さんはガチャガチャを回す。ガラガラと音を立ててカプセルが混ざり、下に開いた口からひとつがポンと飛び出してきた。甲斐さんはそれを取り出すけれど、上手く開けられなくて四苦八苦していた。ここは私の出番だ。

 

 「貸して甲斐さん」

 

 受け取ったカプセルの継ぎ目に両手の平をあて、指を組んで両側から潰すつもりで押す。そうするとプラスチックのカプセルは歪んで隙間ができ、ぱこっと開くのだ。ガチャガチャはコンプするほどじゃないけど、それなりに回してきたのでコツを知ってる。こんなところでこんな風に活きるとは。

 

 「すごい熟れた感じだね」

 「まあね。推しが出るまで何十と回させられるしこれくらいのスキルはないと」

 「推し?なんのガチャガチャ?」

 「あ、いや、こっちの話……で、何が出たの」

 

 いっけね。うっかり甲斐さんを相手にディープな話の扉を開けちまうところだった。甲斐さんはそういうのにも理解がありそうなタイプだけど、無防備なところにいきなり突っ込むのはマナー違反だ。そういうのはちゃんと気持ちの整理を付けてからじゃないと、絶対引かれる。甲斐さんみたいな優しい人に引かれたらもう、そんなのはもうおしまいだ。

 カプセルを返してあげて、甲斐さんが中を見る。入っていたのは四つ折りに畳んであって薄手のビニールに包まれた布だった。開けて広げてみると、手の平くらいのサイズがある。片面は薄いピンク色で、もう片面は真っ白だ。

 

 「ハンカチだね。なんか安っぽい」

 「まあガチャガチャの景品だから。実用的なだけいいんじゃない?」

 「確かに。でも私、自分のハンカチ持ってるからなあ。宿楽さんも回したら?」

 「よしきた。ガチャは現実でも電脳でも引きまくってっからね!こういうのはコツがあるんだよ」

 「コツ?運じゃないの?」

 「真摯に祈る!これガチャの極意なり!」

 「運じゃないの」

 

 甲斐さんに辛辣なツッコミを受けてしまった。でも実際、ガチャで何が出るかを私たちが直接操作することはできない。それでも、心の底から出て欲しいと願うことで雑念を払うことができる。お小遣いとか欲しいものとか後先なんていう雑念を払えば、出るまで回すことができるようになるのだ。真剣に念じることは決して無駄ではない!別にこのガチャにそこまでの情熱はないけど、それでもまだマシな何か出て来い!

 

 「おうらっ!」

 

 ガション、と音がしてカプセルがひとつ転がり出てくる。さっき甲斐さんが引いたのがハンカチだけど、それと転がり方や落ちてきた音に違いは感じられない。同じくらい軽いものなのだろうか。出て来たカプセルをまた同じようにベコッと開けて中を見た。

 これまた薄いビニールに包まれているのは、ピンク色で子どもっぽいカラフルな星があしらわれたケースの筒だった。先に蓋がついてるから、どうやらここを開けて中を使うらしい。このシルエットはどう見ても……。

 

 「スティックのり?」

 「うわ〜……いらねえ。って違うよ。これリップだ」

 「リップならなおさら子どもっぽいデザインだと思うけど」

 「モノクマのセンスだから」

 

 蓋を開けると、スティックのりと違って斜めにカットされた紅が現れた。ケースと同じピンク色をしていて、少しだけキラキラしてるからラメも入ってる。そもそも私はリップどころか乾燥防止のリップクリームもあんまり使ったことがない。気になって舐めちゃうんだよね。だからこれは私には無用の長物ってヤツだ。

 

 「うーん……甲斐さん、リップとか使う?」

 「私はたまに使うよ。なんとなく気分を変えたいときとか。あんまり派手なのは使わないけど」

 「これくらいのは?」

 「まあ、ないことはないかな……?」

 「じゃああげるよ。私が持ってても使わないし」

 「いいの?宿楽さんが当てたやつなのに」

 「いいのいいの。私が持ってたってしょうがないんだから」

 「じゃあ私もこのハンカチあげるよ。宿楽さんこの前スカートで手拭いてたでしょ」

 「げっ……見てたの?」

 「スカートに手形ついてるの見たら誰だって分かるよ」

 「うわ〜……はず」

 

 いや、普段はハンカチも持ち歩いてるんだけど、そのときはたまたま忘れてただけなんだ、って言い訳をしようかと思ったけど惨めなだけだから止めた。素直に甲斐さんからハンカチを受け取って、代わりに私はリップをあげた。図らずもプレゼント交換みたいになった。私が当てたものなんかが甲斐さんのお眼鏡に適うとは思えないけど……でも、さっきまでよりちょっとだけ距離が縮まったような、そんな気にはなった。

 

 「ここでこんなことしてていいのかなあ。狭山さんの動向も気になるし、ただでさえあの動機も気になるのに……」

 「動機……そう、だよね。みんな外の世界に大切な人がいるんだよね……」

 「甲斐さん、もしかしてあの動機、見た?」

 「……」

 

 私は答えあぐねて、結局肯定も否定もしなかった。それ自体がひとつの答えになってるような気もするけど、甲斐さんは優しいから敢えてそこには触れて来なかった。

 

 「ともかく、私たちは狭山さんの暴走を止めて、みんなを解放する。そのために頑張ろっ」

 「ぐ、具体的には……?」

 「……それはおいおい考えるとして」

 

 やっぱり不安だ。甲斐さんのことだから気休めで言ってるわけじゃないんだろうとは思うけど、肝心なところが抜けた骨抜きの団結だ。私は早まったマネをしたりなんてしないし、やろうとしたって狭山さんにかなわないことは目に見えてる。

 だけどもし、狭山さんに対抗できるくらいの力を持っている人がいたとして……もし、その人が上手く狭山さんに近付くことができて……もし、狭山さんの暴走を力尽くにでも止めようとしたら……その結果がどうなるかは分からないけれど、私たちが何をすることになるかは、たぶん想像できると思う。

 

 その想像が現実になることを、私はこの時から、なんとなく分かっていたのかも知れない。




なんか時事ネタみたいになっちゃった。

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