ダンガンロンパメサイア   作:じゃん@論破

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非業の天命と死屍の海

 今時分はすっかり涼しくなって、お山のてっぺんはどこも白くなりつつある。赤と黄色に染まったお山の景色は見慣れたけれど、毎年表情が違って見える。風が吹くと建物全部が軋むようなおんぼろの駅舎に、私は立っていた。抱えるほどの大荷物と、はじめて行く都会までの切符を持って、列車を待っていた。

 

 「気ぃつけていきなよ」

 「ん。あの……おっか──」

 「ほら、また出とる」

 「あっ……。ん゛、お、お母様。本当に、私がいなくても大丈夫でしょうか?これからはお客様も増える時期ですし、やっぱり私は冬からでも……」

 「なに言いよら!ウチらもおるだ、なんもしゃーせんことよ!」

 「しょーとしょーと!みかどねぇは希望ヶ峰学園でごっとしかばってこね!」

 「……ありがとう。式、園」

 

 父と母、妹たちに見送られて、私はこれから家を離れる。これからの時期の温泉旅館は書き入れ時で、人手がいくらあっても足りないくらいだ。私の家は毎年そこそこの繁盛とはいえ、お得意様も大勢いらっしゃる。私がいなくなっても大丈夫か、心配は尽きない。

 

 「本当に心配しなくていいぞ、美加登。お前がやってくれていた分の仕事は、みんなで協力して補う。アルバイトさんも雇うしな。お前が希望ヶ峰学園で立派になって戻ってきてくれるなら、5年でも10年でも待つ」

 「希望ヶ峰学園ってそんぎゃおるん!?」

 「もう、お父様。そんなわけないでしょ。でも、ありがとう」

 

 ホームのベルが鳴る。寒風を掻き分けて列車がやってきた。いよいよ本当にお別れだと思うと、じんと目頭が熱くなった。式と園が、右と左の手を握る。

 

 「みかどねぇ!式、手紙書くに!」

 「園も!さびっこなったらいつでも帰ってきやーね!」

 「うん……ありがとう……!」

 

 最後に二人を強く抱きしめた。名残惜しさを振り払うように力一杯荷物を抱えて、列車に乗り込んだ。

 

 「いってきます」

 

 まもなく、列車は戸を閉めて走りだした。列車の後ろから、ホームの端まで走って手を振る式と園が見えて、鼻の奥がつんと痛くなった。声をかけてくれた車掌さんに切符を見せて、荷物を網棚に載せるのを手伝ってもらった。携帯電話と財布と切符、そして希望ヶ峰学園からの入学通知だけは、コートのポケットに入れておいた。

 

 

──入学通知書──

 

谷倉 美加登(タニクラ ミカド) 様

 

 あなたを 超高校級のコンシェルジュ として

希望ヶ峰学園への入学が決定したことを

お知らせ致します。         

                    8月吉日

          学校法人 希望ヶ峰学園学園長

 

 

 代々続く老舗旅館でも、今は苦境に立たされているところが多い。私の家もその中の一つだ。傾いているうちの経営を立て直すには、私が希望ヶ峰学園で、“超高校級のコンシェルジュ”として成長して、立派になってここに帰ってくることだ。それが、私にできる精一杯だ。だから、お父様、お母様、式、園。少しの間だけ、頑張ってください。遠く離れた都会で、私も頑張ります。

 

 

───谷倉美加登は、実家の旅館を救うために入学した───

 


 

 「ふぅ……」

 

 一息吐いて、脫力(だつりょく)した(からだ)を椅子に預けた。こうすれば頭が()えて素晴らしいアイデアが浮かぶと巷閒(こうかん)の噂だったのだが、(からだ)を覆う鉛の如き氣怠(けだる)さは失せない。やり方が違うのだろうか。矢張り今の(まま)では、到底良い物など書けよう筈が無い。近頃は書齋(しょさい)に籠もり放しで、刺激が足りない。物書きたる者、常に新たな刺激に飢えているべきだ。

 

 「然るに此の誘い……受けない理由などないと云うもの……ふふ」

 

 

──入学通知書──

 

菊島 太石(キクシマ タイシ) 様

 

 あなたを 超高校級の文豪 として

希望ヶ峰学園への入学が決定したことを

お知らせ致します。         

                    8月吉日

          学校法人 希望ヶ峰学園学園長

 

 

 ペンネエムを通知書に書くというのは、學園(がくえん)なりの配慮だろうか。或いは此の名の方が人口に膾炙(かいしゃ)しているからだろうか。とは言え本名で書かれても此と言って問題は無い。只、少し()になっただけだ。

 それにつけても彼の希望ヶ峰學園(きぼうがみねがくえん)からとは、これぞ正に恐れ入谷の鬼子母神。全國(ぜんこく)から“超高校級”と呼ばれる突出した“才能”を持つ高校生が集まる、我が(くに)最高の學園(がくえん)。入學するだけで大事件、卒業すれば將來(しょうらい)の成功が約束されると云う希望の學府(がくふ)。この俺がその一員に名を連ねるとは、初夢にも見たことのない目出度いことだ。事實(じじつ)小說(しょうせつ)よりも奇なりとはよく言ったもの。ならばひとつ、その奇なる事實(じじつ)に身を投じてみようではないか。

 

 「ふふ……昂ぶらせてくれる」

 

 “超高校級”の高校生たちは誰も彼も、なかなかどうして一筋繩ではいかない人物ばかりだそうだ。そんな人閒(にんげん)ばかりが集う此の學園(がくえん)、非日常的な日常の中に在る希望の學園(がくえん)は、(さぞ)かし面白い事が起こるのだろう。豫想(よそう)上囘(うわまわ)るような出來事(できごと)が期待できる。そんな素晴らしい場所は他にないだろう。

 

 「さて。どうしたものか」

 

 入學(にゅうがく)することは問題ない。しかし學園(がくえん)までの旅費や必要なものを準備する資金をどう工面するか。印稅收入(いんぜいしゅうにゅう)は借りた金の返濟(へんさい)に充ててしまったし、貯金などと計畫的(けいかくてき)なことができる人閒(にんげん)ならばこんな(なや)みを持つことはないのだろう。仕方がない、また妹の下着と寫眞(しゃしん)でも()りに出すか。

 

 「む?」

 

 金でも(はさ)まっていないかと通知をひっくり返すと、ひらひらと何かが舞い落ちてきた。なんとそれは、希望ヶ峰學園(きぼうがみねがくえん)までの片道切符だった。御丁寧にタクシイチケツトまである。なんとも()が利いている。では妹の下着と寫眞(しゃしん)の儲けは驛辨(えきべん)に費やすとしよう。豫定(よてい)よりも優雅な旅になりそうだ。ふふふ……。

 

 

───菊島太石は、ネタ探しのために入学した───

 


 

 「そいじゃ、(アタシ)はもう行くよ。アンタたち、(アタシ)がいないからって仕事サボるんじゃないよ!」

 「厳しい親方がいなくなって、俺たちも伸び伸びできらあ。明日から俺たちも働き方改革だな!」

 「下らないこと言って、ウチの工場とオヤジに迷惑かけたら承知しないからね!」

 

 へらへら笑う汗と埃にまみれた野郎どもの顔。軽口を叩いちゃいるけど、(アタシ)には分かる。みんな寂しがってんだ。こいつらだけを残して行くのは(アタシ)も心配だ。けど、(アタシ)は行かなきゃならない。これはウチの工場だけじゃなく、この工場町全部の問題だ。

 (アタシ)の工場──元々はオヤジの工場だったけど、年で体にガタがきたオヤジに代わって、(アタシ)が工場長を務めてる──は、この辺りの町工場全体に仕事を振る、いっとうデカい工場だ。デカいと言っても、ピンハネで儲けてるアコギな仲介企業どもを通して、大企業からの受注を二束三文で孫請け、曾孫請けする立場だ。それでも、(アタシ)たちはプライド持って仕事してる。ここの町工場と職人たちを守るには、もっともっと、(アタシ)が職人として成長していかなきゃならないんだ。そんなときに届いたこの手紙。こりゃあ、神様が行けって言ってんだ。

 

 

──入学通知書──

 

岩鈴 華(イワスズ ハナ) 様

 

 あなたを 超高校級の職人 として

希望ヶ峰学園への入学が決定したことを

お知らせ致します。         

                    8月吉日

          学校法人 希望ヶ峰学園学園長

 

 

 「華ちゃんの腕なら、希望ヶ峰学園でもきっと大丈夫よ!もし何かあったら電話しな!ウチの連中がすっ飛んで行くからね!」

 「へへへっ、おばちゃんあんがとっ!でもこいつらの汚えナリじゃあ、学園の門はくぐれねえんじゃねえかい?」

 「そんときゃあたしが風呂釜にでもブチ込んでやるよ!」

 「ここんとこの女は怖えなあ。こりゃ華ちゃんが立派んなって帰ってきたら、いよいよ俺たちゃ立つ瀬がねえや」

 「華ちゃんのでっけえ尻に敷かれんなら悪かねえけどな!」

 「おい殴るぞオッサン!」

 

 バカだな、こいつら。指も顔も服も黒い油まみれのオッサンたちも、昼間っから飲んだくれて呂律の回ってないジジイも、シミだらけの顔に満面の笑顔を見せるおばちゃんも、みんな(アタシ)に期待して、信じてくれてる。(アタシ)がこの工場町を救うって。

 

 「しっかしずいぶん大勢の見送りだけど、工場は大丈夫なのかい?」

 「華ちゃんが希望ヶ峰学園に行くんだ。工場なんて止めて見送りに来なくちゃ、薄情ってもんだろ?」

 「バカだね全く。(アタシ)なんかのためにそこまでして」

 「みんな、お前のことが好きなんだよ。ほら、おにぎりを作ってやったから、向こうに着くまでの電車で食べなさい」

 「うん、ありがと、オヤジ」

 

 割烹着を着たオヤジが、煤で真っ黒になった包みを差し出してきた。もう職人を引退して、今は家事を全部やってもらってる。オヤジにもっと楽をさせてやりたいし、町工場のみんなの暮らしをもっと良くしてやりたい。希望ヶ峰学園に行って、(アタシ)が職人として成長して、あんなピンハネ野郎たちがいなくても仕事を回せるようになれば、それができる。どんなに大変だってかまうもんか。(アタシ)の人生は、みんなの人生だ。希望ヶ峰学園で、みんなの未来を掴み取ってやる!

 金属同士がこすれる甲高い音と、あちこちから聞こえてくる機械の駆動音、そして工場のみんなのめちゃくちゃな騒ぎ声が、(アタシ)にとっては何よりの応援歌だ。パンパンに詰め込んだリュックを背負って、(アタシ)は町工場を旅立った。

 

 

───岩鈴華は、大勢の人生を背負って入学した───

 


 

 別れはいつも、突然やってくる。それは理解しているし、経験もしていた。だけど私には、見送る側としての経験しかない。だから見送られる側の別れというものは、こんなにも心が苦しいものか、と思った。

 やはり断ろうと何度も思った。こんな辛い別れを経験するくらいなら、大きなチャンスであっても手放してしまえばいいと思った。こんなこと、夢だったと思えばいい。

 

 

──入学通知書──

 

毛利 万梨香(モウリ マリカ) 様

 

 あなたを 超高校級のトリマー として

希望ヶ峰学園への入学が決定したことを

お知らせ致します。         

                    8月吉日

          学校法人 希望ヶ峰学園学園長

 

 

 「かんな、ざき、ふじ。おいで」

 

 名前を呼ぶと、みんな短い足でひょこひょこ歩いて私に飛びついてきた。ぎゅっと抱きしめると、柔らかい感触と温かい匂いに満たされる。強く抱きしめるほど、深く顔をもぐらせるほど、何度も体をこするほど、モフモフの感覚で私の心が癒されていく。

 

 「しばらくお前たちをモフモフできないと思うと、私は辛い。お前たちも一緒に希望ヶ峰学園に来てくれ……」

 「それは困るって、スカウトの人が言ってたでしょ。希望ヶ峰学園にも動物はいるんだから、それでいいじゃない」

 「初見の動物とかんなたちではモフモフの完成度が違う。私が作り上げたこのモフモフがいいんだ」

 「子供みたいなこと言ってないで、さっさと準備なさい」

 

 母さんに怒られてしまった。かんなたちは私の気持ちを分かってくれているようで、私の顔を舐め回している。希望ヶ峰学園にも当然動物はいるだろうが、かんなたちのような長毛の種とは限らない。それに、私が欲したときにモフれなければ意味がないのだ。父さんも母さんも私と同じ動物に携わる者であるのに、なぜこのモフモフの良さが分からないんだろう。

 

 「お父さんもお母さんも、希望ヶ峰学園に行くことが夢だったのよ。万梨香には万梨香のやりたいことや目標があるだろうけど、お父さんとお母さんの分まで、しっかり希望ヶ峰学園で立派になってくるのよ」

 「うん……」

 

 もう何度も聞かされたことだ。父さんは獣医として、母さんはブリーダーとして、それぞれ希望ヶ峰学園からスカウトマンがやってくるほどの人物だったらしい。ただ、スカウトマンに認められるほどの成果を見せることはできなかったようだが。

 だから、私の希望ヶ峰学園入学を誰よりも喜んでいるのは私の両親だ。そのことに不満や文句はない。両親の境遇と気持ちも理解しているし、私だって希望ヶ峰学園に行くこと自体は嫌ではない。

 

 「モフモフするのもいいけど、大事なのは動物とそのオーナーさんがどう思うかだからね。あんたの趣味を押しつけるようなトリマーにだけはなっちゃダメよ」

 「もちろん、気を付ける」

 「友達ができたら、お家に連れて来てね。希望ヶ峰学園の話、いっぱい聞きたいのよ」

 「……それもがんばる」

 「あんた友達少ないんだから」

 「……かんなたちがいるからいい」

 「学校にかんなはいないでしょ」

 

 心なしか、かんなたちの表情もしょんぼりしているように見えた。寂しい気持ちはあるが、このチャンスをふいにすることはできない。時にはこんな、決意と決別も必要だろう。

 待っていてくれ。かんな(コーギー)、ざき(ポメラニアン)、ふじ(チャウチャウ)、よし(チンチラ)、おまつ(アンゴラウサギ)、ずい(烏骨鶏)、ハマ太郎(ゴールデンハムスター)、そのさん(ジャンガリアンハムスター)。またお前たちをモフモフしに、私は戻ってくる。

 

 

───毛利万梨香は、両親の悲願を果たして入学した───

 


 

──入学通知書──

 

芭串(バグシ) ロイ 様

 

 あなたを 超高校級のペインター として

希望ヶ峰学園への入学が決定したことを

お知らせ致します。         

                    8月吉日

          学校法人 希望ヶ峰学園学園長

 

 

 その紙を見たまま、俺はしばらくの間、固まっていた。希望ヶ峰学園?オレが?まさかあのスカウトマンとか言ってたオッサン、マジに希望ヶ峰学園のスカウトマンだったのか。それよりなにより、重要なのはこの“超高校級のペインター”ってところだ。

 

 「おにいちゃん?どうしたの?」

 「き……!き……!希望ヶ峰学園に……!!入学できるって……!!」

 「希望ヶ峰学園って、あの……?おにいちゃんが?すごい!」

 「“超高校級のペインター”……ペインターだぞ!オレの絵が!希望ヶ峰学園に認められたってことだ!」

 

 今までオレの絵を認めてくれるやつなんて、ほんの少ししかいなかった。オレの妹と、一緒に絵を描いてる仲間くらいだ。ほとんどのやつらはオレの絵を落書きだと言って、上から塗り潰したり、洗い流したり、犯罪だって言うやつもいた。そんなオレの芸術が分からないやつらを見返してやりたいと思ってたんだ。そこに希望ヶ峰学園の入学通知!これ以上の大逆転はねえぜ!

 

 「よかったね!おにいちゃん、いつもアリサのためにキレイな絵いっぱいかいてくれるから、神様がごほうびをくれたんだよ!」

 「ああ、そうだな。お前はオレの絵をずっと喜んでくれてたもんな」

 「えへへ」

 

 オレへの入学通知なのに、自分のことのように妹は喜んでくれる。サラサラ流れる金髪の頭を撫でてやると、くすぐったそうに笑った。その笑顔はどこまでも屈託がなくて、病院のベッドに寝てることがウソかと思えるくらいだ。腕から伸びるチューブの先で、オレたちが話している間も変わらないペースで、点滴が時を刻んでいる。

 

 「ねえおにいちゃん!アリサも希望ヶ峰学園行ってみたい!どんな人がいるのか、おにいちゃんのお友達になる人たちも知りたい!」

 「そうかそうか。うれしいなァ……可愛くて兄想いの良い妹を持ったぜオレは……。けどなアリサ。お前が今しなくちゃいけないことはなんだ?」

 「……えっと、体を治すこと」

 「そうだ。生まれつき体が弱くてピクニックもまともにできなかったお前だけど、日本の医者ならピクニックどころか、スポーツができるくらいまで回復させられる。そのために日本に来たんだ。今はガマンしてくれ」

 「でも……」

 「いま無茶すると、アサクサに行けるのはずっと先になるぞ?ニッコーも、オイセも、ダザイフもだ」

 「それは……」

 「だから、今はガマンだ。分かったか?」

 「……」

 「代わりに、希望ヶ峰学園から毎日にいちゃんが学園の絵を描いて送ってやる。だから、離れてても一緒だ。な?」

 

 優しく頭を撫でながら言い聞かせると、アリサはゆっくり頷いた。目をうるうるさせてるけど、不満そうにほっぺたを膨らしてるけど、悔しそうにシーツを握る手に力がこもってるけど、その気持ちを押し殺して言うことを聞いてくれた。

 

 「いい子だ」

 

 ふてくされて布団にもぐるアリサのおでこにキスして、オレは病室を後にした。希望ヶ峰学園。どんなところか。どんなやつらがいるか。なんでもいい。オレの芸術を認めてくれたんなら、オレはオレの絵を描き続けるだけだ。希望ヶ峰学園から、オレの絵を世界中に認めさせてやる!

 

 

───芭串ロイは、自分の芸術を世界に認めさせるため入学した───

 


 

 海にいた。累々と横たわった人間が生み出した、噎せ返るほどの激臭を放つ血の海だ。目を覚ました自分の周りは、その海に血を注ぎ続ける死体に囲まれていた。体中が痛む。気を失っている間のことは分からない。どっちが勝った?戦場でずっと励まし続けてくれたあの人は?コロシアイは……どうなった?

 

 「……!お、おいお前!!生きてんのか!?」

 

 視界の外から急に大声をかけられ、同時に力強く抱きしめられた。心臓が止まりそうなほど驚いても体が反応しない。だけどその暑苦しいほどの抱擁が、緊張で固まっていた体を緩やかに解きほぐしていった。なんとか動く首だけで、問いかけに肯定の意を返す。

 

 「よかった……!そうか!さすがだ!よく頑張った!もう大丈夫だぞ!ここは制圧した!俺たちの勝ちだ!」

 

 勝ち。喜ぶべきその言葉は、冷たい部屋の壁に跳ね返って足下に転がった。大勢死んだ。敵も味方も、この部屋に辿り着くまでにも、辿り着いてからも。生き残ったのは、涙声でがなり続けるこの人と自分だけ。これが勝利か。これが、命を懸けた先にある栄光か。それはこんなにも……虚しいものだったのか。

 

 「さっき応援を呼んだ!すぐに青宮たちが来る!」

 「コロシアイ……、コロシアイ……は……?」

 「……ここを制圧しただけじゃコロシアイは止められねェ。向こうの奴らも上手くいってるといいが」

 

 立ち上る血と火薬の臭いから逃げるように、その場を離れて廊下へと移動する。敵はここを死守していたから、入口とこの部屋を結ぶ最短ルート以外は、死体もさほど転がっていない。安全を確認してから装備とマスクを外す。首元から入り込んだ外気が、肌に張り付いた汗を掠め取っていき、寒気すら覚えた。

 

 「どうやら俺たち以外は敵も味方も全滅したらしい。まァ、HHIのバカ野郎共の企みをぶっ潰したんだ。あいつらも本望だろうさ」

 

 あっさりとそう言ってのけたその顔を見て、口の中に不快感が満ちた。死人に口なし、とはよく言ったものだ。生者が死者の思いを決めつけるなんて傲慢だ。死んだこともないくせに。粘ついた生唾と一緒にそれを吐き出して、未だ止まらない汗を拭う。

 

 「それに、お前が生き残ったんだ。銃も持ったことねェだろうに、よく生き残った」

 

 デリカシーなく頭をがしがし撫でられる。生き残った。そうだ。自分はまた(傍点)生き残った。ここでも、あの時も。生き残ってしまった。死ぬことができなかった自分に、死に行く彼らの思いを知ることはできない。その心中を推し量ることも烏滸がましい。

 それでも、彼らを安らかに死なせるためならなんでもする。そのためになら、この命を懸けられる。彼らの“死”は、死んでも守る。




キャラクターがたくさんいて描写しきれないけど描写しておきたい設定等があったので、こんな感じに全員のバックグラウンドを書いていくことにしました。前作のプロローグをもっと細かくしたような感じですね。
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