ダンガンロンパメサイア   作:じゃん@論破

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学級裁判編2

 

 ぷぷぷぷーーーっと!毎度お馴染みモノクマによる前回までのあらすじのコーナーだよ!オマエラ、忘れたとは言わせないよ?ボクにだってちゃんとした役目があってここにいるんだからね!まあ、あらすじはおまけみたいなもんだけど。本当の役割っていうのは最後まで明かさないものなんだよ。なんでもそうでしょ?自分の正体は最後まで隠し通すのがいいゲームマスターの条件ってこと!

 

 

 さてさて、二回目となった今回の裁判、被害者は“超高校級のシャーマン”狭山狐々乃サン!シャーマンってなんだよと言いたいところだけどそれ以前に人間ですらないってなんだよ!!ボクとキャラもろ被りだよ!!キツネの姿で現れたかと思ったらのんべんだらりと好き放題してくれちゃってさ!かと思えば今度は人間の姿に戻ってまたまた好き放題やりたい放題!『狐々乃一心教会』なんていう組織まで作って、コロシアイから離脱宣言までしちゃった!ボクからしてみれば木っ端みたいなものだけど、これがみんなの心身にものすごく影響を与えてしまった。それだけならまだしも、個室にみんなを閉じ込める実力行使でコロシアイを止めようとするもんだから、さすがにそれはと思ってボクもちょっと介入しちゃったけど……でもしょうがないよね?ゲームマスターはときにラインギリギリを攻めるものだからね。なんでもそうでしょ?

 

 そんな狭山サンは、なんと地下室のバスタブの中でドロッドロに溶かされた気持ち悪い沈殿物となって発見されてしまいました!まさか溶かすまでするなんてボクも思わなかったよ!でもまあ、それが死体としての形を保っていようがいまいが、殺しは殺しだからね!どうやら狭山サンはみんなを掌握しようとしていたみたいだけど、実際に心の底から操られていたのは陽面サンと理刈サンの二人だけ!うーん、修行が足りん!それでも岩鈴サンみたいなゴリラよりも力が強いってことで、誰も逆らえなかったけどね。とにかく恨みを買っていたことは事実だから、その死を悲しむ人よりも、この猟奇的な事件を解き明かそうと動く人が多くなった。結果的にコロシアイに貢献してくれてるんだから、よくできた怠け者だよ、あの人は。

 

 月浦クンの造反や毛利サンの後悔、そして菊島クンの性癖なんかも続々と暴露されていき、裁判はじわじわと議論が進んで行ったね。そして前回、湖藤君があることに気付くのです。死体が発見されたときにボクが流す死体発見アナウンス。それをヒントに、狭山サンを殺害した犯人とドロドロに溶かした犯人は別だと言うのです!

 

 うぷぷぷぷ♫誰がクロで誰が裏切り者なのか!二項対立に収まらないこの緊張感こそが、学級裁判の醍醐味だよね!そんじゃま、続きいってみよー!

 


 

学級裁判 再開

 

 狭山さんを溶かしたのは、クロじゃなくて死体の第一発見者。湖藤君はそう言った。それを聞いた瞬間、私は驚いた。そして次の瞬間、自然に全員の顔色を窺おうとしていた自分の視線に気付いて、さっと目を伏せた。違う。私がすべきなのは、誰がやったかを探ることじゃない。そんなはずはないと湖藤君に反論するべきなんだ。だって、湖藤君の推理が正しいことは……私たちの中に、そんなひどいことをする人がいるってことになるから……!

 

 「こ、湖藤、君……!それは……!それは──!」

 「まあ、そうなりますよね」

 「──ッ!!」

 「何を驚いているんですか?単純な足し算引き算の問題ですよ」

 「だ、誰だッ!!誰がそんなことしやがったんだい!!」

 「どうせ菊島だろ。あんな変態はさっさとはぐの前から消し去らないといけない!」

 「先刻(さっき)も言ったが、俺は自分にしか藥品(やくひん)を使わん。そういうプレエは好きじゃないんだ」

 「だからプレイって言うなっつうの」

 

 意外なほど、拍子抜けするほど、みんなあっさりと湖藤君の推理を受け入れていた。どうして……どうしてそんなひどいことをした人が私たちの中にいるなんて、簡単に受け入れられるの?どうして簡単に仲間を信じるよりも疑う方にいっちゃうの?私たちは……仲間じゃないの?

 

 「それは違うよ、甲斐さん」

 

 ふっと、軽いブランケットをかけてくれるように、それは温かく、優しく私を包んだ。頭に渦巻いたもやを晴らすような、やわらかい風のような声だ。湖藤君が、私に語りかけてくれた。

 

 「仲間だからこそ、徹底的に疑うんだ。徹底的に疑って、考えるんだ。どこまで信じるべきか。誰を信じるべきか。誰なら信じられるのか。信じることと疑うことは同じことさ」

 

 私の思考を読んだように、湖藤君はそんなことを言って笑う。心の中の声が、全部彼に聞こえてしまってるみたいだ。仲間だからこそ疑う……信じることと疑うことは同じ……。その言葉の意味は、私にはまだ分からない。いつか分かるときが来るのかな。でも──少なくとも──。

 

 「疑うことをやめたら、私たちは負ける」

 

 それだけは、何よりもはっきりしていた。みんなのことは信じたい。だけど、確実に嘘を吐いている人がいる。その人は見つけなくちゃいけない。それができないと、私たちは学級裁判に負けてしまう。私だけじゃない、湖藤君も、宿楽さんも、尾田君も、みんなも。みんながいなくなる。

 

 「負けるわけには──いかない──!」

 

 裁判場は再び回りだす。うるさいほどになる心臓の鼓動をいっそう急かすように、目まぐるしく議論が動き出す。

 


 

 「なんで第一発見者は死体を溶かしたりしたんだ?そこに何の意味がある?」

 「よほど狭山さんに恨みがあったのか……それとも、遺体が残っていると何か不都合があったとか……?」

 「だから、あの変態の仕業に決まってるだろ!」

 「俺はしていないし()たり前のように變態(へんたい)呼ばわりするのを止めろ!」

 「殺人が起きたということすら私にはまだ信じられませんが……その上、狭山様のご遺体を損壊した方がいらっしゃるなど……理解の及ぶ範疇にありません!」

 「なんでもいいからなんか怪しいこととか気になったこととかないの?誰か!」

 

 今まで同じ方向を向いていた人たちの中に敵が紛れているかも知れない。それがじわじわと実感を伴ってきたのか、みんなが徐々に焦り出す。一足先にそれを経験していた私は、比較的落ち着いて考える。昨日の夜から様子がおかしい人はいなかったか?夜中に何か聞いたり見たりしなかったか?捜査時間中、おかしなことをしてる人はいなかったか?何か、いつもと違うことはなかったか……?

 

 「──ッ!!」

 

 何かが、引っかかった。見逃してはいけないような気がした。電流が走ったようだった。何の確信も保証もない。だけど、一度気になったそれは、考えれば考えるほど不自然に思えてきて……今でも思い返される腕の痛みが、その違和感を証明するような気がした。

 

 「……甲斐さん?どうされました?」

 

 ふと、私が黙りこくってることに気付いたのか、庵野君が声をかけてきた。あの時の記憶が、ますます鮮明に思い出された。そして不思議と……いや、ちっとも不思議なんかじゃない。偏見だと言われても仕方のないくらい無根拠だけど、この人なら、それくらいしてもおかしくないと思えてしまった。

 

 「あのさ」

 

 私、こんな低い声出せたんだ。妙に冷静な頭がそんなことを考える。まるで思考と肉体が分離してしまったみたいに、私の体は何も考えなくても勝手に動き出す。私は、その人の顔をじっと見た。半分も見えていないその顔を。

 

 「君でしょ。尾田君」

 「──っ──!……はい?」

 「え?か、甲斐さん……!?ど、どしたの急に……?」

 「だから、狭山さんを溶かしたの。知らんぷりしてるけど、尾田君なんでしょ?」

 

 がやがやとざわついていた裁判場が、一気に静かになったのを感じた。なんだろう、妙に冴えてる。ついさっきまで何の根拠もないはずだったのに、口に出した言葉が響いて耳に戻ってくると、尾田君の表情を見ると、みんなの反応を浴びると、なんだか自信が湧いてきた。

 

 「……終わりですか?根拠も論理も質問もありませんが、あなたの言いたいことはそれだけですか?最低限の論もない発言はただのノイズです。控えてください」

 「だっておかしいじゃん。尾田君。ずっと。みんな思わない?」

 「お、おかしいって何が……?」

 「か、甲斐さん……どうしたの?なんか、おかしくない?」

 「おかしくない……おかしくないよ。おかしいのはこのコロシアイだよ……!」

 「お願いしますから、ちゃんと話してください。今のあなたは裁判の妨害しかしてませんよ」

 

 あからさまにいらついた顔で尾田君が言う。いや、尾田君はいつもいらついてる。今更私が何か言ったところでどうせイライラがイライライラになるだけだ。

 

 「地下室でみんなが集められたときにさ」

 

 取りあえず、私はしゃべり出した。まだ結論に至る道筋は描けてない。だけどゴールだけははっきりと見えている。あとはそこに辿り着けるかどうか。場当たり的な言葉でどこまで彼を追い詰められるか分からない。でもいいんだ。私のすることは情報を出すこと。きちんとした推理は湖藤君がなんとかしてくれる。今までだってそうだった。

 

 「モノクマが言ってたよね?あのバスタブに入ってる薬品を中和してからでないと捜査させられないって。中和した後でも直接触るのは危険なくらいだって。庵野君が引き留めてくれなかったら、私は今頃片手がなかったよ」

 「あのときは……とっさとは言え、痛い思いをさせてしまいました。どうかお許しください、甲斐さん」

 「うん。怒ってないよ。ありがとう庵野君。でもね、尾田君はそのとき、バスタブの中に手を突っ込んで捜査してたんだよ。そのちょっと前に薬品庫で会ったときには、ちゃんとした防護服を着てたよね」

 「ええ。着てましたよ。それが何か?」

 「あのバスタブに入ってたのはYABASUGIなんでしょ?なんでも溶かしちゃう最強の薬品なんでしょ?なんで尾田君は、あの防護服で大丈夫だと思ったの?」

 「……そんなことですか。まあ、情報共有をしていませんでしたから、尤もな疑問かも知れませんね。はい。お答えしますよ。それはあの防護服が最も上等なものだからです」

 「上等?どうしてそんなことが分かるの?」

 「モノクマが言っていたからです。そうですね?モノクマ」

 「え?はい?う〜ん、どうだっけ?ほら、ボクってあんまり過去を振り返らないタイプだから」

 「はっきりしなさい」

 

 案の定、イライライラになった尾田君がふわふわしたモノクマの回答に舌打ちして足を踏み鳴らした。大きい音に驚いて王村さんが跳び上がった。

 

 「まあ、そう言えばそんなこと言ったね。確かにあの銀色の防護服は、あらゆる有害物質から使用者を守る最強の装備だよ」

 「何でも溶かす藥品(やくひん)に何でも防ぐ防護服?新譯(しんやく)版の矛盾か?面白い面白い」

 「おいらも聴いたけど、菊島もいたよな?」

 「さてね。どうせ俺のことだから、(くすり)のことばかり見ていたのだろう」

 「他人事みたいに」

 「YABASUGIとて万能ではありません。本当になんでも溶かすのならあのバスタブごと溶けているはずです」

 「あ、ホントだ」

 「証拠品を溶かすなり死体を溶かすなりであの薬品が使われたときのことを、モノクマがゲームマスターとして考慮していないわけがありません。何らかの対策を用意しているはずだと考えれば、あの最高品質の防護服を使えば捜査できるという結論に至るのは、実に自然なことではありませんか?」

 「……じゃあ尾田君は、捜査の時にしかあの防護服には触ってないんだ?」

 「ええ、そうです」

 


 

 なんだか、少しだけ尾田君の気持ちが分かった気がする。自分の誘導で相手がミスをしてしまったことに気付いたとき、妙な高揚感があった。なんだか今まで脳の感じたことのない部分が熱い。気が付いたとき、私は笑っていた。

 

 「よく分かったよ……尾田君が、狭山さんを溶かした犯人だっていうことが!」

 「はあ?……なんなんですかあなたは。気持ち悪い」

 「尾田君が教えてくれたんだよ。言い逃れはできないんだからね!」

 

 すっかり裁判場は、私と尾田君、そしてオーディエンスしかいなくなっていた。みんなが私と尾田君の対決の行く末を見守っている。今から私は、尾田君に挑む。彼のしたミスと今までの発言で……尾田君は追い詰められる。それをよく確かめて、私は彼に向かい合った。

 

 「いい加減にしてください。なぜ僕が損壊犯だと言い切れるんですか?根拠もなくそんなことを言われても困ります」

 「根拠ならあるよ……!尾田君は明らかにおかしなことを言った。それが損壊犯の証拠だよ」

 「防護服の件ですか?別におかしなところなんてないでしょう。すぐに適切な対処ができたことが不自然だとでも言うのですか?疑いの目で見るからおかしな勘違いをするんです」

 「たった一回しか薬品庫に行ってない人が、近付くだけで危険な薬品を扱うのにそんな推測だけで行動できないよ。まあでも、君のことだからきっと私の知らないことを色々知ってて、それを下に判断したのかも知れない。だから私が言いたいのは違うことだよ。話を逸らそうとしないで」

 「なら逸らされる前にさっさと本題に入ったらどうですか?余計な外堀を埋めていくのは本丸の論理に自信がないことの裏返しと取られかねませんが、かまいませんね?」

 「いいよ。それより、裁判が始まったばかりのときを思い出して」

 「?」

 

 わざと私を苛立たせるようなことを言う。わざと私を焦らせるように捲し立てる。わざと私を困惑させるように面倒な言い回しをする。なんだ。冷静に聞けば大したことない。言ってることに一定の理屈はあるけど、だからといって全く反論できないわけじゃない。本題と関係ない部分を削ぎ落として考えれば、尾田君の言うことはシンプルなことだ。自分を追及するならそれなりの根拠を見せろ、それだけだ。

 

 「なんで狭山さんが溶かされてるのかを話し合ったとき……尾田君は言ったよね?」

 

 ──なぜ狭山さんは……あのように、どろどろに溶かされてしまったのでしょうか──

 ──……ひどいことするヨ。いくらなんでも溶かすことなんてないネ。ほっぽっておけばそのうち骨だけになるヨ。そっちの方がずっとマシネ──

 ──誰が死んだか分からないようにするためじゃないかい?(アタシ)は知らないけど、身元を隠すために顔を潰すなんて話も聞いたことあるよ──

 ──どうせ学級裁判になれば全員集まります。死体を溶かしたところで何の意味もありません──

 

 「……そんなこと、言いましたか?」

 「た、確かに言ったぞ!(アタシ)は覚えてる!」

 「言ったようです」

 「じゃあ分かるよね?自分の発言がおかしいってことくらいさ」

 「へ?な、なんかおかしかった?今の?」

 

 宿楽さんが首を傾げる。他のみんなも、ほとんどが同じように難しい顔をしている。その尾田君の発言に、矛盾や綻びはない。正しいことを言っているに過ぎないんだから。だけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だってこれは、まだ裁判が始まったばかりのときの発言なんだから。

 

 「裁判の最初、本格的な議論に入るときにこんな発言が出て来るのはおかしいんだよ。だって、そのときはまだ狭山さんの死因や死亡時の状況について話し合ってなかったし、分からないこともあったはずだよ。それなのになんで尾田君は、狭山さんの()()()()()()って言ったの?」

 「──ッ!ああっ……ほ、本当だわ……!」

 「狭山さんが殺害された後に溶かされたっていうのは、階段にあった血からそう推理したんだったね。尾田君はその時点で、その血の存在やその先の推理まで考えていたのかな?」

 「……またあなた方はそうやって言葉尻を捉えて鬼の首を取ったかのように」

 

 何か反論があるようだ。だけど尾田君の顔は苦々しい。たぶん私が彼の発言を振り返った時点で、何を以て追及されるか彼には分かっていたんだと思う。それでも反論しあぐねているのは、こうして追及されること自体が尾田君にとっては予想外のことだったからに違いない。

 


 

 「あのねえ、僕だって人間です。言い間違いや無意識の思い込みをしてしまうことだってあります。普通人間を溶かす状況を考えたら、生きたまま溶かすより死体を溶かすことを想定するものではありませんか?」

 「人なんて溶かしたことはないから分かんないアル」

 「溶かすっつったら味噌か入浴剤くらいだァな」

 「あんたたちは黙っててください。場が荒れます」

 「私もそう思う」

 「すみません……」

 「ともかく、言い間違いをしてしまったことは率直に謝罪します。ですがその程度のことで揚げ足を取って損壊犯扱いされるのは、はっきり言って迷惑です」

 「揚げ足取りじゃない。君は、実際に狭山さんの死体を溶かしたからそう言ってしまったんだ」

 「証拠もなしによくそんなことを──」

 「証拠なら、あるよ」

 

 ぎろり、と尾田君の流し目が私を捉えた。半月型の彼のメガネの奥から、冷たい視線が私に突き刺さる。実際、これが証拠として機能するかは賭けだ。もし何もなければ、きっと尾田君に言い逃れされてしまうだろう。だけど多分、大丈夫だ。その証拠がそこにあることは、誰よりも尾田君が一番よく示してくれているから。

 

 「尾田君さ。今日、体調悪そうだよね」

 

 私は見逃さなかった。尾田君の瞳が揺れ動いたのを。それは、彼があまり見せたことのない、動揺だ。

 

 「ええ……そうですね。風邪気味で」

 「ウソなんでしょ?」

 「……」

 「君は風邪なんてひいてない。そのマスク、本当は違う目的で着けてるんでしょ?」

 

 今朝から、尾田君はずっとマスクを着けていた。初めは驚いたけど、次第にそれも慣れていって特に気にすることもなくなっていた。マスクくらい、誰だって着ける。だけど、今、ここでそれを着けているのは、私にとってはすごく大きな違和感だった。

 

 「鼻もすすってない、声もいつも通り、風邪らしい症状がひとつもないんだよ。だから君は本当は風邪気味なんかじゃない」

 「……僕はあなたの許可を得ないと風邪も引けないのですか」

 「そのマスク、外してみせてよ」

 「何のために?」

 「君が、YABASUGIを使って狭山さんを溶かした証拠が、そこに残ってるはずだからだよ」

 「……はあ」

 

 私は力強く尾田君を見つめる。しばらく私を睨み返していた尾田君だったけど、周りのみんなも私と同様に彼をじっと見てる。やがて観念したのか、尾田君は深いため息を吐いた。そして、目深に被ったパーカーのフードを開けて、マスクを耳から外した。

 

 「──あっ!」

 

 マスクを外した尾田君の顔には、はっきりとした跡が残っていた。まるで昔のマンガみたいに、ほっぺに丸い大きな跡がある。神妙な、それでいて苛立った顔でそれを見せる尾田君は、だけどちっとも滑稽じゃなかった。その跡がついていることの意味を、みんな理解したからだ。

 

 「お、尾田……!おめェそれ……!」

 

 一番大きな声をあげたのは、王村さんだった。なぜなら、彼もまた知っていたからだ。薬品庫にあるあの防護服のマスクは特殊で、着けるとほっぺに深く跡が残ってしまうことを。

 

 「まさか、あなたのような人にこんなことをさせられるなんて、思っていませんでしたよ」

 

 裂けそうなほど口を歪ませて、ほっぺの跡をぐしゃりと潰して、尾田君は笑った。

 

 「……尾田君。君が狭山さんを溶かした犯人だね?」

 「ええ。そうですよ。ここまで来て言い逃れなんてしようとしませんから、安心してください」

 「あ、安心してと仰いますが……!ど、どうしてそんなことをされたのですか……!?どうしてそんな恐ろしいことを……!」

 「あれが人間のやることかよ!!いったい何考えてんだ!!」

 「うるさいですね……そう畳みかけられては話すに話せないじゃありませんか」

 「な、な、なにを……!」

 「待って。みんな」

 

 尾田君が罪を認めると、途端にみんなが口々に彼を非難し始めた。当然だ。人ひとりを丸ごと溶かしてしまうなんて、人の尊厳も何もあったもんじゃない。せめて人の形でいれば弔うこともできるかも知れないのに、あんな風にされてしまっては、もうそれが死体かどうかすら分からない。モノクマの死体発見アナウンスがなかったら、もしかしたら尾田君以外誰も、あれが狭山さんだと気付けなかったかも知れない。それくらいひどいことをしたんだ。

 その理由は、絶対に聞かなくちゃいけない。私は、雨のように降り注ぐ尾田君への批難を制した。

 

 「……話してよ」

 「はいはい、話しますよ。まったく堪え性がない人たちです。話すと言っているのに」

 「勿体付けてねえで──」

 「芭串君。静かに」

 「え、オレが注意されんの……?」

 

 頭を掻く尾田君が喋りやすいように、野次や反論は全て抑え込む。一を投げたら百で返して話をあやふやにして、しかもあやふやになった話に乗ると何を言っているか分からないとバカにして話を終えてしまうから質が悪い。だから、彼に一方的に話させなくちゃいけない。私は、黙って目だけで彼に話を促した。

 

 「はあ……まあ、大した理由はありませんよ。強いて言えば実験ですかね」

 「じ、実験……?」

 「ええ。実験です。果たして死体が完全に消失した場合、学級裁判は開かれるのか。それを確かめようと思っただけです」

 「……な、なにを言っているのですか?」

 「死体発見アナウンスは、3人以上の人間が死体を()()したときに放送されます。学級裁判は殺人犯を見つけるために行われるものですが、殺人が起きたという根拠は死体の発見に依ります。であれば、死体が発見されなかった場合、死体発見アナウンスは流れません。その場合、学級裁判は開かれるのか?あるいは誰にもバレずに殺人を遂行したと見なされて卒業となるのか?その場合、どの程度の期間バレなければいいのか?クロ以外の人間はどうなるのか?疑問は様々ですが、確かめるにはやはり実験するのが最も手っ取り早いと思いまして」

 

 誰もその後に言葉を続けることはできなかった。まさか、尾田君がここまで人の命を軽んじているなんて。人のことをバカにして、自分以外の人間に興味が無い人だとは思っていたけど、まさか自分の興味のために他人の尊厳を簡単に踏みにじれるような人だなんて……私は、それを信じたくなかった。

 

 「結果は御存知の通り、失敗です。死体と認識できる見た目でなくても、事実として死体であれば発見とカウントされてしまうようですね。まあ、さすがにコロシアイの根幹を成すルールがザルでは、それはそれで困りますが」

 「哎呀(アイヤー)!!イカレてるアル!!何人ヤバいヤツが炙り出されるカこの裁判!!」

 「さすがにこれは容赦できません……あまりに身勝手です!愛がないのですか!」

 「なんで僕が狭山サンに愛情を持たなきゃいけないんですか、バカバカしい」

 「ダメだこいつ……!!早くなんとかしないと……!!」

 

 尾田君がサイコだなんてこと、私にとっては今更だ。だけど、自分の近くにそんな人がいるなんてことを認めたくなくて、私は彼を責めることすらしたくなかった。責めることは、尾田君がそんなことをしたと認めることになってしまう。

 

 「みんな、気持ちは分かるけど、今は尾田君を責めている場合じゃないよ」

 

 そんな私の気持ちとは別に、湖藤君が一斉に尾田君を糾弾し始めたみんなを制した。

 

 「な、なんでだよリン!?リューヘイが何をしたか分かっていないのか!?」

 「もちろん、よく分かってるさ。狭山さんの遺体を溶かした。ひどいことするよね、本当に」

 「いまいち心がこもってないような気がするけど……」

 「だけど、今ぼくたちが突き止めるべきことは何か、考えてみてよ。この裁判の議題はなんだっけ?甲斐さん」

 「えっ……」

 

 まさかここで私に振られるとは思わなかった。

 

 「えっと……狭山さんを殺したクロを突き止める裁判……?」

 「そう。ぼくたちが見つけるべきは、狭山さんの遺体の損壊犯じゃない。殺害犯なんだ。尾田君は狭山さんの遺体を溶かしてしまったけれど、それは同時に殺人犯じゃないことの証明にもなる。これ以上尾田君を責めても、議論は進まないんだよ」

 「……そう、ね。理屈は、そうだわ……いえ、もちろん、そうすべきだわ」

 「ほ、ほーこちゃんまで……どうして?りゅーへいさんはコンちゃんにひどいことしたんだよ?」

 「確かに、遺体損壊は法的にも倫理的にも、決して許されることじゃないわ。だけど……裁判の議題が『狭山さんを殺害した犯人は誰か?』なら、その罪をここで裁くことはできないの」

 「な、んな……バカな……!そんなこと……あり得んのかよ……!?」

 「別に僕を責めたければ好きにしたらいいでしょう。ですがそれは、この裁判を無事に生き延びることができたら、です。裁判に敗れてしまえばそれどころじゃないんですよ?それに湖藤クンが言うように、僕は完全にシロです。狭山さんの遺体の発見者にカウントされていますからね。まだ何か言いたいことがある方は?」

 

 挑発的な尾田君の言葉に、しかし誰も返すことはできなかった。感情で発言しても意味がない。はっきりとそこにある事実を元に議論を進めるしかないと、みんな理解していた。だからこそ、悔しそうな顔をしている人も多い。

 

 「一つ、尋ねたい」

 

 手を挙げたのは菊島君だった。

 

 「なんでしょう」

 「狹山(さやま)死體(したい)を溶かしたのなら、殺害現場や犯人も目擊(もくげき)しているのではないのか?直接は見ていなくても、何らかの手掛かりを持ってはいないのか?」

 「ああ。それですか。残念ですが何もありません。僕が地下室にいたところに、狭山サンが転がり落ちてきたんです。声なども聴いていません」

 「使えないな。裁判を引っ掻き回しただけじゃないか」

 「そもそもなんで夜中に地下室にいたんだよ!」

 「別に。薬品庫を調べていただけですよ。何かに使えるものがないかと思って」

 「もう追及するのも面倒くさくなってくる……叩けば埃が出すぎだ……」

 「言いたい放題言ってくれますね。そういうあなた方も決定的な証拠なんて持っていないでしょう」

 

 話が始まれば、みんなの言葉の端々から尾田君へのヘイトが漏れてくる。いちおう議論は前に進んでるのかな……?だけど、直接犯人につながる証拠なんてあるはずがない。あったらみんな最初に出してるはずだから。

 

 「あるぞ」

 

 そう、ある──えっ?

 

 「はい?」

 「犯人を特定する決定的な証拠なら、ある」

 

 聞き間違いじゃなかった。言い間違いでもなかった。彼は本気で言っている。私たちの視線のすべてが、月浦君に注がれた。

 

 「な、なに言ってんだアンタ!?はあ!?い、意味が……!?」

 「今更なにを言っているんですか?決定的な証拠があると……今になって言うんですか?」

 「決定的な証拠だったら最初に出してよ!?なんでこのタイミングで!?」

 「ちぐ……?」

 「大丈夫だ、はぐ。僕に任せて」

 

 さっきまでの尾田君と同じだ。突然、爆弾発言をした月裏君にみんなが困感と非難の声を飛ばす。だけど月裏君はそんな声の一切を無視して、唯一不安げな顔をしている陽面さんにだけ、優しい言葉をかけた。そして、うんざりしたような顔でみんなに向き直った。

 

 「じゃあお前ら、僕が初めに犯人を特定する決定的な根拠を言ったところで、すんなり受け入れてたか?捏造だの間違いだのと文句をつけてまともに取り合おうとしないだろ。そもそも誰の言葉を信じていいかも分からない状況では証拠が持つ力も正確に測れない。議論が進むことと、ある程度の真実が見えることで、お前たちは多少なりとも足りない頭で自分なりに考えるようになるだろ。いいか?僕は出し惜しみをしていたわけでも隠していたわけでもない。この証拠が証拠としての力を持つようを窺っていただけだ。お前らの能力不足を僕がカバーしてやってるんだ。とやかく言われる筋合いはない。分かったか能無しども」

 「全ッ開だな!!長々と!!」

 「え〜っと……そこまで言うってことは、結構自信あるんだ?その証拠」

 「当たり前だ」

 「だったら早いとこ出してください。もう機は熟したんでしょう」

 「ああ。出すつもりだ。ところで湖藤」

 「ところで!?」

 「お前が庵野と岩鈴を部屋から逃がしたとき、どうして僕が岩鈴が部屋から出たことを知ったと思う?」

 「ええ……そんなの今ぼくにきく?う〜ん……どうしてかな。直接見てたとか?」

 「……お前にしてはお粗末な推理だな」

 

 そう言って、月浦君はジャケットの裏ポケットをまさぐって、何かを取り出した。それは、尾田君がマスクに隠していたおかしなマスクの跡でも、菊島君が常に携帯している薬品の小ビンでもない。私たちにとっては一番身近で、一番見慣れたものだった。

 

 「これを見せれば分かるか?」

 「……シャー芯?」

 「そうだ。狭山が閉じ込めたヤツの部屋のドアには、これを挟んでおいた」

 「なぜ……そんなことを?」

 「分からないのか?こんなもの、ドアを開けば簡単に折れる。折らずにドアを開けるのは不可能だ。だからこれを挟んでおけば、そのドアが開けられたかどうかがすぐに分かるってわけだ。ちなみに湖藤。お前の部屋はスライドドアだから、戸袋にえんぴつを仕込んでおいた」

 「あっ……!ってことはあれ……!」

 

 何かに気付いたらしい宿楽さんが、ポンと手を叩いた。

 

 「甲斐さんが見つけた湖藤さんの部屋のドアについてたあのマーク!あれ、えんぴつの跡だったんだ!」

 

 そうか。私も思い出した。湖藤君の部屋のドア、床に近いところに引かれた真っ直ぐな黒い線。あれは、スライドしたドアがえんぴつをこすって付いたものだった。なるほど。それを確認すれば、勝手に部屋から出られてもすぐに分かる。仕掛けるのも簡単だ。

 

 「で、それがなんだってんだよ」

 「部屋に閉じ込めていたヤツらには、いつも僕たちの朝食が済んでからはぐが配膳する。つまり前日の夜に僕がこの仕掛けを設置してから朝まで、ドアを動かしたヤツがいればシャー芯が折れる。それと逆のことも言えるってわけだ」

 「ち、ちぐすごーい!はぐ、毎日みんなの部屋に行ってるのに全然気付かなかったよ!」

 「気付かれないようにしたからね」

 「じゃあつまり……月月(ユエユエ)が言いたい決定的な証拠って……!」

 「……今朝、狭山の死体が発見されるより前。このシャー芯が折れていたヤツがいた」

 「……ッ!?」

 

 それは、月浦君が言うとおり、まさに決定的な証拠だ。夜から朝までの間に、部屋のドアが開けられた証拠。でも逆にそれは、狭山さんが閉じ込めていた人の部屋にしか設置されていなかった。つまり……狭山さんを殺害した犯人は、その中にいるってことになる。

 

 「ちょ、ちょっとお待ちください!それはおかしいのでは!?だって……!部屋に閉じ込められていた方々は、ご自分で脱出は不可能だったはずです!」

 「そうよ……だからこそあれは罰になった。月浦君。あなた、それは確かに死体発見アナウンスより前に確認したの?」

 「当然だ。はぐを起こすより前に確認した」

 「つ、月浦が……陽面よりも狭山の言いつけを優先したのか……!?」

 「バカか。あんなヤツの指示のために朝からはぐを連れ回すわけにいかないだろ。その分だけ早起きしてやってたんだ」

 「ブレないねホント……」

 

 答えを聞くよりも先に、そのシャー芯が持つ証拠能力を確認しておく。数秒後に月浦君が誰を指名するか、それ次第でこの裁判の行く末は大きく変わる。彼を、彼の証拠はどれくらい信じられるものなのか。それをはっきりとさせたい。私たちの運命は、簡単に折れてしまいそうなシャー芯の上に乗っている。

 

 「さて、質問は終わりか?なら教えてやろう。今朝シャー芯が折れていた……つまり、夜中にこっそり部屋の外に出ていたヤツを」

 「……!」

 

 シャー芯の容器を使って、月浦君が私たちを指す。ひとりひとりの顔色を窺うようにじっとりと。その先が最後に誰に向くのか、私たちは息を呑んでその行く末を見守った。とてつもなく長く感じる時間。心臓の鼓動が痛いくらい胸を叩く。早く終わって欲しい。終わって欲しくない。結論を出さないで欲しい。月浦君の指が止まってしまえば、それは受け入れなければならない。少なくとも、その人が夜中に部屋から出ていたことは確実だ。

 私は目をつむっていた。その瞬間を見たくなくて。その現実を待つのが辛すぎて。隣の宿楽さんが声を漏らした気がした。きっと、答えが出たんだ。私は……感じたことがないほど重いまぶたを、ようやく開いた。

 

 

 「狭山を殺したのは、お前じゃないのか?」

 

 

 今にも折れてしまいそうな細い指が、逞しい岩鈴さんをたじろがせた。たったそれだけの言葉で、彼女はひどく動揺していた。

 

 「なっ……!?に……!?」

 「今朝、部屋のシャー芯が折れていたのはお前だけだ。夜中に部屋を出て何をしていた」

 「ぐっ……!ううっ……!!」

 「い、岩鈴さん……?本当に……?」

 

 岩鈴さんは何も言わない。ただ、苦しそうな声を漏らすばかりだ。私は……よく分からなかった。岩鈴さんが、殺人?狭山さんを殺した?考えられない。だって、彼女は──彼女だから──いや、違う。あれは──あのときは……。

 

 「できるわけないだろ!」

 

 ぐるぐる回る私の思考は、突然の大声によって遮られた。声をあげたのはカルロス君だ。彼は……混乱していた。

 

 「ハナはココノに閉じ込められていたんだろ!?だったら部屋から出られるわけがないじゃないか!それに、ココノを殺したという証拠だってない!チグ!お前のその証拠を信じていいのか!?お前はココノと一緒にオレたちを裏切ったじゃないか!オレはお前を信じられない!」

 「そ、そうだよな……月浦しかその証拠は確認してねェんだろ?だったらデマカセでも分からねェじゃねェか」

 「信じる信じないの話じゃない。これは事実だ」

 「事実って言われても──!」

 「……あのっ!!」

 

 喉に引っかかっていた言葉が、勢いよく飛び出した。無理矢理吐き出そうとしたせいで思ったより大声になってしまって、みんなの議論を止めてしまう。私の言葉で、みんなの目は私に注がれる。言わなくちゃ。これは。でも──言ってしまったら──言わないと──どうしたら──……!

 

 「いっ……あのっ……!いわ──!」

 「岩鈴さんなら、部屋から出ることはできたはずだ」

 

 私の言葉の続きを、細く消え入りそうな声が掠め取った。目線より低い位置から聞こえたその声が、さらに私の言葉を盗んでいく。

 

 「岩鈴さん……きっと、ぼくのせいだね。ぼくが、余計なことをしたせいだ」

 「……ッ!!ぐうぅ……!」

 

 彼女は、否定も肯定もしない。うっかりすれば景色の中に溶けていきそうな、線の細い彼の儚げな謝罪に、苦しそうな顔をするばかりだった。

 

 「この建物に来た初日、益玉くんは彼の部屋で寝ていた。それを発見したのは、甲斐さんと、岩鈴さんと、ぼくだ」

 「ん?何の話ですか?」

 「まあ、聞いてよ。個室は、最初みんなもそうだったように内側からカギがかかっていた。だけど、ぼくたちはその扉を開けて、益玉くんを発見することができた。それは──」

 

 あのとき、私は見た。ドアと壁の隙間に、工具を差し込む岩鈴さんの姿を。

 

 「岩鈴さんが、むりやり扉を開けたからだ」

 「なにっ!?」

 

 本当なら、私が話すべきだ。私はもう、湖藤くんが言おうとしていることが分かっている。湖藤くんに言わせちゃいけない。それじゃ私は、彼に頼り切りだ。それなのに、言葉が出て来なくて、どうしても話せなくて、辛うじて体を支えている腕に力が入らなくて……。私は、何もできない。

 

 「前に岩鈴さんに教えてもらったよ。カギを外すのは技術が必要だけど、ドアを開けるだけなら簡単なんだ。隙間に差し金を挟み込んで、留め金を外せばいい。そうすれば、ドアノブを回さなくてもドアを開けることができる」

 「ということは、狹山(さやま)がドアに裝着(そうちゃく)していたあの器具は……岩鈴には初めから何ら意味のないものだったということか」

 「ううん。そうでもなかったよ。はじめに部屋に閉じ込められたとき、岩鈴さんはいきなり狭山さんに捕まって閉じ込められた。ドアを開けるための差し金を持っていなかったんだよ」

 「えっ……じゃ、じゃあ、どうやってドアを開けたの?」

 「それは──」

 「もう止めてくれよッ!!!」

 

 猛烈な衝撃波が裁判場を覆った。至近距離で花火が炸裂したような、強烈な空気の震動。それが岩鈴さんから発せられたものだと気付くのに、数秒かかった。

 

 「……差し金は、湖藤がロックを解除したときに持って来た……!食堂に行ったなんてのは、ウソだ。(アタシ)は…………さ、狭山を……殺しちまった……!」

 

 お腹の底から吐き出すように、ぼとぼとと言葉が落ちていくように、岩鈴さんは……自白した。そして、湖藤くんが私の言葉を奪った理由も、同時に分かった。

 狭山さんによって庵野君と岩鈴さんが閉じ込められた後、湖藤くんは部屋に閉じ込められた二人の部屋のロックを解除した。そのとき、岩鈴さんは部屋から出て差し金を取りに行った。そして、彼女は部屋に閉じ込められつつも、いつでも出られるようになった。そのせいで……狭山さんを殺害できる環境が出来上がってしまった。だからこれは、湖藤くんのせいなんだ。彼は、()()そう言いたいんだ。

 

 「あいつを……止めたかった……!(アタシ)は……殺すつもりなんてなかったんだよ……!」

 「……話してくれ、岩鈴。昨日の夜、お前と狭山の間に何が起きた」

 

 毛利さんが言った。誰よりも狭山さんと仲が良かった彼女は、深い悲しみも激しい怒りも見せず、ただ冷静に、岩鈴さんを見つめていた。毛利さんが心の中で何を思っているのかは分からない。けれど、今は岩鈴さんに全てを話してもらわなくちゃいけない。岩鈴さんは、全てを語らなくちゃいけない。そう感じた。

 いつもの気丈な態度がすっかりなくなった岩鈴さんは、少しずつ吐き出すように、語り始めた。

 


 

 俺(アタシ)は、あいつを殺すつもりなんてなかった……。ただ、こんなことを続けてたらいつか取り返しのつかないことになるって思ったから……狭山を説得したかったんだ。(アタシ)らはここを出て行かなくちゃいけない。こんなところで一生を過ごすなんてのは、ただ諦めてるだけだって。

 あいつが毎晩毛利の部屋で毛繕いを受けてるってのを前に聞いたから、深夜に部屋を抜け出せば捕まえられると思った。ドアのロックは……湖藤が言うとおり、差し金を使って外した。部屋を出て、廊下の角から狭山の部屋を見張ってた。毛利の部屋に行くことも考えたけど、2対1だとまた捕まっちまうと思った。

 

 「──ッ!」

 

 待ち始めてからしばらくして、狭山は来た。毛繕いをされてたから狐の姿のままで、うっかり見落としそうになっちまった。急いで声をかけて、(アタシ)はヤツに言ってやった。

 

 「おい狭山ッ!」

 「ぎょっ!?おっ?おおっ?これはこれは……岩鈴さん?これはどういうことでしょうね。あなたは部屋にいるべきなのですが……どうやって脱出を?もしやあなたも何か憑いておられる?」

 「あ?何の話だい」

 「いえ、なんでも。わざわざコンな夜更けにお部屋を抜け出して、拙僧に何の御用で?」

 「話がある。ちょいと付き合いな」

 

 部屋の外にいるはずがない(アタシ)と会っても、あいつは平然としていた。もしかしたら(アタシ)が部屋から出られることもお見通しだったのかも知れない、なんてビビっちまった。だから……もしものためにと思って持って来てたスパナを確かめたんだ。

 誰かに見られたらまずいと、狭山の方から地下への階段近くに誘ってきた。人目を避けるなら部屋に入るのが一番よかったんだけど、(アタシ)は相手の部屋に入ったら何があるか分からないって警戒してた。たぶん、あいつもそうだったんだ。その証拠に、あいつはすぐに人間の姿に戻った。いざというときに抵抗できるように。

 

 「お話というのは?拙僧はもう(コン)夜は寝るだけなので、手短にお願いしますよ」

 「あんたが作ったチーム──なんたら教会だったか?」

 「『狐々乃一心教会』です」

 「ずっとここで暮らすなんてバカなことは止めな。そんなのはただ逃げてるだけだ。それじゃこのコロシアイは解決しない。分かってんだろ?」

 「何を仰いますか。誰かがここから脱出したいと思うからこそ、コロシアイが発生するんです。いえ、それだけではありませんね。虎ノ森さんは益玉さんへの嫉妬、そして三沢さんの口を封じるためにコロシアイを起こしました。何がきっかけで人が人を殺すか分からない状態なのです。少しでもその危険を減らすためには、『狐々乃一心教会』は必要なのですよ」

 「(アタシ)は宗教の話は分からねえ。神を信じるタイプじゃねえからな」

 「拙僧たちが信じているのはお互いの絆ですよ」

 「それを理刈の前でも言えるのか?あいつはアンタのことを信じてたんだろ!なんで閉じ込めやがった!」

 「彼女は少々拙僧との考えに齟齬がありましたので。ひとり瞑想し思索する時間を与えたのです。皆さんは拙僧が理刈さんに罰を与えたと思っているようですが、言うなれば福利厚生です。まあ、皆さんの手前、罰であるかのように振る舞いはしましたが」

 「……やっぱり分からないよ。そこまでしてあんたの目的を達成したとして……コロシアイがなくなって一生ここで暮らせたとして……アンタはそれで満足なのかい!」

 

 まともな会話ができる相手じゃない、(アタシ)はそう思った。言葉は通じてるのに話にならない。たぶん、(アタシ)とあいつじゃ根本的な考え方が違う。同じ言葉を使ってるだけで同じ世界に生きてない。だからあいつを説得するために、(アタシ)は……不本意だけど、動機の話をした。

 あいつに閉じ込められてる間……(アタシ)はどうしても気になって、動機を見ちまった。内容は……だいたいあんたたちが思ってるとおりだよ。(アタシ)のビデオは、町工場のみんなが映ってた。あの不気味なモノクマ頭もいた。その後は……分かってるだろ。

 何が起きたかすら分からない。分かってるのは、(アタシ)がいないとあいつらはみんなダメになっちまうってことだけだ。(アタシ)は絶対にここを出なきゃいけなかった。だから、狭山に言ったんだ。

 

 「アンタにだっているんだろ!モノクマが動機に使ったような……外でアンタの帰りを待ってる誰かが!アンタが助けたい誰かが!こんなところで脱出を諦めたら、そいつらになんて言うつもりだよ!!」

 「なにも?」

 「……ああっ!?」

 「何も言いませんよ?というか、ここから出ずにどうやって言葉を交わすというのですか。拙僧は一休和尚ではありませんよ」

 「そ、そうじゃなくて、アンタの帰りを……!」

 「ああ。そもそもですね、拙僧の帰りを待つ人なんて、だあれもいませんよ。拙僧は天涯孤独の身。師匠や兄弟弟子らに恩こそあれど、返してしまえば泡の如く消える縁。その程度のものなんです」

 「は……?い、いや……!」

 「あなた方は血の繋がったご家族や、幼い頃から苦楽をともにしてきた友人や近所付き合いなどがあるでしょう。結構なことです。拙僧にはないものですから、それを想う気持ちも尊重しましょう。ただ共感はできません。そんなもの、拙僧にはありませんから。師匠は拙僧の“才能”が欲しいだけ、兄弟弟子は拙僧とワンチャンないか下心ばかり。みなしごの寄せ集めなんてそんなもんです」

 

 あいつが何を言ってるか……すぐには分からなかった。ただ、狭山が本心からそれを言ってるのだけは分かった。そんなこと、知らなかった。あいつが孤児だったなんて……家族や、仲間の温かさを知らないなんて……そんな気持ちがこれっぽっちもない人間が目の前にいることが、理解できなかった。

 

 「ですからみなさんが外に出たいと思うのは仕方ないことだとは思います。ですが拙僧が巻き込まれてしまうのなら話は別です。そもそもですね、ここから出られるのはクロだけなんですよ。岩鈴さんが出ようと思ったら、必然的に拙僧たちはお陀仏ですよ。どうして拙僧が、あなたのために命を捨てなければいけないのです?家族はそれほど大切なものですか?友はそれほどかけがえのないものですか?仲間はそれほど尊いものですか?懸けるならご自分の命だけになさい。そんなもののために拙僧は命を差し出せません」

 「そんな……もの……?」

 「そんなものでしょう。ああ、()えますよ。あなたの背後に。あなたが想う町工場の方々の姿が」

 

 それがはったりなのか、あるいは本当に見えてたかも知れない。そのとき(アタシ)は、本当にあいつらのことを考えてたからだ。

 

 「汚い、臭い、貧しい、品がない、見窄らしい、みっともない、おまけに拙僧には関係ない。あなたもよくこんな方々のために自分の命を擲とうとしますね。彼らがあなたに何をしてくれましたか?あなたは彼らから何を受け取ったんですか?何もないでしょう?あなたは与える側でしかなかった。今までも……これからもです。こんな方々と付き合ってもあなたのためにならないんですよ。必要なのは、あなたに与える人、あなたを幸せにする人です。それが誰か考えてご覧なさい。どう考えても町工場の汚い連中ではないでしょうに。あなたは人の幸せばかり考えているからいつまでも幸せになれないんですよ!ご自分の幸せを考えなさい!もっと自由に、本当に守るべきものために──」

 「うるせええええええっ!!!」

 

 (アタシ)は、気付いたらあいつに掴みかかってた。あいつの言葉が(アタシ)を破壊し尽くす前に、あいつの目が(アタシ)の心の底を見透かす前に、あいつの手が(アタシ)の胸に届く前に、止めさせなきゃいけないって、本能で感じた。

 

 「テメエに何が分かる!!(アタシ)がどんな気持ちであいつらのために仕事を回してやってると思ってる!!(アタシ)の人生の何を知った気でいやがんだチクショウが!!(アタシ)だって受け取る側だ!!(アタシ)は守られてんだ!!(アタシ)は幸せだ!!」

 「ほう……」

 

 狭山は、薄く笑って……言った。

 

 「醜いですねぇ。醜いほどの──後悔だ……!」

 「ッ!!!うわああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 気付いたとき、あいつは(アタシ)の前から消えていた。目の前にあった階段に血があったこと。(アタシ)が握ってたスパナに血がべったり付いてたこと。痺れるような痛みと苦しいほどの呼吸。(アタシ)は……直感的に理解した。狭山を殺しちまったことを……!

 

 岩鈴さんの話は、途切れ途切れで、苦しそうで、それでも情景がありありと浮かんでくるほど真に迫っていて……私は、頭が痛くなった。

 

 「そうか……あいつは、最後まであいつのままだったのか……」

 

 毛利さんが呟く。きっと毛利さんと狭山さんの間には、何か私たちの知らないやり取りがあったんだと思う。彼女が何を感じているのかは分からない。その目は涙で潤んだり、悲しそうに光を失ったりしているわけではなかった。それでもどこか、寂しそうな色をしていた。

 

 「岩鈴さん。今の話……それで終わり?」

 「ああ……(アタシ)はその後すぐ部屋に戻った。本当はすぐに誰かに言おうと思った……下手なウソ吐いたり誤魔化したり……そんなみっともないこと、したくなかった……!でも、(アタシ)は……死ぬわけには……!」

 「つまりきみは、狭山さんの遺体を確認してないんだね?」

 「……え?」

 

 強く念を押すような湖藤君の言い方で、岩鈴さんは顔をあげた。彼女らしくもない、泣きはらして真っ赤になった目を湖藤君に向ける。でも、その微かな希望はすぐに打ち砕かれた。

 

 「悪足掻きはやめなさい。僕は溶かす前に狭山さんの死亡を確認しましたし。死体発見アナウンスがある限り状況は覆りません。ありもしない希望を持たせることが彼女のためになりますか?どうせ投票で全ては決まるんです」

 「え……?え……?」

 

 岩鈴さんは、狭山さんの遺体を直接確認していない。それはつまり、狭山さんにトドメを刺したのが岩鈴さんだとは言い切れないということ。湖藤君はその可能性を指摘しようとした、んだと思う。ここから岩鈴さんが助かるには、それしか可能性は残されていないから。

 だけど尾田君の言うとおり、死体発見アナウンスのことを考えれば、尾田君と毛利さんと私で、3人の発見者は埋まっている。もうこれ以上、他の人が入る余地はない。

 

 「……ダメか。他に誰も狭山さんの遺体に触れてないなら……そうなのかもしれないね」

 「……?」

 「結論は出ましたか!?出たようですね!」

 「!」

 

 モノクマが楽しそうに叫ぶ。だけど私は、モノクマでも、岩鈴さんでもなく、湖藤君を見ていた。どうして?あなたが何かを言おうとしたんなら、きっと逆転のチャンスがあったんじゃないの?そこに何か意味を見出したから口を出したんじゃないの?あっさり引き下がって諦めるなんて、湖藤君らしくない。何を考えているの?

 

 「それではオマエラ!最も疑わしいと思われる人物に、お手元のスイッチで投票してください!必ず誰かに投票してくださいね!こんなツマラナイことで罰を受けたりしたくないでしょ?」

 「くっ……!ちくしょう……!あんな、ヤツのために……!なんでこんなこと……!」

 「コンちゃん……!」

 「……ふん」

 

 ボタンを押す皆の顔は様々だ。狭山さんを偲んで涙ながらにボタンを押す人。岩鈴さんに投票することに抵抗を感じて悔しい顔をする人。それら全てを受け入れ涼しい顔をしている人。

 狭山さんは、悲しい人だった。誰のことも信じようとせず、それでいて誰からも信じられようとしていた。コロシアイを嫌う気持ちは同じだったのに、やり方が違うせいでたくさんの人から反発を受けた。人との繋がりを利用していたのに、人との繋がりを信じられなかった。初めて会ったときから……もしかしたら生まれた時から、狭山さんはずっと……孤独だった。

 

 「はい!あとひとり!」

 

 モノクマがそう言って、私は自分がまだボタンを押していないことに気付いた。押したくない。だけど、押さないと私は…………。

 虎ノ森君のときだって、決して納得して押したわけじゃない。納得なんて一度もしてない。きっと……他のみんなもそうなんだ。私はパネルを押した。何も感じない。何も感じたくなかった。

 

学級裁判 閉廷




ゲーム的な演出を廃止してみました。
三作目ですが、未だにああいう演出はやった方が良いのかどうか分かりません。
小説なら小説なりにやりようがあると思うので、一旦やめてみます。
どうなんですかね。

あなたのお気に入りのキャラクターを教えてください

  • 益玉韻兎
  • 湖藤厘
  • 宿楽風海
  • 虎ノ森遼
  • 甲斐奉
  • 谷倉美加登
  • 岩鈴華
  • 菊島太石
  • 毛利万梨香
  • 芭串ロイ
  • 庵野宣道
  • カルロス・マルティン・フェルナンド
  • 三沢露子
  • 狭山狐々乃
  • 長島萌
  • 月浦ちぐ
  • 陽面はぐ
  • 理刈法子
  • 王村伊蔵
  • 尾田劉平
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