ダンガンロンパメサイア   作:じゃん@論破

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おしおき編

 

 「うぷぷぷぷ!!あっひゃひゃひゃひゃ!!」

 

 モノクマの高笑いが、ファンファーレの隙間を縫って私たちの耳に届く。紙吹雪とレーザー光が、閉ざされた裁判場を埋め尽くして私たちの目を眩ませる。最悪な気分だ。私たちはまた生き残った。新しい犠牲者を出しながら──私たちの仲間を切り捨てながら。

 

 「だいせいかーーーい!!“超高校級のシャーマン”狭山狐々乃サンをぶん殴って殺した犯人は!!“超高校級の職人”岩鈴華サンだったのでしたァーーー!!ちなみに狭山サンの死体を溶かした犯人は尾田クンで合ってるよ!!シロのみんな!おめでとう!大勝利ィーーー!!」

 

 こんなに不愉快な喝采はない。皮肉ですらない。ただの事実だ。私たちは全ての真相を暴いた。初めから真相を知っていた人。クロではなくても事件を複雑化させた人。何も分からなくても真実を導き出した人。衝動に突き動かされて狭山さんを殺してしまった人。ここにいる誰ひとり、勝者なんかじゃなかった。

 

 「……ちくしょう!なんなんだよ!なんでこんなことになっちまったんだよ!」

 

 芭串君が証言台を殴る。

 

 「ううっ……!あああっ……うあっ……!」

 

 陽面さんが顔をぐしゃぐしゃにして泣く。

 

 「……」

 

 庵野君が沈痛な面持ちで、ただ手を組んで祈る。

 

 「なぜ……」

 

 毛利さんが、口を開いた。

 

 「なぜヤツを止めようとした?お前にどうにかできる相手だと思ったのか、岩鈴」

 

 それは岩鈴さんを責めているわけではなかった。岩鈴さんは言葉が上手な人じゃない。狭山さんの暴走を止められる算段があったとも思えない。どうして岩鈴さんは、危険を冒してまで狭山さんを止めようとしたのか。そんなシンプルな疑問だ。

 

 「……なんで、だろうねえ。あの……動機のビデオを見てから……ろくにものが考えられなくなっちまった……!もしかしたら……焦ってた、んだと、思う。早くここを出ないとって……。あいつらの、ために……!」

 「そう思わせるための動機ビデオです。冷静に受け止める余裕もないのに、よく観る気になりましたね」

 「……ああ。そうだな。結果(アタシ)は……狭山の言葉にブチギレて、殺しちまった……最悪だ。こんなことしてもし出られても、あいつらに会わせる顔なんてありゃしないのに……」

 「……」

 

 人が死んでるわけじゃない。誰かが傷ついてるわけでもない。ただ不気味なモノクママスクたちと、なぜか悲しんでいる人たち。ただそれだけの動画なのに、私たちの心はひどく掻き毟られるように痛む。あれは一体なんなんだろう。外の世界で何が起きてるんだろう。一刻も早くそれを確かめたくて気が気でなくなる。落ち着いて考える余裕がなくなる。

 岩鈴さんは、そんなモノクマの策略にハマってしまったんだ。狭山さんの言葉で我を失ってしまうほど、冷静でいられなくなったんだ。もしもっと冷静になれていたら、こんな事件は起こらなかったかも知れないのに。

 

 「甲斐さん、ちょっと……」

 「?」

 

 湖藤君が私の袖を引いた。どうやら私に椅子を押して欲しいらしい。どういうつもりなのかと思ったら、そのまま岩鈴さんのもとに近付いた。

 

 「岩鈴さん」

 「……え。ちょ、ちょっと……!」

 「こ、湖藤君!」

 

 いきなり近付いてきた湖藤君に、岩鈴さんは小さく驚く。そして湖藤君は、転げるように椅子から降りた。思いがけない行動に私は抱え起こそうとするけど、湖藤君はそのまま地面に伏したまま──

 

 「本当に、申し訳ない。ぼくのせいだ」

 

 ──謝罪した。それが何についての謝罪なのか、私は分からなかった。

 

 「ぼくが部屋のロックを開けたから。きみに部屋を出る手段を与えてしまった。きみがコロシアイを起こせる環境を、ぼくが作ってしまった。余計なことをした。あれはただ、狭山さんのグループの統率力を確かめるだけのつもりだった。もっと他の方法があったはずなのに……ぼくが軽率だった」

 「……くっ……!ううっ……!」

 

 床に手を付いた湖藤君は、一切顔を上げずに言い切った。でも、岩鈴さんは何も言わない。ただ声を漏らすだけだ。

 そんな謝罪に何の意味があるのか。もう岩鈴さんの運命は決まってしまった。誰がきっかけを作ったのか、誰が悪いのか、誰のせいなのか。そんなことを今更いくら論じても意味はないんだ。それでも……岩鈴さんは、湖藤君を責めたりしなかった。余計なことをしたせいだとは言わなかった。その代わり、彼を許す言葉も口にはしなかった。

 

 「やれやれ。湖藤クンは真面目だなあ。そんなの言わなきゃ誰も覚えてないってのに。そもそも殺せる環境が整ってたからって殺すかどうかはその人次第でしょ!殺人犯を乗せたタクシーには何の罪もないんだよ!」

 

 そんな分かり切ったことを、モノクマは敢えて言う。湖藤君の謝罪と岩鈴さんの沈黙、その両方を嘲る行為だ。だけどそんなモノクマの高笑いより、私は目の前の二人の方に意識を集中させていた。

 

 「さてと。別に岩鈴サンも言いたいことは特にないみたいだし、お楽しみの時間をさっさと始めちゃいましょうか!」

 「うっ……!い、いや……待って……!待ってくれ!(アタシ)は……!」

 「待ちません!事件の全容も語った!外で待つ人たちへの想いも語った!これ以上オマエに何が残ってるっていうのさ?もう絶望しかないんだよ!そんなヤツはとっとといなくなれ!それがこのセカイのルールなんだ!」

 「ううっ……あっ……あああああああああああッ!!!」

 

 こんなとき、私は何か声をかけてあげるべきなんだろうか。何を言っても寒々しいばかりだ。手を握ってあげるべきなんだろうか。すぐに引き離されてしまうというのに。モノクマに抗議するべきなんだろうか。無意味と分かり切っている抵抗が何を救ってくれるのだろうか。

 誰よりも強かった岩鈴さんが、誰よりも弱々しく泣き叫ぶ。物を散らし、床に転げ、声にならない声をあげる。人は、こんなにも脆い。理不尽な死を前にして、正気でいられる人なんていない。私たちだってそうだ。岩鈴さんをこんな風にしたのは、私たちの投票だ。その責任を感じているからこそ……私は、彼女から目を離さなかった。

 

 「ハイッ!今回は!“超高校級の職人”岩鈴華サンのために!スペシャルな!おしおきを!用意しました!」

 

 せり上がってくる真っ赤なボタン。振り上げられたおもちゃのハンマー。裁判場に響く悲痛な声。ありとあらゆるものが、全ての感覚をもって私を苛む。

 耳を塞いでしまいたい。目を閉じ、うずくまって、この現実から逃げ出したい。今まさに人が死に行くこの瞬間を感じたくない。警告を鳴らす脳は、けれども私の体を動かすことはできない。それに従ってしまったらきっと……私は、私でいられなくなる。

 

 「それではオマエラ!張り切っていきましょう!おしおきターーーイムッ!!」

 

 軽薄な押下音は、岩鈴さんの叫びに掻き消された。その音が聞こえなくても、裁判場は処刑を始めるために動き出す。壁が開き、無数のアームが延びて岩鈴さんを捕らえた。そのまま彼女は一切抵抗することなく──抵抗さえも封じられて──壁の向こうに消えてしまった。

 


 

【GAME OVER】

イワスズさんがクロにきまりました。

おしおきをかいしします。

 

 

 暗闇。自分が目を開けているのか、それとも閉じているのか。それさえも分からない。ただ冷たい金属に体を拘束される感触だけが、今の岩鈴にはあった。機械的な平面は骨と筋肉の凹凸に沿わず、ただそこに触れているだけで負荷が掛かる。やがて薄く心許ない明かりが灯る。少しずつ、目の前の世界が色づき始めた。岩鈴はようやく、自分がどこにいるのかを理解した。

 処刑場と呼ぶには、あまりに物が多い。岩鈴が座らされているのは、剥き出しの金属で作られた一点物の椅子だ。艶やかな表面に自分の顔が写り、緊張して熱を帯びた体にひんやりした金属の温度は心地良い。ふと、何かが軋む音がして頭上に目を向けた。はるか遠く、10階以上の高さはあるだろうか。それでも分かった。

 それは鉄骨だ。太く、大きく、重く、今にも落ちてきそうに揺れている。落下すれば間違いなく、岩鈴の真上に降ってくるだろう。

 

 「……?」

 

 突然、処刑場にファンファーレが鳴り響く。喝采が降り注ぐ中、現れたのはモノクマだった。大きく手を振り、誇らしげに会場に足を踏み入れる。そして、岩鈴の前に並んだ無数のからくりたちを眺めて、満足そうに頷いた。そのからくりたちの並びを俯瞰したとき、モノクマは一層愉快そうだった。

 

 

打毀(うちこわ)スイッチ

“超高校級の職人 岩鈴華”処刑執行 ]

 

 

 始まりのドミノを、モノクマ蹴飛ばす。カタカタと音を立てて倒れていくドミノは、一直線に最初のからくりへと進んでいった。ドミノが倒れたことで金属球がレールを転がり始め、ラックに施されたいくつものからくりがカタカタと音を立てて動き出す。

 金属球が転がり突き当たりにぶつかる。押し出された人形が落ち、首にかかった紐が次の金属球を開放する。その金属球はさらに別の突き当たりにぶつかり、また押し出された人形が次の金属球を開放する。仕掛けは徐々に上に、首を吊られた人形を増やしながら登っていく。その背景には、廃れた町工場の映像が映し出されていた。まるでからくりがそのまま現実化したように、作業着を着た人間がいくつも天井からぶら下がっている。

 

 「あっ……!!あああああああああっ!!!や、やめろ……!!やめ、て……!!」

 

 救えなかった。岩鈴は、あの家を救えなかった。忘れようとしていた。誰も口にはしなかった。それでも、岩鈴の目は覚えている。目の前で消えていく命の姿を。

 ラックの頂上から次のラックへ渡された紐を、自転車に乗った人形が渡る。紐は後ろから燃え上がり、たちまち自転車は炎に包まれた。燃え盛り、焼け焦げ、崩れ落ちながらも、自転車は次のラックへからがらたどり着き、燃え尽きた。背後には空まで真っ赤に染める業火が、ひとつの倉庫を包み込んでいた。

 

 「うううっ……!!ううぐううううっ!!!」

 

 ビー玉が次々に射出されていく。それらを受け止めたカップが重みで下がり、反対に持ち上げられたパイプが無数の人形を突き落とす。地面に落ちてぐしゃぐしゃになった人形たちの上を、巨大なボールがそれらを踏みつぶしながら転がっていった。まるで雨のように降り注ぐ人の姿。大人も、子どもも、男も、女も、まるで鳥のようにビルの上から飛び立つ。

 記憶が蹂躙されていく。精神を嬲られていく。岩鈴の守れなかったものたちが、モノクマによって再び破壊されていく。その罪を背負っていく覚悟はできていたはずなのに、それを目の前で見せつけられることに、岩鈴は耐えられなかった。

 

 「もう……!!やめて……!!」

 

 回転した斧が次の斧の端を弾く。弾かれた斧も回転し次の斧を弾く。少しずつ、少しずつ力が上へと伝わっていく。天井の梁に取り付けられた仕掛けが動き出し、ビー玉がコロコロと転がる。レールの上に置かれたピンを弾き、まず岩鈴の背後にある仕掛けを起動させた。

 

 「ッ!!?」

 

 岩鈴の髪が引かれた。強い力で頭が引かれ顎が上がる。視線は真上を向いた。その先には揺れる鉄骨。それに近付いていくガラス玉。ガラス玉はレールを転がる。たどり着く。ほんの少し、力が加わって、鉄骨は支えを失っ───

 

 「──ッ!!」

 

 ぐしゃ。

 

 

 

 

 

 声さえ上がらない一瞬のうちに。鉄骨が突き刺さった。真っ直ぐ。真っ直ぐ。岩鈴の顎から胴体すべてを潰すように。岩鈴だったものから鮮血が漏れ、噴き出た。握りしめた拳はいつの間にか白んでいた。

 自重で肉が剥がれていく。骨の破片が割れる音がする。ぐらり、と揺れて、岩鈴のあごから上が後ろに落ちた。それはちっぽけなドミノを押して、ほんの少し先にあるからくりを動かした。

 

 ぽん、と安っぽい音がしてくす玉が割れる。『おしおき完了』の文字と紙吹雪。モノクマがその横で得意気にピースサインをしていた。

 


 

 目を離す隙も無かった。何もかもが一瞬のうちに行われた。岩鈴さんが殺された瞬間すら、後から思い返して気付いた。私たちには分からないほどの苦痛があったと思う。私たちでは共感できないほどの恐怖があったと思う。なのに私は……ただ呆然と見ていることしかできなかった。

 

 「イェーーーイッ!!!だいせいこーーーーっ!!!みんなが好きなンダコラスイッチっぽくまとめてみました!面白かったでしょ?でしょでしょ?」

 「ううぅ……い、岩鈴さん……!」

 「……くっ」

 

 裁判場にはモノクマの声だけが響く。人が、仲間が殺されるのを前にして何も言うことができない。私たちは弱い。すぐ近くでコロシアイが起きるのを二度も防げなかった。全てモノクマの思い通りだ。

 

 「戻りのエレベーターを動かしてください」

 

 そんな中、唯一尾田君だけは、いつもと同じ調子でモノクマに言った。さっさとエレベーターの方に歩いていって、急かすようにシャッターを蹴って音を出す。

 もう彼に期待するのは止める。彼は無意味に狭山さんの遺体を溶かして裁判を混乱させた。態度や口が悪いのはまだ我慢できても、興味本位で人の尊厳を無視するようなことは絶対に許せない。そう思って私がきつく睨んでも、彼は気付かない。

 

 「まあ待ちなって。戻る前にオマエラに二つ言っておくことがあるからさ」

 「ふ、ふたつ……?なんでしょうか……?」

 

 これ以上まだ何かあるのか。私たちの精神は限界だ。今はただゆっくり休みたい。また2人……いや、3人も仲間を喪ってしまった。

 

 「ひとつ!オマエラは二度もコロシアイと学級裁判を乗り越えた優秀な希望のタマゴたちです!そんなオマエラに敬意を表し、明日からオマエラには、この学園の“本当の姿”を見せてあげます!それを楽しみにしていてよ!」

 「“本当の姿”……?な、なんだそりゃ……?」

 「どうせまた新しいエリアの開放って話だろ。もってまわった言い方してるだけだ。くだらない」

 「うぷぷのぷ♫絶対に驚かせてあげるから、覚悟しておいてよね」

 「……それで、ふたつめは?」

 「はい!“本当の姿”を見せるには、自分の姿を偽っている偽物は炙り出されなければなりません!正しい場所に行けるのは正しい者のみなのです!」

 「は?」

 「というわけで……出て来い!新しいオトモダチ!」

 

 モノクマが指を鳴らした。同時に、頭上で何か音がした。箱が開くような──。

 

 「うわああああああああああっ!!!」

 「っ!?」

 

 私たちの目の前に、それは落ちてきた。ずんぐりした体型に短い手足。体の左右でくっきり別れた白と黒の体色。玉座に座るモノクマとそっくりな、その姿。ただひとつ違うのは、顔に大きなバツ印がつけられていることだった。

 

 「ハイッ!今日からボクのアシスタントとして、オマエラのコロシアイ生活をサポートしてくれるダメクマです!ご挨拶!」

 「ううっ……!」

 「ふ、ふざけてんのかよ……!モノクマじゃねえか……!」

 「違うクマ!ボクはこんなポンコツじゃないクマ!それが分かりやすいように印を付けたんだから、ちゃんとダメクマって呼んであげないとダメクマーッ!!」

 「あっ……もしかしてあのときの……!?」

 

 事件が起きる前、理刈さんが狭山さんに閉じ込められる直前、モノクマは彼女を止めようと立ちはだかった。だけどそれはあっさりいなされて、代わりに新しく現れたモノクマが前にいたモノクマを連れ去っていった。あのときはモノクマがふざけてるだけだと思ったけど、もしかして、あのときのモノクマがこのダメクマだったりするのかな。

 

 「言っておくことはそれだけか?なら、もう興味はないから(かえ)らせてもらう」

 

 ひとり、またひとりとエレベーターの方に向かって行く。モノクマが敢えて無数にあるストックの中の一体をダメクマとして独立させた意味は分からないけど、扱いを見る限りモノクマより立場が弱いことは明らかだ。今すぐ脅威になるわけでもなさそうだし、疲れ切ったいまの私たちにその存在はただ煩いだけだ。

 

 「ありゃりゃ。全然気を引けないや。本当にオマエはダメなクマだねっ!このっ!」

 「あひぃん!やめてぇ!」

 

 まだふざけ続けるモノクマとダメクマを無視して、私たちはエレベーターに乗り込んだ。全員が乗ったことを確認したら、エレベーターは扉を閉じて上昇を始める。地上に待っているのは……昨日までより少し寒い日常だ。

 


 

 学級裁判の後は、朝も夜もなく全員疲弊しきって部屋にこもるので、あまり目立つ行動はできない。部屋の外の監視カメラに写るのが自分だけでは、監視の目が厳しくなったのと同義だ。だから今は、部屋でゆっくりしているべきだと……。

 

 「ねえ尾田くん」

 

 思ったのに、こいつはまた僕に話しかけてくる。目立つから止めろと言いたい。

 

 「……なんですか湖藤クン」

 「うわ、嫌そう」

 「嫌ですよ。あなたは軽々に意味深な言葉を吐くので」

 「そっか。じゃあ遠回しは止めて単刀直入に聞こうかな」

 

 いつも後ろにいる甲斐サンも、今はいない。人一倍感受性が豊かなせいで学級裁判に耐えられるようにできていないんでしょう。そのタイミングを見計らって僕に接触するこいつも、腹の底で何を考えているか分かったものじゃない。嫌でも警戒心で疲れる。

 

 「狭山さんを溶かした甲斐はあった?」

 

眉一つ動かさず、目を一切揺らがすことなく、彼は言った。線の細いこの車椅子の少年が、一蹴りすれば無力化してしまえるほどか弱いはずのこいつが、なぜだかひどく強かな存在に思えて仕方がない。気に入らない。なぜ僕に構う。なぜしつこく僕に絡む。

 

 「意味が分かりませんが」

 「尾田君、覚えてないの?ぼくにウソは通じないんだよ」

 

 その表情は朗らかなのに、目が全く笑っていない。まるで全てを吸い込んで潰してしまうように、底知れない深みをその奥に映している。

 

 「……甲斐はありませんでしたよ。結局、学級裁判は起きましたから」

 「う〜ん、そうくるか。()()()()が混ざるとさすがに厳しいな。ならぼくが譲歩しよう」

 「なんなんですかいったい」

 

 さっき裁判場で岩鈴サンに土下座していたのと同じ人物とは思えない。飄々とした態度も、いい知れない闇を纏う雰囲気も、狭山サンの遺体を損壊したことに対する考え方も。

 

 「モノカラーを回収するためでしょ?狭山さんを溶かしたの」

 「…………ほんっとに気持ち悪いですね。あなた」

 「素直じゃないなあ。ぼくはチャンスを逃さずものにしたきみがちょっと羨ましいだけなのに」

 

 昨日の夜、僕が狭山サンの死体を見つけたのは、本当に偶然だった。次にコロシアイが起きるときのために、薬品庫にあるものは把握しておかなければならないと思ったから夜中のうちに調べていた。そこへ、彼女が落ちてきた。誰が殺したのかは分からないが、死体が目の前にあった。薬品庫にはあらゆるものを溶かす薬品……これほどのチャンスはない。迷いはなかった。

 だが、なぜこいつはそれを知っている?なぜ見ていたかのように話せる?どういうつもりなんだ?

 

 「ぼくはチャンスの女神の前髪に手が届かないからね」

 「それを敢えてぼくに言う意味はなんですか?モノクマに告げ口でもするつもりですか?」

 「まさか。ぼくは尾田君と敵対するつもりはないよ。むしろ今、きみとは手を取り合う方が良い。あらゆる意味でね」

 「……また彼女のことですか?」

 「よかった。前に話したこと忘れてなかったんだ」

 

 常に人の一歩先を行くような、余裕ぶった態度。それが気に食わない。別にこんな人の優位に立ったところで何も気分よくなったりはしませんが、見透かしたような顔をされるのが不愉快だ。ただの古物商がどうして僕にこうも付きまとうんだ。それも人目を忍んで。そんなことをされたら、意味を感じざるを得ないじゃないか。

 

 「それもあるけど、いちおう言っておこうと思ってね。きみを見てる人もいるってことを」

 「もう勘弁してくださいよ」

 「大丈夫、ぼくはきみの味方だから。今回はきみの意図を汲んで口を閉じるけど……火遊びもほどほどに、ね」

 

 いったいどういうつもりなのか。それだけ言って彼は自分の部屋に戻って行った。モノクマにはバレていないかも知れないが、アレにバレている方がよっぽど居心地が悪い。ポケットに忍ばせた狭山サンのモノカラーの冷たい感触が、彼の不敵な笑みを思い起こさせる。まったく、厄介なのに目を付けられてしまったものだ。

 

 「……」

 

 どうにか排除できないものか。自然とそんなことを考え始めている自分に気付いて頭を振った。それは悪手中の悪手だ。冷静になれ。邪魔者がいるなら、排除するより利用するのが賢いやり方だ。ひとまず今は眠ろう。僕はモノカラーを隠し持ったまま部屋に戻った。




これにて2章もおしまいです。今年は2章を終わらせることを目標にしていたので、取りあえず目標達成です。
来年の同じ時期には5章の事件発生編くらいですかね。来年中に5章を終わらせたいかな〜

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