ダンガンロンパメサイア   作:じゃん@論破

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第三章 舟に潜んだ山羊の罠
(非)日常編1


 

 「最悪だ。また二人死んだ」

 「三人じゃなくてよかったです」

 「死んでんだろ。累計で」

 「だからこれ以上ガキ共がくたばらないように俺が最善を尽くしているんじゃないですか。黙っててください」

 

 青宮が苛立ちを隠さずに言う。キーボードを叩く指に自然と力がこもって打鍵音が大きくなった。その苛立ちの原因である赤郷もまた、苛立ちを隠さず近くの壁に足を突く。

 

 「そこで壁とにらめっこしててもクソの役にも立たないんですから、ちょっとは俺たちの仕事を手伝ったらどうなんですか」

 「ダメだ。俺はハサミより複雑な構造のもんは扱えねえ」

 「銃も手榴弾も戦闘機も扱えるでしょうに。腐れ脳筋はこれだから使えないんだ」

 

 罵りあっていても状況は一切好転しない。むしろ時間が経つほどに悪化していく。コロシアイの開始は止められず、実際に二度も殺人が起きてしまった。犠牲者は増える一方である。コロシアイ阻止から中断に目的を切り替え、青宮たちは工作を行っている。しかしそれも一切功を奏していないのが現状だ。

 

 「んっ……?」

 

 そんな中、青宮が気付く。この一分一秒が惜しいときに、より時間を奪われそうな不吉な音。それが何を意味しているか、正体が何か、その先に何が起きるか、全てを理解している。部屋に響き渡るほど大きな舌打ちをして、青宮は振り向きもせず背後に向けて言う。

 

 「おい。喜んでくださいファッキン戦闘狂(バーサーカー)。仕事です」

 「あん?」

 「うるせえし汚えし暑苦しいと良いとこ無しのバカ郷君に熱いお誘いですよ。ハサミでも持って会いに行ってあげなさい」

 「ほう。そりゃうれしいねえ。じゃあちょっと行ってくらあ。その間にこっちはなんとかしとけよアホ宮」

 「当たり前です。さっさと行ってください」

 「あいよ」

 

 青宮の言葉で赤郷が目の色を変えた。気が抜けて退屈そうにしていた目に炎が宿る。“超高校級の尖兵”として学生時代から戦闘の中に己の場所を見出してきた赤郷は、まさに戦闘の中にしか己の生き甲斐を見つけられずにいた。心臓まで響く発砲の衝撃、肌で感じる巨大な高熱の空気、震われる刃の煌めき、弾ける汗と血、気を抜けば瞬く間に消えていく命たち……それらが渦巻く戦場こそが、赤郷の生きる場所だった。それがいま、すぐ近くに広がろうとしている。

 赤郷はすぐさま自分の装備を取りに部屋を飛び出す。ようやくうるさくて暑苦しいのがいなくなったと、青宮は一息吐く。次に部屋の入口から顔を出すのは、顔を土と血と煤で汚した赤郷か。あるいはそれを踏み潰してきた敵兵か。どちらでも構わない。それまでに自分の仕事さえ終われば、今さら自分の命ひとつになど執着しない。

 ここにいる全員が、そう考えていた。

 


 

 今は朝かな。それとも昼かな。もしかしたら夜かも知れない。そもそも私は生きてるのか。どうしてまだ生きてるんだろう。いっそ自分でも気が付かないほど楽に死んでしまいたい。ここからいなくなってしまいたい。そんな考えが頭の片隅に浮かぶ。

 目を閉じれば繰り返される死の瞬間。激しい炎に包まれて炭と化した虎ノ森君。鉄骨に貫かれて両脚以外の全てを失った岩鈴さん。直接見てもいないのに、益玉君と三沢さんと狭山さんの死んだ瞬間さえも夢に見る。彼らがこの上ない恐怖と絶望の中へ消えて行ってる間、私は今みたいに眠っていたんだ。もしかしたらそのとき、不謹慎にも幸せな夢を見ていたかも知れない。それさえ覚えていない。そんなことになるなんて思ってなかったから。

 

 「……最悪だ」

 

 もうどれくらいこうしてベッドの中でゴロゴロしてるんだろう。朝寝坊すると部屋のドアを激しく叩いて起こしに来る岩鈴さんはもういない。朝食の場で人のおかずをつまみ食いしていた狭山さんももういない。谷倉さんの手伝いをしてくれていた三沢さんも、一人静かにご飯を食べる姿も絵になっていた虎ノ森君も、周りの様子を伺いつつおいしいご飯をおいしいと素直に言える益玉君も、もう誰もいない。

 誰も────いないんだ────。

 

 「……」

 

 目が覚めてしまえば、横になっているだけの状態はひどく退屈に思えて、体が勝手に起き上がろうと寝返りを打つ。ベッドの縁に腰掛ける形で、私は上体を起こした。髪がボサボサでパジャマも乱れている。目やにが瞼に突き刺さるし、口の中はべたべたで気持ち悪い。トイレにも行きたい。

 あんな光景を見てしまったせいだろうか。こんなことで私は命を感じている。みんなが生きたくても生きられなかった時間を無駄に過ごして、みんなが奪われてしまった生きるということを無為に浪費している。いっそ私の命を、代わりに彼らに譲れたらいいのに。そうしたら……少なくともひとりだけは救える。

 

 「ふわあ……」

 

 体に染み込んだルーティンのとおり、私は身支度を整えて今日も湖藤君の部屋に迎えに行く。体が不自由な彼には、私の助けが必要だ。無心で準備をしている間に、寝起きに感じていたマイナス思考はどこかへ消えてしまっていた。我ながら単純だと思う。

 部屋を出て、湖藤君の部屋の前に行く。スライド式のドアの足下に引かれていた黒い線は、きれいさっぱり消されていた。学級裁判が終わった後、モノクマは事件の痕跡を完全に消してしまう。まるで私たちには、死んでいった彼らを悼むことすら許さないかのように。そのやるせなさを押し殺して、私はドアを叩く。

 

 「湖藤君?起きてる?」

 「は〜い。いま開けるね」

 

 いつもと同じ、明るくて能天気な声がした。人が死んだことがウソだったかのような声。そしてドアが開かれる。あどけない笑顔の彼が、そこにいた。

 

 「おはよう、甲斐さん」

 「おはよう、湖藤君」

 「元気ないね。無理してない?」

 「無理でもしないとやってけないよ……こんなところじゃ」

 「そうかもね。だけど、今は体力を温存しておくべきだ。何かが起きるんだからね」

 「え?」

 

 湖藤君は、まるで当たり前のことみたいに言った。何かが起きると、確信している。

 

 「裁判の終わりにモノクマが言ってたでしょ。この学園の本当の姿を開放するって。新しいエリアのことだとは思うけど……前回よりも大袈裟な言い方をしてたから、少し違うのかなって思って」

 「はあ……湖藤君はすごいね。私なんて、そんな話すっかり忘れてたよ」

 

 正直、湖藤君から聞いた今も全然思い出せない。学級裁判の後、いや、裁判の途中からの記憶が朧気だ。曖昧で不確かで靄がかかったような記憶の中で、狭山さんの変わり果てた姿と岩鈴さんの凄惨な処刑の場面だけが生々しく鮮明に思い起こされる。

 

 「何かしてくるなら全員が揃ったときだ。昨日の裁判は午前中に行われて、みんなそのまま部屋に戻っちゃったから、きっともうお腹がペコペコで起きてくるころだよ。食堂に行ってみよう」

 「……湖藤君は──

 

  ──どうしてそんなにいつも通り振る舞えるの?」

 

 そんなつもりはなかったのに。あまりにも普段通り過ぎる湖藤君の姿に、私はつい口が滑った。単純に疑問に思っただけだ。人が人を殺した事実に直面していて、人が目の前で処刑されたところを目撃して、二度も仲間に裏切られた経験を過ぎて、どうしてまともでいられるのか。私はこんなに消耗してるのに、湖藤君は狭山さんに監禁までされてるのに、少しも弱った様子がない。

 

 「変かな」

 「……変だよ」

 「……」

 

 それきり、湖藤君は黙ってしまった。怒ってるわけでも、落ち込んでるわけでもない。何かを考えている沈黙だった。すぐに謝れればよかったのに、私もなぜかそれ以上口を開くことが憚られて、それでも彼の車椅子はきちんと押してあげて、食堂へ向かった。

 


 

 一日おいて訪れた食堂は、いつも通りの姿だった。早起きだったり集合時間を守る真面目な人たちはもう集合していて、谷倉さんがみんなの分の朝ご飯を用意していた。集合してはいるものの、みんなの顔は暗かった。特に理刈さんの顔はひどい。目の下に大きなくまを作っていて、小刻みに震えている。きっと一睡もできなかったんだろう。宿楽さんもカルロス君も、理刈さんほどでないにしろかなり体力を消耗した様子の人たちばかりだ。

 そんな早起き組とは打って変わって、寝坊組の顔色はそれほど変化がない。こんな状況で熟睡できる図太い神経の持ち主だ。もう5人も人がいなくなってしまったというのに、菊島君や尾田君は平然としている。無理していつも通りを装っている谷倉さんのぎこちない笑顔が余計に際立つ。

 

 「全員揃ったみたいだねー!」

 

 15人。最初にここにいた人数から明らかに減っていることが分かるくらいには、人と人との間隔が広がった気がする。きっとそれは、人が減ったせいだけじゃない。

 すきま風の吹く食堂に、能天気すぎる声を轟かせて現れたのは、普通のモノクマだった。昨日の裁判の後に現れた、おでこに×マークが描かれた方じゃない。私たちを嘲笑うかのようなハイテンションも今更だ。

 

 「何の用?」

 

 余計なことを言ってつっかかればモノクマが喜んで無駄話を始める。こういうのは手短に用件を済ませるように促してあげるのが一番だ。私がなるべく冷たく聞こえるように言い放つと、モノクマは手を叩いて喜びながら私たちの顔をひとつひとつじっくり眺める。

 

 「うぷぷぷぷ!まったくオマエラ、せっかく学級裁判を生き残ったっていうのに暗い顔しちゃってさ!そんなんじゃ死んでいったみんなに悪いよ!先の短い人生だとしても、死んでいったみんなが生きられなかった今日という日を精一杯謳歌するのがオマエラが背負うべき責任なんじゃないかな!?」

 

 どっちにしろ無駄話はするみたいだ。それに、こいつにだけはそんなことを言われたくない。みんなの命を奪ったのはモノクマだ。虎ノ森君と岩鈴さんを直接殺したのはこいつだし、他のみんなだって、モノクマがコロシアイなんてことを始めなければ死なずに済んだ。全部こいつが悪いんだ。

 

 「こちらは用件を伺っているのです。無意味に交わす言葉など持ち合わせていません」

 「お〜こわ!庵野クンたら、最近あんまり出番がないからちょっと張り切っちゃってる?空回りしないように気を付けてよね!」

 「ぐっ……」

 「あ……図星だったんだ……」

 「生きてることに責任なんてないネ。死んだ人は死んだ人、生きてる人は生きてる人、その違いに意味なんてないヨ」

 「ド、ドライだな……」

 「新しいエリアの開放でしょう。さっさと済ませてください」

 「あれ?なんだ、もうネタバレしてる感じ?ちぇっ、誰だよリークしたやつ。白けるわ〜」

 「昨日自分で言っていただろ。忘れたのか?」

 

 わざとなのかそうじゃないのか、モノクマはすっとぼけたことを言う。新しいエリアの開放。前回の学級裁判の後は地下室の新しい施設と2階が開放された。結果的にそれは、学級裁判を混乱させる尾田君の暗躍を招いた。直接コロシアイには関わっていないけど、新しいエリアの開放が私たちにとって必ずしも良いことではないというのは、身に染みて分かっていた。

 

 「ああ……そうだっけ。そっかそっか。ボクとしたことがうっかりてっきり!それじゃあ改めて……」

 

 モノクマがその場でくるりと一回転した。

 

 「オマエラ!おはようございます!二度も学級裁判を乗り越えた誉れ高きオマエラには、ボクからとびきりのプレゼント!すなわちこの学園の本当の姿を見せてあげちゃいます!」

 「昨日も聞いたって」

 「そんなわけでオマエラ!今すぐ2階の扉の前に集合だ!ハリー!」

 「やっぱりあの扉か……」

 

 新しいエリアと聞いて、きっとみんなが思い浮かべていたのが、2階にあるあの巨大な扉だ。普通の部屋があるとは思えない高さと大きさの観音開きの扉で、異様な存在感を放っていた。

 私たちはモノクマに急かされて、すぐにその扉の前に集まった。別にモノクマの言うことに従ったわけじゃない。そうしないと話が先に進まないからだ。巨大な扉は相変わらずその場に佇んでいるだけで、簡単には開きそうにない雰囲気をかもし出している。というかそもそも取っ手もノブもない。どうやって開ければいいんだろう。

 

 「集まったね!うぷぷぷぷ!それではオマエラ!刮目せよ!ここから先は、まさにオマエラにとっての新天地!この希望ヶ峰学園のォ──!!」

 

 モノクマが指を鳴らすと、扉はひとりでに動き出した。奥に向かって開く扉の隙間から、外の光が漏れてくる。どうやらこの先は外と通じているらしい。今まで窓から外を見ることはできたけれど、出ることはできなかった。微かに肌に感じる風に驚いたのは私だけじゃないみたいだ。

 そして扉は開かれた。完全に両脇に身を逸らした扉の奥に現れたのは……巨大な建造物だった。

 

 「……あれ……?」

 

 レンガ造りで歴史と重厚さを醸し出す、巨鳥が翼を広げたような外観の建物。ガラス張りの近未来的なビルや深い緑色に染まる四角い建物や、ドーム球場と見紛うくらい大きな体育館。初めて見る景色のはずなのに、私はそれに見覚えがあった。デジャヴなんかじゃない。目の前の景色が、私の頭の中の記憶とはっきり合致する。これは……もしかして……?

 

 「……き、希望ヶ峰学園……?」

 「そう!こここそ、オマエラが入学した()()()()()()()()()でェーーーーっす!!」

 

 切れ目のない塀で囲まれたその建物群の外は、どこまでも続く森林だった。右も左も、どこまでも。違う。そこだけは。そんなはずはない。私は──出会っていたはずだから。誰と?あの顔は……?あの記憶は……?あの声は……?ここが希望ヶ峰学園……?本当に?

 

 「お、おいおいおい!?どういうこったよ!?お前、ここが希望ヶ峰学園だっつってたじゃねえか!」

 「そうだよ?オマエラが今までいた場所も希望ヶ峰学園。ま、学園は学園でも希望ヶ峰学園分館だけどねー!」

 「ぶ、分館?」

 

 私たちの足下から本館に繋がる白い渡り廊下を進んで振り向けば、それはモノクマが言う本館とは似ても似つかない、粗末な造りの建物だった。いちおうそれでも普通の学校にしてみれば大きな建物なんだけど、希望ヶ峰学園の威光の前では、ちょっといい程度の造りはむしろ侘しさが際立つだけだった。

 

 「これがボクからのご褒美、そしてオマエラを迎える新しい世界だよ。喜んで受け取ってね!」

 「ちょ、ちょっと待ってください……ということは、今まで私たちが生活していた場所は……?」

 「ああ、心配ないよ。オマエラの部屋にある私物や家具はそのまんま向こうの個室に移すからね。それに、分館にある設備は全部本館にあるよ。それも、めちゃんこグレードアップしたものがね!まさに完全上位互換!いつまでもあんなウサギ小屋にいていい人材じゃないんだよオマエラは!」

 「ということは……藥品庫も?」

 「まーだ懲りてないカこの変態!」

 「……」

 

 薬品庫も、プールも大浴場も、キッチンも図書室も、本館には全て揃っているらしい。モノクマは本館に私たちを迎えると言っているけれど、それは方便だ。私たちは分館を離れて本館に移る。それはつまり、彼らが生きていた場所を離れるということだ。

 きっと本館での生活は、分館よりも便利になるんだろう。だけどそうなると、私たちはきっとそのうち、いなくなった彼らのことを忘れていってしまうかも知れない。もう保健室の中を見るたびにあの臭いと景色が蘇ったり、地下に降りる階段の先に何かが待ち受けていないか怯えることはなくなる。なくなってしまう。私たちが忘れてしまえば、彼らが生きた証はどこにもなくなってしまう。それが私には怖かった。

 

 「さ、分館なんて古い物はさっさと処分しちゃおうね」

 「処分?」

 「ポチっとな」

 

 右手の人差し指の根元あたり、モノクマがスイッチを押した。その途端、私たちは激しい震動と音を感じた。猛烈な爆風、体が飛んでいきそうになるのをなんとか堪えた。とっさに湖藤君の車椅子を支える。強烈な上下への震動、足下が大きく揺れてまともに立ってられない。

 見ると、分館が……彼らが生きた場所が、ついさっきまで私たちがいた場所が、跡形もなく消し飛んでいた。渡り廊下の先は砕けてなくなり、瓦礫の山がその先にできあがっていた。

 

 「はああああああっ!!?な、なんじゃあああああっ!!?」

 「ば、ば、ば爆発したあ!!え!?いや、えええ!?」

 「……もう戻れないということですか」

 「いやあ、ここらで改めて言っておかないといけないかなと思ってさ。ほら、オマエラそろそろ忘れてきてるんじゃない?」

 

 爆風を受けて砂と埃が体中に引っ付いたモノクマが、振り向きながら笑う。

 

 「オマエラの命はボクが握ってるってこと」

 

 一瞬、モノクマが覗かせた猛烈な悪意。もしモノクマさえその気になれば、いつでもこんな生活は終わらせられてしまう。私たち全員の死によって、あっさりと。その可能性を、これ以上ない形で見せつけられた。私は背筋が凍った。今日から暮らしていく本館だって、分館と同じような仕掛けがされているに違いない。

 

 「やるなら気取らせず、一瞬で仕留めろと言われた気がしますね」

 「ッ!?」

 「正直驚きました。僕たちを牽制するためだけに建物一つを吹き飛ばすなんて……明らかにコストパフォーマンスが悪いです。それとも、戻って探られるとマズいものでもあったんですか?」

 「……うぷぷ、ぷっぷっぷ、ぶひゃひゃひゃひゃ!」

 「な、なに笑ってるのぉ……?」

 

 こんな状況でも、相変わらず尾田君は自分の調子を崩さない。分館の爆破の意味なんて考える余裕、私には無かった。それを指摘されたモノクマも、ただ高笑いをしていた。ついて行けない私たちをよそに、モノクマと尾田君は睨み合う。

 

 「まあ意味なんてもんは後からついてくるものさ!吹き飛ばした建物はもう戻って来ない!そこに何があったかより、この先に何があるかの方がキミたちには大事なんじゃないかな!?それに──」

 「──ぁぁぁぁぁああああああああああっ!!!」

 「えっ!?ほぎゃばっ!?」

 「あぎゃっ!!」

 「うわあっ!!?な、なんだあぁ!?」

 

 突然、モノクマの頭上から何かが降ってきた。それは真っ直ぐモノクマの頭に直撃し、渡り廊下を少し凹ませて小さなクレーターを作った。砂煙が風に流れていくと、倒れたモノクマの隣に、同じ格好をしたモノクマ……いや、おでこに×マークが描かれたダメクマだ。

 

 「うぅ……な、なんだ……?いきなり爆発が……」

 「こ、こ、こ、こんのやろぉおおおおおおおおおっ!!!何してんだコラーーーーっ!!!」

 「うわっ!!」

 「なんで一緒に吹っ飛んでねえんだよ!!つまんねーなこのやろ!!」

 「アーーーッ!!そんなとこ蹴らないで!!」

 「な……なんでダメクマが……?」

 

 どうやらモノクマが分館を爆発させた衝撃で、逃げ遅れたダメクマが上空まで吹っ飛ばされたらしい。ピンポイントでモノクマの頭にぶつかるところが、持ってるんだか持ってないんだか、微妙なところだ。怒ったモノクマがダメクマをもぷもぷ蹴って、ダメクマは降ってきた衝撃とモノクマのキックですっかりのびてしまった。

 

 「ぎゅう」

 「あーあ、なんか白けちゃった。もういいや。さっさと本館に入ろう」

 

 ダメクマの乱入によってすっかり気勢を削がれてしまったモノクマは、くるりと踵を返して本館の方に歩いて行った。私たちはどうすればいいか戸惑っていたけど、ひとり、またひとりとモノクマの後に続いた。私も、湖藤君の車椅子を押してみんなの後を追った。このままここにいたってどうしようもない。結局今も、私たちには選択肢なんてないんだ。戻る場所はない。進むしか道はない。前に向かって生きていくことしかできないんだ。

 後ろから必死に着いてくるダメクマに気を配ることなんて、誰ひとりしていなかった。

 


 

 本館の前に着いた私たちを迎えたのは、分館にあった扉と同じく、巨大で重厚な扉だった。とても私たちの力で動かせそうにない。モノクマが指を鳴らすと、再びその扉は開いた。

 

 「さ、ここは2階だよ。分館と同じように1階と地下階があるからね」

 「うおーーーっ!!ひっろいネーーーーー!!」

 「すげー!これが希望ヶ峰学園の本館!?っていうかこれだけでひとつの建物ってホント!?」

 

 大きな建物が珍しいのか、長島さんと宿楽さんは目の前の光景に大興奮だった。正直、ここが希望ヶ峰学園だと言われてもにわかには信じがたいほど大きい。もしこれが本当に普通の学園生活だったのなら、私もきっと彼女たちと同じように興奮していたのだろう。

 吹き抜けになった建物の中心は真上から差す太陽の光が真っ直ぐに降り注ぎ、ガラスでできた天井装飾がキラキラと輝いている。それをぐるりと囲む長い廊下は絨毯が敷き詰められていて、それでいて湖藤君の車椅子の行動を阻害するほど柔らかすぎない、ほどよい感触だった。入ってきてすぐ左には本のシンボルが描かれた掛札、右にはパレットと絵筆のシンボルが描かれた掛札がかかっていた。それが何を意味しているのかは、一目瞭然だ。

 

 「ほう、図書館か。薬品庫ほどではないが心惹かれるものがあるな」

 「……そうね。本があるのはいいことだわ」

 「美術室!マジか!おいクマ公!ここにあるもん使っていいんだよな!?」

 「当然!全部オマエラのために用意したものだからね!分館とは比べものにならないほど充実した設備!巨大な校舎!至れり尽くせりのあらゆる気配り!ここでの生活には一切不自由をさせないから安心していいよ!」

 「反対側にあるのはなんだ?」

 

 カルロス君が目をこらす。見てみると、青い看板が立てられたガラス戸が見える。工具のシンボルが描かれるから、技術室だろうか。

 

 「あれはホームセンター!工具はもちろん、家具や家電、食べ物に植物、おもちゃも資材もなんでも揃ってるよ!もちろん……」

 「凶器も、ですか?」

 

 モノクマが言いそうなことを、尾田君が先に言った。ある程度予想できたこととはいえ、そんなことをあっさり口にしてしまう尾田君に、みんながまた厳しい視線を向けた。やっぱり尾田君は、その視線に全く動じていない。

 

 「まさか!何言ってるんだよ!」

 

 私たちの予想に反して、モノクマの回答は意外なものだった。

 

 「普通のホームセンターに銃や日本刀や猛毒が置いてあると思う?そんなわけないよね!そりゃ包丁とかハンマーとか、使いようによっては凶器になり得るものもあるけど、それは全部オマエラ次第!コップ一杯の水を飲み物と捉えるか、冷却剤と捉えるか、溺れるための水たまりと捉えるかは、受け取り手次第だよ!」

 

 つまり、普通のホームセンターに置いてある以上のものは置いてないということだ。でもそれで十分だ。これまでの殺人で使われた凶器は、犯人の拳、凍ったペットボトル、スパナ……どれもこれも特別なものじゃない。身の回りにありふれたものだ。

 

 「オマエラの部屋は一階に用意してあるから、そこで休むもよし。自由に探索するもよし。今日くらいはのびのび過ごしたら?それじゃ、ボクはここらで失礼するよ!こいつにしっかり罰を与えなきゃいけないからね!」

 「へ?うわーっ!?」

 「うおおおっ!?お、落とし穴!?」

 「うぷぷ!じゃーねー!」

 

 くっくっと笑って、モノクマは急に床に開いた穴に落ちていったダメクマを追って消えた。まだいまいちこの希望ヶ峰学園本館について何も知らない私たちは、その場ですぐに動くことはできなかった。だけど、異常なことが続くこの学園で少しは耐性がついて来たのかも知れない。この建物を探索することを、冷静に考えられるようになっていた。

 

 「脱出の手掛かりがあるとは思えないけど、どこに何があるかくらいは把握しておいた方がいいだろう」

 「ま、待って……単独行動は危険よ。もう私たちは……二度もコロシアイを経験してる。不用意な行動がどんな結果をもたらすか、身に染みて分かっているはずよ」

 

 ひとりで建物を探索しようとした毛利さんを、理刈さんが引き留めた。狭山さんを巡って、いま二人は微妙な関係になってる。毛利さんはきっと、狭山さんのことでみんなに対して責任を感じてる。本当はそんな責任を感じる必要はないのに。

 理刈さんも、本当はコロシアイが起きることを仄めかすようなことを言いたくないはずだ。それでも自分が見てきたことを受け入れて、考えを変えようとしている。なんだかこの二人の会話を横で見ているだけでハラハラしてくる。

 

 「班行動でもするんですか?別に構いませんけど、僕は人に合わせることができない人間なので。組みたい人が勝手について来てください」

 「オー、俺に黙って着いて来いってことカ。劉劉(リュウリュウ)男らしいネ」

 「絶対違うと思うよ……?」

 「わ、悪いけどおいらぁ尾田について行くぜ!」

 「えっ!?き、王村さん!?」

 

 ひとりでずかずか行ってしまう尾田君を追って、王村さんが飛び出した。それを止めることもできず、私たちはその背中に驚きの声をあげることしかできなかった。すかさず、庵野さんと毛利さんが続けて飛び出した。

 

 「皆様ご安心を。尾田君は手前が見張ります。よほどのことはなさらないでしょうが、いざとなれば身を呈してでも止めます」

 「私も手伝う」

 

 この異常な生活の中で、すっかり咄嗟の事態への対応力が付いてしまったみたいだ。何をするか分からない尾田君の側には、常に誰かがいなければいけない。それも、簡単に殺されてしまわないよう、庵野君みたいにガタイのいい人が適任だ。そんなことを自然と考えて納得してしまう自分が、私は嫌いだ。

 

 「えーっと、11人だから……4−4−3とかで別れましょっか」

 「それならオレはマツリちゃんとリンについて行く!もしものときには守ってあげるからねSeñorita(お嬢さん)!」

 「セニョリータだけじゃなくてぼくも守ってほしいなあ」

 「あ、ありがとうカルロス君」

 「オレはこのまま2階見ようと思うけど、一緒に来るヤツいるか?」

 「では僭越ながらお供させていただきます」

 「ワタシも!」

 

 残りのメンバーでの班分けは案外すんなり決まって、各フロアをそれぞれ探索して、最後に1階中央のホールに集まって報告することを決定した。先に行ってしまった尾田君班にも、見つけた人が伝えることを約束して、私たちは1階の探索に向かった。

 


 

 たくさんお金ある希望ヶ峰学園の校舎があんなもんなのはおかしいと思ってたネ。やっぱりこんなに大きな建物を隠してたなんて、熊熊(ションション)もイジワルするネ。

 

 「うおーっ!すげーっ!なんだここ!なんでもあるじゃねえか!描きたい放題かよ!」

 

 班分けが済んだ後、真っ先に美術室に入っていった佬佬(ラオラオ)の声が聞こえた。今までなんだかトゲトゲした態度だったり大人っぽい顔だったり高校生らしいところだったり色んな顔をしてたけど、美術好きな一面もあるのカ。何面相ヨ。

 

 「楽しそうで何よりです。こちらの美術室は……なんだか多くの視線を感じてしまって、私は落ち着きませんが……」

 「どれもこれもモノクマの顔にしてやがるのがふざけてやがるが、これはこういう芸術だと思って見るとなかなか……いや、やっぱクソムカつくな」

 

 ワタシは絵とか像のことはさっぱり分からないヨ。そんなのでお腹いっぱいにならないネ。でもこの絵一枚を売れば、ワタシたちの家族みんながずっとお腹いっぱいご飯を食べられるくらいのお金になるっていうのは、不思議だけど興味あるヨ。一枚くらい持って帰ってもバレないアル。

 

 「おい長島。ふざけた絵だからって気安く触るんじゃねえぞ。人の手は思ってる以上に汚えんだからな」

 「むっ!失礼アル!ちゃんとトイレの後はしっかり洗ってるヨ!」

 「当たり前だ!絵ってのは思ってるより繊細なんだ。無闇に光に当てたりするだけで劣化すんだから、皮脂なんて付けたらイチコロだぜ」

 「ここの絵にそんな気を遣う価値ありますかねぇ?」

 「オレはそういう無理解で消されてきた名作を沢山知ってんぜ。駄作はその十倍あるけどな」

 

 ふむ。絵を持っていくのもなかなか簡単じゃないってことネ。というか脱出口もないのに持ち出したって意味なんかないアル。ただ動き難くなるだけヨ。

 佬佬(ラオラオ)はしきり色んな絵を興味深げに眺めて、風風(フェンフェン)はやたら絵の裏や壁の隙間を調べて、美美(メイメイ)は備品をひとつひとつチェックしてる。ワタシは早くホームセンターに行ってみたいヨ。なんだか退屈ネ。

 

 「長島様はあまり絵画にお詳しくないのですね」

 「どれもこれも見たことないヨ。動いてる分パラパラ漫画の方が面白いアル」

 「見たことないって、これ全部?『モナ・リザ』も?『最後の晩餐』も?『叫び』も?」

 「どれがどれのことかさっぱりアル。わけ分からんこと言うな!」

 「ええ……」

 「あっ、これなら知ってるアル。近所のイタリア料理のお店にあったヨ」

 「『ヴィーナスの誕生』ですね」

 「コピーだったアルか?」

 「コピーっていうか……まあ、そうです。コピーです」

 

 なんだか風風(フェンフェン)にまで呆れられるのは屈辱ネ!仕方ないヨ!絵なんて身近になかったから知るチャンスもなかったアル!

 

 「みんなそういうのどこで知るアル?」

 「普通に学校で教わると思うけど」

 「ふーん、学校っていうのはそういうところアルか。知らなかったアル」

 「長島様も高校生なのでは?」

 「籍があるだけヨ。いつも山……とかスナイパーの大会行ってて、たまに行ってただけだから授業なんかろくに受けたことないアル」

 「そ、そんな人いんの!?マジで!?長島さんって不良なの!?」

 「不良じゃないアル!家族がご飯食べられるように頑張って働いてたヨ!学校なんて行ってる場合じゃないネ!」

 「し、失礼しました……私たちは恵まれていると聞かされてきましたが、ここまで身近にそうした生い立ちの方がいらっしゃらなかったものですから」

 「日本の子どもたちは幸せヨ。みんなで仲良く学校も行けるし、おいしいご飯もいっぱいあるし、ぽかぽかお風呂に入って夜はぐっすり安心して寝られるアル。羨ましいヨ」

 

 なんだかワタシの昔話をしてると、風風(フェンフェン)美美(メイメイ)もどんどん真剣な顔になってきたアル。そう言えば前にお店で同じような話をしたときもこんな感じになったアル。日本の人はみんなワタシに同情してくれて優しいアル。

 

 「なんか、長島さんってたまにめちゃくちゃシビアなとこあるよね。結構ハードな過去あったりするの?」

 「聞きたいアルカ?聞いたら戻って来られなくなっちゃうヨ」

 「ひえっ」

 「あまり詮索なさらない方がよろしいですよ、宿楽様。ここにいらっしゃるどなた様も、相応の理由があってこの学園にやって来たのです。楽しいことも、お辛いこともあったでしょう」

 「結局のところお金アル!」

 「金かい!」

 「そういう美美(メイメイ)はどうアル?」

 「わ、私ですか?私は……家業を助ける力を身につけるためでして、何も特別なことは」

 「ふぅん、本当アルか?」

 「……ッ!は、はい!もちろんです!」

 「フッフッフ、美美(メイメイ)はウソが下手ね。ワタシでも分かるヨ」

 「えっ……そ、そうでしょうか」

 「やっぱりウソだったアル」

 「あっ」

 

 ちょっとした冗談のつもりだったけど、美美(メイメイ)が本当に気まずそうな顔するから、余計にからかってみたくなっちゃったアル。でもウソが下手なのは本当ネ。ウソを吐き慣れてない人は目が泳いだり口ごもったり分かりやすい特徴が出るアル。ワタシの周りにはもっと上手にウソを吐いてる人もいたヨ。

 

 「も、申し訳ありません……!ウソというわけでは……あの、お話できないことはございますが、決して皆様を信頼していないわけではございませんので……!」

 「ほんのジョークアル。美美(メイメイ)が言いたくないなら別にワタシたちは無理矢理聞くつもりないアルヨ。ね、風風(フェンフェン)

 「へっ?あ、うん……」

 

 風風(フェンフェン)のサングラスに残念そうな顔が映ってるアル。これはワタシじゃなくてもウソだって分かるアル。

 

 「と、ところで、宿楽様はなぜ希望ヶ峰学園にご入学なさったのですか?」

 「私こそみんなみたいに偉い理由なんてないよ。私は普通に学園に呼ばれたのが嬉しくて来たって感じかな。人生に希望が見えたっていうか」

 

 お金のため、家族のため、自分のため……みんなここに来た理由は違うけど、やっぱり誰もコロシアイなんて望んでないっていうことはだけは同じネ。そりゃそうヨ。人殺しなんてやりたくてやるものじゃないヨ。ワタシだって、やらなくていいなら……でも、それだけで生き残れるような場所じゃないっていうことも忘れないようにしないといけないネ。

 

 「おいお前ら何話してんだよ。脱出の手掛かり捜すんじゃなかったのか」

 「ごめんネ佬佬(ラオラオ)。ちょっとガールズトークしてたアル」

 「ガールズだったかなあ?」

 「ふーん、なんでもいいけどよ。オレは満足したし他のとこも探索しに行こうぜ」

 「あっ、では次は図書室へ。ご案内します」

 「谷倉さん、もう場所把握してんの?」

 「最初に館内図を確認しましたので、おおよそは」

 「すごっ」

 


 

 この本館っつうところは、あんまりにもデカ過ぎてどこに何があるのかさっぱり覚えられねえ。狭くてごちゃごちゃしてんのも困るが、だだっ広過ぎんのも考えもんだ。この首に巻き付いた忌々しいモノカラーって代物によりゃあ、東西にエリアを分けて、それぞれ(イースト)エリアと(ウエスト)エリアって呼ぶそうだ。おいらたちがいるのは(イースト)エリアだな。

 ずらっと並んだ20個の扉は、おいらたちそれぞれの個室らしい。分館にあったもんよりドアがデカくなってんのと、ひとつひとつの間隔が広くなってるような気がするのは気のせいか?その手前にゃ診療所がある。たぶん分館のもんより設備が整ってんだな。知らんけど。それから圧倒的な座席数とメニューとデケえ厨房のあるレストラン!こいつぁいいぜ!酒のつまみもたんまりありそうだ!

 

 「尾田君。あまりおひとりで突き進んでは、いつか思いも寄らない怪我をしますぞ」

 「ご忠告どうも。ですが僕はあなた方を信用していないので、あなた方から怪我をさせられる可能性を排除することにします」

 「こうも面と向かって言われると手前も答えに窮してしまうのですが……警戒は大切ですが、今はともにこの難局を乗り切らんとする仲間なのですから……」

 「その仲間に二度も裏切られて懲りないあなたがたの能天気さが、僕には理解できません」

 「お前こそ、裁判場で何を聞いていた。虎ノ森も岩鈴も、自分の意思で殺人を犯したわけではない。モノクマの動機に翻弄された結果だ。あれは……事故と判断すべきだ」

 「なるほど。素直に自分の罪を告白せず、僕たち全員の命と引き替えに生き存えようとしたことも事故だと」

 「たとえ自らの行いによるものであっても、命を擲つことを容易に受け入れられるものではありません。その点で彼らを責めるのは酷というものです」

 「はあ……どうにもここには情に絆されて殺人犯の肩を持つ殺人肯定派の方々が多いようですね。ますますそんな人たちは信用できません。いいですか?彼らは他人の命を奪い、脅かしたのです。事故だろうが不本意だろうが、そんなものは彼ら自身の中にある判断基準であって、僕たちには関係ないことです。他人の権利を脅かしておいて自分の権利は認められると考えることがどれほど自己中心的か、分かりませんか?」

 

 庵野と毛利が尾田に追いついてから、こいつらはずっとこんな調子だ。庵野と毛利が尾田を引き留めようとして、尾田が勝手に突き進んで、命がどうだ殺しがどうだって話になっちまう。ったく、エラいことになったもんだ。おいらァ希望ヶ峰学園に入りゃあ将来安泰だと思ったってのに、このままじゃ将来どころか明日のおまんまもまともに食えるか分かりゃしねェ。

 

 「狭山の死体を自分勝手な理由で溶かしておいて、よくそんなことをつらつらと言えたものだな」

 「ええ、溶かしました。それがなんですか?僕には僕の理由がありました。あなた方はそれでも僕を許せない。それで終わりでは?僕は後悔していませんし、後悔して頭を下げたところで狭山サンの遺体は元に戻りません。合理的に考えてください。そもそも溶かしていなかったとしても、裁判が終わればモノクマが回収していたはずです」

 「そういう結果の話をしているわけじゃない。分かっていて煽るようなことを言うのが合理なのか?」

 「少なくとも質問の体を取った攻撃は合理的ではないですね」

 

 めちゃくちゃ空気が悪い。ずーっと黙ってる重てェ空気も嫌だが、始終互いに言葉でぶん殴り合ってる状況も耳と腹が痛くなる。ったく、高校生ってのはどうも感情的でいけねェ。尾田のやったことはおっかねェし人の道を外れてることだとは思うが、別にそれでおいらたちが損したわけでもなんでもねェ。狭山を直接殺したのは岩鈴だったわけだしな。おいらァ人としての正しさなんてもんには興味がねェし、こっちに害がねェならむしろ尾田のおつむの良さは頼りになる。

 賢い生き方をしなきゃならねェ。どっかのえれェ学者さんも言ってた。賢いヤツが生き残るって。おいらァ別に自分が賢いとは思っちゃいねェが、こういう時に誰について行くのが賢い選択かってことくれェ分からァな。

 

 「まァまァおめェさんら。あんまりギスギスするもんじゃねェぜ?こうして広くて充実した建物に来られたんだ。いいことじゃねェか。気楽にやっていこうや」

 「王村……お前は尾田のことは何とも思わないのか?集団行動を乱すヤツは不和を呼ぶ。そうすればお前の命も危ぶまれることになるんだぞ」

 「そうやって感情的な論理で動く人こそ危険なんです。むしろああやって前後不覚になるほど酔っ払って無力化されている人の方が安全だと思いますがね」

 「ったくよォ。これだから若ェヤツァ若ェんだなァ」

 「は?」

 「あのなァ。決着なんて付けなくていいだろうが。尾田には尾田の考えがあって、毛利にゃ毛利の考えがある。互いにどうしたって受け入れられねェんだ。だったらその部分についてはシカトこいて、互いに利用できるとこだけ利用すりゃいいだろうが。無理矢理相手を分からせようとすっからケンカになんだ。無理なもんは無理!ダメなもんはダメ!人生諦めが大事だぜ!諦めた相手のことに時間割くほど人生は長かねェぞ?」

 「……」

 

 ぽかんとされちまった。おいらもおいら自身にびっくりした。もしかしたらこりゃあこの世の真理を語っちまったかな。やっぱ年長者としてこいつらのことを引っ張ってやるくらいの度量は見せつけてやらなきゃならねェからな。ったく。頼られる先輩ってのァ大変だ。悪い気分じゃねェけどな。

 

 「分かった。私はお前を諦めたからもう頼らん。すまなかったな、王村」

 「へ」

 「カスみたいな考えですね。諦めた末にアルコールに逃げるなんて惨めなことを正当化する姿ほど醜いものはありません」

 「あれ、あれれ?」

 

 尾田も毛利も、おいらに背を向けて別々に探索を始めちまった。おいらァまたなんかやっちゃいましたか?慌てて近くにいた庵野に助けを求める目をした。なんというか、はっきりそれを口に出すのが憚られる。けど、庵野の顔は曇ってた。

 

 「あ、庵野ォ……?」

 

 庵野はただ、首を横に振った。なんでだ!!

 


 

 リンは車椅子で思うように動けない。マツリちゃんはそんなリンのために付きっきりで世話をしているそうだ。うーん、これこそ話に聞く、三歩後ろを付いてくる大和撫子か。マツリちゃんの美しい気持ちを尊重して、オレは二人の警護をしている。モノクマや罠、あるいは気の狂ったヤツが襲ってくるかも知れない。そこをオレがひらりと……かわしたら意味ないのか。ガッと食い止めなければ。

 

 「カルロス君?そんなにガチガチに緊張しなくてもいいと思うよ?」

 「大丈夫!マツリちゃんとリンには誰にも指一本触れさせないさ!安心してくれたまえ!」

 「警戒は大切だけど、まだ来たばかりなんだし、モノクマもいきなり仕掛けてはこないと思うよ。それより、あっちの方が気になるな」

 「よしきた!あっちへ行こう!」

 

 リンが指さしたのは、建物の西側。1階は確か、広すぎて東西でエリアが分かれてるんだったな。こっち側は(ウエスト)エリア。建物の中央付近には、大きな四角いコンテナが置かれている。何かと思えば、漢字で何か書いてある。オレは漢字は読めないんだ。

 

 「これはなんだい?」

 「非常用具庫。緊急時のために使う道具が入ってるコンテナだね。普通は外に置いてあるものなんだけど」

 「開くのかな?」

 「開けてみよう!緊急時に何があるか分からないんじゃ意味がないからね!」

 「確かに」

 

 軽くノブを握って見ると、カギはかかっていないようだった。しかしなかなか重い。オレくらいなら簡単に開けられるが、か弱い女の子たちに開けられるとは思えない。いや、緊急時とはいえ女の子にこんなことをさせることになんて、オレがいる限り絶対にさせないさ!

 ぐっと開くと、コンテナの蓋はギリギリと音を立てて開き、中の様子が分かった。小さい豆電球がぶら下がっていて、光の届かないコンテナの中を照らしていた。中は思った以上にスペースがない。段ボールや金属棚に並んだ色々な工具、巨大な発電機もある。

 

 「あっ、見つけちゃった?見つかっちゃった?全くオマエラったら、そんなところまでじっくり見ちゃイヤン♡なんだから」

 「何の用?」

 「つめたっ。もうちょっとないの?リアクションとかさ。なにかさ」

 「そんなもの期待できる立場?」

 「グエーッ!!湖藤クンの火の球ストレートがブッ刺さる!!氷のような冷たさに染みる〜〜〜!!」

 「うるさいなあ。なんなの?」

 「非常用具庫は、本当にヤバいことになったときのためのものだからね。さすがに天変地異で全滅なんてことになったらボクとしても不本意だし!生きるために必要な設備がここに揃ってるよ!」

 「つまり、天変地異が起きるような場所にあるんだね。この学園は」

 「なんだよもう!だからこいつの前で話すの嫌なんだよ!」

 「地球上ならどこでも天変地異は起き得るよ。でもその反応は、天変地異の種類が場所のヒントになるっていうことの表れかな?」

 「んがああああああああああああッ!!!」

 

 モノクマが何か言うとリンがすかさずチクリと言葉で刺す。どんな小さな揚げ足もリンは見逃さずに拾って、少しずつ情報を得る。学級裁判のときはこんなに頼もしいことはないけれど、こうして目の前でそのスキルでモノクマをいじめているところを見ると、なんだか恐ろしくなってくる。知らない間にオレも心の中を暴かれているんじゃなかろうか。

 

 「心配しなくていいよ。不必要に人の心は読まないから」

 「そうか。それなら安心だ」

 「いや気付いてカルロス君!違うから!」

 

 リンが紳士でよかった。口も出していない心の中を勝手に覗かれるようなことがあったらたまらない。マツリちゃんは何をそんなに焦っているのかな。

 

 「オマエラ、そんなことしてていざというときにこれの使い方を知らないなんてことになっても知らないよ」

 「ああ、ごめんごめん。ちゃんと聞くよ。食べ物とか毛布があるんでしょ?」

 「それだけじゃない!プライバシー保護のテントもあるし、携帯トイレも非常用発電機もある!発電機はなんと、この本館丸ごとの電力を一時的に補えるパワーがあるのだ!その分、使うには力が必要だけどね」

 「そうなったらオレの出番ってわけだ!みろやこの筋肉!」

 「変な日本語覚えてる」

 「力こそパワー!!」

 

 ムキッと自慢の筋肉を見せつけると、マツリちゃんの熱い視線を感じた。やはりSeñorita(女の子)たちはこの男らしい肉体に心ときめかさずにはいられないみたいだ。しかしマツリちゃんにはリンという大切な人がいる。憧れるのは仕方ないが、自分が寄り添うべき人を見失わないようにしないと。

 

 「すまないね、マツリちゃん」

 「何が?」

 「なんだろうね。さ、次はあっち行こう」

 「オマエラってホント危機感ってもんがないよね。いいけど」

 


 

 はぐは、ちぐとたいしさんとほーこちゃんと一緒に、地下まで降りてきた。暗くてちょっと怖いけど、ちぐがいるからへっちゃら。今朝までいた分館ってところより、この本館の階段は降りやすくて、だけどその分ちょっと長いみたい。分館みたいに真っ直ぐじゃなくて、途中で何回か折り返してるし。

 

 「ふむ、これなら上から何か落としても下までいくことはないな」

 「そーだね!落とし物しちゃっても大丈夫だね!」

 

 たいしさんがにこにこして言うから、はぐもうれしくなっちゃった。でもちぐとほーこちゃんはいやそうな顔をしてる。大事なものを落としたこと思い出しちゃったのかな?

 本館の地下は明るくて、分館の地下よりずっと広かった。やっぱり壁とか天井は灰色で可愛くないけど。天井から壁に、壁から床に、床から天井に、あちこちからあちこちに色んな太さと色のパイプが繋がってて、なんだか大きい機械の中に入っちゃったみたい。ゴンゴン大きな音と熱い空気を噴き出してて、近付いてよく見ようと思ったらちぐに止められた。

 

 「薬品庫はここか?」

 「ちょっと菊島さん。勝手な行動をしないでちょうだい」

 「わーい!ちぐこっちだよー!」

 「走ると危ないよはぐ。手を繋いで行こう」

 「あなたたちも勝手にどっか行かないの!はぐれたら守ってあげられないでしょ!」

 「あんたに何が守れるっていうんだ」

 「んぐっ」

 

 地下の奥の方まで延びた廊下を探検する。途中にはプールや広いお風呂があった。外は見えないけど、こういうところで元気いっぱい泳いだら楽しいんだろうなあ。いつかはぐも泳いでみたいなあ。

 そこから更に先には、なんだかガラスのドアがあった。狭い入口の横にカードリーダーみたいなのが付いてて、ドアは押しても引いても開かない。ちぐが色々と試してみてるけど、それでも開かない。こうなってくると断然ここが気になってきた。

 

 「絶対この中見てやるんだ!ちぐ!なんとか頑張って!」

 「なんとか……そうだな。モノクマなら分かるはずだ。呼んでみようか」

 「おーいクマちゃんやーい!」

 「こら!人を筋斗雲みたいに呼ぶな!」

 「わっ!ホントに出た!」

 

 ちぐの言う通りに呼んでみたら、本当にクマちゃんが出て来た。いつもはぐたちが見てないところにいつの間にかいて、今回は廊下が狭いから後ろに出て来てびっくりしちゃった。

 

 「おい。このドアはどうやって開けるんだ。中に何がある」

 「乱暴な言い方するなあ。人に物を頼むときはなんて言うか、ダディやマミィに教わらなかったの?」

 「下らないこと言ってないで教えろ」

 「やーだね!オマエなんかに絶対教えてやんねーよ!べーだ!」

 「おしえてくださーい!」

 「はいよくできました!このドアはモノカラーを照合させれば開くよ!うぷぷぷぷ!」

 「なんなんだ」

 

 ちぐはいつもはぐを助けてくれるけど、こういうときに意地っ張りになっちゃうのが残念なんだよね。そこははぐがサポートしてあげるから大丈夫なんだけどね。はぐはみんなを笑顔にできちゃう才能があるんだからね。クマちゃんに教えてもらったとおりにモノカラーをカードリーダーみたいな機械に向けようとしたら、ちぐに止められた。

 

 「何があるか分からない。僕がやるから、はぐは下がってて」

 「うん、ありがと!」

 

 はぐの代わりに、ちぐがモノカラーをカードリーダーに近付ける。ピッていう音がしたと思ったら、目の前のドアがシャッと横にスライドして消えてった。機械には、ちぐの顔と名前と今の時間が表示されてる。

 

 「はい!このように、モノカラーを照合させると、この機械に照合したモノカラーの持ち主と照合時刻が記録されます!」

 「なぜだ?この奥に何があるんだ?」

 「それはキミたちの目で確かめてくれ!」

 「雑な攻略本みたいなこと言いやがって……はぐ、気を付けてついてきて」

 「うん!」

 

 抜き足、差し足、忍び足。ちぐは部屋の中に何があっても大丈夫なように、少しずつ入って行った。中は広いスペースがあって、周りには部屋の外と同じような太いパイプや細いパイプがあちこちに延びてる。入ったすぐ裏には、カードリーダーとは少し違う機械があった。手の形が描いてある。

 

 「ここは機械室!この学園全体のインフラを管理する超重要な学園の中枢なのです!どうでしょう!」

 「どうでしょうって……インフラって、全部か?」

 「そう!上水道、下水道、電気、ガス、ネット環境諸々全てをここで賄ってます!なので気を付けてね!その辺のパイプ一本凹ませただけで被害は甚大だから!」

 「この機械なーに?」

 「部屋に入るのはモノカラーが要るけど、出るときはここに手をかざすだけでドアは開くよ。出られるってことは入れるってことだからね」

 「うん?そっか!あったまいー!」

 

 クマちゃんの話はちょっと難しかったけど、要するにここはみんなが生活していくために必要なものを外から持って来て色んな場所に届けるための部屋ってことらしい。パイプに繋がった色んな機械で、メーターや数字がぐるぐるぐるぐる動いてなんだか目が回りそう。

 ちぐはその部屋をぐるっと見回して、ふん、と鼻を鳴らした。すごく大切なことは分かったけど、面白そうなものは何もない。つまんないの。

 

 「ねえちぐ、もう出ようよ。ここつまんない」

 「う、うん……分かったよ。おいモノクマ。ここは壊した大変なことになるって言ったな」

 「そうだよ。もう忘れたの?」

 「それを禁じる校則がないのはなんでだ」

 「……うぷぷ!んもう!それをボクの口から言わせようっての?月浦クンったらもうお盛んなんだから!やーねえもう!ないならないでそういうことじゃないの!」

 「ちぐ、クマちゃんになんかやらしいこと聞いたの?」

 「なっ!?ち、ちがう!おいふざけるなクマ公!違うよはぐ。そんなこと聞くわけないじゃないか」

 

 クマちゃんがもじもじ恥ずかしそうにしながら、ちぐの質問に答える。なんでそんなことを聞くのかはぐには分からないけど、クマちゃんの態度を見てるとなんか変な質問をしたみたい。そんなこと聞くなんて、ちぐってやらしいんだ。

 くすくす笑いながら、クマちゃんはどこかに行っちゃった。ちぐはそれにも気付かないくらいに焦ってる。ちょっとからかっただけなのに。

 

 「ふふっ、ちぐ必死すぎ。そんなことないって分かってるよ」

 「うっ……勘弁してよ、はぐ……」

 「ねえところでさ」

 「うん?」

 

 さっきクマちゃんがはぐの知らないことを言ってたから、ちぐに聞いてみた。

 

 「お盛んってなに?」




メリークリスマスというわけで三章の始まりです。始まったばかりですが今年は終わりですね。次回の更新は年明け三連休の中日です。
年末年始の連休の後に三連休なんてあったらもう週5勤務には戻れませんね。なあ、聞いてるか経団連。

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