ダンガンロンパメサイア   作:じゃん@論破

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(非)日常編3

 

 私は落ち込んでいた。自分で分かるくらいだからたぶん相当だと思う。でもこれは落ち込むなっていう方が無茶だ。だって、せっかく掴みかけてた脱出への手掛かりを失ってしまったんだから。

 

 「はあ〜……」

 「まだ脱出の手掛かりと決まったわけじゃないんだから、そんなに落ち込まなくてもいいのに」

 「落ち込まいでかあ!湖藤さんは普段からみんなの役に立ってるからそんなことが言えるんだ!私みたいな賑やかしには、みんなのために力になれる唯一のチャンスだったんだ!」

 「そんなに卑下しないでよ。風海ちゃんはただの賑やかしじゃないよ。みんなの役に立ってるよ?」

 「本当に?奉ちゃん、言葉は刃物なんだよ?使い方を間違えると厄介な凶器になるんだよ?私が役に立ってるって本当に言えるの?具体例とともに」

 「……ご、ご飯の準備と片付けとか手伝ってくれてるじゃない」

 「小学生か!当たり前にやるよそれくらい!」

 「ぼくはできないから、立派だと思うなあ」

 「湖藤さんは自虐ジョーク止めてくんない?笑えばいいか分かんないからさ」

 

 奉ちゃんも湖藤さんも私のことを慰めてくれるのは優しくていい人だと思うんだけど、二人ともがめちゃくちゃみんなの役に立ってるだけに、めちゃくちゃ気を遣われてる感じがして余計に惨めになる。でもこの二人に役立たずって言われたらそれこそキツ過ぎて泣いちゃうかも。我ながら面倒臭い。

 

 「はあ……こんなことならメモにでも残しておけばよかった」

 「ねえ湖藤君、風海ちゃんは何をこんなに悔やんでるの?」

 「なんだ、甲斐さん分かってなかったの?」

 「ついさっきまでご飯の片付けしてたからね」

 

 夕ご飯の後、私は食堂に残って落ち込んでいた。そこに湖藤さんが声をかけてくれて、愚痴ってるところに奉ちゃんが合流した。だから奉ちゃんは私が愚痴ってる内容を知らないままだった。とはいえ、これは本当に愚痴にしかならないことだ。こればっかりは湖藤さんでも奉ちゃんでも、モノクマでもどうしようもないことだ。

 

 「分館の図書室にさあ、謎解きの紙あったじゃん?」

 「ああ、あったね。解いた解いた」

 「あれで見つけたメモ用紙……実は分館の部屋に置きっ放しだったっぽいんだよね……」

 「え!?せ、せっかく見つけたあの意味深な紙を!?」

 「ほらあ!そうやって奉ちゃんも私を責めるんだ!脱出のヒントかも知れないんだからちゃんと肌身離さず襟の後ろに隠しとけとか言うんだうわーん!」

 「そんな大泥棒みたいな持ち方しろとは言わないけど、それはもったいないことしたね……」

 

 芭串さんにもらった紙はたまたまポケットに入れてあったけど、図書室で見つけた色んなフルーツが描いてあったあの紙は失われてしまった……。こういうのって最後に今までの謎を振り返る大仕掛けみたいなのがあったりするから、図書室の謎解きごと残しておきたかったのに……。やっぱり私って何をやっても上手くいかない、いらない子なのかな。

 

 「ああ、宿楽さんが言ってたのってこの紙のこと?」

 「そうそう。ちょうどそんな感じにフルーツがたくさん描いてあってしわくちゃで……あァん!?な、なんで持ってんの!?」

 

 湖藤さんが私の目の前にそっとメモ用紙を差し出した。まさに私の目に焼き付いたあのメモの内容そのまんまだった。絶妙なへたくそさ加減まで完全に同じだ。私は目を疑った。こ、こいつは確かに爆発四散したはず!

 

 「えっ、なんで湖藤君持ってるの?」

 「ま、まさか勝手に私の部屋に入って紙を持っていったとか!?そうだとしたらだいぶキモいけど今はグッジョブだからありがとう!」

 「待って。ぼく別に空き巣なんかしてないから。これは写しだよ」

 「写し?」

 「そう。もしものときのために、あの図書室の謎と答えのメモの内容を写しておいたんだよね。ちなみに手書きだよ。上手いでしょ」

 「な、なんでそんなこと……もしものときのためって、分館が爆発するなんて思ってたの?」

 「いやあさすがにそこまでは。でも戻れなくなる可能性はあったから、いちおうね」

 

 相変わらず湖藤さんの先読み能力は軽く引けるくらいエグい。爆発までは想定してなかったと言うけれど、私なんて当たり前にずっとあの建物に閉じ込められてるものだと思ってた。そんなときに供えて写しまで用意するなんて……またその写しの再現度の高いこと高いこと。万能かよ。

 

 「宿楽さんがもうひとつの謎を持っててくれてよかった。そっちは写してないから替えが効かなかったところだよ。宿楽さん、グッジョブ」

 「ぐあああああっ!!」

 「なになにどうしたの風海ちゃん!?」

 「こんな役立たずのためにそんな優しいフォローまでしてくれて……!尊み通り越して神々しい……!祓われる……!」

 「オーバーだなあ」

 

 こんな完璧成人のことを邪な眼で見ていた自分が許せない。なんか線が細くて幸薄そうな感じだなとか、受けるように見せかけて実は小悪魔だったらおいしいなとか、自分から誘ってくる感じで妄想したりとか……。

 

 「ホントすいませんでした……」

 「なにが?」

 「あ、いやこっちの話……。でもこれで今までの謎も確保できた!これで安心だ!」

 「でも、なんで急にそのことで落ち込みだしたの?本館に移ってきてから一日経ってるのに」

 「いやあ、これがまたお恥ずかしい話で」

 

 痛いところを奉ちゃんに突っ込まれてしまった。散々自分が唯一輝ける場所だなんだと言ってて、それを丸一日忘れてたなんて、バツが悪すぎてまともに二人の目を見られない。でもグラサンがあるから大丈夫!

 

 「すっかり忘れてたんだよね。謎解きのヒントのこと。へへっ」

 「大事にしてるんだかしてないんだか分からないね」

 「でもね。今日遂に3つめの謎を見つけたんだ!それで前の2つを思い出して、でもなくなってあ゛あ゛〜〜〜ッ!!てなって今に至るって感じ」

 「忙しいなあ」

 「3つめの謎かあ。こうなるとやっぱりモノクマが意図的に用意したものなのかも知れないね。それも新しいエリアが増えるごとに1つ増えてる」

 「……大丈夫なのかな。なんか嫌な予感がする」

 「でももしかしたらモノクマの正体のヒントになるかも知れないよ。謎解きくらいだったらそんなに危険はないって」

 

 奉ちゃんが暗い顔をする。確かに、湖藤さんは新しいエリアに1つって言ったけど、それはつまり学級裁判、ひいてはコロシアイが起きるたびに1つ増えるっていうことだ。この謎を最後まで解こうと思ったら、もっとたくさんの学級裁判を生き残らなくちゃいけないんだろう。それはつまり……いや、やめとこう。こんなこと考えるもんじゃない。でもさすがに、謎解きの答えが気になるからコロシアイをするなんてほどサイコじゃないよ私は。

 

 「取りあえず、その謎を見てみたいな。宿楽さん、案内してくれる?」

 「うんいいよ!……え、なんで移動させられないって分かったの?」

 「持って来られるものなら宿楽さんが持ってるでしょ。ただでさえ1つ失ったと思ってるのに」

 「おおう……そりゃそうか」

 

 いつまで経っても、湖藤さんのこのなんでも当たり前に知ってる風な話し方に慣れない。文脈と表情と仕草から勝手に見抜いてくるから、何を話して何を話してないか分からなくなる。いっそ本当にサイコメトラーだった方がマシかも。そしたら何も話さなくていいし便利じゃん。

 

 「人と話さなくなるのは寂しいなあ。ぼくは会話するくらいしか楽しみがないから」

 「だからそれをやめてほしいんだけどなあ!」

 

 ゾッとするからやっぱ止めて欲しい。

 


 

 私が謎を見つけたのは、完全に偶然だった。昼間にやることもなくて暇つぶしに図書館に行ったとき、資料を検索するためのパソコンを見つけた。古い型だし外のインターネットにも繋がってなかったけど、閉鎖空間にあるパソコンは調べとけって色んなゲームで学んだ私にとっては、貴重な手掛かりに思えた。

 そんなわけで中にあったフォルダをあれこれいじってたら、『謎3』ってファイルを見つけた。あからさま過ぎるタイトルのアホさ加減にたまらず開くと、明らかに謎解きっぽい暗号文だけが書いてあった。そのときに過去2つの暗号を思い出したから、まだ中身をよく見てない。

 

 「これだ。このファイル」

 「あからさまでアホっぽいタイトルだなあ」

 「もしこれを最初に見つけてたら、謎1と謎2の存在は永遠に見つからなくて無駄な懸念が増えるだけだったね。そういう意味で敢えてナンバリングしてるのがモノクマらしくて最悪だね」

 「奉ちゃんに同意。湖藤さんは怖い」

 

 ファイルは普通の文書ファイルで、暗号文以外におかしな部分はなかった。隠しファイルも隠し文章も圧縮フォルダもパスワードロックもない。いくらでも調べてくださいと言わんばかりの態度で、逆にそれがここには大した情報がないことを示しているようで、なんか悔しかった。

 で、その暗号文というのがこんな感じだ。

 

 

 ──木と竹でおおわれた目をひらきなさい。それがあなたに与えられるもの

   一つくらい辛いことがあっても貝のように丸くなってたえていよう。それがあなたに必要なもの──

 

 

 「なにこの文章?なんか怪しげだね」

 「これしか書いてなかったの。謎って書いてあるし、やっぱこれも謎解きになってるんだよね」

 「……」

 

 改めて見てみると、謎としての難易度はそこまで高くなさそう。なんとなくやればいいことも分かるし。だけど、私にはこの謎が解けなかった。この謎が何を求めているのか、どうすればいいのか、何をどうしてどうすれば答えが出るのか、それは直感的に分かる。だけど、肝心の答えだけが出せなかった。

 

 「ま、奉ちゃん分かる!?」

 「いや……私はあんまり謎解きとかしたことないから……。それに、前の図書室の謎を見る限り、解くのにはそれなりの知識が必要っぽかったし、今回もそんな感じなんじゃない?」

 「そうなんだけど……あ、湖藤さんなら分かるかも?」

 「……うん、いや……そうだね」

 

 文章を見つめる湖藤さんの表情は固かった。私が直感して分かるくらいだから、湖藤さんにとってはこれくらいの謎、お茶の子さいさいカッパの屁だろう。だけど、いつまで経っても湖藤さんはその答えを教えてはくれない。ただ文章を舐めるように見つめて難しい顔をして、私の持ってる2つの謎と見比べている。いったい何を考えているんだろう。

 

 「この謎は解かなくていいと思うよ」

 「へ?」

 

 ようやく私たちの方を見たかと思ったら、湖藤さんはそんなことを言った。謎を解かなくていい?そんなことあるのか?こんな、あからさまに解いてくださいと言わんばかりの謎を、解かないまま放置してていいのか?それだったら、あんな大騒ぎした私の立場は?

 

 「ひとつくらい解けない謎があったって、他の答えからおおよその答えは分かるものさ」

 「いやいやいや!湖藤さん答え分かったんでしょ!?教えてよ!」

 「解いてないから分からないよ」

 「ウソを吐け!」

 「そんなことより、既に手に入れた謎の答えの方を考えようよ。もしかしたらそっちの方が有力な情報が眠ってるかも知れないよ」

 

 こんなあからさまに話を逸らせようとするなんて、湖藤さんにしてはずいぶんとおざなりな対応だ。もしかして、この謎の答えって、そんなに私たちに知って欲しくないことなの?じゃあ私の考えた解き方って違うのかも。もっとややこしい解き方するのかな……。

 その後も湖藤さんは解かなくていい、私は答えを教えて欲しい、奉ちゃんは相変わらず解き方が分からずに問題文をずっと睨んで、無駄な時間が過ぎていった。もう。湖藤さんって意外と頑固なんだ。こんなにお願いしているんだから教えてくれればいいのに。

 なんてことを思っていたら、図書館の扉が開いた。誰が来たのかと思って目をやれば、そこにはひょろ長いシルエットの尾田さんが立っていた。私たちの顔を見るや、ものすごく嫌そうな顔をして、でも足は図書館に踏み入って、真っ直ぐパソコンの方に向かって行った。

 

 「やあ尾田くん、こんばんわ」

 「ちょっと。どいてください。僕が使います」

 「私たちが使ってるところなんだけど」

 「画面を見るだけのことを使うとは言いません。なんですかこれは?妙なファイルを無警戒に開くなんて、リテラシーの欠片もないんですね。あなたみたいな人がしょうもない詐欺に引っかかって犯罪者の懐を潤して社会のゴミを増やすんです」

 「ただ画面見てただけでそこまで言う!?どこの引き出しにしまってあんのそんな悪意のボキャブラリー!」

 「図書館なんだから静かにしてください。こういうのはあなたの領分なんじゃないですか?なにを隅っこでいちゃいちゃしてるんですか」

 「い、いちゃいちゃなんてしてないわ!!私は湖藤さんに答えを教えてもらおうと……!」

 「へえ、この程度の謎も解けないで、よく脱出者なんて名乗ってますね。寄生プレイヤーですか?」

 「ちゃうわい!!解き方は分かってんの!!でも答えが分かんないの!!」

 「そんなことあるんですか?」

 「あるみたいだよ」

 

 尾田さんはパソコンの画面を見ていた奉ちゃんと軽い言葉の拳を交えて、すぐにターゲットを私に切り替えてきた。正直、尾田さんが本気で私をコケにしようと思ったらこんなもんじゃ済まなかったと思うけど、奉ちゃんと湖藤さんがいたおかげか、尾田さんは軽く嘲笑うだけで済ませてくれた。サシだったら言葉のナイフで八つ裂きにされてるところだったぜ……。

 

 「この暗号文の解き方が分かって答えが分からないなんてこと……ああ、そういうことですか。アホですもんね、あなた」

 「ぐはぁっ!!あつい火の玉ストレートォ!!火遁豪火球かよ!!」

 「何言ってんの?」

 「尾田くん、ぼくはその謎、あんまり解かない方がいいと思うんだけど」

 「……まあ、そうですね。解くべきか否かは僕の口からは言えませんが、薄気味悪いとは思います」

 「えっ、尾田君もこの謎解けたの?」

 「逆になぜ解けないんですか?」

 「聞いた私がバカだったよ……」

 「はい、あなたはバカです」

 

 なんかもう、誰が誰に向けて話してるのやら、めちゃくちゃカオスな会話になってる。ともかく、尾田さんもこの謎の答えは分かったらしい。その上で湖藤さんとは少し違うけど、おおよそ似たような反応を示した。つまり、この謎の答えはどうやら気味が悪いものらしい。だから湖藤さんは、私たちに解かない方がいいって言ったのか。でも、単に気持ち悪いってだけならそう言えばいいのに。

 

 「でもまあ、解き方が分かってるならいいんじゃないですか。ここは図書館ですから」

 「へ?」

 「解き方が分かってるということは、答えの調べ方も分かるということです。というか、そういうことも想定してこの謎はここにあるんじゃないですか?」

 「あっ……だ、だから前の謎も図書室に……?」

 「それは知りませんけど」

 「解かない方がいいって言ってるのに、なんで解けるようになるヒントを言うかなあ。尾田くんって本当、良い性格してるよね」

 「あなたほどじゃありませんよ」

 

 なんか湖藤さんと尾田さんがバチバチやってるけど気にしないでおこう!あそこに割って入ったら石になるどころじゃ済まないかも知れない!

 それはさておき、意外なことに尾田さんが私に謎解きのヒントをくれた。謎解きというか、答えを知る手掛かりになるヒントだ。そうだ。私には学がないから、この部屋で学を借りればいいんだ!そこまで含めて図書室に謎を用意してるってことは、やっぱりこの謎は脱出とか黒幕のヒントとかに繋がるものじゃないのかな。もしそうだとしたら、舐めプが過ぎる。

 

 「というかこのパソコン、このしょうもない謎以外に何も入ってないんですか」

 「そうだよ。だから尾田君が期待してるようなことは何もないの。あっち行ってよ」

 「ずいぶん嫌われちゃったね、尾田くん」

 「別に。それならもういいです。僕は帰ります」

 

 奉ちゃんに邪険にされ、尾田さんは意外とあっさりとパソコンを調べるのを諦めて出て行ってしまった。彼の性格的に、奉ちゃんに反抗されると余計に意地になってくるかと思ったのに。そういうツンデレかと思ってたのに。

 

 「なんだったんだろ」

 「構って欲しかったんじゃないの?」

 「そんな子どもみたいな……いや、子どもみたいなものか。大人げないし」

 「おっ、奉ちゃんそういうフラグ的な発言しちゃう?尾田さんとフラグ建てる?」

 「やめてよ……」

 

 それはともかく、尾田さんは私にヒントを残してくれた。図書館ならほぼ確実に私が欲しい本もあるだろう。それを探すには足と目を動かさないといけないのがもったいないところだけど。こんだけ広い図書館でパソコンに蔵書検索機能がついてないなんてあり得ないでしょ!

 

 「宿楽さんはこの後どうするの?」

 「私は謎を解くよ!解くよ私は!ふん!」

 「そっか……まあ、どうしても気になるならそれもいいと思うよ。ぼくは、今日はもう寝るよ」

 「あっ、じゃあ私は湖藤君と一緒に行くよ。風海ちゃん、あんまり遅くならない内に部屋に戻ってね」

 「あーい!」

 

 奉ちゃんと湖藤さんは行ってしまった。ふむ、そう言えば奉ちゃんはいつも湖藤さんと一緒にいる。奉ちゃんの“才能”的に湖藤さんのハンディキャップはドンピシャでお世話してあげたくなる人だけど、どうもそれだけの関係って感じがしない。本当に付きっきりだし、むしろ奉ちゃんが湖藤さんを頼ってるような節も……。それに、尾田さんと湖藤さんの関係も……おっと、よだれが。

 

 「矢印向き放題の三角関係ってことか……熱い夜になりそうですな……ふふふ」

 

 ここに閉じ込められてしばらく発散できてなかったから、なんだか久し振りに燃え上がってきた。その手の本はさすがにない……よね?ワンチャン……。

 


 

 相変わらず、あいつは一体何を考えているのか分からない。できれば関わり合いになりたくないが、閉鎖空間ではどうしても顔を合わさざるを得ない。昼といい夜といい、平時といい緊急時といい、いつもあいつの目が光っている。僕を牽制しているつもりか。こんな夜遅くに図書館にまで張り込みやがって。

 

 「……」

 

 図書館のパソコンにあったあの謎、あいつも解いていたらしい。答えの擦り合わせはしていないが、どうせ同じ答えだろう。むしろそれ以外の解き方があったら是非とも教えてほしいものだ。しかし、あの謎は一体どういうことだ。謎3ということは、1と2があるということか。新館に移った段階で3が見つかったということは、1と2は分館の方にあったのだろうか。

 おそらくあの3人組はそれを知っているのだろう。あんな得体の知れない不穏な謎を共有するとは、とことん危機感が薄いやつらだ。いつかそれが自分たちの首を絞める結果になるだろう。だが、その前に情報は引き出さなければならない。甲斐はダメだ。完全に僕を警戒している。湖藤に聞くのも癪だ。となると……。

 

 「ちっ」

 

 あのアホに駆け引きが通用するとは思えない。聞けば率直に教えてくれはしそうだ。だが、そのことをペラペラと甲斐や湖藤に話すだろう。それが煩わしい。そもそもあの謎が何を示すものなのかさえ分からない。そんなものにここまでかかずらわってしまうことが腹立たしい。まんまとモノクマの罠に嵌まってしまっている自覚があるのに、この状況では無視できない。

 ひとまず見聞きしたことを日記につけ、さっさと布団に潜った。苛立って熱くなった頭が、柔らかな枕に支えられて熱を放射していく。曲がっていた背中と腰が真っ直ぐに矯正されて息苦しくなるほど筋肉が伸ばされる。

 そういえば、分館にあったはずの日記帳がなぜ本館にもあるのだろう。モノクマにかかれば大抵のことはできてしまえるのだろうと考えるが……微睡む頭ではろくに考えがまとまらない。苛立ちも疑問も手放して、そのまま深い眠りへと落ちていった。

 


 

 「オマエラ!何回言えば分かるんだよ!!」

 「何が」

 「ボクはいつまでオマエラのイチャコラを見せつけられてればいいんだよ!そんなの見たいんじゃないって言ってんだろ!」

 「知らねーよ!」

 

 本館には、分館と違って体育館にあたる施設がなかった。こんなに広いし設備も充実してるのに、舞台付きの建物はないんだ。きっと今頃、モノクマは分館をいたずらに爆破したことを後悔してるんだろう。イーストエリアとウエストエリアの丁度境目にある、本館1階の大ホールにみかん箱を並べて仮設の舞台として、そこに上って私たちに怒る。以前に輪を掛けて迫力がない。

 そうやってつい油断してしまうのがいけない。この前の分館爆破で、間違いなくモノクマは私たちを殺そうと思えばいつでも殺せることが改めてはっきりした。直接命を奪おうとはしてこないけれど、こうして呼び集められたということは、またコロシアイをさせる動機を用意したということだ。

 

 「そんなわけで、またまたボクはオマエラに動機という名のテコ入れをするのです!喜べよオマエラ!」

 「生存投票、身近な者の不氣味(ぶきみ)な映像……今度はなんだ?金でも積んでコロシアイしてくれと庶幾(こいねが)うか?」

 「そんなんでコロシアイしてくれんなら安いものだけどね。さすがに5000兆円は用意できないけど、ジンバブエの国家予算レベルなら用意してあげるよ!」

 「分かんねェよ!」

 「3〜5億円ってとこですね」

 「やっす!!?いや個人資産だとしたら高い!!?やっぱ分からん!!」

 「お金で殺しをさせようっていうの?そんな下劣なことに手を染める人がいてたまりますか!」

 「いやいや、オマエラが知らないだけで世の中には殺人代行なんて仕事もあるんだよ。有名所で言えばデュークとか東郷とかゴルゴとか!」

 「全部同一人物じゃん……」

 「ってちがーーーう!そうじゃなーい!金じゃなーい!」

 「長いノリツッコミだこと」

 

 モノクマは両手と両足を振り回して威嚇する。今更お金なんかのためにコロシアイをする人はいないはず、いないよね?

 とにかくモノクマが用意している以上、その動機は確実に私たちの中の誰かをコロシアイへと導く罠が仕込まれているはずだ。その罠に気付けば……気付いたところで止められないものだったら?最初の動機みたいに、必ず私たちの中の誰かが犠牲になるものだったら?その次の動機みたいに、その人にとって掛け替えのないものだったら?私に何ができるんだろう。どうすることもできないんじゃ……。

 

 「次の動機はそう!もっともっとオマエラに頭を使ってもらおうと思って用意したんだよ!その名もズヴァリ!」

 

 その体のどこにそんな跳躍力があったのか、モノクマは見上げるほど高く飛び上がった。そして落ちてくるときに、どうやって用意したのか大きなプラカードを手に持っていた。そこに、まるでテレビ番組のワンコーナーみたいに、動機のタイトルが書かれていた。

 

 「『裏切り者は誰だ!なんでも凶器アラカルト』〜!」

 「な、なんだあ!?本当になんだあ!?」

 「意味が分かりませんが……なんですかこの動機は?裏切り者?」

 「はいはい、説明するから黙って聞いててね」

 

 思っていたより間抜けなタイトルだったこと、だけど使われてる言葉のひとつひとつは不穏なこと、動機として考えたときに意味が分からないこと。全部の要素が私たちを混乱させる。モノクマは騒がしくなる前に私たちを制して、プラカードを裏返した。そこに動機の概要を図にしたものが描かれている。無駄に準備がいい。

 

 「ボクからオマエラに、お好きな凶器を1点プレゼントします!超科学的なものと核兵器以外だったらなんでもリクエストにお応えしちゃいます!絶対にバレない暗殺兵器でも、どんな屈強な肉体も一撃KOしちゃう毒薬でも、何もかも消し炭にする火炎放射器でも、な〜んでもござれ!」

 「絶対に死なないが死ぬような思いをするほどの劇薬はいけるか?」

 「うるさい!動機でシコろうとすんな変態!」

 

 最低だ。最低だけどそれで動機がひとつ潰れるならまだマシかも知れない。

 

 「ただし、凶器をもらえるのはボクの出す問題に正しく答えられた先着一名のみ!早い者勝ちだよ〜!」

 「問題?なんですかもったいぶって。さっさと出題してください」

 「うぷぷ♪それでは参りましょう!問題!」

 

 モノクマが笑う。嫌な予感しかしない。こんなところでモノクマが出す問題が、ろくなものであるはずがない。そんな私の予感は、憎たらしいほどに的中するのだった。

 

 

 「『裏切り者はだ〜れだ?』」

 

 

 その問いが意味するところを、私たちは正確に理解できなかった。だってそれは、少しずつ結束を強くしようとしつつあった私たちの努力を嘲笑うような、全てを水の泡としてしまうような問題だった。だけど、どうしても、悲しいほどに、私たちはモノクマの思い通りになってしまう。その可能性を突きつけられた瞬間から──信頼は、結束は、なんて脆いものなんだろう。

 

 「う、裏切り者……って、ウソでしょ……!?」

 「まさか手前どもの中に、裏切り者がいると……そうおっしゃるつもりですか……!?」

 「うぷぷぷぷ♫問題への質問は受け付けません!その意味と答えをしっかり考えて、最初にボクにその答えを伝えた人にだけ、なんでも凶器リクエスト権をあげちゃいます!期限は無制限!その間にコロシアイがあっても誰かが凶器を受け取るまでこの問題は有効ですよ!んじゃ、そういうわけで〜!」

 「あっ……!」

 

 またしても、モノクマは言いたいことを言うだけ言って去ってしまった。残された私たちには、もはやさっきまでの連帯感は失われていた。もともと全員がまとまれていたわけでもないのに、今はその道筋さえ潰されてしまったように感じる。この中に、裏切り者がいるだなんて……。

 

 「バカバカしい。あなた方はこれまで何を見てきたんですか」

 

 真っ先に、誰かが口を開くより早く、尾田君が言った。

 

 「裏切るもなにも、ボクたちは初めから仲間ではありません。お互いにいつ命を狙われるか分からない状況なんです。無闇に人を信じるから裏切り者なんて言葉に揺さぶられるんです」

 「ん、んなこと言ったってよう……モノクマははっきり言ったぜ?」

 「ええ、言いました。裏切り者は誰だ?そして質問は受け付けないと。モノクマは私たちに、裏切り者の存在を仄めかすに留め、その詳細は一切口にしませんでした。なぜそんな曖昧なものを信じられるのか分かりませんが、その疑心暗鬼こそが動機であることをいい加減理解してください」

 「つまり……オレたちがお互いを信じられなくなってコロシアイをさせるよう仕向けるため、いもしない裏切り者を探させようとしたということか?」

 「筋肉でできた脳にしては理解が早いですね」

 「それは褒め言葉か!?貶してるのか!?」

 

 相変わらず基本的なスタンスは変わらない、私たちをバカにしてる。でも尾田君は、裏切り者がいるかも知れないという私たちに、そんなものはいないとはっきり言ってくれた。普段から人を疑ってばかりで誰とも仲良くしようとしない尾田君が。それは彼なりに考えたただの結論なのだろうか。それとも、私たちを気遣って……。

 

 「いや、ないか」

 「ぼくはそうは思わないけどね」

 「読まないでって」

 「甲斐さんは分かりやすい方だからつい、ね。ごめんごめん」

 

 すっかり湖藤君に考えを読まれるのにも慣れてしまった。こんなのに慣れない方がいいとは思うけど、なんかもうそれが当たり前になりつつある。今更湖藤君に自分の感情を一から説明するのも面倒に感じるほどだ。

 

 「ぼくたちは基本的にコロシアイを回避したいという思いは一致してる。虎ノ森くんも岩鈴さんも、コロシアイを起こそうと思って起こしたんじゃない。だからまだ結束の可能性はあった。けど……」

 「けど?」

 「今回の動機は、凶器を得るための動機だ。つまり、そこには明確に殺意が存在する。もし何かが起きてしまったらぼくたちは……」

 

 そこから先の言葉を、湖藤君は敢えて言わなかった。だけど、私にも湖藤君の気持ちが分かった。もし誰かがモノクマの質問に答えて凶器を手にするようなことがあれば……そして、その先にコロシアイがあったのなら……それは私たちにとって初めて、“故意に起きた殺人”に向かい合うことになる。突発的じゃない、我を忘れてついやってしまったものじゃない、確固たる殺意と計画によって行われる殺人……。

 

 「ど、どうしてそんなこと言うの……?何も起きないって信じようよ……」

 「……甲斐さん。信じるっていうのは疑わないってことじゃないんだ。それに、もしもの可能性に備えて覚悟をしておくことは、自分の心を守るために必要だ」

 「心を守る……?」

 「目の前の誰かが、隣にいる誰かが、手を触れている誰かが、明日にはいなくなっているかも知れないという覚悟さ。ぼくは……もうずっと前からしてるよ」

 「……ッ!」

 

 重い言葉だった。私は既に二回もそんな経験をしてるのに、湖藤君の言葉は全く経験値が違うような響きを含んで聞こえた。それは湖藤君がいくつもの別れを経験してきたからなんかじゃない。私が、ちっとも覚悟できてなかったからだ。私はいつまで経っても、成長しないままだ。

 


 

 動機発表の後、私たちは朝ご飯を食べて、また解散した。脱出の手掛かりを探す人は早々に少なくなり、みんなここでの日常を有意義に過ごす方法を見つけたらしい。少しずつこの環境に慣れていくことも、モノクマに対する抵抗ではある。でもそれは、問題を先送りにしているだけだ。抵抗ではあるけれど、進歩のない抵抗だ。

 

 「甲斐様。お口に合いませんでしたでしょうか?」

 「えっ……?あ、ううん!そんなことないよ!いつも通り美味しい!」

 「左様でございますか。では、私は先に洗い物をしておりますので、どうぞごゆっくり」

 

 暗い考えがぐるぐる頭の中を回って、無意識に焼きジャケの身をお箸で突いて崩していた。あまりにも私が暗い顔をしてたからか、気付けば他に誰も残ってなかったせいか、谷倉さんに心配されてしまった。湖藤君まで帰っちゃってるなんて、よっぽど話しかけづらい雰囲気出してたんだな、私。

 いつまでも谷倉さんを待たせるわけにもいかないから、私はシャケをご飯に乗せて冷たくなった味噌汁をかけて猫まんまにして食べた。お行儀悪いけどこれが一番早いし、他に誰もいないから今くらいはいいよね──と思ったら、足下から視線を感じた。

 

 「うわっ!?」

 「わっ!?あ、ご、ごめん……びっくりさせるつもりは……」

 

 それはモノクマだった。いや、おでこに分かりやすく×マークが描いてある。これはダメクマだ。どっちにしても同じだけど。

 

 「な、なに?」

 「いやあ、甲斐サンもそういう食べ方するんだなあってちょっと気になって」

 「気持ち悪いなあ。あっち行ってよ。もう片付けるんだから」

 「あ、じゃあひとつだけいい?」

 「なに」

 

 モノクマと違ってダメクマはもじもじしてて、自分の言いたいことを遠慮無く言えるタイプじゃないらしい。見た目はモノクマと同じなのに、あの×マークが性格を変えてるんだろうか。まるで中身が違う人みたいだ。

 

 「モノクマが出して来た動機だけどね、みんな疑心暗鬼になる必要はないんだ。あんなのに答えはないんだから」

 「……?どういうこと?答えがないって」

 「あんまり言うとまたモノクマに目を付けられるから、ボクからはこれくらいしか言えないけど……とにかく、みんなにも伝えて。あの動機は誰も答えようとしなければ誰も答えられないんだから」

 「全然意味が分からない……。言いたいことがあるならはっきり言ってよ」

 「だからそれが言えないからこうやってなんとか伝えようとしてるのに……と、とにかく、せめて湖藤クンにはこのことを伝えてよね!彼ならこの意味が分かるはずだから!」

 

 また湖藤君か。私だけじゃなくてダメクマまで湖藤君を頼るとは、本当に彼には負担をかけてばっかりだ。一応、気にはなるから伝えることにはするけれど、それでなくても遠回しな言い方やもったいぶった態度が気持ち悪い。そもそもダメクマはモノクマの仲間なのか私たちの味方をしてくれてるのか、それも分からない。モノクマを敵視するのと同じくらい、ダメクマにも警戒をしなくちゃいけない。だからこうやって不意に出て来られるとびっくりするんだけど……。

 モノクマみたいにささっと消えることができないのか、ダメクマは短い足で食堂の外まで走って行って、ドアの向こうに消えた。食事中にぼうっとしていたせいで変なことを抱え込んじゃった。とにかく、今は使い終わった食器を片付けて谷倉さんの手伝いをしてあげよう。

 

 「谷倉さ〜ん……あれ?」

 

 食器を持って厨房に入っていくと、流し台のところに谷倉さんの姿はなかった。先に谷倉さんが持って行ったお皿は全部洗ってあったから、私も自分の分は洗って並べておいた。それでもまだ谷倉さんは戻って来ない。何か探し物でもしてるのかと思って厨房の中を探してみたら、食材倉庫の中から谷倉さんの声が聞こえた。何か独り言をぶつぶつ言ってるみたいだ。

 

 「谷倉さん?」

 

 呼びかけても返事がない。相当考え込んでるみたいだ。食材倉庫に入っていくと、棚の向こうに谷倉さんの姿が見えた。私に気付かない様子で色々考え込んでるみたいで、何を言ってるのか気になって聞き耳を立ててみる。

 

 「……っど。なんしかすらば陽面どんば料理っこきたわらすんが……?」

 「う、うん……?」

 

 何を言ってるか分からなかった。陽面さんの名前が出て来たような気がするけど。

 

 「つばっこんだらあわわらしぐでまんだもたさらね……月浦どにがやさらんで……」

 「月浦君……?」

 「ほぉばつこしぐでみっか?んだば……んああッ!!?」

 「うわあああっ!!?」

 

 棚の隙間から様子を伺っていた私と、急に振り向いた谷倉さんの目がはたと合う。その瞬間、谷倉さんは見たことないくらい目を丸くして大きな悲鳴を上げて転げた。あまりに大きな声だったから、私も驚いてひっくり返っちゃった。でも転がってる場合じゃない!転んだ谷倉さんを心配して、私はすぐに棚の裏に回り込んで谷倉さんに駆け寄った。

 床に転げた谷倉さんは私に気付くと壁まで這って後退りして、背中を向けて顔を隠しちゃった。

 

 「えっ!?えっ!?た、谷倉さん!?どうしたの!?大丈夫!?」

 「はっ……はあわあ……!あ、いえ、あん……!」

 「お、落ち着いて落ち着いて!だ、大丈夫……?」

 「あ、あの……甲斐どっ……甲斐様……!えっと……!なして……!?」

 「た、谷倉さんが流し台のところにいなかったから探しに来て……何してたの?」

 「……き、聞かられましたですか?」

 「敬語ぐちゃぐちゃになるくらい動揺してる。あの……なんか、ごめん。聞いちゃったけど……」

 「はうう……!」

 

 今にも泣き出しそうな声を出されると、私がものすごくひどいことをしたような気分になってくる。敬語はぐちゃぐちゃだけど、まだ何を言おうとしてるか分かる。さっきまでは一体何を言ってるのか……日本語かどうかも分からないくらいだった。耳まで真っ赤になってるところを見ると、もしかして谷倉さん、恥ずかしがってる?

 

 「ゆ、ゆっくりでいいから……っていうか、言いたくなければ言わなくてもいいし」

 「いえ……聞かれてしまったからには…・・・斯くなる上は……!」

 「えっ!?」

 

 そう言って谷倉さんは急に振り向いて飛びかかってきた。私は突然のことで動けない。ま、まさか谷倉さんがそんな……!

 

 「きゃあああっ!!」

 「どうかご内密にィィィイイイ!!!」

 「……え?」

 

 思わず目をつぶってしまった私は、思いがけない言葉におそるおそる目を開いた。目の前にあったのは、きれいに土下座をしている谷倉さんの姿だった。土下座というより旅館の女将さんがやるような座礼と言った方が正しいかも知れない。谷倉さんがあまりに必死な様子だったから、どっちでも同じようなものだけど。

 

 「な、なになに……?どういうこと……?」

 「……あ、あの」

 

 顔を上げた谷倉さんは、耳どころか頭から首まで真っ赤っかになってて、いまにも興奮で血管が破裂するんじゃないかっていうくらいだった。さすがに心配になって、その辺にあった水のペットボトルを持って来て飲ませてあげた。冷たい水で少し落ち着いたのか、谷倉さんは深呼吸して話し始めた。まだ顔が赤らんでて、体に異変が起きたせいか目が潤んでいた。

 

 「実は……わ、私、その……出身が地方でして」

 「うん、知ってるよ。私もそうだし、希望ヶ峰学園は多いよね」

 「そ、それでですね……。あの、な、なまりが……」

 「なまり?」

 「生まれた土地柄なのですが、あまりにもなまりがきつくて……標準語と違い過ぎるものですから、意識しないと会話にならないほどで」

 「ああ、さっきのって谷倉さんの地元の方言だったんだ。なんか……すごかったね」

 「うう……」

 「それを聞かれたのが恥ずかしいってこと?」

 「……は、はい」

 

 こんなに小さい人だっけ?っていうくらい谷倉さんは縮こまってしまった。あれはもう方言というよりも日本語とルーツが同じ独自言語ってくらい違った。でも別に恥ずかしがることないのに。

 

 「コンシェルジュとして皆様を完璧にサポートする立場でございますし、何よりこてこて方言のコンシェルジュなんて寡聞にして聞きません。やはり丁寧な言葉を使いこなしてこそかと思いまして、普段は気を付けているのですが」

 

 私は別に、谷倉さんの個性なんだからいいと思うけどな。あとこてこて方言のコンシェルジュって面白いし。

 

 「少々考え事に没頭しすぎて、つい地元言葉が出てしまいました……」

 「何考えてたの?」

 「陽面様にどのようにお料理をお教えしたものか悩んでおりまして」

 「ああ。この前言ってたやつね。谷倉さんがそんなになっちゃうくらい無理難題なんだ」

 「ああうう……よりにもよって甲斐様に聞かれてしまうとは……!恥ずかしすぎる……!」

 

 また顔を赤くしてるけど、なんだか今まで完璧なイメージがあった谷倉さんの素顔を見たような気がして、私は逆に嬉しくなった。それに、方言を話してるときの谷倉さんは、コンシェルジュじゃなくて普通の女の子って感じがしたし、そっちの方が私は好きかな。

 

 「そんなに恥ずかしがることないよ。みんな言わないだけで方言とか会話の中でつい出ちゃったりするし」

 「で、では私の地元言葉でも皆様に通じるでしょうか?」

 「……気持ちは伝わると思うよ」

 「言語でお伝えしたいのです!私の訛り方はあまりにもキツ過ぎて全然日本語に聞こえないんです!もう会話の最中に“んあん?”みたいな顔をされるのは嫌なのです!」

 

 “んあん?”みたいな顔をされたんだ。さっきの私もそんな顔になってたのかな。

 

 「ま、まあ谷倉さんがそれくらい真剣に陽面さんのお願いに答えてあげようとしてるっていうのは分かったよ。うん、私も手伝うし言葉のことは誰にも言わないから、気を取り直してさ」

 「は、はい……」

 

 意外な人の意外なところを知ってしまった。もし私が偶然聞かなかったら、谷倉さんはずっとこの秘密を抱えたまま一緒に暮らしていたんだろう。その覚悟をするくらい恥ずかしいと思ってるのも凄いし、実際今まで素振りにも見せなかったのがすごい。

 

 「全然知らなかったなあ。谷倉さんの訛り」

 「もう、あまり仰らないでください……それに、私だけではありません。どなた様も秘密というのはあるものです」

 「そうだね……でも、谷倉さんの秘密が、なんていうか……可愛いものでよかったよ。間違ってもそれを聞かれたからその人をどうこうしようっていう風にはならない、よね?」

 「もちろんでございます!恥ずかしいは恥ずかしいですが……とはいえ、知られてしまったものは仕方ないと、今では思います。甲斐様が温かく受け入れてくださったおかげかもしれませんが」

 「うん、そうやってみんなが自分の秘密を打ち明けられたら、もしかしたらまた一致団結できるかもね」

 

 思いがけないハプニングではあったけど、食料倉庫を出る谷倉さんの顔は恥ずかしがっている一方で、少しだけ笑顔が柔らかくなったように見えた。心に抱えて誰にも言わなかった秘密を私と共有したことで、何か肩の荷が降りたというか、気持ちに余裕が生まれたのかも知れない。

 誰かの秘密を無理矢理暴こうとは思わない。だけど、もし誰にも言えずに心の中で燻り続けてる何かがあるんだったら、それを誰かに打ち明けることでより固い絆で結ばれるようになる。私はそう思う。だからみんな、自分の秘密をなるべく誰かに打ち明けて──。

 

 「甲斐様は、何か秘密はお持ちでないのですか?」

 

 ──私の、秘密?

 それを尋ねる谷倉さんの瞳は、なんだかとても澄んでいて。とても清らかで。私はそれを……真っ直ぐ見られなかった。谷倉さんは事故とはいえ私に秘密を打ち明けてくれた。隠せなくなったから?いや、きっと私を信頼してるからだ。そうじゃなかったら、きっと誤魔化したりしてたはずだ。

 私は谷倉さんを信頼している……そうに決まってる。だから私の秘密だって、言えるはずだ。私の秘密……いや、秘密というには、自分でも思うくらいそれは露骨で。あまりにも当たり前で。秘密と呼ぶことさえ躊躇われるような……。

 

 「ないよ。なんにも。私は私だもん」

 

 だからこれは嘘偽りのない言葉なんだ。そうに決まってる。




隔週更新だと次の更新日をカレンダーに書いておかないとすぐ忘れてしまいましてね。
不意に「やべっ、更新忘れてる!」と思って実はセーフという流れを、本作が始まって5回はやってます。カレンダーに書いとけや俺

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