「どいつだ裏切り者は!!オレがぶっ飛ばしてやる!!出て来い卑怯者!!」
「うるさい!!そうやって出て来るような奴が裏切り者になるわけがないでしょう。もっとよく考えて──」
「テメエは何を考えてるってんだあ?口を開きゃルールがどうだ法律がどうだってバカの一つ覚えみてえに同じことしか言いやがらねえじゃねえか!それでテメエに何ができた!コロシアイを1回でも防げたか!?」
「なっ……そ、それは……!」
「芭串さん。言い過ぎです。心が荒ぶのは仕方ありませんが、それを闇雲に当たり散らしているだけでは──」
「余裕そうだなあ庵野!そういうテメエはどうなんだ!?」
怒れる芭串の拳が庵野の胸ぐらを掴む。大柄で筋肉質な庵野に對し、路地裏の
「落ち着けよ、ロイ。そのままじゃ結局全員を疑うことになる」
「ああ!?当たり前だろ!どいつが裏切り者か分からねえんだからよ!疑うに決まってんだろ!」
「それがモノクマの罠だと分かっていてもか?」
「罠だろうがなんだろうが裏切り者ってのがいるんだろ!?この中に!」
「それ自体がモノクマのウソかも知れない。奴はオレたちにコロシアイをさせるためなら、なんでもする奴だ」
「……クソッ!」
場を
「
俺に
「残念ネ。面白くならなくて」
「お前は修羅場を
「そう思うカ?ケンカを見るのは好きヨ」
「違うな。お前が見ているのはケンカじゃない」
「?」
「揉める芭串たちを見る
「むふふ♫
「せいぜい
「ウソばっか言うな!信じて欲しいなら人と話すときに目を見ろアル!」
「うっ」
小突かれた。結局じゃれに
しかし“超高校級”の
「む」
「裏切り者か……」
逆にそいつは、はじめはモノクマ側だったということになるな。初めの動機は全員に死の
「考えるだけ無駄だな。答えなどない」
ふと浮かんだ冷笑的な自分が、口を勝手に動かして思考を止めさせた。だがその通りだ。こんなものをいくら考えても答えなどない。そういえば今回の動機は、回答がひとり一回とは言われていなかったな。誤答に
「いかん、また考えている」
つい思索を巡らせてしまうのは物書き
俺は部屋に向かっていた足をそのまま
「さて、次はどれにするか……これはダメだ。下手したら死ぬ。こっちは……
見慣れたカバの意匠(もちろんモノクマに
「ん?」
ふと、足を止めた。俺の足を止めたのは目に飛び込んだ光景ではない。耳に滑り込んだ音だった。話し
「無理を言わないでくれよ、はぐ。それだけはどうしてもダメだ。分かるだろう?」
「いーやーだーいーやーだー!ちぐのケチー!」
「ケチでもいいさ。それではぐが守れるならね。とにかくどうしたってダメだ」
話しているのは月浦と陽面、
「プールで泳ぐの!泳ぎたい!お風呂にも浸かりたい!もうシャワーだけじゃさっぱりしないよー!」
「だから、ここには貸し切り風呂も個人用プールもないんだ。最初に約束しただろう?足りないものがあっても我慢するって」
「もう我慢できないよー!」
陽面の要求はごく簡素で素朴なものだ。泳ぎたいだの
「ちぐが許してくれないならいいもん!こっそり夜中に入りに来ちゃうかもね!夜なら誰もいないもん!」
「そんなこと言わないでくれよ。ただでさえ夜中に出歩くなんて、誰がはぐを狙ってるか分からないのにさせられるわけないだろう?」
「だったらいま入る!そうしないとはぐ、何するか分かんないよ?」
「ううん……」
あの月浦が、陽面にはまるで頭が上がらない。さすがに俺に
「仕方ないなあ。今度僕もついて行くから、夜中の誰もいないときにプールと風呂に入ろう」
「今度っていつ!?もう聞き飽きたよ!」
「それじゃあ、2日後だ。僕にも準備があるから、それまでは待ってもらうよ」
「準備って、ちぐも泳ぐの?」
「僕はいい。はぐが泳いでるのを見てるから。その代わり、はぐは好きなだけ泳いでいいよ。お風呂だって」
「わーい!やったー!ありがとう!ちぐ大好きー!むぎゅっ」
「うっく」
結局は月浦が折れた。
しかし期待してはみたものの、それほど面白いものではなかったな。月浦が陽面にだけ甘いのは今に始まったことではないし、陽面が欲求
「ふふふ……もしそれが他人に明らかになってしまったときは……
困ったことになった。仕方なく約束なんてしてしまったけれど、こんな状況ではぐに肌を露出させるのは危険が大きすぎる。人払いなんて簡単だけどそうじゃない。それではぐの気持ちが緩んでしまうのが一番まずい。とはいえ、このままストレスを抱えさせていてもそのうち限界が来る……!ひとまず、どうにかして明日の晩は乗り切らないと……!
「どうした月浦?珍しく頭なんて抱えて」
「うるさい。お前なんかには解決できないことだ。放っておいてくれ」
「ツレないなあ。マリカちゃんはせっかくちぐを心配してるっていうのに」
毛利はもう二度とはぐには近付けさせない。狭山はいなくなったが、こいつだってあいつと一緒になってはぐを操ってたんだ。反省しているように見せかけて、狭山と同じようなことを企んでいないとも限らない。カルロスなんかは論外だ。こんなヒーロー気取りの好色筋肉達磨をはぐのそばに近付けたら何をしでかすか分からない。
ああ、もう。この場所はとにかく危険要因が多すぎる。ただでさえはぐがストレスで何をするか分からない状況だっていうのに、コロシアイの火蓋を切った虎ノ森といい、マインドコントロールした狭山といい、どいつもこいつも僕の想像を超えてめちゃくちゃだ。普通の人間にできる限界を超えた“超高校級”がこんなに厄介だなんて思わなかった。
「どうせ陽面のことだろう。心配することはない。谷倉が見ているのだ」
いま、はぐは谷倉に料理を教わっている。谷倉曰く、はぐの料理スキルは初めの一歩を踏み出したところだそうだ。当たり前だ。包丁なんて危ないもの、はぐに使わせられない。火なんて使って火傷して一生物の傷になったらどうするんだ。跳ねた油が目に入るかも知れない。ナスのヘタについたトゲが刺さるかも知れない。水仕事は手が荒れるし鍋を振るには力が必要だ。料理なんて危ないことだらけだ。こうしてる今もはぐが心配でたまらない。なのに、はぐは練習中は僕が厨房に入ることを禁じた。どうしてなんだ。どうして僕じゃなくてあんな奴に教わりたいんだはぐ!!
「うわあああああっ!!!はぐううううううっ!!!」
「うるさい奴だ。心配しなくても滅多なことは起きん。谷倉を信じられないのか」
「信じられるか!他人なんて!」
「部分的に同感だな。他人など信じるものじゃない。だが信じる足る
「よくそんな呑気なことが言えるな!?はぐが料理をしてるんだぞ!?心配するだろ普通!」
「月浦。お前が陽面のことを自分よりも大切にしているのは、ここにいる全員承知
「お前なんかには分からないだろ。はぐは僕の全てだ。はぐがいて僕がいるんだ」
「オオウ!素晴らしく
「はあ?」
うるさい暑苦しいキモい。一体何を言ってるんだこの筋肉は。
「ふざけるな。僕とはぐが結ばれるだと?」
「うん?何か問題が?」
「当たり前だ。はぐが僕みたいな陰キャと一緒になる?僕みたいな日陰者と結ばれる?あり得ない!はぐは光の中を歩くべき人間だ。僕とは住む世界が違う。僕なんかと一緒になってはぐの人生に一分でも陰が生まれたら僕はどう責任を取ればいいのか分からない!そんなことは絶対にあり得ない!二度とそんなふざけたことを言うな!」
「……???」
「なんで分からないんだ!!」
「つまり……ちぐは、はぐちゃんにはもっと相応しい相手がいるはずだと思ってるってことかい?」
「はぐの、相応しい相手……?はぐが、僕以外と……」
誰だそいつは。顔も分からない。声も分からない。身長も体重も目の色も仕事も性格も何一つ!仮にはぐにとって理想的な相手が現れたとして、はぐが僕以外の奴と一緒に……?僕以外にあの笑顔を……いや、僕も知らないはぐの顔を、僕以外の男が知る……だと!?
「い、いやだああああっ!!!は、はぐが僕以外の男と一緒にいるなんて……想像しただけで吐きそうだ!!そんなこと許さない!!認められない!!はぐの側にいるべきなのは僕なんだ!!」
「じゃあ結局月浦と陽面がくっつくしかねェじゃんか」
「そんな分不相応な話が罷り通るわけがないだろう……!!僕とはぐじゃ釣り合わない!!はぐにはもっとぴったりの相手が……いてたまるかあああっ!!!」
「なんなんだよ」
くそっ!こんなヤツらの話をまともに聞いたせいで、今まで考えたこともないことを考えさせられてしまった。はぐが僕と離ればなれになるなんてあり得ない。でも僕がはぐと一緒になることもあり得ない。はぐははぐの輝ける人生を歩むべきだ。僕はその道を支える柱であればいい。はぐが何一つ心配せず、何一つ傷つかずに先へ進めるように骨身を捧げる縁の下の力持ちであればいい。できればはぐにはその存在すら気付いて欲しくない。でもはぐが僕以外の男にハグするようなことは絶対に許せない!
「まさに混沌だな。向くべき矛先を失った感情がこちらに飛び火しないうちに、俺は席を外すとしよう」
「結局ちぐは、はぐちゃんのことが好きなのか?好きじゃないのか?どっちなんだ?」
「好いてはいるんだろう。だがお前が考えるような単純な好意とも違うということだ。まあ、その辺りは探るだけ無粋というものだ、カルロス。日本人はお前のようにオープンじゃない」
「オレがちぐだったらメチャクチャ言ってるのになあ。
「お前みたいなナンパなヤツは絶対はぐに近付けない」
いけない。こんなヤツらの言うことを真に受けるな。もしこいつらが本当にはぐに手を出そうものなら、それこそ僕がどんな手段を使っても排除しなくちゃいけない。まったく、ここのルールが忌々しい。学級裁判なんていう制度があるせいで、迂闊に他人を排除できない。僕が誰かを殺してしまったら、僕とはぐはどうあっても別れてしまう。はぐがシロなら僕もシロ、はぐがクロなら僕もクロにならないと、ここでは生き残っても死んでも同じことだ。いや、はぐが僕のために死ぬなんてあり得ないから、僕は常に死ぬ側か。
もしはぐと僕以外の全員を殺したとして……学級裁判は開かれるのだろうか。答えの分かり切った、裁判。普通の人間が二人なら、その裁判に決着は着かない。だけどはぐと僕だったら……。
「きゃあああっ!!!」
「っ!!?なんだ!?」
「はぐ!」
考えるより先に体が動き出していた。そういう風に自分を変えたからだ。何か異常があればすぐにはぐの元に飛んでいく。僕はそのためにはぐの側にいるんだ。
厨房から聞こえたはぐの悲鳴を聞きつけて、僕は椅子を蹴っ飛ばして飛び出した。厨房に入る観音開きの扉を叩き開けると、僕は信じられないものを見た。はぐが……はぐが……!
「だ、大丈夫ですか陽面様!?お怪我はされていませんか!?」
「ううっ……あっ、み、みかど……ちゃん……!?」
床に倒れ伏すはぐ。谷倉が焦った様子ではぐに近付いている。はぐの近くにはひっくり返ったボウル……そしてはぐの体は、頭から足の先までずぶ濡れだった。床にできた水たまりにはぐの体の一部が映り込んでいる。
なんではぐが水を被っている?違う……!このままじゃ風邪を引いてしまう!そうじゃない……!今日のはぐはいつもの格好じゃない。料理をしやすいようにと谷倉に言われて、Tシャツを着てるんだ。水に濡れて肌に張りついたTシャツ越しに、はぐの肌が見えている……!
「!」
「つ、月浦様……!?」
背中に爆薬が付いたみたいだ。考えるより早く、感じるより早く、認識するより早く、僕の体ははぐの元に駆け寄っていた。上着を脱いではぐの全身を覆い隠すように被せる。そこでようやく、はぐと谷倉は僕の存在に気付いたみたいだ。そんなことはどうでもいい。
「……ッ!!」
「あ、あのっ、着替えてお体を乾かさないとお風邪を召されます!」
「ち、ちぐ……あのっ、わ、わたし……!ごめんなさい……!でも……!」
「……大丈夫。大丈夫だよ、はぐ。大丈夫……!」
僕は、はぐを抱きかかえるようにして立たせ、上着がずり落ちないように気を付けながら背負って、厨房を飛び出した。濡れたはぐの体から僕の服に水気が移る。そんなことを気にする余裕もなく、僕は食堂を通って個室へと向かった。
「な、なんだあ?月浦のやつ、陽面連れてどっか行っちまった」
「ああ……なんてことでしょう。私がついていながら、陽面様に怪我などあったら……!」
「月浦の過保護はいつものことだ。それより、一体何があった?」
「陽面様がお水の入ったボウルをひっくり返されて、頭から丸被りに」
「そんなコントみたいなことがあるのか」
「っていうか料理を教えてたんじゃないのかい?なんでまたそんなことに」
「陽面様はその……お料理を一からお勉強なさっているので、まずは道具の扱い方から」
「先は長いな」
条件は揃った。これ以上様子を見る理由はない。必要があるから実行する。ただそれだけだ。
「ワオ!やった!
だらけきった姿勢で待っていたモノクマが飛び起きる。心底嬉しそうに跳びはねているのは、回答者の気分を煽るためだろう。だが今更そんなもので心を揺さぶられはしない。揺さぶられている場合じゃない。
「どうやら答えが分かったみたいだね。うぷぷぷぷ!それではお尋ねしましょう!」
改まった態度でモノクマが問いを下す。
「裏切り者はだ〜れだ?」
答えのない問い。答えのなかったその問いに、この口が答えを産む。それが本当に正しい答えなのか、最後まで確証はなかった。だが不思議な確信はあった。これ以外に答えがあるはずない。その答えを聞いたモノクマは、吊り上げた口角を更に吊り上げて、赤い眼をぎらりと光らせた。
「うぷ、うぷぷ♫うぷぷぷぷ!うぷぷぷぷぷ!!」
その笑いに深い意味など無い。ただこいつが楽しいだけだ。
「だいだい大正解ィ〜〜〜!!おめでと〜〜〜!!うぷぷぷぷ♫さて、オマエは記念すべき最初の正解者です!というわけで、どんな凶器でも望むものを与えてあげます!さあなんでも言ってごらん!!」
ここまでは予定していた通りだ。やはりモノクマの性格は最悪だ。この動機は本当に、自分たちの疑心暗鬼を加速させるためだけのもので、もしかしたら正解されるつもりすらなかったのかも知れない。だからここで言う“どんな凶器でも”がどれほど有効か、そっちの方が心配だ。
たとえば、こんなものはさすがのモノクマでも用意できないんじゃないだろうか。
「……はあ?なにそれ?」
やっぱりダメだったか。
「う〜ん……用意できないことはないよ。手に入れられないものじゃないし。でも、それをオマエに渡すとなると話が変わってくるなあ。どうしたって隠し通せないし、オマエが自由に扱えるようなものでもない。ちなみにだけど、オマエはその
この反応は意外だった。てっきり不可能なものやコロシアイのルールに反するような凶器は突っぱねられると思っていた。しかしモノクマのこの反応は、可能な限り相手の要望を叶えようとする態度だ。なんでそんなところばっかり真摯なんだ。腹が立つ。
どうせ監視カメラで全て見ているのだから、モノクマに隠し事をする意味はない。計画の全てを話した。
「……ふむふむ。うぷぷ♫なるほどねえ。ボクにだけは言われたくないって思うかも知れないけど……オマエ、かなりヤバいね」
こいつにだけは言われたくない。
「そういうことなら、少しだけ形を変えれば同じ凶器を用意できるよ。ただし、扱いには注意が必要だけどね。代わりと言ってはなんだけど、ボクが少しだけプロデュースしてあげるよ。オマエの
望んだとおりの凶器とは少し違う。取り扱いに特別な注意が必要になってしまう。最初にモノクマから聞かされた説明とは少し違うイレギュラーな対応。その穴埋めとして、モノクマが力を貸すという。大量殺人計画とはまた人聞きの悪い言い方をする。こいつにとってはそっちの方が面白いのだろうから、敢えて気勢を削ぐようなことは言わないでおくが。
本館に移ってきてからしばらく経った。モノクマが裏切り者の存在を仄めかしたせいで私たちの間には薄ら疑心暗鬼の空気が流れている。尾田君や菊島君みたいに全く意に介さない人も、芭串君や理刈さんみたいに翻弄されてしまう人も、お互いを信じないようになっている点では同じだ。
結局私はまた湖藤君と宿楽さんと一緒にいる。この二人だけはどんな状況になっても私と一緒にいてくれる。
「皆様、おはようございます。朝ご飯の支度ができていますよ」
毎朝誰よりも早起きして朝ご飯の用意をしてくれてる谷倉さんが、厨房からお膳を持って来た。ひとりひとりにお膳を配っていくと、自然に余りが出て来る。いつも寝坊したりひとりで勝手に朝ご飯を済ませている人の分だ。すっかり慣れたもので、そういうときは温め直すために一旦下げる。来ない人は放っておいて、私たちは先に朝ご飯を済ませた。
「……遅くない?」
誰かが言った。まだ二人、起きてこない。ひとりは王村さんだけど、あの人はいつものことだから今更心配になんてならない。もうひとり、菊島君が来ないのは少しおかしい。いつもだったら私たちが朝ご飯を食べている間に、寝坊した人も起きてきてだいたいみんな揃う。食べるのが一番早い芭串君が食べ終わるまでには谷倉さんが全員分のご飯を配り終わって食べられるんだけど、まだ揃ってない。今日は特に寝坊しているだけか、と思ったけれど、その後少し待ってみてもやって来ない。
「確かめようとしないんですか?」
なんとなく、全員が全員の様子を伺って、誰も席を立てない凝り固まった空気の中、尾田君が言った。分かってる。その言葉の真意が何か。いつまで経っても現れない人がいる。本館に移ってきてしばらく経って、モノクマから動機も発表された。最初の事件も、二回目の事件も、その日の朝は嫌な予感がした。今もだ。誰かの死の予感だ。
「湖藤君、どうしよう……?」
「迷っていても仕方ないよ。探しに行こう。部屋で眠ってるだけならいいんだけど……」
「まったく、世話の焼ける。それじゃあ、班に分かれて探しましょう。何があるか分からないから必ず3人以上で行動すること」
「面倒ですね」
「何かあってからでは遅いのよ。現に……菊島君が起きてこないじゃない」
「十中八九なにかあったでしょうね。そろそろ、誰かが我慢の限界に達する頃だと思っていました」
「ど、どういうことでぇ……!?」
「この状況下ではコロシアイなんて簡単に起きるってことですよ。もうあなた方もいい加減に受け入れたらどうですか。僕たちは、お互いの命を狙い合う間柄なんです」
尾田君はそう言ってひとりでさっさと行ってしまった。3人以上で行動しようって言ったばかりなのに。
「ちょい待ち
「おいコラ!待てオイ!」
「こらお前たち!軽率に……すまない。取りあえず私が付き添う」
「うん、お願い毛利さん」
その尾田君を、長島さんと芭串君が追いかけて、それをさらに毛利さんが追いかけた。もしも何かあっても、あの三人がいれば大丈夫だろう。私は湖藤君と宿楽さんと班になって、それにボディーガードにカルロス君が名乗り出てくれた。尾田君たちはどうやら2Fに行ったらしいから、私たちは1FのWエリアへ、二人を探しに向かった。
かと思いきや、食堂を出たところで王村さんと鉢合わせた。ふらふらした足取りで気持ち悪そうに歩いていた。
「あ、王村さん。おそようさん」
「うっ……気持ち悪い……。頭に響くから朝からデケェ声出しねェ」
「二日酔いかな?今日は特にひどいね」
「おう。こりゃァ迎え酒するしかねェな」
「無限ループって怖くない?」
なんかもう、呆れた。もういいと思ってたけど、やっぱり心のどこかで心配してたみたいだ。ものすごく損した気分になった。
朝ご飯を済ませた後にいつも散歩している本館内だけど、一人が行方知れずになっているという事実だけで、空気が異様に張り詰めて感じられるから不思議だ。菊島君は運動が嫌いだからスポッツァにいるとは思えないけれど、今となってはどこにどんな風にいてもおかしくない……そんな風に思ってしまう。壁の裏を見るたびに、ドアを一枚開ける度に、角を曲がる度に、そこに菊島君がいたらどうしようと考えてしまっていた。
「心配することはないよ、マツリちゃん」
私の不安に気付いて、カルロス君が励ましてくれる。いつでも明るいカルロス君がそう言ってくれるだけで、少し心が温まったように感じる。だけどすぐに湖藤君が、その心に冷や水を浴びせた。
「根拠はあるの?」
「もちろんあるさ。オレたちはもうコロシアイなんてしないって言ったろう?リョウやハナちゃんがどうなったかを見れば、二度と同じようなことをしようなんて考える人はいないさ。もしこの辺にタイシがいるとすれば、疲れて眠ってしまっているだけだよ」
「悪いけど、それを日本語では根拠とは言わないんだ。敢えて言うなら“楽観”……“覚悟”の対義語だよ」
いつになく言葉に棘がある。湖藤君らしくない発言に、私と宿楽さんだけでなくカルロス君も目を丸くしている。本館に満ちたただならぬ空気を、湖藤君も感じ取っているのだろうか。ますます私の足取りは重くなる。
スポッツァは普通に歩けば10分もかからずに見て回れるのに、臆病になりすぎたせいか、隈なくチェックして回るのに20分もかかってしまった。結局そこに菊島君の姿はなく、怪しいものも怪しい人も見当たらなかった。
「他に菊島さんが隠れられそうな場所とかないかな?」
「非常用具庫は?」
「あの重たい扉を菊島さんに開けられるとは思えないよ。知ってる?菊島さんってガリガリなんだよ?」
「なんでフウちゃんがそれを知ってるんだい?」
「……ま、万が一ってことがあるから探しに行きましょう!」
サングラスに温泉マークが表示されてるのと、宿楽さんの全然誤魔化せてない不審な態度……その結論を問い質すより前に、今は菊島君を見つけることが大事だ。私たちは念のため、非常用具庫に足を向けた。
でもその足は、一歩踏み出したところで止まってしまった。突然視界が暗くなったからだ。バツン、と太いロープが弾け千切れるような音がしたかと思うと、目の届く範囲であらゆる照明が消えた。
「わわわっ!?な、なになになに!?」
「停電だ!」
「マツリちゃん!フウちゃん!リン!オレの後ろに!」
狼狽える私の耳に、湖藤君の叫びとカルロス君の言葉が飛び込んでくる。すぐに的確に状況を把握した湖藤君と、とっさに私たちを守るために行動してくれたカルロス君。突然明かりが消えて二人とも私と同じようにほとんど何も見えてないはずなのに、私より素早く行動してた。楽観してると思ってたカルロス君も、本当は心のどこかで警戒してたんだ。私たちを心配させまいとわざとあんなことを言ってたんだ。それを、今の一瞬で思い知らされた。
しばらくその場で固まってたけど、何もない。どこかから誰かが襲い掛かってくることも、何かの仕掛けが動き出すことも。何も。
「……ただの停電か?」
「まさか。こんなときに停電なんて都合がよすぎる。明らかに人為的なものだよ。雷の音だってしてない」
「じゃあこうしてる今も、もしかしたら……!?」
「ど、どうしようどうしよう!?えっとえっと……!?」
「落ち着いて。停電だって非常事態だ。今からぼくたちが向かうところこそ、こういうときに行くべき場所じゃないか」
「非常用具庫!そうだ!確かあそこに非常用発電機があったはず!」
不幸中の幸いというのか、ちょうど私たちが向かう場所に、この停電を解決してくれるものがあった。本館の中は外から差し込む光もなく、真っ暗で目が慣れても手探りで少しずつ進むしかない。まさに暗中模索だ。それでもようやく非常用具庫が近付いて、暗闇の中になんとなくそのシルエットが浮かんでくると、カルロス君は真っ先に飛び出して非常用具庫の扉を開けた。中も真っ暗だ。非常事態用の施設なんだから、庫内の豆電球ぐらい別電源につないでくれればいいのに。
「確かこの辺りに非常用発電機が……」
「気を付けてよカルロスさん。あんなクソでか発電機で頭打って倒れたら笑えないからね」
「ははは!心配しなくてもそんなにこのカルロスの頭はヤワじゃないさ!ほうらあったあった」
真っ暗で全然見えないけど、どうやらカルロス君は発電機を探し当てたようだ。重たいものを床に置く音がして、ガチャガチャと手探りでハンドルを探す音がした。
「おいおいなんでェ!もう誰かいやがんのか!?誰でェ!」
「その声は……王村さん?どうしてここに」
「理刈もいるわ。あと庵野さんも」
「突然世界が闇に包まれたので、ここに発電機があることを思い出して来たのです。その声は甲斐さんですね。ということは、中にいるのはカルロス君ですか?」
「よく分かったな!そこでしかと見ておくことだ!このカルロス・フェルナンドが世界に光を取り戻す瞬間を!」
「大袈裟だし見えないって言ってんのに」
カルロス君が大声で騒ぎたてた後、いきおいよくハンドルを引く音がした。激しいモーターの回転音がするけど、世界は依然として真っ暗なままだ。どうやら電力が足りないらしい。
「カルロスさん!もっともっと巻かないと!もっとも〜っとほらもっと!」
「そう急かさないでくれよ。すごく重たいんだから」
「何してるアル!発電機はどうしたカ!」
「あれ!?そ、その声は長島さん!?2階に行ったんじゃなかったの!?」
「ここに発電機があるのを思い出して復旧させに来たヨ!
「まーわーせ!まーわーせ!」
「応援ありがとう!うおおおっ!!オレはやるぞ!!」
「はあ〜!回セ回セ回セ回セ回セ回セ回セ回セマ・ワ・セ!」
「すごい早口」
「ウオオン!!オレは人間発電機!!」
「渋滞してんなァ」
長島さんと宿楽さんのヤジのような応援(むしろ応援のようなヤジ)でカルロス君は元気が湧いてきたようで、暗闇の中から猛々しい声とエンジンを回す激しい音が聞こえてくる。建物全体の電気を供給できるほどの発電機だから、レバーの重さもひとしおなんだろう。何度も何度も、カルロス君は引きまくる。
しばらく回していると、照明がチカチカと光り出した。薄く光の灯った中で、みんなの姿が一瞬だけ見える。ほとんど勢ぞろいだ。
「もうちょっと!カルロス君がんばって!」
「フフフ……!えいしゃおらああああああああっ!!!」
一瞬見えただけでも、カルロス君が必死になっていることが分かった。上着を脱いでシャツの前のボタンを全部開けて、ほとんど上裸だ。そんな状態で最後に強くレバーを引くと、発電機が重く鈍い音を立てて稼働し始めた。それに呼応するように、建物全体の照明がついた。
「点いたあああっ!!」
「ちょっとみんな集まって!!暗いのにうろうろしないでよ!!」
汗だくになったカルロス君が倉庫の中でへたり込んで荒く息を吸っては吐き出している。応援していたはずの宿楽さんと長島さんは全然明後日の方向を見ていた。王村さんと庵野君は何をどう勘違いしたのか、ホールの離れた場所をうろついていた。なんだろうこの光景。でも声がしたみんなの姿はその場で確認できた。1階の近くを捜索していた人たちと長島さんがいる。それ以外の人たちは、きっと停電でここまで来ることもできなかったんだろう。菊島君も気になるけれど、まずは今いる人たちの安全が確認できて私はほっとした。
「と、取りあえず、一旦みんなで集まろう。他の場所に行った人たちも呼び集めてさ」
「んじゃかばーーーん!モノクマ登場だよ!!」
「きゃあっ!?」
「な、なんだ!?」
「いやいやまったくびっくりしたよね。まさか停電しちゃうなんてさ。でもよかったよ。
「……!」
みんなの無事を確認するために集まろう、そう提案した矢先にモノクマが上から降って来た。目の前に落ちてきたからびっくりした。そしてモノクマはニヤニヤ笑いながら、意味深な抑揚をつけて私たちを見る。
「11人?8人しかいねェじゃねェか」
「え……あ、あれ?ホントだ。ボクってばうっかり!勘違いしちゃった!」
「どうでもいい!すぐにみんなを集めて安否確認しないと!長島さん、尾田君と芭串君と毛利さんは!?一緒じゃないの!?」
「あいつらは置いてきたヨ。暗い中で余計なお荷物抱えてらんないネ。ワタシは夜目が利くからひとりでも大丈夫ヨ」
「お荷物って……じゃ、じゃあもしかしたらあの三人が……」
「ボクたちがなんだっていうんですか」
理刈さんの指摘で初めて、尾田君を追いかけて2階に行ったはずの長島さんがひとりでここに来てることに気付いた。どうやら長島さんは発電機を回すために、停電の本館で目を凝らしながらここまで来たらしい。夜目が利くってレベルじゃないような……。
でも真っ暗な中で置いてけぼりにしたらそれこそ危険だ。そう言おうとした矢先、ホールの向こうから尾田君の声がした。隣には毛利さんと、肩で息をした芭串君もいる。どうやらみんな無事らしい。なんでだけ芭串君だけが疲れてるのか分からないけど。
「尾田テメー!スロープある方から降りるっつったろ!普通に階段降りてんじゃねーぞ!毛利も普通にガンガン進んでんじゃねえよ!」
「なんでボクがあなたに合わせなきゃいけないんですか」
「歩きにくいなら脱げばよかっただろう」
「あ、なるほど」
「はあ……どうしてボクの周りにはこうアホが寄ってくるんでしょう……」
「類友ってやつですかね!……あ、すいませんなんでもないです」
尾田君にじろりと睨まれて宿楽さんが縮こまった。今のはどう考えても余計な一言だ。それより、これで11人の無事が確認できた。あとは地下に向かった谷倉さんと陽面さんと月浦君それからまだ見つかってない菊島君だけだ。月浦君がいれば陽面さんは大丈夫だと思うけど、あとの二人が無事か心配だ。
「地下階に行こう」
湖藤君の一言で、私たちは全員で階段へと向かった。本館内はすっかり明るくなっていたから、少し離れた場所にある地下への階段へも迷わず行けた。停電の影響か、昇降機が上がってこないから、湖藤君には階段の上で待機してもらって、護衛に庵野君とカルロス君に残ってもらった。
私にはそのとき、地下階へ降りる階段の入り口が、獲物を待つ怪物の口に思えた。この下に入ってしまったら、何か恐ろしいことが起きるような……そんな予感がした。本当だったらこのときに気付いてたっていいくらいだ。誰も上まで上がってきてないことの、その意味に。
「ううっ……」
恐怖心で心臓ががなる。緊張しているせいで体の動きがぎこちない。それが却って階段を駆け下りる足を進ませて、私は転がるように階段を下りていった。たった1階分降りるだけの階段が、果てしなく長く感じた。このまま地の底まで降りて行くんじゃないかと思うくらい時間の感覚が狂っていた。
そして、足が止まった。階段が消えていた。私たちが目指していた地下階は失われていた。
「……は?」
「ッ!み、みんな……!」
階段が続く先に床はない。代わりに、歪んだ私たちの姿が映っていた。水だ。大きくうねりながら階段から下を飲み込んでいるそれは、そこから先で何が起きているかを如実に物語っていた。水面に近い場所で、なんとか避難してきたのか足下をびしょ濡れにした陽面さんと月浦君が座り込んでいた。私たちの姿に気付くと、陽面さんはくしゃくしゃになった顔を向けた。
「これは……水没しているのか……!?」
「谷倉はどうした!一緒にいたんじゃないのか!」
「み、みかどちゃんは……!」
「……谷倉は、地下に残ったままだ。どうなってるかは……分からない」
「そ、そんな……!」
一体何が起きたのか。地下が水没するほど大量の水なんて、一体どこから流れてきたのか。さっきの停電と関係あるの?谷倉さんはどうなったの?それに、まだ菊島君だって見つかってない。この水はどうすれば……!
「はいはいオマエラ!どいたどいた!」
「ぎょっ!?モ、モノクマ!?」
「さすがにこれじゃあ何にもできないから、今回もボクがオマエラのために一肌脱いであげるよ!いま水を抜くから、オマエラそこから動くなよ!落っこちて巻き込まれても知ーらない!」
階段の上から、顔にシュノーケルをはめてフィンをつけたモノクマが降りてきた。そんな雑な装備でどうにかなるとは思えない。そもそもモノクマはロボットじゃなかったのか。そんなツッコミをする暇もなく、モノクマは勢いよく水の中に飛び込んで行った。悔しいけど、この水をどうにかできるのは建物のことを熟知しているモノクマしかいない。私たちは、ただ待つことしかできない。残された谷倉さんの身を案じながら。
ほどなくして、階段一段分の水が引いた。どうやらモノクマが水を抜いているみたいだ。嵩が減ってくると水が抜ける速度も速くなっていって、そこから先はあっという間に水が引いていった。壁のシミが見えると、だいたいどのくらいの高さまで水がきていたかがよく分かる。私の胸より上くらいまで来てたから、もし中にいたら大変なことになる。何かに捕まって浮いていれば溺れることはないかも知れないけれど、激しく体力を消耗して弱っているはずだ。私たちはすぐに下に降りていった。
「二人とも!谷倉さんはどこに!?」
「お、奥の部屋に入って行った……はずだ」
まだ足下に残っている水なんて気にせず、ざぶざぶと波を立てて進む。私は階段を降りて、地下の細い廊下を曲がった。その奥に、谷倉さんがいるはずの部屋がある。
「あ……」
角を曲がったとき、曲がってすぐ。いた。谷倉さんが。いた。あった。そこに。浮いて。倒れて。私に向かって。部屋から。部屋にはもういなくて。目の前に。手が。頭が。私を、私の足。縋るように。
「あああああああああああああああッ!!!!」
声が。自分の声。自分じゃないような。喉が焼ける感覚。止まらない。飛び出す。吐き出すように。意識が遠のく。信じられない。信じたくない。こんなの。耳が痛い。頭が割れる。
「ま、奉ちゃん!?ちょっと、どう……ひぃっ……!?た、谷倉……さん……!」
「何をしてるんだ!早くこっちに連れて来い!まだ助かるかも知れないだろ!」
体が重い。冷たい。私の周りにあるのは、水?また嵩が増えてる……?違う。私、転んだんだ。毛利さんの声がする。私の隣を、ざぶざぶと人が歩く音がする。宿楽さんと毛利さんが谷倉さんを抱えていた。完全に脱力した体は、まるで物のように水面を滑る。
「こっちに来い甲斐!お前の力が必要だ!応急処置の心得があるだろう!」
「あっ……うぅ……」
「そこで泣いていて谷倉が助かるのか!急げ!」
「うあっ……は、はい!」
喉が痛くて上手く声が出せない。それでも、毛利さんの必死な叫びに引かれるように、体は勝手に起き上がった。毛利さんたちを追って階段まで戻ると、踊り場まで持ち上げられた谷倉さんが仰向けに寝かせられていた。水を吸って重くなった服に邪魔されながら、私はそこまで這うように上る。
寝ている谷倉さんの肌は血の色が薄く、まぶたと口が生々しく閉じかけている。口元に手を当てるけれど空気は動かない。
「甲斐!早く!」
「あ、は、はい!」
水が染みて黒ずんだ上着を脱がして下着だけにし、顎を上げて気道を確保する。胸の中央に両手を当てて、真上から手の付け根で強く押す。何度も。何度も。切れ間無く、一定に。口から空気を送り込んでむりやり酸素を送り込む。胸を押して、空気を送って、また押して、空気を送る。ただひたすら、谷倉さんが息を吹き返すまで、それを繰り返す。
「谷倉さん!谷倉さん!戻って来て!お願いだから……!!」
全体重をかけて谷倉さんの胸を押す。腕が軋むほどの痛みなんて気にならない。全力で谷倉さんの肺に酸素を送り込む。くらくらしてくる頭でも感情だけで体を動かす。一秒でも、一瞬でも、諦めるなんてことは考えない。
「あっ……うぅ……」
「なんですかあなた。彼女を助けに来たんですか」
「あ、いや僕は……その……」
「!」
尾田君の言葉で、私はようやくその存在に気付く。私たちの側で所在なさげにもじもじしているのは、おでこに×マークがついたモノクマ、ダメクマだ。モノクマとの関係性がよく分からないけれど、腐ってもモノクマだ。私たちにはできない救命措置ができるんじゃないか。
「か、甲斐さん。もう止めて。その……た、谷倉さんは……」
「ッ!!うるさい!!あっち行け!!谷倉さんはまだ助かる!!私が助ける!!絶対に!!」
「そうよ……!まだ助かる可能性はあるわ。ここにいる私たち全員、彼女の姿を見ているのよ。それなのに──!」
理刈さんの言葉を遮るように、それは地下階に鳴り響いた。その音の意味を。その放送の意味を。私たちは理解したくなくて……聴きたくなかった。
『ピンポンパンポ〜〜〜ン!!』
「う、うそ……!やめて!!ウソだ!!やめて!!いや!!」
『死体が発見されました!一定の自由時間の後、学級裁判を行います!』
私は、喉が張り裂けそうなくらい叫んでいたと思う。なのに自分の声はちっとも聞こえなくて、モノクマの放送だけが耳に押し込まれるように聞こえてきた。押し当てた手から熱は奪われていくばかり。圧迫を止めた手は何の振動も感じない。まるで眠っているかのような、造り物のような谷倉さんの顔に手を当てる。もう二度と目を開けてくれない。もう二度と口を開いてはくれない。もう二度と私たちに笑いかけてはくれない。その顔に。
「女子の誰でもいいです。甲斐さんにシャワーでも浴びせておいてください。あとはボクたちでやります」
「……そうか。分かった」
「ちょっ……ま、待ってよ!なんでそんな切り替えが……奉ちゃんは、いま谷倉さんを助けようとして──!」
「死体発見アナウンスが流れました。つまりはそういうことです。これ以上の問答は時間の無駄です。それくらいは分かりますね?」
「うっ……」
「甲斐。立てるか?」
「……た、谷倉……さん……!」
もう一度、胸を押し込む。完全に脱力して冷たく固くなった体は反発する力もなく、沈み込んだ胸はそのままの形に変形してしまう。空気を送り込んでも手応えがない。谷倉さんに触れるあらゆる箇所から生命を感じない。それでも、体は勝手に蘇生措置を繰り返す。私を後ろから見ている冷静な私ですら、それに意味がないことなんて分かっているのに。
「甲斐……!もういい……!もういいんだ……!」
「助けないと……!わ、私が……!やらないと……!私にしかできないから!私が助けないと!」
「もうやめてくれ!私が悪かった!お前にそんな重荷を背負わせるつもりじゃなかった!」
「助けるんだ!私が!!でないと……でないと──!!」
「谷倉はもう死んだ!!」
毛利さんの無慈悲な言葉が突き刺さる。それが私の体を磔にしたように、体がぴくりとも動かなくなった。体が硬直して、両側から誰かに支えられる。谷倉さんが離れていく。私の側から、また人が消えていく。
「やだ……!やだ!谷倉さん!!谷倉さん!!」
「お、おい暴れんな!危ねえだろ!」
芭串君の声がした。どうして、なんで谷倉さんを助けさせてくれないの。どうして尾田君が谷倉さんの体を触ってるの。どうして……。
「
「だ、だって──!」
『ピンポンパンポ〜〜〜ン!!』
また音がした。ついさっきも聞こえた音が。その放送の意味は──もう理解しなくても分かってしまう。
「あ、あれは……!」
『死体が発見されました!一定の自由時間の後、学級裁判を行います!』
「そんな……!」
引きずられていく中で、視界の奥にそれは映っていた。排水され流れていく水の上に漂う大きな黒い影。濡れた髪が海草のように波打ち、壁にぶつかりながら転がるように流れてきた、菊島君の遺体が。
この話の投稿準備を進めてるとき、Twitterで回転寿司でやんちゃしてる動画が立て続けに問題になってました。うわさによれば、昔よく行ってた店舗での映像らしくて、カスみたいな縁(えにし)を感じていました。
我々はそういうギリギリのすれ違いの中で生きてるのかも知れないですね。
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