本館1階中央ホール。その奥にある巨大な赤い扉をくぐると、鋼鉄製の無機質なエレベーターが口を開けて待っている。薄暗くて四角い箱のような部屋の中は、分館のそれよりも明らかに多かった。部屋として広がっているんだろうけれど、それだけじゃなく私たちが減ったせいもあるだろう。
20人いた私たちは、いまや13人になってしまった。こうして一箇所に集まると、初めて体育館に集合したときを思い返して、ずいぶん人が減ったと感じてしまう。そしてまたここから、少なくとも1人、地上に戻ってこられる人数は減ってしまう。受け入れ難かったその事実も、もはや前提として考えてしまっている。そんな自分に気付いて、私はますます自己嫌悪に陥る。少しずつ変わっていく自分を自覚していることが、何よりも苦しい。
「あっ、奉ちゃん……大丈夫?顔色悪いよ」
部屋に入った私に、風海ちゃんが一番に声をかけてくれた。捜査時間中はずっと別々の場所にいて、なんだか久し振りに再会した気分だ。私が地上で手に入れた手掛かりは、この事件の全容を暴くのには明らかに少ない。きっと多くの手掛かりは地下にあったはずだ。それを手に入れられたのは、彼女たちだ。
風海ちゃんが押している車椅子には、湖藤君が座っている。にこにこした顔で私を見ている。
「頑張ってくれたんだね、甲斐さん」
「私は……何もしてないよ。みんなの足を引っ張っただけ」
「そんなことないよ。君がいてくれたおかげで、みんな冷静に捜査を進めることができた。さっきの今で、ひとりでここまで来られるだけでも大したものだ」
「いや、無茶してるんだよ奉ちゃんは!肯定しちゃダメでしょ!」
「……ありがと。湖藤君も、風海ちゃんも。心配してくれてるんだよね」
私は風海ちゃんから湖藤君を返してもらって、車椅子のハンドルを握った。すっかり手に馴染んだ固いゴムの感触に、なんとなく安心させられる。
全員が集まったのを見計らって、エレベーターの鉄格子がガラガラと音を立てて開く。誰も何も言わず、何をするべきかは理解していた。ひとり、またひとりとエレベーターに乗り込んで、ブザー音とともにエレベーターは動き出す。分館にあったのと同じ、普通のエレベーターとは明らかに異なる軌道で。
「甲斐さん。手前が見ていない間にベッドから抜け出したそうですね」
「あっ……ご、ごめん。庵野君。どうしてもじっとしてられなくて……」
エレベーターが降りる間、庵野君に声をかけられた。勝手に抜け出してしまったら、私を看病する係だった庵野君の責任になっちゃうことは、理解していたつもりだった。けど、こうして声をかけられるまですっかり意識の外だった。てっきり怒られるかと思ったけど、庵野君は優しかった。
「それが甲斐さんの性分ということです。人のために動かずにはいられない、まさしく『愛』であるのでしょう。それを責めたりなどしません。もし無茶をして体を壊したときは、また無理矢理にでも手前が休ませて差し上げます」
「ホント、ごめんね。私、倒れたりしないように頑張るから」
「適度に肩の力を抜くことも大切ですよ」
庵野君だって、私のことを気遣ってくれていたんだ。みんな、誰かのために行動してるんだ。自分のため、大切な人のため、亡くなった二人のため、それより前に犠牲になったみんなのため……もしかしたら犯人もそうだったりするのだろうか。誰か大切な人のためにした行動が、巡り巡って他の誰かを傷付けてしまうことなんてよくあることだ。もし犯人が、二人を殺害するんじゃなくて、他の誰かを助けようとしてこうなってしまったんだとしたら……?
エレベーターが地の底に着き、私のまとまらない考えは散り散りになって消えてしまった。開かれた鉄格子の先に広がる部屋は、分館にあるエレベーターから降りた場所と変わらないように見えた。もしかしたら地下で繋がっているんだろうか。
「ようこそオマエラ!捜査時間中はボクの代わりにこいつがオマエラの相手をしてたけど、ちゃんと相手してあげられてたかな?至らない部分ばっかりだったんじゃないかな」
地下で待っていたのはモノクマと、その隣で縛り付けられて天井から吊り下げられているダメクマだった。
「ううぅ……」
「まるであなたが至っているような言い方ですね。どうでもいいですからさっさと議論を始めましょう。時間が経つほど証拠と記憶が曖昧になってクロに有利になります」
「相変わらず積極的だね尾田クンは!いいでしょう!オマエラ!さっさと自分の席に着いてください!」
「マジでなんなんだあいつは……」
前回の裁判から新しく増えた3つの遺影。岩鈴さん、谷倉さん、菊島君。そのどれもが、穏やかな笑顔をこちらに向けてモノトーンの写真に沈んでいる。
毎日みんなのご飯を用意してくれた谷倉さん。私が苦しんでるときには心配して相談にも乗ってくれたりした。きっと私だけじゃない。みんなが谷倉さんには、何かしらの形で助けられていたはずだ。どうして彼女が死ななくてはいけなかったのか。犯人はどうして谷倉さんに殺意を抱いたのか。それを明らかにしないと、私は彼女の死を乗り越えることができない。
菊島君。捜査時間中に見つけたメモで、みんなのことを密かに観察していたことが分かった。それ以前から、とにかく他人の様子や秘密を話すことに躊躇がない。自分の秘密は公然の秘密になるまで必死に隠そうとしてたのに。学級裁判には積極的だったけど、それも結局は自分が面白いからという、究極的に自分本位な人間だった。だからといって、死んでよかったなんて思わない。彼の人間性と命の重さは無関係だ。
「そう言えばダメクマ、例の件、ちゃんとやってくれた?」
「あっ……そ、それならもう、ちゃんとしましたです……ハイ……」
「めっちゃ萎縮しちゃってる。何されちゃったんだろ」
「うぷぷ♫聞きたい?お尻の穴とかヒュンヒュンしちゃうかもよ?」
「だいたい分かったからいいよ……」
全員がそれぞれの席に着く。ある人は不安げに自分の足下を見つめる。ある人は集めた手掛かりを数えるように自分の手を見てぶつぶつ呟いている。ある人は周りの人の顔色を窺う。ある人は目を閉じて開始の時を静かに待つ。3回目にもなると、皆すっかり理解していた。この後、誰かが死ぬ。それが自分か、自分以外の誰かか。その結末は、自分の発言ひとつで、目配せひとつで、呼吸ひとつで簡単にひっくり返り得るのだと。
慣れたりなんてしない。極限の騙し合い、極限の証明し合い、極限に論戦、その末にある絶望的な未来。
私は──
──深く息を吸った。
獲得コトダマ一覧
【モノクマファイル③-1)
被害者:谷倉美加登
死因 :溺死
死体発見場所:B1階
死亡推定時刻: 9時20分から30分の間
その他:手の平に火傷あり。
【モノクマファイル③-2)
被害者:菊島太石
死因 : -
死体発見場所:B1階
死亡推定時刻: -
その他:後頭部に殴打痕あり。肺の中に水あり。
【菊島の検死結果)
後頭部に殴打痕があり、付近の髪に木くずが付着している。
ポケットからは空の薬瓶と損傷の激しいハンカチが出て来た。
【月浦ちぐの証言)
菊島は機械室の奥にある椅子に縛り付けられており、谷倉がひとりで救出しに入った。
その後、洪水に伴う停電により入口の電子ロックがかかり、機械室は封鎖された。
月浦と陽面はすぐに階段に避難し、甲斐たちが到着するまでそこにいた。
【本館の停電)
希望ヶ峰学園本館で発生した大規模な停電。
おそらく、地下の機械室が水没したことによるもの。
【緊急用電源)
1階の非常用具庫内に設置されていた発電設備。
全館が停電していてもブレーカーをあげれば電力を賄う程度の発電ができる。
【自動ドアのログ)
事件前日以降のログは以下の通り。
23 : 47 菊島太石
9 : 11 陽面はぐ
9 : 13 谷倉美加登
9 : 19 月浦ちぐ
【機械室の自動ドア)
機械室に入るには、モノカラーによるロック解除が必要。出るときには開扉ボタンを押す。
モノカラーによるロック解除は時間と人物のログが残る。
ドアは電気で動いており、放っておくと数秒で閉まる仕組み。
【プラスチック片)
地下室の排水口近くに散らばっていたプラスチックの破片。
粉々になってしまっているが、元は何らかの道具だったようだ。
【ポンプ室の水道管)
浄化槽から上水道に水を引く巨大な水道管。
捜査開始時点で粉々に破壊されており、中から溢れた水が地下室を満たしていた。
【モノクマの動機)
モノクマから与えられた3つめの動機。
『裏切り者は誰だ』という問いに正解した先着一名に、なんでも好きな凶器を与えるというもの。
「まずは、学級裁判の簡単な説明から始めましょう。学級裁判の結果は、オマエラの投票により決定されます。正しいクロを指摘できればクロだけがおしおきされます。もし間違った人物をクロとしてしまった場合は、クロ以外の全員がおしおきされ、みんなを欺いたクロだけが晴れて卒業となります!」
モノクマが3度目の定型文を口にする。私たちはそれを黙って聞いていた。頭で理解していたはずのことなのに、モノクマが改めてそれを説明することで、再び心臓に楔を打ち込まれたような感覚に陥る。
真っ先に口を開いたのは、尾田君だった。
「まったくもって理解に苦しみますね」
「おや、どうしたの尾田くん。いきなり話し出すなんて珍しいね。なにが理解できないの?」
いかにもこれから嫌なことを言いそうな尾田君に、湖藤君がすかさず言葉を返した。なんとなく挑発的なのは気のせいかな。
「二度も学級裁判を繰り返して、二度も処刑を目の当たりにして、まだこんなことをするクロの精神がですよ。ここには今、クロが1人と12人のシロがいることになります。何名かの役立たずがいるとは言え、分が悪すぎませんか?やるならもっと後か……或いは学級裁判で発言力を持つ幾人かでしょうに」
「お、
「まあそういうことです。やれるものならやってみろ、ですが」
「よ、よくそのようなことを口にできますね……恐ろしい」
「とにかく、そんなアホがこの中に少なくとも1名いるということですよ」
「挑発でもしてクロの動揺を誘うつもり?そんな簡単な作戦に引っかかるようなクロかなあ?」
「なんですかあなた。その意図が分かってるなら敢えて口を挟む理由はなんですか」
「今の流れだと尾田くんが主導権握っちゃいそうだったからさ。それはよくない。きみは
なんか、今回の湖藤君はやけにトゲトゲしい。尾田君に対してしかそんな感じはしないけど、なんか、裁判場が彼のペースになってしまうことを無理にでも止めようとしているような。私としては、尾田君が主導権を握ると空気が悪くなるから、どちらかと言うと湖藤君の方を応援したいけど……。
「尾田君、自分を客観しようよ」
「……あなたと不毛な言い争いをするつもりはありません。それなら僕は黙ります。必要なときは口を挟みますので、そのつもりで」
「うん、お願い」
「な、なんだよお前ら……?なんかあったのか?いきなりバチバチじゃねえか……」
「まあ、方向性の違いかな?」
「えっと……そうしたら、まずモノクマファイルの確認から始めていいかしら」
張り詰めた裁判場の空気を、理刈さんがその堅苦しさのまま引っ張って行く。湖藤君の笑顔は柔らかかったけど、なんだか少し怖かった。私が寝てる間に何かあったのかな。とても聞ける雰囲気じゃないけど。
私たちはそれぞれのモノカラーを操作して、配られた2つのモノクマファイルを開いた。谷倉さんのものと、菊島君のもの。死亡推定時刻から死因まで詳細に記載されている谷倉さんのものと、そのどちらも記載がない全く役に立たない菊島君のもの。いや、前に湖藤君が言っていた。記載がないということさえも手掛かりなんだ。
「被害者は谷倉さんと菊島さん。いずれも、地下室を満たしていた水に浮かんでいるところを発見されたわ。谷倉さんの方は死因が溺死と明記されているけれど、菊島さんの方は何も書かれていない。この点については後に議論することとして、まずは事件発生直前または直後のことについて、月浦さんと陽面さんの話を聞きたいと思うわ。異論ないわね?」
3度目ということもあり、理刈さんはようやくこの状況に慣れてきたんだろう。さすがと言うべき流暢な進行だ。いつもならここで口を挟んでくる尾田君が黙っているというのも手伝って、すっかりこの裁判場の中心に立っている。形式的な確認に異を唱える人はおらず、そのまま月浦君にバトンが渡される。私は一度聞いたから、それと矛盾がないか確認だ。
「はぐと僕は、お前たちが勝手に班を組んで食堂からいなくなっていったから、仕方なく最後までいた谷倉と組んだんだ。あいつもあいつで、食器の片付けなんて後にすればいいのに残ってるから、こうしてはぐが疑われることになるんだ。いい迷惑だ」
「ひどい言い草」
「はぐが声をかけて谷倉と班になった後、僕たちは地下に向かった。地上はだいたい探されてるだろうから、地下しか探すところがなかったからだ。僕はそんな暗くてじめじめしたところに──」
「あなたの感情は結構です。事実だけを述べてください」
「……地下のプールや薬品庫、物品倉庫を調べても菊島はいなかった。最後に、一番奥にある機械室が残ったからそこを調べようと思った。
──結論、菊島はそこにいた」
「やっぱりそこにいたんだ」
「あいつは椅子に座って、後ろ手に縛られている状態だった。ずっと動かなかったから、その時点では生きてるか死んでるか分からなかった」
「……」
いかにも尾田君が何か言いたそうにしたけど、すかさず湖藤君が目だけでたしなめた。すぐ近くでそのやり取りを見ている私以外に気付いた人はいるんだろうか。尾田君が何に引っかかったのか、それは明かされないまま月浦君の話は続く。というか私は二回目なのになんで気付かないんだ。
「様子を見ようと思ったけど、中に犯人が隠れてるかも知れないし、何かの仕掛けがしてあるかも知れない。とにかく、そんなあからさまに怪しい部屋にはぐを入れるわけにいかなかったから、はぐと僕は部屋の外で、谷倉だけが部屋の中に入っていくことになったんだ」
「そ、その状況で谷倉さんだけを部屋に入れたの!?どういう判断よ!?」
「言っただろ。はぐを部屋に入れるわけにはいかないからだ」
「それなら、月浦君が谷倉さんについていくということもできたのでは……?」
「は?はぐをひとりで部屋の外に待たせるっていうのか?どうしたお前?常識をどこに捨ててきた?」
「やっべー目ぇしてるアル」
さも当然のことのように月浦君が陽面さん優先で話す。目に光がないのが怖い。
「ともかく、はぐと僕は部屋の外で、谷倉は部屋の中に入った。そうするとすぐ、洪水が起きたんだ」
「洪水……地下室を満たしていたあの水か!そんなに突然だったのか!」
「どこから来たのかも分からなくて、僕ははぐを連れてとっさに倉庫に避難した。棚の上に登って水を逃れた後は、とにかく階段まで逃げようと必死だった。谷倉と菊島のことなんか考えてる余裕はなかった」
「まあ、仕方ねえよな」
「しかも停電までしてただろ。一度、機械室を開けようとしてみたんだけど動かなかった。たぶん、停電で入口の自動ドアが作動しなかったんだ。その後は、なんとか階段までたどり着いて、あんたたちが来るまでそこにいた」
「なるほど……少し気になるところはあったけれど、おおよそ分かったわ」
聞いてて、前の説明と矛盾してるところや違うところはなかった。と思う、たぶん。理刈さんを始め、ほとんどの人は頷いていた。余計な口出しをしないと約束した尾田君は、湖藤君のことをちらちら見つつ、何も発さずに流れのままにしていた。それはそれでなんか不安だ。尾田君の言葉は棘があって空気を悪くするけど、確実に核心には触れる。それがない状態で裁判を進むのは、シートベルトを締めずに車に乗るような不安感だった。
「ちなみに気になるところって?」
「一番は洪水ね。あの大量の水がどこから来たのか。それも、月浦君の話を聞く限りは唐突に現れたのよね。おそらくどこかから一度に流し込まれたんだと思うわ」
「水がどこから来たか、か」
「水なんてありふれてるだろ!どこにでもあるよ!」
「地下室にはプールがあるし、火災防止のスプリンクラーだってある」
「でも、そこから大量の水を一度に流し込むなんてできないよね……?」
「はいはいはい!!知ってんぞ!!おいら!!」
ここが出番とばかりに、王村さんが精一杯証言台に乗り出して手を挙げた。それでも私たちの腰より少し上くらいだから、主にみんな大声に反応してその顔を見た。まだ赤らんだ顔から、お酒の勢いも少し借りているらしいことが窺える。本当にこの人は……。
「いぞーさんん?なんだか信用おけないなあ」
「コラ!滅多なこと言うもんじゃねえぞ陽面!年上は敬え!」
「おい。次その酒臭い息ではぐの名前を呼んだら二度と喋れなくしてやるぞ」
「ひえっ……お、おこんなよぅ」
「なんて情けない年長者なんだ」
「それで、あの水の出所を知ってるっていうのは本当なの?手短に教えてちょうだい」
「おお!そうだそうだ!へへっ、耳の穴かっぽじってよぉく聞けよ?」
理刈さんに促されて、王村さんは鼻の下をこすりながら得意気になって言う。
「実はな、地下室にはドデケえ水道管が通ってやがったんだな!ありゃあうちの蔵にある酒樽10本並べても足りねえくらい太え!大したもんだ!けどな、事件の後でおいらがそこに
「破裂してた?」
「なんつうかなあ、まるで内側から強い力で弾け飛んだような感じだったぜ。管は鋼鉄でできた分厚い造りになってたんだけどよ、もう粉々だ!とんでもねえこった!」
「ちょ、ちょっと待てよ!ってことはだぞ?あの地下にあった水は、パイプが破裂して漏れ出してきた……事故ってことかよ!?」
「事故だと……!?まさか……もしそうなら、谷倉と菊島の死は殺人などではなくなることにならないか?施設管理者であるモノクマの責任だ!」
「ありゃりゃ!?まさかのボクへ飛び火!?そんなこともあるんですねー」
「いや、水道管の破裂はモノクマのせいじゃないと思うよ」
まさかの可能性が挙がる。今回の事件は、モノクマの管理不備によって起きた事故だと。そうなった場合にモノクマが素直に認めるかどうかは分からないけど、当のモノクマは余裕の笑みを浮かべていた。それに同調するように、湖藤君が色めき立つ裁判場に冷や水を浴びせた。
「僕と宿楽さんも現場は見た。水道管の破裂は、パイプに亀裂が走るような形で壊れることが多い。だけど地下室の水道管は、丸まる一部分が消失していた。割れたというより、砕けたという感じだね。単なる管理不備でああはならないよ」
「そういうわけ!だいたいボクはオマエラが寝てる間にも、この建物を隅から隅までメンテナンスしてるんだからね!管理不備なんか起こすわけないだろ!舐めるなよ!」
「知らねえよ!」
「でも
「そうだね」
「……どうやって?酒樽10本分の太さだってよ?」
私は、単純な疑問を口にした。たぶん、ここにいるほとんどの人は同じことを思っている。そんなバカみたいに太くて、分厚い金属板で造られているパイプを、どうやって破壊したのか。それも、亀裂を入れるどころじゃなく、一部分が弾け飛ぶくらいの破壊なんて、並大抵のことじゃない。
「どうやってあのパイプを破壊したか……確かに、それは重大な問題ですね。モノクマが用意した設備ですから、簡単には壊せないでしょう」
「やっぱ力尽くでしょ!力こそパワー!」
「パワーと言えば……庵野とカルロスか」
「おいおい勘弁してくれ!さすがのオレだって分厚い金属板を粉々にするほどの筋肉はないよ?」
「手前も、まだまだその域には……」
「いずれは辿り着きそうな言い方」
「真面目に議論してちょうだい。素手で破壊することなんて不可能だし、可能だとしても非効率だわ。工具なりなんらかの道具を使ったに違いないわ」
「いいや!工具とかそんなちゃちなもんじゃ到底太刀打ちできねえ!それこそ重機とかとんでもねえもんがねえと無理だ!」
「うん、そうだと思うよ」
あれこれと可能性が挙がる。それぞれが思い付いたことを思い付いたままに、次々と裁判場に投げ込んでいく。何が間違いで何が正しいのか、その答えを知っているのは実行犯とモノクマだけだ。だけど、限りなく知っているのに近い人たちはもう少し多い。
湖藤君が無数に飛び交う可能性の中から、ひとつを摘まみ上げた。
「やっぱり直接見た印象は強いね。それとも経験値の差かな?王村さんの言うとおり、あの水道管は並外れた力で破壊されたんだ」
「な!な!そうだろ!でも、それってなんなんだろうな?」
「爆弾だよ」
「ばっ、ば、ばば、
「驚き過ぎだろ!」
湖藤君の口から飛び出した言葉は、一定の説得力を持っていたけれど、にわかには信じがたかった。爆弾、聞き馴染んだ言葉ではあるけれど、実物を目にしたことは、手で触れたことはない。そんなものが私たちにすぐ近くで使われたなんてことがイメージできなかった。
「宿楽さんも見たよね。水道管の壊れ方。あれほどの大破壊を短時間にしようと思ったら、化学的な力を利用するのが一番だ。月浦君の話では、洪水は突然起きたらしいからね。工具で壊せないこともないかも知れないけれど、そんなに時間をかけてられない。それになにより、爆弾なら水道管の破壊に時間差を作れるから、実行犯が洪水に巻き込まれる危険もない」
「た、確かに、そう言われると合理的な手段かも知れないわね。発想としては飛んでるけれど……いえ、今更ね」
「理刈さんもずいぶんこの状況に馴染んできましたね」
「バカ言わないで、馴染みたくないわよ」
謙遜じゃなくて本当に嫌なんだろう。みんな、人が死ぬということに対してかなり耐性がついてきている。私は死体を見ただけで気絶しちゃうし、陽面さんだって普段は気にしてない風だけど本当は怯えていて、理刈さんはまだ外の世界の常識を保とうと必死になっている。だけど、そうやって自分だけはまともだと思っている私たちですら、この後必ず訪れる誰かの死を一旦忘れることができるくらいには感性が麻痺している。
「ば、爆弾なんていきなり言われても信じられないぞ!そんな証拠があるのか!?壊れた水道管をオレたちは見てないわけだし……イゾーの目は信じられない!」
「なんでだカルロスこの野郎!」
「いつでも酒を飲んでるからだ!とにかく、爆弾が使われたという根拠を教えてくれ!でないと納得できない!」
「まあ、そうだよね。実はぼくも、その証拠があるかどうかは確証が持ててないんだけど……ダメクマ」
「は、はい!」
カルロス君の反応は尤もだった。実際に水道管を見たのは湖藤君と風海ちゃんと王村さんの3人だ。私を含めた他のみんなにとって、爆弾が使われた形跡なんて言われてもにわかには信じがたい。
そう詰められた湖藤君は、珍しく弱気な態度を見せたかと思ったら、吊り下げられたダメクマに声をかけた。
「頼んでた物、できた?」
「うぅっ……できた、できましたよ!必死こいて作ったよ!人使いが荒いんだから!ほら!」
「あっ!なんだそれ!さては湖藤クン!ボクの可愛いダメクマを勝手に使ったな!なんて悪いヤツだろうか!」
「可愛いと思ってる子の扱いじゃないよ……」
ダメクマは、縛られた体を捩って、隙間から何かを取り出して投げた。それは空中をくるくると回って、ぴったり湖藤君の手元に落ちる。湖藤君はそれを受け取ると、よく観察して、にっこり笑った。
「あっ、湖藤さん……それってもしかして、プールのプラスチック片?」
「うん、そうだよ。やっぱり思った通りだ」
「な、なんだいそれは?」
湖藤さんは、みんなによく見えるようそれを掲げた。継ぎ接ぎだらけのプラスチックケースのようなものに、モノクマの顔が彫られている。透明で見づらいけど、御丁寧に表面には『SUPER BOMB』と書いてある。なんて分かりやすい名前なんだろうか。
「モノクマ印のプラスチック爆弾。これが水道管を破壊した爆弾があった証拠だよ」
「マ、マジ……?」
これ以上ないほど明確な証拠だった。どこに出しても恥ずかしくないほどの爆弾だ。粉々になったプラスチックケースが、その破壊力を物語っていた。逆に、水道管を破壊する威力で吹き飛ばされたケースを、ダメクマはよく復元してくれた。湖藤君がやらせたのかな。意外な一面だ。
「犯人はこれを使って水道管を破壊し、地下室に洪水を引き起こした。そうして、谷倉さんと菊島くんを殺害したんだ」
「でも有識者として一言言わせてもらうアル!爆弾なんてそう簡単に作れるものじゃないヨ!
今度は長島さんが声を上げた。有識者って、何の有識者なんだろ。
「……あの、さすがに口を挟ませていただきたいんですが。あまりにも次元が低いというか、焦れったいというか……共有されていると思っていた前提すら把握していないポンコツがほとんどのようですので」
「誰がポンコツだ!」
「自覚があるなら口を謹んでいてください」
「まだ湖藤さんが喋っていいって言ってないでしょーが!お口チャック!」
「じゃあ前提の共有くらいまではお願いしてみようかな」
「チャックオープン!」
湖藤君が、尾田君に発言を許可した。相変わらず尾田君の言葉には棘があって、湖藤君はにこにこ笑ってるけど、空気が悪くなる予感しかしない。
「では、記憶が一日ごとにリセットされる哀れな皆さんには、いい加減に学級裁判をする上で事前に分かっておくべき必要最低限の前提知識くらいは自力でなんとかしておいてほしいものですが、このままではまともな議論も交わせないようなので仕方なく僕が必要な点を攫いますので、メモなりなんなりしてついて来てください。ここまでしてもついて来られないようなアホはもう知りませんので悪しからず」
「エンジン全開かよ!!よくそんなつらつら出て来んな!!」
「それで?共有されていると思っていた前提とはなんだ?」
「ボクたちの中でたったひとりだけ、どんなに危険なものでも手に入れる方法を持った人物がいるでしょうに。モノクマの動機を忘れたんですか?」
「……あっ」
とことん呆れた、と言わんばかりにため息を吐いて、尾田君が私たちを睨み付ける。私も、そんなことすっかり忘れていた。確かにモノクマがそんなことを言ってた。私たちの中にいる『裏切り者』の正体を言い当てることができたら、なんでも好きな凶器をひとつ与えるって。ただ疑心暗鬼を誘発するためのものだと思ってたけど……。
「ちなみにモノクマ。その動機、正解者は出たんですか」
「え?う〜ん、言っちゃっていいのかなあ。でもなあ、言っちゃうと裁判のバランスが崩れちゃうかも知れないからなあ」
「半分言ってるようなものだよね、それ。正解者が出たんでしょ?」
「う、うそ!?マジで!?分かる!?」
「残念。カマをかけただけだよ。でも今のでようやく確信できたよ。正解者が出たってことが」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!ムカつく!!このテケテケ野郎!!」
「あ〜〜〜っ!!やめて〜〜〜!!」
見事なほど湖藤君のカマ掛けに引っかかったモノクマは、腹いせにダメクマのお尻を蹴飛ばす。なんだろう、ぬいぐるみとぬいぐるみがじゃれてるだけだから全然いいんだけど、あんまり視界に入れたくない。すごく
「ちょ、ちょっと待ちなさい!その、正解者が出たって……『裏切り者』はモノクマが私たちの疑心暗鬼を誘うための妄言っていう話は……!?」
「それ自体が、どこかの誰かさんが疑心暗鬼に陥らないように吹聴した妄言なんでしょう。ああ、妄言というのは適当ではありませんね。全く的外れな楽観視でした」
「つまり……いるのですね?『裏切り者』が、この中に」
庵野君の言葉で、私たちはお互いの顔を見た。もともと学級裁判の場では、誰が味方で誰が敵かが分かりづらい。クロを見つけるのだって大変だ。それなのに、『裏切り者』がいるなんて話になったら……一体誰を信じれば、それをどう判断すればいいのか分からない。
「まあ、ちょっとは考えてた可能性だから、今更そんなに焦ることはないよ」
「焦らいでか!ただでさえ人殺しのクロがいるってのに、この上『裏切り者』なんてどうすりゃいいんだよ!」
「どうって、クロを突き止めればいいんですよ」
「は!?いやいやいや!だから、そしたら『裏切り者』が放ったらかしになるだろって!」
「……湖藤クン。僕はもう本当に嫌になってしまいました。どうしてこいつらはこんなにもアホなんですか?僕は君も嫌いですが、少なくとも君の思考力は一定評価しています。せめてまともに会話ができる程度には足並みを揃えてもらわないと、この先の学級裁判は時間切れで負けてしまいそうです」
「あはは……どうしようかな」
「こ、湖藤君?なに笑ってるの……?」
たまらず尋ねた。いないと信じていた、そう信じることで安心していたかった『裏切り者』の存在が、間接的にとはいえ仄めかされてしまった。敵がひとりじゃないと思うと、この学級裁判の難易度が格段に跳ね上がるような気がした。実際にどうなるかなんて考えられないし計算できることでもない。だけど、簡単に人を信じられないことのストレスは、確実に私たちの議論に影響を与えるはずだ。
それなのに、尾田君と湖藤君は平然としていた。まるで、『裏切り者』の存在を初めから分かっていたかのように。いや、もしかしたら、その正体さえ、2人はとっくに突き止めているのかも知れない。
「あのね、みんな落ち着いて。ぼくたちはやることも考えることも変わらないよ。『裏切り者』はこの事件のクロだから」
「……はああっ!?」
「より厳密に言うなら、爆弾を使って水道管を破壊した人物は、モノクマの質問に答えて望む凶器を手に入れた人だ。それによって起きた洪水が今回の事件の引き金になったのであれば、その人はクロと考えてもいいよね。だから──」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って!待って待って待って!」
「うん?」
激しくつっかえながら宿楽さんが湖藤君の語りにストップをかけた。
湖藤君の言うことは理解できる。水道管は爆弾を使わなきゃ破壊できないくらい頑丈で、そんな爆弾はモノクマの質問に答えないと手に入らない。そんなことをする人はクロだろう。でも湖藤君は、その人は同時に『裏切り者』でもあると言う。そうすると──。
「あ、あの……私の考えが間違ってるだけかも知れないんだけど、『裏切り者』がクロでもあるってことはさ……モノクマのあの質問には──『裏切り者』は誰かっていう質問に、『裏切り者』自身が答えたってこと?」
「そうだよ」
「……意味が、わか、らん……?なん、だ?その状況は……!」
「なんで『裏切り者』が自分から答えるんだよ!っていうか、だったらその動機は『裏切り者』にしか答えられねえじゃねえかよ!意味ねえ!」
「ね、こういうわけだからさ、尾田君。ちゃんと順序を追って説明しなくちゃいけないんだよ」
「アホに配慮するつもりはありません。あなたが啓蒙してください」
「啓蒙って……」
湖藤君は困ったように笑って、みんなに向けて話し始めた。モノクマの動機が持つ本当の意味と、『裏切り者』の正体について。
「まずみんなに考えて欲しいのは、モノクマの動機のおかしさだ」
「お、おかしさ?そりゃ……なんでも好きな凶器をくれるってことか?デタラメな凶器を持たれたらイチコロってこととか」
「もっとシンプルなことさ。モノクマの質問って、変だと思わない?」
「質問?」
「確か、『裏切り者は誰だ?』だったネ。おかしいカ?」
「違うよ!『裏切り者はだ〜れだ?』だよ!」
「にょろにょろさせてるだけでは……」
「この質問が変なんですか?」
「うん。まずこの質問に関するみんなの勘違いを正していこうかな」
「どういうこと?」
長島さんが思い出したモノクマの質問を、頭の中で思い浮かべてみる。文字の上でも、言葉としても、別に足りないところなんてないように思えた。『裏切り者』の正体を考えさせることで、私たちの疑心暗鬼を誘うための言葉だ。私たちは、本当にいるのかさえ分からない『裏切り者』の影に怯えてしまって……。
「モノクマは敢えて質問を言葉足らずにすることで、自分が言ってないことまでみんなに聞かせたんだ」
「全然分かんないよー!ねえ、ちぐ!りんさん何言ってるの!?」
「さあ……」
「みんなにはモノクマの質問が、こんな風に聞こえたはずだ。『オマエラの中の裏切り者はだ〜れだ?』って」
「???」
「モノクマの質問が、『裏切り者』の存在をぼくたちに仄めかして疑心暗鬼を誘うためだけのものなら、そう質問すればいいんだよ。実際に裏切り者がいるかどうかは関係ない。いなければ、『いない』と答えればいい話だからね。でもモノクマは、敢えて『裏切り者は誰だ』としか尋ねなかった。『裏切り者』がぼくたちの中にいるとは明言しなかったんだよ」
「……そ、それに何の意味があるの?だって、実際に私たちはそれで疑心暗鬼になっていたし……『裏切り者』の正体を言い当てた人が出たわけでしょ。つまり『裏切り者』は実在して……」
「そこも勘違いしてる点だ。望む凶器を手に入れられるのは、『裏切り者』の正体を言い当てた人じゃない。
「それの何が違うんだよ!!はっきり言えよ!!」
「モノクマが動機を発表した時点では、『裏切り者』なんていなかったんだよ」
これは、いったいなんなんだ。私たちは今、何の話をしてるんだっけ?分からない。分からなくなる。分かる気もしない。
「モノクマが与えた動機の目的は2つ。1つは『裏切り者』の存在を仄めかしてぼくたちの間に疑心暗鬼を蔓延らせること。もう1つは明確な殺意を持つクロ候補者に凶器を与えて事件を誘発、そして複雑化させることだ。だからモノクマは、クロ候補者が自ら凶器をもらいに来るような動機を与えた。それがあの質問だ。
『裏切り者は誰だ?』──コロシアイの中でこう聞かされたら、普通はこう考える。『自分たちの中に裏切り者がいる』と。だけどモノクマは敢えて、ぼくたちの中にいるとは明言しなかった。明言できなかった。その時点ではまだ誰も『裏切り者』じゃなかったから。
そもそもこの動機は、生存投票や意味不明なビデオメッセージとは根本的に違う。殺意がなくてもコロシアイをせざるを得ない状況にするものじゃなくて、殺意がなければ誰も質問に答えようとはしない。その意味で、この動機はぼくたちの自主性に委ねられていたと言える。
つまり、ここで言う『裏切り者』というのは、そんな誰も答えようとしなければただの疑心暗鬼で終わるだけの動機にわざわざ答えを言いに行き、明確な殺意のもとに強力な凶器を得ようとするクロ候補者……そういう意味なんだよ。だからモノクマの質問に対する答えは、誰が答えても常に同じ──『自分自身』だ」
流れるような湖藤君の説明。モノクマが与えた3つめの動機の本当の意味と、私たちの勘違い。私たちはまんまとモノクマの策略に引っかかって、私たちの中に『裏切り者』がいると思い込んでいた。だけど湖藤君、おそらくは尾田君も、冷静にその意味を考えてその真意を理解していた。それだけでなく、モノクマの意図することさえも。
唖然としていた。開いた口が塞がらなかった。あの動機にそこまでの意味が含まれていたからじゃない。湖藤君と尾田君がそこまで考えていたことに驚いた。それを踏まえると、さっきの2人の発言は確かに意味が通る。クロは『裏切り者』だろうし、『裏切り者』は要するにモノクマの質問の回答者というだけだ。
「全っ然分かんなかった!でも、取りあえず『裏切り者』はクロでもあって、それさえ突き止めればいいってことだよね!」
「なあんだ!そんな簡単なことだったのかよ!ごちゃごちゃ難しいこと言っておどかすない!」
「諦めたな、あの2人……斯く言う私も、半分くらいしか理解できなかったが……」
「でも、宿楽さんや王村さんくらいの理解でも大丈夫だよ。結局、ここから犯人につながる手掛かりはなさそうだから。クロは『裏切り者』として凶器を手に入れた。だから爆弾くらい簡単に手に入る。そう思ってくれれば」
「それだけ説明するのに時間をかけすぎだ。はぐは難しい話を聞くと眠たくなるんだぞ。大丈夫か、はぐ?」
「う、うん……なんとか……」
半端に理解できてしまったせいで、私の頭の中は何がなんだか分からなくなってしまっていた。あの2人みたいにすっぱりと分からないことは分からないと諦めてしまえたら良かったのに。
そして月浦君の言う通りでもある。時間をかけた割に議論はちっとも前に進んでいない。尾田君はこのことを言っていたのか。確かに、今の話で新しい情報はなかった。動機から読み取れるモノクマの真意、そしてクロが使ったと思われる凶器から導ける推論だ。これが前提として共有できているかどうかで、裁判の効率は大きく違う。ちら、と見た尾田君は、退屈そうに自分の指をいじっていた。
「それじゃあ続きを話していこうか」
「続きと言いますが、どこまで話していたか手前はさっぱり忘れてしまいました」
「確か、月浦さんの言っていた洪水がどうやって引き起こされたのかっていう話だったはずよ。王村さんが見つけた水道管の破壊痕から、犯人は爆弾を使ったらしいことが分かったわ。その爆弾は、モノクマの動機を利用して手に入れた」
「全然分かってねえじゃねえか!こんだけ話してか!?」
「ここまではただの前提です。ようやく足並みが揃いましたね」
「オレたちはめちゃくちゃに周回遅れだったのか……?」
「いやいやいや!湖藤さんと尾田さんが突っ走ってるだけだから!自力で辿り付けないよこんなの!」
「では議論を始めましょうか。まずは被害者についてです」
「早速置いてかれそう!ピンチ!」
散々話してきたことの全てを、湖藤君と尾田君は既に分かっていたという。いや、犯人がモノクマの意図に気付いて正しい答えを言えたというのなら、もうひとり、2人と同じ段階まで分かっていた人がいるはずだ。それは誰か……見回してみても、そんな素振りを見せる人はいない。
そうして周りに気を配っていると、尾田君のスタンドプレーな議論に乗り遅れてしまう。私はすぐに気持ちを切り替えて、尾田君の言葉に耳を澄ませた。
「死因が明確な谷倉サンは一旦さておき、菊島クンについて考えます。彼の後頭部には殴打痕がありました。周囲には木くずが付着しており、殴打されたときに付いたものと考えられます」
「つまり、犯人に後ろから殴って襲われたんだな。そして、機械室に連れて行かれて椅子に縛り付けられた」
「それは違うよ!へへっ、言えたー」
「なんだいフウ?」
「菊島さんは機械室に連れて行かれたんじゃないよ!自分の意思で行ったんだ!それを示す証拠だってある!」
議論が始まってすぐに、奉ちゃんがカルロス君の言葉に待ったをかけた。菊島君が自分から機械室に向かった、それは俄には信じがたいことだった。だけど、奉ちゃんがあんなに自信満々に言うってことは本当に何らかの証拠があるってことだろう。
「みんな、モノカラーに機械室の自動ドアのログは入ってるね?そこにはっきりと残ってるんだよ!菊島さんが昨日の夜に機械室に入ったっていう記録がね!」
「え、そんなのいつの間に……?」
「理刈さんがダメクマに頼んでデータを送ってもらったんだ!」
「なんであなたが威張るのよ」
「菊島さんの後に機械室に入ったのは谷倉さん。これは今朝、菊島さんをみんなで探したときのものだから、菊島さんが機械室に入ってから他の誰も新しく入ってはいないことの証拠だ!つまり、菊島さんは自分の意思で機械室に入って、そこで犯人に襲われた!」
「それはどうだろう」
朗々と話す奉ちゃんの推理にストップをかけたのは、湖藤君だった。もう湖藤君と尾田君だけで裁判が進んでしまいそうなくらい、あらゆる議論に2人が出て来る。私たちがいる意味ってあるのかな……たぶん2人は全く違う反応をするだろうから、その間を右往左往することくらいしかやることがない。
「菊島君がそんな真夜中に機械室に行く理由ってなにかな」
「さあ?待ち合わせでもしてたんじゃないですか?」
「そんな怪しい時間にそんな怪しい場所行くわけないでしょ……」
「じゃあなんで?」
「それを考えるのも含めての推理です。あなたはただ思い付いたことを言って議論を掻き乱しているだけです」
「ひっどー!私頑張って考えてんですけど!」
「まあ、宿楽さんみたいに考える人は多いと思うよ。だけど、実際はそうじゃないとぼくは思う。菊島君は別の場所で襲われて、機械室に連れ込まれたんだ。たぶん、薬品庫じゃないかな」
「なんでそんなことが分かるんでェ」
「その前に、カルロス君に3つ聞きたいことがある」
「3つも?まあなんでもいいさ。答えてあげよう!」
カルロス君が分厚い胸をドンと叩いた。
「菊島君の持っていた小ビンは蓋がしてあった?」
「ああ、もちろんしてあったさ」
「じゃあ、その小ビンは空だった?」
「そうだな。しっかり蓋がしてあったから、中に水は入ってなかった。当然その逆、薬が流れ出たということもないだろうな!」
「それじゃあ最後に、菊島君が持ってたっていう小ビンとハンカチは、彼の上着の袂、左右どっちに入ってた?」
「ん……た、たも?えっと……そ、それはそんなに重要かい?」
「もちろん、なんなら一番重要だよ」
「そ、そうか……え〜っとちょっと待ってくれよ?ううん……」
「右です」
3つめの質問には尾田君が答えた。検死は尾田君がしたらしいから、たぶんカルロス君と同じタイミングで菊島君の体を調べたんだろう。カルロス君は袂が何かと、湖藤君の質問の意味が分からずに明らかに戸惑った様子を見せた。
「袂というのは和服の袖にある袋状の部分のことよ。ポケット代わりに使うべきではないんだけど……どうして小ビンとハンカチが袂に入ってるって思ったの?」
「え?だって菊島君の腕の振り方が明らかに重たそうだったから、袂に何か入ってるんだろうなあって。薬品の危険性が分かってる菊島君なら、きっと懐に薬品は入れないだろうと思って。かぶれたら嫌だろうしね」
「……で、どっちの袂に入ってるかってそこまで重要なこと?」
「そりゃそうだよ。だって、菊島君がポケット代わりに使ってたのは左の方だもん」
一体どこまで人のことを観察してるのか。いつも一緒にいる私は湖藤君の10分の1も人のことが見えてない。いや、もっとかも知れない。なんで菊島君の腕の振り方の違和感なんか観察してるんだ。湖藤君は、今までどんな人生を送ってきたんだろう。
「ぼくの観察ってだけじゃ信頼ないだろうから説明すると、菊島君は右利きだった。だからハンカチを使うときは当然右手で使う。袂なり懐なり、物をしまうときに右手でしまいやすいのは体の左側だ。だからハンカチと小ビンが右側に入ってるのは不自然だ。つまり、菊島君が自分で入れたんじゃない。他の誰かが入れたんだ。この場合は、菊島君を襲った犯人と考えるのが自然だよね。え?菊島君の利き腕?ご飯を食べてればお箸くらい使うでしょ」
「つ、つまり……菊島君はハンカチと小瓶を取り出していたところを犯人に襲われた……。その後、機械室に連れ込まれて、椅子に縛られたってこと?」
「うん、そうなるね」
「でも……機械室の自動ドアには、菊島君がモノカラーを照合した記録が残ってたんだよ?それはどうなるの?」
「モノカラーは一度起動すると操作は誰でもできるから、起動済みの菊島君のモノカラーを使えば、誰でも菊島君を騙って入室することができる。少なくとも、夜中に菊島君以外の入室記録が残ってないこと自体がおかしい」
「た、確かにそりゃそうだ……」
「っていうことは、犯人を特定する根拠は……なくなっちゃった!?」
「……いえ、ちょ、ちょっと待ってちょうだい」
届きそうになった手の隙間をすり抜けて、犯人の影は遠く彼方に消えてしまう。初めにかなり時間を浪費してしまった私たちには、そんな予想できて当然の事態も絶望的な展開に思えてしまう。夜中のうちに菊島君を襲った犯人は、彼のモノカラーを利用して機械室に入った。自分の痕跡を残さないように。周到な犯人だ。
議論が行き詰まりそうになると、いつも助け舟を出してくれるのは湖藤君で、ばっさりと切って捨ててくるのが尾田君だ。だけど、今みんなの注目を集めているのはそのどちらでもない。理刈さんだ。青い顔をして、メガネを直しながら、ぐるぐる回る目で考えている。
「は、犯人は……モノクマから凶器として爆弾を手に入れていたのよね?」
「そう言ってるじゃねェか」
「それで、夜中のうちに菊島さんを気絶させて機械室に連れ込んだ……間違いないのね?」
「うん。得られた手がかりからはそう結論づけられる」
「おかしいじゃない……!こんなこと言ったらなんだけど……どうして犯人はその場で菊島さんを殺害してないのよ……!爆弾なんていう確実な手段があって、気を失った菊島さんっていう確実な犠牲者がいて、誰にも見られていない秘匿性があって……なんで犯人は夜のうちに事件を起こしてないのよ!」
「……確かに、それは気になるな。なぜ朝まで待つ必要があったんだ?それに、仮に菊島をその場で殺害していたとしても、爆弾が全く関係ない」
「気が変わったとかじゃねェの?」
「そんな簡単に済ませられる問題じゃないでしょ!」
「お、怒んなよぅ」
言われて気付いた。菊島君の詳しい死亡時刻は分からないけれど、死因が爆殺でないことは明らかだ。犯人は凶器として爆弾を受け取っていたはずなのに、どうしてそれで水道管を破壊して洪水を起こすなんていう回りくどいやり方を選んだんだろう。それに、夜のうちに洪水を起こして溺れさせるわけでもなく、朝まで待った理由って……?
「何か不都合があったのではないですか?爆弾は大きな音が出るでしょうし、振動もある。夜中とはいえ、手前どもに気付かれてしまうのではないかと。扱いを間違えれば犯人自身が巻き込まれてしまうこともあります」
「だったら最初からそんなの選ばないと思うよ!きっとちゃんと犯人さんにも意味があったんだよ!」
「意味……爆弾を使う意味かい?そんなのいったい……」
「……水道管を壊すため、じゃないの?」
疑問系で口にしたけれど、私はそれに確信を持っていた。確かな根拠があるわけじゃない。だけど、事実として犯人は爆弾で水道管を壊していた。直接凶器として使わなかったのは、もともと別の目的で爆弾を手に入れたかったからだ。いや、もっと言えば爆弾である必要すらなかったんだと思う。
「犯人の目的は、水道管を壊して地下に洪水を起こすことだった……そうは考えられないかな?」
「な、なんのために?」
「そりゃ殺人のためネ!犯人なんだからそれしかないアル!」
「つまり、溺死させようとしたってこと?……それは、そう見えるかも知れないけれど……やっぱりおかしいわ!それなら夜のうちにしたっておかしくない!」
「犯人は、朝の時間帯にタイシを溺死させる必要があった……そういうことになるな。なんでだ?」
徐々に明らかになっていく、犯人の不自然な行動。なぜ夜のうちに事件を起こさなかったのか。なぜ爆弾を持っていながら溺死という方法を選んだのか。なぜ様々なリスクを冒してまでそんな特殊なやり方にこだわったのか。
私は考える。夜に事件を起こさない理由……爆弾の音と振動は理由にならない。私たちは地下に降りるまで爆発にも地下の洪水にも気付かなかった。夜ではダメ、じゃない?夜が不都合なんじゃなくて……朝の方が都合が良かった?朝にこそ意味があった?朝でなくちゃいけなかった?なんで?溺死を選んだのと関係してるの?爆殺と溺死の違いは?
「はいはい。みなさん、よくそこまでたどり着きました。僕と湖藤クンの話があればこそとは言え、ここは手助けが必要なところかと思います」
「なんだよ!上からもの言いやがって!まだ分かってることがあるんならオレたちにも分かりやすく言えコノヤロー!」
「……まあ、今更態度はどうでもいいですから、アホは黙って聞いててください」
「っだと!!」
「どうどう。芭串君。深呼吸なさい」
極めて心のこもってない賛辞とともに、尾田君がまた議論に入り込んできた。きっと私たちの疑問への答えも、彼はもう持っているんだろう。
「不自然な犯人の行動は僕も1時間前に気付き、頭を悩ませました。ですが、簡単なことです。切り替えればいいんです」
「いちいちチクッと刺してくる奴アル!で、切り替えるって何のことカ!」
「事件の目的ですよ」
尾田君が笑う。
「犯人が殺したかったのは菊島クンではなく、谷倉サンだったということです」
投稿の前日ギリギリに書き終わりました。
裁判が難しくなっていくとしゃべるキャラが偏ってしまいます。前2作ではそんなことなかったような気がするんだけどなあ
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