ダンガンロンパメサイア   作:じゃん@論破

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おしおき編

 

 目を潰しそうな光の明滅。耳から脳に突き刺さるラッパの音。絶望感で吐きそうだ。

 

 「パンパカパーーーン!!はーいオマエラ見事にだいせいかーーーい!!今回、“超高校級のコンシェルジュ”谷倉美加登サンと、“超高校級の文豪”菊島太石クンを殺した犯人はァ〜〜〜!!“超高校級のマタドール”カルロス・マルティン・フェルナンドクンだったのでした!!そしてそれら全てを裏で操っていたのは、“超高校級のプロデューサー”月浦ちぐクンでした!!ま、彼はクロじゃないから別に当てなくてもよかったんだけどね!!」

 

 電子音の喝采が響く。モノクマは愉快そうな声を出す。これが正解だと言う。こんなものは正解であるはずがないのに。殺人を企てた月浦君が無罪で、ただ私たちのために行動してくれたカルロス君が罪人にさせられるなんて、どう考えても間違っている。

 そう思っているのに、私は確かに彼に投票してしまった。そうしないと自分の命が危うかったからとか、議論の結果がそうなったからとか、そんなものは全て言い訳に過ぎない。彼をクロとして糾弾した。どれだけの言葉を並べようと、それだけは紛れもない事実だ。

 

 「……どうしてなんだ」

 

 涙で湿った声だった。必死に震えを堪えている声だった。燃え盛る怒りを湛えた声だった。それは当然だった。彼は怒る権利がある。もはや怒りなんて言葉では表しきれないくらい、カルロス君は強い感情の宿った眼差しで月浦君を睨みつけていた。

 

 「どうしてこんなことを……!どうしてミカドちゃんとタイシが殺されなきゃいけなかった!どうしてオレにこんなことをさせた!」

 「……うっ!」

 「ちょっ、ちょっとカルロスさん!」

 「止めねェ方がいいぜ理刈……月浦はこの場で殺されたって文句言えねェだろ……」

 「……ううぐぅっ……!!」

 

 私たちは、怒り狂うカルロス君が月浦君に掴みかかるのを周りで見ていることしかできなかった。小さな月浦君は胸ぐらを掴まれて足が床から離れる。それでも月浦君は、興味のなさそうな表情で真っ赤になった顔を眺めるだけだった。

 慌てて陽面さんがカルロス君を止めそうになるのを、近くにいた毛利さんが押さえた。今のカルロス君に近づいたら、ただではすまない。

 

 「なぜ自分の力でやらなかった!なぜこんな卑怯な手を使った!答えろ!!お前はいったい何がしたいんだ!!」

 「はぐの身が危険に晒される。()()()()()()()()()。それだけだ」

 「……は?か、可能性……?」

 「ずっと言ってることだろ。僕ははぐのために生きている。僕という存在の全てははぐのためのものだ。だから僕のすることは全てはぐのためにしていることだ」

 「谷倉さんと菊島君が亡くなることが、陽面さんのためになると?」

 「そうだ」

 

 悪びれる様子もなく、月浦君は平然と言ってのけた。激昂するカルロス君を目の前にして、全くいつもの調子を崩さない。それが取り繕った言葉じゃなく、本当に心の底から湧き出ているものだと分かる。その狂気的な愛に満ちた言葉が。

 

 「意味が分からない……!人を殺すことが誰かのためになるなんてことあるはずがない!たとえあったとしても、あなたにそんなことをする権利はないわ!」

 「権利がなくてもやるんだよ。僕は自分に罪がないなんて思ってない。だけどそれがはぐのためになるなら、そんなことはどうだっていい」

 「な、なにそれ……?ちぐ、どういうこと……?」

 「いつまで掴んでるんだ。シワになるだろ。離せよ!」

 「ぐあっ!?」

 


 

 月浦君は自分の胸を掴んだカルロス君の腕を剥がした。一瞬のことで何をしたか分からないけれど、カルロス君が痛そうに手を押さえている。

 

 「谷倉は、はぐが知られたくないことを知った()()()()()()。少なくとも、それを推察する十分な手掛かりを手に入れた。だから処分(ころ)した。それを知られることはあってはならない」

 「なっ……なんだそれは……?可能性可能性って……お前は何の確証もなくミカドちゃんを殺したのか!本当にミカドちゃんがそれを知ってるかどうかも確かめずに!」

 「知られたかどうかをどう確かめるっていうんだ。人の頭の中は覗けない。余計な質問をして察されてしまったら本末転倒だ。知られたくないことは、知られた可能性の存在すら許してはいけない。僕はそれを徹底したに過ぎない」

 「じゃ、じゃあ菊島は……!?菊島もそうだってのかよ!」

 「あいつはただの囮だ。使いやすいところに使いやすいものがあったから使った。さっき捜査するまで知らなかったけど、あいつは人の秘密を嗅ぎ回ってたようだからな。どっちみちすぐに処分(ころ)してただろ」

 「それならカルロスさんは!?なんでカルロスさんをクロになんてしたの!」

 「だからそんなことは僕の知ったことじゃない。停電になれば誰かが発電機を回すことは予想できた。僕でもはぐでもない誰かなら誰でもいいんだよ。だから、気の毒だが、あんたはただ運が悪かっただけだ」

 

 当然のことのように、一切の後ろめたさも自省もなく、月浦君は言い切った。彼にとって私たちは、ただの()()だったらしい。月浦君の世界は、陽面さんと、月浦君と、それ以外……そのたった3種類しか存在していなかった。だから、陽面さんのために行動することに躊躇いがない。世界の余り部分に何をしたって、自分と陽面さんさえいれば、彼の世界は保たれるのだから。

 

 「イカレてやがる!なんなんだよそれ!テメエじゃあ今までずっとそんな風に思ってたのかよ!おいらたちゃ仲間じゃねェのかよ!」

 「僕が一度でもそんなことを言ったか?勝手にお前の価値観を押し付けるな。何度も言うが、僕の全てははぐのために存在してる。はぐの望みは僕の望み、はぐの敵は僕の敵だ」

 「陽面さんは谷倉さんが好きだったはずだよ!彼女を敵だと思ってたのは月浦君だけだ!」

 「あいつはいずれはぐの敵になると()()()()()()。僕は今までずっとはぐのことを考えてきた。だから僕の判断は必ずはぐのためになる。そこに疑いの余地なんて絶対にない」

 

 堂々としていた。清々しいほど歪んでいた。その瞳は一切の迷いはなくて、言葉は一切の淀みもない。真っ直ぐに、純粋に、心の底から、月浦君にとっては陽面さん以外の全てが取るに足らないもので、陽面さんのことを完全に理解していると確信している。

 

 「な、なにそれ……ちぐ、そうだったの……?」

 

 絶句する私たちの沈黙を破る、陽面さんの震える声。カルロス君の怒鳴り声ですっかり萎縮してしまっていた陽面さんは、その場にへたり込んで胸を強く押さえていた。息苦しそうに浅い呼吸を繰り返し、全身を小さく震わせている。

 

 「ちぐが……全部、みかどちゃんも……たいしさんも……ころしちゃったんだ……!はぐのためにって……!それが、はぐのためになると思って……そんなひどいことを……!?」

 「そうだよ。はぐのためにやったんだ。谷倉を処分するのは、はぐにとっても辛いことになるとは思った。だけど、それよりも将来の危険を排除しておくことの方が大切なんだ。他に方法があればよかったんだけど……これが最善だった。分かってくれ、はぐ」

 

 震えて濡れた声。荒く乱れた呼吸。不自然で危険な体の挙動。これ以上は陽面さんが壊れてしまう。そう思って私は彼女のそばに───。

 

 「……っ!そ、そんなの……そんなの……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うっ……うれしすぎるよぉ……!!」

 

 口の端からこぼれる甘く湿った吐息。豊かに熟れた桃のように紅潮した丸い頬。恍惚と快感の涙に浸されてとろける瞳。幸福な痙攣に支配された体で、陽面さんは恥じらいもなく弛緩した顔を晒け出していた。

 

 「…………え」

 「全部……全部はぐのためだったの……!?あの停電も、洪水も──ううん、もっと前から……その前から、はぐが思い出せるよりずっと前から、ぜんぶぜんぶぜ〜〜〜んぶ!!はぐだけのためにしてくれたことなの!?」

 「そうさ!はぐが喜んでくれると思ったから!はぐのためになると思ったから!はぐの幸せのためだと思ったから!僕はどんなことでもやってきた!人を3人も処分(ころ)したって、はぐのためなら大した問題じゃないよ!」

 「うぅっ……!うれしい……!そんなにはぐのことを想ってくれてたなんて……!はぐ、すっごく幸せだよ……!ありがとう、ちぐ!!ずっとずっと大好きだよ〜〜〜!!」

 「こ、こらっ!人前でそんな……!」

 「なんなんなのよいったい!!人が死んでるのよ!!そいつが殺したのよ!!」

 

 目の前の光景に理解が追いつかなかった。どうして陽面さんが笑ってるのか、どうして駆け寄ろうとした私の足は動かないのか、どうして理刈さんが頭を掻きむしって叫んでいるのか、どうして……。

 

 「も、もうやめてよ……!私もう……これ以上は……!」

 「狂ってる……!こいつら狂ってやがる!!やめさせろ!!モノクマ!!」

 「やめさせろって言われても、月浦クンも陽面サンもシロだからなあ。ボクの方から行動を制限させるにはそれなりの理由がないとだから。むしろボクとしては、早いところおしおきに行っちゃいたいんだけど」

 「お、おしおきだと……!ふざけるな!それをされるべきは月浦だ!罪があるのは月浦の方じゃないか!」

 「え?もしかしてオマエラ、人が処刑されるのは罪があるからだとか思ってるタイプ?」

 「あァ!?」

 

 ここではモノクマがルールだ。私たちが何を言おうと、何を訴えようと、モノクマの決めたルールは覆らない。私たちが……私がカルロス君を、クロにしてしまった。それだけは絶対に変わらない。

 

 「まったく、法治国家育ちのお坊ちゃんお嬢ちゃんたちはこれだからな〜!人が人を裁くなんて傲慢を当たり前に受け入れちゃってさ!人が人を殺すことはどんな形であれ罪だってことを分かってないから、そんなことを言っちゃうんだね!ピュアっピュアなことで!」

 「な、なにを……!」

 「人が人を殺すのは、正義でも裁きでも社会システムでもない!魔女をあぶる炎がギロチンの刃に変わったって!脳みそをぶち抜く鉛玉が首筋をなぞるロープに変わったって!本質は何ひとつ変わらないんだよ!殺していいヤツを後腐れなく殺せる快感!殺人という非日常に無責任なまま興じたいという身勝手な欲望!それがヒトって生物の本能なんだ!

  今だってそうでしょ?どうしてオマエラはカルロスクンを助けようじゃなくて、月浦クンを殺せって叫ぶのさ?どうしておしおき自体を止めようと思わないのさ?オマエラが正義を語るのなら、立ち向かうべきはこのボクじゃないの?我が身を顧みず勇敢に立ち向かうべきじゃないの?ねえねえ?どうなの?」

 「バ、バカなこと……!詭弁よ……!そんなのは……!」

 「突き崩せない詭弁を詭弁とは呼ばないのさ」

 

 モノクマが高らかに宣言する。人が人を殺すことの意味。その本質。私たちは、今までもそんなことを繰り返してきたんだろうか。それを否定できるだろうか。虎ノ森君が処刑されたとき、岩鈴さんが処刑されたとき……悲しかった。つらかった。苦しかった。

 だけど、私は断言できない。あれが私でなくてよかった、なんて思わなかったと、胸を張って言うことができない。何かひとつが違えば処刑されていたのは私の方だった。それが()()()()で終わったことに安堵を抱いたことを、否定できない。

 

 「まあいいさ。ボクは別にオマエラと殺人行為について論じたいわけじゃないからね。さっさとやることをやってしまいたいだけ!裁判の後だってボクは忙しいんだからね!というわけで、ケツカッチンなモノクマプレゼンツ!とっとといっちゃいましょーか!」

 「まっ……!待て!オレはまだ……!こんなところで!こんな……こんな形で……!いやだ!ふざけるな!」

 「ふざけてません!待ちません!オマエが虎ノ森クンや岩鈴サンにしたことが回ってきただけだよ!最初の裁判で棄権でもしてない限り、オマエに意見する権利なんてなーい!」

 「ううっ……!バカげている!こんなことはバカげている!!ふざけるなあああっ!!!」

 「今回は!“超高校級のマタドール”カルロス・マルティン・フェルナンドクンのために!スペシャルな!おしおきを!用意しました!」

 「……悪いとは思ってる。だからせめて、(はなむけ)くらいは贈るさ」

 

 どこからともなく飛び出した金属のアームが、カルロス君のたくましい体を捉える。誰よりも力強い彼でさえ、幾つものアームに掴まれては身動ぎすらできなかった。そんなカルロス君の前に、月浦君と陽面さんが近づいた。

 

 「あ、あのね、カルロスさん……!」

 

 今にも連れ去られてしまいそうなカルロス君に向かって、陽面さんが口を開く。

 

 「ありがとう!はぐたちのために死んでくれて!」

 「——ッ!?」

 

 眩しいほどの笑顔だった。これから彼がどうなるかを知らないみたいに、無邪気な子供のような笑顔で、陽面さんはお礼を言った。

 穏やかな笑顔だった。心の底から感謝するような、優しく温かい笑顔で、月浦君はカルロス君に感謝した。

 

 「では!張り切っていきましょーう!!」

 「ありがとう。僕の思い通りに動いてくれて」

 「ありがとう!はぐの秘密を守るための犠牲になってくれて!」

 「ありがとう。せめて、できるだけ安らかに死んでくれ」

 「ありがとう!さようなら!」

 

 彼がそれをどう受け止めたのかは分からない。少なくとも、いつものように大したことじゃないと笑っていたはずはないことだけは分かる。怒りで震えていたかも知れない。驚きで頭が真っ白になっていたかも知れない。死への恐怖が全てを塗りつぶして何も聞こえなかったかも知れない。

 

 「おしおきターーーーーーーーーーーーーーイムッ!!」

 

 壁の向こうへ吸い込まれていくカルロス君の姿は、誰の目にも残らなかった。私たち全員の意識は、そんな彼ににこやかに手を振る陽面さんと月浦君に注がれていた。狂気的なほど純粋で、残酷なほど無邪気で、決して欠けてはいけない何かが欠けている彼らに。

 


 

 

【GAME OVER】

カルロスくんがクロにきまりました。

おしおきをかいしします。

 

 歓声は鳴り止まない。喝采と紙吹雪は止めどなく降り注ぐ。賑やかな音楽に合わせて、真っ赤なドレスを着たモノクマたちが踊り狂う。詰めかけた群衆は互いを潰してしまいそうなほどに密集し、巨大な一本の道を形作る。

 華やかに彩られたパレードカーの上には、全身を拘束されたカルロスが屹立していた。白いスーツから着替え、マタドールジャケットにマントを羽織り、足元はブーツ、頭にはモンテーラを被ったマタドールスタイルになっていた。

 キザに気取ったポーズをさせられたカルロスは、自由の利かない体をよじらせて必死に抵抗する。指一本どころか、服の生地一枚も動かない。布のように軽いのに、まるで鋼鉄のように頑丈だった。

 

 

[英雄カルロスよ 永遠なれ

“超高校級のマタドール カルロス・マルティン・フェルナンド”処刑執行]

 

 

 パレードが始まる。カルロスを乗せたパレードカーが群衆の間をのろのろ進む。カルロスの姿を目にしたモノクマたちは興奮の渦に包まれる。わざとらしく歓声を上げ、からかうように指笛を鳴らし、侮辱のつもりで祖国の旗を振る。

 カルロスはこの上ない屈辱を感じていた。この状況は、何度も夢に見た英雄として祖国に凱旋した自分の姿そのものだった。まだ何も成し遂げていない自分を祭り上げることも、モノクマが祖国の文化を真似事で穢すことも、あらゆることが自分の全てに対する侮辱であった。月浦に利用されたことが些細なことに感じるほど、カルロスは激怒していた。空気を震わせて轟くラッパも、忙しなく気を逸らせるドラムも、耳障りに鳴り響くシンバルも、全てがカルロスの神経に障るばかりだった。

 パレードはつつがなく進行する。カルロスを讃える体をなした、恥辱と嘲笑にまみれた悪趣味な宴は、やがて唐突に終わる。カルロスが乗る車の前に、巨大な物体が現れた。

 

 「……ッ!?」

 

 でっぷりと膨れた胴体を細い脚で支え、天に向かって大きく口を開いている。それは釜だ。体の下に焚べられた炎がその肌が光るほど熱し、口からはもうもうと湯気を吐き出している。まとう熱気が空気を伝ってカルロスの頬をちりちりと刺す。

 パレードカーは真っ直ぐ釜へ向かう。熱気は痛みとなってカルロスを襲う。熱が目に染みて涙が溢れる。空気は暴力的なまでに熱されて肺の奥が焼けそうだ。パレードカーは釜の横に着き、足元を迫り上がらせて、カルロスを鍋の上まで運ぶ。

 まるで地獄の釜だ。体の中まで熱に冒されながらも、カルロスは冷たい恐怖を覚えた。足元には泡を立てるどろどろの銅。身動きの取れない自分がこれからどうなるか、考えなくとも分かる。その恐怖を煽るように、群衆は大きく歓声を上げる。ドラムロールが激しく鳴る。後ろからモノクマの気配が近付いてくる。

 

 「————ッ!!」

 

 カルロスは吼え叫んだ。胸が弾けそうな怒りを。その怒声は大気を揺らし、モノクマの群衆は気圧されて静まり返った。

 カルロスは猛り立った。脳が沸騰しそうな無念を。その咆哮は聴く者の心を撃ち、決して消えない後悔の念を刻みつけた。

 カルロスは吐き出した。心が張り裂けそうな呪いを。自分を嗤う者も、憐れむ者も、讃える者も、この世のありとあらゆるものを呪った。

 カルロスは——————

 

 

 ——————釜に落ちた。

 

 あまりに呆気なく。一瞬のうちに。電源が切れたように。そこから先、カルロスの声を聞く者はいなかった。

 そして重機のアームが釜の底をさらい、そして引き上げる。全身が汚れひとつない銅に包まれた、勇壮たる出立ちと立ち姿の英雄が、釜の中から現れた。重機はそれを丁寧に土台に設置する。

 斯くして、英雄カルロスは永遠となった。その身に宿った絶望とともに、銅の檻に閉じ込められたのだった。

 

 


 

 「エ゛ェッ……!!」

 

 めまいがした。足が震えて力が抜けた。込み上げてきた吐き気を堪えることさえできなかった。指先にはあのときの感触が残っている。今まで意識しないようにしていた、()()()()()()()()()だ。

 カルロス君は怒っていた。嘆いていたし、呪ってもいた。自分を処刑に追い込んだ全てを。つまり、私たちもだ。どれだけ御託を並べても、私たちはカルロス君を処刑台に送り込んだ。それは絶対に揺らがない事実だ。私は、カルロス君に恨まれていなくちゃいけないんだ。そう思うと、私は自分をぐちゃぐちゃに破壊してしまいたくなった。こんな罪深さを抱えて生きていくことに耐えられない。

 

 「うっぷっぷ!よかったねえカルロスクン!憧れてた英雄になれてさ!きっとみんな君のことは忘れるまで覚えてると思うよ!だーっひゃっひゃっひゃ!」

 

 目に映る全てを否定したい。耳に入る全てを拒絶したい。こんな現実を私は生きていたくない。こんな絶望がこれから先も繰り返されるなんてとても耐えられない。それなのに私は……死んでしまうことを恐ろしいと感じてしまう。

 現実を受け入れる強沙なんてありもしないのに、現実を諦めて捨ててしまう弱さもない。中途半端な私の心は、ゆっくりと崩れていきながら、それでも心の形だけは失わずに、ただただ終わらない苦しみの中にあった。

 

 「ううっ……!ひぐっ……ひっく……!」

 

 すすり泣きから聞こえた。そんなのは珍しいことじゃない。またコロシアイが起きて、誰かが処刑された。それは昨日まで一緒に朝ごはんを食べていた彼らで、今朝まで他愛ない言葉を交わしていた彼女らで、さっきまで一緒に戦っていた仲間だ。仲間を喪って涙を流さない人なんていない。

 だから、どうして陽面さんが泣いているのかわからなかった。処刑台へ連れていかれるカルロス君を、「ありがとう」なんて言葉で見送った彼女が、どうしてカルロス君のために泣けるのか、理解できなかった。

 

 「うあああんっ!!カルロスさんが死んじゃったよう!!みかどちゃんもたいしさんも……みんな死んじゃった!!」

 「大丈夫だよ、はぐ。僕はずっとはぐの傍にいるから、僕だけは絶対にはぐの前からいなくなったりしない」

 「うぅ……ちぐぅ……!」

 「なんなのよ……!!なんだっていうのよあなたたちは!!」

 

 理刈さんがヒステリックに叫んだ。その声に驚いて、陽面さんはいっそう泣き声を張り上げる。陽面さんが抱き寄せて、月浦君は理刈さんを睨む。

 

 「どうしてあなたが彼のために泣けるの!!あなたたちに殺されたような——いいえ、あなたたちがカルロスさんを殺したのよ!!泣く資格なんてないでしょ!?誰のせいでこうなったと思ってるのよ!!いったい何を考えてるのよ!!」

 

 髪をかき乱しながら、目を涙で真っ赤にしながら、落ちた眼鏡を拾おうともせず、理刈さんはただただ絶叫し続けた。息継ぎする暇もないほど畳み掛けるその非難に、それでも月浦君は、ただ一言。

 

 「誰のせいでもないんだよ」

 

 冷たく言い放った。

 

 「3人を死なせた罪は僕にある。ただそれだけだ」

 

 その言葉は、何かを私たちから奪い去った。何か、これだけは失ってはいけないはずのものを。

 彼は私たちとは違う常識に生きている。彼女は私たちとは違う感情で生きている。2人は、私たちとは根本的に違う生き物なんだと思い知った。私たちと同じ姿で、私たちと同じ言葉を話し、私たちと同じものを食べているけれど……私たちとは全く異なる。そんな生き物を前にしたとき、人は……きっとどんな生き物でも、こう感じるのだろう。

 

 排除しなければ、と。

 


 

 「あ〜あ!せっかくおしおきしたっていうのに、オマエラずっとそこの2人に釘付けなんだもんな!つまんねーの!もっとアビィなキョーカンとかキコクなシューシューとかを期待してたのにさ!」

 

 空気をあえてぶち壊すようなモノクマの発言で、僕たちは強制解散させられた。おそらくあれは、あのまま自暴自棄になって秩序が失われる前に、各々が休息を取れるようにしたモノクマなりの配慮なのだろう。半分は本心だろうが。

 周りの奴らほどではないにしろ、僕もいい加減このコロシアイと学級裁判、そして処刑の繰り返しに辟易してきた。無意味に死んでいく彼らを見送るのはいい気分ではないし、モノクマの支配が強まれば自分の身にも危険が及ぶ可能性が高まる。今さら結束を叫んだところで、自分の言葉に力がないことくらいは記憶している。せめて今日この日のことを記録しておこう。後々、何かの役に立つかも知れないことに期待して。

 

 「あっ、あの……!」

 「?」

 

 いつもこのあたりで現れるあの不快な声ではなく、いかにも僕にビビっているという声が聞こえてきた。振り向いてみれば、そこにいたのは妙なサングラスをかけた宿楽だった。グラスの表面には意味不明な顔文字が表示されていて、もじもじと指をいじっている。分かりやすすぎるほど緊張が態度に現れていた。

 こいつが話しかけてくるのは珍しい。それも、学級裁判の直後になんて。

 

 「なにか用ですか?」

 「よ、用っていうほどのことじゃないかも知れないんだけど……」

 「あなたが話しかけてきたんでしょう。あなたが用かどうかを判断しないで誰がするんですか」

 「あ、ごめん……じゃあ用です」

 「その中身を聞いてるんです。同じ質問をさせないでください」

 「うう……」

 

 甲斐のように僕に反抗してくるわけでもない。湖藤のように僕の腹を探るわけでもない。言われたことを言われたままに受け取って、そのまま受けれいてしまう。アホというか素直というか、そんなことでよくまだ生きていられるものだ、と却って感心してしまう。

 

 「えっと……さ、裁判、おつかれ……。尾田さんがいてくれたおかげで、助かったよ」

 「助かった、というのは?」

 「うん?そのままの意味だよ。尾田さんが積極的に推理してくれたから……悲しいものだったけど、真相が分かった。尾田さんがいなかったらどうなってたか」

 「どうもなってませんよ。僕が分かることなら、湖藤クンにもだいたい分かるでしょう」

 「そんなことないよ!」

 「はあ?」

 「今回の捜査で分かったんだ。湖藤さんはちょっとの証拠から色んなことを推理して、しかもそれが怖いくらい当たる、すごい人なんだって。でも、湖藤さんは足が悪いから、自分の目で見て、耳で聞いて、手で触れるものには限界がある。その限界は、私たちよりずっと少ない。だからこその推理力なのかも知れないけど……それが湖藤さんの弱点でもあるんだよ」

 「で?」

 「でって言われると……あっ、だ、だから、尾田さんはその点、湖藤さんに負けない頭の良さもあるし、その上自分でどこでも行けるしなんでもできるじゃん!だから……そんなに謙遜することないっていうか」

 「別に湖藤クンを上げてるつもりはありませんが」

 

 なんなんだこいつは。なぜ僕に湖藤の話をするんだ?湖藤は甲斐の話をするし、こいつは湖藤の話をするし。なぜ僕は人から他人の話をされるんだ。なんの罰ゲームだ。おまけに湖藤と違って、こいつの話は要領を得ない。湖藤の行動が制限されていることくらい、誰だって見れば分かる。

 

 「今回の動機のことだって、尾田さんはずっと前に分かってたんでしょ?もしそのとき、尾田さんが裏切り者になって、みんなのために凶器を捨てたりしてたら……3人は死なずに済んだんじゃないかなって」

 「つまり、僕や湖藤クンにも責任の一端があるということですか?事件が起きうる状況を看過したという責任が?なぜ僕らがあなたたちの安全な生活に対してアンバランスな責任を負わなくてはいけないんですか?いつから僕らはあなたたちの保護者になったんですか?自分は巻き込まれただけで無関係で無責任だと思いたい気持ちはお察ししますが、他人に責任を擦りつけることでその事実を作り上げようとしているのなら、その行為自体がすでに相当罪深いことを忘れないでいてください」

 「ひええっ!ご、ごめんなさい!そ、そんなつもりじゃないよ!」

 

 ちょっと脅かしてやったら過剰なほどの悲鳴をあげられた。これくらい素直なアホの方がストレスがかからなくてちょうど良い。

 遊びはこれくらいにしておこう。これだけ脅かせば話す気も失せただろう。そう思って部屋に帰ろうとすると、宿楽は意外にも食い下がってきた。

 

 「ちょ、ちょっと待ってよ尾田さん!あの……気分を悪くしたんなら、ごめんなさい。でも、私、お願いがあって……!」

 「は?お願い?」

 「その、尾田さんが、裁判以外でも私たちの助けになってくれたら、心強いなって思って」

 「……あなたもですか」

 「え?」

 「そんな話は湖藤クンから散々されていますよ。うんざりするほど」

 「そうなの!?じゃあなんで仲間になってくんないの!?」

 「あの、勝手に判断しないでもらえます?僕は別にあなたたちに協力しないとは言ってないでしょう」

 「……うぅん?」

 「……ほんっとうにアホですね、あなた」

 「面目ない」

 

 なんなんだこいつは。

 

 「要するに、必要なときは協力します。過剰に親密になるつもりはありません。理由がなければ敵対もしません。そういうことです」

 「え、でも奉ちゃんとめちゃくちゃ仲悪いよね?」

 「それは個人的な印象の問題であって、あなた方には何ら関係ありません。そもそもいつの間に甲斐サンがあなたたちの中心にいるんですか?柱に据えるならもっと頑丈な人の方がいいですよ」

 「……ああ、心配してるんだね!」

 「なんでそうなる……」

 「ふむふむ……()()()()()()か。それもアリかも」

 「もう行っていいですか。不愉快なので」

 「待って待って待って!あの、不愉快ついでにもう1個聞きた——無視しないでよ!」

 「掴むな袖を!引っ張るな裾を!」

 

 甲斐や湖藤よりは御し易いかと思ったが、こいつはこいつでアホすぎて振る舞いが唐突だ。どちらかというと動物に近い扱いづらさがある。

 

 「あの……!私たち、モノクマに勝てると思う!?」

 「質問の意味が分かりません」

 「モノクマの目的って本当にコロシアイなのかな!?モノクマを操ってる黒幕は本当は何がしたいのかな!?ここって本当に希望ヶ峰学園なのかな!?私たちなんか見落としてないかな!?尾田さんの考えを聞きたいんだよ〜!」

 「……なんですって?」

 

 ほぼ聞き流していたのに、ひとつの質問だけが耳に残った。それは、当然湧くはずの疑問だ。これまで何度も考えてきたはずのことだ。だが、今こうして尋ねられたことで質問の受け取り方が変わった。なぜ今までそのことについて考えなかったのか……いや、考えてはいたはずだ。考えたことを忘れていただけのはずだ。

 癪だが仕方ない。どうやらこのアホによって、僕はようやくそのことを思い出せたらしい。まったくもって不本意だ。しかし事実なので変えようがない。

 

 「……」

 

 とはいえ、このアホが本当にそこまで意図して尋ねたとは思えない。偶然の力というのは分からないものだ。

 

 「ふんっ」

 「んぁあっ」

 

 裾と袖を掴む宿楽の手を払って、僕はさっさと自分の部屋に戻った。後ろから伸びやかに僕を呼ぶ宿楽の声が聞こえたが無視した。シンプルに恥ずかしいので。

 結末の見えた裁判。そのくせ問題ばかりが積み上がる極めてコスパの悪い時間。そう思っていたが、最後の最後で思わぬ収穫があった。他にも気になることはいくつかあるが、もう少し深く考えていかなければいけないだろう。

 このコロシアイの本当の目的——モノクマの正体——僕たちはいったい、何をさせられているのか。




春ですね。

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