ダンガンロンパメサイア   作:じゃん@論破

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第四章 獅子食む狐は塩に変ず
(非)日常編1


 

 「オマエさあ、なに考えてんの?これ絶対ヤバいよ!」

 

 ぽふん、と優しい音がした。モノクマが荒っぽくテーブルを叩いた音だ。綿の詰まった手ではろくな威圧もできない。それでも、相対する人物は言い訳がましい言葉を並べる。それを聞いたところで、モノクマの溜飲は下がらない。

 

 「オマエがどう思ってるかなんてどーだっていいんだよ!要はあいつらにオマエの正体がバレちゃったかも知れないってことが問題なわけ!ったく、ろくに役に立たないくせにボロばっかり出しやがって!」

 

 モノクマに叱られた人物はただ平謝りするばかりだ。軽率な行動をしたことは間違いない。言い訳の余地もない。もはや隠すことはできない大きなミスを、モノクマは犯してしまった。まだそれに気付いている者はいない……ように見える。ただの気休めに過ぎないが、それだけが救いだ。

 

 「まだ12人もいるんだよ。最低でもあと半分にしないと、条件が揃わないじゃないか!許してほしかったらあと5人道連れにして上手いこと死ね!得意だろ!」

 

 最後の言葉の意味はモノクマにしか分からない。しかしそれを聞き返せる雰囲気ではなかった。

 

 「そろそろボクが本格的に引っ掻き回す頃合いかなと思ったのに、オマエのせいで下手に動けなくなっちゃたじゃないか……仕方ない。テコ入れでもしてあいつらの気を逸らすしかない。ヘマすんなよ!もう行け!」

 

 モノクマのやわらかい足で蹴られ、叱られていた人物は慌てて部屋から出て行った。どうやらこの後のことはモノクマがなんとかするらしい。自分はこれ以上余計なことをせず、上手く立ち回りつつ静観し続けるのが得策なのだろう。その上手い立ち回りというのを教えてほしいのだが。

 


 

 私は目を丸くした。こうなることを少しも考えなかった自分に驚いて。考えてみれば、それが一番自然(ごうりてき)なことなのかも知れない。なんだかんだで、みんな彼女のことを信頼していたんだ。そして、私じゃ谷倉さんの代わりにはなれないんだ。

 

 「お、奉奉(フェンフェン)。おはよー」

 「……長島さん、それ……?」

 「へっ?ああ……朝ごはんアル。美美(メイメイ)みたいに立派なのは作れないから簡単にネ」

 

 通りすがった長島さんは、細長い揚げパンと豆乳のスープが載ったお盆を持っていた。どちらも冷凍食品やインスタントのものだ。すでにテーブルについてる芭串君や庵野君は、それぞれ自分で用意したらしい別々のご飯を食べていた。

 そして食堂の中心には、幸せそうな笑顔で2人分のしっかりした朝ごはんを用意した月浦君と、うっとりした顔で月浦君にくっついてご飯を食べさせてもらっている陽面さんがいた。まるで他には誰もいないかのようにベタベタしている。

 

 「奉奉(フェンフェン)、あんまり見ちゃダメヨ。目の毒ネ」

 「……なんで?」

 「なんでって、あんなイチャイチャべったりしてるの見てもなーんも面白いことないネ」

 「なんでみんな朝ご飯食べてるの……?」

 「んえ」

 

 まるでそうすることが当たり前かのように。私は食堂を出た。それが現実だと受け入れたくなかった。私たちの絆は、つながりは、こんな簡単に壊れてしまうほど脆いものだったんだって、目の前に突きつけられたようだった。

 とにかく必死に逃げ出した私は、前も見ずに走っていたせいで、何かにぶつかって転んでしまった。

 

 「うわっ!?ま、奉ちゃん!?いたた……ど、どうしたの?」

 「あっ……」

 

 私がぶつかったのは風海ちゃんだったらしい。尻餅をつきながらも私のことを心配してくれてる。そのとき初めて前を見たら、理刈さんと毛利さんも一緒だった。理刈さんは心なしか顔色が悪くて、たぶん風海ちゃんと毛利さんが呼びに行ってたんだと思う。

 

 「何があった?まさか……!?」

 「う、ううん!ちがうの!私が……私が勝手に……!みんな……朝ご飯、食べてたから」

 「朝ご飯?」

 「……谷倉さんがいなくなって、みんな自分のご飯は自分で作るようになって……なんか、寂しくて」

 「同じ釜の飯を食う仲でいたかったということか?確かに、食事はほとんど谷倉に任せていたから、いきなり全員分を誰かが作るのは難しいと思うが……」

 

 自分でも何を言ってるのか分からない。毛利さんが言うような、気分的なことなんだろうか。でも、決して無視しちゃいけないようなことの気もする。これを見逃してしまったら、私たちは今度こそ決定的に決裂してしまうような気がした。

 言葉にできない感情を吐き出されて、風海ちゃんも毛利さんもきょとんとするばかりだった。普通は、こんな要領を得ない発言を前にしたら、それくらいしかできない。でも、理刈さんは少し違った。

 

 「違うでしょ。甲斐さんが言いたいのは、そういうことじゃないわ」

 

 毛利さんは、床にへたり込んだ私に手を伸ばしてくれた。

 

 「みんな谷倉さんのご飯は素直に食べていたわ。最初のうちは疑いこそあったけれど、私たちはコロシアイなんて状況下でも、彼女のことは信頼していたのよ。でも谷倉さんはもういない……だから、みんな他の誰かが作るご飯が信じられないから、自分で自分のご飯を用意してた。甲斐さんは、そのことがショックだったのよ。私たちが信じてた絆は、谷倉さんひとりを喪うだけで簡単に崩れ去ってしまうほど儚いものだったんだって……」

 「……っ!」

 「分かるわよ。甲斐さん。あなたの気持ちが。痛いほど」

 

 優しく、温かく、理刈さんが抱きしめてくれた。小さく震える彼女の腕は、決して頼もしくも心強くもない。だけど、すぐ近くに寄り添ってくれる安心感は確かにあった。私の気持ちを理解してくれる優しさは間違いなくあった。

 

 「信じていたものが崩れ去っていくのは辛いわ。何度経験したって慣れるものじゃない。だけど、崩れる前には確かに積み上げてあったの。私たち全員がそれを知ってるわ。だから、あなたが——私たちが今までしてきたことは、これからやり直しにはなるけれど、なかったことにはならないの」

 「……な、なかったことに……ならない……?」

 「少なくとも、ここにいる私たちは、あなたがみんなのために心を砕いていることを知っているわ。誰よりもこのコロシアイに疲弊していることを知ってるわ。だから、もし他の誰かを信じられなくなっても、私たちだけはずっとあなたの味方よ」

 「……う、うん……!ありがとう……!」

 「……んん。まあ、なんだ。理刈の言う通りではあるんだが……改めて言われると、こう、少し照れ臭いな」

 「理刈さんて法律一辺倒の頑固さんじゃなかったんだね。思ったより元気あるみたいでよかったよ」

 「私をなんだと思ってるのよ」

 

 そう言う理刈さんも、少し顔を赤らめている。毛利さんが冷静に恥ずかしがってるのを見て、私もなんだか恥ずかしくなってきて、袖で涙を拭いた。

 そうだ。もともと月浦君と陽面さんは二人だけの世界で生きていただけ。長島さんはリアリストだから慎重になってるだけだし、芭串君や庵野君もコロシアイの中でも人の気持ちを考えられる人だ。今日は谷倉さんがいなくなって最初の朝だから勝手が分からなかっただけで、後でちゃんと話せばきっと分かってくれる。湖藤君だっている。

 3人も人が減ったのは寂しく感じるけれど、まだ私たちには仲間がいる。いなくなった人たちを悼むことに意味はあるけれど、落ち込んでばかりいても何も始まらない。少し励まされただけでそこまで考えちゃう私は、結構単純な人間なのかも。

 

 「奉ちゃん、元気になったみたいだね」

 「うん……でも、やっぱりまだ体が重い気はするかな……」

 「無理はするな。ゼリーかバナナか、ホットミルクだけでも胃に入れておいた方がいい。今日は……アレだからな」

 「うん、アレだね」

 「アレ?」

 

 毛利さんと風海ちゃんは何か通じ合ってるみたいに曖昧な言葉を交わした。その意味が分からないまま、私はみんなと一緒に食堂に戻った。相変わらずそこはまとまりのない空間だったけど、さっきよりは少しだけ前向きに受け取ることができた。

 その後、湖藤君と尾田君、遅れてきた王村さんがやってきて、この建物にいる全員が揃った。全員がバラバラの朝ご飯を食べ終わった頃、タイミングを見計らったかのようにモノクマが現れた。

 

 「やっほーーーい!!オマエラ元気してるゥーーー!?」

 「んっだよ……朝からうっせェなァ……頭に響くだろィ!」

 「そりゃオメーが夜中まで飲んでたからだろ!なにこの状況で深酒してんだ!いい加減取り上げるぞ!」

 「うっせェ!飲まなやってられっか!」

 「今日はずいぶん荒れてますね、王村さん」

 「王村さんなりに辛いことがあったんだよ、そっとしておいてあげよう」

 「ささ、そんなことはどうでもよくて。オマエラ!今日はアレだよアレ!」

 「アレって?」

 

 毛利さんと風海ちゃんが言ってたことと同じことをモノクマが言う。アレとはなんだろう、と尋ねてみると、モノクマは嬉しそうに笑った。

 

 「やだなあ甲斐サンったら!ボクのプリチーなお口からそんなこと言わせるつもり?今時の女子高生はゲスいんだからなあ」

 「なに?いやらしいことなの?」

 「新エリアの開放だよ!!もう3回目なんだからパターン化して覚えてよ!!」

 「あっ……普通に忘れてた」

 「普通に忘れるなよ」

 

 パターン化と言われても、1回目はコロシアイのショックでそれどころじゃなかったし、前回は建物ごと変わって前の建物は吹き飛んだし、あれを同じレベルのものと思えっていうのはちょっと厳しいんじゃ……。

 そんなことより、新エリアっていうことはつまり、新しい部屋や施設が開放されるっていうことだ。この広い本館でも、私たちはまだ地下1階から2階までの3フロアしか見ていない。ホールから上を見上げればまだまだ上があるようだったし、これで全部開放ってわけにはいかないんだろう。

 

 「それじゃー行ってみよー!2階の階段前に集まってね!」

 


 

 3階へ続く階段は、無骨なシャッターに阻まれていた。太い鉄の棒を何本も並べただけだから隙間だらけだけど、私たちが突破を諦めるには十分な頑丈さを見せていた。触れば手に錆がついてしまいそうなほど汚らしいから、女子は触ってもいない。

 集まった私たちの前で、シャッターはキリキリと不快な音を立てて開いた。錆がポロポロと剥がれ落ちて、3階への階段の1段目を汚した。

 

 「さあオマエラ!新しい世界へご案内だよ!ここまで3度の学級裁判を生き残ったオマエラに、ボクから心ばかりのプレゼントを用意しました!」

 「どうせろくでもないものでしょう」

 

 尾田君の言うとおり、モノクマがプレゼントなんて言うものが本当に嬉しかった試しがない。私はそんな意味のない言葉は聞き流して、それよりもきちんとここから上の階段にスロープが設けられていることに、ほんの少し安心していた。宿楽さんや庵野君の助けを借りて、湖藤君を3階まで運ぶ。

 真ん中にホールがある本館の構造上、2階は長い廊下に沿う形で小さな部屋がいくつも並ぶ造りになっていた。だけど3階は、そんな制約を打ち破ることを意識したかのような、それともただの反骨精神でやけくそになったのか、巨大な部屋が2つあるだけだった。ちょうど本館の東側と西側に造った部屋の壁を取っ払ってホールにしたような感じだ。

 

 「じゃじゃじゃーーーん!!ようこそオマエラ!!ホールフロアへ!!」

 「ホールフロアって……なんて贅沢な空間の使い方してやがんだコレ……」

 「2部屋だけって、ずいぶん思い切った構造だね」

 「ここはぶっちゃけ探索する必要もないくらいシンプルな造りしてるから、せっかくだからボクがツアコンしてあげるよ!使い方に関してちょっとだけ注意事項があるから、ちゃんと聞いてよね!」

 「4階は……まだ開放されないのね」

 「“まだ終わらせるつもりはない”ってことですか。まったく、気が滅入りそうです」

 

 揚々とモノクマが私たちを引率する。3階へ階段を上がったすぐ隣では、さらに上のフロアに続く階段がシャッターで仕切られていた。裁判を乗り越えるたびに新しいエリアが開放される。つまり、4階以上へ行くためには、また新しく学級裁判をしなければいけないっていうことだ。つくづくモノクマの悪意のマメさに嫌気が差す。

 まず私たちは3階の東側、青い大きな扉を構えた部屋の前に来た。扉は両開きになっていて、重厚な雰囲気に似合わず陽面さんでも簡単に開けられるようだ。部屋の前にかけられた札には、“パーティーホール”と書かれている。こんな状況でパーティーなんかする気分になれるわけがない。

 

 「じゃーーーん!!ここがパーティーホール!!いつでも誰でもどんなパーティーでも開けるスペースだよ!!」

 

 開いた扉の向こうは、まさにパーティーホールの名に相応しい、広々とした空間が広がっていた。柱や壁が一切ない真四角の空間。目算でも、地下にあるプールよりずっと広いことが分かるくらいには大きな部屋だ。床から天井までを埋め尽くす紋様や壁に埋め込まれた柱の意匠も高級そうで気になるところだけど、何より目を惹くのは、ホールのど真ん中に設置された大きなシャンデリアだ。

 シャンデリアの造りのことはよく知らないけれど、照明を受けてキラキラ輝くダイヤ型のガラス飾りが無数に集まって、まるでひっくり返したウエディングケーキに王冠を被せたような形をしていた。天井が高いおかげでなんとかなってるけど、背の高い人だと頭のてっぺんが先端にぶつかりそうだ。それくらい、無駄に大きい。

 

 「おっきいシャンデリアでしょ?ボクがひとつひとつ丁寧に磨いてくっつけて造ったんだから!オマエラ!頭なんかぶつけたら承知しないからな!」

 「手作りのシャンデリアかよ!?なんなんだその無駄なこだわりはよ!?」

 「きれいだけど、ちょっと眩しすぎないかな?」

 「光量の調節はできないので悪しからず。いちおう奥の控室に電源はあるけど、絶対に切っちゃダメだよ。絶対だぞ!?」

 「フリになってねェか?」

 「心許ない支えですねえ。あんなバカでかい物が、よくあんな支えで吊られてるものです」

 

 尾田君が天井を見上げながら言った。シャンデリアは一本の太いワイヤーが天井付近の円形の金具に繋がっていて、その金具が同じくらい太いワイヤーで天井の4ヶ所に繋げられていた。確かに、これは不安になる。心なしかシャンデリアがふらふら揺れてるような気もする。

 

 「奥の控室は見られますか」

 「もちろん!ここには今のところ何もないでしょ?控室にはその分色々あるよ!あ、椅子とかテーブルはあっちの倉庫から出してね」

 

 モノクマがあちこちを指差して、思いの外、手際よく案内してくれた。控室には空調や電気の制御盤が設置されていて、これでホールの機器を操作できるそうだ。スタンドマイクや演説台、プロジェクター、お立ち台にカラオケマシーン、ビンゴマシーン、くす玉、急なスピーチでも使えるモノクマ印のジョーク集(何ページか見たけど、あまりに下品で読むに耐えなかった)などなど……。これでパーティーを盛り上げろってことか。押し付けがましいというか何と言うか。

 

 「倉庫も見てみますね」

 「ぐいぐいいくじゃんあいつ。ひくわ」

 「なんでお前が引いている……?」

 

 モノクマの案内がなくても尾田君がどんどん自分から探索を進めるから、モノクマの方が呆れてしまっている。たぶん尾田君のことだから、罠が仕掛けられてたりしないかとか、何か危険なものがないかとか、積極的に知っておきたいんだと思う。それを自分のためだけにやってるから、本当に勿体無いと思う。知ってることを私たちに教えてくれさえすれば、こんなに頼もしい人は湖藤君の他にいないのに。

 倉庫は控室に輪をかけて雑多だった。丸テーブルやロングテーブル、パイプ椅子にキャスター付きの椅子、横断幕から花輪、レクリエーショングッズにペンキ、ビールかけ用のビール(ノンアルコール)、シャンパンファイト用のシャンパン(ノンアルコール)、鏡割り用の酒樽(ノンアルコール)、鯨幕に掃除道具まで……。もはや何の部屋なのか分からないくらいのラインナップが、不気味なほどに整頓して保管されていた。

 

 「全部ノンアルじゃねェかオイ!!」

 「当たり前でしょ。王村クンはいいけど、他の人がお酒なんか飲んだら大変なんだから!コンプラとかポリコレとかダブスタとかマジうざいよね〜!」

 「わざわざアルコールを抜いた物を用意する妙なこだわりの方が気になりますが」

 「せっかくパーティーとかするんなら盛り上がってほしいからね!ボクは気の利くクマなのです!」

 「パーティーなんかしませんよ、こんな状況で」

 

 こんなところにこんな大量にお酒があったら、間違いなく王村さんが入り浸って酒臭くなる。ノンアルにしてまで用意するものかと言われれば微妙だけど、その配慮はとりあえず正しかったんだろう。

 パーティーホールで見るべきことはそれくらいだ。入り口は正面にある大きな両開きの扉だけ。窓も他の出口もなくて、控室と倉庫は行き止まりだ。常に明かりをつけておかなければいけないことと冷房をつけてはいけないこと以外に、ホールの注意事項でおかしなことはない。その2つも、控室にある制御盤をわざわざいじらなければいいだけの話だ。

 


 

 3階の西側。パーティーホールの青い扉と対を成すようなオレンジ色の扉の前に、私たちは集まっていた。

 

 「青の反対は赤じゃないの?」

 「裁判場と間違えてみんながここに集まったら面倒でしょ。これもボクなりの配慮なの!」

 「なんて押し付けがましい配慮」

 

 こっちの扉も、パーティーホールと同じように簡単に開く両開きの扉だ。扉の配置と色だけじゃなく、中の造りも、3階は向かい合わせになっているようだ。ただしこっちは、入ってすぐ両側が背の高い壁になっている細い通路が延びていた。その先に進むと、正面には巨大な緞帳が下りた舞台があった。私たちが通ってきた通路は、鑑賞席の間に作られた通用口だったようだ。映画館と同じ造りだ。

 

 「うっぷっぷー!ここはコンサートホール!舞台の上で歌ったり踊ったり演奏したり、なんでもしていいよ!ちゃんと鑑賞席も用意してあるからね!S席はドリンクとモノクマオリジナルグッズがついて7200モノクマネー!」

 「金とんのかよ!?」

 「どこからどこがS席なんだ……?全部同じに見えるが」

 

 鑑賞席に座ってみると、ホールのどこからでもステージがよく見えるよう、扇型に造られていることが分かった。席は座面を倒して使うよくあるタイプで、ドリンクホルダーが1席1つ付いてる。私たちが席を調べてる間に、湖藤君と尾田君は舞台の緞帳を見ていた。

 

 「……ふぅん?」

 

 緞帳は巨大な刺繍がされている。モノクマと、何人かの人が、まるで対立するように描かれていた。背景には煙のあがる街の影や積み重なる瓦礫が配され、モノクマの顔をした人々はその戦いの狭間で打ち拉がれるようにもがいていた。

 

 「これもモノクマが?」

 「もっちろーん!ここにあるものはぜーんぶボクが作ったんだからね!褒めて褒めて!」

 「泣きたくなるほどの趣味の悪さですね」

 「カラッカラの目で何言ってやがんだコノヤロ!」

 「この緞帳の向こうは見られる?」

 「うん、いいよ。開けどんちょ〜〜〜!!」

 

 どうやって操作してるんだか、モノクマの声とともに舞台に降りていた緞帳がするすると上がり始めた。何かうんざりするような仕掛けがされているものかと思いきや、舞台はとてもシンプルな板張りになっていて、照明や書き割りがいくらか置いてあるだけだった。特に整理されてないのが、ついさっきまで何かが演じられていたような気配を感じさせて気持ち悪い。

 

 「舞台裏は?」

 「あっちの扉から入っていけるよ。でも狭いから湖藤クンだと入れないかも」

 「そ。それなら、ここじゃあぼくはただのお荷物ってとこかな」

 「ええ。狭い通路に階段だらけですから、あなたひとりがいるだけで僕たち全員の動きも制限されてしまいます。お荷物と言って差し支えないでしょう」

 「ひどいなあ。自分で言うのと人に言われるのとじゃ違うんだよ」

 「面倒臭い人です」

 

 二人でそれ以上の言葉は交わさずに、尾田君が舞台裏に入り、湖藤君はひとりで車椅子を漕いでホールの外に出て行った。私は湖藤君のことが気になりつつも、舞台裏の中のことも気になって、嫌だけど尾田君がいる狭い部屋に行くことにした。すごく嫌だけど。

 


 

 舞台裏は、モノクマが言っていた通りの狭い空間だった。舞台演劇に使うんだろう大道具が所狭しと並んで、カバーかけたバスケットには小道具が雑多に詰め込まれ、いくつもの衣装が衣装ダンスにしまってあった。

 尾田君は、適当に物色しているように見えた。そこにあるものよりも、壁や床や天井、小さな階段の裏まで、何かが隠されていないかを慎重に確かめている様子だった。

 

 「何やってるの?」

 「モノクマの罠が仕掛けられていないか確認しています。それと現状確認」

 「罠?現状?」

 「基本的にモノクマが能動的に僕らを攻撃することはありませんが、コロシアイを促す仕掛けが施されている可能性は十分あり得ます。そして現状確認は、誰かがここにあるものを使って()()をしようとしていたときに感知できるようにするためです」

 「やっぱり、またコロシアイは起きると思うの?」

 「二度と起きないと100%の確信を持って言えないのなら、また起きると考えるべきでしょう。少なくともモノクマはまだまだやる気です」

 「そこまで考えてるなら、コロシアイを防ぐための方法を……」

 「無駄なことはしたくありません。それにコロシアイを防いだところで、モノクマを打倒できなければ意味がありません。あなたはそこまで考えて行動していますか?」

 「……」

 

 それを言う間、尾田君は私に一瞬たりとも視線を向けなかった。相変わらず愛想が悪い。そんなんだからひとりぼっちになっちゃうんだ。湖藤君はどうしてこんな人と仲良く話せるのか分からない。私の心が狭いのかな。自分で言うのもなんだけど、まあまあ広い方だと思うんだけどな。

 

 「とはいえ、できることならコロシアイ自体を防ぐべきでしょう。コロシアイが起きればそれだけで全員が強制的にリスクを背負わされます」

 「結局、私の言ってることと同じじゃん」

 「いつ僕が反対しましたか?あなたは先の先まで考えて発言してるのか?と訊いたに過ぎません。あなた、小学校の国語の成績悪かったでしょう?」

 「尾田君は高かっただろうね。でも通知書の合計より呼び出し回数の方が多かったんじゃない?」

 

 ダメだ。尾田君と話してると頭が痛くなってくる。確かに言われてみれば、尾田君は私の言うことを否定はしても反対はしてない。でも、反対しているように聞こえる言い方を敢えてするのもどうかと思う。

 

 「そんなことより、ずいぶん立ち直ったようですね。無理してませんか?」

 「えっ……む、無理なんてしてないよ。ちょっと……考え方を変えただけ。立ち直ったんじゃないよ」

 「……ま、なんでも構いませんが、その点は安心しました」

 「あ、あんしん……?」

 

 尾田君が?私のことで?安心?もしかして、心配してくれてたりとか——。

 

 「壊れた人間は何をするか予測できません。正気を保ってくれていた方がまだマシですから」

 「返してよ!」

 「何も借りてませんが」

 「ちょっと尾田君を見直しかけそうになった私の気持ち!」

 「未遂じゃないですか。見直される筋合いもありません」

 

 やっぱりダメだこの人。

 


 

 舞台裏の様子は分かったけど、その代わりに大きなストレスも抱えることになった。どうやら尾田君は3回も学級裁判を経験して、まだ私たちとは協力するに値しないと判断してるらしい。湖藤君だけは特別視してるみたいだけど、湖藤君はみんなが特別視してる人だ。尾田君だけの湖藤君になんてさせない。

 

 「奉ちゃ〜ん?尾田さんとせま〜い舞台裏で何話してた——あっ、ごめん。怒らないで……」

 「別に怒ってないけどっ」

 「その顔とその言い方で鏡に向かってご覧なさい」

 「むしろ尾田君と怒らずに話せる人なんているの?二言目には人を馬鹿にするようなこと言ってさ」

 「まあ尾田さんってそういう人だから。あ、でも私がこの前話したときは、結構私の話をちゃんときいてくれたよ」

 「……え?」

 

 ん?なんだろ。

 

 「まあ、奉ちゃんと違って私は本当にアホだから、尾田さんにアホアホ言われても別にノーダメっていうか。でも私のお願いもちゃんと聞いてくれたし、なんか感謝っぽいことも言われたなあ(嘘)」

 

 尾田君が……お願いを……!?感謝……!?風海ちゃんに?

 

 「そんなバカな。聞き間違いとかじゃないの?」

 「さすがにそんな都合の良い聞き間違いなんかしないよ!なんだったら尾田さんに確かめてみようか?」

 「無理だと思うよ。尾田君、天邪鬼だから絶対本当のこと言わない」

 「お〜、さすが奉ちゃん。尾田さんのことよく分かってるね!」

 「やめてよ」

 

 どう考えても尾田君が人に感謝なんかするわけがない。風海ちゃんと話すことはあったとして、心の底から馬鹿にするだけだと思う。なのに、風海ちゃんが尾田君とまともに話せたという話を聞いて、私はなんとなく心持ちが悪いような気になった。なんでこんな気分になってるのかも分からない。でも、なんか面白くない。

 

 「あ、そだ。奉ちゃん、もうちょっとこの階を調べてみようよ」

 「うん?いいけど、どうして?」

 「いやーん、ここじゃあ言えないなあ。言うなら、湖藤さんと3人で、ね?」

 「……ああ、そっか」

 

 なんだか意味深な言い方をするから、私たちの会話を小耳に挟んだらしい理刈がすごい目で見て来た。でも別にやましいことがあるわけでもやらしいことがあるわけでもない。

 風海ちゃんが言ってるのは、この階に隠されているだろう謎を探すためだ。今まで新しいエリアが開放されるたびに、開放されたエリアのどこかに、目的不明の謎のメモが隠されていた。モノクマのいたずらか、それとも何か大切な意味があるのか。どちらにせよ、この階にも新しい謎のメモがあるはずだ。それを探そうと言うことだ。

 一度丸ごと紛失しかけた風海ちゃんはそれ以来、肌身離さずこれまでの謎を大事に持っている。カーディガンの下からそれを取り出して、私に見せてきた。

 

 「これは今までの謎を写したもの。どれも暗号めいた文章や図になってるから、見つけたらすぐ分かると思うよ。でも前回はパソコンの中にあったから、必ずしも紙や何かに書いてあるとは限らないんだなあ」

 「この階にパソコンなんかないよ。でも、みんなでこうやってまとまって探索しても見つからないみたいだから、結構しっかり探さないといけないかもね」

 「よーし!取りあえず、お昼ご飯を食べたら3人で4階に集合!頑張って見つけよー!おー!」

 

 今は風海ちゃんのこの直向きさに合わせていよう。私ひとりで色々考えていると、つい暗い方にいってしまいがちだから。




4章が始まりました。
4章ですよ。なのに12人もいるんですよ。多くないですか?どう考えても多いですよね。減らさなきゃね。

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