ダンガンロンパメサイア   作:じゃん@論破

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非日常編

 

 モノクマの動機が意味するところはなんだろうか。

 

 希望ヶ峰学園の生徒を拉致監禁するなど、そんじょそこらの小悪党に可能なことじゃない。況してや学園の敷地を乗っ取り、3年もその状態を維持し続けるなど、不可能と言っていい。その事実を自分たちに伝える意味も分からない。それがコロシアイを促す起爆剤になると、なぜモノクマは思っているのだろうか。

 そしてもうひとつ、なぜ3年なのか。なぜ2年でも4年でもなく、3年なのか。分館で目を覚ました時点で3年の月日が経過していたのだとしたら、その間、この体はいったいどこにあったのか。なぜ何の変化もないのか。疑問は尽きない。こんなものにコロシアイを促す要素なんてどこにもない。

 

 あるのは、ただ無限に湧き続ける疑問だけだ。

 

 「絶望の記憶……?」

 

 ダメクマが口走ったあの言葉。希望の未来の対句として出たのなら、少しおかしい。未来に対応させるなら過去になるはずだ。なぜダメクマは記憶と言った?それは、この頭から失われたものなんじゃないか?つまり僕は……過去に絶望的な経験をして、かつそれを忘れていると?

 ダメクマを問いただしたところで答えは出ないだろう。それに核心に触れることをきけばモノクマが横槍を入れてうやむやにしてしまう。

 

 新しい情報が出たことは間違いない。だが、それが使いようのある情報でなければ、扱いきれずに持て余すだけだ。それだけでなく、今までの考えを改めさせかねない。ダメだ。全然整理できない。今のままじゃ——このままじゃまともに考えられない。

 どうか誰も、早まった真似はしてくれるなよ。

[newpage]

 

 翌朝の朝食会場は、数日前から失われたまとまりがさらに崩壊した、やりたい放題な有様だった。王村さんは朝からお酒を飲んでるし、芭串君や長島さんは好き勝手にジャンクなものをかっ喰らっている。宿楽さんや庵野君はまだ大人しく常識的な朝ご飯を食べているけれど、席はみんなバラバラだ。月浦君と陽面さんに至ってはそんなカオスな食堂の真ん中ですっかり自分たちの世界に浸っていた。

 

 「みんな、おはよう」

 

 何人かから遠慮がちな返事があった。やっぱりみんな挨拶どころじゃないんだ。昨日モノクマから伝えられた、私たちが知らない間に3年の時間が過ぎているということ。私は、それはモノクマの嘘だと思っている。だけどもし本当だったとしたら、みんな思うところがあるんだろう。私だってそうだ。外に残してきた人たちや家族と、3年も音信不通になってたんだったら、相当心配させてるはずだ。希望ヶ峰学園だってこの有様だし、きっとみんな気が気じゃない。

 そういう思いを一晩抱えて、ようやくみんなここに集まってきたんだ。

 

 「過ぎていても過ぎていなくても、時間は巻き戻しも早送りもできないんだ。今を生きようよ」

 

 湖藤君の優しい気休めがじんわりと胸に染み渡る。気休めだと分かっていても、その温かい言葉に思考を委ねて何もかもを受け入れてしまえれば、どれだけ楽だろうと思う。そうしたところで何も変わらないことも分かっていて、それだけじゃダメなんだということも分かってる。分かってることが何よりも辛い。

 

 「尾田くんは?あと、理刈さんと毛利さんも」

 「女の子ふたりが遅いのは珍しいね」

 「ごめんなさい。遅くなったわ」

 

 食堂の入口でため息を吐く私たちの後ろから、疲れ切った理刈さんの声がした。いつもしっかり整えている髪が乱れてて、ローブにもシワが多い。目にクマもできてるみたいだ。明らかに尋常な状態じゃない。

 

 「理刈さん、大丈夫?なんだか疲れてるみたいだけど……寝られてないんじゃない?」

 「ちょっとね……ごめんなさい、心配かけて。寝るに寝られなくて……」

 「仕方ないよ。私も、いくら寝ても寝た感じがしないんだもん」

 「大豆に含まれるトリプトファンは睡眠の質を向上させる効果があるよ。お揚げと納豆の味噌汁に冷奴に茹でたもやしを食べたら?」

 「そんな大豆に支配された献立いやだよ」

 「気遣ってくれてることだけは伝わるわ。大丈夫よ、いざとなったら睡眠薬があるから」

 「薬に頼るのは最後の手段にした方がいいよ」

 「だけど手っ取り早いわ」

 

 少し背中を丸めた理刈さんは、キッチンから豆乳とバナナを持ってきて簡単な朝食を摂った。いちおう、湖藤君の忠告も聞いてはいるのかな?

 その後、私たちは全員が朝ご飯を食べるのを見届けるまで食堂に残っていた。毛利さんも昨日のことを考え過ぎて寝不足になっていたらしく、かなり遅れてやって来た。尾田君は最後まで現れなかった。もしかしたら昨日のうちに朝ご飯を自分の部屋に持っていってたのかも知れない。もはや食堂に集まることすらしないんだ。本当に薄情な人。

 

 「はあ……」

 「ため息を吐くと幸せが逃げるよ、奉ちゃん」

 「逃げるような幸せが残ってるのかも不安だよ」

 「幸せは己のうちに芽生えるものです。ため息を堪えて不安を心の中に残すことこそ不幸を招きます。不安も悲しみもどんどん吐き出した方が良いですよ」

 「真逆のアドバイス」

 「でも庵野さんの方がそれっぽい感じがするなあ。私のは手垢がついた言い回しだもん」

 

 食堂には、思ったより多くの人が残っていた。きっとみんな不安なんだと思う。たったひとりで、この広い本館にいると、モノクマの動機のことが頭を支配する。3年の時間が流れている。外の世界はどうなっているんだろうか。確かめるにはここを出るしかない。つまり、コロシアイをしなくてならない。

 無理やり誰かを死なせるようなものじゃない。直接誰かに危害を加えるようなものでもない。ただただ漠然とした不安を煽って、その不安は私たちがそれぞれ抱える思い出と結びついて、より大きくなっていく。2つめの動機はこのための伏線に過ぎなかったんだ。

[newpage]

 

 「みんなは、もし外の世界が3年も経ってたら、どうする?」

 「どうかなあ。とりあえず家に帰るかな。家族のみんながどうなってるか気になるし」

 「私は家族もそうだが、ペットのみんなが気掛かりだ。動物にとっての3年はあまりに長い時間だ。私のことを……忘れないでいてくれればいいんだが……」

 「甲斐さんは?」

 「私は……うん、私も家族とか、施設の人たちに会いに行きたいな。きっと……色々変わってるはずだから」

 「なんだよお前ら。マジで3年も経ってるなんて思ってんのか?あんなのモノクマの嘘に決まってんだろ」

 

 他愛無い私たちの会話に、芭串君がつっこんでくる。私だってそうだと思う。そうに違いないと思う。そのはずだと思ってる……。

 

 「狭山じゃねえけどよ、外の世界がどうだっつって目先のこと考えてたらあいつの思う壺だぜ。3年経ってようが経ってなかろうが、とにかくモノクマに勝たなきゃいけねえんだからよ。考えるべきはモノクマの倒し方だ」

 

 こんなときでも、芭串君はさっぱりしてて前向きだ。初めは怖い人だと思ってたけど、余裕が出てくるとだんだん頼れる面が見えてきた。理刈さんが疲弊してる分、結構私たちのことを気にかけてくれてるみたいだし、なんだかんだ優しい人だ。

 

 「倒すと言っても、まだ奴の正体のかけらさえ見つけられていないんだ。どうしたらいいのか全く分からん」

 「別にモノクマを直接叩かなくても、叩きやすいところからいきゃあいいだろ。いるじゃんか、叩きやすいやつ」

 「叩きやすいやつ……」

 

 そんな言い方で連想するのはさすがに可哀想な気がするけれど、たぶん芭串君が言ってるのはダメクマのことだ。モノクマとの関係を見るに明らかに弱い立場で、それに私たちでも十分丸め込めるくらい頭が弱い。モノクマを操縦している誰かがいるとするならば、ダメクマもそれとは別に操縦している人がいるってことになる。

 でもふたりの様子を見る限り、その人たちは同じ場所にいるとは考えにくい。じゃあ、モノクマとダメクマって一体なんなんだろう。

 

 「つうわけでオレは、今日ダメクマを見つけてなんとか弱点を見つけられねえか探ってみようと思う。お前らも来るか?」

 「来るかって、どうやって弱点を見つけるの?」

 「あいつがうろうろしてる後を尾けて、何か秘密を握る!それを元に……なんか湖藤とか尾田とかに上手いことやってもらって、あいつらを追い詰める!」

 「一番大事なところが人任せだし曖昧だなあ」

 「行ってみようよ。面白そうじゃん?」

 「えぇ……?」

 「ビビってる奴いねえよなあ!?」

 「ビビってるというか不安というか期待できないというか」

 「なんかしてねえと落ち着かねえだろ。ダメで元々ダメクマつけてみようぜ」

 「うぅん」

 

 芭串君の言うことは尤もな気がしたけれど、それでもモノクマを倒す手掛かりを探るためにダメクマを尾行するのは遠回りな気がした。やらないよりやった方がいいとは思うけれど、そもそも湖藤君を連れた状態じゃ尾行もなにもない。どうしたって目立っちゃうし、静かに機敏に移動するのは湖藤君には難しい。

 

 「尾行は少人数であればあるほどいいよ。見つからないことが重要だからね」

 「つまり佬佬(ラオラオ)みたいに派手な格好してたら合わないってことネ!やるならもっと目立たない地味〜なかっこするヨロシ!」

 「なんだよ長島。お前は来んなよ、声でかいし赤色が目立ってしゃーないんだから」

 「むかーっ!失敬な!だったら教えてやるアル!ダメクマを尾けても何にもならないヨ!この前ワタシ、ダメクマをホームセンターまで尾けてやったネ!でも結局手掛かりらしい手掛かりは見つからず仕舞いだったヨ!途中で香香(シャンシャン)に邪魔されちゃったしネ!」

 「なにっ、お前だったのか……あの覇気は」

 「長島さん、覇気使いこなせるの!?」

 「マジモードだったからちょっとビビらせちゃったかも知れないアル。でも香香(シャンシャン)の間が悪かっただけヨ。ワタシ怒ってないから大丈夫アル」

 「それならいいんだが……」

 「ちぇっ、なんだよ。人がせっかく盛り上げてやろうと思ったのに潰しやがって。あーあもう、スポッツァでも行って体動かすかな」

 

 能天気というかなんというか、いつの間にかみんなモノクマからの動機のことなんてすっかり忘れて、いつも通りの会話ができるようになっていた。結局ダメクマの尾行は諦めたけど、芭串君が声を上げてくれたおかげできっかけができた。私はただ作り笑いでみんなの会話を聞き流すことしかできなかった。

 今日は気分転換に、シアターホールで映画でも観ようと湖藤君と計画していた。どうせフィルムはモノクマが改変したものだろうけど、話の内容自体は変わらないはずだ。それに、どこにどんな手がかりが残されているか分からないんだから、これだってちょっとはみんなの役に立つことになるはずだ。

 

 「遠回りしていこうか」

 

 食堂から4階までの階段にまっすぐ向かわず、敢えて通る必要のないルートを通る。別に湖藤君と秘密の話をしたかったわけじゃない。ただ少しだけ、私が自分の考えを整理する時間が欲しかっただけだ。湖藤君は、さすがというべきか、それを察してくれたみたいだった。何も言わずに頷いて、私に車椅子を押されるままにしてくれていた。

 ちょっとやそっとの遠回りで考えが整理できるはずもない。3年の時間が経っていたのが事実だとしても、私たちのやることは変わらない。そういう思考停止でも前向きになれるなら今はそのままでいい。必死な楽観的思考で、なんとか私は納得した。こんな納得の仕方、尾田君が聞いたらきっとボロカス言うんだろうな。なんで尾田君に聞かれることを想定したのかは、自分でもよく分からない。

[newpage]

 

 一瞬の出来事だった。それは永遠だったかも知れない。

 瞬きも終わらないほどの短い時間、全ては終わっていた。それが刻む楔は永遠にこの魂を穢すのだろう。そんな非科学的なことを考えてしまうくらいに、もう疲れ果ててしまったようだ。

 

 これは罪か。罪だとすればそれは誰の罪か。

 

 これは罰か。罰だとすれば何に対する罰か。

 

 きっとどちらも正しくて、どちらも間違いだ。でも、それさえもうどうでもいい。罪も罰も、コロシアイも裁判ももううんざりだ。いや、それさえ言い訳に過ぎない。もしかしたらこれが自分の本性なのかも知れない。望んでいたのは正解なんかじゃない。正しいという立場からの圧倒的な蹂躙。それだけだったのかも知れない。

 忘れよう。全てを忘れてしまおう。不要な迷いで手遅れになる前に。

[newpage]

 

 心臓が早鐘を打つ。やった。やってしまった。なぜ自分はあんなことをした?何を考えていた?

 どれだけ逃げても、距離をおいても、振り向けばその光景が目の前にあるような気がして、ただただ走った。ほんの数秒前の自分が信じられなかった。数分前の自分ならこんなことはしなかったはずだ。いったい何があった?何が自分にそうさせた?分からない。分かるのは、手に残る不快な感触だけだ。

 柔らかい中に筋張った感触があった。それも少し力をこめるだけで壊れる程度のかたさだ。

 暖かく粘ついた感触があった。そうだ。そのことを忘れていた。それだけはなんとかしないと。

 世界が変わるような感覚がした。違う。変わったのは自分だ。自分が——自分だけが変わったんだ。

 後悔しかない。こんなことをして、その先に何があるというのか。何もない。いずれにしろ絶望だ。ただ、その絶望の中でも、一縷の希望に縋ってしまう自分がいた。自分が許せないほど見苦しく、自分を嫌悪するほど醜悪で、自分を殺したくなるほど悪質な、美しい希望に。

 何が起きたか理解もしていないのに、この首にはすでに縄がかかっている。それでも、自ら膝を折るわけにはいかなかった。

[newpage]

 

 とんでもないことになった。事態は想定を一回りも二回りも超えて、複雑怪奇な様相を呈している。自分が何をしなくてはならないか考える。何をすべきで、何をすべきでないのか。最低限の行動で最大限の効用を生まなければならない。時間はない。誰がいつ来てもおかしくない。見られないように事を済まさなければ。

 とかく、このコロシアイというものはままならない。何もかもが上手くいかない。あらゆる事態を想定していたはずなのに、そのどれもこれもが大して役に立たないまま二度と使い物にならなくなる。新たに考えるべきことを考えているうちに状況は刻一刻と変わる。常に後手後手だ。

 ただ、“余計なこと”を考える余裕はない。目の前のことを的確にこなしていくしかない。それが自分に与えられた使命だからだ。自分が自分であるためにはそうすることしか許されない。

 なぜこんなことをしているのか?自分はいったい何がしたいのか?これは正しいことなのか?

 それさえも“余計なこと”だ。

[newpage]

 

 ほんの気まぐれというか、なんとなく変な予感がしたとか、そんなくらいだ。だから、まさかその扉の向こうでそんなことが起きてるなんて思わない。いや、一目見ただけじゃ何が起きているのかすら分からなかった。

 真っ暗な部屋の中で、私の後ろから差し込む光を受けてきらきらと輝くのはモノクマお手製のシャンデリアだ。それは初めて見たときは天井から揺れ下がっていたのに、今はその巨躯を床に這わせている。辺りには弾け飛んだガラスの破片が散らばっていた。

 ただそれだけならこんなに驚かない。あんなに不安定な吊り方をしていたら、いつ落ちてきても不思議じゃないと思った。私はそこで……見てしまった。

 

 「……え」

 

 シャンデリアの下に広がる黒い水溜まり。暗い部屋だからよく見えないけど、鼻にまとわりついてくる不快な鉄の臭いの正体を、私はよく知っている。血の匂いだ。その水溜まりに横たわる小さな黒い体。シャンデリアの鉄芯と床に間に挟まれてぐちゃぐちゃに潰され、血飛沫に染まった服から覗く白い肌。

 

 『ピンポンパンポ〜〜〜ン!死体が発見されました!一定の自由時間の後、学級裁判を行います!』

 

 目の前に映るひとつひとつを理解していくにつれて、体の底から何かが湧き上がる。それは声になって、叫びになって、悲鳴になって、私の外に飛び出した。

 

 「きゃあああああああああっ!!?」

[newpage]

 

 「宿楽さん!どうされたのですか!宿楽さん!」

 「しっかりしろオイ!さっきの放送はなんだ!」

 

 もしかしたら気を失っていたのかも知れない。私は、庵野さんに強く肩を揺らされて、芭串さんに大声をかけられて我に返った。それまでどれくらい時間が経ってたんだろうか。立ったまま呆然としていたみたいだ。

 

 「あっ……ええ……?」

 「どうなってんだこれは!おい!何があったんだよ!」

 「い、いや……私は、なにも……」

 「こ、これは……!?月浦君……!?」

 

 『ピンポンパンポ〜〜〜ン!死体が発見されました!一定の自由時間の後、学級裁判を行います!』

 

 「は……?」

 

 追い討ちをかけるようなモノクマの声。それはさっき聞いた。なんで2回も同じことを?このアナウンスが2回も聞こえる……その意味を、私は知っている。ついこの前、同じようなことがあった。

 

 「なぜこんなことに……とにかく皆さんを呼んでこなければ……っ!」

 「おい庵野!どうした!もたもたしてる場合じゃねえんだぞ!」

 「いえ……そこの扉が少し——んんッ!?」

 

 慌てながらも冷静に行動しようとする庵野さんは、突然ホールの奥に視線を投げたかと思うと、ふらふらとそっちに歩いて行った。そして控室の扉を開けた。暗くてよく分からないけど、明らかに驚いていた。芭串さんが駆け寄る。

 

 「……なん、だよ……?なんなんだよ!!おい!!なんだってんだよ!!」

 「ちょ、ちょっとふたりとも……!ひとりにしないで……!」

 

 慌てて私もその後を追う。ひとりでシャンデリアのそばにいるのは心細い。考えたくないけど、信じたくないけど、モノクマのアナウンスが聞こえたっていうことは、そういうことだから。そのままひとりでそこにいることがどうしようもなく怖かった。だから、ふたりに合わせて、ホールの控室に近づいた。近づいて……。

 

 『ピンポンパンポ〜〜ン!死体が発見されました!一定の自由時間の後、学級裁判を行います!』

 

 「……」

 

 声も出なかった。庵野さんと芭串さんが覗く部屋の中に踏み入った瞬間、またモノクマのアナウンスが聞こえた。3度目のアナウンスだ。もう訳がわからない。何があったかなんて、私が聞きたいくらい。

 控室の床の上に、無造作に手足を投げ出した理刈さんがいた。穏やかな顔に血飛沫を浴びて、胸から太く長い槍がまっすぐ上に向かって伸びている。誰がどう見ても、完全に死んでいた。

[newpage]

 

 パーティーホールに全員が集まった。()()()()()()()()()だ。コロシアイが起きたこと自体に暗い顔をしている人もいれば、難しい顔で考え込んでいる人も、怯えている人もいる。だけど、こんなことがもう4回も繰り返されている。嫌でもこの緊張感に慣れてきてしまっている自分に気付いて、私はまた自己嫌悪に陥る。こんなこと、慣れたくなんてない。

 

 「はいどーもー!みなさんおそろいでー!」

 「やっと来たアル。焦らし過ぎヨ」

 「今回はちょっと大変みたいだから、ボクの方でも準備とか色々あるんだよ。それはさておき、オマエラとうとうやってくれたね!ダブルキルまではボクもよく知ってるけどまさかのトリプルキルなんてね!悪いこと考える人がいるんだからも〜!」

 「3回アナウンスが聞こえましたが、間違いはないんですね?」

 「もちろん。アナウンスが3回流れたってことは、3体の死体が発見されたってことだよ。誰がどんな風に死んでるかは、これから見ればいいさ」

 「トリプルキルって言ったよね?それはつまり、1人の手で3人が殺害されたってことでいいのかな?」

 「さ〜ね〜!そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないし、そうじゃなくなかったりしたりしなかったり?」

 「わけわかんねェ……」

 「さあさあモタモタしてる時間はないよ!キリキリ捜査しな!モノクマファイルもあげるからね!」

 

 3人も殺された。その事実を受け入れるのにすら心の準備ができてないのに、これからその捜査をしなくちゃいけないなんて。

 誰が殺されたのかは、今ここにいない人たちを考えれば分かる。きっとどんな死に様だったのかも、モノクマファイルで見えてしまうんだろう。私は、なるべく他の人の視界に映らないよう配慮しながら、モノカラーでモノクマファイルを確認した。

[newpage]

 

——————

【モノクマファイル④-1)

 被害者:陽面はぐ

 死因:脊髄骨折、内臓破裂等による圧死

 死体発見場所:パーティーホール

 死亡推定時刻:−

 その他:全身に激しい骨折があり、強い衝撃の後に即死した模様。

 

【モノクマファイル④-2)

 被害者:月浦ちぐ

 死因:頸部からの出血多量による失血性ショック死

 死体発見場所:パーティーホール

 死亡推定時刻:−

 その他:薬物を服用した形跡なし。シャンデリアの下に潜り込むような体勢で死亡している。

     頸部の傷は気道までは達していない。

 

【モノクマファイル④-3)

 被害者:理刈法子

 死因:−

 死体発見場所:パーティーホール横の控え室

 死亡推定時刻:−

 その他:薬物を服用した形跡あり。

——————

[newpage]

 

 「ううっ……!」

 

 我慢すると決めたのに、あまりに凄惨な3人の姿に、嗚咽を堪えられなかった。陽面さんはシャンデリアの下敷きになって潰れてしまって、全身を覆い隠していた着ぐるみの中から赤黒いものが染み出している。月浦君は首元から激しく血を噴き出し、自分の血でできた血溜まりの中に沈んでいた。理刈さんは胸に巨大な槍が突き立てられていて、殺害されてなお人としての尊厳を踏み躙られるような姿だった。

 写真だけでこんな調子なのに、実物と向き合うことなんてできるんだろうか。3度も繰り返して来たはずなのに、コロシアイには慣れ始めて来たのに、死体には慣れる気がしない。そんな自分に少しだけ安心を感じてしまう自分がおかしいと考える冷静さもある。私を見ている私は、いつも別の私に見下ろされている。

 

 「3つも死体があるとなると、とても手が足りませんね。非常に不本意ですが、あなたたちに任さざるを得ないようです」

 「おめェちったあおいらたちのモチベあげること言えねェのか!」

 「死にたくなかったらしっかりやってください」

 「モチベとか言ってられねェ現実は聞きたくねェよ!!ちくしょう!!」

 「検死というほどのことはできないが、多少の覚えはある。私が陽面と月浦の分をするから、尾田は理刈を頼む」

 「ではそちらに見張りを2名、こちらに1名。その他はホール周辺や関連する場所を捜査してください」

 「いつの間にか劉劉(リュウリュウ)が指揮執ってるヨ」

 「他の人よりマシでしょう」

 

 私は死体を直視することもできないのに、毛利さんは自分から進んで検分するとまで言う。もしそれが責任感から来るものなら毛利さんが心配だ。かと言って私が代わってあげられるわけでもない。無力な心配ほどうっとうしいものはない。私はぐっと言葉を飲んで、検分を尾田君と毛利さんに任せた。

 ホール奥の控室にいる理刈さんには、尾田君が検分役で、芭串君が見張りに付くことになった。早速向かおうとした芭串君を、庵野君が呼び止めた。

 

 「すみません、芭串君。行かれる前に、このシャンデリアを動かすのを手伝ってもらえませんか?いつまでもこのままでは、陽面さんと月浦君があんまりなので」

 「あんまりって、そいつらが何したか分かって言ってんのかよ」

 「もちろんです。しかしそれとこれとは話が違います」

 「……わあったよ。くそっ」

 

 大きなシャンデリアは、庵野君ひとりでは運べないほど大きく重たいようだった。芭串君の他に毛利さんと長島さんも手伝って持ち上げようとする。みんなが持ち上げようとするのに、庵野君だけは細かく走る金属の燭台の隙間に大きな手が入らなくて、下から支えればいいと気付くのに時間がかかった。隣で見ていた尾田君がさっさとひとりで行ってしまうくらいには。

 シャンデリアが持ち上がって移動させられると、下から変わり果てた姿の月浦君と陽面さんが現れた。凄惨な姿の死体は何度も見て来た。むしろここでは、普通の死に方ができる人なんていない。だからと言って、目の前に横たわる酷い姿を簡単に受け入れられるわけじゃない。

 

 「無理しなくていいよ、甲斐さん。前回だって厳しかったでしょ」

 「……ううん。ありがとう。苦しいのはみんな一緒だよ。それに、今じゃもう私ひとりの力だって惜しいはずだよ。私も捜査する」

 「そっか。でも自分を第一にね」

 

 湖藤君はスペースの関係で奥の部屋には後で行くことになっている。まずはホールで死んでいる陽面さんと月浦君の捜査からだ。毛利さんがエプロンに血が着くのも厭わずに、陽面さんのそばにしゃがみ込んで手を合わせた。ポケットから手袋を取り出して、変わり果てた陽面さんに触れる。

 あまりじろじろ見ていると耐えられなさそうだ。原型をとどめている月浦君の方が、もう少し気持ちが楽だった。私は、先に彼の体を調べ始めた。一応の見張りとして、庵野君がそばについてくれた。

 

 「あまりにひどい……苦しかったでしょうに」

 「えっと、まず何からしたらいいかな?」

 「モノクマファイルを見て、その内容を確かめる程度でいいと思うよ。気付いたことがあったら言うから」

 「う、うん」

[newpage]

 

 モノクマファイルには、目の前と同じ月浦君の姿が映し出されている。シャンデリア越しに映した写真かどうかの違いだ。確かに潜り込むような格好になっている。顎からお腹までぴったり床に密着していて、右手を伸ばした状態で事切れていた。首から溢れた血でできた血溜まりには、少しだけ手足を動かしたような跡が残っていた。

 

 「苦しんでもがいたと言うより、前に進もうとしていたような跡の残り方だね」

 「頸部を損傷しているのにですか?」

 「失血死の場合は急激な血圧の低下で気絶するように意識を失うはずだ。首を切られてから意識を失うまでの間にも、彼は一心不乱に動いていたんだろうね」

 「そんな……そんな状態で月浦君は何を……?」

 「決まってるよ」

 

 そう言って、湖藤君は無言で視線を投げた。月浦君の手が向かう先、ちょうどシャンデリアの中心部に潰されていた、陽面さんだった血肉の塊に。

 

 「まだ確定的なことは言えない。だけど、いくつかの傍証から推測できるよ」

 

 いくつか?私は、いま月浦君の体を調べて、湖藤君に指摘されて初めてその可能性に思い至った。私がそんなもたもたしている間に、湖藤君は他にも証拠を見つけてたっていうこと?相変わらず、人より多く目が付いているんじゃないかってくらい、湖藤君は視野が広い。

 

 「あれっ」

 

 ちら、と月浦君の首元で何かが光った気がした。暗い部屋の中で、金属が微かな光を反射していた。それはカッターナイフだった。血がべったりと付着していて、先端の刃は何か柔らかいものが引っかかっている。君が悪くて庵野君に拾ってもらって、湖藤君に検分してもらった。

 

 「ごめんね、庵野君」

 「いえ、手前にはこれくらいしか。それはそうと甲斐さん、距離を取りすぎでは?」

 「そんなことないよ。普通だよ」

 「う〜ん……甲斐さんは直感が鋭いね。これはきっと凶器だよ」

 「やっぱりそうなんだ……」

 「こびりついてるのはヒトの皮膚組織、正確に言えば月浦君の喉の——」

 「正確に言わなくていいよ!」

 

 正確に言われたらこれからの捜査に支障が出る。捜査なのに正確さがいらないなんて言うのもおかしな話だけど、私は正直いまギリギリなんだ。

 

 「つまり、月浦君の喉の傷はこれによって付けられたものということですね。なんと酷いことを……」

 「でも月浦君ってシャンデリアの下にいたんだよね?」

 「だから、シャンデリアの隙間から切ったんだろうね。血にまみれたカッターナイフはそのまま手放したあたり、犯人は割と冷静だったのかもね」

 「うぅん……?」

 

 湖藤君の推測を聞いて、なんだか釈然としないものを感じた。もちろん、月浦君はシャンデリアの下にいたし、シャンデリアにも血飛沫の跡があった。湖藤君の推測は正しいと思う。でも、だとしたら何かがおかしいような気がして、素直に受け止められなかった。

 私の疑問なんかは捨て置いて、検分がひと段落したのを見計らって、私たちは毛利さんに声をかけた。気分が悪そうにしている風海ちゃんと壁にもたれて酒瓶を煽っている王村さんは、あまり捜査の力にはなれていないみたいだ。疲れた様子の毛利さんが検分の結果を伝える。

 

 「モノクマファイルの内容に過不足はない。死体の損傷が激しすぎて詳しいことまでは分からなかった。だが、どうやら落下して来たシャンデリアの中心が頭のてっぺんに当たって、そのまま潰されたらしい。何が起きたかすら理解できなかっただろう」

 「……」

[newpage]

 

 記憶の中で思い出される陽面さんの笑顔は、どれも無邪気だった。その笑顔に元気づけられたり、慰められたり、力をもらったりした。だけどその笑顔は同時に、私たちを戦慄もさせた。笑顔そのものはちっとも変わらない。ただ、いつでも同じ笑顔だからこそ異常だった。その笑顔すら、永遠に失われてしまったことが悲しく思える。陽面さんの笑顔はそういう笑顔だった。

 

 「間違いがないのは結構なことです。他に何か分かったことはありませんか?」

 「血で分かりにくくなっているが、体の下の床に何か塗られていた。正体が分からないから、湖藤に見てもらおうと思ってな」

 「ぼくに分かるかな?」

 「湖藤さんに分からなかったら誰に分かるっていうの!」

 「もっと詳しい人がいるってきっと」

 

 毛利さんが指差したのは、陽面さんの体の下の床で、奇跡的に血がついてない箇所だった。確かに、少しだけ普通の床よりも緑っぽい気がする。車椅子の車輪に血がつかないように気をつけながら、湖藤君がそこを覗き込む。そして怪訝な顔をしたまま体重を背もたれに戻した。

 

 「薄いペンキのようなものみたいだね。詳しくは分からないけど、蓄光塗料かな?」

 「ちっこう?なんか海鮮系の珍味みてェだな」

 「全然わかんない。蓄光っていうのは、明るいときに受けた光を暗い場所で放出する特性がある物質のことだよ」

 「なぜそんなものが」

 「さあ?でも、陽面さんの体の真下にそれがあったっていうことは、事件とは無関係ってことはないだろうね。しかも、その陽面さんの真上からシャンデリアは落ちて来た」

 「偶然……なんてわけないよね、まさか」

 

 どう考えても偶然じゃない。証拠はないけど、百人いたら百人が偶然じゃないって言うだろう。察するに、陽面さんは蓄光塗料でこの場所に誘導されたんだ。そこにシャンデリアが落ちて来た。うん、少しだけ事件のことが分かって来た。具体的に犯人が何をしたかが少しでも分かると、それを軸に他のことも少しずつ整理して考えられるようになってくる。

 

 「そういえば、あのシャンデリアはどういう造りになってたんだっけ」

 「モノクマお手製のガラス製ですね。軸が金属なので重量は相当なものです。天井に吊るしてあったかと思いますが……」

 

 私たちは全員で上を見た。天井の四隅に鋲が打たれ、そこから伸びたワイヤーが私たちの頭上にある金属の輪っかを四方向から吊っていた。シャンデリアはあの輪っかに嵌め込まれた金属球で支えられていた。あれ?でもそうすると……。

 

 「なんでこのシャンデリアは落っこちて来たんだろ?」

 

 金属球は輪っかにしっかり嵌まってたはずだ。私たちがこのホールに初めて入ってから今日まで、このシャンデリアが落ちたことなんてない。そもそも金属球が自分より小さな穴を通り抜けるわけがない。吊っていたワイヤーか何かを切ったのかと思ったけど、シャンデリアは床にぶつかって粉々になったガラス部分以外は全く無傷で、金属球も変わらずつながっていた。

 だとしたら、なんで金属球が輪っかを通過してるんだろう?

 

 「またひとつ、分からないことが増えちゃったね」

 

 湖藤君が明るく言う。冗談じゃない。ただでさえ私は何がなんだか分からなくて、学級裁判でだってろくに議論に加われないんだ。やっと、少しは状況が推理できそうだったのに、すぐにまた分からなくなっちゃうなんてあんまりだ。

 

 「まあ、今すぐ全部を解き明かす必要はないんだ。とにかく真実の材料を集めていかないと」

 「……うん」

 

 私はがくっと肩を落とした。やっぱり私は湖藤君や尾田君を頼ってしか学級裁判を生き残れないんだろうか。少しは自分でも考えられるようになって、ふたりの力になりたいだけなのに。え?なんで尾田君の力になりたいって……いや、うん、湖藤君のついでに思っただけだ。きっとそうだ。

 

 「甲斐さんは何をひとりでぶつぶつしゃべっているのでしょうか?」

 「邪魔しちゃダメですよ庵野さん。あれは乙女の葛藤なんだから」

 「ほう、乙女の」

 「ムフフ……私は雑食性だから一昔前の王道展開なんかもいけちゃうんだよ」

 「はあ。よく分かりませんが、『愛』ということですね」

 「そう!『愛』だよこれは!」

 「話を掻き回すやつ同士の会話はブレーキがなくて怖ェなァ」

 

 なんか気持ち悪い視線を感じるけど、とにかく気にせず次にいこう。湖藤君の言う通り、いまは頑張って情報を集めないと。

[newpage]

 

 ホールの捜査は毛利さんたちに任せて、私と湖藤君は奥の控室の様子を伺うことにした。部屋が狭いから尾田君と芭串君と長島さんでほぼいっぱいになっちゃって、私たちは部屋の外から中を覗くだけにした。あまり深く関わろうとすると、また尾田君の嫌味が飛んでくる。

 部屋の中央に寝転んだ理刈さんの胸に刺さった槍は、芭串君の手で引き抜かれて横に添えられていた。理刈さんの身長よりも大きな太い槍だ。先端は赤黒い血に塗れていて、気味悪くてらてらと光っていた。こんなものが突き刺さったらひとたまりもないだろう。

 

 「おう、来たか。ひでえよなこりゃ」

 「こんな槍、いったいどこから……?」

 「モノクマの槍アル!ここに来た最初の日に、モノクマが卡卡(カーカー)を脅したときにも使ってたヨ!」

 「そういえばそんなこともあったっけ。よく覚えてるね、長島さん」

 「敵の武器を覚えておくのは基本アル。死にたくなかったら生きる方法を身につけるしかないネ」

 「じゃあなんでモノクマの槍がこんなところに?こんな大きな槍を扱える人なんていないよ」

 「簡単なことだ。とうとうモノクマが()りやがったんだよ」

 

 至極当然と言うか、もちろんその可能性は考えるべきなんだろう。こんなに大きな槍は他のところから持って来られないし、長島さんが言った初日の体育館以外では見たことがない。隠してあったとしても、こんな目立つものはパーティーホールが開放された日に見つかったはずだ。

 つまりこれは、事件があったときにこの部屋に出現した。カルロス君を脅したときみたいに、壁や床から飛び出して来たんだ。そんなことができるのはモノクマしかいない。

 

 「でも、モノクマがぼくたちに手を出すなんてルール違反だよ。それこそ、校則違反を犯した人への罰としてならあり得るかも知れないけど」

 「法法(ファーファー)に限ってそんなことないアル!」

 「じゃあ本当にモノクマが?」

 「勘弁してください。どう考えても理刈さんが校則違反を犯したという可能性を追うべきでしょう」

 「むっ」

 

 理刈さんの死体の横で議論する私たちに、部屋の奥を捜査していた尾田君が口を挟んできた。顔はいっさいこっちに向けず、手を動かしながら。

 

 「どうして?理刈さんが校則違反を犯した証拠でもあるの?」

 「ならあなた方はモノクマがルール違反を犯した証拠をお持ちなんですか?」

 「ないんだね」

 「お互いに」

 「だったら理刈さんが校則違反を犯した可能性を追うべき、なんて言えないよね」

 「あなた方はモノクマが手を下した可能性しか考えようとしていなかったでしょう。どちらが理性的か、理性のない頭で考えてごらんなさい」

 「ムカーッ!なんアルその言い方!ワタシたちだって頑張って捜査してるアル!劉劉(リュウリュウ)は頭良いかも知れないけど、三人集まったら宇宙にだって行けるアルよ!」

 「なんか色々違えな」

 「捜査というのは机上論を交わし合うことではありません。誰が見ても明らかな小さな証拠をかき集めることです。裁判場でもできることを敢えて今やって時間を浪費している間抜けは、300人いたって邪魔なだけです」

 「くぁwせdrftgyふじこlp!!」

 「長島さんがバグっちゃった」

 

 そう言う尾田君の手は休まず動き続けている。有言実行、行動で示しているということだ。言うことは尤もなのに、わざわざ相手を怒らせるような言い方をするから人がついて来ないんだって、何回も言ってるのに一向に治る気配がない。

 

 「まあ、とにかく部屋の中を調べてみようか。尾田くんの言うことは間違ってはないから」

 「へーんだ!もうワタシだってとっくに調べてあるヨ!聞いてねえ聞いて!」

 「分かった聞く聞く。聞くから押し付けんな色んな部位を」

[newpage]

 

 よっぽど尾田君にボロクソ言われたのが悔しかったのか、長島さんは私たちに捜査の結果を報告したくてたまらないようだった。いつもはシビアでハードボイルドなことばかり言ってるのに、今は小さい子供のようだ。

 まず私たちは、理刈さんの死体を調べた。胸に空いた槍の穴以外にも、理刈さんの体は妙な部分が多かった。

 

 「まずこれ、法法(ファーファー)の胸ポケットに入ってたアル。なんだと思うカ」

 「それは……なにかの錠剤?」

 「そう!薬かなにかだと思ったから、ちょっと削って舐めてみたアル」

 「よくそんなことするなあお前!やばい薬だったらどうするんだよ!?」

 「大丈夫アル。ちょっとくらいの毒だったら水いっぱい飲めばなんとかなるヨ」

 「そんなことないよ?」

 「で、結局それはなんだったんだよ」

 「分かんなかったネ。痛くも痒くも苦しくも痺れも眩暈も眠気もなんともなかったヨ。ちょっと苦かったアル」

 「体張った甲斐がないね。薬は苦いものだし」

 「薬と言えばこれもそうだな。そこらじゅうに散らばってて邪魔だったから集めといた」

 

 長島さんの無茶は、結局のところなんともないみたいだから今はスルーすることにした。薬つながりで何か思い出したのか、芭串君は親指で控室に唯一ある机の上を指した。ティッシュを敷いた上に、オセロのコマみたいに白黒の粒がたくさん積み上げられている。

 

 「なにそれ」

 「ゴミ箱に瓶が捨ててあった。モノクマ特製の睡眠薬らしい。一粒飲めばたちどころにコロリだと」

 「あんまり睡眠薬で殺虫剤みたいな書き方しないけどね」

 「睡眠薬がどうして床に散らばってたのさ」

 「そんなのオレが知るかよ。誰かがばら撒いたか、机の上で瓶をひっくり返したかだろ」

 

 あんまり口に入れたくならない白と黒の錠剤は、芭串君によればかなり強力な睡眠薬のようだ。瓶に書いてある成分はよく分からないけど、モノクマが用意したものならそういうことなんだろう。

 

 「やい佬佬(ラオラオ)!ワタシが奉奉(フェンフェン)厘厘(リーリー)に説明してるところアル!とるなし!」

 「分かった分かったよ、悪かった」

 「どこまで話したアル?まだ薬だけカ。それじゃあ次は法法(ファーファー)の指に注目するヨロシ」

 「えっ……?血?」

 「ちっちっちっ。血じゃないヨ」

 「紛らわしい言い方だなあ」

 「嗅いでも血の匂いがしないアル。これはただのインクヨ」

 「インク?」

 「ハンコを押す時につけるアレとかとおんなじアル」

 

 長島さんが理刈さんの右手を持ち上げると、人差し指の先が赤く染まっていた。血かと思ってぎょっとしたけど、その反応を予想していた長島さんに得意げな顔をさせてしまった。どうやらこれはただのインクらしい。ただのインクと言うけれど、ただのインクが指先についてる状況はまあまあ不自然だと思う。それが死んだ人ならなおさらだ。

 

 「なんでそんなものが?」

 「それは分からんアル。いちおう、ここには朱肉もあるから、指でも突っ込んで舐めてたんじゃないカ?」

 「洞察力はあるのに考察力がカスだな」

 「だったら佬佬(ラオラオ)もなんかアイデア出すヨロシ!」

 「ええ……いや、分かんねえけど」

 「つっまんネ〜〜〜!」

 「うるせえな!」

 「でも確かに重要な手掛かりになるかも知れないね。ありがとう、長島さん」

 「どういたしましてアル!ふふん!」

 「いや別にドヤられても」

[newpage]

 

 まるで事件の核心的証拠を見つけたかのように、長島さんは力強く胸を張った。何が真相に近付くための手掛かりになるか分からないから、これも全くの無駄だとは思わないけど、それにしたって大袈裟な気がする。湖藤君の社交辞令的なお礼にも満足げにするくらいだ。

 

 「少し、ぼくもしっかり調べてみようかな」

 「えっ?こ、湖藤君?」

 

 いきなり何を言うかと思えば、湖藤君はゆっくりと腰を浮かせて、腕の力だけで車椅子から床に体を移した。びっくりして私が体を支えると、男子とは思えない軽さと皮膚の薄さに改めて気付く。湖藤君は私に小さくお礼を言いながら、理刈さんの顔や手を入念に調べ始めた。

 

 「おや、車椅子に乗っていなくて大丈夫なんですか」

 「心配してくれなくても大丈夫だよ。部屋でひとりのときは車椅子が面倒だからこうやって本を取りに行ったりするから」

 「うそっ!?そうなの!?」

 「うそ」

 「どっちなの!?」

 「どっちかな」

 

 そうやってすぐ私を心配させては煙に巻く。達観した大人のように振る舞っているくせに、湖藤君は基本的に子供っぽい。なんというか、相手を困らせて面白がるような、そういう悪いところが特に。

 

 「ふうん……なるほどね」

 「な、なにがなるほどなの?」

 「まだ言わないでおくよ。今は、ただ先入観を与えるだけになっちゃうからね」

 

 ふん、と尾田君が鼻を鳴らした。どうやら湖藤君が気付いた何かに、尾田君も気付いているらしい。また私を置いてけぼりにして、二人だけで何か通じ合ってる。先入観になるかも知れないけど、気を付ければいいんだから教えてくれればいいのに。湖藤君は私のこと信用してくれてないのかな。

 

 「理刈さんの死体を発見したのは?」

 「オレと庵野と宿楽だ」

 「理刈さんは初めからこの状態だった?」

 「ん?ああ、そうだ」

 「そうかあ。それはおかしいね」

 「何がおかしいんだよ」

 「だって、椅子の足を見てごらんよ。少しだけだけど、血飛沫がついてるでしょ」

 

 湖藤君は、机に収まっていた椅子の足元を指差した。確かに、そこには目を凝らさないと見えないくらい小さな血の跡がある。そっちには近づいてさえいないのに、よく気付く人だ。湖藤君がおかしいと言うのはきっと、その椅子がしっかり机の下にしまわれていることを言ってるんだろう。

 

 「何がおかしいんだよ?」

 「分かるよ湖藤君。理刈さんはここで亡くなってるのに、どうして離れた場所にある椅子に血が飛んでるのかってことでしょ」

 「うん、その通りだよ甲斐さん。さすがだね」

 「……本当だ。確かに、そことここじゃ離れ過ぎてんな?」

 

 理刈さんは服の上から槍を突き立てられていた。ただでさえ溢れた血はローブに吸われてあまり周囲に飛び散ってないのに、足より遠いところにある椅子まで飛ぶなんておかしい。

 

 「それだけじゃないよ。発見時に理刈さんがこの状態だったなら……芭串君。ちょっと理刈さんの体の下を見たいんだけど、動かしてくれる?」

 「???」

[newpage]

 

 言われるがまま、芭串君は服に血がつかないように気をつけつつ、理刈さんの体を持ち上げた。力なくだらりと垂れ下がった手が、もうそこに命がないことを何よりも物語っていて不気味に映ってしまう。血の滲んだ床を見て、湖藤君はまた頷いた。

 

 「やっぱり、体の下の床に槍の跡がある。理刈さんが槍で刺されたときと発見時とでは、理刈さんの体勢は大きく変わってないってことだ」

 「それが……いや、変だなそりゃ」

 

 つまり、理刈さんの胸に槍が刺さったとき、理刈さんは床に大の字になって寝そべっていたってことになる。そこへ、真上から槍が降ってきたことになる。それはどう考えてもおかしい。どうして理刈さんが、こんな狭い部屋で仰向けになってなくちゃいけなかったんだ。

 

 「いったいこの部屋で何が起きたのかな……」

 「なんだろうね。どうも一言で済むような簡単な話じゃなさそうだ」

 「ホールでも殺人が起きて、ここでも理刈さんが亡くなってる……無関係じゃないよね?」

 「おそらくね。ただ、それらが関係してるっていう根拠も今はない。そうだなあ……ひとつ確認したいことが——」

 

 だけど、湖藤君の提案は大音量のアナウンスでかき消された。

 

 『人は罪を犯すとき何を考えているのでしょうか。仕方がないんだと自分を正当化する人もあるでしょう。誰かに騙されて知らず知らずに罪を犯す人もあるでしょう。逆に罪を罪と自覚して誇りを持つ人もあるでしょう。だけどね、大抵の人はね、その瞬間は何も考えてないんだよ。ちょっとよそに気が移ってたとか、ちょっと気になって何の気なしにしちゃったとか、ちょっと魔が差したとか出来心とか。そのちょっと、が自分の人生を大きく左右するなんて、これっぽっちも考えないときに、罪はオマエラの中に滑り込んでくるのです。気をつけよ、気をつけよ、いつ自分が犯罪者になるか分からない世の中ですぞぉ……!そういうわけで、学級裁判のお時間です!遅刻なんて罪を犯す奴は容赦しないぞー!あつまれー!』

 

 狭い控室内では、モノクマのアナウンスが耳の奥までガンガン響く。パーティーホールと控室しか捜査できていないのに、こんなので真実なんて見つかるんだろうか。

 

 「行きますよ」

 

 アナウンスを聞いて、尾田君はさっさと部屋を出て行った。モノクマに従うしかないから仕方ないんだけど、もうここで調べられることは全部調べられたっていうことなんだろうか。私は不安で仕方ない。3人も人が死んでるのに、いつもより手掛かりらしい手掛かりがないんだ。

 

 「ここにいても仕方ないよ。覚悟を決めないとね」

 

 のそのそ車椅子に戻りながら、湖藤君は真剣な顔をする。ここから私たちは命を懸けた学級裁判に臨む。4度目になっても慣れない緊張感。4度目だからか薄れていく命の緊迫感。

 

 「大丈夫……だよね?」

 「諦めなければ、ね」

 

 いつになく、湖藤君は自信がなさそうだった。さっき言いかけたことが確認できないままだからだろうか。湖藤君がそんな顔をしていると、私も不安になる。そんな気持ちを抱えながら、私たちはまたあの裁判場へ向かっていく。

 これが最後の裁判になるようにと、何度も願いながら。




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