そろそろ誰かが動き出す頃合いか。モノクマがいないから、今までなんだかんだ機能していた動機も今回は与えられていない。それでも、肌で感じていた。誰かが何かをしようとしている。慣れた、と言うのは驕りだろうか。自分はこの感覚を直接感じたことはない。
誰かが誰かを殺そうとするとき。殺さなければ殺されると覚悟した瞬間の目。人に向けてトリガーを引く震える手。血を流して倒れる骸を踏み越える足。振るう刀に宿った殺意と命を守らんとする決死の覚悟。命のやりとりは何度も目にしてきた。不徳な趣味だと言われればそれきりかも知れないが、少なくとも自分は、それを見届けることに責任のようなものを覚えていた。それが身勝手で無意味なことだと知りつつも、せめて自分だけには言い訳ができるように、そうしてきた。
「さて、誰が動くか……」
考えるべきことはひとつ。自分が殺されないようにすることだ。たとえ誰かが大量殺人を企てていたとしても、自分さえ生き残れば後はどうとでもなる。こんな状況でそんなことをする阿呆はいないと思うが。しかし、今回は予想が立てにくい。何が殺しのトリガーになるかが分からない。今まで与えられた動機が今になってきいてきたか。些細な諍いやすれ違いから不和を起こしたか。それとも月浦のように隠された本性が暴かれたか。
ここまでひたすら潜伏し続けてきた内通者はどう動くか。自分の存在が明らかになったことで、開き直って事件に介入してくるか。あるいは自ら事件を起こすか。もしくは完全に沈黙を貫き続け、告発自体に疑義を生じさせるか。
「何事も起きてみなければ分からない……が、用心に越したことはない」
座してただ朝を待つ。事件が朝に起きないとは限らないが、最も起きやすいのは夜だ。ひとまずこの夜を明かせば、状況は変わっているだろう。
その日の朝は、驚きとともに始まった。本当は驚くことなんかなじゃない。ただ、ここ数日の間、全く姿を見せなかったモノクマが、私たちの前に現れたのだ。
「うぷぷぷぷ!!オマエラ!!おっはようございまーーーす!!」
衝撃が過ぎ去った後、私の胸には大きな落胆があった。長い間モノクマを見なかったことで、心のどこかに隙が生まれてしまっていた。このままモノクマの支配が弱まって、ここから出られる日が来るんじゃないか。その日は、そう遠くないんじゃないか。そんな風に考えていた。
今にして思えば、モノクマはそんなに甘くないことぐらい、私はよく分かってたはずだ。それでも、そんな
「なんだか今日は元気100倍モノパンマン!って感じなんだよね〜!なんでだろ?テンション上がっちゃうな〜!」
食堂でくるくる回りながら、スペースを贅沢に使った謎のダンスを踊る。ものすごく目障りだ。いちいち私たちを煽るような言葉も相変わらずだ。
「ずいぶん久し振りじゃないか。ぼくたちを放っとくなんて、よっぽど大事な用事でもあったの?」
「大事な用事なんてないよ。っていうか久し振りってなに?」
「え?」
「んも〜、湖藤クンってば、あんなにボクにいじわる言ってたのに、本当はラブリーチャーミーなボクが大好きなんじゃない。一日千秋とはよく言ったものだね!つい昨日もお話したのにもう求められちゃったら……ボク壊れちゃうよぉ!」
「……どういうこと?」
湖藤君は眉を下げて肩をすくめた。これは、本当に何の話か分かってないみたいだ。いつも何を聞かれてものらりくらりしてる湖藤君だけど、この反応は初めて見た。
「湖藤君。君は、昨日モノクマと話しているのですか?」
「話してないよ。昨日はずっと甲斐さんと一緒にいたんだから」
「では……モノクマの勘違いか?」
「それよりオマエラさあ、こんな環境でストレスが溜まるのは分かるけど、やけ食いはよくないとボクは思うなあ」
「はあ?」
「食料は無尽蔵だからまた後で追加しとくけどさ、さすがに一晩で何日分もの食料を消費するのはヤバいと思うんだ。うん」
「何言ってるカ!一晩どころか実際に何日も経ってるヨ!自分がサボってただけのことをワタシたちのせいにする気カ!」
「うんうん、女の子は言いにくいよね。ボクは優しいのでこれ以上は不問とします。でも、健康管理もコロシアイのうちだから気をつけてよね。不摂生で病死なんてオチ、一昨日の芭串クンより笑えないからね」
なんだかさっきから、モノクマと話が噛み合わない。言葉は通じているのに話が通じていない、もどかしくて気持ちの悪い感覚。その答えが、いま分かった。
モノクマには、ここ数日の記憶がないんだ。だって、私たちが学級裁判をして芭串君が処刑されてから、もう何日も経ってる。ここに来てから時間感覚が狂っていくのを感じてはいたけど、さすがにそこまでの勘違いはしていない。それも、モノクマ以外の全員が同じ勘違いをするなんて、絶対にあり得ない。その証拠に、モノクマ以外の全員がお互いに顔を見合わせて困惑している。
「いやはや、なんだかオマエラ、普通の何倍も濃い時間を過ごしてたみたいだね。濃密で濃厚で濃縮還元120%な生活は楽しかった?そんじゃあちょっと早いけど、5つめの動機といきましょうか!」
「動機?あなたにとってはまだ裁判の翌々日のはずです。それなのに動機とは……何を焦っているのですか?」
「うん?別に焦ってはないよ。でもボクが思うよりオマエラはここでの生活に慣れて、それなりに行動できるようになってきたみたいだからね。まあつまり……ペースアップだよ。うっぷっぷ♪」
たぶん今の尾田君の質問はカマかけだ。いつもモノクマは、前回の裁判から数日経ってから動機を与えてきた。そのままじゃ私たちがコロシアイをしないから、誰かを煽ってコロシアイをさせるためにそうしてきた。でも、モノクマにとって今日は裁判から2日後だ。その異常に、尾田君は敏感に反応した。
だけどモノクマのリアクションは思ったようなものじゃなかった。いつものように腹の底が見えない意地悪な含み笑いを返すだけだ。モノクマは、本当に私たちがいつもより濃い1日を過ごしたと思ってる。その勘違いに偽りはない。
「さて、こうしてボクはよく利く機転と回る頭で、オマエラにいつもより早めに動機を与えると言ったわけですが……実はもうオマエラは動機を手にしています!うぷぷぷぷ!こんなこともあろうかと、前々からオマエラに少しずつ動機を与えていたのですよ!ボクってやっぱりできるクマ?キャリアクーマン?」
「ど、どういうことだ……!?前々って、いつから……!?」
「いつだろうねえ?もしかしたら、オマエラの隣にいる誰かさんは、とっくにその動機を手にしているかもね。その意味を理解して、虎視眈々とその時を待っていたのかも知れないね!オマエラは初めから、内通者なんかよりよっぽどタチの悪い裏切者に背中を狙われていたのかもねえ!!」
そう言って、モノクマは食堂のテーブルから飛び降りた。そのまま、よく滑る床をスケートのように滑って食堂の入口から飛び出して行った。そして——。
「うっぷっぷ♪さあて、ここからが本当の勝負だよ。オマエラの敵は希望か絶望か……選ぶのはオマエラ自身だよ」
意味深な言葉を残して、そのまま私たちの前から消えた。私はなんだか……不思議な感覚になった。懐かしいというには近過ぎて、だけど初めてじゃない感覚。そうだ、これは——、ここにきた最初の日。分館の体育館でモノクマがコロシアイを宣言したときと同じだ。あのときと同じ絶望感だ。
「……だ、誰が動機を隠し持ってんでェ!!ええ!?内通者だけじゃなく裏切者までいやがるたァどうなってんだ!!」
「
「モノクマは嘘を吐かないが、私たちを惑わすためのミスリードはいくらでもする。奴が与える情報は取捨選択しなければいけない」
「んだァ?何言ってんだ?」
何度もモノクマに振り回されてきて、王村さん以外のみんんはしっかり理解していた。モノクマが敢えて“裏切者”と言った意図——、単に私たちを疑心暗鬼に陥らせるための言い回しにすぎないということを。
「モノクマが動機を仕込んでいたことは事実だろう。だが、私たちに気付かれないようにしていたのなら、誰も気付かないまま失われている可能性だってあるだろう。ましてや分館は爆破されたんだぞ?」
「その場合は本館に持ち越しか、改めて仕込んだりしているでしょうね。少なくとも、この本館のどこかに、モノクマの言う動機が隠されていることは間違いないと思っていいでしょう」
「そうだとしても、そんなに気付きにくい動機なら、それを手にした本人も動機であることに気付いてない可能性がある。裏切者なんていうのはモノクマのレトリックだよ」
「つまり……私たちの中の誰かが動機を手にしている、あるいは今後手にする可能性は否定されないのですね」
「まあ、その通りです。僕は別に構いませんよ。あなた方がモノクマの思う壺に互いを疑い合って泥沼にハマっていくのは勝手ですから」
「またそういうこと言う」
私たちの中に裏切者がいると決まったわけじゃない。モノクマの言う動機がどんなものか分からない以上、それを追求しても意味がないんだ。でも同時に、本当に動機を手にしていながら隠している誰かがいる可能性だってある。モノクマの動機はいつもそうだ。私たちは考えれば考えるほどお互いを疑わざるを得なくなっていって、そして誰かの殺意を確実に行動に移させる。回避する方法を、私たちはまだ見つけていない。
「考えても仕方ないことを考えても仕方ないよ。どうせみんな集まったんなら、建設的なことを話し合おうじゃない」
「建設的なこと?」
「モノクマに立ち向かうために必要なことは何か。とか」
そういえば、モノクマに気を取られて忘れてたけど、私たち全員が食堂に集合するなんて久し振りのことだった。もうみんなで集まって朝ご飯を食べる号令をかける人はいないし、全員分のご飯を作る人もいない。だいたいみんな同じくらいの時間に起きて、なんとなく食堂から食べ物を持ち出して、好きなところで食べている。一度に全員が集まることはないけれど、同じタイミングで食堂に行くから顔を合わせることはたびたびあった。それだけで十分だった。
「必要なこと……決まってる。私たち全員の連帯だ。敵は強大だ。ひとりひとりがバラけてぶつかってなんとかなる相手じゃない」
「手前もそう思います。モノクマは明らかに手前どもの連携を妨害してきています。裏を返せば、それがモノクマにとっては避けるべき事態だからなのでしょう。たとえモノクマであっても、手前どもが一致団結してかかればなんとか倒すことができるかと」
「わ、私もそう思う!」
毛利さんと庵野君の案に、私は思わず賛同した。モノクマに対する絶望感から一刻も早く救われたくて、特に自分の考えも持たずに発言してしまった。でも、みんなそんなことぐらい分かってる。分かった上でそれができないのが問題なんだ。
「でもこの中に内通者がいるんでショ?なんの証拠も証明もなしに信用なんてできないアル。みんなと敵になりたいわけじゃないけど、自分の身を危険に晒すことはしたくないネ」
「僕も概ね同意ですね。協力すべきと言うだけで認められるのは小学生までです。いやしくも“超高校級”だと言うのなら、協力するためにどうすべきか、ぐらいのことは考えるべきです。どうなんですか?あなた方は、他の誰かに完全に背中を預けることができるんですか?」
「べ、別に背中まで預けるこたァねェんじゃねェか?横一列になってモノクマにこう……」
「はないちもんめで立ち向かったって、いざってときに内通者に裏切られたら総崩れだよ!?」
人を信じることがどんなに難しいか。人を疑うことがどんなに楽か。私はそれを思い知った。きっと、本当はこんなに難しいことじゃないんだ。でも、自分の命を懸けないといけなくなった途端、人は急に何もできなくなる。目の前の人が信用できなくなる。100%じゃ足りない。120%の信用があってようやく協力できる。こんな状況じゃ50%だって無理だ。
「モノクマに立ち向かうのにぼくたち全員の協力が必要なのは間違いないし、だからと言って簡単にできることじゃないのも確かだ。それは、ぼくたちが今までそれをタブー視してきたからだよ」
「タブー?どういうことだ?」
「ここにいる8人全員がそれぞれと手を取り合って、八角形になる必要はないんだ。それは実際問題とても難しいことだし、手を取り合いたくない相手がいる人もいるでしょ。内通者が周囲に与える影響も大きい。だったら、別の連携にすればいいんだよ」
「別の連携……とは」
湖藤君は、にっこり笑った。
「タコ足」
近くの適当なテーブルに近寄って、湖藤君はメモ帳とペンを取り出した。そして、1つの大きな丸と、その下に7つの丸が一列に並ぶように描いた。
「ひとりの強烈なカリスマ性を持つリーダーが、他の7人とそれぞれ協力する。下にいる7人たちは互いに協力してもいいし、協力しなくてもいい。でもみんな同じひとりのカリスマを協力してるから、基本的には同じ方向を見てるわけだ。これなら、内通者が誰か発覚しても、タコは足を一本切り捨てるだけで生き残れる。内通者はカリスマとしか協力関係を結んでないから、他の人たちに対しては働きかけにくい」
それは、とてもシンプルな構造だった。参考として横に描いた八角形は、対角線がいくつも入り混じっていて、どれかの頂点が内通者だと考えると、その毒があっという間に全体に回るようになっている。それに対して、タコ足の図は内通者がひとりいたところで、全体に毒が回るのはかなり遅い。湖藤君の説明も、シビアではありつつも確かに合理的に思えた。
だけど、私たちはこの構図を知っている。タブー視というほどのことでもなかったけど、この構図に忌避感を持っていることも事実だ。
「湖藤……お前は、狭山の失敗を見ていなかったのか?これじゃあまるっきり、狭山が思い描いた世界じゃないか」
「もちろん見てたし覚えてるさ。それに、狭山さんのことだってよく理解してる。彼女の“才能”はシャーマンなんてオカルトめいたものに収まるものじゃなかった。彼女の“才能”の本質は話術やトリックを利用したマインドコントロール技術だ。そして彼女の失敗は、タイミングを見誤ったことと暴力を使ってしまったこと。彼女の不運は、
「そ、そこまで分かってて、あいつと同じことしようってのか?」
「お前は阿呆カ!?タコの頭が内通者だったらどうするカ!」
「そうならないように、ぼくたち全員で選ぶんだよ。絶望に打ち勝って、ぼくたちを希望に導いてくれるリーダーをさ」
湖藤君の言うことはいつも難しい。私たちには想像もつかないほど色んなことを考えていて、色んなことを知っていて、おまけに迷いがない。だけど、今言ってることは分かる。だってこれは、狭山さんの失敗であると同時に、私たちが外の世界で普段していることと同じだ。
クラスの学級委員を選ぶときだってそうだ。班のリーダーを決めるときと同じだ。私はまだしたことはないけど、きっと政治家の偉い人を選ぶときだって同じだ。答えはシンプルなことだったんだ。私たちは、信じられる人を信じればいい。信じられない人を無理に信じようとするから、他の人も信じられなくなる。それは今のバラバラに見える状況とそう変わらなくて、だけど誰かが先頭に立っているだけで全く変わってくる。
「せっかくだから、モノクマに当てつけでもしようか。ぼくたちのリーダー選挙は、生存投票方式ですることにしよう」
「ごめん。生存投票ってなんだっけ……?」
「僕たち全員で益玉クンを見殺しにした最初の動機です」
「またそんな言い方を……。あのときは、自分以外の生存してほしい誰か5名に投票、でしたね。結果的に最低得票者となった方にペナルティという」
「ま、またあんなことするのかよ!?おめェ倫理どこに置いてきた!?トイレにポンッしたか!?」
「形式が同じというだけだろう……。お前はもう少し自分の頭で考えることをしろ」
その言葉を聞いて、私は心臓がぎゅっと痛くなった。私たちに与えられた最初の動機。残酷で、モノクマの性格の悪さが滲み出た最悪の動機だ。生きていてほしい誰かに投票することを、それ以外の誰かを陥れることと言い換えて、私たちの不和を煽る。最低得票者を作ることで、確実に誰かひとりを死に追いやる仕組み。全てが最悪だった。そして、私たちをその窮地から救ってくれたのは、益玉君だった。彼の生きていた日が、すごく遠い昔に感じる。
「誰かをリーダーにしたいと思っても、やっぱり信じるのは難しい。それに内通者が他の人を騙す可能性だってある。だけど生存投票のシステムだとそれができない。誰かに投票してもらうようにするより、投票してもらわないようにするのは、一朝一夕には難しいからね」
かつてモノクマが私たちを苦しめたシステムを丸ごと利用して、湖藤君はモノクマに立ち向かう武器にしてしまった。これなら内通者が工作することはできないし、尾田君や長島さんだって納得せざるを得ない。だって、それができないから、あのとき益玉君が犠牲になるしかなかったんだ。
「ということで、みんなはそれぞれ、リーダーにはしたくない人に投票してね。8人しかいないから取り敢えず投票数は4でいいかな。何か意見ある人?」
「意見はありません。これ以上の面倒は利敵行為にしかなりません。ひとまずあなた方と敵対しない状態を作るのに必要なのであれば、協力も吝かではありません」
「嫌々具合が言葉数から伝わるな」
「でもワタシは、そういう合理的な関係は嫌いじゃないアル。お金が挟まってたらもっと良かったけどネ」
態度は悪いけど、尾田君も長島さんもあっさり湖藤君の提案に賛成した。やっぱり湖藤君はすごい。私だったらどれだけ頑張っても、モノクマの動機のシステムを利用してリーダーを選ぼうなんて思いつかない。リーダーにしたくない人を4人選ぶのは心苦しいけど、結果的に私たちのリーダーが決まるのなら、そんなわがままは言ってられない。
その場で投票するのは、投票画面を見られたらまたギスギスすることになるから、みんなでその日の夕食の時間に再集合して、その時までに投票しておくことにした。私は一旦自分の部屋に戻って、誰にリーダーになってほしいか、誰をリーダーにしてほしくないかを考えた。
まず、どう考えても尾田君はリーダーになってほしくない。あの人に人をまとめ上げられるとは思えない。彼は人の上に立っても、下の人を活かそうとはしない人だ。あと、長島さんも同じ理由で少し怖い。尾田君ほど冷酷じゃないにしろ、少しでもリスクを感じたら切り捨てることをなんとも思わないタイプだと思う。あとは、風海ちゃんや王村さんは……うん、ダメかな。たぶんリーダーのプレッシャーに耐えられない。
そうなると、自ずと候補は絞られる。投票数は4だから、尾田君、長島さん、王村さん、風海ちゃん……そう投票しようとして、私は指を止めた。本当にその4人でいいのか?ふと、そんな考えが過ぎった。
「だって……」
確か、モノクマが生存投票の動機を与えてきたとき、湖藤君は言っていた。あれは、誰かを見捨てるための投票なんかじゃない。生きていてほしい誰かを選んだ結果として最低得票者が生まれるだけで、そこに私たちの悪意や殺意なんかないって。私たちが投票するのは、死んでほしくない誰かじゃない。生きていてほしい誰かだって。
だとしたら、この投票だって同じじゃないかな。私たちはリーダーを選ぶために投票すると言ってこの方式を選んだ。だけど実際に投票するのは、リーダーになってほしくない人だ。私たちは今、リーダーにしたくない人に投票しようとしていた。私がリーダーにしたくない人と、リーダーになるべきでない人は、本当に同じだろうか。
「リーダー……」
私たちが持つマイナスの感情を、湖藤君は決して否定しない。こんな状況じゃそんな気持ちが生まれるのは仕方ないって。私もそう思う。だからって、それにばっかり甘えてるわけにはいかない。私たちは自分の中にあるマイナスの感情を認めつつ、それを乗り越えていくべきなんじゃないか。
少なくとも私が投票する誰かはリーダーから一歩遠ざかるはずだ。私たちの中にリーダーをやりたがっている人がいるかどうかはさておき、リーダーの位置から遠ざけておくべき人は間違いなくいる。それは、リーダーを任せることが不安な人ばかりじゃない。その人のために、リーダーであるべきじゃない人がいる。
「……」
尾田君、この人は絶対にリーダーにしたくない。長島さん、この人をリーダーにするのは私は不安だ。王村さん、この人にリーダーは務まらない。そして……毛利さん、この人はリーダーにすべきじゃない。彼女は自分に厳しい人だ。狭山さんが暴走したとき、彼女の一番そばにいた。ただそれだけのことで、今も責任を感じている。きっと私の見えないところで色々な葛藤や償いをしようとしている。私は彼女に責任があるとは思わないけれど、他でもない彼女自身がそう思ってる。
だから、彼女にリーダーを任せることは、余計に彼女を追い込むことになる。リーダーとして私たちを導こうと、モノクマに立ち向かって私たちを救おうと、狭山さんの二の舞にならないように、完璧であろうとする。今の状況でそんなプレッシャーにさらされた人がどうなるかなんて、想像の必要もないくらい明らかだ。だから、毛利さんはリーダーにすべきじゃない。してはいけない。
私は、投票を終えた。
厄介なことになった。この中からリーダーを選ぶ、しかもモノクマが与えた動機と同じ方法とは……。こんなことなら、この動機の弱点なんかをモノクマに聞いておけばよかった。あれからモノクマは忙しくしているのか、全くこちらからの呼びかけに応じない。一体何をしているのか。
生存投票のシステムを丸パクリしたリーダー決定投票は、内通者である自分が何をしたところでリーダーになれるわけではない。自分に投票しないように言って回れば不信感を与えるだけだし、かと言って今の自分が何もしないでリーダーになれる位置にいるとも思えない。まさに、日頃の行いの結果が表れる場になるはずだ。だが、それならきっとあいつがリーダーになることもないだろう。それはこちらにとっても好都合だ。
「くっ……」
癪だが、こういうときに
内通者の自分からしても、周囲からの信頼を得てうまく立ち回っている人物の当たりはついている。自分が自然に覚える感情に従えばいいのだ。頭のキレる者、周囲を和ませている者、しっかりした自己を持っている者、これらの順位は下げなければいけない。それから、リーダーにしたとき内通者を炙り出すようなことをしかねない人物もダメだ。うん、もう4人埋まってしまった。
「はぁ……不安だ……」
4票なんかじゃとても足りない。同じ人物に何度でも投票できるようにしたっていいくらいだ。さすがと言うべきか。コロシアイを後半まで生き残るような奴らはどいつもこいつも強かだ。親しい者の死、裏切り、血生臭い非日常、それらに打ち拉がれながらも奮起した強烈な意志を持つ者。はじめからそれらを覚悟していて動じない者。絶対的な力と自信からひとりでモノクマと渡り合える者……一筋縄ではいかない連中ばかりだ。なぜ生き残っているのか謎なやつもいるが……運が良いのか?
ともかく投票だ。そして、モノクマとコンタクトをとらなければ。モノクマが既に用意しているという動機のことも気がかりだ。急がなければ。
いま自分たちに本当に必要なものはなにか?
内通者を抱えたまま結束すること。そんなはずない。内通者は必ず結束を歪める。モノクマがそうしてきたみたいに。だから内通者は絶対に排除しなくちゃいけない。
生きてここから出るために必要なものはなにか?
互いを疑うこと、そして信じること。そんなの無理だ。疑ったり信じたり、そんなの矛盾してる。少しでも疑念があればいざというときに判断が遅れる。100%の信用が必要だ。リーダーだってそうだ。
モノクマと戦うために必要なことはなにか?
そんなものはない。そもそも質問が間違ってる。モノクマと戦ったって勝ち目なんかない。必要なのはモノクマの支配から抜け出すこと、追ってくるモノクマから逃げ切ることだ。
何が必要か、そんなものは刻一刻と変わる。それに際限がない。いつも何かが欠けているんだ。
でも、必要のないものは分かる。必要ないという言い方は適切じゃないかもしれないけれど……。必要ではあるかも知れない。でもきっと邪魔になる。
なんの邪魔かって?
——希望。
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