ダンガンロンパメサイア   作:じゃん@論破

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おしおき編

 

 「どうしてよッ!!!」

 

 盛大なファンファーレをかき消すくらいの大声で。舞い散る紙吹雪を吹き飛ばすくらいの激しさで。輝き回るミラーボールを砕くような強さで。叫んだ。喉が裂けそうだ。舌の根から首元まで嫌な痛みが走る。

 

 「ちょっ、ちょっとちょっと!ボクの仕事の場を奪わないでよ!ちゃんと発表させてよ!今回、“超高校級の——」

 「どうして湖藤君を殺したの!!どうしてそんなこと——!!」

 「うわーっ!えらいこっちゃ!」

 「いけない!甲斐さん!」

 

 自分でも気付かないうちに、私の手はその青い髪を引き千切ろうとしていた。肩を握り潰そうとしていた。自分の体がまるで弾丸みたいに突き動かされて、一緒に床に転げた。それでもまだ止まらない私を、後ろから庵野君が取り押さえた。

 

 「裁判場での暴力行為は校則違反になりかねません!お気持ちは分かりますが堪えてください!」

 「分かるわけないでしょ!!あなたは私じゃない!!湖藤君でもない!!」

 「うぅ……い、いたた……。やっぱり怒るよね。ごめんね」

 「……あなた、もしかして笑ってます?」

 「え?うそ。あっ……ほ、ほんとだ」

 「な、なぜ……笑って、いられる?状況を、分かって……ないのか?」

 「分かってるよ。私は学級裁判に負けた。湖藤さんを殺した罪を、奉ちゃんに暴かれて」

 「だ、だ、だったらなんで笑ってんでェ!!テメェ、自分がどうなるか分かんだろ!?」

 「……私がどうなるかなんて問題じゃないよ。大事なのは、ここに来るまでの道のりだよ」

 「おっしゃっている意味が……?」

 

 何を言ってるか分からない。あんなに一緒にいて、あんなに仲良くして、あんなに助け合ってたのに……どうして湖藤君を殺したの?どうして私にこんなことをさせたの?どうして私の大切な人を奪ったのが、私の友達なの……!?

 

 「だって、こんな機会ないじゃん。こんなチャンス逃したら、私、死んでも死にきれないよ」

 「何を言ってるカ?チャンス?」

 「うん、そう。“超高校級”の才能を持ったみんなとの、命を懸けた全力勝負。こんなの頼んだってできないよ」

 「……どういうことだ?」

 

 スカートのほこりを払って、乱れた髪を直して、幽霊みたいに立ち上がる。よれた服を直して、吹っ飛んだサングラスを拾ってかけ直す。それで目元は隠れるけれど、口だけで分かる。笑ってる。

 いつか見た、自分勝手な愛に溺れた狂気的な笑顔じゃない。他人を侮蔑する汚い笑顔じゃない。優しくて自然な、なんてことない微笑みだ。だからこそ、それはひどく不気味に映る。

 

 「みんな、たぶん覚えてないと思うけど、私の“超高校級の脱出者”って才能、要するに体験型謎解きゲームが得意ってだけなんだよね。特別なことなんて何もない。流行り物が好きな普通の女子高生ってこと」

 「ただのミーハーで希望ヶ峰学園が“才能”と認めるはずがありません。あなたのそれは、立派なひとつの“才能”であるはずです」

 「あはは……改めてそう言われるとちょっと照れるね……。うん、でも、私はこれを特別なことだなんて思ってない。みんなと違って、私は特別な人間なんかじゃないんだよ」

 

 何の話?なんで自分の話してんの?それと湖藤君がいなくなったこととどう関係あるの?適当な話でごまかそうとしないでよ……!!

 

 「そんな私がさ……もしかしたらみんなに勝てるかもって思えたんだよね。“超高校級”のみんなを負かせられるかもって。私の作った謎で、私が仕掛けた謎で、私が隠す謎で、みんなと勝負ができて、勝てるかもしれないって思ったら……いてもたってもいられなくなっちゃって」 

 「それは……つまり、“超高校級”である僕たちに、挑戦したかったという理解でいいですか?」

 「うん、そうだね。その通りだよ。もしかしたら、なんてワンチャン狙いだって言われるかも知れない。芭串さんのことを責められないね。でも、私はどっちでもいいんだ。勝ったら御の字。負けても、みんなと勝負できたこと、みんなが私の謎に頭を悩ませたっていうことだけで、十分なんだ」

 「ふざけないで!!」

 

 たまらず大声が出た。もう喉が痛い。叫びたくない。

 

 「いい加減なこと言わないで!!そんなわけないでしょ!!」

 「か、甲斐……?」

 「なんであなたが私たちに挑戦しなくちゃいけないの!!だったら湖藤君を殺す必要なんてなかった!!他のやり方がいくらでもあった!!適当なこと言って誤魔化さないでよ!!なんで本当のことも言ってくれないの!?湖藤君を殺して、私に嘘ついて……まだ私たちのことを裏切るつもり!?いい加減にしてよ!!」

 「奉ちゃん……」

 

 散々やってきたことを見破られて、全てを暴かれて、それでもまだ何かを隠そうとしてる。そんなの許さない。私たちに隠し事をしたままいなくなることなんて、絶対にさせない。その口から、湖藤君を殺した理由を吐かせるまでは絶対に許さない。

 

 「……やっぱり、奉ちゃんには分かっちゃうか。そうだよね。うん、ごめんね。でもちょっと恥ずかしかったから言えなかっただけ。ちゃんと言うから……」

 「は、はずかしい……?」

 「……私さ、色々と考えちゃうタイプなんだよね」

 

 少し間を開けて話し始めたその表情は、本当に恥ずかしそうで……私にはそれがひどく気持ち悪くて……。頭がおかしくなりそうだった。

 

 「普段から頭の中で、最近のアニメや漫画のこととか、大好きな謎解きのこととか、ちょっと言えない妄想とか、色んなことをず〜っと。それで自分なりにあれこれ結論出して、それでひとまず納得したりしてるんだ。ひとりで、勝手にさ。でも、それって案外的外れでもなくて、おんなじことを考えてる人が結構いたり、ズバリじゃなくてもなんとなく当たってるかな?って感じの精度で当てたり……」

 「何の話ですか?」

 「うん、だからね。ここに来てからもいろんなことを考えてたんだ。学園のあちこちで見つけてきた謎のこととか、モノクマと戦うにはどうしたらいいかとか、この学園そのもののこととか」

 

 なに?なんなの?なんの話をしてるの?どうして私の質問に答えてくれないの?なんで関係ない話してるの?

 

 「だからさ……なんか、分かっちゃったんだよね。モノクマと戦うのに必要なこと。私なりにさ、考えて……で、その結論なら、私は信じられるから。だから、これはモノクマとの戦いなんだ。私は私が犠牲になることでしか、みんなの助けになってあげられないから」

 「話が見えないな……。なぜ湖藤を殺すことが、私たちがモノクマと戦うことになる?」

 「も、もしかして……!?お、おい!()()()()()()かよ!?」

 

 ピリッと裁判場が緊張に包まれる感覚がした。私はそれに気付かないで……気付かないふりをして、そんなわけないと勝手に頭の中で否定して——!!

 

 「湖藤が内通者ってことかよォ!?ウソだろォ!?」

 「え?そうなの?私は知らないけど」

 「はあっ!?ちげェのかよ!?いや、あいつが内通者だったら殺すってのも分からねェでもねェけどよ!!」

 「そんなんじゃないよ。だれが内通者かなんて、私には分からないよ。分かるのは、誰にでも分かることだけ」

 

 サングラス越しに目が合った。私は、瞬きもせずに睨みつけていた。

 

 「湖藤さんが、奉ちゃんにとって誰よりも大切な人だっていうことだけ。だから殺した。それが奉ちゃんには必要なことだから」

 「はっ……!?な、何を……!?」

 

 そこから先、私はその言葉の意味を理解するのに必死で、暴れる気力すらなくなっていた。まるで大勢の慣習を前にスピーチをするように、いくつもの楽器と奏者を操る指揮者のように、朗々と話を続けた。

 

 「モノクマはずっと言ってたでしょ。私たちに絶望を与えたいって。モノクマの正体は、絶望なんだよ。私たちを絶望に陥れようとする悪の権化なんだよ。それに対抗するにはどうしたらいいと思う?決まってるよね。絶望っていう闇には、希望っていう光が必要なんだ。とっても強くて、とっても眩しくて、とっても暖かい、そんな希望。それが……奉ちゃんなんだよ」

 「奉奉(フェンフェン)が……希望?どういうことカ?」

 「奉ちゃんは私たちのことを誰よりも気にかけてくれてて、コロシアイが始まったときからずっとみんなで生き残る方法を模索してた。益玉さんもそうだった。益玉さんは自分の命をなげうつことでみんなの希望を繋ごうとした。奉ちゃんは、みんなを助けることで希望を育てようとした。だから、モノクマと戦うことになったら、きっと奉ちゃんが必要になる。奉ちゃんがみんなを支えて、奉ちゃんがみんなを導いて、奉ちゃんがみんなを元気づけてくれる。私はそう思うんだ」

 「……そりゃおめェ、甲斐を買い被りすぎだろ。なんぼ“超高校級”っつったって、ただの女子高生、まだまだ子供だぜ?」

 「ここには子供しかいないよ」

 「だからと言って……」

 「うん。でも王村さんの言うことも一理ある。ただの高校生の私たちに、モノクマを相手に戦えるかって言ったら、たぶん無理だと思う。そのためには、自信が必要なんだ。モノクマだって倒せちゃうっていう自信がさ」

 「え、おいら別にそんなことは……」

 「自信をつけるには、経験あるのみ!って、昔なんかの漫画で読んだんだったかな。でも案外バカにしたものじゃないと思うよ。経験に裏打ちされた自信って、何の根拠もない自信よりはマシじゃない?だから、奉ちゃんには自信をつけて欲しかったんだよ。どん底の絶望を乗り越えたっていう経験をつけて」

 

 人の言葉で勢いが止まるどころか、それらを巻き込んでいっそう自分勝手なことを言い出す。突き放せばどこまでも追いかけてくるような、近づけば取り込まれてしまいそうな、変質的で偏執的なひとり語り。それが行き着く先は、私への一方的な呼びかけ。なんなの?なんだっていうの?いつからこんなことになっちゃってたの?

 

 「ここにきて最初に死体を見つけたのは奉ちゃんだった。ひどいことになった狭山さんの死体に気付いたのも奉ちゃんだった。谷倉さんと菊島さんの死体を見て奉ちゃんは気を失った。ショッキングな出来事を前にしても、どれだけ精神的に参っても、どんなに打ち拉がれても、奉ちゃんはモノクマと戦ってここを出ることだけは諦めなかった。色んなことを諦めても、最後の一線だけは諦めなかった。私には分かる……それが、どれだけすごくて、強いことなのか」

 「そ、それがなんで湖藤君を殺すことにつながるのですか」

 「だからさ。思ったわけ。奉ちゃんのそばにはいつも湖藤さんがいた。いや、逆か。奉ちゃんはいつも湖藤さんのそばにいた。もしかして、奉ちゃんが諦めずにいられるのって、湖藤さんのせいなんじゃないかって。でもそうだとしたら……それってすごく危険じゃない?他の誰かの存在に精神を依存してるのって、不健全だと思わない?だから、私は確かめたかった。そんで、違うってことを証明したかった。奉ちゃんは奉ちゃんだから諦めずにいられるんだって。湖藤さんがいなくたって、奉ちゃんは絶望を乗り越えられるんだって」

 「それで殺したのか……!?それだけのために……!?」

 「それだけって……大事なことだよ。だって奉ちゃんは、みんなをモノクマとの戦いに導くんだから。リーダーがメンバーの誰かひとりに体を預けてたら、いつか倒れちゃうよ。奉ちゃんは私たちの道標で、私たちの灯火で、私たちの希望じゃなくちゃいけないんだから」

 「勝手なことばっか言わないでよッ!!!」

 

 たまらず大声が出た。なにそれ。希望とか、依存とか、わけわかんない。私が湖藤君に依存してるって?それがよくないって?私は私だから諦めずにいられたって!?意味わかんない!!

 

 「依存して何が悪いの!?っていうか違うでしょ!!私が湖藤君に依存してたんじゃない!!湖藤君が私に依存してたんだよ!!湖藤君は助けを必要としてたでしょ!!だから私が助けてあげてたの!!湖藤君が私を必要としてたの!!」

 「違うよ。湖藤さんはひとりでも生きていけた。そりゃシーツはしわくちゃにしちゃうけど、ひとりでベッドにだって移れた。手こずってたけど、ひとりで引き戸だって開けられた。階段は上がれないけど昇降機を使えた。だから——」

 「違う!!違う違う違う!!私が必要だったんだ!!湖藤君はひとりじゃ生きていけなかったから!!私がいないとダメだったから——!!」

 「うぷぷ♪あっひゃひゃひゃ!!」

 

 モノクマの哄笑が遮った。心の底から嬉しそうに、抑えきれないほど楽しそうに、モノクマは私たちを笑った。

 

 「あ〜ホント、出来の悪いコントだよ!裁判に勝った方も負けた方も、どっちも同じくらい狂ってるなんてさ!」

 「く、狂ってる……!?」

 「自分勝手に憧れて、自分勝手に信じて、自分勝手に希望を押し付けて、そのために大切な人の大切な人を殺しちゃってさ!しかもそれが相手のためだって言うんだからクッソ質悪いよね!そんでもって、そこまでしてあげた相手は誰かに依存しないと自分が分からなくなるイカれポンチだってんだから!救いねー!」

 「い、依存って……私は、そんなこと……!」

 「ううん、モノクマの言う通りだよ。奉ちゃん。あなたは湖藤さんを助けてたんじゃない。湖藤さんに助けられてたんだ。湖藤さんが弱い立場だったから、奉ちゃんはそれを助けるっていう“役目”を持てた。このイカれた空間で、自分の居場所を保てた。外にいた頃は分からないけど……少なくとも、今の奉ちゃんはそうだよ。自分以外の誰かがいないと、自分が分からなくなっちゃう」

 「ち、違う……!そんなこと……!私は…………」

 

 言葉が出てこなかった。私は、それを否定することしかできなくて……。否定することすらできなくて……。

 

 「でも、もう大丈夫。湖藤さんはもういない。私も、もういなくなっちゃう。ここにいるみんなは、奉ちゃんの助けがなくても生きていける。でも、奉ちゃんがいないと一致団結してモノクマとは戦えない。奉ちゃんがすべきなのは弱い人を助けることじゃない。強い人たちを導くことなんだよ」

 「自分勝手な主張ですね、クロになるような人が自分勝手なのは今更ですが」

 「尾田さんも、きちんと奉ちゃんを支えてあげてよね。内通者じゃないなら」

 「甲斐サンが内通者でない保証があるなら」

 「あるよ。私が信じてる」

 「馬鹿馬鹿しいですね」

 

 どうして……?どうして私にそこまで、希望なんてものを背負わせるの?私はただ……湖藤君のそばにいられれば、それだけでよかったのに……。湖藤君じゃなきゃ……なんで?なんで湖藤君じゃなきゃいけないの……?それは、だって……湖藤君が……弱い人だから……?

 

 「言いたいことは言い終わったかな?面白かったから待ってあげてたけど、もう我慢の限界!さっさとおしおきをさせろー!」

 「あ、もうそんな時間?そっか……残念だけど、お別れだね、奉ちゃん」

 「ちょ、ちょっと待って……!待ってよ……!まだ、話が……!」

 「待ちません!もう十分すぎるほど待ちました!これ以上話してても同じ話にしかならなさそうだしね!」

 

 天井から、ゆっくりと鋼鉄の首輪が吊り下がってくる。それは、まるで天国に昇っていく蜘蛛の糸みたいに、まっすぐ、その頭上に降りてきた。

 それに気付いてないみたいに、そんなの全く気にしてないみたいに、冷たい鉄の輪が首を締め上げても、その目は真っ直ぐ私を見つめていた。

 

 「今回は!“超高校級の脱出者”宿楽風海さんのために!スペシャルな!おしおきを!用意しました!」

 「奉ちゃん、ずるいかも知れないけど、私から最後のお願い」

 「お、お願い……!?」

 

 息もできないはずなのに、恐怖で指先すら動かせないはずなのに。微笑んだまま、そっと私の手をとった。

 

 「では、張り切っていきましょう!」

 「……みんなが奉ちゃんを必要としてるっていうのは本当だよ。奉ちゃんがいないと、みんなはひとつになれない。奉ちゃんがいないと、みんなが生き残れない。奉ちゃんがいないと、みんなは希望を持てない。だから、奉ちゃんだけは生きて。絶対に」

 「…………なに、それ……!これから死ぬあなたが……!!私の大切な人を殺したあなたが……!!そんなの、そんなのひどいよ……!!ひどすぎるよ……!!」

 

 ふっ、と足が地面から離れる。天井の向こうまで、あっという間に連れ去られる。その瞬間、口にしたそれを、私ははっきり聞き取れた。そんな気がした。

 

 「おしおきターーーーーイムッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ごめんね奉ちゃん……ごめんね」

 


 

 宿楽風海は暗闇の中に立っていた。自分の立つ足元さえ見えないほど深い闇。そこに、強い光が差し込む。背後から差す光が、自分の姿を長い影にして目の前に落とし込む。宿楽は、自分の影を見て、自分の頭に乗った粗末な王冠に気がついた。そして背後の照明もまた、モノクマの悪趣味な趣向が凝らされていた。まさか、カクテルライトを並べて“希望”の2文字を作るとは。

 これから自分は処刑される。とことんまで痛めつけられて、徹底的に侮辱されて、人としての扱いも受けない惨めな死を迎えるのだろう。だとしても、自分は自分の役目を終えた。後のことは全て甲斐に任せた。役目を終えた自分は、さっさと退場すべきだとさえ思っていた。

 

 「……やっぱり、ちょっと怖いな」

 

 宿楽がそうつぶやいたかと思うと、遥か遠くで灯りがともった。それは、正面の壁が取り払われて開放された、3階建ての扇型の建物だった。

 

 

[希望は前に進むんだ! 

 “超高校級の脱出者”宿楽風海 処刑執行]

 

 

 ブザーが鳴る。建物の方から軽快な打撃音が一斉に響いた。暗闇の中でみるみるうちに近付いてくる、無数の白い球。宿楽はそれがなにかを知っていた。覚悟を決めていたはずなのに、自分がどうなるかなんてとうの昔に分かっていたはずなのに、目の前に迫ってくる死に、宿楽は思わず飛び出した。

 前のめりに駆け出した宿楽の頭上を、おびただしい数のゴルフボールが通過していく。カクテルライトが割れてガラス片が雨のように降り注ぐ。ゴルフボールの直撃は免れたが、ガラス片で足や頬を切ってしまった。

 そのゴルフボールのひとつが、空中で何かに当たった。それは些細な一撃だった。その一撃が頭上の何かを大きく揺らし、バランスを崩したそれは轟音とともに宿楽めがけて降ってくる。鉄骨だ。そう理解するより先に、再び宿楽の足は駆け出していた。触れれば即死の鉄骨の雨の中を、宿楽は必死に逃げる。一秒前にいた場所に鉄骨が突き刺さる。一秒後に進もうとしていた場所に鉄骨が突き刺さる。真横に、真後ろに。タイミング悪く目の前に落ちた鉄骨に、頭をぶつけたりもした。いつの間にか服があちこち破けていた。

 走る宿楽の後ろから、けたたましい演奏が聞こえてきた。高らかにいななく管楽器、軽快なリズムを刻む打楽器、美しい旋律を走らせる弦楽器、それらに乗せて歌うような歓声、それらを下支えするエンジンの重低音。振り向いた宿楽がパレードカーの行進だと気付くとほぼ同時に、その行進は急加速した。危険を感じた宿楽は横様に跳ぶ。車が体を掠め、巻き上げられた紙吹雪に襲われる。被っていた王冠が弾き飛ばされた。

 暗闇の向こうに消えていったパレードカーの音が止んだ。それよりも大きな破砕音にかき消されたのだ。悲鳴のように聞こえるそれは、パレードーカーが巨大なシュレッダーに巻き込まれて粉砕される音だった。空間を飲み込むように、シュレッダーは徐々に宿楽の方へ近付いてきていた。もはや自分がどこから来たのか、どこへ行くのか、それさえ分からない。宿楽はただ、目の前の死から逃げ惑い続けた。破けた服を振り解き、硬い靴を脱ぎ投げ、汗がたまるサングラスを投げ捨てた。

 シュレッダーの音はいつしか止んでいた。どこかで止まったのか、逃げおおせたのか。どちらでもいい。宿楽はほうほうの体でそこにいた。暗闇の中、敷き詰められたガラス片が足に食い込むのも気にせず、初めの場所に戻ってきた。前方には強い灯りがともっている。希望の文字をかたどった、カクテルライトの群れだ。宿楽は顔を上げた。

 

 希望は、打ち砕かれていた。希望だったものは足元に広がって、一歩進むたびに絶え間ない痛みをもたらしていた。とうの昔に、希望は希望の形を失っていた。希う心も奪われて、望みも砕かれて。辛うじて残っていたそれは、救いにさえ思えた。

 逃げようもないほど巨大な“亡”が、宿楽に堕ちてきた。

 


 

 弄ぶように痛めつけられ、嘲笑うようになぶられ、最後には虫ケラのように殺された。涙が溢れた。どうしてだろう。大切な友達が目の前で殺されたから?大切な人を殺した人に目の前で逃げられたから?人が死ぬことにもう耐えられないから?

 こんなこと、きっと許されない。そんな風に考えちゃいけない。みんな同じように辛くて、同じように苦しいはずだ。でも堪えきれない。だって、こんなのおかしい。絶対におかしい。湖藤君も、風海ちゃんも、谷倉さんも、益玉君も……どうして?

 

 「どうして、私ばっかりこんな目に——」

 「ばっかり?ばっかりって言った?いま、ばっかりって言ったよね甲斐サン!」

 

 自分でも気付かないうちにつぶやいていた言葉を、モノクマは耳聡く拾い上げた。

 

 「みんな聞いた?ばっかりだってよ!甲斐サンは自分ばっかりひどい目に遭ってるってよ!仲の良い友達が、気さくに話してた隣人が、掛け替えない大切な人が、無残にも殺し殺されちゃったのが自分だけだって!辛くて苦しくて惨めな思いをしてるのが自分だけだって!自分以外のみんなはそんな絶望とはほど遠いところでお気楽にしてるってよ!こんなの許せますぅ〜?」

 「ぬぐぅ……!なんという安い挑発だ……!」

 

 違う。私はそんなこと言ってない。モノクマが無理やり私たちを仲違いさせようとしてるだけだ。そんなことみんな分かってる。分かってくれてるはずだ。絶対に私ばっかりなんかじゃない。みんな、友達や隣にいた人や大切な人を亡くしてここにいるんだ。

 

 「くだらない煽りは結構です。裁判が終わったのならもう用は済んだでしょう。まだ何かありますか?」

 「ううん?いいよ。まだ内通者が生き残ってることとか、人数も減ってきたしそろそろオマエラとのケリをつける頃合いかなとか、そういう話を聞かないでいいんならね!」

 「おもっくそ大事なことじゃねェかよ!?っていうか、湖藤が内通者じゃなかったんか!?」

 「それはお前の勘違いだ。しかし、モノクマがはっきりと内通者の存在を認めたのは初めてだな。もはや隠す意味はないということか?」

 「いいや、まだ正体は教えてあげられないよ。うぷぷぷぷ♪結局、最後の最後まで誰が内通者か分からないままっていうのもいいかもしれないね。ここ考察ポイント!一言一句もらさず重箱の隅突きまくって考察しろよ〜〜〜?」

 「ケリをつけるってどういうことカ?卑怯なことしないならガチンコでもいいアルヨ」

 「きゃ〜!暴力反対!そんな野蛮なことしないよ!ケリをつけるっていうのは、“超高校級”であるオマエラ希望と、絶望の象徴であるこのボクとの決着をつけるっていうことさ!」

 

 なんだかモノクマは楽しそうだ。私はまださっきの風海ちゃんの死に様を……いや、ベッドの上に寝そべった湖藤君の死体の写真さえ、まだ受け入れきれてないっていうのに。私だけを置いて、世界はどんどん先へ進んでいく。

 

 「長い長いコロシアイ生活!希望の象徴である“超高校級”の生徒たちが互いに殺し殺され、疑い疑われ、蹴落とし、糾弾し、欺き、裏切られ、命を落としていく絶望!その最後に、ボクとオマエラが決着をつける!そう!つまりは希望と絶望の戦いに終止符を打つのさ!ボクらの手で!」

 「な、なんだそりゃ……?全然意味がわかんねェんだが……」

 「意味なんてのは後から付けられるのさ。ともかく、全ては希望と絶望の戦いによって決まるのさ。ま、希望は絶望を打ち破るもの。絶望は希望を打ち砕くもの。お互いがお互いなくしてはあり得ないのに、お互いがお互いをなくそうとしてる矛盾した存在だからね。戦う宿命なのさ」

 「……なんで?」

 「あン?」

 

 モノクマの言葉は右耳から左耳に通り抜けていく。理解できる気がしないし、理解する気もない。そもそも、モノクマだって本当に自分が何を言ってるのか理解してるんだろうか。希望がどうの、絶望がどうの、なんだかあやふやだ。私たちが希望の象徴?モノクマが絶望の象徴?それは誰にとっての?決着をつけなくちゃいけないって、なんで?

 そんなに深いことは考えてなかった。真剣な思いで口にしたわけでもない。どうせモノクマはまた私の質問を煙に巻いて逃げてしまうんだろう。……そう思ってた。

 

 「なん、で……?」

 「え?」

 「なんでなんて、なんで気になるの?希望と絶望があるなら、いつかケリをつけなくちゃいけなくない?そういうものだもの。なんでって……考えたことなかったなあ。オマエラはそれだけじゃ納得できないの?変なの」

 「変なのはお前アル!そういうものって説明になってないヨ!」

 「でもだって、オマエラ、ボクを倒さないとここから出られないよ。それでもいいの?」

 「それは“モノクマ”を倒す理由であって、希望や絶望なんていう大それたものを背負うつもりはない。宿楽やお前が勝手に言ってるだけだろう」

 「は?え?なに?オマエラ、“超高校級”のくせに希望を名乗らないの?希望ヶ峰学園で過ごしてきたのに希望の精神とか育たなかったの?希望と絶望の戦いの歴史を知って、なんとも思わなかったの?まじで?そんな奴いんの?」

 「……なんの話?」

 

 声だけでも分かるくらい、モノクマはあきらかに狼狽えていた。なんで?たったそれだけのシンプルな質問に、まともに答えられてない。希望だから、絶望だから、そういうものだから。何の答えにもなってない。言いくるめようとさえしていない。本当にモノクマの中では、そういうものだから、という理由で成立してるってこと?

 なんだか……いい加減って言うのもなんか違う。考えがないというか、単純って言うか……そう信じてるみたいだ。それも、自分で手に入れた結論なんかじゃ決してない。まるで、誰かにそう教えられたみたいな。

 

 「あなた、いまものすごい失言してるの気付いてます?」

 「……ッ!えーいうるさいうるさいうるさ〜〜〜い!なんでなんでってオマエラ幼児か!くそサムい流行語か!理由なんかあってもなくても知っても知らなくてもオマエラの運命は決まってるんだよ!今日はこのくらいで勘弁してやるけど、明日から覚悟しておけよ!とっておきの情報でオマエラを絶望のズンドコに叩き落としてやるんだからな!」

 「それを言うならどん底だろ……」

 「うるせ〜〜〜!!知らね〜〜〜!!」

 「あ、逃げた」

 

 さんざん言いたい放題を言った後、モノクマはその場からいなくなった。誰がどう見ても逃げたようにしか見えない。だからと言って、私たちにモノクマを言い負かした実感なんてなかった。ただ、いつも以上に不可解な行動をしたモノクマの捨て台詞で、明日以降のまた憂鬱で薄暗い日々を予感してしまって、気分を落としていた。

 

 「さて、みなさんどうします?」

 「どうする、とは?」

 

 珍しく、尾田君はエレベーターに直行せず、その場に留まってみんなに呼びかけた。

 

 「思いがけずですが、モノクマからかなりの情報が落ちました。宿楽サンが残したこのメモリースティックの中身も見ておくべきだと思います。僕ひとりで見てもいいですが、後で情報共有するのが面倒です。それに、まだ内通者がいる以上、不確かな情報で混乱を招く可能性は少しでも減らしておくべきと考えます」

 「……ははあ。つまり劉劉(リュウリュウ)は、ワタシたちと一緒にメモリースティックの中身を見に行きたいのネ!ぼっちは寂しいアル」

 「ひどく不愉快な勘違いをされているようですが、もうそれでいいです」

 「むふふん♪信頼度最下位同士、仲良くするネ」

 「最下位はあなただけです」

 

 真っ先に応じたのは長島さんだった。こんな絶望的な状況でもお気楽に振る舞ってるのは、強がりじゃないんだろう。

 

 「お、おいらも見るぞ!めちゃくちゃ気になるじゃねェかそんなもん!」

 「手前もご一緒させていただきます」

 「まあ、情報共有は大切だ。甲斐、大丈夫か」

 「……あ、歩ける……!ひとりで、大丈夫……ありがとう」

 

 手を差し伸べてくれた毛利さんには悪いけど、私はひとりで立ち上がった。王村さんも、庵野君も、みんなで尾田君について行くことにした。長島さんが最下位だとかなんとか言うから思い出したけど、そういえば、私リーダーだった。いまの状況じゃ、私より尾田君の方がよっぽどリーダーっぽい。私にはもう、支えてくれる人がいない。支えてあげられる人がいない。

 風海ちゃん……こんな私に、これ以上何をさせようっていうの?

 湖藤君……こんな私が、何を成し遂げられると思うの?

 

 こんな私じゃ……なんにもできないよ……。




メリーくるしみます←毎年言ってるような気がする。
今年の更新はこれで最後。ちょうど良いですし概ね予定通りですね。
次回の更新は1月28日の予定です。みなさん良いお年を。

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