ダンガンロンパメサイア   作:じゃん@論破

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第六章 海を割り断つ牛の贄
(非)日常編1


 

 湖藤君と風海ちゃん。私の大切な人が、一度に二人もいなくなった。風海ちゃんが、湖藤君を殺した。私に希望を背負わせるためだって、私がみんなを希望に導けるようになるためだって。全然意味わかんない。もう私は誰かを頼ることも、誰かに頼られることもない。そんな私に存在価値なんてない。

 外に残してきた人たちも、今はどうなってるか分からない。モノクマに買ってここから出られたとしても、私に帰る場所があるかなんて分からない。だったらどうして私がモノクマと戦えるっていうんだろう。みんなを希望に導く役割を背負わされたのに、私には希望がない。

 

 「しっかりしなさい」

 

 真横から厳しい言葉をかけられて、私は思わず背筋が伸びた。今の声は、どう聞いても尾田君のものだった。でも、少し前を歩く尾田君は知らんぷりをしてる。なんだろう、今の。

 私たちは、学級裁判を終えたその足で、まっすぐ情報閲覧室に向かっていた。裁判中に明らかになった、風海ちゃんが湖藤君を殺してまで手に入れたメモリースティックの中身を確かめるためだ。強制的に殺人を起こさせるような仕掛けでもってモノクマが与えてきたものだ。何の意味もないはずがない。どんなにくだらない映像だったとしても、そこには何か大事なことが記録されているはずだ。でも、その意味を考えるのは私の役目じゃない。観る前からそんなことを考えていた。

 

 「甲斐さん。やはり今は具合が悪いのではないですか?あまり無理をなさっては……」

 「う、うん……。きつい、けど……」

 「心身ともに今は休養が必要です。メモリースティックの中身は後で手前がお伝えしますから、今は休んでおられた方がいいのでは」

 「いや。甲斐には悪いが、自分の目で見てもらうのが一番いい。それに、モノクマがいつどんな手を使って妨害してくるか分からない。観るなら全員同時、今すぐであることが大切だ」

 「そうアル!もし気分が悪くなったら王王(ワンワン)の頭巾にぶちまけるヨロシ!」

 「なんでおいらの頭巾だよ!エチケット袋ぐらいあるわ!ほら!くれてやるから持っとけ!」

 「あ、ありがとう……」

 

 庵野君が気を遣ってくれたのを、毛利さんたちが流れるような連携で私にエチケット袋を押し付けてついて来させた。正直、こんな状態でパソコンの画面なんか見てたら、確実にエチケット袋のお世話にはなりそうだけど……毛利さんの言うとおり、モノクマの妨害だって考えられる。少なくとも、みんなに迷惑をかけないためには、今はがんばってついて行く方が良さそうだ。

 

 「ありがとう、庵野君。私がんばるから……ごめんね」

 「いえ。みなさんから甲斐さんへの『愛』、そして甲斐さんから手前どもへの『愛』、しかと伝わりました。出過ぎた真似を」

 「おめェそればっかじゃねェか?大男が愛だなんだって薄気味悪ィ」

 

 何時間か前には眠ったように死んでいる湖藤君の死体を、ついさっきには風海ちゃんの無惨な死を目にしたというのに、みんな軽口を叩きあえるくらいには気持ちが落ち着いてるみたいだ。強くなったと言えば強くなったと言える。何かを失ったと言えば失ったと言える。すり減ったと言えばすり減ったと言える。少なくとも、私と違って、停滞はしていないんだろう。

 意味のわからない疎外感に苛まれる私に気遣いなんてされるわけもなく、世界は淡々と進んでいく。情報閲覧室は急にその姿を私の前に現して、青白い液晶の光と機械の低く単調な音が私たちを中へ誘う。ひとつの大きなパソコンの前にみんなで集まって、尾田君がメモリースティックの中のデータを確かめる。

 

 「動画ファイルがいくつかあるようですね。破損していなければ全て見られますが……」

 「な、なァ、今更だけどよ、この動画自体がやべェもんってことはねェか?宿楽はこいつを見たから湖藤を殺そうと思ったとか」

 「た、確かに……言われてみれば、王村さんのおっしゃる可能性も否定できないのでは?」

 「さすがにそうであればモノクマが止めに入るはずです。ここで生き残り全員がコロシアイを始めるような代物を放置するのは、先ほどの発言と矛盾します」

 「ええいここまで来てビビるとかあり得ないヨ!取りあえず再生するヨロシ!」

 「あ」

 

 王村さんの一言で何人かは一気に不安になった。確かに、まだこの動画を見たことがあるのは風海ちゃんだけだ。その風海ちゃんは、自分の殺人を訳のわからない理由で説明していた。それがこの動画のせいだと思えば……少しは救われるのかな。その可能性すら尾田君がすぐに否定してしまったけれど。

 焦ったく思った長島さんが、勢いよくキーボードを叩いた。メモリースティックに保存されたいくつかの動画のうち、一番上にあった動画が再生された。動画は画面いっぱいに引き伸ばされた。古い映像なのか、再生してる画面の問題なのか、なんだか平べったい。

 劇場で見る映画みたいな、静かな始まりだった。白い背景に浮かび上がる、直線だけで構成された記号。その下に英語で何か書かれてたけど、すぐに画面が切り替わって読めなかった。

 

 

 ——私たちは、IHFです。——

 

 

 透き通るような声。聞き取りやすい発音。心地よい抑揚。たった一言聞いただけで聞き入ってしまう女性のナレーション。IHF?ってなに?

 

 

 ——本動画は、IHFの役割や取り組み、皆様と創っていく未来の形についてご説明するものです。どうぞ最後まで、ご覧ください。——

 

 

 笑う子供たち。一家団欒。明るく清潔な社会。希望に満ちた世界。そんな安易なイメージを背景に、動画は進んだ。要約するとこうだ。

 IHFとは、国際希望連盟(International Hope Federation)の略称で、希望ヶ峰学園の卒業生で構成されたある組織を前身とする国際組織だ。希望の名前を冠したその組織は、世界中で希望的活動に取り組んでいる。紛争地域への支援や仲介や復興支援、途上国への医療・インフラ提供、テロ組織や盗賊・海賊の殲滅から地域の交通安全活動まで、規模の大小を問わない。その実績のおかげか、世界がどれほど希望に満ちているかを示す世界希望指数なるものは、この20年で3倍以上に伸びたらしい。

 

 ——絶望に打ち勝ち、世界に希望を。IHFは、これからも人類の希望のために戦います。——

 

 そんな手前味噌な宣言を最後に、その動画は終わった。IHFなんて初めて聞いた。国際組織だったら名前を聞いたり授業で習ったりしそうなものだ。沿革の説明を信じるなら、私たちが希望ヶ峰学園に来る前から活動していたみたいだし。

 

 「一体なんなのでしょうか。この胡散臭い動画は」

 「モノクマが作ったデタラメなものなんじゃないか?いかにも退屈なプロモーションビデオという感じだったぞ」

 「だったらもっと趣味の悪いものにするでしょう。ある意味、皮肉の効いた内容ではありましたが」

 「分かんないことを考えてても仕方ないネ!次いくヨ次!」

 「ちったァ考えることをしねェのかよ!?」

 

 一旦立ち止まって考えることも大切だと思うけど、長島さんはさっさと次の動画を再生させた。まだ整理するほどいろんな情報が出てきてるわけじゃない——と思うけど、たぶん尾田君はいろんなことを考えてるんだろうなあ——ともかく、手に入るものは手当たり次第だ。

 次の動画もまた、白い背景に直線で構成されたロゴマークが表示された。IHFが制作した動画ということだ。ただ、さっきの少し堅い内容のものと比べると、こっちはずいぶん分かりやすかった。分かりやすいというよりも、低年齢向けの作りだった。

 

 

 ——『かがやけ!キボウくん』はっじまっるよ〜〜〜!よい子のみんな!こーんにちわー!…………うん!元気いっぱいだね!みんな僕のことは知ってるかな?いつでも前向き、元気いっぱいなみんなのおともだち、キボウくんだよ!——

 

 

 「はあ?」

 

 思わずそんな声が漏れたのを、私は聞き逃さなかった。正直、子供向けのものを高校生の私たちが真剣な顔で観るこの空気に耐えられそうになかった。だから、尾田君がそんな気の抜けたことを口にしてしまったことに、なんだかすごく救われた気がした。子供向けと思ったけど、小学校に入る前の子供に見せるくらいのレベルな気がする。

 どうやらこれは、『かがやけ!キボウくん』というアニメの特別版として制作されているらしい。頭にアンテナを建てた男の子が、友達の抱えるトラブルや事件に巻き込まれるけれど、とにかく前向きな性格と粘り強い頑張りでゴリ押し解決に導くという内容だった。そしてしきりにキボウくんは希望が云々と口にする。なんだか今の私には歪んで聞こえる言葉だ。

 

 「なんアルか、このクソアニメ。退屈であくびしすぎてアゴが外れそうアル」

 「未就学児向けだな……。こんなものを観せて、モノクマは私たちに何を思えと言うのだろうか」

 「意味なんかねェんじゃねェの?意味深な感じだけ出して、その辺から拾ってきたもんを突っ込んでるだけだろ」

 「だとして、なぜあえてIHFなのでしょう。モノクマが絶望がどうのと言っていたことも、無関係であるとは思えません。まるで、希望と絶望の対立を印象付けようとしているような……」

 「印象付けるもなにも、希望の反対は絶望で、絶望の反対は希望なのではないですか?」

 「言葉の意味としてはそうです。ただ、IHFが出てきた時点で、この二つの言葉はそれぞれもっと大きな概念を示すものになります。すなわち、希望ヶ峰学園をはじめ人類の希望を中心とする体制派と、絶望を掲げて破滅を信奉するテロ組織です」

 

 IHFという組織の名前を聞いたのは初めてだったけど、希望とか絶望の意味はわかる。それも、尾田君の言う意味で。これはもうほとんど歴史の授業で聞いた話だ。私たちの通う予定だった希望ヶ峰学園(本当はもう通ってたらしいけど)は、一度完全に壊滅してる。希望ヶ峰学園だけじゃない。この世界のほとんどの場所が、ある巨大なテロ組織によって崩壊した。“超高校級の絶望”と呼ばれる組織だ。

 細かいところは中学校じゃ教えてくれなかった。とにかく分かってるのは、“超高校級の絶望”は世界中で同時多発的にテロを起こし、一度世界を崩壊させるほどの力を持っていたこと。そしてその首謀者であり中心人物であり“超高校級の絶望”そのもの——江ノ島盾子は、元希望ヶ峰学園生だということだ。希望の名前を冠した学園が、人類を滅ぼすほどの絶望を輩出してしまうなんて、出来の悪い冗談だ。

 

 「モノクマが僕たちに絶望を味わわせたいと言っていたので、絶望かぶれか、せいぜい絶望の残党と思っていましたが……なぜ敢えて希望側のビデオを持ってきたんでしょう」

 「まだまだ他にもあるヨ。出し惜しみしてないで全部観るネ」

 「とまんねェなオイ!!」

 

 その後も、長島さんは次から次へとビデオを再生しては、あくびをしたり、目を擦ったり、鼻をほじったりしながら酷評していた。言い過ぎ、だとは思わない程度には退屈で味気ないビデオがその後も続いたけど、どれもこれもが、いわゆる希望側のPRや啓蒙活動に関するものだった。

 希望ヶ峰学園に出資してる海外の大企業にインターンした学園生のビデオ、卒業生たちがどれほど世界で活躍して人類に貢献しているか、絶望の行いの悪辣さと復興のために希望が出したお金や人員、もはや歴史上の人物になっている江ノ島盾子を打ち倒し、幾度となく絶望との戦いに勝ってきた希望の象徴……。

 

 「やいモノクマ!なんアルかこのクソビデオの数々!時間返すヨロシ!低評価アル低評価!」

 「自分からどんどん再生しておいて言いたい放題だな……面白味がないのは確かだが、問題はそこじゃないだろう」

 「見れば見るほどですね。やはり、どれもこれも希望側のビデオです。まあ、モノクマが絶望側だとしても、動画データの入手自体は難しくないでしょうが……」

 「あの、尾田君。よろしいですか?希望側のビデオばかりとおっしゃいますが、絶望側のビデオなんてあるのですか?テロ組織の広報活動なんて考えにくいのでは」

 「あなたは石器時代の人間ですか?技術があるなら善人も悪人も使うに決まってるでしょう。それにテロ組織だって自分たちがテロをしていると表立って言うわけないでしょう。大義名分や政治的思想を掲げて出資者や志願者を募ったり、あるいは別の顔をして活動していたり、あるいは通常ルートでは手に入らないスナッフフィルムなんかもあります。モノクマが絶望側ならもちろん、どちらの立場でなくてもデータは手に入れることはできます」

 「じゃ、じゃあ……この偏りは、どういう意味があるんだろう?」

 

 意味なんてない。そう言ってしまえば楽だ。だけどそれじゃ納得できない。だって、風海ちゃんはこの映像を観て、湖藤君を殺すことを決心したんだ。とにかく今はそういうことにしておく。だから、この映像には何らかの意味がないといけない。そうでないと、私は風海ちゃんを許せない。

 

 「単純に……モノクマが希望側だという可能性はないのでしょうか」

 「希望側?冗談だろ!希望ヶ峰学園乗っ取ってコロシアイさせるような奴なんだぜ!?希望もクソもねェよ!」

 「しかしまあ、希望側だとすればこの手前味噌な動画のラインナップにも納得がいくが……」

 「ちょっとでも期待したワタシがバカだったアル。あーあ、帰って寝るネ」

 「よくそんな呑気でいられるね……こんな怪しいビデオ、絶対何か意味があるに決まってるのに」

 「前のビデオみたいにワタシたちに絶望させるわけでもなし、どうするわけでもなし。だったらワタシたちに余計なことを心配させて消耗させるモノクマの嫌がらせネ。こんなものに気を揉んでる時間があったら、どうやってモノクマを倒すか考える方がよっぽど有意義ヨ!違うカ?」

 「……まあ、違いませんね」

 「そんな……」

 

 あまりに意味が分からない動画は、みんなの興味を急速に失って、長島さんの言葉を皮切りにみんなどうでもよくなってきたみたいだ。私だけがこんなにも固執してる。私だけがさっきまでの学級裁判を引きずってる。それを再認識させられた。

 

 「甲斐。あまり思い詰めるな。結果的に……お前にとってはあまり救いのない結果になってしまったが……」

 「……ううん。ありがとう、毛利さん。ごめんね、いつまでもうじうじして……。みんなだって辛いはずなのに、仮にもリーダーの私がこんなことで……」

 「お前が一番辛いのはみんな分かっている。私たちに気を遣う必要なんてない」

 「……ダメだよ、毛利さん。私はしっかりしないといけないんだよ……誰かに助けてもらえるとか、誰かに縋れるとか考えたら……」

 

 そんなこと、考えたら……私はまた……。

 

 「そうか……まあ、こういうことは無理強いしても仕方がない。甲斐自身が乗り越えなければいけないことだ。辛い時は相談に乗る。私なんかでは頼りないだろうが、いないよりマシだろう」

 「うん……ありがとう」

 「……」

 

 何か言いたそうにしていたけれど、毛利さんは何も言わず、私の肩を軽く叩いて行ってしまった。ダメだよそんなの。私に優しくしちゃ、ダメなんだよ。私が助けてあげないといけなかった湖藤君はもういなくて、私を助けてくれてた風海ちゃんはもういない。そんなところに、私が必要だって言われたら……私を助けてくれるって言われたら……。

 今度は、毛利さんの側にい(に依存し)たくなっちゃう。

 


 

 くだらないビデオで無駄な時間を使わされたが……得るものはあった。ただ、それがどういう意味を持つのかまではまだ分からない。IHFの名前が出てきたので、図書室で関連する文献を調べてみたが、どうやらめぼしいものは取り除かれているようだ。ビデオ以上の情報を渡すつもりはないということか。

 

 「……」

 「何の用ですか。しばらく見なかったと思えば、モノクマよりずいぶん復帰が遅かったんですね」

 「あっ、ご、ごめん……バレてた」

 「そんな目立つ体でバレないと思ってるんですか」

 

 物陰からこそこそこちらの様子を伺う姿が視界の端にちらついて、あまりに鬱陶しいからつい話しかけてしまった。モノクマと全く同じ見た目をしているのに態度がまるで違う、ダメクマだ。モノクマが復帰したとき、こいつも一緒に現れるものと思っていたのに、今の今までどこで何をしていたのか……。取るに足らない存在のくせに無視しきれない動きをする。実に邪魔くさい。

 

 「あ、あの……ビデオを観たんだよね?」

 「ええ。観ましたよ。非常に無駄な時間を過ごしました」

 「無駄……そうだよね。君たちにとってはあんなの、何の意味もないよね」

 「ビデオ自体に意味はありませんが、それをモノクマが与えてきた。それも必ず犠牲者を出すという条件付きで。単なる嫌がらせだとは思えません」

 「それで、図書室で調べてるんだ……」

 「これ以上僕に無駄な時間を使わせないでください。あなたが目的の資料を持っているというならまだしも」

 「……カムクライズル」

 「ん?」

 

 空気が漏れるような声で。しかしまるで耳元で囁かれたようにはっきりと。これはダメクマの声か?違う。何かもっと、知っている声のような気がした。つぶやかれたその言葉も、聞き覚えはある。

 

 「神座出流……?それがなんですか?」

 「尾田君、ボクはモノクマとは違う。モノクマみたいな姿をして、モノクマみたいな立場にいるけれど、全然違うんだ。だからモノクマに見つからないように行動するしかない。ボクが何を言いたいのか、君なら分かってくれると思ってるよ」

 「……なるほど、言わんとしていることはなんとなく分かりました。ですが、なぜ僕に託すんですか。僕がモノクマと通じている可能性だってあるでしょうに。それは分かるんですか?」

 「大丈夫だよ。ボクは、知ってるから」

 「内通者の正体をですか?」

 「全部さ。君たちのことは全部。モノクマが知らないことだって知ってる。でも、いま君たちに内通者の正体を教えるわけにはいかない」

 「なぜ」

 「何が起きるか分からないから。ボクにはまだ、ここでやることがある。だから、内通者の正体は君たちで突き止めてほしい」

 「ふぅん……ま、話半分で聞いておきます。あなたの言葉をまるっきり信じる根拠がないので。ただ、あなたなりに多少の危険を犯していることは理解できますよ。うざったいほどそわそわしっぱなしですから」

 「あ、ありがとう……」

 

 モノクマはこの学園内を監視しているはずだが、全ての場所ではない。内通者がいることがその根拠だ。ダメクマがここまで話すということは、この場所は監視の対象外なのだろう。であれば、近くに内通者がいる可能性もある。焦ってはいけない。敢えて自分の身を危険に晒すことはない。ダメクマからヒントらしきものも与えられたんだ。

 それにしても、神座出流が一体なんだというのか。希望ヶ峰学園の創設者ということは知っているが、そんなことは教科書に載っているレベルの常識だ。ネットの噂程度でしかないが、“人類史上最大最悪の絶望的事件”にも関わっているという話もある。生きている時代が違うのだから、単なるデマだろうが。

 

 「カマをかけてみるか……?いや、神座の名前を出す時点で勘繰られる……それとも、神座出流という名前そのものに意味があるのか……?」

 

 モノクマの情報統制がかかったこの学園でどこまで調べられるか分からないが、希望や絶望に直接関わる情報よりは取りこぼしを期待できる。何より、ダメクマがそれを伝えてきたことには必ず意味がある。信じる、というわけではないが……少なくとも内通者の可能性がない分、他の誰かよりは宛になるかも知れない。

 


 

 まさかここに来て希望だなんだって話になるとは思わなかったネ。胸糞悪いっていうのはこういうときに使う言葉ヨ。IHFなんて初めて聞いたアル。あんなことをしてるなんて初めて知ったアル。どうしてワタシが今まで知らなかったカ。どうしてワタシに知る機会がなかったカ。

 

 「苛立ってんなァ」

 「むっ!なにカ、王王(ワンワン)。ワタシがイライラしてたら王王(ワンワン)に迷惑カ」

 「別に迷惑じゃねェけど……珍しいなァと思ったんだよ。おめェがそういうのを引きずるって、あんまなかったんじゃねェか?」

 「……そうカ」

 「そうだろ?学級裁判だって今まで5回やってきたじゃねェか。おいらはそのたびに酒の量が増えて、もう誤魔化すのもぎりぎりなくらいビビってるし、怖ェし、自分で自分が情けねェくらいだ。その点、おめェや尾田や湖藤は、裁判が終わったらすっぱり気持ち切り替えてただろ。湖藤は表に出してねェだけだし、尾田は他人に興味ねェからそうなんだろ。おめェも尾田と同じクチだと思ってたんだが、ちげェみてェだな」

 「そりゃワタシは王王(ワンワン)より強いし、死んだ人に興味もないヨ。でも……生きてる人は違うアル」

 「そうかァ?そうは見えねェけどな」

 「生きてる人って、別にここにいるみんなのことじゃないアル。王王(ワンワン)たちが生きてても死んでてもワタシの人生には関係ないヨ」

 「マジで裏表なさすぎて心配になるレベルだなァ」

 

 きっと、王王(ワンワン)だけじゃないアル。奉奉(フェンフェン)にも宣宣(シェンシェン)にも、他の誰にもワタシの気持ちは分からないアル。日本は平和だからネ。どこに行っても街があってご飯があって寝るところがあるヨ。安全であったかいお風呂に入れてきれいな服もあるヨ。だから、ワタシの家族がどんなところでどんな風に生きてるか、本当の意味で分かることはきっとないアル。

 でも、ワタシはそれでもいいアル。分かってもらったって惨めになるだけヨ。大事なのはワタシが生き延びること、それにたくさんのお金を稼ぐこと、それだけアル。もし誰かを殺してお金が手に入るなら、きっとワタシはとっくに殺人だってしてるはずアル。というか、今までずっとそうやって生きてきたんだから、今さら20人くらい誤差ヨ。

 

 「ワタシの大切な家族とか、友達とか、可愛がってくれた人たちとか……そういう人たちには生きててほしいアル。死なせないためにワタシが頑張らなくちゃいけないときもあるヨ」

 「なんでェ、普通の女子高生みたいなこと言うじゃねェか。冷ェやつだと思ってたけど、人間味のあるとこもあるんだな」

 「少なくともワタシが死ぬまでは生きててほしいアル」

 「周りのやつらも人間だよな?」

 「だからつまり、ワタシはそういう人たちのために頑張ってきたアル!やりたくないことだって、なんとも思わなくなるくらいやってきたアル!でも、あのビデオにあったIHだかオール電化だかが本当にああいう活動をしてたんなら、ワタシがしてきたことはなんだったカ!そう思ったら腹立ってきたってだけヨ!」

 「……まァ、さっきのビデオの奴らだって神様じゃねェからなァ。取りこぼしとか見逃しとか、手が出せねェ場所もあるんだろ」

 「へっ、そんなんであんなビデオ作るとか笑わせるネ。それでいて自分たちは満足してるんだから大した“希望”アル」

 「荒んでんなァ。飲むか?」

 「王王(ワンワン)がケツ拭けるならいくらでも飲んでやるヨ!」

 「じゃあ飲むな!!」

 

 ぶん取ったお酒の瓶を奪い返されちゃったアル。こんなに可愛いJKが漢気見せてるのに、王王(ワンワン)は情けない奴ネ。お酒だって飲みたい気分にもなるヨ。まるでワタシがいままでしてきたことの全部を否定された気分アル。ワタシの家族がIHFに救われてないのは、ワタシが援助してるからカ?王王(ワンワン)が言うように取りこぼされてるだけカ?それとも、何か手が出せない理由があるカ?どれでも納得できないけどネ。

 ただでさえ胡散臭いあの映像が、ワタシには実感付きの不信感がこびり付いてるように見えたアル。でも、これこそモノクマの目的かもしれないヨ。今までの動機を見てれば、今度はワタシを狙い撃ちしてきたのかもしれないアル。ちっちっち。甘いネ。残念ながらワタシは狙う側ヨ。

 


 

 「え?あのビデオはなんのつもりかって?そんなの決まってんじゃーーーん!!」

 

 モノクマは、飲めもしないブドウジュースをワイングラスに注いで笑った。

 

 「あれを見れば一目瞭然でしょ?いかに希望が素晴らしいものかがさ!うぷぷぷぷ!あいつらはもっともっとも〜〜〜っと希望に満ち溢れてもらわないと困るんだよ!希望に満ちて、希望を信じて、希望に輝いて、希望を求めてもらわないと!」

 

 椅子の上で立ち上がり、くるくる回りながら希望の美しさを説く。実に奇妙な光景だ。絶望の象徴、絶望の権化とも言えるその姿で、希望を高らかに讃えるという姿は、矛盾しか感じない。もちろん、その裏にはモノクマなりの意図がある。

 

 「希望に満ち満ちたやつが絶望に突き落とされたときにこそ、すさまじいエネルギーが生じるんだよ!そのエネルギーは周りを巻き込みながら、とんでもない結果を引き起こす!もしかしたらもっともっと大きな絶望を生み出す結果になるかも知れない!絶望の連鎖が延々と続いていくかも知れない!そしたら……!そしたら……!!」

 

 もう果ててしまうのではないかというくらいモノクマは興奮していた。そんなことになったら、また世界は終わってしまうのではないかと思うが、どうやらモノクマはそれが最高の結果になることを期待しているようだ。ポジティブなのかネガティブなのか分からない。あるいは、何も考えていないのか?

 

 「ま、あいつらがあのビデオの内容をどう解釈するかまでボクの知ったこっちゃないけどね。少なくとも布石は打てたと思うよ。ここからは少しずつ真相へのヒントも出していかないといけないからね。ボクと対決するんだ。せっかくなら最高の状態のあいつらとやらなきゃ意味がないもんね」

 「最高……?」

 

 何を以て最高なのか。希望に満ち溢れた状態なのか、絶望のどん底に沈んだ状態なのか、それを乗り越えたときか、諦めて死に体になったときか。

 

 「そんなナンセンスなことを聞く暇があったら、少しはあいつらのこと掻き乱してこいよ!もっと仕事しな!理刈サンの死亡現場に手を加えたのがバレちゃったんなら、今度は逆にガンガン干渉して何も信じられなくさせてやるんだよ!それに、あいつの動きもきになるしね!なんか情報掴んでないのかよ!」

 

 あいつ……モノクマが誰のことを指しているのかは明白だ。あいにく、モノクマが持っている以上の情報はない。そう簡単に掴ませてくれるはずもない。もしこのコロシアイに邪魔者を送り込むことができる者がいるのだとしたら、只者でないことは確かなのだ。そもそも、モノクマの方こそあれの正体は分からないのか。

 

 「分かってたらさっさと対策打って排除してるに決まってんだろ!ああやって力を抑えるので精一杯だっての!なんなんだあの得体の知れないやつは!」

 

 こっちが聞きたいくらいだ。まったく、どうなってるんだ。コロシアイは、もっと一方的なものではなかったか。もっと理不尽で意味不明で絶望的なものではなかったか。こんなにイレギュラーだらけなのか。

 

 「やることは多いけど、とにかくこっちは圧倒的に有利な立場なんだ。だからってワンサイドゲームで終わらせるのはつまんないから、ちょっとはあいつらに譲歩してやるけど、負けるつもりなんかないんだからね!本気でぶっ潰しにいくよ!オマエもいい加減覚悟を決めな!今度は失敗させないんだからな!」

 

 もちろん、そのつもりだ。与えられた使命(やくめ)は全うする。同じ轍は踏まない。今度こそ、一人残らず……!

 


 

 薬品で眠らされて昏倒して、湖藤君が死んだことのショックから立ち直れないまま学級裁判をして、友達が処刑されるのを目の前で見て、訳のわからないビデオを見せられた。そんな1日が終わって、ようやく私はベッドに横たわって休むことができた。

 次に目が覚めたとき、私はぐしゃぐしゃの中にいた。髪は絡まって頭を引っ張るし、服が皺だらけになって、シーツがめくれて床に落ちていた。寝相が悪くてこうなったんじゃない。まともに寝る準備ができないほど、昨晩は疲れていたんだ。昨晩というか、もう日が昇り始めるぐらいの時間だったと思うけど。

 

 「奉ちゃーん!もう朝だよー!寝坊なんてらしくないね」

 「疲れてるんだから仕方ないよ。叩き起こしちゃったらかわいそうじゃない」

 「もう、人の体のことは気を遣うのに、自分は後回しなんだから。そういうところ!そういうところだぞ奉ちゃん!」

 「だから静かにしてあげなって」

 

 風海ちゃんと湖藤君の声がする。いつもと変わらない掛け合いだ。姿は見えないけれどすぐそこにいる。扉のすぐ向こうに、部屋の中に、シャワールームの排水溝の奥に、タンスに乗った鉢植えの葉の上に、壁の中に、私が握るシーツの皺の隙間に……どこにでも、二人はいる。

 

 「でも本当に起きないね。やっぱり無茶させすぎたかな」

 「無茶っていうか酷だったよね。いくらなんでもあれはあんまりだ。普通だったら心が壊れてもしかたないよ」

 「もしかしたらもう壊れてるのかも」

 「そうかもね。だってこの会話が聞こえてるんだもん」

 「ぼくたちは本当はいないんだ。甲斐さんだって分かってるんでしょ?もういやってほど分かってるんでしょ?でも、それじゃ自分の存在意義が失われるから、必死に何かに縋ろうともがいてる。それがこの幻聴だよ。なんていうか、哀れだね」

 「ひどい言い方、ほっといてよ」

 「ウソばっかり!だって私たちは奉ちゃんが望むからここで喋ってるんだよ。あなたの部屋の前で、部屋の中で、シャワールームの排水溝の奥から、タンスに乗った鉢植えの葉の上で、壁の中から、あなたが握ってるシーツの皺の隙間で……放っといてほしいなら今すぐ起き上がって、身だしなみを整えて食堂に行けばいいんだよ」

 

 二人の声が頭の中に反響する。耳元でささやくように遠い。消えてしまいそうなほどうるさい。理路整然としていて意味不明だ。支離滅裂で単純明快だ。ずっと会話していると私の中の何かが崩れていくのがはっきり分かる。思考を邪魔する壁を崩していくような、脳の皺を伸ばしているような。何が何だかわからない。

 

 「君はこのままじゃいけないってことを分かってる。でも、このままでいたいとも思ってる。そんな矛盾した気持ちを、どうしたらいいんだろうね?」

 「私には分かんないよ……どうしたらいいの?私は、これからどうやって生きていったらいいの?」

 「私たちに答えなんか出せないよ。私たちは奉ちゃんの頭の中にしかいないんだから、奉ちゃんに分かることしか分からないよ」

 「でも安心して。答えそのものはわからなくても、答えを出す方法は分かるよ。甲斐さんが分かってるからね」

 「じゃあ、どうしたら答えが出せるの」

 頭の中(ここ)に答えがないなら、頭の外(ここじゃないどこか)に探しに行けばいいんだよ」

 

 二人の声がはっきり聞こえた。部屋の扉の外に。

 

 「それじゃ、ぼくたちはもう行くよ。役目が終わったからね」

 「そうだね。できたら、もう私たちと話さなくて済むようにしてよね、奉ちゃん」

 「待って!!」

 

遠のいていく二人の声に、私の体は弾かれたように飛び出した。体が痛むくらい自分の意思とは関係なく。

 

 「うわっ!?」

 「きゃっ!」

 

 誰もいないと思っていたその場所に誰かがいた。湖藤君でも風海ちゃんでもない、誰だ。

 

 「い、いかないで……!湖藤君、風海ちゃん……!」

 「か、甲斐?お前なにを……?」

 「待って!私をおいていかないで……!ひとりぼっちはいやだよ……!」

 「おい、落ち着け。湖藤も宿楽ももう……」

 

 二人の声がだんだん遠くなっていく。どこに行くのかも分からないその影を追って、私は闇雲に手を伸ばす。ただただ、二人に突き放される絶望感だけが後に残っていた。すぐ隣にいる誰かの声にも気付かずに……ただ、ひたすら泣いていた。




なんも考えんと書いてると、話があっちこっち行ったりこっち行ったりして大変ですわ

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