モノクマに呼び出された。新しいフロアを解放したから案内するということだった。学級裁判のたびに新しく行ける場所が増えることを想定していたのだとしたら、ここまでは全てモノクマの思惑通りということだろうか。20人もいた“超高校級”たちは、もう6人になってしまった。
モノクマと戦う上で重要な戦力になると思っていた湖藤は宿楽に殺され、私たちから信頼を得ていた甲斐はそのショックでひどく精神をやられてしまった。私たちより遥かに優れた頭脳を持つ尾田は私たちと協力する意思がないし、頼りになりそうなやつは他にいない。しかも私たちの中にはモノクマの内通者までいるという始末だ。これでは戦うどころか、自滅してしまう。私がなんとかしなければ、私がしっかりしなければ。
そう思い、甲斐を呼びに部屋を訪れた。どうせモノクマの呼び出しには行かなければならないが、甲斐をひとりにしておくのが不安だった。あまりに疲弊し、間違いを起こしていても不思議じゃないんだ。気にかけすぎるということはない。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
部屋のドアをノックしようとしたまさにそのとき、中から甲斐が飛び出してきた。モノクマのアナウンスを聞いたという風じゃない。廊下の奥に向かって泣き叫びながら手を伸ばしていた。しきりに湖藤や宿楽の名を口にしている。どうやら錯乱して幻覚を見ているようだ。一晩寝れば落ち着くかと思ったが、余計に深刻な事態になってしまったようだ。
「おい甲斐、落ち着け」
「うぅ……!?だ、誰っ……!?」
「誰って、毛利だ。深呼吸しろ。湖藤と宿楽はいない」
「はぁ……はぁ……!うっ、ふう……」
「落ち着いたか」
「……よく分かんない」
背中をさすってやれば、小刻みに震える体がゆっくりふくらんでしぼんだ。まだ混乱しているようだが、深呼吸はできている。幻覚を幻覚だと気付かなくても、落ち着いてくれば少しは分別がつくようになるだろう。
「モノクマのアナウンスは聞いたか。新しいエリアが解放されるらしい」
「そ、そうなの……?聞こえなかった……」
「寝ていたんだろう。今から集合だが、来られるか?」
「だ、大丈夫だよ……行く。私が、ちゃんとしないと……」
「肩を貸そう」
ふらふら立ち上がる甲斐の足は青白く、今にも倒れてしまいそうだ。もうこの際、服装や髪が整っていないことには何も言うまい。いま甲斐はこういう状態なんだということを、尾田にも少しは分からせてやらなければならない。長島はなんと言うだろう。シビアなあいつのことだ。甲斐のことはとっくに諦めているかもしれない。王村も面倒臭がるかも知れない。あてにできるのは庵野くらいだ。
決して重いわけではないが、人一人を運ぶのは骨が折れる。集合場所に着いたら、庵野に代わってもらおう。私は耳元でぶつぶつ意味のない言葉を吐く甲斐を連れて、モノクマに指示された集合場所まで、のそのそと廊下を歩いて行った。モノクマなんかに負けてたまるか。その一心だった。
「はい!というわけで集まってもらいましたオマエラ!なんだけど……甲斐サン大丈夫?」
「黙れ」
「ひどくない!?心配してあげてんだよボクは!」
「誰がここまで追い込んだと思っているんだ。本気で甲斐の体を心配するなら今すぐ私たちを解放しろ」
「それ、できると思って言ってないよね毛利サン!ダメだよ、できないって分かってることを要求しちゃあ。交渉ってもんがなってないなあ」
モノクマはにたにたと笑う。その笑顔がますます毛利さんの気を苛立たせる。誰のせいで甲斐さんがこうなったかと言えば、モノクマのせいというより宿楽さんの責任が強いような気がしますが、敢えて言うこともないでしょう。なんとかして甲斐さんに希望を持たせたいという気持ちは分かるが、あのやり方では絶望させてしまうだけだ。少なくとも宿楽さんは、自分の命を懸けるべきではなかった。
「どうでもいいので、早く新しいエリアを案内してもらえませんか。っていうのももう何回言ってるか分かんないんですが」
「そうアルそうアル。合わせるなら最後尾より先頭ネ」
「冷ェ奴だなァ」
「
「取ってつけたような信頼だなオイ!?」
「まあ、少なくとも今まで殺されず殺さずいたんです。その点だけは評価に値すると思いますね。偶然でもなんでも死なないというのは生物として重要な力です」
「おお!ちょっとは尾田クンもみんなのことを認めてるんだね!成長したんだなぁ……」
「黙れ」
「本日二度目ェ!!」
楽しそうなのはモノクマだけです。笑い転げるモノクマを、手前ども全員の冷たい視線が貫く。それでもモノクマはなんとも感じておらず、4階の階段に降りたシャッターをガラガラと開け始めた。この階段はいったいどこまで続くのか、そんな不安感が手前どもを包む。もしかしたらこの階段は永遠に続くのではないか。永遠にコロシアイと学級裁判を続けなければならないのか、そんな考えが頭をよぎる時点で、すでに絶望に染まってしまっていることに、果たして何人か気付いているのだろうか。
「は〜!ようやく余計な工事が必要なくなって楽になったよ!毎度毎度、湖藤君と甲斐さんのためだけに昇降機を取り付けるのめんどくさかったんだよね!」
「……」
当てつけのように笑うモノクマの言葉になど耳を傾けず、手前どもは黙々と階段を昇る。昇降機がないさっぱりした階段が物寂しく、一段昇るごとに深い絶望へと降りていくような錯覚がした。
そんな不安な感覚とは裏腹に、階段を昇り切った先に、もう新しい階段はなかった。つまり、ここがこの建物の最上階ということになる。壁も柱も扉もない、だだっ広く高い天井だけが存在する場所。コンサートホールやパーティーホールも広々とした空間だったが、それよりももっと開放的だ。開放的と言うより殺風景と表現した方が正しいが。
「なんでェこりゃ!?手抜きかよ!」
「な〜んもないアル。ここが最上階だし、最後の解放エリアがこんなんカ?つまんネ」
「言いたい放題言ってくれちゃってさ。何かあったらあったでオマエラ文句言うくせに。それに最後ってわけじゃないよ!まだオマエラは入れない場所だってあるんだからね!」
「はあ。それはどこに?」
「あっちにシャッターがあるでしょ。あそこはまだ立ち入り禁止。入ったらおしおきだからね!入れるもんなら入ってみなって感じだけど」
モノクマが指差した先には、分厚いシャッターに閉ざされた小さな出入口があった。天井近くの隙間からわずかに見える段差から、どうやらあれが上に続く階段のようであることが窺える。これまで昇ってきた階段よりも明らかに規模が小さく、何人もの人が行き来するようなことは想定されていないのだろうことが窺える。ということは、あの上に続くのは入れる者が限られた場所ということに……。
「で、こんな広いだけの部屋を新たに解放されて、僕たちに何をさせたいんですか?殺人をするにしたってこの見通しの良さと物の無さは向かないと思いますが」
「そこをどうするかはオマエラ次第だよ。それにボクは別に、ここでコロシアイをしろとは言ってないからね。ボクはそろそろ、オマエラと決着をつけたいんだって言ったでしょ?」
「それがいまひとつ分かんねェんだけどなァ……裁判場でも言ってたけど、希望だ絶望だっておいらにゃ荷が重すぎるんだが……」
「オマエラは人類の希望を背負う希望ヶ峰学園の学生なんでしょ?だったら絶望のひとつやふたつ、かる〜く乗り越えてもらわないとこっちだって困るんだよ!というわけで」
モノクマはぴょん、と手前どもの前に躍り出て、どこからともなく大量の封筒を取り出した。それをトランプのように開き、くっくっくと笑う。
「今日からオマエラには、ここにある『真実への手掛かり』をちょっとずつ与えてあげる!ただし、このひろ〜〜〜い学園のどこにあるかはナイショ!そしてどんな手掛かりがあるかは見てのお楽しみ!信じるも信じないも自由だけど、ここに書いてある情報はひとっつのウソもないから!」
「今すぐ奪い取ってやってもいいアル」
「よしなさい、長島さん」
「ぶっぶー!ボクへの暴力は校則違反です!クマを殺すな!それに、大事な手掛かりを血まみれで読めなくしちゃってもいいの?」
「なぜお前が敢えて私たちに手掛かりを与える?それはお前にとって不利になるんじゃないのか?」
「決着をつけるんだからそりゃそうするでしょ。一方的に蹂躙するんじゃ決着をつけたことにならないじゃない。同じ立場に立って圧倒してこそ、歴然たる力の差が明らかになるってわけよ!う〜ん、この紳士っぷり!クマはやっぱりこうじゃなくっちゃ!」
少しだけ、今までのモノクマとは違う雰囲気を感じた。先日の裁判場で、なぜ決着をつけるのか、と問われたモノクマは不自然なほど狼狽していた。しかし今のモノクマは、決着をつける意義を見出しているようだった。このわずかな時間に何があったのか。
「それじゃ、ボクはこれからひとつめの手掛かりを学園のどこかに隠してくるから!オマエラ、10数えるまでここにいろよ!ズルすんなよな!じゃ!」
「12345678910!!待つヨロシ!!」
「わーんズルい!てやっ!」
「消えた……」
分かっていたでしょう、という言葉は飲み込んで、何もいなくなった場所に向かって地団駄を踏む長島さんを見ていた。なぜこの人はいつもいつでも本気で生きているんだ。後先を考えないタイプでもなかろうに。
いよいよモノクマは本気で希望を潰しにかかるつもりらしい。手掛かりは与えると言っているが、それも本当に対等な裁判をするためではないだろう。おそらくそこに書かれているのは、到底信じ難いようなショッキングな事実だ。それで手前どもが右往左往し、疑心暗鬼にさせることが目的だ。
「皆さん」
またなんとなく解散しそうな雰囲気を変えるため、手前は声を出した。話さなければ変わらない。いま必要なのは『愛』ではなく、行動することである。モノクマの言葉に惑わされてはいけないと。そう話した。
「つまり庵野は、モノクマの封筒は罠だと考えるわけだな」
「ええ。モノクマは、封筒の中身に嘘は無いと言いました。翻ってそれは、どんなに信じ難い内容であっても真実であるという意味です。モノクマの性格を考えれば、罠として敢えて露悪的な書き方をすることも考えられます」
「なるほどネ!さすが
「なぜです?」
「真実だと分かってるなら、なおさら封筒を手に入れない手はないネ!どんな内容でも確実に真実だって言えるなら、少なくとも足場が不安定な推理にはならないヨ!モノクマを倒すっていうのがどういうことなのかまだ分からないけど、気持ちを強く持ってれば大丈夫アル!」
「ずいぶん楽観的ですね。要は気の持ちようってことじゃないですか。すでに一人、完全に参ってる人がいるんですが」
「
「意味がわかりません」
真実だからと言ってそれを知ることが正しいとは限らない。それは、これまでの学級裁判で幾度となく手前どもが痛感してきたことだ。これ以上余計な傷を負うべきではないと思うのは、間違いなのだろうか。
「僕も庵野クンの意見には反対です。どんな瑣末なものでも、受け入れ難いものでも、偽りのない情報というのはそれだけで価値があります。入手すべきです。そんなことより僕が懸念しているのは、この中にまだ内通者が存在していることです」
ピリッと空気が張り詰めたのを感じた。内通者……確かに、モノクマはまだこの中にいると言っていた。
「いまその正体を追究するつもりはありません。ですが、あと5人まで追い詰めている、それもまた疑いようのない事実です。内通者は必ずモノクマとの決着を妨害してきます。その前になんとか排除しなくてはいけません」
ひとりひとり、半月型のメガネ越しに鋭い眼光を飛ばしながら、尾田君が睨みつける。排除とは、どうするつもりだろうか。直接手を下すのか……クロになってしまう。あるいはクロに仕立て上げるのか……たったこれだけの人数でどうやって?
人数が少なくなれば自然と結束は強くなると思っていた。果たして、それは手前の甘い考えだったと認めるしかないようだ。共通敵である絶望に立ち向かう、ただそれだけのことでも、隣にいる誰かを信じるのはとても難しいことなのだ。『愛』が足りない。ここに、『愛』はない。
「甲斐、モノクマの話は理解できたか?」
全員が散り散りになった後、私と甲斐は新しく解放されたエリアに残っていた。どいつもこいつも薄情な奴らだ。どうして甲斐がこんな状態になっているのか、分かっていないのか。甲斐は常に私たちのやることに振り回されてきた。尾田は言わずもがな、王村には二度も酔いつぶされ、何を考えているか分からない庵野と長島はあてにならず、私は狭山とともに全員の和を乱した。甲斐はいつも、それに翻弄されていた。
「分かった……よ。でも、私、自信ない……」
どうやら話は聞いていたようだ。モノクマがとの最終決戦、そしてそのためにモノクマから与えられる手掛かり。庵野が言うには私たちを疑心暗鬼に陥らせるための罠、長島が言うには絶対的に信頼できる推理の土台、私は……そのどちらも理解できて、どちらにも懐疑的だった。
「推理は尾田に任せておけばいい。奴が内通者である可能性は低いと考えていいだろう。モノクマとは常にぶつかり合っているし、そもそも内通者の存在は尾田が指摘して明らかになったんだ」
「……毛利さんは、私が内通者だとは思わないの?」
「ああ。思わない」
「なんで?」
「モノクマの手先が、人が死ぬことにそこまで心を痛めはしないだろう。お前に肩を貸して、確信した。ここまで憔悴しているのが演技だとは思えない。甲斐は、正真正銘、信頼できる」
「……」
「まあ、とは言っても甲斐が私を信じられるかは別の話だがな。自分で言うのもなんだが、狭山の暴走を止めなかった私が怪しまれるのは必然だと思っている」
「毛利さん、ずっとそれ言ってるね」
「忘れられないからな」
「じゃあ、私と同じだ」
甲斐があまりにもあっけらかんと言うから、私はどきっとした。ついさっきまで——いや、今もなおくしゃくしゃに折れてしまいそうなほど弱った人間が出せる声色ではなかった。人を慈しむような、ペットを可愛がるような、幼子をあやすような……決して悪意は感じないのに、どこかアンバランスな恐ろしさを感じる声だ。反射的に甲斐の顔を見た。
「誰かのために何かをしてないとたまらないんだ。私は使命感、毛利さんは罪悪感。私はそれが生き甲斐だから、毛利さんは狭山さんと岩鈴さんの命を贖うため……一生消えない責任を負ってるんだね」
「……ど、どうした甲斐?」
表情が分からない。笑っているのか?泣いているのか?甲斐の顔で、甲斐の口で、甲斐声でしゃべっているのに、そこにいるのが甲斐ではない誰かのような気がしてくる。正気を失っているのか?
「でも、ここに来る前の毛利さんにも、やりたいことがあったんじゃないの?狭山さんと出会う前の毛利さんは、何か目標があって希望ヶ峰学園に来たんじゃないの?」
「あ、ああ……それはそうだが……大丈夫か、甲斐?」
「聞かせて。毛利さんは、何がしたかったの?何のために希望ヶ峰学園に来たの?」
「わ、私は……」
決して威圧するような問いかけではない。それなのに、答えなければどうにかなってしまいそうな感覚がした。
「私はただ……両親のために」
「お父さんとお母さん?」
「……私の両親はどちらも、高校生のころに希望ヶ峰学園から声がかかっていたそうだ。父は獣医として、母はブリーダーとして、才能は認められたものの、入学まではいかなかったらしい。今となっては思い出だが、当時は相当悔しい思いをしたそうだ」
「うんうん。そうだよね。でもすごいね。お父さんもお母さんも、動物に関係する才能を持ってたんだ。毛利さんがトリマーとして希望ヶ峰学園に入学するのも、納得だね」
「あ、ああ……」
だんだん甲斐は気分が上がってきたようだ。落ち込んでいるよりはいいが、あまりに突然で急激な変化は心配になってしまう。それでも、今の甲斐に水を差したくなくて、ただ頷いて話を聞いてしまう。
「それじゃあ、毛利さんはご両親の希望を託されて入学したんだ。きっと喜んでるだろうね」
「ああ。だが……私自身に、希望ヶ峰学園で何かやりたいことがあるわけではない。卒業すれば人生が成功が約束されるというウワサだし、入学すること自体が一種の成功とも言われている。両親と同じように、あと一歩のところで入学できなかった者もいただろう。だから私は、胸を張っていなければいけないんだ。後悔するような生き方をしてはいけないんだ。そう思っていた……」
なぜ私はこんな話をしているんだろう。甲斐の体を心配して残っていたはずだ。モノクマとの戦いに備えて何をすべきか、尾田と甲斐が協力するように説得しなければ……こんな話をしている場合ではないはずなのに。
「毛利さんは、心の中で何を後悔してるの?自分を許せないのはどうしてなの?」
「……何度も言っていることだ。私は狭山を止められなかった。そのせいで狭山は増長し、結果的に岩鈴をクロにし、全員の命を危険に晒してしまった。陽面を洗脳して月浦の感情を逆撫でしたせいで、谷倉や菊島も、理刈も芭串も巻き込んでしまった……!私があのとき、狭山の暴走を止められていたら、ここまでの事態にはなっていなかったはずだ」
「そんなの分からないよ。そもそもコロシアイをさせてるのはモノクマなんだから、毛利さんが狭山さんを止めてたって、きっと違う形でコロシアイはさせられてたと思う。それに、月浦君たちのことだって毛利さんが責任を感じる必要ないよ」
「し、しかし……」
「そんなに自分を責めることないよ。後悔のない人生を生きようっていう気持ちは素敵だと思うけど、だからって後悔することは失敗なんかじゃないよ。毛利さんはもう立派な人生を生きてるじゃない」
「そんなことは……」
「そんなことあるよ!だって、希望ヶ峰学園に入学できるなんて、それだけですごいことなんだよ。ご両親のために生きようって決めるのだって、簡単にできることじゃない。責任を感じて逃げずに自分を責め続けるのだって、毛利さんだからできるんだよ」
甲斐は、とにかく私を褒める。私を立てる。私を励ます。何も考えず、その言葉をそのまま受け取って、むやみやたらに肯定されていたい気になってくる。
「……なら、私はどうしたらいいんだ。今のままでいいのか?たとえモノクマを倒してここから出られたとしても、狭山たちの命が戻るわけではない。あくまで私は自分が助かるためにモノクマと戦っているに過ぎないんじゃないか?そう考えると……この先、どうしていけばあいつらの命を贖えるんだ」
「そんなことしなくていいんだよ」
「は?」
「みんなが死んじゃったのは、全部モノクマのせい。毛利さんのせいじゃないんだから、毛利さんが罪を背負う必要なんかないんだよ。でもね、私を助けてほしいんだ」
「た、助ける?」
いつの間にか励ます側と励まされる側が逆転してしまった気がする。すると、ようやく甲斐が自分のことを話し始めた。助けて欲しいって、私はずっと助けようとしているつもりだったのだが……うまく伝わらないものだな。
「あのね……私、もう大丈夫になったんだ。なったというか……大丈夫ってことにしたっていうか」
「それは本当に大丈夫なのか?」
「しょうがないよ、そうしないと前に進めないから。それに私だけじゃない。毛利さんだって、狭山さんの件をずっと引きずってるけど、自分なりに考えて前に進もうとしてるでしょ。他のみんなだって、ここで起きたことだけじゃなくて、それぞれに何かを乗り越えて来てるのかなって思ったらさ……こんなことしてる場合じゃないなって」
さっきの状態から自力でその結論にたどり着く人間は初めから落ち込まないような気がするが……。そう思って口には出さなかった。やぶへびにしかならないだろう。それに、今の甲斐は先ほどまでの得体が知れない不気味な甲斐とは違って感じた。触れたらヒビが入るほど繊細そうで、今の流れを遮るのが恐ろしかった。
「私もまだ、湖藤君と風海ちゃんが死んだことを受け入れられたわけじゃないけど……でも、それはきっとモノクマを倒さないと、私の中で解決することじゃないと思うんだ。だから……この気持ちを抱えたままモノクマと戦わないといけない。気持ちに負けちゃってたらなんにもできないなって」
「お、おおぅ……そうか。乗り越えた、とは少し違うかもしれないが、とにかく前を向けたのならいいことだ」
「それでね。みんなが私と同じような気持ちを持ってるなら、私が助けてあげないとと思ったんだ。みんなで一緒にモノクマと戦うんだったら、みんなが同じ気持ちにならないとと思って」
「うん……うん?」
「だから毛利さんと一緒に残ったんだよね。みんなが抱えてる辛さとか苦しさとかに負けちゃわないように、私が救ってあげないとって」
「…………………………ん?」
すんなり飲み込むにはあまりに引っかかりすぎる話に、私の頭が警報を鳴らす。ついさっきまではなんとか理解できていた話が、急に飛躍したような。モノクマと戦うために苦しみを乗り越えるのは大切なことだ。それは甲斐のように自分の気持ちに負けてしまわないようにすることだったり、尾田のように嫌いな人間と足並みを揃えることだったり、私のように過去に囚われているところから脱却することだったり、色々だ。
「それじゃあね、毛利さん。しっかり、自分のために生きてね」
私に肩を借りていたのが嘘だったかのように、甲斐は跳ねるような足取りで部屋を後にした。私はその後ろ姿を見送ることしかできなかった。今ここで甲斐を止めるべきなのか、そうしないべきなのか。またしても私は、この選択に悩まされることになってしまった。
「ぜェ……はァ……くっそ。あいつら体力オバケかよ。ったく」
長島も庵野も尾田も、モノクマがどこぞに放るっつってた封筒を探してどっかに行っちまった。おいらが待てっつってんのにあちこち歩いて行っちまいやがって。人一倍歩幅が短いおいらに合わせてくれたっていいじゃねェか。長島と尾田はともかく庵野にまで先に行かれちまうとは思わなかった。薄情だあいつらは。酒でも飲まねェとやってらんねェや。
「う〜い、くそう。どいつもこいつもバカにしやがって。なんでおいらがこんな目に遭わなきゃいけねェんだ」
まさか希望ヶ峰学園に入ってコロシアイに巻き込まれるなんて思わなかった。文句を言おうにも教師はいねェし、外との連絡も取れねェ。酒がある分まだマシだが、いつ自分の命が狙われるか分からねェ中で酔っ払うのもなかなかリスクなんだよな。それでやめられりゃァ苦労ねェけどな。
「またお酒飲んでる」
「ぶぼォっ!!?」
いきなり後ろから声をかけられて噴き出すぐらいびっくりしちまった。ひとりしかいねェと思ってたところに、こんな背筋に針金通すような冷たい声かけられたら誰だってこうなる。しかもその声が、よく知るやつの声だったら余計にだ。
慌てて振り返ると、廊下にあぐらをかいて酒を飲むおいらを、甲斐が覗き込んで来てた。さっきモノクマの話を聞いてたときは自分ひとりでまともに立つこともできそうになかったってのに、今はけろりとしてやがる。その変わりようにもビビるが、やけに目が据わってんのが不気味だ。
「こんなところで酔っ払って寝ちゃったら風邪引くよ。せめて自分の部屋か食堂で飲まないと」
「い、いいんだよ。飲みたくなったらそこが酒場だ」
「そういうものかなあ」
「そういうもんなんだよ。んなことより、おめェはもう大丈夫なのかよ。毛利の肩借りてたじゃねェか。毛利はどうした」
「毛利さんはもう大丈夫だよ。自分のために頑張って生きるって言ってくれたから」
「はァ?」
何言ってんだこいつ。全然噛み合ってねェっていうか……なんかどっかで感じたような薄気味悪さなんだが……。笑顔なのは結構なんだが、やけに怖え。
「そんなことより、王村さんはみんなと一緒にモノクマの封筒を探しに行ったんじゃなかったの?こんなところで何してるの?」
「おいらァ人より歩幅が短ェから、ついて行こうとしても追っ付かねェんだ。だから自分のペースで探すことにしたんだよ。今は休憩だ」
「そっか。みんなひどいね」
「しゃァねェよ。おいらは尾田やおめェみてェに頭が良いわけでもねェし、長島や庵野や毛利みてェに腹が決まってるわけでもねェ。モノクマと命を懸けて決着をつけようってときに、なんにもねェおいらに構ってる暇なんかねェんだよ」
「王村さんはなんにもなくないよ!」
「んえっ」
いきなりでけェ声出しやがるからびっくりした。怒られてんのかと思ったけど、どうやら違うらしい。なんでだ。おいらだって甲斐に怒られる心当たりが多すぎて、いつゲンコツが飛んでくるかヒヤヒヤしてんのに。まァ女子高生にぶん殴られるってのも悪かねェ……あ、いやでも知り合いの女子高生だったら普通にヤだな。いや何考えてんだおいらは。
「何にもない人が希望ヶ峰学園に入学できるわけないでしょ。王村さんだって、“超高校級の蔵人”っていう才能があるんじゃない」
「へへっ、なんだそんなことか。そりゃおめェ、才能なんかじゃねェよ」
「え?」
「蔵人ってのァ酒を造る職人だ。どっかの高校で酒を造ることはあっても、仕事でそれをやってる奴が全国にどんだけいる?単に珍しいってだけで選ばれたんだよ。それだけだ」
「でも王村さんは高校生なんでしょ」
「定時制のな。おいらァ中学を卒業してすぐ家の仕事を手伝い始めたから、高校に行ってなかったんだ」
「じゃあなんで成人してから高校に通い始めたの?」
「ん……まァ、いろいろとな」
それだけで誤魔化そうと思った。定時制に通う理由なんざ、通う奴ひとりひとりに色々ある。ややこしい背景がある奴もいれば、単に高校に通ってみたかったって理由で通う奴もいる。どれが正しくてどれが間違いなんてこたァねェが、おいらが通うことになった理由はあんまり人に言いたくねェ。別にやましいことがあるわけでもなんでもねェが、やたら小っ恥ずかしくてなァ。
というわけでうやむやにしようと思ったんだが、甲斐が逃してくれなかった。なんなんだよこいつ。なんで今更おいらにこんな興味持つんだよ。
「色々ってなに?教えてよ。王村さんのこと、知りたいな」
「なんだよそりゃァ。なんでそんなにおいらに興味あるんだよ」
「だって、みんなでモノクマに立ち向かうんだよ。みんなが希望を持って、団結しないといけないじゃん。そのためには、お互いのことをよく知っておかないといけないでしょ。自分のことをなんにもないなんて言ってる王村さんを放っておけないよ。本当はすごい人なのに、そんなんじゃ勝てるモノクマにも勝てなくなっちゃうよ」
「……なんか丸め込まれてる気がする……別に大した理由じゃねェよ。これからの時代、ただ酒造って売ってるだけじゃやってけねェからさ、それにおいらは家の跡取りだからな。経営とか、経済とか、酒造りをもっと学問として勉強したりとか……やらなきゃならねェことがあるんだ。っていうのを……親父に言ってよ」
「王村さんから?」
めちゃくちゃ意外な顔をされた。だから言いたくなかったんだよ!そんな意識高ェこと言うのはおいらのキャラじゃねェんだ!あのときはなんか……やけにテンション上がって普段なら言わねェいい感じのことを言っちまったんだ!きっと酒に酔ってたんだな。
そしたら親父もいたく感動しやがって、そっからとんとん拍子に定時制の入学が決まって……。
「つうわけでこうなったわけだ。一時の気の迷いって奴だな。それがこんなことになるんだから人生ってのァ分かんねェもんだ」
「じゃあやっぱり王村さんはすごいよ!」
「話聞いてたか?」
「ばっちり!」
じゃあなんでそうなる。
「だって王村さん、自分で高校に通うことを言い出したんでしょ。気の迷いでもテンション上がってでも、自分の人生を自分で決めたってことじゃん!しかもそれで希望ヶ峰学園にも来ちゃうなんて、本当にすごいことだよ!きっと一緒に入学した他の誰も、自分で自分の可能性をこじ開けた人なんていないよ」
「そ、そりゃ言い過ぎだろ……」
「ちょっと言い過ぎたかも」
「言い過ぎてんじゃねェか!そこはつっぱれよ!」
「でもね。王村さんが他の誰とも違う“才能”を持ってることは間違いないし、自分で自分の道を切り開いたのだって間違いないよ。だから王村さんがみんなと比べてしょうもないなんてことは絶対にないよ!」
「……そこまで言ってくれんのはありがてェが……だからっつっておいらに何ができるんだ?頭のできも悪ィ。体力もねェ。尾田が言ってたろ。誰にも殺されず誰も殺さずにいただけ。ありゃァおめェじゃなくておいらのことだ。ただコロシアイに関わらなかったってだけなんだよ」
「でも、それでも十分だって尾田君も言ってたじゃん」
「これから役に立つかどうかはまた別の話だ」
あしらってもあしらっても甲斐は食い下がってくる。なんでだよ。何がそんなに甲斐を駆り立てる。
「私はもったいないと思うけどなあ。だって王村さん、他の人にはないもっとすごい感性があるんだもん」
「はァ?なんだよそれ。利酒ならできるけどな」
「そうじゃなくて、王村さんって人一倍オカルト的な感性あるじゃん?でもそれってただのオカルトだって笑い飛ばせるようなものじゃなくて、なんとなく私たちの状況に深く関わってるっていうか……湖藤君も言ってたじゃん」
「ん?ああ……あれか」
言われてみりゃァ、確かにおいらはこの学園の妙な部分に触れやすいかも知れねェ。モノクマの妙な動きがやたら目についたり、変な教室に迷い込んで得体の知れねェ影に覗き込まれたり……それを話した奴ァ、いまや甲斐しか生き残ってねェや。それがおいら自身の能力かどうかは分からねェけど、確かにおいらしか経験してねェことだ。たぶん。
「ありゃ一体なんだったんだろうな?結局正体も分からねェままだ」
「でもきっと大事なことだよ。その体験を話せるっていうだけで、王村さんはここにいる意味があるんだよ。何かの役に立とうなんて無理することない。ここにいて生きていてくれてるっていうだけで、王村さんは意味があるんだよ」
「そういうもんかァ?」
「少なくとも王村さんは自分で自分の人生を決めてきた過去がある。たった数年かもしれないけど私たちより人生経験がある。私たちは持ってない不思議な感性がある。自分が気付いてないだけで、王村さんは私たちにはない役割がたくさんあるんだよ」
しつこいくらいに甲斐がおいらを褒めるから、なんだかだんだんそんな気になってくる。具体的においらに何ができるかは分かんねェけど、確かにいねェよりは役に立つ自信がある。自分でも分からねェ妙な光景を見たりするしな。なんだったらこのまま内通者の正体とかモノクマの正体だって見抜いちまうかもしれねェな。
「まァ、そこまで言うなら……酒なんか飲んでねェで封筒探しに行く気にもなるな」
「でしょ?まだまだ私もみんなに前を向かせなくちゃいけないから、他の人にも言っといて。私が探してるって」
「他の人って、おいら以外の全員か?」
「毛利さんとはもう話したからもういいよ」
「それでも手当たり次第じゃねェかよ……まァいいけど」
やたらと張り切ってる甲斐の態度に違和感はあったが、励まされたからには仕事しねェとな。おいらは酒瓶を持って腰を上げ、他の奴らが歩いて行った方にまた歩き出した。封筒くらい一封でも二封でも見つけたらァ。
パソコンの調子がすこぶる悪いんじゃい。
あなたのお気に入りのキャラクターを教えてください
-
益玉韻兎
-
湖藤厘
-
宿楽風海
-
虎ノ森遼
-
甲斐奉
-
谷倉美加登
-
岩鈴華
-
菊島太石
-
毛利万梨香
-
芭串ロイ
-
庵野宣道
-
カルロス・マルティン・フェルナンド
-
三沢露子
-
狭山狐々乃
-
長島萌
-
月浦ちぐ
-
陽面はぐ
-
理刈法子
-
王村伊蔵
-
尾田劉平