だんだんうんざりしてきた。あれから毎日、きっかり0時00分になると、学園中をけたたましいサイレンとモノクマの笑い声で包まれる。うとうとしていたところを爆音で叩き起こされてびっくりするのにももう慣れて、今ではこのサイレンを時報代わりにしてるくらいだ。
どうやらモノクマは校則違反者をまだまだ見つけられていないみたいだ。それがなんでなのかはよく分からない。私たちで突き止めようと思ったこともあるけど、そんなことをしても意味がないことに気付いた。だってこの校則違反者の目的が分からないから。毎日同じ時間に校則違反を犯して、それでいてモノクマから正体をくらまし、なおかつ何も具体的な変化は与えない。いったい何が目的なんだろう。
「分かんないことばっか考えてもしょーがないアル。
「お気楽だね。長島さんは楽観的なのかシビアなのかよく分かんないよ」
「どっちもワタシアル。都合の良いことは楽観的で都合の良いことはシビアになるヨ。お金のことはシビア、どうでもいいことはテイキッティージーアル」
「都合が良いなあ」
水筒に入れた甘いお茶をすすりながら、長島さんはケタケタ笑った。空き教室の机の中をひとつひとつ探りながら、しらみ潰しにモノクマの封筒を探していた。私も封筒を探す途中で、たまたま長島さんと会って、探すのに付き合うことになった。今のところ見つかったのは、尾田君が見つけたらしい一封だけだ。私たちはまだその姿すら見ていない。
「くそ〜!最初のひとつを
「学校の怪談みたいな悪口言わないで。尾田君だって何か考えがあるんだよ」
「どうして
「なんにもないよ!ただ、いつまでも尾田君憎しでいたってしょうがないって分かっただけ。モノクマと戦うのに尾田君の力は不可欠だし」
「
「大事なこと?」
「
「あっ……」
言われて初めて思い出した。確か、湖藤君もそんなことを言っていた。まさか長島さんも気付いてたなんて。っていうことは、毛利さんや庵野君も?
「
「そんなこと言って、私を通じてみんなの信頼を得たいだけなんでしょ。もうだいたい長島さんが考えてることは分かるよ」
「っちゃーっ!バレてるカ!でも
「湖藤君がそんな話をしてたんだよ。尾田君が本当の才能を隠してることをみんなに話すタイミングは、よく考えた方がいいって」
「そんなこと言ってたカ。じゃあ
「いや……すっかり忘れちゃってて。色々あったからさ。それに他の人が知っちゃうのは止められないよ」
「あっさりしてるネ。というか、
「してないなあ。言い出したのは湖藤君だし、私には尾田君の密偵っていう才能があながち嘘とも思えないから」
「ふむ。確かに、嘘を吐くときはひとつまみの真実を混ぜるのが鉄則アル。
「密偵と重なる……そもそも密偵がよく分かんないからなあ」
湖藤君が言っていた。本当の才能を隠す理由が分からないうちは、尾田君が何を考えて何をしようとしているか分からないうちは、軽率にそのことを明らかにするべきじゃないって。それがただ警戒しているだけだとしても、その警戒にずけずけと割って入っていくのは危険だって。
もしかしたら、私がこの前踏んじゃった尾田君の地雷と関係あるのかも。
「やっぱり慎重になった方がいいネ。特に、内通者に知られちゃった日にゃあもう目も当てられないヨ」
「庵野君にはもう話しちゃったんだっけ?大丈夫だと思うけど……内通者じゃないって確証でもあるの?」
「特にないアル!もしかしたら内通者かもネ」
「大丈夫なの?」
「あっははは!やべーかも知れないネ」
「考えなさすぎだよ……。慎重になってほしいところを見事に慎重になってくれない……」
「萌ちゃんは気まぐれアル!にゃはは!」
私なんか一回死んだようなものなのに、長島さんはこれまでのコロシアイを受けてなんとも思ってないみたいに、からっから笑う。この豪胆さは、前に言ってた長島さんの過酷な生い立ちのせいなんだろうか。あるいは殺されずに生きていけるという強烈な自信から来る余裕なんだろうか。どちらにしても、それを無神経だと言う気にはなれない。これはこれで、長島さんが生きていくために身につけた武器なんだから。
「安心するヨ。ワタシは
「な、なんで?私、そんなに長島さんに気に入られるようなことしたっけ?」
「ん〜、特になにもしてないヨ。でもなんか、
「全然分かんないけど」
そこまで言う割に、長島さんとの間に私は少し距離を感じている。長島さんが私の味方で居続けるっていうのは、敵対しないっていう意味ぐらいしかないんじゃないかな。付かず離れず、敵ではいないけど味方でもない、そういう間合いを維持していたいというニュアンスを含んでるような気がする。そういう打算とか裏の考えとか、長島さんはそういうのをちっとも感じさせないところで色々考えてる。油断ならないのはむしろ長島さんの方だ。
「ま、これからも良好な関係を求めるアル。少なくともこの学園から出るまではネ」
「そういうこと言うから信用されなくなっちゃうんじゃないかな……素直に、一緒にモノクマを倒そう、でいいじゃない」
「ワタシ、嘘は吐きたくないヨ。もしかしたら……モノクマを倒す方が厄介なことになったりしかねないアル。そうしたら何をするか分からないヨ」
「そんなことあるかな?」
「世界は
やっぱり長島さんは、いまいち何を考えてるか、何を企んでるか分からない人だ。掴みどころがないというか。自分の生い立ちまで喋ってるんだから、私たちのことを信頼してくれてるんだと思ったのに、そうでもないのかな。掴めそうな一面を見せても、掴もうとすればそれはするりと手から抜けて彼方の向こうに消えて行ってしまう。
「
「きゃあっ!?な、なに!?」
「封筒!封筒アル!急にあったからびっくりしたヨ!」
突然、長島さんが盛った猫みたいな声を出した。何事かと思えば、あのときモノクマがちらつかせていた封筒を持って興奮していた。あまり期待しないで探してたのに、まさか見つかるとは。それも、こんな何の変哲もない教室の中から。私たちが一日中探し回ってひとつも発見できなかった今までの時間はなんだったんだって思っちゃうくらい、ドラマもなにもない見つかり方だ。
「へっへっへ、これは
「共犯関係になりたいってことね。尾田君以外の人にも言っちゃダメなの?」
「どこから情報が漏れるか分からないアル。
一緒に見つけちゃって隠せないからだと思うけど……という言葉を飲み込んで、私は素直に長島さんの等価交換に応じることにした。封筒の中にはホチキスで止められた冊子が入っていた。なんだか難しそうな感じの羅列でタイトルが書かれていて、一回読んだだけじゃ中身を理解するのは大変そうだ。
だけど一眼で分かることもある。まず、タイトルの最後に研究報告書とある。それが、その冊子がどういうものなのかをありありと示していた。そしてタイトルの上に描かれているシンボルマーク、これを私たちはよく知っている。というか、つい最近見た。
「これ、なんだったアル?なんか家電製品みたいな名前のアレのシンボルヨ」
「IHFだよ。確か、国際希望連盟……だったかな。世界中で希望的活動を行ってる国際機関だったはず」
「その報告書がなんでこんなところにあるカ?しかもモノクマが持ってるなんておかしいアル。モノクマは絶望側じゃなかったカ?」
「あのビデオを観たときもそんな話になったっけ……ていうか、あのビデオだってIHFのものだけど、元はと言えばモノクマが持ってたものだったはずだよ」
「やっぱりモノクマとIHFは繋がりがあるってことカ?それともハッキングか何かして情報を盗んだ……」
「それと、こっちはなんだろう?」
研究報告書に書いてあるシンボルは二つある。ひとつはIHFのもの、その隣に“中”の横棒が両端とも飛び出したようなシンボルが描いてあった。IHFのシンボルに似たデザインがされているから、きっと関係があるんだろうけど……なんだろう。同じような団体ってことかな。
「知らんけどそれっぽい団体アルきっと。知らんけど」
「適当だなあ」
表紙を開くと答えがあった。HHIは、人類希望研究所(Human Hope Institute)の略称だった。難しいことがたくさん書いてあるけど、頑張って研究の概要を読んだら、それがどんな機関かもなんとなく分かった。荒い理解だけど、どうやらこれはIHFの下部組織で、人類に希望を普及させるための技術や希望そのものについて研究してる機関らしい。希望を普及ってなんだろう。希望そのものってなんだろう。なんだかえらく曖昧なものを信奉してるような気がして、言いようのない恐ろしさを覚える。
研究報告書の中身は、やっぱりと言うかなんというか、難しくて何がなんだか分からない。複雑な数式が何ページにもわたって敷き詰められて、なんだか分からないグラフや図だけのページがあったり、ところどころは英語や文字も知らない言語で書かれていて、なんとか読める日本語の部分も専門用語だらけでちんぷんかんぷんだ。
「ふむふむ……おお〜、こいつはとんでもないアル」
「長島さん、分かるの?私なんか全然だよ」
「とんでもなく訳が分からんアル。これ本当に人間が読むものカ?」
「そんなことだろうと思ったよ」
「やいモノクマ!話が違うネ!封筒には重要な手掛かりが入ってるって話だったはずヨ!こんな読むのに知識が必要なもん、難し過ぎて
「そうだそうだ!さらっと私だけのせいにみたいにしてる以外は長島さんの言う通りだ!」
長島さんがどこへともなく文句を言う。どうせモノクマは今の私たちも監視してるんだから、どこに向かって話しても同じだ。私は長島さんに同調してモノクマに抗議した。それでもモノクマは姿を現さない。このまま無視するつもりか、と思いきや、私たちの抗議への答えを示すように、研究報告書から一枚の紙が滑り落ちた。モノクマの汚い字でメッセージが書いてある。
「なんだろ、これ」
——アホのオマエラへ。この研究報告書はオマエラには難しくてさっぱりピーマンだろうから、優しいボクがどこよりも分かりやすく教えてあげます。今でしょ!っつってね!——
「腹立つメモ書きアル。破いていいカ」
「読んでから破ろうね」
読むだけで腹が立つそのメモ書きは、だけど研究報告書の内容をとても分かりやすく噛み砕いて教えてくれて、高校どころか大学で勉強するような考え方も、まるで脳に直接情報を流し込んでるみたいにすんなり理解できた。納得感と同じくらいのムカつきもあったけど、おかげで私たちはこの報告書に何が書いてあるか理解し、その内容に眉を顰めた。
「つまり……これは、“絶望”の研究ってこと?」
「そういうことらしいネ。なんで希望の研究所が絶望の研究なんかするカ?そこのところは説明してくれないアル」
「たぶんここにその理由も書いてあるんだろうけど……モノクマがあえて隠してるんだろうね。私たちに嫌がらせするために」
「やっぱ破いとくアル」
「待って待って待って!これ破いちゃダメなやつ!尾田君ならともかく、他のみんなにこの報告書のこと話すときが来たら必要になるから!」
「ぶぅ……
なんとか長島さんには思いとどまってもらって、私たちはこの研究報告書を秘密にすることで一旦落ち着いた。希望の研究所がなんで絶望の研究を?その疑問の答えを私たち二人で出せるとは思えないけど、尾田君が持っている情報を引き出すまでは保留にしておこう。
「これでワタシと
「嫌な文学性だなあ」
「あ」
「……ちっ」
顔を合わせるなり舌打ちされてしまった。前の私だったらすぐに気分を悪くしてその場から立ち去ってたと思うけど、今の尾田君に怒る気になんてなれない。
それに、たまたま私が劇場で尾田君を見つけたのは、まさに尾田君が舞台の上に落ちていた封筒を手にした瞬間だったからだ。目の前で発見している以上、誤魔化すことはできない。
「尾田君それ……モノクマの封筒、前に見つけてたやつじゃないよね?」
「どうでしょうね」
「モノクマと戦うために協力してくれるんじゃなかったの?少しは態度を柔らかくしてくれてもいいのに」
「協力することと馴れ合うことは違います。何度も言いますが、内通者だっているんですよ」
「……前もちょっと思ったんだけど、尾田君って内通者が誰かの見当ついてるんだよね?」
「どうしてそう思うんですか?」
「でなきゃ、そんな疑心暗鬼になるようなこと言わないもん。敢えて自分は気付いてることをアピールして牽制するのと、他のみんなが互いを疑う状況を作って内通者が動きにくくするのが目的なんでしょ?」
「それは、あなたが考えたことですか?」
「半分は湖藤君が言ってたことだよ」
「……死んでもまだ絡んでくるなんて、彼の方がよっぽどタチが悪いですね」
「どうなの?」
私の質問に、尾田君はしばらく考え込むように停止した。それから、舞台から降りて最前列の席に座った。私にはその意味が分からなかったけど、ただなんとなく、話をしてくれるのかなと思って、その隣の席に座った。二人の間にある肘掛けは尾田君が頑として譲ってくれなかった。
「誰が内通者かを言いはしません。先入観を与えるだけだからです。ただ、あなたが内通者である可能性はごく少ないと考えていることは、あなたの他者に対する評価に影響を与えないので、言っても問題ないと判断します」
「素直じゃないっていうか、やたらと理屈っぽい言い回しだね。」
「優秀な詐欺師ほど他者から好意的に映ると言われますが、あなたの社交性はその類とは違います。湖藤クンに依存し、宿楽サンと馴れ合い、多くの同級生と角の立たない関係を築く無難な姿勢からは、打算をほとんど感じません。打算があるのだとしたら非効率すぎるので、打算があると信じたくありません。眩暈がしそうです」
「信じてる、の一言をここまで露悪的に言い換えられるのも、尾田君の才能だよね」
「僕が信じるのは自分自身と数字だけです。情報に踊らされる側ではありませんので」
「そっか。密偵なら情報はすっぱ抜くものだもんね」
噛み合ってるような、噛み合ってないような、そんな会話はお互いの顔を見ずに進んでいく。何もない舞台を見ていると、私は目の前で死んでいったみんなのことを思い出してしまう。私にとっては形を伴った絶望で、モノクマを倒す理由で、喪ってしまった過去で、希望と呼ぶべきものの原動力だ。この舞台上に、尾田君は何を見ているのだろう。
「あなたの言うように、内通者が誰かの当たりはついています。内通者の存在に気付いていることを敢えて明かしたのも、湖藤君が言っていた理由で合ってます」
「そこまで確信があるなら、みんなに教えてあげないの?尾田君にとっては都合が良いかも知れないけど、敵味方がはっきりしてる方がみんなだって動きやすいと思うけど」
「内通者は僕たちの中に潜んでこそです。そのベールを剥がしたとき、内通者やモノクマが何をしでかすか分かりません。少なくとも今は、あまりに行動に自由があり過ぎます」
「どういうこと?」
「正体を暴くなら、モノクマが内通者の暴走を抑えざるを得ない状況で、ということです」
「……分かんないや」
淡々と、事務的な喋り方だったけど、なんだかこんなに長く尾田君と話したのは久し振りな気がする。いつも尾田君が嫌味を言って私が怒って、それで終わりだった。裁判のときの私は尾田君とまともに議論ができるほど深い考えを持ってるわけじゃなかったし。
それでも、やっぱり尾田君の言うことは難しい。モノクマが内通者を抑え込まなくちゃいけない状況って、どんな状況?そんなことできるのかな?
「そのためには情報が必要です。モノクマが寄越してきたこの封筒には、実に大きな情報が含まれています。おそらくモノクマ自身の正体につながることまで隠されているでしょう。しかし同時に、ショッキングな内容でもあります」
尾田君がショックなんて受けるの?って言いかけたのをぐっと堪えた。さすがに無神経すぎる。
「僕が言うことじゃありませんが、今生き残っている人たちも全員が全員、その人の全てを開示しているわけではありません。長島サンも毛利サンも庵野クンも、何かまだ隠してることがあってもおかしくありません」
「王村さんは?」
「あんなのはどうでもいいです」
「かわいそ」
「どの情報が誰に刺さるか分からないんです。これを読んだことで協力関係が崩壊するようなことになることは避けたい。そういう意味でも、情報の共有は慎重にすべきです」
「……つまり、みんなが団結してモノクマに立ち向かえるように、敢えて情報を伏せてるってこと?」
「その解釈でいいです」
聞けば聞くほど、自分勝手で独り善がりでワンマンプレーに見えていた今までの尾田君への印象がガラリと変わる気がした。つまり、モノクマからみんなを守るために、みんながモノクマと戦えるように、自分が汚れ役を買って出た、っていう風に言えるんじゃないかな。
「なんですか、にやにやして。気持ち悪い」
「ううん。なんでもないから続けて」
「……ええと、どこまで話したか。ああ、そうです。つまり、この情報を共有するのは、単にあなたが内通者である可能性が低いからという理由だけでないということが言いたいんです。これ以上あなたは壊れようがないでしょうし、少なくとも他の人間よりは己を開示している。そういう意味で、一番マシな選択をしたということです」
「うんうん。そうだね。ありがとう。尾田君にそこまで思われてるなんて、意外だったよ」
「いいから読んでください」
勝った。尾田君が先に私の顔を見た。私はただニコニコして話を聞いてただけ。そんな私の顔に覆い被せるように、尾田君は拾った封筒を私に突き出してきた。封筒の中身を見るのは、長島さんと一緒に見つけたものと合わせて2つめだ。
封筒の中には、一冊の本が入っていた。さっきの研究報告書と比べると、いや比べなくても、めちゃくちゃ分かりやすい。どうやら子供向けの教育絵本みたいだ。タイトルは『やってみよう!はじめてのアルターエゴ』。
「アルターエゴ?」
「
「へえ、すごいね。でも人格を再現する技術って……難しそうなわりに絵本にもなっちゃうんだ」
「読んでみたらいいじゃないですか」
表紙には、可愛らしい女の子の頭がパソコンの画面に表示されているイラストが描かれていた。アルターエゴのイメージ図だろうか。パソコンのことは難しくてよく分からないけど、子供向けならなんとか分かるかも知れない。
そう思ってページを開いた途端、自分の心がげんなりする音が聞こえるくらいげんなりした。こんなにげんなりさせられたのは初めてだ。
「なにこれ……難しすぎて全然分かんない……。本当に小学生が読むもの?」
「今時の小学生はあなたよりずっと利口なんですね」
「うぅ……」
尾田君が露骨にバカにしてきたのが悔しくて、なんとか頑張って中を読もうとしてみた。本当に分からない単語は読み飛ばして、ところどころ分かるところだけを理解してなんとなく頭の中でそれっぽい話を組み立てる。
どうやら人工知能とかプログラミングとか、そういうのを駆使してそれっぽい応答ができるようなものを作ることができるらしい。大量のデータがあれば、特定の誰かに似せたものを作ることもできる。それどころか、いくつかのアルターエゴに会話をさせることで元々プログラミングしてなかったことまで学習してしまうんだとか。私の理解が正しければ、これじゃまるっきり本物の人間とおんなじだ。ただ、肉体があるかないかの違いしかない。
「もう一回言うけど、本当にこれ小学生向けのもの?」
「アルターエゴという技術についての知識を学習するためのものでしょう。実際に作ろうと思ったら、小学生どころか専門の研究者が複数集まらないと不可能でしょう」
「っていうことは……モノクマが私たちにアルターエゴっていうものを教えるために与えてきたってこと?」
「そうでしょうね。これが僕たちの誰に刺さるのか全く読めません。技術系の才能を持っている人がいるわけでもないのに、なぜこんなものがあるのか。それだけで意味深です。だからいたずらに知らせるわけにいかないのです」
「なるほど……」
そう言われてみると、この子供向けらしい可愛げなイラストが、なんだか逆に不気味に思えてくる。さっきの“絶望”の研究といい、モノクマは一体どういうつもりなんだろう。
「その様子だと、まだ理解できていないみたいですね」
「うん。ちょっと難しすぎるよ、これ。なんだかすごい技術だっていうのは分かるけど、本当に人格を作ることなんてできるの?いまいち信用ならないっていうか……」
「はあ……まあいいです。今すぐ理解する必要はありません。困るのはあなたたちですから」
「なにそれ、また他人事みたいな言い方して」
「他人事ですから」
他人事じゃないでしょ。
「話は終わりです。今日の収穫はそれだけです。僕は帰って寝るので、あなたもさっさと部屋に戻りなさい」
「なんで尾田君がそんなこと気にするの。私はまだ封筒を探すんだから」
「さすがに僕以外にも封筒を見つけている人がいるでしょう。あまりに見つからないのではモノクマにとっても不都合ですから、なんならヒントくらい与えられているかも知れませんね。ともかく、あなたは僕と違った戦い方をする必要があります。情報共有でもなんでもしたらよろしい」
「なにそれ。突き放してんの?それとも心配してくれてるの?」
「どっちでもありません。強いて言えば厄介払いです」
「ふんだ。まだ人のことをそんな風に言うの。もう知らない」
こんなにたくさんお話ししたのに、みんなには共有しない情報を共有してくれるような間柄になっても、まだ尾田君は私のことを厄介者だと認識してるんだ。それは照れ隠し?それとも本心?ちょっと臍を曲げた感じで出方を伺うけど、それ以上尾田君は何も言ってくれない。
「行っちゃうよ?本当に私行っちゃうからね?もしかしたらこの情報をみんなに話しちゃうかも知れないよ」
「お好きにどうぞ」
「……なんなのもう。よし決めた!」
「なんですかもう……」
「いつか尾田君に謝らせてやるからね!生意気な態度とってごめんなさいって!私がいてくれて助かりましたって言わせてみせるから!そうでないとなんかもう、精算できないから!」
「何をですか。っていうか、僕が本気でそんなことを言うとでも?」
「言わせてみせるから!まずはモノクマとの決着をつけてからだけど、覚えておいてよ!」
そう言って、私はその場から走り去った。なんかのほほんとしてる尾田君を驚かせたいとか、意表をついてやりたいと思って突拍子もないことを言っちゃったけど、案外私が思ってることとも離れてない。本当はモノクマより先に尾田君の態度を改めさせるのを先にしたいけど、そんな時間もなさそうだから、この学園から出るまでの間に言わせられればいいや。そうしたら私は、寛容な心でもって尾田君の今までのことを許してあげる。そうしたら少しは尾田君もまともな人間になれるだろう。
「……?」
尾田君と話してるうちに、時刻はもうすぐ夜を迎える頃になっていた。時間感覚が薄いこの学園の中では、こまめに時計を見て今の時間を把握しておかないと、気付かないうちに信じられないほど時間が経っていることがある。広い学園の中で周りに誰もいないと、なんだかこの世界に私という人間がひとりぼっちになってしまったような、そんな寂しさと孤独を覚える。
そんな感覚の中でだと、余計にその違和感に背筋が凍える。誰かに見られているような……見張られているような感覚。気配っていうんだろうか。そんな気がしてならない。私は小さく身震いして、急いで自室へと向かう。
「はっ……!はっ……!」
いつもならすぐに着いてしまう道のりなのに、誰かに追われているような気がするだけで、こんなにも遠く感じる。焦りが肺を締め付けて呼吸が浅くなり、恐怖が足にまとわりついて沼の中を進んでいるような気になってくる。視界のすぐ外に強烈な悪意が忍び寄っているような圧迫感。
「うっ……!だ、だれ!こそこそしてないで出てきたらどうなの!」
まだ自室までは距離がある。走って逃げることもできるけど……それだけじゃダメだ。今ここには私たちしかいない。この視線を辿った先にいるのは、私がよく知る誰かのはずなんだ。それなら、怯えてちゃダメだ。怯える理由なんてない。堂々と向き合わなくちゃダメだ。私は意を決して振り返り、誰もいない廊下に叫んだ。その声が反響して幽かに暗闇に溶けていく。
「え」
振り向いた先に見えたのは意外な光景だった。私がついさっきまで歩いてきた廊下には誰もいなくて、代わりにその真ん中に茶色の紙包……封筒が落ちていた。これ、モノクマの封筒?なんでこんなところに無造作に落ちてるんだろ。っていうか、いま歩いてきたところなのにどうして私は気付かなかったんだろう。
なにか嫌な予感がしたけど、封筒を見つけて放置するわけにもいかない。私は、周りを伺いながら、少しずつそれに躙り寄る。さっと拾って、抱えたまま走る。食堂はもう閉じてるから、やっぱり自分の部屋だ。部屋の前に着く少し前からモノカラーを起動させて、ノータイムで部屋の鍵を開けて中に飛び込んだ。慣れ親しんだ自分の部屋の匂いが鼻に入ると、身体を満たしていた不安を汗に変えて体外に押し出した。
「……3つも、見つけちゃった」
今日は大収穫だ。はじめは一つも見つけられなかった封筒を3つも見つけちゃった。うち2つは人が見つけたのを見せてもらっただけだけど、これは私ひとりしか見つけてない。どうするべきだろう。長島さんも尾田君も見つけた封筒の情報を共有する相手は慎重に選ぶべきだと言っていた。それも中の情報次第だけど、誰に共有していいか、私にはその判断がつかない。ならいっそ、全員に教えてしまった方がいいかも知れない。とにかく、この中に何が書いてあるか確かめないと。
「はあ……はあ……」
呼吸が乱れて胸が痛くなる。小さく震える手が、封筒を開けて中を取り出すっていう簡単な作業を困難にさせる。ゆっくりと引き出したそれは、報告書でも本でもない、ただクリップで留められただけのコピー用紙で、大きな文字でタイトルが書いてあった。
「“超高校級の絶望”……?」
「!」
出てきたのは新聞のスクラップだ。たくさんの文字と写真が一気に目に飛び込んできて……。
そこから先は覚えてない。
気が付いたら、私は自分の部屋のベッドに寝そべっていた。
普段着のまま、だけど掛け布団をしっかり首元までかけて、見慣れた天井を見つめていた。
「あ、あれ……?」
既視感があった。記憶がいきなり途切れて、いつの間にか眠っていたような気がするこの感覚。そうだ、いつか風海ちゃんに眠らされたときの感覚だ。誰かに不意をつかれて気絶させられたときの記憶だ。
「うぅん……え?ええ……?」
起き上がった私は、おぼろげな記憶を辿って、眠る前のことを思い出す。封筒……封筒があったはずだ。私は慌てて周りを見回す。ベッドの上にはない。その辺の床に落ちてもない。テーブルの上にも、タンスの中にも、シャワールームにもカバンの中にも家具の下にもない。確かに私は封筒を見た記憶があるのに、それがどこにもない。
しばらく探し回ったけど、結局封筒の影も形も見当たらなかった。そこでようやく、私はある可能性を考える。誰かに奪われたんだ。気絶させられたのもきっとそのためだ。
「えっと……」
気絶させられたってどういうことだろう。
部屋の中に誰かいたってこと?封筒を拾うところを誰かに見られてたってこと?中の手掛かりが誰かにとって知られるとまずい内容だってこと?中身は確か……“超高校級の絶望”。あんまりよく知らないけど、言葉自体は誰でも知ってるものだ。それの詳しい内容を知られたくないってことは、襲ってきたのは“超高校級の絶望”の関係者?
考えると色々な可能性が浮かんでくる。こういうときに、「怖い」よりさきに「なぜ」の気持ちが浮かんでくるようになって、冷静な自分が呆れた目で見つめてくる。ひとりで考えてても答えは出ない。何より、この学園には私たちしかいない。だから私を襲った誰かも、この学園のどこかにいる人だ。
「あっ……」
誰かに相談しようと思って、そこで思考が止まった。もし相談した相手が私から封筒を奪った人だったとしたら、その人に誘導されて見当違いな結論を出してしまうかも知れない。もしかしたら私が封筒を奪われたことに気付いたことで、早まった行動をとらせてしまうかも知れない。だからと言ってみんなの前で話せば、たちまち犯人探しが始まって疑心暗鬼になる。尾田君が内通者の存在を私たちに話したときみたいに。
そうか、こうなるんだ。あのとき、どうして尾田君はわざわざ私たちを疑心暗鬼にさせるようなことを言うんだろうと、非難する気持ちで考えてた。二人きりで話したとき、敢えて打ち明けるのにも理由があると分かった。けど、それまでに何を考えていたかまでは話してなかった。だから、尾田君もこんな気持ちだったのかなって思うと、また彼のしてきたことを少しだけ許せる気持ちになった。そんな気がした。
「……いやいやいやいやいや?」
そんなときめきチックなことを考えてる場合じゃない。もし私たちの中に“超高校級の絶望”が潜んでるんだとしたら——確か、“超高校級の絶望”って世界的なテロ組織だったよね——そんな危険人物を放置していて、何をしでかすかわからない。やっぱり尾田君と同じ結論になる。たとえ疑心暗鬼になってしまっても、その危険性を知らないみんなを危険に晒すわけにはいかない。私はこの事実を伝えるため、急いで部屋を飛び出そうとして……まだ深夜であることに気付いた。
そっか、気絶させられたから変な時間に起きちゃったんだ。ここ数日ですっかり恒例になってしまった真夜中のアナウンスも収まってしばらく経った時間だ。いちおう、みんなの部屋をノックしてみよう。誰も起きてこなかったら、仕方ない。話すのは明日にしよう。
「分かってるよね?もうこれ以上は限界だってこと」
暗い部屋。光るモニター。無数の点滅。学園中の全てがそこに表されている。今まさに眠っている彼・彼女たちは個室の中で穏やかな明滅を繰り返し、ただひとつ——否、二つ、部屋を離れてゆっくり動く点がある。
「別にこれを放置したからってどうってことはない。今はね。でも少しずつ、だけど確実に綻びは大きくなってきている。これがしばらく続けば、いずれはこのコロシアイ自体が崩壊しかねない。そうなってしまったら……分かるよね?」
黙って首肯する。コロシアイの崩壊は、すなわち世界の崩壊につながる。それは決して望ましい崩壊ではない。それではこの身に刻んだ使命が果たせない。役目が果たせない。悲願が果たせない。モノクマの内通者として動いてきた意味を失ってしまう。
「この事態をなんとかするのが、オマエに課せられた最後の使命だよ」
「……最後?」
モノクマは、はっきりとそう口にした。思わず復唱する。
「ああ、そうさ。これからいよいよ最終決着をつけようってときに、こんなことでコロシアイを崩壊させられちゃたまったもんじゃないよ。障害があるならクリアする。物事の基本だね。だから、この問題は明日中に解決する。ボクも、オマエも、あいつらもよく知ってる方法でね」
「つまり……」
「だからこれはオマエにしか任せられない重大な任務なんだ。うぷぷぷぷ、是非ともその身を絶望のために捧げてちょうだいね!期待してるよ!」
何を考えているかはだいたい分かる。4度目の事件が起きたときも、モノクマは今と同じように、内通者を使って事件に介入した。あれは止むを得なかった。あの介入がなければ、モノクマが校則違反を見過ごしたことになってしまうからだ。
今回はどうだ?すでにモノクマは何日にも亘って、正体不明の校則違反者——おおよそ見当はついているが——を処罰せず、同じような違反を繰り返しさせてしまっている。いまさら後手後手で手を下すのに、内通者である自分を使うのか。それに、さっき口にした言葉……。
「さ、分かったらさっさと行った行った。決行は明日。時間と場所とやることは……言わずもがなだね。じゃ、そんな感じでシクヨロ〜」
……考える。内通者としてではなく、使命を背負う者として。
「もはやこのコロシアイゲームは成立していないのでは?」
朝、食堂に集まったみんなの前で、尾田君が言い放った。私たちにじゃなくて、みんなの前に立って悔しげに顔を赤くさせているモノクマに対してだ。私たちは、真剣な顔でその行く末を見守っていた。モノクマが何を言うか、何をするか、次の一手で今後のことが大きく変わる、そう感じていたからだ。
「わざわざ朝から呼び出して、何を言い出すかと思えば……なんなの?因縁つけるなんて尾田クンらしくないじゃない」
「因縁ではありません。このコロシアイゲームは、ゲームマスターであるあなたが厳格なルールのもとで強権を振るうことでこそ成立します。そしてもちろん、あなた自身もまたルールを守るべき立場にいる。違いませんね?」
「そりゃそうだね」
「それなら、なぜ毎晩のように起きる校則違反を放置するんですか。毎夜毎夜、真夜中に叩き起こされて迷惑しているんですが」
「……そんなの、尾田クンが気にすること?キミ、ルールを厳守するタイプじゃないでしょ。むしろ鼻で笑って蹴飛ばすタイプじゃない?」
「この現状は、あなたが僕たちの行動を管理・制御できなくなっているということではありませんか?であれば、僕たちがあなたに従わされる理由はなんでしょう?従わなければ殺されるから?明確なルール違反者を放置し、自らに課した義務すらまともに果たせないルール違反者であるあなたに?それはお話にならないのでは?」
「ぐぬぅ……」
後ろで尾田君の言うことを聞いていて、もし私がモノクマで私たちを無理矢理にでも従わせようと思ったら、それなりのやり方があるように思えた。だけどモノクマはそうしない。そうできない理由があるんだ。尾田君が言うように、モノクマ自身がルール違反を犯しているから?たとえそこに説得力がなくても、明らかな暴力は十分に私たちから反抗する意思を奪うと思うけど……。
あっさり言い伏せられたモノクマは、私たちの方をじろじろ見ながら悔しそうに地団駄を踏む。もしかして、この中にいる内通者に助けを求めてるんだろうか。でも、こんな状況でモノクマをフォローするのは、内通者だとしても無理だ。
「やいやいモノクマ!尾田君の言う通りだ!」
「だ、だれだ!?」
「ボクだー!」
突然、どこからともなく声が降ってきたかと思うと、モノクマと尾田君の間に割って入るように、ダメクマが飛び込んできた。前に私と庵野君の握手を止めたときみたいなハイテンションだ。
「この空間でオマエの支配力は弱まっている!もしこのままルール違反を犯すならオマエはすぐに今いる席を追われることになる!もし強硬手段をとるなら、それはそれで自分の敗北を認めたことになる!分かるか!?オマエはもう詰んでるんだ!」
「な、なんだオマエこのやろー!いきなり出てきたと思ったら調子に乗りやがって!オマエだってボクの支配下にいることを忘れたのか!どこのどいつか知らないけど邪魔するなら排除したっていいんだぞ!」
「できないね。だったらオマエは、どうしてボクを“モノクマという存在”に上書きしたんだ?」
「うぐっ」
「上書き?」
「みんな!モノクマはいま、不安定になっている。だけどいきなりそうなったわけじゃない。ずっとそうだったんだ。ボクがその証だ。モノクマがこの空間でできることは限られてるし、それは校則だけが理由じゃない」
「な、なに言ってんのか分かんねェよ……またいつものケンカじゃねェのか?」
「どうやらそんな雰囲気ではなさそうだ」
前みたいに興奮してテンションが上がっているというより、ダメクマは今この瞬間をチャンスと考えているみたいだ。なんのチャンスかは分からないけど、少なくともモノクマにとっては不都合なことらしい。それに、ダメクマをモノクマに上書きってどういうことだろう?なんだか話が難しくなってきたような……。
「ええいうるさいうるさいうるさい!こうなったら予定変更だ!本当はオマエラの準備が整うまで待ってやろうと思ったけど、もう怒ったぞ!明日!明日だ!」
「なにがでしょう?」
「ボクとオマエらが決着をつける最後の戦いさ!」
「今日じゃないのネ」
「ボクにも色々準備が必要なんだよ!とにかく、できるもんならやってみなよ!断片的な手掛かりから真実を暴いてみなよ!たった一日でさ!内通者もまだ生きてるのに、お互いを信じてやってみなよ!もう知ーらね!バーカバーカ!」
散々な捨て台詞を吐いて、モノクマは逃げるように食堂から出て行った。明日?明日には、モノクマとの最終決着をつける裁判をやるの?いまのこの状況で?私はしばらく、その言葉を受け入れられず立ち尽くしていた。意味も分からないし、単純にそんな急な話を受け入れたくなかった。心の準備ができてない。
「お、おいおいおい!待てよ!ちょっと待ってくれ!明日だァ!?モノクマとケリ付けるのが……こんな急に決まんのかよ!?んなのありかよ!?おいらなんの準備もできてねェぞ!?」
「モノクマと、いずれは最終決着をつけなければいけないのは分かっていました。そのための準備も、他ならぬモノクマの方から宣言していました。いずれこんな日が来るとは思っていましたが……急ではありますね」
「来るって分かってたんなら急じゃないヨ。なんの準備もしてない
「こればかりは長島の言う通りだな……王村、お前はいつになったら本気になるんだ?なんにだったら本気になれるんだ?自分の命が懸かっているんだぞ」
「うるせェ!んなこと言われなくたって分かってらァ!へェへェおいらが悪うござんしたよ!けどなァ!おいらだって逃げられねェって分かってんなら腹決めてやってやんよ!差し当たっては今んとこ見つかった封筒の内容をおいらにも教えてください!」
「夏休みの最後に宿題うつさせてもらう子みたい」
確かに急だし、私も心の準備はできてないけど、王村さんほどぼんやり生きてきたわけじゃない、はずだ。封筒をいくつか見つけたし、みんなと少しずつだけど色んなことを話してきた。それが最後の裁判にどう生きるかは全然分かんないけど、無駄じゃないはずだ。
ところでモノクマと決着をつけるって言われたけど、具体的には何をすればいいんだろう。
「正直に言うと……いまの状況でこの学園の真相なんて何一つ明らかにできません」
「うえっ!?お、尾田君!?」
いまいち緊張感のない食堂の空気を、尾田君がぴしゃりと叩いた。それでみんなの背筋がピンと伸びたような気がする。学園の真相……私たちがいる希望ヶ峰学園、とモノクマが呼んでいる建物の真相?
「まったく、余計なことをしてくれましたねダメクマ。あなたが割り込んだせいで話があらぬ方向に飛んでいってしまいました」
「ええ!?ぼ、僕はただ……尾田君を助けてあげたくて……。今ならモノクマの支配を崩すチャンスかと思って……」
「モノクマの支配が崩れた何が起きるんですか?この学園にはモノクマが仕掛けたギミックが無数に存在します。もしかしたら、分館を丸ごと吹き飛ばした爆弾のようなものがこの建物にもあるかもしれない。そういう危険性を考えての行動なんですか?」
「もちろんだよ!モノクマだってさすがにこの本館までは爆破できない!そんなことしたら元も子もないじゃないか!」
「そう言える根拠は?」
「根、拠は……き、禁則事項です」
「ではモノクマの支配を崩すことであなたにどういったメリットがあるんですか?あなたは何をしようとしているんですか?」
「き、禁則、事項です……」
「そもそもあなたは何者なんですか?僕たちの味方なんですか?敵なんですか?モノクマとはどういう関係なんですか?なぜはじめから姿を現さなかったんですか?なぜモノクマと同じ姿をしているのに、明らかに異なる行動原理を持っているんですか?いったい何を知っているんですか?」
「…………」
「ちょ、ちょっと尾田君。いくらなんでも、そんなに質問攻めにしたらかわいそうだよ。話せないって言ってるじゃない」
「何も言えない、話せない、自分の行動の根拠すら示せない。それでもこのモノクマ紛いを信じろと?正直、さっき僕は一世一代の駆け引きをするくらいの気持ちでモノクマに相対していました。それを考えなしに妨害されて、非常に不愉快なんです」
「でも……」
「いまさらモノクマが吐いた言葉を覆すことは期待できません。こうなったらやるべきことをやるだけです。もうダメクマに邪魔はさせません」
「ううっ……」
どうして私たちはこうもまとまらないんだろう。モノクマとの決着を前にした今になっても、尾田君は私たちと正面から向き合ってはくれない。毛利さんも、王村さんも、庵野君も、長島さんも、私と一緒にモノクマと戦ってくれるのに。どうして尾田君だけは私のことを分かってくれないんだろう……。
「やっぱり尾田さんは度し難いなあ。ダメクマだって悪気があったわけじゃないだろうに、許してあげればいいのに」
頭の中に、少しだけ懐かしい声が響いた。幽かな音で、ともすれば聞き逃してしまいそうだった。
「ダメクマに悪気がないのと同じで、尾田くんには尾田くんなりの行動原理があったわけさ。こんな状況だからこそ、次に打つ一手はとても重要だ。それを間違えれば全てを失ってしまうくらいにね。それに横槍を入れられたんだから、怒るのも無理ないよ。かと言って、甲斐さんにできることはないけどね」
「そんな言い方ないよ……尾田君が仲間になってくれないと、モノクマとなんか戦えないよ」
「他のみんなが頼りないから?」
「そんなことは……」
「ぶっちゃけ、王村さんは役に立つビジョンが見えないよね。あの人、どう受け止めればいいんだろう?癒し枠?」
「苦しいね〜」
この状況とは裏腹に、頭の中で会話する
「分かる?ぼくたちの声が聞こえるっていうことの意味が。甲斐さんは、いまとっても心が弱っているんだ。存在しないぼくたちの幻影を頭の中に住まわせてしまうくらいにね」
「奉ちゃん!ファイト!なんか、こう、いい感じにがんばって!」
「それだったらもっと気休めになるようなことを言ってよ……解決の糸口になるようなことを教えてよ……私を元気付けるようなアドバイスをしてよ……」
「そんなこと言われても、ぼくたちはぼくたちであってぼくたちじゃないんだ。ぼくたちは甲斐さんが生み出した幻、現実逃避の駆け込み寺さ。甲斐さんに分からないことはぼくたちにも分からない。気休めにもならないのは、甲斐さんがそれに意味がないと思っているから」
そんなことは言うくせに、しっかり私のことを論破してくる彼は、やれやれといった感じに肩をすくめる。
「ええい!湖藤さんは黙ってて!あのね奉ちゃん、私が言うのもなんだけど、とにかくモノクマがやるって言ったらやるしかないんだから、協力できるみんなで協力しようよ!封筒だって全然なくなってるわけじゃないんだから!」
「そういえば、“超高校級の絶望”の封筒はどこに行ったんだろうね。誰に奪われたんだろうね。もしかしたらこの中に奪った人がいるかもよ。そうしたら、せっかく協力してくれてるみんながお互いを疑い合ってしまうかも」
「それはもう考えた可能性でしょ。だから全部話すって決めたじゃん」
「それを決めたときとは状況が違う。モノクマとの決着が急に目の前に迫ってきて、みんな少なからず動揺している。そんなところに疑いの火種を撒くようなこと、ぼくだったらやらないな」
「でも時間がないんだから分かってることは取り敢えず共有しておいて、誰か何か分かるかも知れないんだからさ、いまはそういうリスクより手掛かりをひとつでも増やすのが大事なんじゃないの!?」
「手掛かりこそ共有されないと意味がない。疑心暗鬼は情報の規制を誘う。不均衡で不平等で不正確な情報の氾濫を招く。そうなったらそれこそ内部崩壊だよ」
「だ、だけど……」
「うるさいよッ!!!」
「ヒェッ」
頭の中の騒がしい声をかき消そうと大声を出した。王村さんの小さな悲鳴が聞こえた。
「か、甲斐?大丈夫か?ずっと何を……」
「……」
毛利さんが心配そうに声をかけてくるのを、耳ではっきりと聞いた。頭でしっかりと理解した。でも、無視していいか、って思っちゃった。私はそのまま自分の部屋に戻った。その日はもう何も考えたくない、話したくない。明日にはモノクマと決着をつけなくちゃいけないことなんて、もうすっかり頭から抜け落ちてた。
いま書いてるところはいよいよ終盤って感じなので、これまでほったらかしにしてた諸々のツケを払っています。大変大変
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