ダンガンロンパメサイア   作:じゃん@論破

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学級裁判編1

 

 エレベーターに乗る人数はほんの少し。初めてここに乗ったときは18人の人たちがいた。肩がぶつかるくらい近くで人が震えているのを見ていた。焦りを表すような浅い呼吸を繰り返すのを聞いていた。貧乏ゆすりをしたり爪を噛んだり、それぞれが心を落ち着かせようとしている雰囲気を感じていた。

 いまこのエレベーターには、そのどれもない。この緊張感、薄暗さ、恐怖感に慣れてしまった。私の頭の中では、学級裁判で何を話そうか、何を話すべきで何を話さないべきか、どういうロジックを組み上げていけば説得力を持たせられるか、そんなことばかりを考えていた。裁判を生き抜くことを考えれば正しいことなのかもしれない。だけどなんだか、どう考えても理不尽で、どう自分を騙しても怖くて仕方がないことを前にして冷静でいられてしまっている自分が……どんどん人間らしい心を失っているような自分が、どうしようもなく不気味だった。

 

 誰も何も言わない。時間だけがただひたすらに足元から頭の上に過ぎていく。ひんやりとした空気が服の隙間から入り込んで肌を撫で回す。小さく身震いをしたころ、エレベーターはゆっくりと減速し、けたたましい金属音とともに動きを止めた。耳をつん裂くような金属音を響かせながら、目の前のシャッターが開く。目を突き刺す光の中に、裁判場はあった。

 もうここにいないみんなの遺影が並ぶ。いつも凝った装飾がなされていたはずの裁判場は、コンクリート剥き出しの殺風景な中に鎮座していた。モノクマが座る玉座だけが場違いなほど煌びやかで、その足元に壺漬けになったダメクマがいた。

 

 「軽くふた」

 「うわーっ!くらいよー!せまいよー!しょっぱいよー!」

 「なにやってんでェ」

 「今まではどうせ大したことはできないだろうと思って放っといたけど、これ以上厄介なネタを増やしてもらいたくないから、こうして味噌漬けにしてるんだ。もうイレギュラーはごめんだよ」

 「なぜ味噌漬けに……」

 「塩の方がよかったかな?」

 「なんでもいいアル。とっととやることやるヨロシ!」

 

 ぐるりと周りを見回す。しっかり自分の足で立つのは、私を含めてたったの5人。この中の誰かが尾田君を殺害した。モノクマとの最終決戦を前にして起きた事件。その目的は?なぜ尾田君だったのか?分からないことだらけだ。手掛かりだって足りているかどうか分からない。この裁判の結末がどうなるか、明らかにすべきはこの事件の真相だけでいいのか。こんなに不安な学級裁判は初めてだ。

 それなのに、私の心は落ち着いていた。冷静さを欠かないようにする冷静さを失っていなかった。淡々と、粛々と、なすべきことをなす。それだけだ。

 

 「学級裁判とは、オマエラの中で起きた問題を解決するために設けられたシステムです。ボクとの決着を前にして起きた事件……その犯人は誰なのか、オマエラ!しっかり議論して正しい答えを出してよね!でないと、せっかくボクが夜なべして準備したのに、まるごと無駄になっちゃうから!頼むよほんと!」

 

 モノクマの叫びは切実だった。そこまで思うなら、どうせモノクマは犯人を知ってるんだから教えてくれればいいのに……と思った。そうしないのは、できないから?学級裁判をしなければいけない、そのルールにモノクマさえ縛られているから?だったら、そのルールを決めたのは誰?

 余計な疑問が生まれるなんて、集中できてない証拠だ。私は頭を振って、目の前の問題に改めて向き合った。この5人の中の誰かが尾田君を殺した。その理由も、方法も、正体も、私たちだけで暴かなければいけない。数少ない手掛かりを駆使して。拙い頭を懸命に振り絞って。

 これまでにない緊張感とこれまでにない困惑の中で、学級裁判が幕を開く。命懸けの証明、命懸けの抵抗、命懸けの賭け、命懸けの糾弾、命懸けの信頼……この裁判場から生きて戻るために、全員が覚悟を決めた。

 

 


 

 

 『コトダマ一覧』

 【モノクマファイル⑥)

 被害者:尾田劉平

 死因:腹部を刺されたことによる失血死

 死体発見場所:4階階段前

 その他:致命傷となった刺傷痕は深く、内臓まで達している。

 

【尾田の日記)

 尾田の部屋に残されていた日記。

 コロシアイ生活が始まってからの尾田の生活が記されている。

 最初の学級裁判後の数日と、直近の数日に付箋が貼られている。

 直近のページはホチキスで綴じられていて読めない。

 

【工具セット)

 モノクマから生徒に配布されているもの。

 男子には工具セットが、女子には裁縫セットが、どちらも人体急所マップとともに配られている。

 

【槍)

 倉庫の奥に保管されていたやり投げ用の槍。

 モノクマの刻印がされており、先端に少量の血がこびりついている。

 

【真夜中の校則違反者)

 事件の数日前から、毎晩午前0時に何者かが校則違反を犯していた。

 校則違反者は本来すぐに処刑されるはずだが、事件が起きる日まで誰も処刑されていない。

 

【死体発見現場)

 死体発見現場は、モノクマから立ち入りを禁止されていた最上階からさらに上に続く階段前。

 階段はシャッターが閉まって上れない。

 死体発見当時はシャッターが上がっていた。

 

【毛利の検死結果)

 尾田の腹部の傷は2つあり、ひとつは深く、ひとつは比較的浅い。

 致命傷になったのはより深い方の傷で、浅い方の傷はその後からつけられたもののようだ。

 

【手首の傷)

 尾田の右手首に複数の切り傷が残っていた。

 どれも傷は浅く、血が固まりきっていない。

 また、手首を一周するように紐の痕が残っている。

 甲斐によれば、この傷は引っ掻いた痕ではなく刃物で傷つけられたものだという。

 

【王村の証言)

 事件前日の夜、王村は食堂で晩酌をしていた。

 夕食の片付けをしてから夜時間になるまで、厨房に出入りした人はいなかった。

 王村自身は夜時間になる前に切り上げて個室に戻り、長島が呼びに来るまで部屋で寝ていた。

 

 


 

 

学級裁判開廷:

学級裁判 開廷

 

 「まずは、学級裁判の簡単な説明から始めましょう。学級裁判の結果は——!」

 「そんな分かりきったこと、いまさら言う必要ねェだろ。早いとこ議論しようぜ。おいらァもうここに立ってるだけでちびりそうでたまらねェんだ」

 「未だにこの環境に慣れない王村が、私はもはや羨ましい。もしかしたら今ここにいる中で一番人間らしい感覚を残しているのは、王村かも知れないな」

 「キミたちの方が無駄話してない?いいけどさ……」

 

 お決まりになっていたモノクマの説明を遮って、王村さんが議論を促す。学級裁判の結末は私たち次第、失敗すれば私たちは殺される、そんなことはもう分かっている。ここでは議論が止まってしまうことが何よりもいけない。私はさっそく口火を切った。

 

 「これも分かりきったことかも知れないけど、取りあえずモノクマファイルの確認と、毛利さんが検分した結果を聞こう」

 「了解した」

 

 私たちはモノカラーを捜査して、モノクマから配られた検死報告書を見た。尾田君の凄惨な死に様が収められた写真に、お腹の部分に示された刺傷痕。何があったかは明白だ。

 

 「モノクマファイルには、尾田の死因は刺し傷からの失血死とある。調べてみた結果、尾田の腹には二つの刺傷痕が認められた。ひとつは深く内臓まで達している、おそらく致命傷。もうひとつはそのすぐ近くにあるが、それほど深くはない」

 「そんなことまで調べたのですか……!素晴らしい。ありがとうございます」

 「その刺し傷ってのァなんの傷だ?取り敢えず凶器が分かれば、犯人なり事件当時の状況なりが分かるんじゃねェか?」

 「ぱっと思いつくもので言えば包丁などだが……」

 「いいや、包丁ではないはずだよ」

 

 今まで学級裁判をリードしていた尾田君も湖藤君もいなくなってどうなることかと思っていたけど、思いのほか裁判はそつなく始まった。もっと戸惑うかと思っていただけに、肩透かしな気もする。でも、何も分からないまま終了を迎えることはなさそうだ。それだけは安心した。

 

 「昨日の晩、包丁がある厨房の前では、王村さんがずっと晩酌をしてた。そうだよね?」

 「ん?あァ、まァおいらはいつも晩酌してっけどなァ。つまみも自分で用意してんだぜ」

 「包丁で尾田君を刺すには、厨房から持ち出さなくちゃいけない。でも王村さんが食堂にいたなら、必ず目撃されるはずだよ。誰も通らなかったよね?」

 「たぶんな。酒は飲んでたけど……まァ、誰か来たらさすがに分かるぜ。それに、夜時間になって食堂が閉まるまでいたから、朝まで誰も来てねェのはぜってェだ」

 「どこまで信用できるんだか分からないネ。まるっきり王王(ワンワン)の言うこと信用して大丈夫カ?」

 「大丈夫だよ。晩御飯の後に包丁が揃ってたのは私も見た」

 「逆に、包丁を持ち出すことができたのは王村だけということにもなるが……」

 

 冷静に、少しずつ、着実に可能性について話し合う。たとえそれが分かりきった誤りだったとしても、気のせいかと見逃してしまいそうな違和感でも、漏らさず言葉にする。卓越した頭脳も強引に議論を推し進める度胸もない私たちには、地道に進んでいく道しかない。

 

 「お、おいらがなんで尾田を殺さなくちゃならねェんだよ!むしろおいらァあいつに助けてもらいたかったんだよ!あいつならモノクマとも戦えるだろうって安心してたんだよ!」

 「動機なんて本人にしか分からないネ。大事なのは、可能だったかどうかアル」

 「できねェよ!おいらじゃ包丁がかかってるところに手が届かねェだろうが!言わせんなこんなこと!」

 「踏み台を使えば可能かと思われますが。食糧庫にはたくさんの食材が保管されていましたから、木箱もありました。ワカメとか」

 「だ、だとしてもよォ……」

 「簡単に証明できる方法があるよ。王村さんが犯人じゃない……いや、凶器が包丁じゃないってことが」

 

 正確な言い方をするよう気をつけた。今ここで私が思いついたことをしても、それは王村さんの潔白を証明することにはならない。尾田君の死因が包丁ではないことを証明することにしかならない。それを取り違えてしまうと、もしかしたら結論を大きく左右してしまうかも知れない。慎重に慎重を重ねないと。

 

 「証明とは、具体的にどのように?」

 「王村さんの持ち物を確認するんだよ。もし王村さんが包丁で尾田君を刺したなら、その包丁が出てくるはずだよ」

 「お、おお!調べてくれ調べてくれ!」

 「そんなの、部屋なりどこかに隠してるかもしれないヨ!証拠にならないアル!」

 「そうかな?だって犯人は、凶器が何かを隠したがってたんだよ。なのに凶器の包丁をその辺に放っておくかな」

 「凶器を隠したがっている?なぜそう思うんだ?」

 「だって、尾田君には明らかに刺し傷があったのに、凶器は現場に残されてなかったんだよ。夜中とはいえ、凶器を持って歩いてるところを見られたら一発で犯人だってバレちゃうのに、そんなリスクを冒すってことは、凶器を隠したかったからなんじゃないかな」

 「そう言われるとそんな気もしてくるなァ……」

 「もし誰にも凶器を見られないようにしようと思ったら、自分のすぐ近くに置いておくと思うんだ。なにより王村さんは、自分から検分の見張りを名乗り出たんだよ。自分の手の届かないところに隠してある包丁なんて、気になって仕方ないはずなのに」

 「確かにな……」

 「おら!見ろ!懐にもポッケにも靴下の中にもなんにも隠してねェぞ!」

 「分かった分かった!もう分かったアル!臭い!しまうヨロシ!」

 

 いつの間にか股引き一丁になってた王村さんが、汚い靴下を振り回して叫ぶ。どうやら本当に包丁は持っていないみたいだ。これで、王村さんが尾田君を包丁で刺したという可能性は限りなく低くなった。いちおうみんなを丸めこめたと思うけれど、まだ私の憶測でしか推理を進めてない。

 これ以上この話を続けるのは、王村さんへの疑念を余計に強めるだけだ。まだまだ始まったばかりの学級裁判、もっと広く可能性を精査しないと。

 

 「包丁が凶器じゃないとすると、他に凶器になりそうなものってあるかな?」

 「そんなのもうあれしかないヨ!奉奉(フェンフェン)ったら忘れちゃったカ?仕方ないネ!ワタシが代わりに教えてあげるヨ!」

 「心当たりがあんのか」

 「もちろんアル!な・な・なんと!地下倉庫に血まみれの槍が落ちてたヨ!陸上競技で使う槍投げの槍ネ!きっと劉劉(リュウリュウ)はあれでお腹グサッといかれたに違いないヨ!」

 「槍、だと……?それは……確かに、あの細長い刺し傷に合致しそうだ」

 「むしろ包丁よりそっちの方がありそうじゃねェか!なんでおいらのこと包丁で詰めたんだよ!」

 「可能性はなるべく多く検討するのが真相にたどり着くコツってさっき思ったアル」

 「引用かと思ったよ」

 「ちなみに槍を見つけたのは手前です……隠すように置いてあったので、甲斐さんがおっしゃったことからもそう外れないかと」

 「長島なんにもしてねェじゃねェか!」

 

 地下倉庫にあった槍は、確かに血まみれだった。あれで人を殺害しようと思ったら、きっとお腹に刺して使うだろう。あの槍が事件に関わっていることは間違いない。尾田君のお腹に突き立てられたのも間違いないとは思う。だけど、あの槍を見たとき、私は何か違和感を覚えた。うまく言葉にできないけれど、何かが足りないような気がした。

 

 「細かいこと気にしてるからモテないヨ。凶器がはっきりしたんだからええじゃないカ」

 「まあ、現状他に可能性のあることもないしな。だが忘れるな、早とちりは命取りだ」

 「毛利さんのおっしゃる通りです。この後の議論次第では、まるまるひっくり返る可能性があることもお忘れなきよう」

 「まァいいや、次の話に行こうぜ。何か手掛かりを見つけたんだろ?」

 「手掛かりというか……気になることならあるよ」

 

 あの槍を見たときの違和感は、まだ心の中に留めておく。どんな些細な違和感も見逃すべきではないけれど、もしかしたらこの違和感は後で強力な一手に変わるかも知れない。少なくとも、自分の言葉ではっきり説明できるようになるまでは保留しておくべきだ。私はそう判断した。

 みんなを巻き込んで議論するなら、もっと分かりやすくて、もっと訳のわからないことだ。私は、モノクマファイルを開いてみんなに説明した。

 

 「毛利さんが検分してくれたときに、尾田君の手首に細長い傷を見つけてくれたんだ。これは手首を一周取り囲むようについてた。これって、ただの傷じゃないよね?気になってたんだ」

 「手首の傷……ですか。確かに、写真を拡大してみるとそれらしいものがあるようです」

 「劉劉(リュウリュウ)は長袖を着てたヨ。腹のところに穴が空いてるのもいつもの長袖ネ。どうして長袖を着てる劉劉(リュウリュウ)の手首に傷が付くカ?」

 「それにこの傷の形は、甲斐が言うように普通につけられたものではない。尾田が自分でつける意味も、犯人がつける意味も分からん。ただ、ひとつだけこの傷とは垂直につけられた刃物の傷がある」

 「縦に?そんなカットする奴いるカ?」

 「カットじゃねェからだろ。甲斐と毛利がそんな話をしてたぜ。尾田に限ってそんな病み方する奴じゃねェだろ」

 「あいにくですが、人の心は複雑怪奇、愛情がときに憎しみに、喜びが不意に悲しみに、希望が一転して絶望に変わってしまうものです。尾田君と言えど、心の中でどんな闇を抱えていたか分かりません」

 「抱えてたっていうか滲み出てたような気がするけど……」

 

 長島さんも庵野君も、この傷にピンと来る様子はなかった。気付いていないふりをしているのか、それとも本当に知らないのか。私にその見分けはつかない。とにかく今は、この傷の正体を議論して、裁判を止めないように努めるので精一杯だ。

 

 「手首の周りを一周してる傷って、どういうときに付くものだろう?」

 「かなり強い力で擦られたようだな」

 「分かったアル!きっとこれは輪っかを擦り付けられた傷アル!手首をロープで縛られたりするとこの辺がもう痛くて痛くて……とくに麻みたいに毛羽立つやつだと敵わんアル」

 「なんでそんな経験があるのかは聞かない方が良さそうだな。しかし、つまり尾田は細長い紐状のものを手首に撒かれていたということか?」

 「ってェことは、ひとつだけある刃物傷ってのァ、尾田がその紐を切ろうとして付けちまった傷ってこったな」

 「紐を切らせて肉を断っちゃうなんて、劉劉(リュウリュウ)は不器用ネ!」

 「……本当にそうでしょうか?むしろ、刃物を使ったのは犯人の方なのではないでしょうか?」

 

 尾田君が、手首に巻かれた何かを刃物で切った。その方向で話がまとまりそうになったところに、庵野君が異を唱えた。

 

 「自分で自分の手首に巻かれたものを切るときに、誤って自分を傷つけてしまうことなどあるでしょうか?尾田君ほど冷静な方なら、刃を外側に向けるくらいのことはしそうです。むしろ尾田君の体が傷つくことに無頓着な他人がしたと考える方が妥当なのではないでしょうか」

 「確かに……そう言われるとそんな気もしてくるなァ」

 「それに、もし尾田君が自分で切ったのなら、刃物が残っているはずでしょう。毛利さん、彼の身の回りから刃物は見つかりましたか?」

 「いいや。ポケットも服の下も調べてみたが、それらしいものは見つからなかった」

 「ということは、やはり刃物を使ったのは尾田君ではないということに」

 「さらっとすごいこと言ってたような気がするけど萌ちゃんは空気が読めるからスルーするヨ」

 「スルーできてないよ」

 

 庵野君の反論は理路整然としていて、なおかつ私たちに反論できる材料はなかった。でも、そうすると私にはまた新しい疑問が湧いてくる。犯人が尾田君の手首に刃を突き立てたと言うのなら……。

 

 「じゃあ庵野君、犯人が尾田君の手首から何かを切り取ったっていうことは、その何かは尾田君が自分で手首に巻いたっていうことにならない?」

 「……ええ、そうですね。その通りです」

 「尾田が自分で手首に……?ますます訳がわからないぞ……!いったい何が巻いてあったというんだ……!?」

 「それは手前には分かりません。ただ、刃物で切り取れるということは、タコ糸かテグスのようなものだったのではないでしょうか」

 「いや、紐の素材が分かったところでなんも変わんねェよ……」

 「……」

 

 想像してみる。尾田君が、自分の手首に紐を巻いている姿を。一体何がしたいのか、私には想像もつかない。でも、彼が何の意味もなくそんなことをするとは思えない。最後に尾田君を見たとき、彼の手首には何も巻かれていなかった、と思う。正直、最後の一日くらい尾田君とは会ってないからよく覚えてない。

 でも、もし尾田君が何かの意味を持って手首に紐を巻いていたのなら……それは、この事件の真相につながる手掛かりになり得るはずだ。

 

 「殺されても尾田は尾田ということか……死んでもなお私たちを混乱させるとは……」

 「わっけわかんねェ……っていうか、今話してんのってそんなに重要なことか?尾田が手首に何巻いてようが、事件に関係ねェだろ」

 「いーや!大いに関係あるアル!だって犯人はその紐を持ち去ってるヨ!?事件に関係ない、劉劉(リュウリュウ)がおしゃれか何かでつけてるようなものなら無視するはずアル!」

 「確かにな。そうなると、奴の手首についていた擦り痕の意味も分かりそうだ。あれはきっと、犯人が無理に取り去ろうとしてついたものか」

 「でも、最後には刃物を使ってる……刃物を持っていたなら最初から使うはずだから、きっと無理矢理取ろうとしたのを諦めて、刃物を持ってきたんだ」

 「めちゃくちゃ余裕あるじゃねェか!」

 「余裕というより、よほどその紐は現場に残して置けなかったのでしょうね」

 

 なんだか、庵野君の発言で議論の中身がだいぶ変わってきた。尾田君の手首に傷をつけたのは犯人で、犯人はわざわざ手間と時間をかけて尾田君の手首に巻かれた何かを持ち去った。なら、犯人がリスクを冒してまで持ち去りたがるような何かを、尾田君が自分から手首に巻いたっていうことになる。それが明らかになればきっと、犯人の正体に迫るはずだ。

 

 「尾田の奇行にゃァ散々振り回されてきたけど……ここに来て極め付けがきたなァおい。なんだよ、手首に巻くなにかって。なんでもありじゃねェか」

 「……確かに、尾田君が何を考えていたか、もう彼の口から聞くことはできない。でも、彼が何を考えていたか、探るための手掛かりならあるよ」

 「なに……?」

 

 正直、これを裁判場にまで持ち込んで何になるのか、よく分かっていなかった。もしかしたら何の意味もないかも知れないし、尾田君のことだからこれ自体がダミーの可能性だってある。でも、少なくとも彼が遺したものであることには変わらない。ならきっと大事なことが書かれているはずだ。私は懐から、それを取り出した。

 

 「これだよ」

 「うん?なんカ、そのよれよれの本は」

 「尾田君の部屋で見つけたんだ。きっと、彼の日記だよ」

 「日記?尾田がそんなものをつけていたのか」

 「いやそれより……彼の部屋でですか?手前と長島さんも甲斐さんと一緒に捜査しましたが、そんなことはおっしゃっていなかったではないですか!」

 「ごめん。もしかしたら重要なものになるかも知れないと思って、言ってなかったんだ。今ここで出すことになるなんて思ってなかった」

 「ふーん、奉奉(フェンフェン)もずいぶん強かになったネ。いいと思うけどそれはそれとして教えるヨロシ!って思うヨ」

 

 思いのほか、庵野君と長島さんからの追及はなかった。きっとこの日記を隠しておくことの意味を理解してくれたからだろう。

 

 「甲斐は、その中を読んだのか?」

 「ううん、まだ。でもきっと尾田君の考えてることが書かれてると思う。どんな隠し事をしてる人も、どこかにそれを打ち明けたくなるものだよ。尾田君のことだからきっと……こういう形でしか本音は言わないと思う」

 「もったいつけてねェで読んでみようぜ!これで犯人が解りゃァ儲けもんだ!」

 「殺された後にどうやって日記を書くと言うんだ……とにかく、読んでみるか」

 

 私は、ページを開いた。この日記は、最初にこの学園に来た日から始まっている。いきなり日記をつけ始めるなんてことは考えにくいから、きっと尾田君は普段から日記をつける習慣があったんだろう。慣れた調子でその日のことが記されている。

 19人の他人と見知らぬ場所に閉じ込められたという異常な状況を端的に説明しつつ、既にみんなに対する印象をメモ程度に残している。まるでモノクマからの説明を聞いて、この後何が起きるのかを全て察知したかのように、その筆致はとても冷たい。文章を読んでいるだけなのに、まるで尾田君の説明を聞いているような、心がざわつく感覚がした。

 

 「って、んなもん悠長に読んでる暇ねェだろ!?ここに来てからのことって簡単に言うけど、一日や二日のことじゃねェぞ!どんだけかかるんだよ!」

 「確かに、尾田君は相当マメにつけているようですからね。甲斐さんが下読みしてくださっていれば、掻い摘んで検討することもできたかも知れませんが……」

 「……ご、ごめん。時間がなくて」

 「仕方ないだろう。だが、通読していられないのも確かだ。どうする?甲斐」

 「うん。尾田君はところどころ付箋をつけてるんだ。コロシアイと学級裁判があった日や、モノクマが何か動きを見せたときなんかについてるから、きっと尾田君なりに重要だと思う日や内容に紐付けてあるんだと思う」

 「それでもなかなかの量ネ」

 

 しかも付箋は色や種類で分類されていて、どれもそれなりに意味があるみたいだけど、手に入れたばかりの私たちには全然分からない。でも、明らかに私たちにも分かるくらい、尾田君にとって重要な情報が書かれているページがある。私はまだそれを開けていないけど。

 

 「もっと大事そうなページがあるよ。まだ見られてないけど……」

 「どのページだ?」

 「この、ホチキスで綴じられてるとこ。ここにつけられてる付箋は他のページにはつけられてないから、きっと特別なんだ。それに……尾田君にとってここは、特別な日だったはずだよ」

 

 私は、数枚のページがひとつにまとめられた箇所を開いてみせた。何箇所もホチキスで綴じられていて、隙間から中を伺うこともできない。前後の記述から、いつごろ書かれたものなのかだけは推定できる。

 

 「わざわざ書いたページをホチキスで綴じるとは……しかし、尾田君にしてはセキュリティが甘いような気がします」

 「本当なら日記帳が他人の手に渡ること自体が想定外なんだ。何かの弾みで見えてしまわないようにする程度でも十分だと判断したんだろう。おかげで、今となっては見ることも容易い」

 「でも針取りなんて持ってねェだろ」

 「ホチキスなら指でクイッといけるだろう。王村」

 「おいら確定!?なんでだよ!?爪痛くなるからやだよ!」

 「庵野は指が太いからできないだろうし、女子の繊細な指先を傷つけさせるわけにいかないだろう」

 「おめェガンガン死体触ってただろ!何が繊細な指先だよ!」

 

 文句を垂れる王村さんに日記帳を渡して、針をパリパリ取ってもらった。しばらく変な無言の時間があったけど、無事にページを傷つけることなく針が取れた。案の定、王村さんは指先に針が刺さったみたいで、気持ち悪そうに指を舐めていた。戻ってきた日記帳のページを、私はゆっくりと開く。

 

 「……どうだ?何が書いてある?」

 

 一文字一文字を追いかけるように読んでいく。時間がないとは言いつつ、ここはひとつも内容を漏らしてはいけないから丁寧に読んでいく。これが書かれたのは……2度目の事件——狭山さんが岩鈴さんに殺害されて、その死体を尾田君が溶かした事件——その学級裁判の直後だ。

 いつもの尾田君と同じような、冷静かつ俯瞰的な文章とは少しだけ違う。いつもよりペンに力がこもっていて、尾田君の焦りや緊張、苛立ち、興奮、そんな感情が伝わってくるようだった。それはきっと、ここに書かれている内容が関係している。これが書かれたタイミングが関係している。あの裁判では飄々としていた尾田君も、実は内心穏やかじゃなかったんだ。それを知ることで、尾田君が少しだけ私たちと同じ高校生なんだって感じることができた。

 そんな中で、何ページかにわたって尾田君が書き続けていることがある。ときに静かに、ときに激しく、彼の感情がそのまま表されたような文章で、彼がどれだけそれに固執していたのかが分かるくらいに。

 

 「モノカラー……?」

 「——っ!」

 「?」

 

 誰かが息を呑む声が聞こえた……そんな気がした。さっと顔を上げてみるけど、みんな私の方を張り詰めた表情で見つめているばかりで、今のが誰の声なのかを判別することはできなかった。もちろん、視界の奥でふんぞり返っているモノクマでも、その足元で壺漬けになってるダメクマでもない。

 

 「尾田君はここに来てからずっと、モノカラーに興味を持っていたみたい。と言うより、モノクマに対抗する手段として、ここにヒントがあるって感じてた、っぽいかな」

 「モノカラーって……こいつかよ」

 「確かに、これはモノクマに無理やり付けさせられてるヨ。色んな機能もついてるし、モノクマの技術の結晶とも言えるネ。逆に解析できたら分かることもありそうアル」

 「しかし、下手にいじるのは危険すぎないか?ただでさえ首から外せないんだぞ。それにモノクマからも警告を受けているはずだ」

 「うん。だから尾田君は……自分のもの以外のモノカラーを手に入れることに腐心していたみたいなんだ」

 「自分以外のとは……?」

 

 私たち20人にひとつずつ、首にはめる形で強制的に配られたモノカラー。学級裁判に必要な情報を管理するだけじゃなく、学園内のセキュリティやモノクマネーの管理、カメラ機能や私たちを監視するための機能も搭載されている。便利である以上に、モノクマにとっては私たちを支配するための道具でもある。だから逆に、尾田君はここにモノクマの隙があると考えたんだろう。確かに、ひとりひとつしか持ってないものを二つ持っていれば、モノクマの想定しない動きが可能になるかも知れない……いや。

 

 「きっと尾田君は……そうか。そういうことなのかも……そういうことなんだよ、きっと……!」

 「ど、どうした?何か分かったのか?甲斐」

 「……尾田君は、手に入れていたんだ。二つ目のモノカラーを。だからあんなことができた。だからモノクマは、ああすることしかできなかった」

 「何の話ですか?」

 「もしかしたらこれは、たまたま上手く行っただけかも知れない。全部ただの偶然で、私の考えてることなんて本当は何一つ起きてないのかも知れない。だけど、尾田君が二つ目のモノカラーを手に入れていたんだとしたら、今までの全てに説明がつくんだ」

 「なにィ!?」

 「……みんな、聞いてくれる?私の、()()()()()()()

 

 ごくり、と生唾を飲む音がした。自分の喉からだ。みんなは真剣に私に耳を傾けてくれる。自分でも驚きだ。こんなに頭が冴えているなんて。それとも尾田君に言わせれば、決定的な証拠を手にしたんだから当たり前なのかも。それでも、これまでになく私は興奮している。

 今から私が挑むのは、この事件の犯人にじゃない。モノクマでも、内通者でもない。他の誰でもない、尾田君だ。事件のあった夜、それよりずっと前から、尾田君が何をしていたのか。尾田君が何を考えていたのか。尾田君が何をしようとしていたのか。それを今から、私が暴いてみせる。

 

 「前提として、尾田君は二つ目のモノカラーを手に入れていた。そして彼なりに手を尽くしてモノカラーの仕組みや造りについて調べていたみたいなんだ。だけど、手段が限られている中では重要な情報まで辿り着けなかった。だから、モノカラーを利用してモノクマの支配を崩すことにした。これが日記のおおまかな内容だよ」

 「詳しく聞こうか。モノクマの支配を崩すとは、具体的にどういうことだ?」

 「真夜中の校則違反者……ここ最近、日付が変わる時間に決まって校則違反をする人が現れていたのは、みんな知ってるよね」

 「そうだっけか?」

 「王王(ワンワン)は深酒し過ぎて寝惚けてたから知らないだけアル!っていうか、あれ劉劉(リュウリュウ)が犯人だったカ!?」

 「まあ、私たちの中であんなことをするのは尾田くらいのものだろうと思っていたが」

 

 もはや説明する必要がないくらい、みんなの悩みの種だった、正体不明の校則違反者。本当ならモノクマがいの一番に対処するはずなのに、それは数日に亘って——それこそこの学級裁判が執り行われる直前まで続いていた。だけど今日の真夜中に、その音は聞こえないだろう。あれの正体は、尾田君だったんだ。

 

 「尾田君はモノカラーを使って、意図的に校則違反を起こした。本当なら校則違反者はすぐにモノクマに処刑されるはずだけど、モノクマはそうしなかった。できなかったんだ」

 「できなかった……というのは?」

 「校則違反をしたのは、尾田君が手に入れた二つ目のモノカラーだ。でもそれは、本来校則違反なんて犯すはずがない人のものだった。だからその校則違反は、モノクマにとって想定外、あり得ないことだった。だから対処できなくて、様子を見るしかなかったんだ」

 「でも、校則違反は校則違反なんだろ?モノクマのことだから、ルール違反は即処刑じゃねェのかよ?なんで様子を見ることしかできねェんだ?」

 

 尤もな質問が王村さんから飛んでくる。そうだ。たとえそれが誰であろうと……もし内通者であったとしても、モノクマは淡々と刑を執行していただろう。モノクマにとってルールは絶対だ。それでも見過ごすしかなかった。モノクマだって万能の神様じゃない。いや、神様にだってそんなことはできっこない。

 

 「できないよ。モノクマにだって。()()()()()()()()()()を処刑するなんてこと」

 「はあ?どういうことカ?」

 「モノカラーは私たちひとりひとりに紐づけられていて、校則違反をすれば誰がしたのかすぐに分かるようになってるはずだ。だけど、だからこそ、尾田君は手に入れた二つ目のモノカラーを使って、わざと校則違反を繰り返していた。それがモノクマを混乱させることになるから。そして、モノクマが想定しない、ルールに規定されていないエラーを起こすことになるって分かっていたから」

 「……何をおっしゃいたいのか分かりかねます。甲斐さん、結局のところ、尾田君が手に入れた二つ目のモノカラーとは一体なんなのですか?そんなもの、本当にあったのですか?」

 「あったよ。私たちはみんな、それが奪われたところを見ていたはずだ」

 

 そのとき、誰もそれに気付いてはいなかったけれど。だってそれどころじゃなかった。モノカラーがあるかないかなんて、あのとき気にしてられる人はそういないはずだ。あの人が死んでいるのを発見した、あのときは——。

 

 

 【 Q. 尾田が隠し持っていた二つ目のモノカラーの元の持ち主は?】

 ・益玉 韻兎

 ・三沢 露子

 ・虎ノ森 遼

 ・狭山 狐々乃

 ・岩鈴 華

 ・菊島 太石

 ・谷倉 美加登

 ・カルロス・マルティン・フェルナンド

 ・陽面 はぐ

 ・月浦 ちぐ

 ・理刈 法子

 ・芭串 ロイ

 ・湖藤 厘

 ・宿楽 風海

 

 


 

 

 「どろどろに溶かされた狭山さんの遺体……それが沈んだバスタブに、彼女のモノカラーはなかった」

 「——ッ!」

 「二度目の学級裁判で、狭山さんの死体を溶かしたことを追及された尾田君は、モノクマの出方を伺うためって理由を付けていた。いま考えてもまだ納得はしてないけど、私たちはあの説明で彼への追及をやめた。だけど、あれこそ尾田君が用意した嘘の理由だったんだ。本当の目的は、狭山さんのモノカラーを奪うために死体を溶かしたんだ」

 「そ、そうか……確かにたとえ死んでいても無理にモノカラーを外せば何が起きるか分からない。取り外すためには……あれくらいのことは必要か」

 「首を切るよりは楽だし後始末もいらないネ。なるほど、っていうことはあのとき劉劉(リュウリュウ)はもう二つ目のモノカラーを手に入れてたカ。全然気付かなかったアル」

 「さらっと怖ェこと言うなよ!?え?っていうか、じゃあ尾田はなんで今までそのモノカラーでなんかしてこなかったんだ?なんでついこの前になって動き出したんだ?」

 「日記には、湖藤君がこのことにいち早く気付いてることが書かれてる。きっと彼のことを警戒してたんだと思う。その後は内通者がいることも分かったし、モノクマと戦うための切り札にするつもりだったみたい」

 

 その記述を見て、今になって思い出す。湖藤君はしきりに、尾田君に協力してあげることを私や風海ちゃんに言い聞かせてきた。それはきっと、これが根拠だったんだ。もし尾田君がモノクマ側の人だったら、わざわざモノカラーをこっそり回収するなんてことに意味はない。だから湖藤君は、モノクマと戦う上で尾田君を頼りにしてたんだ。確実にモノクマの敵だと言えるから。

 

 「少し、よろしいですか?」

 

 納得し始めていくみんなの流れを抑えるように、私の言葉に靡いていくみんなの逆撫でるように、無骨で大きな手が挙がった。優しくて、穏やかな声。だけどそこには、確かに感じ取れる敵意がこもっていた。このまま議論を進めさせないという意思が潜んでいた。

 

 「どうしたカ、宣宣(シェンシェン)

 「……さすがです、甲斐さん。確かに尾田君の日記の記述から読み取れることから、彼が二つ目のモノカラーで校則違反を犯していたことは想像がつきます。彼ならそれくらいのことはしかねないと、手前も思います。しかし——」

 

 鋭い言葉尻。巨大な壁のような威圧感。私にぶつかってくる。

 

 「それらは全て、甲斐さん自身がおっしゃったように、あなたの思いつきに過ぎない。少なくとも、確固たる証拠が示せないのならば、受け入れるわけにはいきません!」

 「なぜ受け入れるわけにいかないんだ?思いつきではあるかも知れんが、まるっきり否定できるわけでもないだろう」

 「この論は説得力があります。現実味もあります。しかしそれだけに、手前どもから他の可能性を考える余地を奪います!甲斐さんが誘導していると言っているのではありません。十分な検証が必要だと言っているのです。学級裁判は慎重に行われなければなりません」

 「ふむ、一理あるネ。確かに、奉奉(フェンフェン)はまだ何の証拠も示してないアル」

 「尾田の日記に書いてあるンなら、それが証拠になるんじゃねェか?」

 「日記は日記に過ぎません。そこに書かれていることが事実であるという裏付けはされているのですか?事実だとして、甲斐さんの解釈は正しいのですか?本当に彼が真夜中の校則違反者だという根拠はあるのですか?どれをとっても、曖昧だと言わざるを得ません」

 

 力強い。そして冷静だ。慎重になるのも当然だ。ただでさえ命が懸かってるんだ。それなのに、私なんかの思いつきをずっと聞いてくれてただけでもありがとうと言いたい。だけど、ここで退くわけにはいかない。それに反論が出てくること、証拠を求められることなんて想定済みだ。私には何の準備もないけれど、証拠はみんなの頭の中にしっかりと刻みつけられている。私はそれを呼び起こしてあげればいいだけだ。

 

 「証拠なら、今から説明してあげるよ」

 「……説明?」

 「今回の事件は変なんだ。尾田君が殺害されたのは夜遅く、それも何もない最上階の端っこ、階段の前だ。なんで尾田君はあんなところで殺されてたんだろうって、思わない?」

 「犯人に追っかけられて逃げ込んだんじゃねェの?」

 「あんな何もない場所で、何もない場所に追い詰められるなんておかしいよ。尾田君はお腹を正面から刺されてるんだから、部屋の隅ならまだしも、ただの壁際だったらいくらでも逃げようがあるじゃない」

 「体力の限界だったとかじゃないカ?劉劉(リュウリュウ)は見るからにインドア派だったから、犯人に追いかけ回されたらきっと先にへばっちゃうアル」

 「それにしては衣服の乱れが少なかった。散々動き回ったのなら、もっとシワやズレがあるはずだ」

 「では……なぜあんな場所に?」

 「尾田君自身が、意味を持ってあの場所にいた。そこを殺されたんだ」

 「意味って……何もない場所って、さっきおめェが言ったんじゃねェか。何の意味があってあんなところ行くってんだよ?」

 

 たとえ自分以外のモノカラーを持っていたとしても、校則違反は本来即座に処刑される。だから尾田君も迂闊なことはしないはずだ。やるとしたら、自分は絶対安全圏にいて、なおかつ狭山さんのモノカラーでだけ校則違反を犯すような形。それが可能なルール、そして該当する場所はあそこしかないんだ。

 

 「もちろん、校則違反をするためだ」

 「校則違反……その内容が重要そうだな。それは分かっているのか?」

 「うん。あの場所、シャッターが降りた階段の前でしかできない校則違反のために、尾田君はあの場所に毎晩通っていたんだ」

 「なんだよ、そこでしかできない校則違反って」

 「立ち入り禁止区域への侵入、だよ」

 「ほお!」

 

 何度も学級裁判を繰り返し、この学園のほとんどの場所は私たちに開放された。ただ一箇所、あの小さな階段の向こうを除いて。夜時間に立ち入り禁止になる一部のエリアは、扉を閉められて物理的に行き来ができなくなる。だけど、あの階段だけは隙間だらけのシャッターが降りているだけで、人は通れないけれど、物なら通すことができる。

 

 「尾田君は夜な夜な、あの階段に狭山さんのモノカラーを投げ込んでいたんだ。そうすれば、モノクマにしてみれば立ち入り禁止区域に狭山さんが侵入したように見える。だから校則違反者が現れたアナウンスは流れるけど、狭山さんは既に死んでいるから処刑することもできない。こうして、尾田君はノーリスクで校則違反を犯すことができたんだ」

 「投げ込んだモノカラーはどうやって回収するんだよ。尾田はそこは入れねェんだろ?」

 「それが、尾田君の手首についた傷の謎につながるんだ。モノカラーに紐か何かを括り付けて、自分の手首に巻けば、遠くに投げ込んでも紐を引っ張って回収できる。ただの階段なら引っかかるものもないだろうしね」

 「そうか……それなら紐を解けば昼間はモノカラーを隠し持つことができる」

 「でもね奉奉(フェンフェン)、そんなことに何の意味があるカ?」

 

 夜中、誰もいない階段の前でモノカラーを投げ込んでは回収する尾田君の姿を想像する。色々な謎をまとめて説明できるのに、明らかにしてしまえば簡単な話だ。尾田君はずっと前から……分館にいるときからこのときのために準備してたんだ。それは、色々な偶然に支えられて、でも尾田君が自力で手繰り寄せたものでもあった。彼はそうすることで……そんなことをして……何をしたかったんだろう?

 私がたどり着いた疑問と同じものが、長島さんから飛んでくる。

 

 「校則違反をしてワタシたちの安眠妨害でもしたかったカ?自分の力を誇示したかったカ?リスクに対して劉劉(リュウリュウ)が得られるリターンが分からないネ。月月(ユエユエ)みたいに他人のために動くタイプでもないアル。いったい劉劉(リュウリュウ)は何をしたかったのか、分かるカ?」

 「それは……分からない。私は尾田君じゃないし、尾田君ほど頭が良くないから。だけど、尾田君がそうしたのなら、それは何か意味があることなんだ。こんなことを続けて無事で済むと思っていたはずもない。だから……尾田君は尾田君なりに命を懸けてたんだと思う」

 「……むしろ、ここまで全て奴の計画通りという可能性もあるんじゃないか?」

 「え?」

 

 私の話にいちばん頷いていた毛利さんが、冷や汗をかきながら言う。私ひとりでは長島さんの追及をかわすことはできない。もし毛利さんに何か気付いたことがあるなら、なんであろうとありがたい。ありがたいけど、その言葉はあまりにも不穏だ。

 

 「計画通り……ですか」

 「ああ。あんな不自然な場所で死んでいたことも、これ見よがしにモノカラーの手掛かりを残していたのも……まるで、この事実に気付いてくれと言わんばかりだ。そして、モノカラーを使って校則違反を繰り返して、モノクマがどんな手段をとってくるか、奴が考えなかったはずがない。奴は、自分が殺されること、その後にモノカラーを奪われることまで織り込み済みだったんじゃないか?」

 「い、いやいやちょっと待てよ!ってことはなんだァ!?尾田は最初っから殺される気満々でそんなことしてたってのかよ!?なんでだよ!?あんな自分のことしか考えてねェような奴が、自分の死ぬのを計算に入れるわけねェだろ!?」

 「しかし、そうでも考えないとあまりに状況がおかしくないか?」

 

 尾田君は初めから死ぬ気だった。いや、モノクマを切り崩すために命を投げ打つ決断をした。どうして……?だって、自分が死んじゃったらそこで終わりのはずなのに……。

 

 「つまり、これは劉劉(リュウリュウ)の罠だったカ」

 「罠?」

 「モノクマと戦うのに、一番ワタシたちの団結を妨害してるものは何カ?」 

 「そりゃァ、内通者がいることだろ。少なくともこの中にいやがるんだ。信じてるだなんだって口でどんだけ言ったって、完全に背中預けられるかっつったらそうはいかねェ」

 「だから劉劉(リュウリュウ)はモノクマを——」

 「モノクマを追い詰めて決断を迫った……内通者を捨てるか、自らルールを破るか」

 「はっ!?な、ど、どういうことですか!?」

 「奉奉(フェンフェン)に見せ場盗られたアル……」

 

 口が勝手に動いていた。私の中の私じゃない誰かが、私よりずっと聡い誰かが喋っているような感じだった。

 

 「尾田君が夜な夜な校則違反を犯していたのは、モノクマに自分の存在をアピールするためだった。モノクマが定めたルールなんて怖くない、お前のルールには従わないっていう意思表示のつもりだったんだと思う。それを見たモノクマは、校則違反者として処刑しなければならない。でも、もう既に死んでいる狭山さんを殺すことはできないから、手が出せない」

 「そこまでは……理解できます」

 「校則違反者を放置することは、尾田君がゲームと称するコロシアイが破綻することを意味する。モノクマは自分がすべきことを棚に上げて、私たちにルールを強いる形になる。どんなに言い訳をしたって、そんなのは道理が通らない。だからモノクマは、手が出せない校則違反者に対する処置を迫られた。それが、さっきの二択だよ」

 「内通者を捨てるか、ルールを破るかというやつか」

 「きっと、狭山さんのモノカラーを使って校則違反をしているのが尾田君だというのは、もっと早くから気付いていたと思う。だけど尾田君自身は校則違反を犯していない。処刑することも、狭山さんのモノカラーを没収することもできない。ならどうすれば校則違反を止められるか……」

 「尾田を……殺すしかねェな。モノクマが」

 「でも、ルール上、モノクマが尾田君を殺すことはできない。だからその役を担うのは、モノクマの代わりになる誰か」

 「それが、内通者である、ということですか……」

 

 私が全部言わなくても、庵野君は理解してくれた。そう、明確な校則違反を犯していない——少なくともモノクマにとってはそう見える尾田君を、モノクマは処刑することができない。だから、内通者に殺害させるしかない。だけどそれは、ここまで私たちの中に潜み続けていた内通者に、学級裁判で糾弾されるリスクに晒すことになる。モノクマが持っている切り札を切らざるを得ない状況を作り上げた。それこそが、尾田君の目的だった——のかもしれない。

 

 「じゃあ……今からワタシたちは、内通者が誰かを明らかにしないといけないってことネ」

 「い、いきなりかよ!?」

 「そう無茶な話ではないだろう。どちらにしろ私たちは今日、モノクマと直接対決を行うつもりだったんだ。内通者の正体くらいは突き止められなければならない。むしろモノクマの妨害がないだけ推理しやすいだろう」

 「ここまでを全て計算して、自分の命さえも利用して手前どもにバトンを繋いだのですか……尾田君は。なんという深い『愛』なのでしょうか……」

 「……こんなに歪んだ『愛』なんてないよ」

 

 私たちはお互いの顔を見る。戸惑い、疑い、自分は潔白だと訴え、敵と味方を自分勝手に判断する、顔色と視線の動きが複雑に絡み合う。クロを暴くなんて何度もしてきたことだ。だけどそれが内通者だというだけで、こんなにも人数が少なくなってきただけで、裁判場を覆う空気はこれまでとまるで違うものに変わっていた。

 

 

学級裁判中断:

学級裁判 中断




暖かくなってきましたね。近所の桜は満開です。

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