ダンガンロンパメサイア   作:じゃん@論破

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最終章 熊は礎、塔は堕つ、人は地に
(非)日常編1


 

 しんと静まり返った学園は、私の足音を遠くまで響かせて霧のように消してしまう。自分という存在が不安定になるような不思議な感覚が、世界にひとり残されたような孤独感と相まって、なんだか目が回りそうだ。ただ歩いているだけなのにどんどん不安が増していくような気がする。それでも、ただ虚しい責任感だけが私の足を前に進める。

 私たちはモノクマとの最後の学級裁判に向けて、最後の捜査に臨んでいた。学園中に散らばった真相の手掛かりになる封筒をかき集めるため、私たちは散り散りに学園内を歩き回っている。この期に及んで殺人を犯すひとなんていない、という当たり前の推測でさえ信用できないこの異常な空間の中で、それでも散り散りにならないと間に合わないほど、この学園は広い。

 

 「はぁ……!はぁ……!はぁ……!」

 

 早歩きで足に乳酸がたまってだんだん硬く重くなっていく感覚がする。きっとこの学園の真相につながる手掛かりを持っているはずの尾田君の個室を捜査しに、私はひたすら寄宿舎に向かっている。

 

 「いっそのこと走っちゃえばいいのに。慣れない早歩きは足に悪いよ。知らないけど」

 「また出たよ……湖藤さんの下半身不随ジョーク。笑っていいか分からないからやめてってば」

 「今となっては下半身どころじゃないけどね。それにしても、裁判中はよく我慢できたね。よっぽどぼくが口を出そうかと思ったけど」

 「みんなの前でこんな芸達者な独り言できたら大したもんだよね。そんなことしたら奉ちゃんの発言力は一気にゼロよ!」

 「うるさいなあ……」

 

 ひとりぼっちになると、頭の中が途端に騒がしくなる。少し前から私の頭の中にこびりついた二人の声が、私の喉を舌を勝手に動かして会話する。いつからこうなっちゃったんだろう。いつから私はこれに気付いてたんだろう。二人がすぐそばにいるような感覚はしていたのに、それが自分と重なっていたことは初め気付かなかった。

 

 「いよいよ最終決戦だね。尾田くんもここに呼べたらいいのに、甲斐さんは強情だから尾田くんはきっと無理だね」

 「どんどん奉ちゃんの得体が知れなくなっていく……奉ちゃんは“超高校級のイタコ”じゃないよ」

 「もちろん、ぼくたちは霊なんかじゃない。それよりもっと不確かで不安定だ。きっと甲斐さんの中からぼくたちが消えることはないけれど、ぼくたちが必要なくなるときはいずれ来るかも知れないね」

 「ところで湖藤さんはあの封筒の中身や動画をどう観てる?あれってやっぱりモノクマとこの学園の真相につながるヒントじゃない?」

 「宿楽さんこそどうなのさ。宿楽さんだってあのビデオを観たからこそ、ぼくを殺して甲斐さんに希望を託したんでしょ。何か思うところがあるんじゃないの」

 

 みんなはこんな私を見てどう思ってたんだろう。裁判中は二人とも出てこなかったけど、その前には何度かみんなの見ている前でこんな状態になっちゃってた。もしかしたら頭がおかしくなったと思われてるかも。でも私自身も不思議だ。二人が会話している間も、私の意識はちゃんとここにある。二人の会話を聞きながらまっすぐ歩みを進められている。ただ口だけを二人に預けているような感じだ。

 

 「あ、もう着く」

 

 ぱっ、と頭の中の声がどこかへ消えた。気が付くと、目の前に尾田君の部屋の扉があった。扉の鍵はモノクマによって解錠されていて、誰でも自由に出入りができる。軽く押すと扉は軽々しく開いて、無防備に私を迎え入れた。少し前にここに捜査に来たときの緊張感は、今はもうない。一度入ったから慣れちゃったのかも。

 裁判前はきれいに整っていたはずの尾田君の部屋は、本棚の中身を全部ひっくり返したように荒らされていた。きっとモノクマが嫌がらせでしたんだろう。それか、尾田君が持っていた封筒を奪いに来たのかも……いや、そんなことをしたら公平な裁判なんてできない。もともとモノクマは、私たちがモノクマとまともに裁判ができるように、真相を解き明かすのに必要な手掛かりを私たちに与えるために封筒を配っていたんだった。だったら、やっぱりただの嫌がらせか。とことん人間が小さいんだなあ。

 

 「めんどくさ……」

 「でもよく考えてみてよ。本棚は捜査時間中に庵野君が調べてたよ。そのときはまだ内通者の庵野君がそれを見過ごすはずがない。そして今はモノクマを裏切った彼が、それを甲斐さんに伝えないはずがない。つまり、本棚にはないんだよ」

 「なるほどー!さすが湖藤さん!あったまいー!じゃあじゃあ、部屋のどこを探せば見つかるかな?」

 「それは尾田君に聞いてみないと分からないね」

 「ズコーッ!!大事なところで役に立たないなあ!やっぱこんな状態じゃ無理か」

 「いや、ぼくは万全の状態でも物探しの役には立たないよ」

 

 尾田君のことだから、常に自分のそばから離さないようにしていたと思う。かと言ってお腹に挟んだりしてたら、きっと槍で貫かれたところから紙が見つかるはずだ。となると、部屋の中では常に自分の近くにある場所……特に寝てるときやシャワーを浴びてるとき、どうしても警戒が薄くなってしまうときにもすぐ反応できる場所……。

 ベッドの下や枕の下、シーツの下……にはない。床だけじゃなく天井に貼り付けたりしてるかも知れないと思ってくまなく探す。シャワールームの天井裏に頭を突っ込んで、排水溝の蓋を外して中を手で探って、バスタブの隙間まで目をこらす。それでも見つからない。予想して、頑張って確かめて、裏切られて、なんだかだんだん尾田君に腹が立ってきた。

 

 「こんなことならもっと早くから中身を教えてくれてたらよかったのに」

 「そこまで素直な性格してないからね、彼は。地道に探すしかないよ。他に探してないところはない?」

 

 そもそもの予想が違うのかもと思って棚の中や崩れた本の中を探したりしてみたけど、それでもやっぱり見つからない。机の引き出しが二重底になってるとか、ポテチの袋の中に隠したりしてないかもと思ったけど、どっちもハズレだった。もしかしたら部屋の外に隠したのかも、なんてあり得ないことを考えるくらいには、疲れ果ててしまった。この部屋のどこかにあるのは間違いないはずなのに……。

 

 「ん」

 

 この部屋の中で見てないところ……ただひとつ、まだ見てない場所がある。当たり前にありすぎて見逃してたし、尾田君がまさかそんなところに大事な資料を隠すなんてちっとも考えなかった。だけど、逆に考えれば、私みたいに部屋に忍び込んだ誰かに探されないっていうことだ。私はそれに近づいて、その蓋を——。

 

 「わあああああああっ!!!?」

 

 ペダルを踏んで、そのゴミ箱の蓋が跳ね上がった。その瞬間、ものすごい勢いで白い煙が吹き出してきた。思わず大声が出ちゃった。何事かと思ったら、どこからか持ってきたおもちゃを組み合わせてこんなイタズラめいたトラップが仕掛けられてたみたいだ。びっくりしすぎてゴミ箱を蹴飛ばしてひっくり返しちゃった。中身が床に散らばってすごく嫌な気分になる。

 まさかこんなことされるなんて。でもやっぱりこんなトラップを仕掛けるっていうことは、ここに何か大事なものが隠されてるってことだ。驚かされた苛立ちもあって、私は乱暴にゴミ箱を持ち上げて逆さまに振った。ポロポロとお菓子の袋や紙ごみが出てくる。ろくに分別もしてないのが一目でわかる雑さだ。中身を全部出し切っても、ゴミ箱は不自然に重たい。やっぱり、ここだ。

 

 「無駄な抵抗はやめて出しなさい!どこだこの!」

 

 ゴミ箱の底を覗き込んでも二重底になってたりはしない。蓋の裏を小突いてみても外れたりはしない。ムカついてそのまま放り投げてやったら、ゴミ箱の下の部分が外れて中から封筒が飛び出してきた。

 

 「は?」

 

 よく見たら、もともとあるゴミ箱の底の下に隠し底を外付けしてあったみたいだ。大きいゴミ箱だから内側から探っても遠近感がよく分からなくて、内側からいくら探しても見つからないわけだ。ここまでしないと見つからないような隠し方をしてれば、シャワーに入ってても寝ててもすぐに気付いて資料を守れる。少なくとも知らないうちに奪われるなんてことはないわけだ。まんまと尾田君の術中にハマって大騒ぎしたような気がして、なんだか釈然としない。

 でもまあ、これで尾田君が隠し持っていた封筒を見つけられたわけだ。しかも2つ。尾田君が誰にも見せずにいた1つと、私と見つけた1つかな。私は手にとって、中身を検める。

 


 

 1つは、やっぱり私と一緒に見つけたものだ。電子空間上に人格を作り上げるアルターエゴ技術についての研究資料だ。中に書いてあることのほとんどは分からないけど、途中に挟まっている画像を見る限り、かなり高いレベルで人格の再現ができるようになっているらしい。それこそ、死んでしまった人を電子の上で蘇らせたようなレベルだとか。もしそんなことが可能だったとしても、それはなんだか虚しいような気がする。絶対に越えられない壁の向こう側にいる、まるで亡霊のようなその人と会話するだけなんて、より寂しくなってしまうんじゃないかな。

 そしてもう1つは、私がまだ見たことのない資料だった。尾田君が自分ひとりで隠していた、私たちに見せまいとしていた資料……正直、尾田君が何を考えていたのか分からない。だからこれを見せなかったことが、私たちを思ってのことなのか、それとも単に自分だけが知っているアドバンテージを得たかったからなのか。その答えはいつまでも明かされないままなんだろう。でも、少なくともこのタイトルを目にしたとき、尾田君はもしかしたら私たちのことを慮ってくれてたのかも知れない、なんて思ってしまった。それくらい不穏で危険なタイトルだ。それに続けて書かれている概要も、また私の心をざわつかせる。

 


 

 ——“絶望”の再来事件

 

 ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(塗り潰されている。たぶん日付が書いてあったんだと思う)、希望ヶ峰学園である凄惨な事件が起きた。前触れのない突発性、目的不明の不条理さ、それでいて明確な悪意を孕んだ破滅的な事件は、人類に忌まわしい記憶を思い起こさせた。かつて世界を滅ぼした『⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎』。その始まりは、今回と同じ、希望ヶ峰学園で起きた生徒たちの惨たらしい⬛︎⬛︎だった。

 事件が起きたのは生徒たちが授業を受ける学習棟だ。世界の希望を託された生徒たちは、この日もいつもと同じように教室で未来を担うための勉学に励んでいた。平和で希望に満ちたその教室を、突如として“絶望”が襲った。強烈な⬛︎⬛︎と共に⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎一瞬にして⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎によって⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎。⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎である。

 専門家によれば、使用されたのは⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎のようなものとの見解が有力だ。手のひらに収まるほど小さいが、その威力は⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎大部分を⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎、実行犯と見られる⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(⬛︎⬛︎⬛︎のうち唯一、“⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎絶望”との関与が疑われている)はもちろん、罪のない⬛︎⬛︎人の希望たち⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎十分だった。⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎。

 この事件を受けて、希望ヶ峰学園およびIHF(国際希望連盟)は緊急の絶望対策本部を組織し、事件に関する一切の徹底調査を指示した。——

 


 

 後半になるにつれて徐々に増えていく黒塗りに、背筋が寒くなる思いがした。何か、踏み入ってはいけないことを覗いているような気分になってくる。まるで、これを読む人の心を弄ぶような、試すような意図を感じる隠し方だ。

 それにしても、ここに書かれていることって……希望ヶ峰学園を“絶望”が襲った?それって、今まさにこうしてモノクマに乗っ取られてる現状のこと?でも、それとはどこか噛み合わない気がする。なんだか、こんな陰湿で遠回りなやり方とは違う、もっと暴力的な何かを文面から感じる。

 

 「……」

 

 今の私なら、少しだけ黒塗りの部分を読むことができる。この事件のことは、自分ひとりで考えていても進展は望めない。明らかに関係者である人が近くにいるんだから、その人に聞くのが一番だ。私は封筒を抱えた。とにかく、これで尾田君の部屋で得られる情報は得た。残りの捜査時間は、みんなと同じようにとにかく情報を集めることだ。まずは、あの人に会いに行こう。話を聞かなくちゃ。

 


 

 いざ探し始めると見つからない。この広い学園をみんな一生懸命に封筒を探し回ってるんだ。そう簡単に見つかるはずもない。とにかく近くにある部屋や施設を手当たり次第に探っていくしかない。今さら気付いたけど、封筒を抱えながらだとろくに探せない。先に地下倉庫で手頃な手提げかリュックを探してこよう。

 地下に降りると、誰か人の気配がした。そういえば、前の捜査時間中に庵野君が地下倉庫で血まみれの槍を見つけていた。状況からして尾田君を刺した凶器だと思うけど、あんなに隠す気のない隠し方しかされてないのはやっぱり不自然だ。それに何より、尾田君の殺害現場を荒らしたのは庵野君自身だ。どうして庵野君は自分から証拠になる槍を見せつけてきたんだろう。

 そんなことを考えながら地下倉庫を覗き込む。冷たくて埃っぽい地下の空気に乗って、まだ微かに鉄の匂いが漂ってくる。そこに立っていたのは、尖った銀髪に深い緑のエプロン——毛利さんだった。

 

 「毛利さん?」

 「甲斐か。どうしたんだ、こんな地下深くまで」

 「いやあ……尾田君の部屋で封筒を見つけたんだけどさ、思ったより持ちにくくて、何か入れ物でもないかなと思って」

 「そうか。リュックサックならそっちに手頃なものがあるぞ」

 「ありがとう。毛利さんはここで何してるの?」

 「前の捜査時間中、私と王村は尾田のそばを離れられなかったから、証拠品の現物を確認しておこうと思ってな。モノクマに片付けられていなくてよかった」

 「尾田君の事件はモノクマがルール違反をしたっていうことで片付いたじゃない。どうしてその証拠が必要なの?」

 「どうにも全容を理解するのに難儀していてな……すまないが、次の裁判で振り返らせてもらえないか?もう一度、庵野の言葉も交えて確認したいんだ。ただ私が理解できていないだけの理由なんだが」

 「うん、もちろんだよ!きちんと理解した上でないと次に進めないもんね」

 

 毛利さんに教えてもらったとおり、棚にはそれなりに可愛いデザインのリュックもあった。封筒がすっぽり入って、まだまだ余裕があるほどの容量があるのに、生地が薄くて丈夫だから軽い。背負ってみると、体にぴったりフィットしてなんだかしっくりくる。

 

 「ところで、尾田が隠していたファイルには何が書いてあった?それも2つもあるようだが」

 「少し、説明が長くなりそうだから、それも裁判のときでいい?」

 「む……そう、だな。つい気になってしまって……すまん」

 「いいけど」

 

 なんだか毛利さんは元気がない。元から責任感が強くて色々抱え込んでしまうタイプだけど、最終裁判を直前にしてますますナイーブになってるような気がする。

 

 「どうしたの?元気がない……のは当たり前だと思うけど、心配しても仕方ないよ」

 「ああ。それは分かってる。だが、どうしても不安が拭えなくてな」

 「大丈夫だよ!きっとみんなの力を合わせればモノクマにだって——」

 「いや、その後だ」

 「後?」

 「今からそんな心配をするのも愚かしいと思うのだが……前にモノクマが言っていただろう。私たちが知らないうちに世界は3年もの時間が過ぎているのだと。今のこの希望ヶ峰学園の状況が外の世界でどう認識されているかは分からないが、私たちは3年分の記憶を持っていないんだ。そんな状態で外に出られたとして……どうなってしまうか不安で」

 

 やっぱり毛利さんは色々考えて抱え込んじゃう癖がある。考えてるのは目の前の問題じゃないけれど、それは決して現実逃避をしてるわけじゃない。モノクマとの裁判を終えた私たちが、その後どうなるのか。当然に持つべき不安だ。外では3年もの時間が過ぎていて、希望ヶ峰学園はこの有様だ。私たちが閉じ込められて何日も経っているのに、外からの接触は皆無だ。モノクマが相当強力なのか、あるいは教科書で見たような世界の終わりがまた……?

 

 「すまない。変な話をして。いまはこんな話をしている場合ではないというのは分かっているのだが……」

 「ううん。毛利さんの不安は尤もだよ。それに、とっても大切だよ。私たちはモノクマを倒して学園から出ることを目的にしてるけど、その先に私たちが期待する元通りの世界がないかも知れないなんて、今まで考えもしなかった。今すぐに役に立つことじゃないかも知れないけど……でも、私たちが必ず覚悟しなくちゃいけないことだよ。気付かせてくれてありがとう」

 「……お前には敵わないな」

 

 漠然とした不安は解決できない。解決できないことは無闇に否定しない。受け止めて、共感して、少しずつ和らげてあげるしかない。今は余裕がないから少し駆け足になるけれど、それでも私は、誰かが不安なままモノクマとの学級裁判をするなんてあり得ないと思う。

 

 「大丈夫。もし外の世界が私たちの知ってる世界と全然違っても、私が一緒にいるから!それに毛利さんのお父さんやお母さん、大切な人たちだってきっと一緒だよ!」

 「そう、かも知れないな……そうだといい」

 

 我ながらなんとも浅い励ましの言葉だ。でもないよりマシだ。毛利さんもきっと同じことを思ったんだろう、優しく微笑んで頷いてくれた。

 

 「モノクマがばら撒いた封筒とやらを私はまだ見つけられていないが、後で映像資料室には行ってみようと思う」

 「映像資料室?どうして?」

 「前々回の裁判の後、全員で観たあの映像に、もっと何かヒントが隠されているような気がするんだ。直接モノクマの正体につながるようなものではないと思うが、なにか……」

 「毛利さんが思うなら、とことんまで調べたらいいよ。その分、私がんばるから!」

 「ありがとう」

 

 薄暗い地下室じゃ、毛利さんの顔色がさっきと比べてどうなったかいまいちよく分からない。でも声からは、なんとなく元気が出てきたような気がする。

 

 「甲斐。お前にはずっと助けられてばかりだな」

 「え?そんなことないと思うけど……どうしたの?」

 「私はずっと、お前と尾田が手を取り合ってモノクマに立ち向かえば、必ず奴を倒せると思ってきた。頭が切れる尾田と私たちを励まし支えてくれる甲斐。二人なら、モノクマの理論武装も剥がし尽くし、モノクマの奸計も打ち破ってしまえると思っていた。だから尾田が殺されたと分かったとき……本当に、心の底から、もうダメだと思ったんだ」

 「そ、そうなの……!?全然そんな風に見えなかったけど」

 「強がっていたんだ。検分の経験があるのは私だけだったし、甲斐がいるのに私が先に折れてはいけないと思った。これ以上、甲斐に負担をかけてはいけないと思った。まあ、蓋を開けてみれば、事件のほとんどは甲斐が解き明かしてしまったんだが……」

 「ぜ、全然負担だなんて思ってないよ!私はみんなを救うために……今までのことをなかったことにしないために、やるべきことをやっただけで……なんにも大したことなんかないよ!」

 「そう言えることがお前の強みなんだ。お前は誰かの為ならなんでもできる。徹底的に打ちのめされようと再び立ち上がる。庵野も似たようなことを言っていたな……奴が何を考えているかはさっぱりだが、お前への評価は概ね同じだ。きっと、長島や王村も同じことを思っているだろう」

 「み、みんなして買い被りすぎだよ私のこと。私はただ……ただの……」

 

 ただの、なんだって言うんだろう。ただの女子高生、なんて言える段階をとっくに超えてるのは、誰が見ても、自分で考えても明らかだ。だからと言って、風海ちゃんが言うような希望を担う存在になんてなれる気もしない。だけど、みんな私に希望や期待を背負わせる。嬉しい反面、プレッシャーもありながら、こそばい気もして、なんだか息苦しい。

 

 「とにかく、もはや内通者の存在で疑心暗鬼になる理由はなくなった。存分にモノクマを追い詰められると言うものだ。私も私のやるべきことをやろう。甲斐が今までそうしてきたように、これからそうしていくように」

 「う、うん……ありがとう。頑張り過ぎないように頑張るよ……」

 

 悩みがちだった毛利さんは、ここにきてなんだか希望に満ち溢れてきているように見える。私にはそれが、一概に良いことだとは思えなかった。なんだかおかしくなった後の風海ちゃんを思い出すからだ。結局、あのビデオを見ても風海ちゃんが最後に何を考えていたかまでは分からなかった。だけど、少なくとも私たちが普通に言葉にする意味とは違う“希望”に目を輝かせていたことは分かる。

 私にはそれが、私たちの意味するところの“希望”とは思えなかった。私たちの“希望”と、風海ちゃんが見ていた“希望”……なんだか頭が揺さぶられているような気がした。

 


 

 地下階から地上に上がるまでの階段は、水中を歩いているような体の重さに苛まれていた。毛利さんが風海ちゃんみたいになっちゃったらどうしよう、という不安でいっぱいだった。後悔ばかりしていた毛利さんが前向きになることはとっても良いことのはずなのに、その眼差しが自分に向けられているっていうだけで、こんなにも受け止め方が違うなんて。これからは無責任に人を励さないようにしよう。

 もともとは庵野君を探してたんだ。私は地下階から上がって寄宿舎エリアを通り抜け、食堂の前を横切った。何の気なしに中を覗いてみると、いつもそこで一升瓶を片手に管を巻いている王村さんの姿はない。さすがにこんなときは真面目に学園を駆けずり回っているんだろうか。うん、良いことだ。

 そこから学園の中央ホールを抜けてまた階段を昇り、いつかみんなで訪れた映像資料室の前まで来た。あのときの映像資料は、確かデータがパソコンの中に残っていたはずだ。デスクトップパソコンなんてあんまり使ったことないから、電源を入れるのにも少し手間取った。尾田君がここにいたら、きっと嫌味混じりの小言を100個言われてただろう。

 

 「あ、やっと動いた」

 

 試行錯誤の結果、ようやく前に観たのと同じ動画を見つけて再生することができた。我ながらたったこれだけのことに時間がかかり過ぎた。

 

 ——私たちは、IHFです。——

 ——本動画は、IHFの役割や取り組み、皆様と創っていく未来の形についてご説明するものです。どうぞ最後まで、ご覧ください。——

 

 前にも聞いた、あの透明感のある女性の声。あのときは心が空っぽになって何も考えられなかったから何も感じなかったけど、こんなにはっとして心地良くなるような声だったっけ。その後に続くキレイな映像も、なんだか観ているだけで心が洗われるような気分になる。

 

 「騙されちゃダメだよ奉ちゃん。これプロモなんだから、自分たちのこと良いように言うに決まってんじゃん」

 

 それを風海ちゃん(あなた)が言うの。

 

 「そこを突かれちゃ弱いなあ……でも、逆に言えば経験談だからこそ言えることもあると思わない?ここにあることのどれだけが真実かなんて、私たちには分かりようもなくない?」

 

 確かに……。どこまでも広がる青空。多様な生態系が渦巻く珊瑚礁。満天の星空。雄大で堅牢な霊峰の数々。人々の営みが作り出す光の海。とにかくキレイで、なんとなく良い印象を受ける映像ばかりだけど、具体的なものは何一つ映し出されていない。

 笑顔の子供たち。安全で平和な街の風景。深い歴史の重みを感じる文化的な都市。これがIHFの活動の成果だと証明するものは、この映像には何一つ示されていない。

 

 「疑う目で見ることは大事だね。それで、甲斐さんはこの映像を疑いの眼で観続けたところで、何を感じた?」

 

 国際希望連盟、IHF……また“希望”だ。とにかくこの学園には“希望”と“絶望”が渦巻いている。いやと言うほど絶望的な現実を突きつけられてきた。本当だったら、ここにある“希望”は私たちを救ってくれるもののはずだった。だけど、とてもそうは感じられない。なんでだろう。

 

 「それはちっともおかしいことじゃない。この世界は、単なる“希望”VS “絶望”なんて構図で表せられる世界じゃない。甲斐さんはもうそれに少しずつ気付いている。なら、この映像から何を感じとるべきだろう?」

 

 私が“希望”を疑う理由——それこそが、この映像に隠されているというのだろうか。

 

 ——絶望に打ち勝ち、世界に希望を。IHFは、これからも人類の希望のために戦います。——

 

 「っ」

 

 他問他答のような自問自答。多問多答のような一問一答。自分自身と会話しながら誰かの考えをダウンロードするような、不可思議な感覚。映像を流し見していたような気がするけど、とても大切な気付きを得られたような気もする。ぼーっとしていたら、そのまま次の映像が始まった。

 これは確か、IHFが教育用に作った子供向けアニメ『かがやけ!キボウくん』だった。改めて見ると、登場人物が記憶よりも増えていた。よっぽど私はまともに観られてなかったらしい。主人公は3人。人より前向きなことだけが取り柄のマコトくん、わんぱくで食いしん坊のハジメくん、冷静でちょっぴり怖いソウスケくん。なんだかモデルがいそうな気がして仕方ないけど、子供向けっていうことでかなりデフォルメされてる。

仲良く暮らしている三人のところに、モノクマみたいなキャラクターがいじわるをしに来る。マコトくんは痛い思いをして涙を流しちゃって、ハジメくんは慌てて転げ回って、ソウスケくんは怒って冷静さを失ってしまう。だけどお互いを支え合った三人は一緒にニセモノクマをやっつけて、ニセモノクマはひっくり返って悔しがる。いわゆる勧善懲悪型のテンプレート的な物語構成だ。劇的におもしろくない。三人が乗り越えるべき困難がただのいじわる程度のことだから、物語にカタルシスがない。子供向けというか幼児向けなんだろう。

 

 「こんなことしてる時間ないのに……」

 

 アニメの方はともかく、IHFのプロモーションビデオの方はもう少しじっくり観てみたい。動画ファイルを小型の記憶媒体に取り込んで持っておく。やり方は分からないけど、どうせモノカラーにも動画再生機能くらいついてるだろう。

 


 

 「あっ、こんなときにもサボってる」

 「サボってんとちげェや!こちとら封筒見つけてやったんだぞ!なんだその言い草は!」

 「え?封筒?本当?」

 「へへっ、おいらだってやるときゃやるんだ。っていうか、その様子だとそっちも尾田の部屋の捜索は首尾よくいったみてェだな。どうでェ、ここらで情報交換といかねェか」

 「どうせ後でみんなと共有するんだよ。でも、王村さんの方はなんだか話したくて仕方なさそうだね」

 「まァ……正直何がなんだか分からねェから、誰かの感想を聴きてェってのが正直なところだな」

 

 階段の途中に腰掛けて、お酒の瓶を傾けながら何かを読んでいる王村さんがいた。てっきりまたサボってるのかと思いきや、足元に転がってるのはモノクマ印の封筒だ。どうやら私があちこち調べてる間に、王村さんも自分の仕事をきっちりしていたみたいだ。

 尾田君や長島さんや私と違って、王村さんは見つけたことやその内容を隠そうとしない。見せてくれるから隣に座れって言うのをすっぱり断って、後ろから覗き込む。

 

 「IHFの組織図?」

 「国際機関だから色んな組織が下にぶら下がってんだなァ。細ェ実務をするのはここのさらに下っ端ってわけだ」

 「これを全部見なきゃいけないの?」

 「いンや。詳しく説明まで載ってんのはこの中の2つだ。かたっぽがMHA、もうかたっぽがHHIっていうんだと。なんだか似たような名前ばっかでおいらァ混乱してきた」

 「多国籍希望軍(MHA)人類希望研究所(HHI)……また“希望”?」

 「そりゃ国際希望連盟の下部組織なんだから、名前に希望が入っててもおかしくねェだろ。くどいとは思うけどな」

 

 タコのお化けみたいな数の足が伸びた組織図の中で、王村さんが指差した2つは、かなり離れた場所にあった。この表がどういう順番で並んでるのか知る由もない。封筒に入ってた別の資料はそれぞれの組織についてまとまったファイルだった。

 

 「多国籍希望軍(MHA)は、 “絶望”の殲滅や世界各地での希望的活動のため、各国が提供した武力により組織された軍隊のこと。希望にとっては心強い味方である一方、絶望にとっては恐怖の象徴となるだろう」

 「絶望すら恐怖させるってことか。そいつら本当に希望か?デカすぎる武器は風船みてェなもんだぜ」

 「希望がそれだけ強い力を持ってたら、絶望だって大人しくしようって気になるんじゃないかな」

 「庵野を見る限りそういう感じでもなさそうだけどなァ」

 「一方、人類希望研究所(HHI)は “希望”にまつわる科学研究を行っている機関で、希望ヶ峰学園の運営にも出資してる。人類の“希望”研究の最先端で、組織としての代表的な実績は『“希望”と“絶望”の伝播メカニズムの解明』『“希望”の定量的尺度の導入』『人工“希望”フェロモンを合成』など」

 「……おいらァ、どっちかってェと理系で、夜間学校じゃ化学分野に特に力入れてやってたんだけどさァ」

 「うん」

 「ここに書いてあることって真っ当な研究なんか?」

 「私に聞かれても」

 

 とは言いつつ、化学知識に乏しい私でもなんとなく感じる。ここに書かれていることは、少なくともその技術をそのまま使うことが人類社会に良い影響を与えるものじゃなさそうな気がする。むしろ危険な使い方ばっかり思いつく。単純に私が疑心暗鬼になりすぎて陰謀論に染まりつつあるせいなんだろうか。

 そもそもこのファイルはモノクマが用意したものだ。モノクマはたぶん “絶望”側なんだから、“希望”側を書いたファイルにちょっと偏った見方があるのも当然だ。たとえそこにIHFが作成した公文書っていうハンコが押してあっても、そういう見せ方をしてないとも限らない。

 じゃあ、私がIHFのプロモーションビデオに感じた違和感の正体はなんなんだろう。

 

 「どうもおいらァ、この手のきな臭ェもんは苦手だ。夜間学校にもいたぜ。わけのわからんもんにはまり込んで身を滅ぼしてるやつが」

 「それって、IHFが宗教じみてるってこと?」

 「そうだな。そっちだけじゃねェ。“絶望”の庵野も“超高校級の宣教師”だろ?なんだかこうなァ……てめェの信じるもんを人に押し付けようとする奴らってのはどうしてこうも薄気味悪ィ手段に頼るかね」

 

 どうやら王村さんも私と同じように、“希望”と“絶望”を疑っているみたいだ。できるだけ冷静に、中立的な立場からものを考えなくちゃいけないのは分かってるんだけど、どうにもこれまでの出来事のすべてが、私たちを疑り深くしている。決定的なのはモノクマが本当に“絶望”なのかが疑わしいことだ。“絶望”である庵野君が裏切ったっていうことは、“絶望”とは違うってことなのかな。じゃあ“希望”側?でも、コロシアイなんて“希望”がすることじゃないよね。

 

 「そういえば王村さん、最近はどうなの?」

 「んァ?なにが」

 「なんか本館に移ってきてから、王村さん、心霊現象によく遭うようになったなって思って。最近はそういうことないの?」

 「おうやめろよ!せっかく忘れかけてきてたとこなのによ!」

 「でも、湖藤君がもしかしたらなんかのヒントになるかも知れないから気にしておこうって言ってたし……」

 「おめェはいつまで湖藤のこと引きずってんだよ!あんなもんがなんのヒントになるってんだよ!そりゃ希望ヶ峰学園だって学校なんだったら七不思議のひとつやふたつあるだろうけど、それどころじゃねェこと何回も経験してんだろ!もういいだろおいらの恐怖エピソードは!」

 「そんなに怖がってるなんて思わなかったよ。ごめんごめん。もう聞かないよ」

 「……そうだ。おいらァ飲兵衛だから酒に酔って幻覚とか幻聴に悩まされてるだけだ。断じて憑かれちゃいねェぞ!どうせ憑かれるんだったら色白美人の幽霊女房がいいなァ」

 「何言ってんの?」

 「とにかく、そんなこたァもうねェから、そういう話が聴きてェならあきらめな」

 

 お酒のせいっていう可能性は否定できないけど、それでも王村さんはたびたびおかしな現象に遭遇している。前に、何か不思議な場所に迷い込んで、黒く大きなたくさんの影に覗き込まれたっていう教室を訪れてみたけど、私は何も感じなかった。そして、何も起きなかった。私も怖い話はあんまり得意じゃないけど、王村さんのそれはなんというか……ただの怖い話っていうだけで済むようなものじゃない気がするんだよなぁ。

 

 「おめェはそんな与太話なんかより、もっと考えるべきことがあるんじゃねェのか。頼むぜオイ。おいらたちの運命はおめェにかかってんだぞ、甲斐」

 「またそんなこと言って」

 「いいや、これはガチだぜ。こんなこと普通だったら情けなくて言えねェんだけど、そういう状況でもねェからな。少なくともおいらはおめェみてェに頭が柔らかかァねェ。見たもんを見た通りにしか解釈できねェ。だから推理なんてのはおいらにゃ荷が重ェんだよ」

 「……じゃあ、王村さんは学級裁判でどうやって頑張ってくれるの?」

 「さァなァ……応援?」

 「頼りないなあ」

 「しょうがねェだろ。おいらァそういう人間なんだ」

 「なにそれ。王村さんだって“超高校級”なんだよ。人より優れた“才能”があるからここにいるんだよ。もっと自分に自信持って……いや、自分に甘えないでよ」

 「んァ!?あ、甘えてるだァ!?こ、このやろ!年上捕まえてなにが甘ったれだ!」

 「そこまで言ってないけどそうだよ!王村さんは甘ったれだよ!」

 

 自分で自分の口から出てきたことばにびっくりした。今のは頭の中の湖藤君や風海ちゃんが勝手に喋ったんじゃない。私自身の言葉だった。なんとなく、うじうじしてる王村さんにイラッと来たせいかも知れない。でもだって……こんな姿ばっかり見てきたら、いい加減にしてほしいって思うよ。

 

 「王村さんはいつもいつも……すぐ“しょうがない”って言うよね。自分の体が小さいから。自分はお酒が好きなだけな酔っ払いだから。自分は勉強が苦手だから。自分は小心者だから。何かと理由をつけて、何かができないことを正当化するよね。そういう態度、良くないと思う!」

 「んのやろォ……一丁前に説教かよ!“超高校級”ってのァずいぶんエラいんだな!そりゃおいらはおめェのこと頼りにしてるよ!?年下のしかも女の陰に隠れてるしょうもねェ男だよ!?だからっつってなァ!鼻毛一本くれェの意地ってもんがあらァ!」

 「その意地はなんのための意地なの?意地があるなら無理だと思っても立ち向かうくらいの意気地を見せてよ。できないと分かりきっててもチャレンジすることすらしなくちゃずっとできないままだよ。王村さんはそうやって、自分はどうせできないからって甘えてるだけなんだよ!なんでもやってみようよ!」

 「へっ……おめェいくつだ?16かそこらだったか?あ、15?へんっ、じゃあストレート組じゃねェか」

 「ストレート組?なにそれ?」

 「希望ヶ峰は秋入学だろ。普通の高校が春入学で、そのまま半年足らずでスカウトされて入学した奴らだよ。つまり、中坊の頃からすでに学園が目をつけてたか、入学してから一気に頭角を表した、どっちにしろ“超高校級”の中の“超高校級”って奴らだ。逆に、益玉や毛利は18歳入学(遅咲き組)——最後のチャンスを掴んだ及第点ギリギリってとこだ」

 「そ、そんなことないよ!何歳で入学したかでそんなこと……!」

 「少なくとも世間的にゃァそういう受け取られ方をするって話だ。ちなみにおいらは夜間学校出身の上に実年齢はとっくに高校卒業してる例外だ。在学中にスカウトされなかったってことを考えたら、どっちかってェと遅咲き組だな」

 

 そう言って王村さんは自虐的に笑う。自虐ならまだしも、益玉君や毛利さんも巻き込んで自分がきちんとしないことを正当化しようとしてる態度が、ますます私を怒らせる。でも私は、怒ってることを自覚してるくらいには冷静だった。これは感情的な怒りじゃない。打算的な怒りでもない。なんというか……ここで王村さんの性根を叩き直さなくちゃ、っていう気分がどうしようもなく抑えられなかった。

 

 「分かったか?ストレート組のおめェにゃァ、遅咲き組のおいらたちのしんどさは分からねェよ」

 「毛利さんたちは最後のチャンスを掴むためにしんどい思いして入学したかも知れないけど、王村さんはそうじゃないでしょ。どうしてそんな頑張ることをあきらめちゃってるの。王村さんだって入学するときには、周りの人たちからたくさん祝福されて、期待されてたんでしょ」

 「どうしてって、どうしてだろうなァ……いや、本当は分かってんだよ。人間、一回楽な道を選んじまったら、もっぺん厳しい道に行くのは大変なことなんだ。よっぽどの気まぐれか巡り合わせがねェとな。おいらは酒に酔ってる間におめェらが全部解決しちまってるっていう状況に慣れちまった。いまさらおいらに何ができる?やる気になったところで、何をすりゃいいか分からねェんだ。とにかく足で稼ぎゃァいい、成果が上がらなくても頑張ったっていう事実がありゃァまだマシだ。そんなことだって分かってンだ。それでも、最後にゃ何も残らねェもんのために汗をかくってのがどうもバカバカしくなっちまってなァ」

 

 お酒も飲んでないのに、今日の王村さんはよく喋る。つまりお酒に酔ってるだけの自分と命懸けで推理してる私たちのギャップで情けなくなってるだけだ。挑戦すればいいことも分かってるし、成果が出なくたって私たちが怒りやしないことも分かってるのに、ついつい何もしない楽な道を選んじゃう。うーん、よくない。よくない、けど。

 

 「でも、分かるなあ。その気持ち」

 「分かりっこねェよ。おめェはできるやつだ、甲斐」

 「ううん。私だって、最初からこんな覚悟ができたわけじゃないよ。何回も死体を見て、何回も気を失って……ちっとも慣れない。学級裁判だって、尾田君と湖藤君がほとんど解決してきた。私はそれについて行くのに精一杯で、さっきの裁判だってその真似をしてなんとか乗り切ったくらいだもん。結局、私自身は何も変わってない。私の周りの環境が変わっていってるんだ。だから私もそれになんとかついていこうとする。自分っていうものが分からなくなるんだ。いま自分が何をしてるのか、記憶が飛んだみたいに突然分からなくなる。でもね。そんなこと、悩んでも仕方ないって思ったんだ。少なくとも私は生きて、昨日より少しだけ前進してる。この理不尽で複雑怪奇な世界をなんとかやり過ごしてる。昨日の私とは違う私だけど、きっと明日の私のために今日を生き抜いてみせるって……いや、ちょっと盛ったかな。でもそんな感じ。最後に何かを残そうとする気持ちも立派だと思うけど、私は最後に“今まで”に満足できれば、それでいいんじゃないかなって思うんだ」

 「……大したもんだなァ、その年で立派な哲学持ってやがる」

 

 なんか王村さんのせいで柄にもないことを語っちゃった。心にもないわけじゃないからいいけど、なんだか小っ恥ずかしい。

 

 「年下の女にここまで言わせちまう自分がますます情けなくなってきた……。おめェに言わせりゃこの態度がそもそもダメなんだろうけどな。あ〜あ……八方塞がりだよ」

 「そんなことないよ。いっちょやる気になればいいんだよ」

 「……わあったわあったよ、期待しても応えられねェぞ?おいらは役に立たねェぞ?そこだけは期待しとけ」

 「うん、期待外れになるように期待しとく」

 「分かってンのかなァ」

 

 よっこらせ、と階段から立ち上がって、王村さんはファイルを抱えてよたよたとどこかに歩いて行った。とりあえず、励ませた、ってことでいいのかな?なんだか急激に物分かりがよくなったような……喋りすぎて面倒臭がられたのかも知れない。まあ、私も王村さんと同じ、大して学級裁判では力になれないかも知れないけど、取り敢えず手掛かりだけは集めることに尽力しよう。

 ん?なにか忘れてるような……。




最終章スタートです。もともと7月に終わるとか言ってなかったでしたっけ?
当てにならんな〜。

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