そこにいたのは、間違いなくダメクマだった。ここにいる私が私であるのと同じくらい確かに、その玉座の上にしっかりと鎮座していた。だから私は、自分の耳を疑った。そんなはずはない、と。ダメクマはモノクマとは違うはずだ。この地獄から私たちを掬い上げて救い上げてくれるはずだ。
「なんですって……?」
「僕はずっとこの機を窺っていた。モノクマから管理者権限を奪えるタイミングを。待つばかりじゃなくて自分でも色々してみようと思ったけど、悉く邪魔された。それがどういうことか……悔しいけど、よく分かる」
「な、何を言っている……?お前は、いったいなんなんだ?ダメクマじゃないのか?」
「ダメクマでもモノクマでも構わないアル。ワタシたちに死ねと言うなら、間違いなく敵ヨ」
「敵……そう思われても仕方ないかも知れない。僕はそれでもいい。これ以上、君たちの命を弄ぶようなことを止められるなら、僕は敵でも悪魔でも……絶望だって構わない!」
絶望だって構わない、この言葉が何を意味するのだろうか。ダメクマは絶望側じゃない。希望側?でもそれはモノクマだ。モノクマの敵なのに同じ希望側なんてことがあるのか。
仮にダメクマが希望側だったとして、私たちに死ねと言うのは辻褄が合わない。希望側なら私たちのうちから“超高校級の希望”を生み出したいはずだ。希望の踏み台になるために死ねと言うならまだしも、私たち全員に対して言うのは、全滅を望んでいるようにさえ聞こえる。
「全部話そう……君たちに何があったか。僕が何をしたか。どうやってここにいるか」
君たちが希望ヶ峰学園に入学してから数ヶ月が経った。彩り豊かな秋から始まり、鈍色の冬を越えて、それは春の麗らかな日だった。
僕たち19人は教室で午後の授業の始まりを待っていた。いつもと同じ、いつもと変わらない日常。“超高校級”の君たちが、ごく普通の高校生のように、教室にいたんだ。もうすぐ授業が始まろうというときに——本当に偶然だった——、僕はトイレに行こうと席を立った。授業が始まる前に戻るために、小走りで教室を出た。
教室から離れた廊下の先にトイレはあった。トイレがその場所にあったから、たったそれだけのことで、僕の運命は変わった。教室に戻ろうとまた廊下を駆け出そうとしたとき、突然世界が割れるような音がした。立っていられない震動、視界の全てを埋め尽くす光、離れた場所にいた僕さえも焼き尽くしそうな熱。何が起きたか分からなかった。ただ、何かが起きたことだけは分かった。
僕が
君たちを。君たちだったものを。おそらくは君たちだったのだろう何かを。僕はそれ以上、何かを感じることを拒絶した。
次に目を覚ましたとき、僕はベッドの上にいた。少し前までの記憶すら曖昧な不安極まる状況なのに、柔らかくて暖かいベッドのシーツは優しく僕を受け止めてくれていた。その居心地の良ささえも、僕にとっては異常事態だった。
「っ!」
すぐ近くで女の人の息を呑む声がした。それからたくさん白衣の人がやってきて、そこが病院だと、隣にいたのが僕の母親だったとようやく気付いた。そして僕は『“絶望”の再来事件』のことを知った。
どうやら僕は、吹き飛んだ教室のすぐ近くで倒れていたらしい。お医者さんの言うことの半分は理解できなかったけど、どうやら煙を吸いすぎて酸欠気味になっていたことと、ショッキングな光景を見たことで血の気が引いたことによって、意識を失っていたらしい。倒れた拍子に頭を打って怪我をしたけれど、大した処置も必要な程度の軽傷だ。
僕を担当しているお医者さんと看護師さんは、国際希望連盟傘下の医療機関の名札をかけていた。そう言えば、僕が寝ていたのは個室のベッドだ。他と違うことアピールするようなそうした細かなギラつきがなんとなく苦手だった。
「とにかく今は安全な場所で療養することが必要です。御同意いただけるなら、ご両親ともしばらくの間はMHAの保護下で生活が可能です」
「ほ、ほご……?それは、どういう……?」
「先日の事件で、世間では“絶望”の活動が活発化してきています。それでなくても今回の事件の注目度は高い。ご両親の前でこんな話をするのは忍びないですが、再び“絶望”が君の命を狙ってくることはほぼ確実です。希望ヶ峰学園も機能を停止している今、自分の身の安全を第一に考えて行動するべきだ。我々の兄弟組織であるMHAの保護下であれば、確実に“絶望”の脅威からあなた方を守ることができる」
「……」
反論の余地はなかった。『“絶望”の再来事件』は僕のクラスメイトが起こした。“絶望”はいつどこから襲ってきてもおかしくない。この人たちの仲間という点は心理的に嫌な気がするけれど、そうも言っていられない。母親も父親も二つ返事で同意し、それから何日か経った後、僕たち家族はMHA日本支部の保護に置かれた。
はっきり言って、その生活は安全ではあるけれど息苦しかった。どこへ行くにも、何をするにも、いつもMHAのスタッフ——その実態は軍人だ。僕たち日本人にはちっとも馴染みがない——がついて回る。ほんの些細な危険もない、安全が確約された生活がいつまでも続く。そんな環境だからか分からないけれど、僕はMHAのことを知ろうと思った。僕を守り苦しめているこの人たちを知ることで、少しは自分の置かれている環境の慰めになるかも知れないと考えたのかも知れない。そして僕は、MHAである人に出会った。
「”超高校級の語り部”ぇ?なんだ、ナヨっとした肩書きだな。そんな細っこい体してっから気まで弱くなっちまうんだ!肉を食え肉を!」
彼の名前は、
赤郷さんは、いわゆる“超高校級”至上主義のお手本のような人だった。希望ヶ峰学園はこれまで世界のありとあらゆる分野に“才能”溢れる傑物たちを輩出してきた。そういった人たちが人類の歴史の1ページを更新していくたび、世間では「もう“超高校級”の人間が全てのイニシアチブをとって、他の人間はそれを支えればいいんじゃないか」という意見が出る。それを突き詰めて、“超高校級”の人間とそうでない人間を明確に区別する人たちのことだ。これは僕が“超高校級”と呼ばれたからとかいうこととは関係なく、僕自身とは相容れない主義だった。そんな過激な思想を声高に叫べるほど、僕は大した人間じゃない。
「お前も“超高校級”なら強くなれ!“絶望”のやつらに負けるな!“超高校級”は人類の“希望”だ!俺やお前らが諦めちまったら数億倍もいる凡庸なやつらはどうやって生きてくんだ?“超高校級”の責任を果たせ!」
うん、悪い人じゃないと思う。
それともう一人、赤郷さんとよく一緒にいて、僕のことも折に触れて気にかけてくれる人がいた。赤郷さんとは何もかもが対照的だった。日焼けした筋肉質な赤郷さんに対して、色白で僕よりも体が細く手足が長い。声が大きくて明るい性格の赤郷さんとは違って、声が小さくて陰湿な印象を受ける。短髪でほぼ裸みたいな格好をしている赤郷さんの横で、うねるような癖毛を腰まで伸ばしていつも長袖の変な柄のセーターを着ていた。
「あ〜、めんどくせぇ。ガキでもできるような仕事まで押し付けてくんじゃねぇよ。こんなもんてめぇでやれや……クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソ——クソ・ザ・ファッッ!!」
「ああ、君ですか。赤郷さんに絡まれてクソ大変でしょうね。まあ、あれはああいうもんです。他人に気を遣うという考えがねぇんです。デカくて暑苦しくて可愛げがなくてうるさい犬だとでも思って我慢しやがってください」
「それは犬のいいところがひとつもないのでは?」
「成人男性に犬の良いところがあるわけねぇでしょう。何を言ってやがんですか君は」
それは僕が言いたい。
青宮さんはエンジニアとして組織内部の仕事を、赤郷さんは尖兵として現場での仕事を、それぞれ毎日頑張っている。同級生だという二人は、他人からの第一印象が最悪だというところを除けば真反対で、だけどもう10年以上の腐れ縁らしい。赤郷さんは青宮さんを見かけたら必ず話しかけてご飯に誘うし、青宮さんは赤郷さんが作戦から帰ってきたら必ず労いの言葉をかけていた。なんだかんだで仲が良い二人を見て……僕は、自分のことが嫌になった。彼らを羨ましいと思うと同時に、後ろ向きな自己憐憫に浸る自分に気付いて、そんな自分がすごく嫌だった。
そんなある日、赤郷さんと青宮さんが話しているところに出会した。軽く会釈して通り過ぎようとした僕の首根っこを赤郷さんが掴んで、無理やり会話に加わされた。さすがに乱暴すぎる。文句のひとつでも言おうかと逡巡しているうちに、二人の表情がひどく真剣なことに気付いた。
「おいバカ郷。なんでそいつを捕まえやがったんですか。さっさと行かせてやんなさい」
「分かんねえのかアホ宮。こいつにはテメエの話を聞く権利がある。ただでさえこいつは孤独なんだ。こんなチャンスを教えねえのは正義に悖る」
「ツッコミ待ちですか?その薄汚え口で二度と正義なんてほざかねえでください。そいつが何のためにここにいるか忘れやがりましたか?“絶望”から守るためです。わざわざ危険に巻き込むなんてのはてめえみてえなファッキン脳筋野郎のエゴなんですよ」
「エゴかどうかはこいつの心に聞く。判断すんのはこいつだ。そもそもテメエの話とこいつは無関係じゃねえんだ。全部終わった後に実はこんなことがありました、じゃあんまりじゃねえか」
「あ、あのぅ……僕、お邪魔みたいなので離してもらえませんか?」
僕が文句を言うどころか、二人は真剣な顔のままお互いをボコボコに罵り合っていた。その原因がどうやら僕が会話に加わったかららしいことを察して、すぐにその場を離れようとした。当然、赤郷さんの丸太みたいな腕から逃れられるわけもなく、情けなく懇願する。それでも二人はお構いなしに互いにガンを付け合ってる。話し合うかケンカするかどっちかにしてほしい。
また面倒なことに巻き込まれそうだ、とため息を吐こうと吸った空気は。
「こいつの大事なクラスメイトの話だぜ?」
その一言で肺に留まった。クラスメイト?僕の?それって……でも、みんなはあの事件で……。
「だからこそです。てめえこいつの気持ちを考えたことあるんですか?いきなり友人19人が吹っ飛んだんですよ。まともな判断ができる状態じゃねえんですよ。ここで保護してんのは身の安全を保証するためだけじゃねえ。こいつがゆっくりあの事件と向き合う時間と気持ちの整理をつけさせるためなんですよ。てめえみてえに頭空っぽで筋トレかドンパチしてやがりゃ幸せな単細胞とは違うんです」
「ろくに外にも出ねえで画面と睨めっこしてるだけのテメエが、どの口で人間の感情なんか説こうってんだ?俺は自分が死ぬより自分の仲間が死ぬことの方が何倍も辛えってのを嫌になるほど知ってんだよ。部屋でうじうじ考えてるだけが絶望の乗り越え方じゃねえ。物を言うのは有り難え説法より泥臭え体験なんだよ」
「あ、あの……」
「そういうところが単細胞だってんですよ。それが必要かどうかを見極めるのに、その辺ほっつき歩いてるところを捕まえて胸糞悪いクソ話聞かせる方法が適切か?」
「考えてる間にチャンスは逃げてく。こいつが今、俺らがここで話してるところを通りかかった。それだけで十分だろうが。それに、こういう手合いは親の前じゃ思ったこと言えねえもんだ。時は今、場所はここしかねえ」
そう断言した赤郷さんと、青宮さんはしばらくまた黙って睨み合っていた。だけどそのうち、青宮さんの方が折れた。深く、これ以上ないくらい深くため息を吐いて、とても痛そうに眉間を押さえた。
「ちったあ丸くなってるかと思ってた俺の見込み違いでした。てめえ何歳だ」
「テメエの一個下だ。ずっとそうだろ」
「だから余計にタチ悪いってんだよ。まあいい。彼を加えるなら立ち話じゃなく、しっかり腰を据えて話し合うことにします。ついてきてください」
先導する青宮さんの背中を見て、赤郷さんは僕に目配せして笑った。「やってやったぜ」じゃないんだよ。僕には全く何がなんだか分からない。でも、僕のクラスメイトのことだってさっき言ってた。それは、とても気になる。あの事件はあれで終わったんじゃないのか。もしかして、みんなは助かったのか?いや、でもあのとき……。
混乱する脳みそじゃ結論どころか予測も立たない。僕は大人しく、赤郷さんに連れられるまま、使われていない居住スペースの個室に入った。使われていないから電気もつかないし、定期的に掃除はされているけれどどことなく空気が冷たくてこもっている。青宮さんはスマートフォンの照明を天井に反射させて部屋全体を薄明るくして、僕に椅子を勧めた。
「おい、俺の椅子は」
「平らな床に座れるだけ感謝しやがれ」
この人たち本当に仲が良いんだか悪いんだか分からないな。
「さて、さっきクソバカ郷が軽くネタバレしましたが、俺とバカ郷が話してたのは『“絶望”の再来事件』に関係することです。事件について君には説明不要ですね?」
「……はい。それで、あの……クラスメイトのみんなのことっていうのは?」
「こいつを見てください」
青宮さんは、何かのファイルを開いたタブレットを差し出してきた。
「『”超高校級の希望”計画』?」
「IHFの機密サーバに保管されていました。趣味でハッキングしてたら見つけたので、いちおう赤郷には言っておいた方がいいかと思って話してたんです」
「クソが!ふざけた話だぜ!IHFはイカれちまったのか?なあ!お前もそう思うだろ!」
「まだ読んでないです」
「読まなくていいから聞いてください。要約します」
“超高校級の希望”って、確か今のIHFのルーツになった未来機関で活躍した、かつての希望ヶ峰学園の卒業生……僕だけでなく赤郷さんや青宮さんにとっても大先輩にあたる人。というかもはや歴史の一部になってるレベルだ。
その名前を冠した計画……なんだか心の青いところをくすぐられるような、ものすごくフラグを建てているような気がする。
「“超高校級の希望”苗木誠は……学校で習ったはずなので居眠りぶっこいてやがらなきゃ覚えてるはずですが、君は授業中に居眠りこいたり内職する度胸もないでしょうから、覚えてる前提でいきます」
「はあ……どうも」
「言い返せよ。さすがに」
「IHF……正確にはHHIっていう
「チャンス?」
「コロシアイ実験のチャンスです」
コロシアイ——とてつもなく不穏な響きだ。それの実験を、HHIがしようとしている?何も分からない。
「コロシアイとは、“人類史上最大最悪の絶望的事件”と並行して行われていやがった凄惨な事件です。唯一、人類に資するものがあったとすれば、苗木誠はそのコロシアイを通じて“超高校級の希望”に成ったという点です」
「は、はあ……」
「つまりHHIの考えとしては、コロシアイを行うことで“超高校級の希望”を生み出すことができるのではないかという仮説を実証するための機会が用意されたわけです。君のクラスメイトはその実験に打ってつけというわけです」
「……どういう、ことですか?」
「クラスメイトという繋がりを持った一定数の人間、その中に“絶望”というイレギュラーが潜んでいる。さらに全員が同時に命を落としているため、記憶改竄による整合性の齟齬等の影響も少ない。まあ、実態はアルターエゴを用いた仮想空間上の実験ですが……ま、胸糞は悪いですね」
それから青宮さんは、かつて行われたコロシアイの詳細を教えてくれた。血生臭い話は控えめに、淡々とそのシステムだけを説明してくれた。記憶を奪われたクラスメイトが閉鎖空間内で命の奪い合いをする。殺人を犯した誰かは学級裁判で裁かれ、互いに命をかけて相手の命を貶めていく。その営みの果てに、HHIは“超高校級の希望”を生み出そうとしている。たったひとり、自分たちに都合の良いコマを作り出すために、クラスメイトのみんなの命をまた奪おうとしている。
自分の胸の中に、今まで感じたことのない感情が芽生えた。どす黒くて、熱くて、体を突き動かしそうな激しい感情。この気持ちの名前を僕は知らない。だからこそ、無視することはできない。
「気に入らねえのはこいつをHHIとIHFが極秘裏に進めてやがることです。IHFも一枚岩じゃねえんで、おそらくどこぞの役員風情が情報統制してやがんでしょう。ちなみに赤郷、プロジェクトリーダーの名前、聞きます?」
「おう。どこの馬の骨だ」
「福丸八雲」
「あ゛あ゛ッ!?福丸!?あのデブモヒカン!!殺す!!」
「いけすかねえ七光のボンボン丸が偉くなりやがったもんですね。殺すのは賛成ですが現場に本人がいるとは限らねえですよ」
絶対に許せなかった。“超高校級の希望”、そんなもののためにみんなの命を弄ぶなんて。厳密に言えばアルターエゴは本人たちとは違う。ただの再現したプログラムに過ぎなくて、オリジナルのみんなはもうとっくに死亡している。
それでも——いや、だからこそ、僕は許せない。あんまりにも突然に、理不尽に、何の心構えもなく命を奪われたみんなのもう一度殺すようなことをするなんて。青宮さんがこの話をすることを懸念していた理由が分かった。それを聞いてしまった以上、僕はもう引き下がることはできなかった。
「で、MHAとしてこの実験は受け入れられねえわけです。だからブク丸に抗議文を送ったんですが、とりつく島もねえって感じですね。なんで、武力行使です」
「えっ……ぶ、武力?」
「俺が部隊連れて突撃して皆殺しにしてやるんだよ。ブク丸がいりゃまとめてだ。IHF通じて手続きなんてやってる時間はねえ。口で言って分からねえならぶん殴るのが俺らのやり方だ」
「そんないきなり……そもそも同じIHFの下部組織じゃないですか」
「手を拱いていてはやりたい放題されるだけです。“人類史上最大最悪の絶望的事件”を経験して、人類は学んだんですよ。希望は待つものじゃない。自分から作り出すものだって。つまりは自力救済ですね。もちろん、法的にはクソアウトです」
アウトならダメってことなんじゃないのか。下部組織同士が武力衝突なんて、それこそ絶望的な事件にも思える。だけど、僕がここで何を言ったところでこの人たちを止めることはできない。それもまた分かってる。そもそも僕はこの人たちに戦ってほしくないわけじゃない。みんなにコロシアイなんてしてほしくないんだ。そのために必要なんだったら……もし、避けられないのであれば……。
「青宮さん。もう少し教えてもらっていいですか?具体的に、どうやってコロシアイを止めるのか」
専門的な難しい話は分からない。青宮さんは言わずとも分かってくれて、丁寧に口汚く、HHIのコロシアイ実験の構想と止め方を教えてくれた。
HHIは『“絶望”の再来事件』で死亡した僕のクラスメイト19人の情報を基に、19のアルターエゴをプログラムした。それとは別に、希望ヶ峰学園の建物図面から電子空間上に同じ建物を再現し、そこを管理統括するため、かつてのコロシアイを監督していたモノクマのデータから再現したアルターエゴも製作した。これらを現実と同じ時間経過の下、仮想希望ヶ峰学園内で同時に走らせ、コロシアイを再現するというのだ。これによって最後に生き残ったアルターエゴが“超高校級の希望”となるかという実験だ。
なお、『“絶望”の再来事件』の実行犯であり“超高校級の絶望”である庵野君だけは、黒幕の内通者という立場であることが最初から決まっていた。たとえ最後まで生き残ったとしても、最後には
これを止める方法はいくつかある。要するに正常なプログラムの実行を妨害すればいい。クラッキングしてシステムを破壊してしまえばいい。プログラムにイレギュラーを送り込んでエラーを誘引しフリーズさせてもいい。究極的には電源を落として世界そのものを終わらせることだって可能だ。
「でも……それは、やめてください」
「なぜです?」
「そのやり方はどれも、みんなの安全が保証されないんじゃないですか?」
「……みんな、ってのは?」
「クラスメイトのみんな……庵野君も含めた、僕以外の19人です」
「所詮はただのアルターエゴです。いくつかのコードと計算結果が見せる
「少なくとも彼らにとって希望ヶ峰学園は現実です。僕たちの世界が単なるシミュレーションで、それがいきなり終わってしまうなんて……そんな終焉は納得できないでしょう」
「俺は哲学者じゃねえんでそんな議論はクソ無意味です。俺らがコロシアイを止めるのは、それが絶望につながる可能性を孕んでやがるからで、アルターエゴに同情してるからじゃねえです」
「でも……」
「くどい。結局君はどうしてえんです?コロシアイを止めたい。でも誰も殺さない、アルターエゴにすら命を見出して救おうとしやがる。わがままほざくな。正規の手順を踏む時間はねえから俺らは武力でねじ伏せる。君に力はありますか?赤郷のように狂った覚悟がありますか?俺のように突き詰めた能力がありますか?何も持ってねえやつに選べる道はねえんです。悔しいでしょうが、諦めやがることです」
正論だった。ぐうの音も出ないほど。僕に力はない。戦う力もないし、コロシアイを止める方法も知らない。僕の感情を優先する理屈なんて、青宮さんにはない。当たり前だ。だけど、みんなが二度も殺されるのを知って、このまま黙ってることなんてできない。いや、動かずになんていられない。
「それなら……僕が直接止めます」
「君はもっと物分かりが良いやつでしょう。聞き分けもあるし無理なことは諦められる人間だと思ってましたが……買い被りでしたか」
「僕を、その電子空間に直接送り込むことはできませんか?」
「は?」
「僕がみんなを説得します。コロシアイをやめるように……“超高校級の希望”計画なんて止めさせます。アルターエゴじゃない、人の意識を電子空間に出力する技術を使えば、できますよね。HHIは、そういう技術の研究だってしているはずだ」
「自分が何言ってるか分かってんのか?それは君のような五体満足で未来を生きられる人間に使う技術じゃねえ。自分の人生を自分の意思で生きられねえ人間が最期の慰めに使う技術だ。十字架の形をした電気椅子だ。確かにそいつを使えば君はコロシアイの場に介入できるだろうよ。だがアルターエゴどもとは違う。君の死は本物の死だ。そもそもそれは
「そんなことは分かってます。それを使って欲しいんです。青宮さんなら、できますよね」
そのときの僕の目はどんな色をしていただろうか。これまで、青宮さんに、大人に食ってかかったことなんてなかった。誰かに意見したことなんて、自分のしたいことを譲れないと思ったことなんてなかった。僕は今、人生で初めて、死んでもやりたいことを見つけた。
さすがの青宮さんも、苛立ちに体を震わせていた。何度もため息をついて、何度も舌打ちをして、何度もぶつぶつと何かを呟いていた。
「おうおう青宮!何をぐちぐち男らしくねえこと言ってやがんだ!」
「黙れバカ郷。思考にノイズが混ざる」
「混ぜるつもりで言ってんだよ!具体的なこたあ俺は分からねえが、できんだろ?男がダチのために命かけるっつってんだ!てめえはどの立場でそれを渋ってやがんだ!ああ!?研究者様ってのはずいぶんとお偉いご身分だな!?」
「ガキを保護しておいてむざむざ死にに行かす大人がいるか?だいたい親御さんになんて説明する。あんたらのガキが死にてえってんで手を貸しましたっつって香典でも包むか?」
「んあ?……おいおいおいおいおいおいおい!何をバカなこと言ってんだ青宮」
まるで子供のようにきょとんとした後、赤郷さんは破顔一笑して青宮さんの肩を叩いた。寝ぼけて変なことを言った友人を笑うように。恥ずかしい勘違いをしていた友人をからかうように。ちょっとした冗談で笑い合うように。
「死んだ後のことなんて心配しなくていいだろ」
あっさりとそう言えてしまう彼らが、今の僕にはとても頼もしく映る。こんな歪で純粋な信頼関係を、僕は心の底から羨ましいと思った。
結果として、僕はコロシアイを止めることはできなかった。赤郷さんたちの動きを察知したHHIは突入される前にシステムを稼働させ、幾重にもプロテクトをかけていた。それでも青宮さんは僕をコロシアイに潜り込ませることまでは実現してくれた。今、この世界の外がどうなっているかは分からない。たとえ現実に残った僕の体を破壊しても、もう僕を止めることはできない。僕は現実から完全に切り離された……みんなと同じだ。この世界の中でしか存在できない、死んだような存在だ。
「じゃあ、あなたは。あなたの名前は……」
「……僕は、ダメクマなんかじゃない。僕は……益玉韻兎。『“絶望”の再来事件』を唯一生き残った、みんなのクラスメイトだ」
玉座の上に立ち、ダメクマは堂々と言った。益玉韻兎……このコロシアイ最初の犠牲者で、私たちのために自分の命さえ投げ出してくれた、信じられないくらい自己犠牲の精神に溢れた彼。その理由が、少しだけ分かった気がする。
「コロシアイを内部から阻止するために潜入したけれど、結局本体である僕は早々に死んでしまった。だけど、コロシアイに参加する以上、そんなことは想定内だった。だからモノクマの姿を借りて死んだ後も介入できるように、青宮さんに細工をお願いしていたんだ」
「はあ〜、信じられない話ばっかりだったけど、輪をかけて信じられないネ。お前が
「それは僕にとっても誤算だった。この姿になったことで校則の縛りと管理者であるモノクマの支配が強まって、行動しにくくなってしまった。この裁判より前に真相に関わる一切のことをみんなに伝えられなくて……」
「ちょ、ちょっと待てェ!!おい!おめェ本当に益玉なんだな!?虎ノ森に殺された!」
「そうだよ。でも僕は虎ノ森君を恨んだりはしていない。彼だって、モノクマにそうするよう追い込まれた被害者に過ぎないんだ。コロシアイっていうのは、そういうものだ」
これまでの散々な扱いと惨めな態度が嘘のように、ダメクマははきはきとしゃべる。その姿は私たちの知る益玉君とも少し違う。だけど私の記憶のどこかに引っかかった益玉君の姿と一致する気もする。
「そのお前が……益玉が、なぜ私たちに死ねと言う?お前はコロシアイを止めにきた……つまり、私たちを救いに来たのではないのか?」
「……そう。僕はみんなを救いたかった。だけどそれはもうできない。僕もこのコロシアイに組み込まれてしまった。この世界から脱出するには、死ぬか、モノクマを殺すか。それも一人だけだ」
「話が見えませんね。手前にも知らされていない話でしょうか」
「ああ。そうだろうね。これはみんなが外の世界に戻る時の話だ。庵野君、“絶望”であることが確定している君には縁のない話だよ」
「悲しいですね。益玉さんはクラスメイトを救いに来たと言うのに、手前はそこに含まれていないと」
「自爆テロしたやつがなんか言ってらァ」
外の世界に戻る時……そうだ。ここが電子空間なんだったら、ここから脱出することは具体的に何を意味するのか。私たちにそれは知りようのないこと、一か八かで飛び込むしかない未来だった。だけどダメクマは……益玉君は知っている。この世界から出ていくときに何が起きるのか。HHIはどうやって私たちを脱出させるつもりなのか。
「HHIはコロシアイで最後まで生き残ったアルターエゴをインストールするための義体を用意している。ただし、それはひとつだけだ。だからこのコロシアイで最後に脱出できるのはひとりしかいない。このコロシアイを生き残った最後のひとりはその義体を使って“超高校級の希望”として復活する。そういう筋書きだ」
「ぎ、ぎたい?とは?」
「要するに作り物の体だ。『“絶望”の再来事件』でみんなの体は損傷した。元の体に戻ることはできない。だから、たとえここを生き残っても、みんなが本当の意味で自分として外の世界に出ることはできない。みんなはIHFに都合の良い“超高校級の希望”として生き返らされるんだ。だから……このコロシアイのいく先にみんなの希望なんてないんだ。どこまでいってもこのコロシアイは、みんなの命を利用して弄んでいるだけなんだ」
「そんな……」
「だから僕は……みんなにはここで脱出を諦めてほしいんだ。みんなの命は、どうしたってHHIが握っている。どれほど生きて抵抗したって、HHIからは逃げられない。僕はもう……みんなの命が他人の都合に左右されることが嫌なんだ。みんなを安らかに眠らせるために……ここにいるみんなには、ただ黙って死んでほしいんだ」
残酷な、それでいて誠実な感情を吐露する。そこにあるのはただただ切実な願い、真摯な祈りだった。私たちを恨んでいるわけでも、モノクマのようにコロシアイを楽しんでいるわけでも、HHIのようにコロシアイの先にある希望に手を伸ばすわけでもない。ただただ、私たちのことを守りたいという一心からの言葉だった。それが分かってしまう。その気持ちを理解できてしまう。その答えが、自分自身の死だとしても。
「バ、バカいうねェ!だからってなんでおいらたちが死ななきゃならねェんだ!おいらたちがアルターエゴだと思って簡単に言ってくれんな!こちとらプログラムなんて自覚なんかこれっぽっちもねェんだ!死ぬのは普通に怖ェんだよ!」
「そうさ。みんなは元のみんなと何も変わらない。見た目も、考え方も、話し方も、なにもかもだ。僕が言うんだから間違いない。みんなは正真正銘、みんな自身なんだ。だから……もう終わりにしてほしいんだよ……!あんな残酷に殺されたみんなの魂を引き摺り出して使い潰すようなこと……絶対に許せないんだよッ!!」
益玉君にとって、私たちがアルターエゴかオリジナルかなんていうのはどうでもいいことなんだ。私たちの姿をした私たちがコロシアイをしている。すでに理不尽な死を遂げた私たちがもう一度命の奪い合いをしている。それに耐えられないんだ。
それは、どこまでいっても益玉君個人の感情だ。でもその感情のために彼は自分の命を投げ出した。戻ってこられない電子空間へ、肉体を捨てて飛び込んできた。その電子空間ですら自分の肉体を失い、いまはダメクマの姿でしか存在できない。どうしてそこまでするんだ。私たちのために……ただのクラスメイトのために。
「バカかお前は……!お前は、『“絶望”の再来事件』を生き延びたんだろ……!それなのに、私たちのためにせっかく拾った命を捨てるようなマネをするなんて……!」
「……青宮さんにも散々言われたよ。ここでも同じことをして、尾田君にも散々言われたっけ。でも、僕にとってみんなはそれくらい大事な存在なんだよ……。みんなの尊厳を奪うこんなコロシアイは止めなくちゃいけなかったんだよ……!」
「そのためにワタシたち全員に死ねっていうんじゃ本末転倒もいいとこアル。最後のひとりしか復活できないっていうならどうするつもりカ?自分がその体に入るカ?」
「いいや。誰も復活なんてさせない。HHIの思い通りになんてさせない。ここでみんなで終わらせるんだ。復活したって自分の体じゃないなら、みんなにだって何の意味もない」
「こんなコロシアイをするくらいだから、替えの体くらい用意しててもおかしくないネ。最後のひとりになるまでっていうのも最初から言ってたことヨ。希望なんてあてにしちゃダメってことアル」
「長島さんならそう言うと思ってたよ。長島さんは、たとえ自分の家族を助けてくれなかったIHFの手を借りてでも生きられる道を選ぶよね」
「ま、そうネ。自分の体じゃなくなったって、このワタシが死なない道があるなら当然選ぶヨ」
「だから、こうする」
そう言って益玉君はふわふわの指を鳴らした。モノクマと同じで、どういう風になっているか分からないけど、とにかく音が鳴った。それを合図に裁判場唯一の出口であるエレベーターの扉が消滅した。何が起きたのか、理解できないうちに私たちの前に小さなスクリーンが出現した。どちらも瞬きするうちに行われて、まるで魔法のようだった。
「な、なんだァ!?」
「電子空間上では管理者である僕の力が全てだ。少し無理はしてるけど……とにかく、みんなをここから出すわけにはいかない。こんな狂った“希望”はここで終わらせるんだ」
「何を……?」
「みんなに、外の世界を諦めてもらう。いま、外の世界がどうなってるかを教えてあげる」
有無を言わさず、スクリーンには映像が映し出される。それは私たちのよく知る人たち……いつか、モノクマが寄越してきた映像にも映っていた、私たちそれぞれの大切な人だ。家族だったり、恋人だったり、恩人だったり……。私の場合は、家族とホームに残してきた入居者さんたちだ。
とても幸せそうだった。みんな笑顔で、健康で、何の不安もない様子だった。お庭を散歩したり、美味しいご飯を食べたり、動物とたわむれたり、お話やゲームに興じたり、安心しきった顔で眠っている。
「こ、これは……!」
そこに私の姿はない。私が入り込む余地はない。希望ヶ峰学園に来る前は心配で仕方なかったそこは、私がいなくなった後も何の問題もなく日々を過ごせていた。私がいなくなっても代わりの誰かがいた。私がいなくなったことすら感じさせないほど、全てが満たされていた。もしいま、ここに私が戻って行ったとして……受け入れられてもらえるんだろうか。
「君たちは宝だった。世界にとっても、君たちの周りの人たちにとっても。だけど世界が君たちを喪ってから、すでに3年もの月日が経った。君たちがいた場所に空いた穴はとっくに塞がってるんだ。今さら君たちがそこに現れて、しかもそれが
淡々と流れるその言葉が私の脳を侵した。ここに私は要らない。私の居場所だったところに私は必要ない。それなら私が外に出る意味は……もうないのかもしれない。いや、それどころか私が復活なんかしたら、みんなが3年かけて築いたこの幸せを、私が壊してしまうかもしれない。そう考えたら、復活するなんてこと、したくなくなってくる。
「僕もこんなものを見せたくはなかった。でもみんながただで脱出を諦めてくれるなんて甘い考えも持っていなかった。それに、これが切り札になることだって証明済みだった」
「……というと?」
「尾田君が死を決意した理由だよ。彼は自力でこの結論に辿り着いた。映像を見なくても、自分たちの正体と外の世界がどうなっているかを理解した。だからこそ彼は自らの命を投げ出せた。それでも誰かに“超高校級の希望”として復活して欲しくはあったんだろうね。だからあんなことをしたんだ」
「お、おめェ……分かってたのかよ!?全部!?なんで今まで黙ってやがった!」
「分かってたよ。虎ノ森君の嫉妬も、岩鈴さんの怒りも、月浦君と陽面さんの共愛も、理刈さんの傲慢も、芭串君の弱さも、何もかも……。だって、僕はみんなのクラスメイトだから。みんなの良いところも悪いところも、全部分かってた。モノクマに制限されてなければ、すぐにだって全部打ち明けてコロシアイを止めてた」
そのモノクマはいま、玉座の足元に転がってうんうん唸るばかりだ。何かをしようと体を捩っても、まるで空気に押さえつけられているようにじたばたもがくばかりだ。益玉君はずっとこんな調子で、目の前でコロシアイをする私たちを見せつけられていたのか。自分の命を捨ててまで飛び込んだ先で、そんな責苦に晒されていたのか。
「さあ、結論を出そう」
益玉君がそう言うと、私たちのモノカラーから光が投射される。目の前に二つのボタンが出現した。“脱出”と“消滅”だ。赤と緑のボタンはそれぞれの色を際立たせて、どちらの選択も辛いものになることを物語っている。
他に選択肢はない。私たちは選ばなくてはならない。“
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益玉韻兎
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湖藤厘
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宿楽風海
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虎ノ森遼
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甲斐奉
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谷倉美加登
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岩鈴華
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菊島太石
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毛利万梨香
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芭串ロイ
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庵野宣道
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カルロス・マルティン・フェルナンド
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三沢露子
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狭山狐々乃
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長島萌
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月浦ちぐ
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陽面はぐ
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理刈法子
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王村伊蔵
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尾田劉平