ダンガンロンパメサイア   作:じゃん@論破

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人は地に立ち眠るだけ

 

 体育館に入る前の玄関、広いホールとは鉄扉で仕切られたその狭い空間に、既に何人かが集まっていた。元から体育館にいたはずの宿楽さんたちは、なんとなくその出入り口に近いところに寄り集まっていた。きっと、皆も同じなんだろう。さっきのアナウンスから異常な悪意を感じ取って不安になっている。アナウンスをした誰かの正体も目的も分からず状況が読めない中で、本能的に身の危険を感じ取っている。

 気が付けば、20人全員がそこに集合していた。僕はみんなの顔を見渡して、静かに息を整えた。もう少し、もう少しだけこのままでいたい。

 

 「コラーーーッ!!もっと前に来いよ!!積極性のないヤツは意欲関心がないと見なして成績満点付けてやらないぞ!!」

 「ひっ……!?」

 

 そんなささやかな希望すら、どこから見ているのか、さっきと同じ声のアナウンスによって打ち砕かれた。廊下側の扉が勝手に閉まり、玄関の照明が落ちる。僕たちの退路を断ち、自分の手の中へ誘う。誰かの悲鳴が聞こえた。この声に従わないと何が起きるか分からない。そう感じさせるのに十分な演出だ。

 

 「行こう……。大丈夫、だから……」

 「ま、益玉君……?」

 

 声の主が次の手を打つ前に、僕は一歩踏み出した。自分でも分かるくらい、僕の脚はガタガタと震えていた。床の軋む音が脚の震えにあわせて小刻みに波打つ。まるで地上の重力が何倍にも跳ね上がったかのような重圧を感じながらも、僕は確かめるように一歩一歩を踏みしめた。こんな不格好な形でも、誰も動かずにいるよりはマシなはずだ。

 

 「……来たぞ」

 

 体育館ホールの真ん中に立ち、ステージの上に用意された壇に向かって僕は呟いた。

 

 「おう、なんだよ!根性あんじゃん!」

 「うわっ!」

 

 明るい声とともに、後ろから肩を組まれた。岩鈴さんだ。

 

 「なんか空気に飲まれてビビってたわ!けどアンタが根性見せたお陰でなんかしゃきっとした!」

 「あ、ありがと……」

 

 岩鈴さんの後ろでは、玄関に寄り集まっていた皆が少しずつ体育館ホールに足を踏み入れて来ていた。僕のおかげ……なんてことはないだろう。僕の後を岩鈴さんが追いかけてきてくれたから、皆が安全だと判断できたんだ。まだ怯えている人や警戒心の強い人は、鉄扉の近くを離れない。それでも、全員がホールの中に収まった。それを確認したかのようなタイミングで、またアナウンスが聞こえてきた。

 

 「はいはーーーい!みんな集まったようだね!うぷぷぷぷ!そんじゃま、始めていきましょうか!みんなステージにちゅうも〜〜〜く!」

 

 号令とともに、体育館中を奇天烈な音楽が包み込む。軽快で、間抜けで、人をバカにするような音だった。その音の発信元は、20人の視線を一手に受ける地味な教壇だ。僕たちの不安を煽るように、僕たちの緊張を焦らすように、たっぷりと時間を浪費した後、それは唐突に現れた。

 

 「ばびょ〜〜〜ん!うっぷっぷ〜〜〜!」

 

 遠くからでもはっきりと分かる白と黒のツートンカラー。不格好に張った丸い腹とでべそ。アンバランスな短い手足。左右で形が違う小さく円らな瞳と長く切れた真っ赤な目。それは、この不可解で理不尽な状況を体現するかのような、見る者を不安にするような姿をしていた。

 

 「ほう」

 「んん……?」

 「……はあ」

 「クマちゃんだーーーっ!!かーわいーーー!!」

 「えっ」

 

 現れたそれに対して、皆は予想外の反応を見せた。興味深げに眺めたり、肩透かしを食らったようにがっかりしたり、或いは目を輝かせたりしている。どうやら僕が抱いたものとは全く異なる感想を抱いているらしい。さっきまで体育館を満たしていた緊張感は、すっかり弛緩しきってしまったようだ。

 

 「わーいクマちゃーん!」

 「はぐ。ちょっとガマンだ。まだ飛びついて良いかどうか分からない」

 「クマ……なわけないですよね。明らかに人工物ですが……ロボットかなんかですかね?」

 「意外と糸で吊ってるだけだったりして」

 

 一応、警戒心を露わにしている人たちもいる。それでも僕が感じているような恐怖心はそこからは感じられなくて、状況が分からないことに対する警戒心だ。

 

 「え〜〜……なんなんオマエラ……なんなんそのリアクション……思ってたのと違うんですけど!話が違うんですけど!」

 「知らないけど……誰から話を聞いてたのかしら?」

 「クマが!立って!しゃべって!るんだよ!?こんなにプリチーだけどツメもキバもこんなに鋭く尖っているんだよ!?もっと驚けよ!おったまびっくりすってんてんだろーがよ!」

 「そんなこと言われても……ねえ?」

 「もう立ってしゃべるキツネ見ちまったからなあ。新鮮に驚けってのも無理があらあな」

 「キツネ!?」

 「どーも!コンちわ!」

 「こんちわじゃないが?」

 

 ああ、なるほど。確かに、ここには既に立ってしゃべって人間のように振る舞うキツネがいた。初めてその姿を見たときの衝撃は、確かにひっくり返るくらいのものだった。というか僕は実際にひっくり返った。それと比べたら、明らかに人工物と分かるクマのぬいぐるみがしゃべったところで、狭山さんを見た驚きに比べれば大したことはない。みんなの薄いリアクションも尤もだった。

 

 「存在が拙僧のパクリですな!二番煎じということで、残念でした!」

 「は、初めてですよ……ここまでボクの登場シーンをコケにしたおバカさんは……!」

 「コケにしたっていうか大コケしたっていうか」

 「滑稽、だな」

 「うるせーーー!!コケコケ言うな鶏かオマエラは!!そんなコケおどしに負けないボクの沽券!モタモタしてたら苔むす過去形!これから始まる全て進行形!絶対服従執行権!」

 「ラッパーの誘拐犯なの?」

 「刻んでねえで説明しやがれクマ野郎!ここはどこでテメエは誰なんだ!」

 

 苛立っている芭串君の反応の方が、僕にとっては共感できるものだった。希望ヶ峰学園を訪れたはずの高校生20人が、見知らぬ建物の中に集められている。出口がなければ、ここまで来た記憶もない。そんな中に現れた、白と黒の奇怪な存在。この状況に対する答えは、こいつが持っている。

 

 「え〜、じゃあ気を取り直して、オマエラ!よく集まってくれたね!まずは自己紹介といきましょう!ボクはモノクマ!この希望ヶ峰学園の学園長なのだァ〜〜〜!!」

 

 そいつは、高らかにそう名乗った。モノクマ。その名前は、その名前が意味するところを、僕はもう理解している。まだ知らないけれど、分かっている。それを自覚すると、再び心臓が窮屈な胸を突き破ろうと暴れ出した。

 

 「モ、モノクマぁ……?なんだそりゃ?」

 「それより、希望ヶ峰学園と仰いましたか……?こちらの建物が、ですか?」

 「そうだよ。ここはオマエラが期待に胸をパンパンに膨らませて来た希望ヶ峰学園だよ。思ったよりちゃちくてちょっと絶望した?」

 「絶望ってほどではないけれど……うん、まあ」

 「嘘を吐かないで。希望ヶ峰学園はもっと大きな学園のはずよ。テレビで観た限りでも、体育館はここの数倍はあるわ」

 「あんなオワコンまだ観てるヤツいるんだ!?そんなの合成CGてんこ盛りの捏造に決まってんじゃーん!っていうかここが本当に希望ヶ峰学園だろうがなんだろうが、オマエラにはどうでもいいことのはずだよ?問題はそうじゃないでしょ?」

 

 皆が口々に騒ぐ。意味不明な状況に加えて意味不明なことを言う意味不明な存在。何が本当で何が嘘なのか。何が現実で何が錯覚なのか。何が問題で何が分かっていないのか。整理できていない頭では何一つ分からない。一部の、冷静に全てを俯瞰している人たちを除いて。

 

 「問題は、僕たちはここから出られるのか、ということですね」

 「はい尾田クン正解!そうだよね。たとえここが希望ヶ峰学園だったとしても、外に出られないなんてイヤだよね。分かるよ〜」

 「で、出られるのですか……?手前どもは……!」

 

 くっくっと笑うモノクマに、庵野君が尋ねる。何一つ分からなくても、その問いかけに対する答えは、誰でも予想できた。だからこそ、次のモノクマの言葉を待たずして、僕たちの間に重い緊張が走った。

 

 「出られないよ。うっぷっぷ。オマエラはこれから一生、永久(とわ)にともにここで暮らしていくんだよ!あっひゃっひゃ!!」

 「い、一生!?」

 「冗談……言ってる感じじゃないよね……?」

 「冗談でないと困る。こんな東の端っこの島国で一生を終えるつもりはないよオレは」

 「いいや。終えてもらいます。なぜならば!オマエラは“超高校級”の才能を持つ優秀な高校生たち!その存在は世界の、人類の宝──人類の希望となるに相応しい!故に悪い大人たちがうようよしている社会ではなく、この徹底的に有害物を排除した無菌室のような学園の中だけで生きてもらうのです!おわかり?」

 「まるで養殖場だ。俺たちは牡蠣か何かだと思われているらしい」

 「ふざけんな!ンなこと言われてはいそうですかってなるヤツがいるわけねえだろ!」

 「念のために言っておきますが……あなたの発言は刑法220条(監禁罪)に抵触する可能性があります。たとえ希望ヶ峰学園だとしても、こんな大それた犯罪が見逃されるはずがない」

 

 当然、モノクマの言うことに従う人なんていない。不平、不満、異論、反論、文句、絶句、無秩序な言葉たちが飛び交う。それら全てはモノクマにとって予定調和だ。当たり前の感情であり、当たり前の反応だ。だからこそ、20人からの反感を買おうと平然と笑っていられるんだ。

 

 「うぷぷ♬怒ってる怒ってる。焦ってる焦ってる。そりゃそうだよね。いきなりこんなところに閉じ込められて、一生を過ごせなんて言われたらそうなるよね。うんうん、だからね。ボクはそんなオマエラの為に、ある特別なルールを定めるのです!つまりは、この希望ヶ峰学園から脱出──“卒業”することができるルールでーす!」

 「そ、卒業!?入学して5秒で卒業アルカ!?スピードラーニングも来るところまで来たネ!」

 「いや、どう考えても普通の卒業とは違うと思うけど……そのルールっていうのはなに?」

 「さっきも言ったとおり、この希望ヶ峰学園は完全に秩序だった、無菌室のような潔癖空間なのです。故にこの秩序を乱すヤツは排除しなくてはならない。そういうことです」

 「秩序を乱す……具体的にはなんですか?」

 「うぷ♬」

 

 待ってましたとばかりに、モノクマは笑った。この学園でモノクマが許さない秩序──絶対的な悪として排除されるその行為。それは……。

 

 「殺人、でぇす!!」

 「……は?」

 「聞こえなかった?殺人だよ。サ・ツ・ジ・ン!日本じゃ刑法199条に規定され今もなおこの国のどこかで起きている人間として最大最悪の禁忌!過去人類が幾度となく繰り返し、時に栄誉、時に賞罰、時に娯楽、時に無為!そんな身近で縁遠くて明確かつ曖昧な罪!それがこの学園を“卒業”するために犯さなければならない犯罪(ルール)なのです!」

 

 モノクマは、その事実をボクたちに叩きつけるように捲し立てた。この学園から出るためには、人を殺さなければならない。ここには出口がない、つまり入口もない。誰かを殺すとすれば、それはここにいる僕たちの中の誰かだ。この中の誰かが、この中の誰かを殺す。そういうことを言っているんだ。

 

 「もちろん、殺し方は問いませんよ。オーソドックスに刺したり殴ったり落としたり。奇を衒って潰したり沈めたり砕いたり。オマエラに意欲があれば、ボクも公平性を欠かない範囲で協力させてもらうから、初心者の皆も安心してね!熟練者の皆はバレないように気を付けてね」

 「じゅ、熟練者……って……」

 「熟練者っていうか経験者?まあなんでもいいや!ともかくそんな感じで!」

 

 困惑する僕たちの理解を振り切る勢いで、モノクマはひとりで喋り続ける。おそらくここにいる人のほとんどが、これまでの人生で関わることのなかったこと。テレビの向こう側、フィクションの中、想像の世界だけに存在していた、人を殺すという行為。それが、今まさに強いられているという現実。理解が追いつくはずもない。

 

 「ちょっと待て!いったいオマエはずっとなにを言ってるんだ?監禁とか殺人とか……これっぽっちも意味が分からない!」

 

 あまりに理不尽なモノクマの要求に、とうとうカルロス君が声を上げた。初めて会ったときに見せていた余裕の態度はすっかり消え失せ、真っ青な顔で必死にモノクマに抗議している。

 

 「はにゃ?これ以上ないほどシンプルに説明したつもりなんだけどなあ。出たいなら殺せ、殺したくないならいろ、殺されたくないなら……まあ、各自頑張って。そんだけだよ?」

 「そういうことじゃない!なぜそんなことをしなくてはならないんだと言ってるんだ!そもそもここは本当に希望ヶ峰学園なのか!?このオレをこんな訳の分からないところに閉じ込めてそんなこと……国際問題だぞ!」

 「へー、ならどうするの?壁でもぶっ壊して外に出てみる?大声を出して助けを呼んでみる?それとも……このボクを倒してみる?ガルル!」

 「Lo haré(倒せばいいんだな)?」

 「あっ……!」

 

 言うが早いか、僕の隣を白い風が吹き抜けた。僕の肩くらいの高さがある舞台の上へ一息に跳び乗って、壇上でふんぞり返っていたその頭を掴む。ほんの刹那、瞬きにも足りない時間に見た彼の顔は、燃え盛る炎のような闘志に満ちていた。彼はその勢いのまま、モノクマの頭を床に叩きつけた。

 

 「ぶげぇっ!?」

 「ほらどうだ?これで満足か!」

 「ぎょぎょっ!?い、いま何が起きたのですか!?全く見えませんでした!」

 「レクリエーションとしては面白かったが、ジョークが笑えないな!一旦オレたちを帰した後にゆっくり考え直すといい!」

 「カルロスさんカッコイイ〜〜〜!」

 

 あっという間にモノクマはカルロス君に取り押さえられた。あまりに呆気なく、拍子抜けなくらいあっさりと。短い手足ではじたばた暴れても自分の頭を押さえつける手に届きもしない。これでは無抵抗と同じだ。そう。モノクマは、()()抵抗していないだけだ。

 

 「うぬぬ……!が、学園長であるボクになんてことを……!こりゃ、こりゃとんでもないことになりますよ〜〜〜!」

 「何を言って──」

 「うわああああああああっ!!!」

 

 全身を貫く衝撃。まるで重たい鋼のようだ。それでも、彼は油断していた。モノクマがそうさせた。だから動いた。こんなひ弱な僕でも。彼を弾き飛ばすことができた。その未来を、回避することができた。

 僕とカルロス君はもつれて倒れる。固い床に打ち付けられる感触とカルロス君の呻き声。眼鏡が吹っ飛んだ。悲鳴が聞こえる。どうなった?カルロス君は……皆は無事なのか?

 

 「お、おいおい!何をするんだイント!どうしてこんなヤツを……ッ!?」

 

 転がっていた眼鏡をかけ直すと、カルロス君の顔が青ざめているのがよく見えた。その視線の先、さっきまで彼が覆い被さっていたモノクマは、黒い鋼鉄の檻に守られていた。その檻を形作っているのは、切っ先まで殺意に満ちた巨大な槍だ。四方八方から円錐形を成すように、その槍は体育館の床を突き破って伸びていた。

 

 「はぁ……!はぁ……!ご、ごめん……!」

 「あ……い、いや……!これは……!?いったい、どういう……?」

 「あ〜あ、なんだよ。ちょっと人数が多いくらいだったから、ひとりくらい()っちゃってもいいかな〜と思ってたのに」

 「はっ……はあっ!?」

 

 槍の隙間から這い出たモノクマが、体についた埃を払いながら立ち上がる。その声色はさっきと変わらないのに、さっきよりずっと真に迫って聞こえた。

 

 「学園長であるボクへの暴力は校則違反。これも立派なルールだよ。ま、今回はルールを伝える前だったし?勇気を出して助けてくれた益玉クンに免じて、見逃してやるよ」

 「……」

 

 カルロス君は、もう何も言わない。僕が決死のタックルをしなければ、自分がどうなっていたかなど、考えるまでもないことだし、考えたくもない。そしてこの出来事で、みんな理解した。モノクマは本気だ。殺すと言えば本当に殺すし、出さないと言えば本当に出さない。モノクマが提示したルールには、従うしかないんだ。

 

 「さてさて、ちょっとしたデモンストレーションでみんな気が引き締まったんじゃないかな?というところでボクからの説明は以上だよ!」

 「せ、説明は以上って……相変わらずわけ分かんねえままだし……」

 「そうだよね。いきなり言われても後から確認したいこととか、もっと気になることとかあるよね。だからボクはオマエラのためにこんなものを用意しました!」

 「えっ?」

 

 モノクマの合図と同時に、体育館のあちこちから白い煙が噴き出した。その煙の正体を推し量る間もなく、みるみるうちに視界は不愉快な白に埋め尽くされていく。呼吸は辛くない。何の味も臭いもしないし、刺激が一切ない。ただ何も見えない。みんなの声だけが聞こえてくる。

 そして、煙はすぐに晴れた。色彩を取り戻した視界は、煙が噴き出す前と変わっていない。誰も減っていないし、誰も増えていない。ただ、僕たちがお互いを目視したとき、それは見つかった。

 

 「な、なにこれ……!?」

 「首輪……?」

 「ただの首輪じゃないでしょうね。爆発でもするんじゃないですか?」

 「ば、爆発ってそんな……!」

 「うぷぷ!それこそ、ボクが科学の粋を集めて造った特注品!この希望ヶ峰学園で生活していく上で欠かせない様々な機能を搭載した超ハイテクウェアラブル端末!その名も“モノカラー”!この世に20個しかない超プレミア品だよ!」

 「モノカラー……?」

 

 僕たち全員の首に、得体の知れない黒い輪っかが嵌め込まれていた。さっきの煙で視界を奪われている間に、モノクマに付けられたのだろうか。無理矢理外そうとしたらどうなるかは、だいたい想像がつく。

 

 「まずはオマエラ、自分の指を正面真ん中にあてがってください。指紋認証でロックが解除されるので、最初にあてがった箇所の指紋がパスになるからね。間違ってもヘンなところをパスにしないように!」

 

 自分の首に取り付けられた不可解な機械に驚くのもつかの間、モノクマに言われるがままみんなはそれぞれが指紋を押しつけてパスを登録する。今はモノクマに従うしかない。その意識が、みんなの口を閉ざしていた。まるで本物の始業式のように、壇上に戻ったモノクマがひとり喋り続ける声が体育館に響き渡る。

 

 「さて、基本的な機能の紹介をしましょう。このモノカラーにはいくつものアプリが搭載されていて、センターパッドの左右をタッチすることで切り替えられます。個室の電子錠操作や生徒手帳代わりの個人情報閲覧、音声の録音機能にライト、タイマー、ストリーミングでミュージックを聴くこともできますよ!まあ、ネットがないから最後のは使えないんだけどね」

 「じゃあ容量食ってるだけじゃねえか!」

 「使い方はオマエラ次第。好きに使っていいからね!ただし、強引に外そうとしたら……どうなるか分かってるよね?うぷぷぷぷ♬」

 

 爆発するのか、毒を打たれるのか、切断されるのか、電気ショックか。どうなるのかは分からない。でも、どんな結末が待っているのかは分かる。それは誰も、考えても口にできなかった。

 

 「そんじゃ、もう夜も遅いしオマエラ、まっすぐ個室に戻って寝るんだよ!ルールの確認もモノカラーでできるからね!」

 「ちょ、ちょっと待って……!まだ全然状況が……!」

 「絶望と希望に溢れたコロシアイ学園生活を!オマエラの今後に期待してるからね!」

 

 一方的に話を打ち切り、モノクマはそのまま手を振って教壇の裏に消えていった。慌てて何人かの人が教壇に駆け寄って行ったが、モノクマはおろか、その痕跡すら見つけられなかったようだ。20人もこの場にいるというのに、体育館は重たい沈黙に支配されていた。みんな、どうすればいいか分からないんだ。

 

 「……取りあえず、さ」

 

 口を開いたのは、車椅子に乗った湖藤君だ。

 

 「モノクマの言うとおり、もう夜遅いみたいだから、それぞれの個室に戻ろうか。これからのことは、明日の朝に考えるってことで」

 「楽観的ですね。そんなことでいいんですか?モノクマが言ったこと……お忘れじゃないですよね?」

 

 周囲への警戒心を隠しもせずに言うのは尾田君だ。

 

 「みんな疲れてるんだ。まずは休息をとって、きちんと物事を考えられる状態にしないと」

 「ええ、勿論そうですとも。ですが、例のルールを無視できるわけでもないでしょう?」

 

 尾田君も、敢えてはっきりと口に出すことはしない。この中の誰かを殺した人だけがここから脱出できるというルール。僕たちの不安と疑心暗鬼を煽るそのルールが、ただ自分の部屋で眠るという行為すら、危険なことのように思わせてしまう。

 

 「だから、みんな、念のため戸締まりはしっかりしておくんだ。ドアには鍵がかけられるし、さっきのモノクマの説明が本当なら、鍵はこの機械でしか開けられないみたいだからね」

 「それはつまり、誰かが既に裏切りを計画している可能性があると?」

 「夜の内にモノクマが何かしてくるかも知れないからだよ」

 

 僕たちの間に漂う重苦しい空気を振り払おうと、懸命に楽観論を語る湖藤君。緊張の糸を弛ませまいと疑念を剥き出しにして反論する尾田君。どちらもこの状況に適応しようとしているだけだ。信じ合うのか、疑い合うのか。協力するのか、決別するのか。きっとどちらも正しくて、どちらも間違っているんだ。

 

 「まあ、いいでしょう。さっきの今でそんな大それた事をする人もいないでしょうし。何より……ただそれだけで脱出できるとは思えませんからね」

 「!……尾田君、それはどういうこと?」

 「おや、アナタなら分かってくれると思っているんですがね……益玉君?」

 

 それだけでは脱出できない。尾田君のその言葉はまるで、殺人が起きることを前提として、まだ何かモノクマの企みがあることを見透かしているようだった。彼の鋭く射貫くような視線を向けられて、僕は捕食者を前にした小動物のように体を強張らせた。

 

 「そ、その……脱出の条件が……それだけではないと?」

 「……。さあどうでしょうね。そもそもモノクマが約束を守るとも限りませんし、何も分からない内は何もしないに越したことはありません。ささ、寝ましょう寝ましょう」

 

 僕の代わりに、庵野君が尾田君に問うた。彼はその問いには答えない。体育館の冷たい空気が淀んで纏わりつく重苦しい一瞬。尾田君はため息を吐くと、からっとした軽薄な声で議論を強制終了させた。体育館の鉄扉は簡単に開いた。尾田君は振り向くこともなく、一足先にその向こうへと消えていった。

 

 「ど、どういうことかな……?」

 

 いつの間にか湖藤君の側まで来ていた甲斐さんが、小声で問いかけた。それは、隣の湖藤君に言ってるのか。それともそのさらに隣にいる僕に言っているのか。出しゃばるようなマネはしたくないから、答えあぐねる。

 

 「彼なりに殺人を防ごうとしたんだよ、きっと。殺人のリスクを冒しても脱出できるとは限らないって、牽制のつもりなんだろうね」

 「そうなの?私たちを不安にさせようとしたのかと思ったけど……」

 「損な性格してるよね」

 

 どうやら僕みたいなヤツのことなんて、2人とも眼中にないようだ。そりゃそうだ。僕はただ、部屋でベッドから落ちて動けなくなっていただけの間抜けなヤツ。集合時間にも間に合わず、後からひとりひとり自己紹介する羽目になった面倒なヤツ。それくらいの認識なんだろう。だからあまり注目されないよう、隅っこにいよう──。

 

 「イントオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 「えっ、わっ!うぶぅぐ!?」

 

 突然名前を呼ばれたと思ったら、白い壁に押し潰された。壁の奥から響く震動で頭が外から中から揺さぶられる。

 

 「Gracias(ありがとう)!!アナタの勇敢なタックルがなければオレは今頃……おおうっ!考えるだけで恐ろしい!とんでもないことだ!アナタは世界の宝が失われるその悲劇を回避した!!感謝してもしきれない!」

 「そ、そんな……」

 「うじうじしてる野郎かと思ったらやっぱ根性あんじゃねえか!よくやった!」

 「げう」

 

 カルロス君に強烈なハグをされた上に、後ろから岩鈴さんに叩かれた。さっきのことは、自分でもどうやって体を動かしたのか分からない。考えるより先に体が動いた。考えていたら後悔すると直感した。結果的にカルロス君の命を救ったような感じになってしまった。でもあんまり僕にそういう役割を期待されるのは困る。

 

 「いんとさんカッコ良かったよ!はぐは全然見えなかったけど!」

 「そうそう出來(でき)る事ではない。誇るべきだ」

 「益玉殿のお陰でイヤなもの見ずに済みました!」

 

 なんだか、いつの間にか僕の周りに人が集まってきていた。ま、まずい。あんまり人に注目されるのは……苦手だ。ましてやこんな、好意的な感情を向けられることになんて慣れてない。ともかく、この状況を脱さないと。

 

 「い、いや……ありがとう。ひとまず、さ。あの……部屋に、戻ろうよ……」

 「そうですね。念のため、益玉様とカルロス様は保健室でお怪我の具合を診ましょう。三沢様もご同行願えますか」

 「ええ。もちろんよ」

 「おお!ツユコちゃんに診てもらえるのかい?全身打ったからしっかり診てくれよ!ははは!」

 「……ふふふ」

 

 既に何人か、尾田君の後に続いて体育館を出ている人たちはいた。あまり遅くまでここにいるのも、モノクマが何かしてくるかも知れなくて危ない。取りあえず僕たちは体育館を出て、寄宿舎まで戻ることにした。僕とカルロス君は谷倉さんと三沢さんと一緒に保健室に寄って、しっかりと手当てを受けた。やたらと鍛えた体をアピールしてくるカルロス君に呆れつつ。

 そして最後の最後まで僕に感謝の言葉を浴びせ続けたカルロス君と別れ、僕は自分の部屋に戻った。部屋は初めて認識したときと変わっていない、いくらか散らかっているシンプルな部屋だ。ベッドが1つ。テーブルと椅子のセットにクローゼットと背の低いキャビネット棚。シャワールームには洋式便器が備え付けられている。

 

 「ふぅ」

 

 僕は脱力した体をそのままベッドに投げ捨てた。体中を締め付けていた緊張感から解放されて、ようやく一息つくことができた。長い一日だったような気がするけれど、実際は半日も経っていないんだろう。窓の外は星も見えない真っ暗闇で、まるで黒いインクで塗り潰したようだ。

 

 「ピンポンパンポ〜〜〜ン!」

 「!……うわっ!」

 

 襲ってきた疲労感のなすがまま眠りに落ちようとしていた僕を、その音が強引に引き揚げた。音量調節ができていないのか、最初の一音だけがやたらと大きくてベッドから転げ落ちた。

 

 「え〜、夜10時となりました。ただいまから夜時間となり、校内の一部がロックされます。立ち入り禁止区域にいる生徒は速やかに退出してください。ではでは、良い夢を。おやすみなさい……」

 

 夜時間の到来を知らせるモノクマのアナウンスだった。これが毎日あるのか。僕はのそのそと起き上がって、再びベッドに寝転び直した。肉体的にも精神的にも限界を超えていたせいか、体を大の字に広げて目を閉じると、ずぶずぶと布団の中に沈んでいく感覚がした。平衡感覚を失った意識が羽毛の海に溶けていく。抵抗することなど微塵も考えず、僕はその心地良く果てしない誘惑に身を委ねていった。




これにてプロローグは終了です!ひとまずテンプレの流れを追う形ですが、ただ流れに沿っているだけでは退屈なので、自分なりの色を出せるように工夫したつもりです。出てたらいいな。

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  • 益玉韻兎
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  • カルロス・マルティン・フェルナンド
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  • 狭山狐々乃
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  • 王村伊蔵
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