「管理者権限を持ってしても、この世界のルール自体は書き換えようがない。最後の選択はみんな自身にしてもらわなくちゃいけない。だから、選んで欲しい。ここを出て”超高校級の希望”としてHHIに使い潰され、君たちの大切な人を不幸にする“脱出”か。このまま痛みもなく僕と一緒に消えて君たちの大切な人たちの幸せと君たち自身を守る“消滅”か」
ごくり、と生唾を飲む。
「その言い方はフェアじゃないなあ」
「——ッ!」
声がした。私の喉が震えた。少しいじわるそうな、どこか余裕のある声だ。
「益玉くん。きみはモノクマじゃないのにモノクマみたいなことをするね。いや、甲斐さんたちに自分から死を選ばせるなんて、ともすればモノクマよりひどいよ」
「……湖藤君。どうして君がそこにいるんだ」
私の口、私の喉、私の声で湖藤君が話す。もはや当たり前になってしまったこの不思議な現象は、益玉君にとっても奇妙なことだったらしい。こういうことが起きることは分かっていても管理者権限とやらで対処しないということは、どうやらこれは益玉君にとっても、HHIにとっても制御不可能な異常事態だということらしい。
「さあね。こんなにたくさんのアルターエゴを閉鎖された空間で走らせるなんて無茶をしたから、何かのバグが起きたんじゃないかな。如何せんぼくは文系だからね。情報科学も情報工学もてんで分からないんだ」
「湖藤君だけじゃない……宿楽さんも尾田君も。いや、さっきはもっとたくさんの人がいたね。みんなのプログラムはこの空間で死亡した時点で停止したはずだ。なんで甲斐さんと混ざってるんだ……!」
「イレギュラーな事態はイレギュラーな介入で起きるものです。原因があるとすれば、それはキミの行いなんじゃないですか?生きた人間を電子空間に送りこんで、剰えアルターエゴのモノクマの一部を乗っ取るなんて……その青宮サンって人は相当優秀なんでしょうね。あるいは相当な無茶をさせたか。この世界が、その負荷に耐えうるものではなかったということでしょう」
「バカな……!だからってそんなこと……!」
「難しいことをうだうだ言うもんじゃねえぞ!実際こうなってんだからしょうがねえだろ!」
「てっきり僕は消えてなくなるものだと思っていたけど……コンピューターに善悪の判断はできないってことか」
「でもはぐは嬉しいよ!ちぐと一緒になれたんだから!他のみんなとも一緒になっちゃったけど」
次から次へと声が飛び出してくる。私の意思とは関係なく、喉が、舌が勝手に言葉を発する。この裁判場には間違いなく20人全員がいた。あの日、あのとき、体育館に集まった20人が。体を失った人も、姿が変わった人もいる。でも確かに私たちは互いに互いの存在を感じ取れている。
「つまりね、みんな。心配しなくていいのよ」
「その声は……三沢か?な、何が心配いらないと言うんだ……!この状況で……!」
「外の世界にみんなの居場所はなくなったかも知れない。オリジナルのみんなはもう消えてしまって、あなたたち自身として外の世界を生きることはできないかも知れない。でも大丈夫なの。私たちはここにこうしていられるんだから」
「は……?そ、それってどういう……?」
「甲斐さん。あなたの中で私たちは生きているの。ただ消えてなくなるだけだった私たちの魂が、あなたの中で生き続けられているの。これって、とても素敵な奇跡だと思うの。そうでしょう?」
口元からするりと抜け出す言葉が私の耳に入り込んでくる。みんなは私の中で生きている。大切な人を亡くしたときの陳腐な慰めなんかじゃない。正真正銘、みんなは私の中にいるんだ。私の意識の一部になって私を取り囲んでいる。もしかしたらここにいる他のみんなも、益玉君も……この世界で消えてしまったみんなは、こうなるってことなのかな?
それは……とても残酷で不気味だけど、なんだか温かいことのような気がする。
「
「どうして?」
「どうしてって……ワタシはワタシの人生を生きたいヨ。やらなくちゃいけないことがたくさんあるヨ。それは
「そ、そうだ!おいらはおいらのやることがあるんだ!だいたいおめェ、そのわけの分からねェ現象もこの空間だから起きてるってだけだろ!?外に出たっておめェがおめェのままとは限らねェじゃねェか!」
「……やらなきゃいけないことって、なに?」
「……ん?」
胸の真ん中が、なんだかとてもほっこりする。私の中にいるみんなの存在が色濃くなっていくにしたがって、私の心はだんだん落ち着きを取り戻していった。起きていることが明らかに異常なことは分かってる。置かれている状況が笑えないことだって把握してる。私がみんなに何を求めているかもきちんと理解してる。
だからこそ私はみんなに問いたい。みんなに気付いてほしい。みんなは外に出る必要なんてないんだって。
「長島さん。やらなきゃいけないことってなに?」
「……ワタシは家族のみんなを養ってあげなくちゃいけないネ。そのために遠い国でひとりでがんばってたヨ。希望ヶ峰学園に入ればお金いっぱいもらえると思ったから、すぐに外に出ていっぱいお金を稼がなくちゃいけないアル」
「家族って誰のこと?」
「……?」
「さっきの映像、長島さんのには何が映ってた?長島さんにとっての大切な人たちって、その養ってあげなくちゃいけない家族なんじゃないの?」
「なんでそんなことが分かるカ。見たわけでもないのに適当なこと言わないアル」
「モノクマが2回目に寄越してきた動機のビデオと今回の映像。同じ人たちが映ってたよ。そして動機ビデオが配られたとき、長島さんは家族が映ってたって言ってたよね」
「……」
「長島さんの家族は、もう長島さんがいなくても生きていけてるんだよね。それに長島さんははぐらかしてるつもりかも知れないけど、長島さんの“才能”に後ろ暗いところがあるのはみんな気付いてるよ」
「そ、それが何カ……!
「すでに自分たちだけで真っ当に生きていけてる長島さんの家族に、HHIから逃げ出した長島さんが会いに行ったら……いや、会いに行くどころか仕送りしたり、何かの連絡を取ったら……どうなるかなんて分かるよね?」
自分が何を言っているのか、自分でも信じられなかった。だけど心の中はとても平穏だった。何も感じていないというわけじゃない。むしろ強い使命感に突き動かされていた。私は今ここで、みんなを説得しなくちゃいけない。私だけがそうする義務がある。私以外にここから脱出させちゃいけない、そう直感していた。
「王村さんも」
「ひェ」
「王村さんのしなくちゃいけないことってなに?お家のことじゃない?」
「そ、そうだけどよォ……おいらァひとり息子だぜ?3年も経ちゃァそりゃ親父も吹っ切れちゃいるだろうが、それでもおいらが戻って嫌がられるわけ……」
「違うんだよ王村さん。誰かが嫌がるとか喜ぶとか、そういう話じゃないんだ。危険なんだよ。みんなが外に出ていくのは」
「危険……ってなんだよ」
「“超高校級の希望”はHHIの悲願。ここから出られたところで間違いなく厳重な監視がつく。それをすり抜けて会いにいこうものなら、どんな方法で連れ戻されるか」
「うっ……」
「それにさ、庵野君」
「はい?」
いきなり話を振ったのに、庵野君は相変わらず落ち着いていた。立て続けに起きる訳のわからない事態に困惑はしているものの、状況を把握した今は冷静に事の成り行きを見守っていた。
「“絶望”として、“超高校級の希望”っていう存在は、どう思う?」
「そうですね。厄介なものが出てきたと考えるでしょう。“希望”に触発されて“絶望”に堕ちた者もいます。“希望”が強くなればなるほど“絶望”もまた大きくなる。圧倒的な力を持つ“希望”には圧倒的な“絶望”がつきものです。つまり……手前の事件とは比べものにならない事態が起きることも考えられるでしょう」
なんでもないことのように、冷静に、庵野君は言う。私たちには脅しのようにも、あるいは信頼できる分析のようにも聞こえた。みんなが息を呑む。
「“超高校級の希望”はその存在自体が世界にとって重要であり、同時に危険なんだ。どんな危険が降りかかるかも分からないのに、自分の家族を巻き込んじゃいけない」
「おいらァ別に家族を巻き込もうなんざ……!!」
「でも、結果的にはそうなるかも知れないっていうことだ」
「……」
ここから脱出することは難しいことじゃない。ただボタンを押せばいいだけだ。だけどその先に何が起きるかを考えれば、安易にここから出るべきじゃない。益玉君の主張は正しい。脱出したって私たちは安全が保証されているわけでも、救われるでもない。ただ次の苦しみが待っているだけなんだ。
「毛利さん」
「何も言うな。分かっている。私に帰る場所はもうない」
「……そっか」
「だからこそ分からん。甲斐、なぜお前はここから出るつもりでいるんだ」
「えっ……!?」
毛利さんの視線が突き刺さる。それに驚いた益玉君の声が続けて届く。
「甲斐。私はいまさらここでお前が利己的な考えを持っているとは思わない。私たちに脱出を諦めろというお前の主張は正しい。ここから出たところで危険と不自由しか待っていない。悔しさも心残りもあるが、どちらを選択すべきかは分かるつもりだ。なら、お前も同じ選択をするべきじゃないか?」
「……それは、ダメだよ。私には責任があるから」
「責任?それは、なんの、誰に対する?」
「みんなの命を背負う責任だよ」
もうみんな疲れてしまった。驚くことも、疑うことも、考えることも、信じることも。裁判場は退廃的な雰囲気に包まれる。全部あきらめてしまったんだ。放り出すことさえ放り出した。だから毛利さんの言葉は追及なんかじゃない。ただの、純粋な疑問だ。だから私は純粋に答える。
「だ、だめだよ甲斐さん!なんで……!?外に出たらどうなるか分かってるんだろ!?だったらどうして君は……!」
「私にはみんなの魂が集まってる。私にはみんなの命を背負う責任がある。私にはみんなを救わなくちゃいけない理由がある」
「理由って、なんの……!?」
「私はみんなに助けられた。最初のコロシアイのとき、益玉君がみんなの犠牲になってくれた。二度目のコロシアイのときは、狭山さんがみんなをまとめようとしてくれた。三度目はカルロス君が率先してみんなのために行動してくれた。四度目は理刈さんが危険を排除しようとしてくれた。五度目は湖藤くんと風海ちゃんが私に希望を託してくれた。六度目は尾田君が私たちが詰むのを回避させてくれた。
みんなそれぞれ、間違ったり、失敗したり、見当違いだったり……いろんなことがあった。殺した人たちだっていたし、殺された人たちもいた。でも、みんなは間違いなく私のクラスメイトだったんだ。みんな私と一緒にモノクマと戦うって言ってくれたんだ。その過程でどうなったかなんて関係ない。みんなで私と同じもを見ていた。それだけが大事なんだ」
「な、なに言ってるんだ!だからってなんで甲斐さんがそんなことを……!」
「もしここで私たちが
「それが僕たちに何の関係があるんだ!僕は“超高校級の希望”が許せないんじゃない!みんなの命が弄ばれるのが許せないんだ!だから……このコロシアイの後のことなんて考えてられないんだ!どうだっていいだろ!」
「そんなんじゃ誰も救われない!私たちだけが逃げても解決しない!そうでしょう!?」
「なんで……?なんでそこまで……関係ない君が頑張らなくちゃいけないんだ……!」
「……分かるはずだよ。益玉君になら。希望ヶ峰学園で過ごしていたはずの私を知っているなら。私がどういう人間か」
真正面からぶつかる叫び声。真正面から受け止め合うお互いの悲痛な主張。どちらも正しくてどちらも正しくない。いるかも分からない未来の犠牲者のために私が犠牲になる必要なんてない。私たちが脱出したところでHHIは止まらない。
私たちの命を奪った庵野君も、このコロシアイを実行しようとして、あるいは止めようとして命を落とした名前も知らない誰かも、私たち自身も、益玉君だって、どんな道を選んだって誰かの死は無駄になる。それなら私は、これから消えていく命を守る方を選びたい。そのために私だけが犠牲になればいいなら、迷うべくもない。
「私は人を助けることでしか、誰かを救うことでしか、自分の意義を見出せない。私が助けられる人は全員助けたいし、私の目の前にいる人たちは全員救われてほしい。だけど……このコロシアイが始まってから、ずっと私は目の前で誰かの死を見続けてきた。誰も救えないことばかりだった……誰かに助けられてばかりだった……それが苦しくて、つらくて、おかしくなりそうだった。おかしくなっちゃった」
「それは甲斐さんのせいじゃない。辛い思いをするのは間違いじゃないけど、苦しい思いをするのは正しいけど、責任を感じる必要はないよ」
「でも途中で分かったんだ。気付いたんだ。私自身が誰かの救いになることもできるんだって。私が何かするんじゃなくて、私という存在がそのまま誰かを救うことができるんだって。“超高校級の希望”ってそういうことじゃない?その人が何をするかじゃなくて、その人にどう助けられたかじゃなくて、存在するだけで誰かの救いになる。そんな人のことじゃない?」
「な、何を言って……?」
「だから私は“超高校級の希望”になるよ。だけどそれはHHIのためでも人類のためでもない。みんなのためだ。このコロシアイで理不尽に命を奪われていったみんなのための“希望”になる。そのために私は、このコロシアイから脱出する」
そう決意した。そうしなければいけないと感じた。そうすべきだと私の中の何かが叫んでいた。私がここにいるのはそのためだ。みんなが私の中に入り込んできたのも、私がみんなの死に打ち拉がれてきたのも、私とみんなが『“絶望”の再来事件』に巻き込まれたのも。いや、もしかしたら私たちが希望ヶ峰学園に入学したのだって。
これまでの全ての出来事がこの未来のために存在して、そしてここから広がっていく未来のため礎だったんだ。そう考えても不自然じゃないくらい、私はこの結末を確信していた。
「ダメなんだよ……それじゃあ……!お願いだから、考え直して……!もう甲斐さんが自分を犠牲にする必要なんてないのに……どうして君は、どこまでそんな……!」
「ごめんね益玉君。私たちのために命を懸けてくれたあなたの覚悟を無駄にするようなことして。でも、私は私を救いたい。みんなを救いたい。もちろん益玉君も、救ってあげたい」
「違うんだよ……!救わなくていいんだよ!何かを救うってことは何かを犠牲にするってことなんだ……!誰かが犠牲になるくらいなら僕は救われたくなんてない!その犠牲が甲斐さんなんだったらなおさらだ……!お願いだから……!」
「益玉君。いくら叫ぼうと彼女の意見は変わりませんよ」
益玉君は冷や汗を流し、手を振るわせ、縋り付くような視線を投げる。それを制するように、冷たく、短く、庵野君が言った。
「益玉君は彼女らを救うために覚悟を決めたのでしょう。もしその場に彼女らがいれば、それを黙って見送ったと思いますか?」
「君に……君に何が分かるんだよッ!!そもそも君のせいじゃないかッ!!君が全部悪いんじゃないかッ!!君がテロなんか起こすから……!!」
「それでも君は、手前ですら救おうとしている。それが君という人なんです」
自分の前に表示されたボタンを指して庵野君が言う。
「手前以外の全員を救い、HHIの目論見を破壊する方法など簡単です。手前を復活させればいいのです。君は手前に復活の道は残されていないと言いましたが、このボタンが何よりの証拠です。内通者とはいえ、ルール上の立場は同じです。つまり手前にも復活は可能。しかし“絶望”のアルターエゴなど“超高校級の希望として擁立できるわけがない。そうでしょう?」
「ぐっ……そ、それは……!」
「君は誰かのために自分を犠牲にすることができる。誰かの幸せのために残酷な決断ができる。悪を憎んで、悪を救う心を持つことができる。それが君の
「うっ……」
「手前を憎みつつも救わないことができない君に、いまの甲斐さんを理解できないはずがない。誰かを救う使命に燃える彼女を止めることがどれほど酷いことか、誰よりも君だけは理解してあげなければならない。違いますか」
「……」
益玉君が押し黙る。裁判場から声が消えた。そして、庵野君はボタンを押した。“消滅”のボタンを。
「手前の“絶望”はここで終わりです。これほど眩しい希望を前にしては、敗北を認めるほかありません」
「……ありがとう庵野君。だけど、あなたを許すのには、まだもう少しかかるかも」
「ごゆっくりどうぞ」
ふと目を遣れば、毛利さんも、長島さんも、王村さんも、みんなそれぞれに覚悟を決めた顔をして“消滅”のボタンに指をかけていた。毛利さんが口を開く。
「甲斐、お前の覚悟は分かった。それは私には背負えないものだ。心残りがないとは言えないが……お前の背中を押すくらいのことはできる」
「ありがとう。きっと、毛利さんのことも救ってみせる」
「……私にはもっとできることがあった気がする。私の過ちを埋め合わせ切れてはいないだろう。だが、お前にそう断言されると……それだけで救われた気分になるんだ。不思議だな」
そう言って、毛利さんは指を押し込んだ。気丈に振る舞ってはいるけれど、少しだけ不安そうだった。
「あーあ!まさかこんなことになるなんて思ってなかったヨ!コロシアイなら、そんじょそこらのパンピーにワタシが負けるなんてあり得ないと思ったのにネ!悔しいアル!許せん!」
「な、長島さん……ごめん。悔しい決断をさせて……」
「本当アル!ん?でも……ここで消えてもワタシたちは
「あは……お手柔らかにしてくれると嬉しいな……」
「……でも、
「うん。ありがとう。そのときはお願いするよ」
怒ったり、ふざけたり、真剣になったり、長島さんはいつも騒がしい。でもその中に秘めた強かさは、きっと私を心の中で支えてくれる。きっとこんな瞬間が来ることもどこかで分かっていたんだろう。その指はあっさりとボタンに深く沈み込んだ。
「……王村さん」
「だあああっ!わあってるよ!押すよ!押しゃァいいんだろ!ったくよォ!なんだってこんなことになっちまったんだ……おいらァただ、ちょっとでもうちの経営が楽になりゃァいいと思って学校入っただけなのに……」
「ご、ごめ——」
「謝んじゃねェ!おめェに謝られたって変わるもんでもねェし、そもそもおめェが謝るこっちゃねェだろ!こりゃァただの酒飲みのボヤキだ!ちくしょう!べらんめェ!おい甲斐!一個だけ頼む!もし本当に復活なんかできるんだったら……たまにでいいから酒飲ませてくれ!おめェは特に弱ェから無茶はさせねェ!おいらが代わりに飲んでやるから!頼むよ!」
「か、考えておくよ……」
「あまり困らせるものではありませんよ王村さん」
「うるせェ!」
王村さんはヤケクソ気味にボタンを叩いた。私以外のみんなが”消滅”を選んだ。ここまでは益玉君の望み通りだ。全ては私の選択にかかっている。
「……ダメだ、甲斐さん。みんなが“消滅”を選んでも、君ひとりが“脱出”を選んだら意味がないんだ。これは0か1の話なんだ。お願いだ。どうか……お願いだよ……!」
縋り付くような益玉君の声。私の胸を締め付ける。庵野君に説得されてなお諦めずに願い続けている。それはまるで……誰かに救いを求めているようだ。とても小さくて、とてもかわいそうで、とても切実だ。益玉君は私たちのために命を懸けてくれた。それに報いるには私たちは命を捨てるしかない。
でもやっぱり、それじゃダメなんだ。それじゃあ益玉君が救われない。報われても、救われない。彼も私たちも、どっちも救う方法はそうじゃない。もしかしたらそんな方法はないのかも知れない。でも、少なくとも、ここで大人しく消える道じゃない。
「ごめんね、益玉君。ごめんね」
「お願いだ甲斐さん……!」
「君を見捨ててあげられなくて、ごめん」
私の指は“脱出”のボタンに沈んだ。
あと1話、エピローグを投稿して拙作は完結になります。
長かったような短かったような。
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