ダンガンロンパメサイア   作:じゃん@論破

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第一章 カインを蝕む蛇の毒
(非)日常編1


 突き上げられるような感覚。ベッドの上で体が跳ねた。電気ショックを受けたような、自分の意思とは無関係の衝撃。この空間で初めての目覚めは、極めて不健康なものだった。

 額から耳へ伝う寝汗と浅い呼吸で、相当うなされていたらしいことが自分で分かる。さっきまではっきりと知覚していた存在しない世界は、ただただ不愉快な残滓だけを与えて消え去った。どれくらい寝ていたのだろうか。疲労に誘われるまま羽毛に沈んでいったせいで、着ていた服はシワだらけになって、汗ばんだ体にべったりと纏わりつく。

 

 「はあ……」

 

 今はいったい何時だろう。窓から差す陽の高さで、早朝と言える時間はとうに過ぎていることが分かる。起き上がるというより、ベッドの縁に転がって脚を投げ出す勢いでむりやり上体を跳ね上げた。ぼんやりする頭が働き始めるまで、空気に触れて汗が引いていく涼を感じていた。シャワーでも浴びて着替えよう、そう思って立ち上がった。

 

 「Hola(おはよう)!イント!起きてるかい?」

 「おら!いつまで寝てるつもりだ!とっとと起きな!」

 「うっ!?」

 

 同じ発音で全然違う温度感の言葉が同時に飛んできた。挨拶している方がカルロス君で、恫喝している方が岩鈴さんだ。体と声が大きい2人がいっぺんに僕の部屋を訪れるなんて、どういうわけだろう。声の調子を聞く限り、何か良からぬことが起きたのではないらしいことは分かった。単純に僕を起こしに来たのだろう。僕みたいに、いてもいなくても変わらないような人をわざわざ起こしに来るのは、こんな状況だからだろうか。

 

 「ひとまず開けてくれないか?オレの隣のGuapa(かわい子ちゃん)が、今にもこのドアに大きめののぞき穴を作りそうなんだ」

 「あ……ちょ、ちょっと待って……いま、シャワー浴びようと……」

 「いいから開けな!こちとら朝飯のお預けくらって腹ペコなんだ!アンタがいないと飯にならないんだよ!」

 「ええ……」

 

 ドア越しにも岩鈴さんがピリピリしてるのが分かった。このままだと本当に僕の部屋が廊下から丸見えになりかねなさそうだ。僕は最低限、髪と服の乱れを整えてから、ドアを開けた。一応、開けると同時に岩鈴さんが突っ込んで来たときのために、ドアの陰に隠れながら。

 

 「お、おはよう……」

 「やあイント!今日もクールじゃないか!ベッドの寝心地はどうだった?」

 「いや……まあ、普通……」

 「朝っぱらから暗い奴だね、まったく。昨日のあれはなんだったんだか」

 「ははは!やるときはやる男なのさ、イントは。そしてオレはやると決めたらいつでもやる男!しっかりイントを起こして朝食(デサユノ)に連れて行く!ミカドちゃんに頼まれたからね!」

 「谷倉さんが……?」

 「谷倉だけじゃないよ。ともかく、全員集合で朝飯だ。さっさと来な」

 「ちょ、ちょっと……せめて着替えさせて」

 

 むりやり僕の腕を引っ張って行こうとする岩鈴さんに必死に抵抗する。シャワーは百歩譲って後で浴びるとしても、こんな汗を吸ったよれよれの服で皆の前に出て行くことなんでできない。着替えるだけならそんなに時間はかからないからと、急く岩鈴さんをなんとか説得して、ちょっとだけ時間を稼ぐことができた。

 

 「まあまあハナちゃん。待ってる間、オレとお話でもしようじゃあないか」

 「アンタの話で腹が膨れるならいくらだって話してやるよ。ったく、いつもだったら(アタシ)はもうとっくに仕事始めてる時間なんだ。こんなところに閉じ込められてたら腕が鈍っちまう」

 「ふむ。確かに、こんな狭いところじゃ思いっきり動くことはできなさそうだ。体育館に行けばトレーニングくらいはできるかも知れないけれどね。よければ朝食(デサユノ)の後でオレと汗を流そうじゃないか!」

 「(アタシ)は筋トレじゃなくて仕事がしたいんだよ!あとアンタみたいなナンパなヤツは好かん!男のくせに口数が多い!」

 「あいたあっ!」

 

 一体何をされたのか、急いで着替えを済ませてドアを開けようとしたとき、カルロス君の悲鳴が聞こえた。おそるおそるドアを開けると、腰に手をあてて蹲るカルロス君と腕を組んで僕を睨み付ける岩鈴さんがいた。いくらお腹が減ってるからって、さすがに手が早すぎる。取りあえず、遅くなったことを一言謝っておいた方がいいかも知れない。

 

 「お、お待たせ……ごめん、遅くなって……」

 「もういいよ。ほら行くよ。カルロス!アンタも!」

 「いたた……」

 「だ、大丈夫?カルロス君……」

 「ははは、大丈夫さ。刺激的なGuapa(かわい子ちゃん)もいるからね。それに、薔薇にはトゲがあるものだ」

 

 それは岩鈴さんの名前に引っかけて言ってるのだろうか。そうだとしたらもう一発飛んできそうだから、敢えて指摘はしない。ご飯を食べればいくらかマシになってくれると思うけれど、こんな状況じゃピリピリしても仕方がない。昨日だって芭串君はお腹が減ってなくても苛立ってたんだ。今日みんなで集まってご飯を食べるのも、昨日のことについて話し合うためだろう。大事なことだ。僕は大きく頭を振って、まだ少し微睡んでいた脳の隅々まで覚醒させた。

 


 

 食堂には、既にほぼ全員が集まっていた。いないのは谷倉さんと甲斐さん──この2人はきっと食事の用意をしてくれているんだろう。眠たそうに目をこする陽面さんや、大きな欠伸をしながら仰け反る王村さん、うつらうつらしている菊島君、毛利さんの膝の上で堂々と丸まっている狭山さん……僕と同じように他の人に起こされたであろう人たちもいた。

 遅れてきた僕を出迎えたのは、みんながそれぞれ好き勝手に腰掛けた食堂を見渡す位置に立った理刈さんだった。

 

 「おはよう、益玉君。適当なところにかけてて」

 「あ……は、はい……」

 「ちょっと」

 「えっ……な、なに?」

 「私がおはようと言ったんだから、おはようと返すものじゃない?」

 「……お、おはよう」

 「はい。いいわよ。カルロス君と岩鈴さんも、ありがとう」

 「お安い御用さ。美しいアナタのお願いなら、いつでもいくらでも叶えてあげるさ」

 「それじゃあ次は大人しく座っていて頂戴」

 「クールだね。冬のマドリードを吹き抜ける風みたいだ」

 

 なんなんだ。挨拶ひとつまできっちりしたがる理刈さんも、朝っぱらからナンパするカルロス君も、この空間の異常性を気にもかけていないのだろうか。カルロス君に至っては昨日、モノクマに殺されかけたというのに。

 

 「これで全員ね。みんな、朝ご飯の後に私から話したいことがあるの。食べ終わった人も、少し残っていて頂戴」

 「キツネは帰っても?」

 「……キツネもよ」

 

 未だに、どこからどう見てもキツネでしかないモノが当たり前にこの空間にいて、人間のごとく振る舞っているのが奇妙でたまらない。自然と視線がそちらに向く。理刈さんもその扱いに頭を悩ませているようで、眉間を指でおさえていた。

 僕たちが揃ってから間もなく、厨房から大きなワゴンを押した谷倉さんと甲斐さんが現れた。谷倉さんが押すワゴンの上には大きなお櫃と寸胴、それから飲み物の入ったピッチャーがいくつかと、色々な形のパンが飛び出たバスケットもある。甲斐さんが押してる方には、おそらく人数分の食器と、おかずに用意したであろう焼き魚と沢庵が並んだお皿が載っていた。

 

 「皆様お揃いですね!おはようございます!朝ご飯を用意しましたので、まずは皆でいただきましょう!」

 「あ?なんだよ米じゃんか……オレはパン派なんだけど」

 「もちろんパンもありますよ。カルロス様や芭串様はこちらの方がお口に合うかと思いまして」

 「谷倉さんすごいんだよ!こんなにたくさんのご飯を同時にどんどん作っちゃって!さすがだよね!」

 「わーい!はぐもうお腹ペコペコ〜!」

 

 ワゴンからそれぞれの器に食べ物を盛っては、食堂中を駆け回って提供していく。あっという間に全員の目の前に、きれいに盛りつけられた朝食のセットが現れた。宣言通り、カルロス君と芭串君の前にはパンのセットが並んでいたし、狭山さんに出された器は完全に犬用のエサ皿だった。

 

 「狭山様、申し訳ありません。何分この厨房には初めて立ったものですから、どこに何の食器があるかも分かりませんで、今回はそちらでご容赦ください」

 「いえいえ。拙僧、細かいことは気にしない故。むしろ拙僧を人間扱いしてテーブルの上に供して頂けたことに感謝です。見た目はこれでも歴とした人間ですので」

 

 さっき自分のことキツネって言ってたのに。なんて都合がいいんだ。全員分の食事も揃い、ようやく朝食が食べられる。皆で手を合わせて、理刈さんの号令に合わせていただきますの大合唱。

 

 「いっただっきま〜〜す!」

 「待って。はぐ」

 

 いち早く箸に手を伸ばした陽面さんの手を、月浦君が上から優しく押さえた。それに気付いたのは、同じテーブルに着いていた何人かと、近くにいた僕だけだろう。月浦君の視線は素早く食堂を一周し、()()に留まった。その目付きは、髪で半分隠れていても分かるくらい、猜疑心に満ちていた。

 

 「あんた、なんで手を付けないんだ?」

 

 全員の手が止まる。月浦君の声色から彼の強烈な敵意を汲み取ったのか、みんなの視線が一気に月浦君へ、そしてその鋭い視線を向けられた谷倉さんに集まる。思いがけず注目を集めた谷倉さんは、ぴんと背筋を伸ばして椅子に座っていた。その手は、テーブルの下にしまわれている。みんなと同じ朝食が静かに湯気を立てている。

 谷倉さんは、こともなげに微笑んで応えた。

 

 「皆様が召し上がってから頂きます。どうぞ、お気遣いなく」

 「なぜだ?僕たちが先に食べないと都合が悪いことでもあるのか?」

 「いいえ。目上の方より先に手を付けないよう教育されたものですから……癖のようなものです」

 「なら、あんたから食べても問題ないわけだ」

 

 まるで責め立てるような月浦君の口振りに、見ている方がハラハラする。それでも谷倉さんは、あくまでも冷静に対応する。月浦君が何を考えているかは、簡単に想像がつく。

 

 「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、月浦君。毒なんか入ってない」

 

 一瞬の静けさに割り込むように、湖藤君が口を開いた。そして彼は、僕たちのおそらく全員が頭に浮かべていたその言葉を、いとも容易く発し、否定した。彼は厨房には入っていないはずなのに。確信を持った瞳で。

 

 「色も匂いも普通だし、厨房にも怪しげなものは持ち込まれてない」

 「明らかに不審な行動を取る奴を見逃してはおけない」

 「谷倉さんは手を付けてないけど、一緒に作ってた甲斐さんは今にもお味噌汁を飲みそうだよ」

 

 いきなり名前を呼ばれた甲斐さんは、恥ずかしそうに持っていたお椀を下げた。

 

 「僕たちは調理工程を見ていない。何もしていないと言うのなら、谷倉がまず真っ先に口を付けるべきだ」

 「……かしこまりました」

 

 湖藤君が諭しても、月浦君は一向に引き下がる気配はない。朝の柔らかな雰囲気に包まれていた食堂は、一気に張り詰めた空間へと変わった。それを察したのか、言葉による納得は無理だと悟ったのか、谷倉さんはそう呟いて、自分の前のお椀を持った。

 

 「お先に頂きます」

 

 そう言って、口元にお椀を寄せた。朝日が差す食堂で静かに味噌汁をすする谷倉さん。こんな状況でなければ、それだけで絵になりそうなほど、きれいな佇まいだ。お箸を手に取り、具の豆腐とワカメを口に運ぶ。焼き魚とつついて骨から身をきれいに剥がし、ご飯と一緒にほおばる。一緒に出された金色のたくあんを含むと、こりこりと心地良い音を立てて咀嚼した。

 これは、監視ではなかった。僕たちはしばらくの間、()()していた。指先まで洗練された所作で朝ご飯を食べていく谷倉さんの姿から、目が離せなくなっていた。やがて谷倉さんの前のお皿はきれいに空になり、最後に淹れたての緑茶を飲み干して、谷倉さんは手を合わせた。

 

 「ごちそうさまでした」

 

 魔法が解けたように、谷倉さんのその一言で僕たちは正気に戻った。谷倉さんが朝ご飯を食べるほんの少しの時間しか経ってないはずなのに、映画か何かを一本観たような気分だ。なんとなく周りを見渡してみると、僕と同じように谷倉さんを見つめていた人たちも、どんどん我に返っていった。

 

 「……あ、あの。食べ終わり、ましたが」

 「っ!」

 

 少しだけ恥ずかしそうに、谷倉さんははにかみながら言った。少しバツが悪そうに顔を歪めた後、月浦君は椅子に座り直した。

 

 「分かった。食べ物は安全みたいだ。疑って悪かった」

 

 感情も抑揚もなくそう言った。一応謝ってはいる。けど、これでもかというくらい形だけの謝罪だ。谷倉さんはそれで満足したらしく、笑顔で自分の食器を片付け始めた。

 

 「じゃあみんな、安心して食べようか」

 「ちょっと待てい!谷倉はあんな無愛想な言葉でいいのか!?一発ぶん殴ってケジメつけさせてもいいくらいだよ!?」

 「いいえ。こんな状況では疑われるのも致し方ありません。次回からは調理工程の透明化を検討致します」

 「なんとまあ人閒(にんげん)がよく出來(でき)ていることだ」

 

 月浦君の謝罪に納得のいかない人が数名、谷倉さんの人間性に感心する人が数名、冷めた目で一連のやり取りを見ていた人が数名、そんなの関係ないとばかりにご飯をもりもり食べる人が数名。色々だ。

 

 「いただきま〜す!」

 「ちょっと待ってはぐ。こっちのを食べな」

 

 やっぱりさっきの謝罪は形だけだったようで、月浦君は自分のを少し食べてから陽面さんと交換していた。毒味までするとは、とことんまで疑っているということか。陽面さんはそんなこと気にも懸けてない様子で、素直に交換したご飯を食べていた。僕も食べようと思って箸を持ったけど、湯気を立てていたはずの僕の朝ご飯はすっかり冷めていた。

 


 

 朝ご飯を食べ終え、食器を片付けた後、僕たちはまだ食堂に揃っていた。バラバラに座っていた皆に理刈さんが指示を出して、テーブルを並べて大きな会議テーブルを作った。保健室から持って来たホワイトボードをその前に設置して、きれいな角張った字で「現状と今後について」と書いた。

 

 「まずは皆、集まってくれてありがとう。今から、私たちが置かれている状況の整理と、これからどうすべきかを話し合っていこうと思って、この場を設けさせてもらったわ」

 「これからねえ……」

 「それから話し合いに先立って、皆、自分のモノカラーは操作できるわね?昨日あのクマ……ええと、なんだったかしら?」

 「モノクマ?」

 「そう、モノクマね。アレが言っていた、ルールを確認しておきたいの。モノカラーを開いて頂戴」

 

 はきはきと、全員の耳にしっかり届く透きとおった声で、理刈さんは喋る。まるで教師みたいだ。そんな感想はさておき、現状の整理と今後についてか……確かに、話し合っておいた方がいいだろう。モノクマが提示したルール、これを守ってさえいればモノクマが僕たちに直接手を下すことはない。だが、もし破れば、昨日のカルロス君のように助かることは二度とないだろう。

 僕たちはそれぞれのモノカラーのロックを解除し、ディスプレイから「校則」のアイコンを選択した。

 


 

 ○校則一覧

  1.生徒達はこの学園内だけで共同生活を行いましょう。共同生活の期限はありません。

  2.夜10時から朝7時までを“夜時間”とします。夜時間は立ち入り禁止区域があるので、注意しましょう。

  3.就寝は寄宿舎に設けられた個室でのみ可能です。他の部屋での故意の就寝は居眠りとみなし罰します。

  4.希望ヶ峰学園について調べるのは自由です。特に行動に制限は課せられません。

  5.学園長ことモノクマへの暴力を禁じます。監視カメラの破壊を禁じます。

  6.仲間の誰かを殺したクロは“卒業”となりますが、自分がクロだと他の生徒に知られてはいけません。

  7.コロシアイは、最後のひとりになるまで続きます。

  8.生徒の自殺を禁じます。

  9.なお、校則は順次増えていく場合があります。

 


 

 昨日モノクマから直接聞いたものもあれば、初めて見るものもあった。基本的に普通の生活をしていれば触れることのないルールばかりだ。居眠りだけは気を付けなければいけないかも知れないけれど。

 

 「皆、確認したわね?まず当然だけど、ここに書いてあるルールを破るのは厳禁よ。昨日のようなことは期待しない方がいいわ」

 「理刈さん、この校則6番についてどう思う?」

 

 湖藤君が挙手した。モノクマが言うところの“卒業”に関する校則。ここから脱出したければ誰かを殺さなければならないという、残酷なルール。しかし校則はそれだけではなかった。

 

 「自分がクロ──殺人犯だと他の生徒に知られてはいけません。バレないようにやれ、という風に読めるね」

 「なに当たり前のこと言ってるネ。日本は平和ヨ。やるならバレないようにやるしかないヨ」

 「では、もしバレたら、どうなるんでしょうね?」

 「バ、バレたらって……何を言ってるの!バレるも何も、そんなことするわけないでしょ!皆も、そんなバカなこと考えもしないわよ!」

 「僕が言ってるのは、モノクマの真意は何か、ですよ?」

 「は?」

 

 自分がクロだと知られてはいけません──当たり前のことを言っているようで、よく考えるとおかしい。ここが普通の学園で、普通の生活を送っているのであれば、仮に殺人なんて行為をしたとして、それが明るみになるのは絶対に防がなければならないことだ。だけど僕たちはこの場所に閉じ込められて、モノクマによって殺人を強いられている。推奨されていると言ってもいい。そして殺人を犯した人はここから出て行く。そんな環境で殺人行為を隠す意味とは、なんなのか。尾田君が問いを投げ、そして自分で解を出す。

 

 「バレてはいけない──それはつまり、バレれば校則違反になる、ということです。校則違反が何を意味するかは分かりますね?つまり……モノクマは、ただ殺人を犯しただけの人を“卒業”させるつもりはないということです」

 「う〜ん、分からん!どういうこった?」

 「殺人が起きた後、更になにかがあるということですね。校則6番は、それを暗に示していると」

 「あくまで、そう読み取れるということですが。ま、殺人なんてことをする人がいるとは思いませんが、もし考えている人がいれば先に言っておきます。モノクマは端からあなたをここから出す気なんてない、と」

 

 会議テーブルの隅に座る尾田君が言うと、食堂はしんと静まり返った。月浦君が朝食のときに谷倉さんを疑ったように、既に僕たちの間には、誰かが殺人を考えているのではないか、という疑念が渦巻いていた。今はまだ力のない、生まれたばかりの感情だけど、時間が経つにつれてそれは強く大きくなり、いずれ現実の力となって誰かを襲うかも知れない。それだけは絶対に避けなければならない。

 

 「……ま、まあ、尾田君の言いたいことは分かったわ。ともかく皆、くれぐれも早まったことはしないこと。分かったわね。それじゃ本題に入るわよ」

 「なんだよ。まだ本題じゃなかったのかよ」

 

 かなり遠回しで、ヘタをすれば疑心暗鬼を加速させそうな言い方だったけど、尾田君は結局のところ殺人を犯そうと考えている人を牽制したわけだ。その意図だけは理刈さんに伝わったようで、眉をひくつかせながらも話を前に進めた。気怠そうに水を差す芭串君を目だけで諫めて、理刈さんはホワイトボードにさらに字を書く。

 

 「私たちは現状、この建物に閉じ込められているわ。脱出の手掛かりはこれからも調べる必要があるし、かと言って簡単に見つかるとは考えていないわ。何日、何週間、何ヶ月もかかるかも知れない。さすがに警察や希望ヶ峰学園が動いていると思うから、そこまでかかるとは思わないけれど……過度な期待はしないでおいた方がいいわ」

 「えー?ここが希望ヶ峰学園じゃないのー?じゃあはぐたちはどこにいるの?」

 「それも、脱出の手掛かりの一つよ。ここがどこで、あのモノクマは……おそらく何者かが裏で操作しているんだと思うけれど、その正体は誰なのか。どんなことでもいいの。何か分かったことがあれば、それを共有する場が必要だと思うのよ」

 

 そう言って、理刈さんはホワイトボードにでかでかと「食事会」と書いた。

 

 「そこで、毎日の朝食と夕食は皆の調査結果の報告と……念のための安否確認、モノクマが何かしてくるかも知れないでしょ、それらを兼ねた場にするため、全員で集まるべきだと思うの」

 「素晴らしい提案で御座います、理刈様。実は、私も19名様分の御食事を用意するのは些か大変だと懸念しておりました。時間を合わせて頂けるなら、非常に助かります」

 「そうでしょう。ということで、朝は7時、夜は18時30分にこの食堂で食事にすること。何か意見がある人は?」

 

 半分演説するような一人語りで、理刈さんはあれよあれよという間に食事会の時間を決めていく。7時か……起きられるかな、と心配していたのもつかの間、いくつかの手が挙がった。真っ先に手を挙げた月浦君が他の人を待つこともなく発言した。

 

 「7時は早い。はぐは毎日10時頃から8時間寝て、30分二度寝してから朝の準備に1時間かける。朝は7時半以降じゃないと認められない」

 「同じく、俺も朝8時以降でないと人前に出られるようにはならない。每日(まいにち)のことなら尙更(なおさら)だ」

 「拙僧もそんな朝早くには起きたくないで〜〜〜す」

 「……あなたたち、共同生活には協調性っていうものが必要なのよ。そんなわがままは通せないわ」

 「我が侭でなければいいのだろう?ここは一つ、民主的に多數決(たすうけつ)でもとってみたらどうだ」

 

 自信たっぷりな菊島君の提案で、朝食の時間についての投票が行われることになった。菊島君は昨日の夜、部屋でずっとモノカラーをいじっていたおかげで投票機能があることに気付いていたようだ。それで今朝は眠たそうにしていたのか。ちなみに投票は匿名制だ。だから僕は、理刈さんには悪いけど、遅めの8時集合に投票した。そして結果が出る。

 

 「朝8時集合が10票か。これは決定だな」

 「……仕方ないわね。そういうことなら朝食は8時からでいいわ。ただし、遅刻は認めないから」

 「勿論だとも」

 

 悔しそうな理刈さんとは対照的に、思い通りの結果になった菊島君は満足げだ。そういうことで、朝食の集合時間は8時に決定した。夕食の時間については誰も異論を唱えることはなく、まずひとつめの議題は決着をみた。決定したことは仕方ないとばかりに、理刈さんはひとつため息を吐くと、ホワイトボードに決定事項をメモし、次の議題を書いた。

 

 「ゴミ当番?」

 「今朝、食堂に来たときにモノクマからこんなものを渡されたの」

 「カードキー、かな?」

 「地下にある焼却炉のシャッターを開けるためのカードキーよ。ゴミ集積所には誰でも入れるけど、焼却炉を使うにはカードキーがないとダメね。ゴミの処理は自分たちでやりなさい、と言っていたわ」

 「普段のゴミは各自で集積所に持っていくとして、集めたゴミを焼却処分する係を決めようってことだね」

 「そういうことでしたら、私が務めさせて頂きます」

 「いいえ。谷倉さんは食事の準備もしてくれるし、一人に負担をかけるのは公平じゃないわ。それに焼却炉の操作は発火と消火をボタンで切り替えるだけの単純なものだったわ。誰にでもできるものだから、私たちが輪番で務めるのが妥当よ」

 「谷倉以外の19人で順番ってことか。(アタシ)は構わないよ」

 「いいえ。階段を降りなくてはいけないから湖藤君には難しいから順番からは除くことにするわ。その分、脱出の手掛かりの探索に期待しているから」

 「確かに僕は地下には足を運べないからね。代わりに1階は隅々まで足を運ぶとするよ。気遣ってくれてありがとう、理刈さん」

 「突っ込んでいいか微妙なジョークは止めてよね」

 

 敢えて足を含んだ慣用句を使う湖藤君を、甲斐さんが耳打ちするように忠告した。サイコメトラーだというジョークといい、湖藤君の冗談は反応に困るものばかりだ。

 これで決まりかと思いきや、谷倉さん以外にゴミ当番の順番から外れるのは、湖藤君だけではなかった。

 

 「はいはーい。拙僧も手足が短く背も低い身。ゴミ当番などとクソ面倒──もとい、大変な作業は(コン)難かと。火を恐れるケモノの本能も皆様より強い故、何卒ご配慮を」

 「……まあ、うん、そうね。そうよね。キツネにゴミ処理は無理よね。分かったわ」

 

 これでもかというくらい深く刻まれた眉間を指で押さえて、理刈さんは何らかの言葉をようやく飲み込んで、代わりに理解を示す言葉を吐き出した。こうして、ゴミ当番のローテーションは谷倉さんと湖藤君と狭山さんを除いた17人で回すことになった。今日は理刈さんがやって、そこから五十音順だ。

 朝食後の議論はその後もしばらく続き、食事の時間とゴミ当番以外に、建物を探索するためにいくつかの取り決めが議論された。結果、基本的に2人以上で行動すること。そして夜時間の外出を禁止することが決定した。どちらも危険を回避するためと理刈さんは説明していたが、明らかにコロシアイを意識していることは分かった。

 

 「それじゃ皆、くれぐれもモノクマには注意して行動して頂戴」

 

 理刈さんは、朝食後の会議をそんな言葉で締めくくった。その言葉を聞いて、すぐに席を立って自分の部屋に帰っていく人や、誰かと連れ立ってどこかへ行く人、残ってテーブルを元に戻す人、様々だった。基本的に2人以上で行動するという、たったいま決めた約束は守られそうにない。

 

 「あら、益玉君も、ありがとうね」

 

 自分が使っていたテーブルを元の位置に戻そうとしたら、三沢さんに声をかけられた。別にお礼を言われるようなことをしてるつもりはないけれど、否定するのも悪い気にさせてしまいそうな気がして、曖昧な会釈しかできなかった。

 


 

 テーブルを元に戻し、皆が食堂から出て行った後、僕はなんとなくその場に座っていた。自分の部屋に帰っても特にやることはないし、脱出の手掛かりを探そうにも一緒に行動する人を誘う勇気が出ない。だから、ただなんとなくその場に残って、谷倉さんが淹れてくれたお茶を啜っていた。僕の他には、不機嫌そうに頭を抱えている理刈さんと、聖書か何かを読んでいる庵野君、そして晩ご飯の仕込みをしている谷倉さんだけが残っていた。

 

 「はあ……」

 

 小さな理刈さんのため息も、この静かな空間ではよく響く。明らかに苛立っていた。そりゃそうだ。皆の為に良かれと思って開催した会議で、彼女は思い知ったのだ。この空間には、自分とは全く異なる理屈で動いている人が何人もいるということを。いや、理屈が違うだけならまだいい。理屈以前の欲求や感情だけで動く人もいる。とにかく彼らは、彼女にとっては絶対の基準である“ルール”というものの外で生きている人たちだ。理刈さんにとっては、外宇宙の存在に等しく冒涜的な生き方なんだろう。

 

 「心がささくれだっていますね、理刈さん」

 「……ささくれ立ちもするわ。なんなの一体……どうしてあんな反応されなくちゃいけないのよ」

 「まだ皆様も不安なのでしょう。自分たちの状況を理解し、事実を整理し、すべきことを考えられるあなたの冷静さは、手前は素晴らしいと思います」

 「冷静でいなくちゃいけないのよ。こういう時こそ。というか冷静以前に、能天気な人が多すぎるわ……」

 「ええ。冷静さとは正しく現実に向き合う力……こんな状況では冷静になれない人も、なりたくない人もいるでしょう。だからこそ、手前は分かっていますよ。あなたの冷静さ、ここにいる皆様に対する理刈さんの「愛」を」

 

 カウンセリングか、あるいは庵野君の出で立ちからすれば懺悔室というところか。別に理刈さんは自分の罪を懺悔しているわけじゃない、むしろ真っ当な生活を送るために奮闘しているのだから、何も悔い改める必要がない。

 

 「脱出の方法は必ずあるはずです。落ち着いて、焦らず探していきましょう」

 「そ、そうね……。ここから出られさえすればなんとかなるわ。ちょっと落ち着いてから、手掛かりを探しに行くことにするわ」

 

 脱出、現状ではそれができず、モノクマが唯一脱出の手段としてコロシアイを強いてきた。だけど、僕たちの力で脱出することができれば、モノクマなんかに従う必要はない。そこで僕は、もう散々試したであろう方法について尋ねてみた。

 

 「あの……そこの窓からとか……逃げられない?」

 「窓は手前が試しました。ですが……開けられないのは勿論のこと、殴ろうが蹴ろうが叩こうがぶつけようがヒビすら入らない頑強さでした」

 「頑強というか、相手にされてないような感じね。こっちが何をしても一切の影響を与えられない……そんな感じだったわ」

 「そ、そうか……残念だったね」

 「残念というか、気持ち悪くてあんなところから出たくないわ」

 「ごめん……」

 

 いったいどんな方法を使えばヒビすら入らないガラスを窓に加工できるんだ、と思ったけど、そんなことを聞いても誰も答えられないだろうし、何より無意味だ。ただでさえ理刈さんはピリピリしているし、庵野君は相変わらずどっしりと構え過ぎていて気味悪く感じてしまう。きっと、こんなことを考えているのは僕だけだ。みんなは、穏やかで優しく、自ら悩み相談にも乗ってくれる庵野君のことを悪しからず思っているだろう。

 

 「理刈様、こちらをどうぞ」

 「えっ……こ、これは?」

 「ハーブティーでございます。気分が落ち着きますよ」

 「ありがとう……あっ、美味しい」

 

 頭を抱えていた理刈さんに、谷倉さんが横からそっと温かいお茶を差し出す。たまたま一緒にいただけの僕と庵野君にも、それぞれお茶請けのスコーンと併せて出してくれた。

 

 「ありがとう……谷倉さんも、どうぞ」

 「お気遣いありがとうございます。こちらにまだいくつかございますので、頂きます」

 「谷倉さんの「愛」も素晴らしいですね。お料理から感じる、皆様に美味しく召し上がって頂きたいという想い。楽しい一時を過ごして頂こうという願い。深く豊かな「愛」です」

 「恐縮でございます。私はただ、コンシェルジュとしてあるべきようにあるのです。実家を出る時にも、父と母にそう言われております」

 「谷倉さんの実家は旅館だったわね。小さいときからご実家のお手伝いをしていたのかしら」

 「はい。コンシェルジュのいろはもさしすせそもしっかり学んでおります」

 

 しゃんと伸びた背筋、きびきびとキレのある動き、洗練された言葉遣い。谷倉さんの一挙手一投足、言葉の節々に彼女が“超高校級”たる由縁が表れている。ここには才能を持った人たちが集まっているけれど、谷倉さんを見ていると一層その事実を認識させられる。

 うんうん唸りながら悩んでいる理刈さんだって、その生真面目さや真剣に悩める性質というのは、彼女の個性だし才能につながるものでもあるんだろう。庵野君の落ち着き振りや考え方も、彼の精神性をよく表している。

 

 「谷倉さん自身もまた、ご両親に愛されて育ったのですね。大切なご家族なのでしょう」

 「はい……私が立派に成長して戻ることを待っておりますので、このような状況にあることが知れれば、心配されるでしょう」

 「……だ、だけど、きっと大丈夫だと思う……よ。親御さんも、谷倉さんのこと……し、信じてると思うから」

 「え……ああ、そうですね。私はこうして無事なわけですから、ここから脱出さえすれば、万事丸く収まるでしょう」

 

 思わず口を挟んでしまった。頭で考えたことが口を通って言葉になるまでにどこかに引っかかって、ガタガタになって出て来た。いきなり言われて谷倉さんも戸惑ったのか、微妙な反応を見せた。すぐにきちんと対応したのはさすがだ。

 

 「ま、まあ、なんにせよ皆で一丸となって当たらないと、ここからの脱出は容易じゃないわ。このお茶を飲んだら、私はこの建物を調べに行くから、庵野君、ついてきて頂戴」

 「ええ。構いませんよ」

 「あ、庵野君だけ……?」

 「3人が出て行っちゃったら、谷倉さんが一人になっちゃうでしょ。益玉君はここにいて頂戴」

 

 理刈さん自身だけでなく、僕の行動まで決められてしまった。ひとりで部屋にいるわけにもいかず、断る理由もないので、僕は素直にその指示に従うことにした。

 まだモノクマからの介入はほぼない。この建物内をいくら調べられても、あいつは困らないということだろうか。どこかに隙はないか。きっとそれは期待というのも過剰なほど、一縷にも満たない毛くずのような願いだ。うっかりすれば見落としてしまいそうなほど希薄な望みだ。僕たちの希望は、今はまだ微かだ。

 


 

 脱出の手掛かりを探すと言っても、まだ私たちはこの建物のことをほとんど知らない。昨日は手分けして探索してたから他の人が調べてたところは知らないし、探索しきれてない場所もたくさんある。まだ自分の個室に何があるのかも分かってないのに。

 

 「それなら、売店に行ってみようよ」

 

 湖藤君の一言で私が行く場所は決まった。湖藤君の車椅子を押すのは私の役割だから、湖藤君が行きたいところが私の行くところだ。ついでに、近くにいた宿楽さんも誘って、3人で食堂を出て売店に行くことにした。

 売店は、食堂から体育館へ向かうまでの道のりにある。いくつかの教室の前を通り過ぎて玄関ホールの正面に来ると、趣味の悪い色のドアが待ち構えている。そこを開けると、込み入った狭い部屋の中に滞留した埃っぽい空気が流れ出て来て喉に刺さる。でも空気が悪いくらいのことは、換気扇を付けて少しすればなんてこともなくなる。

 

 「なんだか色々面白そうなものがあるね」

 「面白そうなもの……」

 「確かに面白そうなところ!だいたいこういうところにはね。ちょっとした掘り出し物とか隠しアイテム的なものが落ちてたりするもんなんだよ。この辺とかあの辺とか……」

 「宿楽さん、スカートなんだからもうちょっと気にしなよ」

 「別にワタシは大丈夫だけど」

 

 部屋を見回すやいなや、小物入れをひっくり返したり置物の裏を覗いたり、ぶら下がってる飾りを揺らしてみたり、宿楽さんは好き放題に売店の中を漁り始めた。湖藤君も側にあった古めかしい何かの品物を手に取ってしげしげ眺めている。なんなのかよく分からないものもたくさんあるけど、お菓子とかティッシュとか歯磨き粉みたいな日用品もちゃんとある。

 

 「売店だけど、お金なんて私たち持ってないよね。どうしたらいいんだろ」

 「ひょこっ!呼んだ?」

 「きゃあっ!?」

 「んっ!?モ、モノクマ!?」

 「ぎゃーっ!?なになになに!?いたたっ!変なの踏んじゃった!」

 

 一応レジらしきものもあるし、ここにあるものはどれも売り物らしい。ふとそんな疑問を口にしたら、足下から急にだみ声が聞こえて思わず大きな声を上げちゃった。そこにいたのは、昨日体育館で私たちに強烈なインパクトと絶望感を与えた、あの白と黒の不気味なマスコットだった。

 

 「ひどいなあ。出て来ただけなのにそんなリアクション。僕の真綿のハートが砕け散っちゃうよ」

 「綿は砕けないと思うけど」

 「な、なにしに来たの!」

 「何って、君の質問に答えてあげようと思って来たんだよ。甲斐さん。うべっ」

 「質問?なにそれ」

 

 私の脚に手をついて体重を預けてくるのが気持ち悪いから、さっと躱すとそのまま転んだ。これは暴力にはならないよね?やってしまってから気付いたけど、別になんともない風にモノクマは起き上がった。

 

 「あのね。この希望ヶ峰学園で生活する上では、モノカラーがなくちゃならないわけ。そしてモノカラーさえあればいいわけ。だからもちろんここにお金が入ってるのよね。イマドキ流行りの非接触型決済もできちゃうんだから」

 「モノペイだって」

 「名前で差別化とかそういうのしないんだ」 

 「どうでもいいんじゃないの」

 「オマエラ散々言ってくれるね……まあいいや。ともかく、基本的にこの学園内での経済はモノペイを使って回していくんだよ。最初に一万円分くらい入ってるからね」

 「くらいって?」

 「ここでは円じゃなくてモノが流通してるからね。1モノ=1.1円だよ」

 「微妙なレートだなあ」

 

 何を説明するかと思えば、とことんまでしょうもない話だった。でもこの学園内ではこのモノが通貨になってるから、そのことはみんなと共有しておいた方がいいかも知れない。だけど1万円分じゃ近いうちになくなっちゃいそうだけど、稼ぐ方法はないのかな。

 

 「ん?」

 

 ぼんやり店内を眺めると、物陰できらりと光るものが目に入った。近付いて拾い上げてみると、10円玉みたいな色の硬貨だった。片面にはモノクマの顔がデザインされていて、裏には希望ヶ峰学園の校章が彫られている。自分の顔を硬貨にするって、あんまりいい趣味とは言えないかな。

 

 「おっ!甲斐さんよく見つけたね!それがモノだよ!学園中に散らばってるボクからのプレゼントさ!現金で使うこともできるけど、ボクに言えば電子モノに交換することもできるよ!なんと手数料はかかりません!」

 「うわっ、やなデザイン」

 「いいのかな宿楽サン、そんなこと言って。そこにあるガシャポン、気になってるんじゃないの?」

 

 そう言ってモノクマは、売店のカウンターに置いてある白と黒に塗られたガシャポンを指さした。中には色取り取りのカプセルが詰め込まれてて、コインの挿入口とハンドル、取り出し口があるだけのシンプルな造りだ。これもどうやらモノで回せるらしい。

 

 「これぞモノモノマシーン!これだけは現金でないと回せないから、回したかったらありったけのモノをかき集めなないといけないんだよ。ポケットにコインは入ってないから、ちゃんと探してね!」

 「うむむ……これは確かに心惹かれる……」

 「え、そうなの?」

 「こういうコンプ系のやつってちょっと気になるんだよね。ちょっと回してみようかな……ん〜」

 「……これ、ほしい?」

 「ありがとう!」

 「まだあげるって言ってないよ!?」

 

 なぜかモノモノマシーンがハマった宿楽さんに言外にせまられて、さっき見つけたモノは譲ってあげることにした。早速宿楽さんはそれをモノモノマシーンに突っ込んで、ガチャンとハンドルを回してみせた。ガラガラという景気の良い音とともに、水色のカプセルが転がり出て来た。宿楽さんはそれを器用に握ってぱかっと開けた。

 

 「わーい!なんだこれー!」

 「なんだか分からないのに取りあえず喜ぶのやめた方がいいよ」

 「これはどうやら……マメの種かな?そこに植木鉢があるから、育ててみたらいいかもね」

 「うぅん……めんどくさそう」

 

 空元気ならぬ空喜びとでも言うのか、正体が分かると宿楽さんは見るからにがっかりした。目の表情が分からないのにこんなに分かりやすく感情表現できるなんて、宿楽さんは見ててなんだか面白い。表情筋を毛利さんに少し分けてあげたいくらいだ。

 

 「そういえば、モノクマに訊きたかったんだけどさ」

 「どしたの湖藤クン?」

 「まだいたんだ……」

 「厨房にあったあの大量の食糧、あれだけでぼくたちの食事はかなりの日数まかなえると思うけど、いつか尽きるよね?その後はどうするのかな?」

 

 早送りしたビデオみたいに表情がコロコロ変わる宿楽さんに気を取られていて、モノクマがまだいることに気付いていなかった。湖藤君が質問してようやくその存在を思い出したくらいだ。

 

 「ご心配なく!あそこにある食糧は常にボクが補充するからね!腐る前にちゃんと処理してあげるし、いつでも新鮮なものをお届けするよ!あとその他の消耗品もね。オマエラがこの学園内で生きていくのに、不自由はさせないよ!」

 「そうなんだ。じゃあ、ここにないものでもリクエストしたらもらえたりするのかな?」

 「まあするだけしてみたら?応えてあげるかは分かんないけどね!」

 「なくなったらその場で補充してもらえるの?」

 「……湖藤クンさ」

 「うん?」

 「そういうのはまだ早いんじゃないかな!うぷぷ!もうちょっと色んなことを知ってからの方が、もっとクリティカルなことが聞けるかも知れないよ!」

 

 気前よく湖藤君の質問に答えていたかと思ったら、いきなりモノクマは黙り込んで、その後は答えになってない上に意味もよく分からないことを言った。私は宿楽さんの顔を見たけど、サングラスにはたくさんの「?」が映っている。宿楽さんにもよく分からないんだ。

 

 「あっ!」

 「な、なに?」

 「そろそろ3分経つね!ボクの活動限界が近いから、一旦基地に戻らないと!んじゃ!」

 

 散々わけわかんないこと言ったかと思うと、モノクマは大声を出して姿を消した。なんだったんだろう、一体。取りあえず今モノクマから教えてもらったことは、この学園ではモノという通貨が流通していて、あちこちに硬貨が落ちてるっていうことだけだ。みんなに共有しておくとして、もっと色んなことが知りたかったなあ。

 

 「色んなことが分かったね」

 「え?」

 

 湖藤君は微笑んだ。何が分かったって言うんだろう。

 

 「でもやっぱり、ぬいぐるみ相手じゃ表情や声の変化が分かりにくいや」

 「な、なんのこと?」

 「モノクマに色々探りを入れてみたのさ。すぐにバレちゃったけど、それでも拾える情報はあったよ」

 「なにその高度な頭脳戦みたいな発言!?ワタシたちの目の前でそんなことが繰り広げられてたの!?」

 「聞きたい?」

 「ぜひ!」

 

 宿楽さんが湖藤君にのし掛からんばかりに食いついた。もうモノモノマシーンとその景品への興味は失せたらしい。まあ、マメの種なんかよりよっぽど気にはなるけど。

 

 「厨房の食糧や消耗品は、都度モノクマが補充するってことだったよね。これって、どこかから調達してるってことだよね」

 「ふむふむ」

 「モノクマが自分で作ってる可能性はないの?こんだけのことするヤツなんだし、もしかしたら……」

 「その可能性は考えなくていいかな。たとえば……この人形。服の裏地に製造者の刺繍がしてあって、生地の変色具合とか縫製技術から考えても19世紀フランスの有名な人形作家が作った物だと言えるよ。そんなに珍しいものじゃないけどね。わざわざこれをマネして作るなんてのは、よっぽどその辺りに造詣が深くてイっちゃってる人でないとね」

 「造詣が深くてイっちゃってる人だったりして……?」

 「あははっ、それだったらもう推理じゃどうにもならないね。だからぼくはそうじゃない、と仮定して考えるよ」

 

 さらりと湖藤君は言ってのけるけど、その言葉には彼の異質さがよく表れていた。“古物商”としての並外れた知識量と観察眼だけじゃない。誘拐されて監禁されているっていうこの状況を冷静に受け止め、その主犯とも言える誰かの人物像に思考を巡らせる。“超高校級”は普通の人たちとはズレた感覚を持つ人が多いと言われているけれど、その中でも湖藤君は特に異質だ。

 

 「食糧や消耗品を都度補充するには、どこかから調達してこないと行けない。それはつまり、モノクマには外部と物のやり取りをするルートがあるということ。少なくともこの建物があるのは、人里離れた山奥や絶海の孤島なんかじゃないってことだ」

 「はあ。まあ希望ヶ峰学園ならそうだよね。都心の一等地に建ってたはずだよ」

 「希望ヶ峰学園じゃないとしても、人気があるところなら外部からの助けにも少しは期待できる。それにモノクマの姿で調達しに行くわけにもいかないだろうから、操縦者もしくはその仲間は必ず自分の足で外に出なくてはいけない」

 「うん……それってでも、当たり前と言えば当たり前のような……」

 

 消耗品や食糧を補充するには調達が必要。そのためにはモノクマも仕入れが必要。それは、ごく当たり前のことに思えた。一から自分で生み出すよりも、そっちの方が遥かに効率的だし、普通の誘拐犯だってそうすると思う。知らないけど。

 

 「当たり前のことを確認しておくのは大事だよ。自分で調達しに行くなら、ご当地品や珍品をリクエストすれば品物によって調達までの時間差が生じるはずだから、ここの大凡の場所を割り出せるかと思ったんだけど……バレちゃったね」

 「ああ、だからすぐに補充されるかをきいた後から、モノクマの態度が変わったんだ」

 「じゃあそこから情報を得るのは失敗したということか……」

 「そうでもないよ。そこをはぐらかすということは、きっと探られると何か情報が出て来るってことなんじゃないかな。大事な物がしまってある箱ほど、厳重に鍵をかけるものだからね」

 「……湖藤君、何手先まで読んでたの?」

 「読んでたわけじゃないよ。モノクマから自然に出て来た言葉を咀嚼して、意図を解き明かしていっただけ」

 「う〜む……敵に回すと恐ろしいタイプ!」

 「味方のままでいてよ」

 

 情報を引き出すための駆け引きというよりも、普通に言葉を交わしている中から情報を拾い上げていく……それが湖藤君のやり方ということらしい。そうなると、もう既にいくらか会話をしている私や宿楽さんについても、湖藤君に探られていることがあったりするのかも……。そう考えると、次から発言には気を付けようという気になってくる。

 

 「そんなに警戒しなくても、無闇に人のプライバシーを覗いたりしないから大丈夫だよ」

 「へっ……!?」

 「こ、心を読まれた……だと……!?」

 「こういうこと言うとだいたい皆同じ反応するんだ。あと2人とも、今のぼくの話を聞いて口を固く締めたでしょ。それ、言いたくないことがある人とか言いたいことを飲み込んでる人の特徴ね」

 

 背筋がひゅっと冷たくなった。自分さえ知らない間に緊張して力がこもっていた唇に、湖藤君は真っ先に気付いていた。その素振りも見せずに。

 

 「こ、こわ……本当にエスパーみたいじゃん……」

 「どんな人でも、何気ない仕草や発言から色んなことが読み取れるものだよ。ここにいる人たちは一筋縄じゃいかない人も多いけど」

 「ワタシも気を付けよっと。心の中バレバレとかなんか恥ずかしいし」

 「そのサングラスがあったら、ぼくじゃなくてもバレバレだと思うよ。外したら?」

 「これはトレードマークだから!絶対外せない!」

 

 そんなに強く否定するほどのことかな。サングラスなんかなくても宿楽さんは色々と特徴たっぷりだと思うけど。かしましさとか。

 

 「分かったことはひとまず共有しときたいから、夕食のときに理刈さんに報告だね」

 

 ごちゃごちゃと物が密集した空間で、はちゃめちゃに情報量の詰まった話を聞かされた私は、頭の中を整理するまで絶句していた。なんだか、とんでもない人たちと同じ空間に閉じ込められてしまったみたいだ。興奮した宿楽さんとにこやかな湖藤君の会話は、空虚な響きだけを私の耳に残して過ぎ去っていった。




ここから本編がスタートです。
相変わらず日常編は、予定通りに進んだり予定と違うように進んだりしてなんとも御しがたいものです。

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