学園生活が始まって1ヵ月ほどの時が経過しましたが、エイブラハムの顔が日に日に暗くなっていくこと以外に事件や出来事は起きませんでしたわ。それと、もう1人の標的だったユースケがマリアの手玉にされているのでどうしようか迷いますわよ。あの田舎者、マリアに良い様に使われ始めているので悪女に嵌る男の悲しい姿をまざまざと見せつけられていますわ。
……一番最初に探し物の依頼の手伝いを安請け合いしてしまったせいで、ユースケはこれからずっとタダ働きさせられそうですわね。わざわざ私が手を下さなくても、勝手に暴走して退学になりそうですわ。あのマリアという女は、思わせぶりな態度で男を何人も手玉に取っていることから、男の生態を完全に理解した上で使い潰していますわね。よくあれで悪評が流れないものですわ。
「あの魔剣、魔法を斬れるの反則ですわよ……。
そういえばメイは、魔剣について知っていることはありますの?」
「魔剣ですか……」
今日の午前の実戦魔法演習の授業で2回目となるエイブラハムとの試合がありましたが、こちらが全方位から襲い掛かるよう火の球の動きを調整したのに全部叩き落してくるとか私の騎士団に入れるレベルですわね。
一応それとなくエイブラハムの情報収集はしていますが、どうやら腕を剣に変形させているのは本当に魔剣と融合したからだそうで、あの右手の剣には僅かな魔力を増幅させる機能もあるようですわ。道理で斬撃を飛ばせたり、魔法の攻撃を剣で掻き消せるわけですわね。
「そう言えば、私の施設にあったのは魔剣だったと思うのですが……」
「……ありましたっけ?そんなもの?」
午前の授業が終わって、メイと一緒に食堂の日替わりランチを食べた後、茶をしばいている最中。魔剣を探していることをメイに聞くと、メイの居た施設にあったとのことなので必死に記憶を掘り返しますわ。
メイは犯罪奴隷ですが、何の犯罪奴隷かと言えば元暗殺者で、私の護衛を殺した罪で奴隷になっていますわ。というか暗殺対象は私でしたわ。残念ながら、うちの護衛を全部突破出来ずにお縄となりましたが、幼少の身で1人殺している時点で腕利きですし、重犯罪人ですわ。
ロウレット帝国の宿敵アーセルス王国の暗部機関で育てられたため、戦闘技術は全般的に高いですし、動きは軽快なので耐久力が上がった今だと暗殺成功しそうですわね。
メイを捕らえた時、暗部機関の存在を知り、暗殺者を大量に送り込まれたい一心でアーセルス王国の暗部機関にちょっかいをかけ続けていたらいつの間にかその機関が崩壊しましたわ。暗部機関そのものではなく、その中の一組織をぶっ壊しただけですが、その時の戦利品に魔剣なんてありましたっけ?
「あの、柄を握ると感情が無くなる剣です。私達は毎日の日課で柄の部分を握らされていたので、感情を制御されていました」
「……剣はあったような気がしますわね。詳しくは見てませんが、確か鞘と一緒に布でぐるぐる巻きにされていた剣は見かけたような気が……確か、オークションで売り飛ばしたはずですわ」
メイに詳しい話を聞くと、感情そのものが消え失せる剣だそうで、触ると丸一日何の感情も持たなくなるとか。痛いとか疲れたとかそういう気持ちも一切湧き上がらないそうなのでヤベー代物ですわね。ついでに痛みを感じないとか焦り、緊張感も湧かないとか如何にも暗殺者仕様の剣ですわ。
「魔剣にも種類がありますが、一番怖がられているのはアーセルス王国にいる鍛冶師が打った魔剣です」
「魔剣は何らかの特性を有していて、メリットとデメリットがあるのは把握していますわ。……というかメリットとデメリットがあるから魔剣と呼ばれていますわね」
メイの居た孤児院(暗殺者育成施設)を乗っ取った時に目ぼしいものは全部頂いて、その中にも魔剣はあったっぽいのですが売り払っていますわね。この手の物は金を持ってる貴族の好事家が買っているはずですから、回収は難しそうですわ。
個人的には、その魔剣のブラックスミスと言われてる男の存在が気になりますわね。アーセルス王国で滅茶苦茶厚遇されているみたいですし、魔剣を量産出来る存在なんてどこも喉から手が出る存在でしょうから連れて来るのは難しそうですわ。
「その魔剣の打ち手の名前とかは分かりますの?」
「ガルロンという名前だったと思います。二つ名は魔剣のブラックスミスで、アーセルス王国ではこちらの名前で呼ぶのが普通でした。……現在生きている、世界で唯一の魔剣の作り手です」
私はエイブラハムの動向を探っていたのと同様に、エイブラハムは魔剣の作り手のことや魔剣そのもののことを聞いて回っていましたわ。しかしその魔剣の作り手の名前の情報すら集められなかったようですが……メイに聞いてないのはちょっと予想外でしたわね。
まあ実戦魔法演習の場で剣の勝負をしてコテンパンに負けた相手ですし、虐めの主犯格の付き人に聞くのは勇気が要りますわね。クレシアも名前すら知らなかったところを見るにかなり厳重に秘匿されてますし、よっぽどな存在ですわ。